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ー 44 ー なし崩しの修行

おそらく隆太とほぼ同時に、フオンがエリックに気づいたようだ。

すぐさま歓声と共に駆け寄って、エリックの手を引っ張ってきた。

カイとホアが笑顔で歩み寄り、隆太もそれに続く。


エリックが来る事は聞いていなかったが、エリックの姿を目にした瞬間、隆太は自分がそれを予想していた事に気づいていた。

おそらく、前夜にカイが「明日の瞑想は神社の林で」と言った時に、すでにわかっていたのだ。



モソモソと挨拶するエリックに、挨拶を返す。

「隣の部屋のヤツがうるさくて、早くに目が覚めてしまったから……」
目を逸らし自分の耳をいじりながら、エリックが言い訳めいた事を呟く。

カイが訳すまでもなく、彼の言ったことがなんとなく理解出来た。
耳が、若干英語に慣れたのだろうか。


「来てくれて嬉しいよ」

言うとおり寝不足気味らしきエリックの背中に手をまわし、カイが促す。


「イ、イヤ…俺はちょっと見に来ただけだから……」
そんな言い分に構わず、フオンは今まで自分が座っていた倒木まで エリックの手を引いて連行した。

自分が先に座り、その隣をペチペチと手で叩き、満面の笑顔で座るように指示した。

エリックは少し躊躇したが、大人しく隣に腰掛けた。
どうやらフオンには逆らえないらしい。


なし崩し的に、エリックの修行が始まってしまった。

いつもの呼吸法と姿勢を、カイが指導する。それをフオンが励まし、応援する。

元々猫背気味のエリックは、姿勢を保つのに苦心しているようだ。


そんな様子を横目で窺いながら、隆太は自分の瞑想に専念していた。


そして、徐々に増大するエネルギーを、エリックのエネルギーに向けて注ぎ込む。

エリックが自然のエネルギーに繋がれるように。
繋がれないまでも、良いエネルギーを少しでも受け取る助けになるように。

そのための具体的な方法など教わっていなかったのだが、そう意識する事で自然に出来た。


ほどなくして、場のエネルギーが ぐんと増大したのを感じた。

エリックへのエネルギー注入を保ちつつ、増大しブレンドされたエネルギーを探る。


これはきっと、ホアの穏やかで清浄なエネルギーがブレンドされている。
おそらく隆太の意図に気づいたホアが、エネルギーの循環を助けてくれているのだ。


自分の修行のために。
皆の修行のために。
すべての自然のエネルギーのために。
エリックのこれからのために。



サレンダーの学ぶ修行というのは、そういうものなのだ。

自分のための修行が、ひいては周囲のエネルギーの場を広げ、高める。

そうして膨らんだ場のエネルギーは、さらに自分のエネルギーを高めてくれる。

そしてその修行が広まるにつれ、エネルギーは拡散増大してゆく。



いつにも増して修行に集中することが出来た隆太だったが、カイのひと声で今朝の修行は終了となった。

「そろそろ朝ごはんにしましょうか」


隆太はひとつ大きく息を吐き、エネルギーとの繋がりから離れる。
その余韻を残しながら、エリックに声をかけた。

「どうだった?エリック」


エリックを見やると、呆然としたような表情で振り向いたエリックと目が合う。

カイの英訳を待つこと無く、エリックの口から言葉がこぼれ落ちた。

「これは………今のは…」


心持ち上気したような頬。白くパサついていた唇は健康的な元の色つやになり、青く翳っていた目元は生気を取り戻していた。




家へ帰るまでの道すがら、エリックは一言も口をきかなかった。

そんなエリックを心配しながら、ホアが隆太を肘で突ついた。

「リュータ。あなたちょっと、やりすぎたわよ」

「そう言われても……確かに今日は、すごく集中出来たけど……」
隆太は戸惑いながら、前を歩くエリックとカイの様子に注目していた。


隆太は瞑想に集中しすぎたために、エリックにエネルギーを注ぎすぎたようだった。

それに気づいたホアは、ブレンドされたエネルギーの場から急いで自分の場を遮断したのだが、思いがけず急速に増大する隆太のエネルギーは、どうやら一気にエリックの場をこじ開ける形になってしまったようだ。

