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七色の芝生 


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 今、何時頃だろうか。

 開け放った窓の外は漆黒に近い暗さで、草木の匂いが強く感じられた。

 毎朝、四時二十五分を過ぎたあたりから、やかましいほどの雄叫びをあげる隣の家の烏骨鶏、烏八郎(うはちろう)の、うはっちゃんが、先頭をきって鳴き出さないところを見ると、朝の四時はまだ回っていないようだ。携帯電話を開けば正確な時刻はわかるのだが、別に何時でもかまわないので確認はしない。

 よそ見をせず、私はこのキーボードを打っている。

 いつもは憎たらしく思っている烏八郎のことを、うはっちゃん、などと、ちゃんをつけているところをみると、私自身、今日は何とも気分がよい・・・かもしれない。いつもは朝早くに烏八郎の雄叫びを聞いただけで、「まったくやかましいな、デレ助、烏八郎」などと呟きながら、そこで一旦トイレに起き、用を足しながら烏八郎の悪口を言っている。名前の上に、烏(う)がついているだけでどれほど言いにくいか、いやそれ以前に、烏骨鶏に名前まで付けている飼い主に対しても、何とも腹が立ってくるのだが、今日はまったくその気配はない。

 こんな調子だから私は自他共に認める中途半端な行者なのだ。悟りを得た者はそのようなことで心を乱したりはしないものであると、自分よりも中途半端に見える宗教家の男にそう言われた時も、私はかなり心を乱したものである。

 烏骨鶏の烏八郎のことを飼い主の婆ちゃんが、うはっちゃん、うはっちゃんと、そう呼んでいるので、私も時々そう呼んでいる。そういえば、婆ちゃんが目に入れても痛くないような可愛がりようを見せていた、烏四郎、烏五郎の姿は最近姿が見えないが、どうしたのだろうか。もしかしたら・・・いや、理由を聞くことはしないほうがよいかもしれない。

 このまま隣の婆ちゃんのことを考えていると、婆ちゃんが今回の主人公になりそうなのでこのへんで止めよう。隣の婆ちゃんのネタも山ほどあるが、今回は、けい子ちゃんという女性が主人公なのだ。

 けい子ちゃんは北関東の小さな町でひとりアパート暮らし、四十六歳になってもお嫁に行かず、この年になっても貯金が五十万円にも満たないと言って、嘆いている女性である。

『それでもけい子ちゃんは前向きに生きている!』

 そんな格好よいことを書きたいところだが、昨夜、私に電話をかけてきた時の彼女はかなりへこんでいた。 


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 昨夜、私にかかってきたけい子ちゃんの電話によって、彼女は一体どういったお人なのだろうかと思った私は、久しぶりに本格的な瞑想に入った。深い瞑想の中、次から次へと降りてくる言葉に集中していたせいで今朝は少し睡眠不足であるが、それでも、隣のうはっちゃんはまだご就寝中かな、と考えられるほど私の気分がよいのには訳がある。昨夜は、けい子ちゃんの落ち込みようとは反対に、私のほうは彼女について何とも気分のよくなるような言葉が降りて来たのである。

 瞑想から醒めたあと、今度は私のほうからけい子ちゃんに電話を入れてみた。

夜明け前ではあったが彼女は起きており、すぐに電話に出た。彼女がその時間に起きていることは瞑想の時にちゃんと教えて頂いていた。ずっと喋りっぱなしの見えないお方が、彼女のことをこのように言ったのである。

『彼女は、今、この時も、私の人生の行く末は路上生活だろうか・・・などのことをブツブツブツブツ、いつまでもいつまでも考え込んでいて、眠れずにいる。そのエネルギーをもっと別のものに使うよう、彼女に伝えて頂きたいのだ』

 と、こんな言葉を頂いた。

 私はその言葉を信じて、恐る恐るけい子ちゃんの元に電話を入れてみた。すると本当に彼女は起きていていたのである。

 私は普段、適当な瞑想はしているが、年に三回くらいは昨夜のような瞑想に入ってしまうことがある。それは望んでしているわけではなく、目を閉じ、胡坐をかいて相手のことを想っていると、誰かの言葉を感じることがあり、そこまでなら普段の適当な瞑想でも起こりうるのだが、年に数回、その降りて来る言葉がなかなか止まないといった現象が起きてしまうのだ。今回のその見えないお方様は喋り出したら途中でなかなかやめてくれず、そのようなことで私も途中で瞑想をやめることができなかったのである。

 今回は四時間近く喋られた。

 

 昨夜、ひとつしか置いていない私の部屋の壁時計が止まった。まあそれも何か意味があるのだろうなんて、大そうなことを考えてはみたが、ただの電池切れのようである。時間を刻まない時計を眺めながら地元の悩み多き女性達のことを私は考えていた。

 すると、そんな時だった、

「行ちゃん、今から、行ちゃんのマイ棒をたててくれない」←※行ちゃん、とは私のことである。


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 地元の女性、けい子ちゃんからそのような電話が入ったのである。

