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象の鼻01

象の鼻

 僕は、友人の藤田と共に、国宝姫路城の三の丸広場に隣接する姫路市立動物園を訪れていた。
 一九五一年一二月にサンフランシスコ講和条約調印を記念して開園した施設である。四〇〇点の動物を飼育しているという。施設が老朽化し、特別史跡内――姫路城――にある事から大規模な拡張が不可能な為、移転の計画も上がっている。移転前に訪れなければ、と考え、今回訪れる事にしたのだ。
「あ、レッサーパンダがいる。あの中国のパンダとは似ても似つかないね」
 藤田は肩をすくめ、
「レッサーパンダも中国産なんだけど」
「え? そうなのか? じゃ、同じ種類の動物なのか?」
「分類学的には全く別の動物だ。レッサーパンダはイタチに近く、パンダ――ジャイアントパンダ――はクマに近い。ただ、似ている部分があったから、双方共に『パンダ』という名前が付けられてしまった」
「似てるのか?」
「発見された当時は似ている、と思われたんだろう。元々こちらが『パンダ』という動物だったんだ」
「じゃ、中国のパンダ――じゃなくて、ジャイアントなパンダ――は何だったんだ?」

象の鼻02

「最初にレッサーパンダが発見され、『パンダ』と命名され、後に似た様な動物が発見された。そちらは区別する為にジャイアントパンダ、つまり『大きいパンダ』と命名され、元々『パンダ』と呼ばれていた方は小さい、もしくは下等なパンダを意味するレッサーパンダと改名された。ただ、国際的にはジャイアントパンダに人気が出てしまい、『パンダ』というとジャイアントパンダを指すようになってしまった」
「最初に発見されたのに下等とは失礼な」
「世の中なんてそんなもんだ」
「おお、キリンだ」
 藤田は、パンフレットに視線を落とすと、
「姫リンとコウスケ、ていうらしいね」
「やっぱり首が長いな。細いし」
「見た目は細そうだが、意外とでかい。体重は一トンを超えるのも珍しくはない」
「一トン? そんなにあるのか?」
「高さ五メートルになれば、体重もその分増えるさ」
「五メートルか。よくあんなところまで血が上るな」
「動物の中では最も高血圧らしい」
「寿命も短いのかな?」
「いや、三〇年くらい生きられる」

象の鼻03

「人間だと高血圧は死に易いのにね」
 僕と藤田は、象の檻へと移動した。
 アジア象の姫子がいた。現在のは二代目で、当動物園のシンボル的な存在だ、と説明される。
「象、て本当に鼻が長いな」
 と、俺は思わず呟いた。
 それを聞いた藤田が言う。
「象の鼻は、上唇と、人間でいうと鼻に相当する部分が発達したものなんだ。先端にある指のような突起で、小さな物から、かなり掴み難い物までを器用に掴める」
「小さな物?」
「ピーナッツも掴めるらしい」
「へえ。そんな小さな物も掴めるのか。で、掴み難い物、て?」
「豆腐とか」
「象はあの鼻で豆腐も掴める?」
「そうらしい」
「観てみたいものだ」
「そうだな。しかしな、古代の象は鼻が長くなかったんだ」
 僕は口をぽかんと開けた。
「え? そうなのか?」

象の鼻04

 藤田は頷いた。
「ああ。モロッコでフォスファテリウム、ていう象類の化石が発見されているが、それは鼻が短かった。体長六〇センチ、体重一五キロ程度で、小さかった」
「そんなに小さかったのか?」
「ま、フォスファテリウムは一応象類ではあるが、現生象の直接の祖先ではない、て事らしい。約六五〇〇万年から五五〇〇万年前に生息していた」
「ふうん。象の仲間なのに、鼻が短い、か……。ゾーッとするな」
「……」


犬喰い01

犬喰い

 僕は、友人の藤田と共に、美味しいと評判の韓国料理店チャンギョングンに入った。
 とりあえずキムチチゲとチヂミとプルコギとハイトビールを注文する。
 ふと見ると、苦虫を噛み潰した様な顔の老人がいた。こちらを睨んでいる。
 変な爺さんだ、と僕は思った。
「おい、お前」
 と、老人が不意に声を上げた。
 僕は、自分の胸を指し、
「僕……、ですか?」
「そうだ。お前じゃ。お前、犬を食った事あるな? この野蛮人が!」
 何故赤の他人にいきなりこんな事言われなきゃならないんだ、と僕は思いつつも、
「犬? 犬なんて食べた事がある訳ないでしょう」
「嘘つけ。最近の若いのはどいつもこいつも犬を食っておる」
「そうですか?」
「熱犬というのだ」
「熱犬? 熱い……。ホット。犬……。ドッグ。ホットドッグの事ですか? あれは犬なんかじゃありません」

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