だが、そんな細かな調節の仕方など、隆太に知る由も無かった。
そもそも意識して他人にエネルギーを注ぐなど、初めての経験だったのだ。

おそらく、数時間後に旅立ってしまうエリックに、自分に出来るだけのことをしてやりたいという意識が働いたのだろう。


ホアほどエネルギーの推移に敏感でないカイが、それでも気づいて修行を終了させてくれたのだった。
その間、フオンは純粋にエリックを応援していただけだったので、エネルギーの循環に注意していなかったらしい。


そのフオンは、大人4名の間をまんべんなくウロチョロしていた。
まるで、自分がそれぞれをつなぐ糊の役割であるかのように。




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ー 45 ー 食卓

グエン一家のプライベートスペースに初めて足を踏み入れ、エリックはようやく現実に目覚めたようだった。

皆に倣い玄関で靴を脱ぎ、キョロキョロしながら奥へ進む。

途中、洗面所にて手洗いとうがいの儀式を済ませつつ、振り分け式間取りの最奥、ダイニングキッチンとリビングへ。

物珍しげに部屋中を見回しながら、エリックはフオンに手を引かれテーブルに着いた。


グエン夫妻と隆太により、手際良く朝食が並べられる。


「いただきます」

手を合わせて、声を揃える。フオンの指導のもと、エリックもそれに倣った。

エリックがグエン夫妻の料理を口にするのは、これが初めてだった。

「お味はどう?お口に合うかしら?」

隆太の実家の母親さながらの口調で、ホアが心配そうに訊ねる。
この口調もきっと、近所の奥様連中に鍛え上げられた賜物なのだろう。

カイが通訳するまでもなく、エリックは若干不器用に箸を操りながら、旺盛な食欲でそれに答えた。
ひとくち食べるごとに、頷きながら素朴な賞賛の言葉を口にする。

そして、かなり意識して、丁寧に咀嚼しているようだった。


そんなエリックを微笑ましく眺めながら、隆太は先日の長老宅での宴会を思い出していた。

用意された心づくしの料理に 無心に舌鼓を打つ、自分。
それを優しく眺めている、親しい人たち。


ふと自分を見守る視線に気づいたエリックが顔を上げると、皆こぞって別の料理を勧めたり、味付けのアレンジを教えようとした。

それはほとんど、あの宴会の再現のようだった。




食事を終え、一息ついて。
ホアが淹れてくれたハス茶を、手分けして配る。

エリックがため息をつきながら言った。
「日本の食べ物は、みんな最高だった」

「今のは、ベトナムの家庭料理だよ。ハーブやスパイスの少ないものだし、日本食に似ているけどね」
カイが、そう言って笑う。

「なら、ベトナム料理も最高だ」エリックが真顔で頷く。


「これから、どうするの?」
ホアのそんな質問にも、初めの頃ならきっと「お前らには関係ない」と答えただろう。

だがエリックは、少し考えながらも まともに答えた。
「まずは、かざぐるまのおばあさんの墓参りに行こうと思ってる。それが済んだら、他の事を考えるよ」

「きっと、喜んでくれるわ」
励ますようにホアが言う。

「…だといいけどな」
一見ぶっきらぼうな口調だったが、その裏に自信の無さが窺えた。
その行為に意味があるのかどうか、はかりかねているかのような。


隆太がごく当たり前の会話の様に言う。
「またいつか、日本に来たらいいよ。今回はほとんど観光しなかったし。俺が案内するから、おばあさんのかわりに 君が今の日本をあちこち見て廻って、またお墓の前で報告すればいい」