「マイ棒?」

「八卦占いをして、ということよ」

「八卦?」

 私は聞き返した。

「そう、八卦よ。ちょっと占ってくれないかな」

「占うって、何を?」

「うちの会社の後輩、ほら、例の天然アユちゃんよ。彼女、やっぱり思ったとおりになったわ。私にお金を貸してもらえないかって言ってきた。私がお金を貸さないと、彼女、多分、死ぬわ。変な話だけど彼女の今の顔、死相が出ているの。例の男のせいで彼女が警察沙汰にされるような話になっているみたい。だけど、私がお金を貸したあとはアユちゃんはおそらく行方をくらますわ。だから、私がお金を用立てても、今度もそのお金はまた戻って来ない。そこまでわかっているんだけど・・・どうしたらいい?」

 これがけい子ちゃんの、私に八卦を立ててもらいたいという内容だった。

  

 けい子ちゃんは二、三日前に会社の後輩であるアユミ(仮名)ちゃんに、お金を貸してもらえないかとお願いされたらしい。けい子ちゃんの第六感では、そのアユちゃんと呼ばれているアユミちゃんにお金を貸してあげないと、彼女は死ぬかもしれないという何とも物騒な話である。だが、貸せば貸したで、そのあとアユちゃんは行方をくらまし、自分の貸したお金は死に金となって二度と自分の元には戻ってこないだろう、ということだ。

 アユちゃんがけい子ちゃんに申し込んだ借金額は、四十万円。

「行ちゃん、私はどうしたらいい? ここでアユちゃんに四十万持っていかれたら、私の全財産は十万円を切るわ。私と同じに嫁に行っていない私の同級生なんかさ、ずっと親元にいるんだけど、もう三千万円近い貯金があるんだって。それでも、老後が心配だ、なんて言っているの。そんなことを言っていたら、この私はどうなるの?」

 そう言って、けい子ちゃんはえらく落ち込んでいた。

 このけい子ちゃんという女性も自分のことだけを考えて生きていれば、ひとり暮らしをしていても、今頃は二千万円を優に越える貯蓄はあったと思われる。だが現実は、五十歳を目の前にして彼女の貯蓄額は五十万円を切ってしまっているのである。

 


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 けい子ちゃんは今までに色々な人の尻拭いを行ってきた。最初はすぐ下の弟さんの散財の後始末で、それが解決すると、今度は妹さんの結婚式費用も彼女が用立てることとなった。妹さんの結婚式当時は、けい子ちゃんの両親も息子の尻拭いで大金をつかい果たしてしまっていたのである。

 しかしながら、このけい子ちゃんという女性は、何というか・・・言葉では説明のつかない、特殊な能力(第六感)を持ちあわせているのである。例えばこんな感じだ。

 二十年も昔の話だが、弟さんが職場の同僚(男)と飲んで酔っ払ってしまったというので、けい子ちゃんは弟さんが飲んでいるというパブまで迎えに行った。その時に弟さんの同僚の顔を初めて見たのだが、その瞬間、(近い将来、私のお金はこの男に吸い上げられるだろう)と、直感した。そして、その彼女の予感は見事に的中したのである。

 弟さんはその同僚にいいように利用されて毎晩のようにスナックやパブに遊びに行くようになった。その呑み代を工面するために弟さんは多くのクレジット会社からキャッシングするようになり、その額は高級車が一台買えるほどだったという。だが、話はそれだけに留まらず、弟さんと遊びほうけていた同僚のほうは、パブで働いていたフィリピン人女性と行方をくらまし、その男がツケで呑んでいた請求書はけい子ちゃんの弟に回ってきた。その額も半端ではなく、小さな田舎町のことだからそんな噂もすぐに広まり、俺は関係ないと言うことはできずに弟さんは親に泣きついたようだ。

 両親の元には今までに弟さんが借りまくったサラ金会社の督促状が届けられ、毎日のように電話もかかってきた。のちにサラ金会社の社員と飲み屋のママが取り立てに来るようになり、世間の目を気にしはじめた両親は、当時すでにひとり暮らしをしていたけい子ちゃんに土下座をし、お金を助けて欲しいと言ったようだ。見かねた彼女は社会人になって貯めてきた数百万円のお金を両親に手渡した。そして、そのお金は弟の同僚がツケで飲んだ飲み屋のママの口座に振り込まれて、一連の騒ぎは収まったようである。

 その後、年老いた両親に返済する力はなく、戻らぬお金に対してけい子ちゃんのほうも、お金を貸した相手は弟ではなく自分の両親なので取り立てはできないと言った。弟さんには、自分の尻拭いのお金を姉のけい子ちゃんが用立てたことは話していない。それはけい子ちゃんの判断でそうしたようで、年老いた両親がお金を工面したということになれば弟さんもきちんと返済するだろうと、彼女はそのように考えたようだが、結果は見事にハズレた。けい子ちゃんの弟さんは自分が撒いた種とはいえ、裏切られた同僚のツケのお金を支払っていくという現実を受け入れることができなかったようである。 



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