カイの通訳を聞いて、エリックは俯いた。
そしてそっぽを向いたまま、聞き取りにくい声で呟く。

「今回の旅は短かったけど、とても満足してる。かざぐるまを見つけられたし………日本の有名なお菓子も貰えたしな」

エリックの耳が真っ赤になっている。

「また日本に来る機会があったら……それで、もしお前がそうしたいなら………イヤ、案内してくれたら、嬉しいよ…


後半はほとんど聞きとれなかったが、絶対に目を合わせまいとしているエリックの表情から、彼が何を言ったのか 正確に読み取った隆太は、クールに決めてみせた。

「楽しみにしてるよ」



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ー 46 ー 風使い、去る

天空橋の駅前で。

隆太達は空港まで送ると言ったのだが、エリックはそれを固辞した。


ここに来るまでに感じた事を、帰り道ではどう感じるのか。
それをひとりでじっくりと見比べてみたいと言うのだ。

そういうことであれば、隆太達も引き下がらざるを得ない。

せめて帰り道に不安の無いようにと、乗り継ぎのルートをおさらいしていると……


「あーーー!!間に合ったあ!!!よかったあああああ!」

有希子が改札を抜けて駆け寄ってきた。ホームから走ってきたらしく、息が上がっている。


「これ!!お土産!ちょっと嵩張っちゃうんだけど…」

プラスチックの箱を、エリックに手渡す。


エリックが箱を開けると、中には千代紙で折ったかざぐるまがいくつも入っていた。

平たい棒の先端にくっついた、かざぐるま。
ご丁寧にもその棒にはテープかなにかが巻いてあり、かざぐるまを突き刺した針の先が隠されていた。

「荷物の検査で引っかかるかもしれないからさ、割り箸よりアイスの棒の方が平たくていいかと思って。ほら、弥七感が減るじゃない?
 あ、棒はちゃんと洗ってあるから!!綺麗にテープも巻いたし」

エリックにかざぐるまを作ってあげたあの日、有希子は余った千代紙を持ち帰っていたのだった。
エリックが急に帰国すると聞いて、昨夜急いでかざぐるまを作ったのだ。


(イヤ、「かざぐるまの弥七」はエリックにはわからないだろ‥‥それにしても、弥七感って何だよ。初めて聞いたよ)

吹き出すのを堪えるために、隆太は口元を隠し俯いた。
下手に気づかれると、弥七についての説明が面倒だ。

幸い、誰も気づいてはいないようだ。


「あの、少ししか作れなかったんだけどさ……急いでアイス食べたから、夫とふたりで頭イタくなっちゃって……」
いくつものかざぐるまを見つめ呆然とするエリックの反応に不安を覚えたのか、有希子は言い訳を始めた。


エリックは、ケースの蓋を閉じると大切そうにバッグの中にそれをしまった。

「…あー……その、ありがとう。君たちに、とても感謝するよ。これは墓の周りに飾ろうと思う。彼女もきっと、喜ぶだろう」

つっかえながらもそう言うと、照れくさそうではあったが 皆の顔を順繰りに まっすぐに見つめた。



「あら?こういう場面では、ハグとかするんじゃないの?」

有希子が両腕を広げ、ふざけたウインクをして催促する。
礼を言われた途端手のひらを返したように、先ほどの不安げな様子から いつものペースに戻ったらしい。

さすがのエリックもこれには吹き出しかけたが、咳払いなどしてなんとか誤摩化した。


両腕を広げ、さらには片足立ちで待ち受ける有希子に、ハグをする。
有希子はエリックの背中をポンポンと叩いた。

続いてホアとフオン、そしてカイともハグ。


ムサい男と抱き合うなど御免こうむりたい隆太は、黙って右手を差し出した。

その意味に気づいて、その手をエリックが握る。
ニヤリと笑う隆太に、エリックは顔をしかめてみせたが、口元は僅かに笑っていた。

最初の出会いのときとは違う、本当の握手だった。


手を離すとエリックは、小さく吹き出して緩く首を振った。

「お前らって、なんかいつも笑ってんのな。変なヤツらだ」


カイの通訳を受けて、隆太がすかさず混ぜっ返す。

「褒め言葉として受け取っておくよ」


有希子はゆらゆらと踊りながら、歌うように続けた。

「毎日が楽しいも〜ん♪
新しい友人も出来たしね〜。

おどけているのは、おそらく照れ隠しなのだろう。


有希子の珍妙な踊りに気を取られていた様子のエリックだったが、「新しい友人」が誰の事を指すかに気づくと、複雑な表情で目を逸らした。

耳の淵を赤く染めながら、何やらゴニョゴニョと呟く。

エリックが何と呟いたのか、隆太達には聞き取れなかった。
が、それに対するカイの返答は、とてもシンプルで聞き取り易かった。

「そう。なんとか暮らしてゆけるだけのお金と、信頼出来る仲間。それを持ってるだけで、充分幸せなんだ」

エリックは目を逸らしたまま、何度か小さく頷いていた。
そして、「もういくよ」と呟くと、あっさりと改札の向こうへと消えた。



旋風を巻き起こした「風使いのエリック」は、そうして帰って行った。



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ー 47 ー 風使いへのプレゼント


心地よい新緑の季節が過ぎ、憂鬱な梅雨の時期がやってきた。

ムシムシした鬱陶しいこの季節。

隆太は大の苦手だったが、グエン一家はさほど苦にならないようだ。



そんなある日、隆太が朝の瞑想のために屋上で待っていると、カイがやって来た。

「リュータ!いいニュースだよ」

歩み寄るカイを追い抜いて、フオンがダッシュして来た。
隆太の腹に体当たりするような勢いで、飛びついてくる。

「エリックね、マスターのお仕事に行ったんだよ!」

「おお!ついに決まったんだ」



マスターこと、先代のサレンダー。

彼は現在カナダで、大規模なヒーリング施設と、修行者のためのコミュニティーを運営している。
彼の経営する施設で、自然エネルギーによる自家発電設備をしており、その設備を大幅に拡大することが決まっていた。

エリックは、その設備の風力発電の担当者として働かないか、と打診されていたのだ。

初めのうちは研修期間ということで賃金は安いが、その間は施設の居住費がかからないらしい。


もし、万が一。
設計にあたり万全の計算はしているが、万が一、無風状態が長く続いた場合などには、莫大な設備投資を無駄にしかねない。
不測の事態となった場合において、彼の力が期待されているらしいのだ。


自分の力を期待されている。
しかもそれが、風の力を扱う仕事であるということで、エリックはかなりやる気を示しているそうだ。



「就職のお祝いしなきゃな」
「うん!お祝いだね!!」


かざぐるまのおばあさんの墓参りと、エリックの実母との対面を済ませたことは、すでに連絡を受けていた。

その頃から既に、カナダへ渡ることを密かに決めていたのかもしれない。



ホアの、予言のような言葉を思い出す。

「気づきの連鎖が始まった。これからの流れは、とても速いものになるでしょうね」


エリックは今後、どんな風に変わってゆくのだろう。


初めて瞑想をしたあの日、隆太は図らずもエリックのエネルギーの場をこじ開けてしまった。

本当に、意図したことではなかった。
隆太自身、人に自分のエネルギーを注ぎ込むのは初めての経験だったし、それによりエネルギーが急速に増大したことに気づいてすらいなかった。
隆太は未だに、人のエネルギーの流れを見極めるまでに至っていない。

半ば強引にエネルギーとの繋がりを作ってしまったことに、エリックが腹を立てるのではないかと、隆太は心配していた。

だが、その心配は杞憂だったようだ。
むしろその体験によって、エネルギーの流れや修行に興味を持ったらしい。

隆太は改めて、胸を撫で下ろす心地だった。



 * * *


数日後、隆太の部屋に注文の品が届いた。エリックへの就職祝いの品の数々だ。

用意しておいた大きな段ボール箱に、次々とそれらを放り込み、厳重に梱包する。

(送料はかなり高くついたが、せっかくの就職祝いだ。せいぜい喜ぶがいい……)

発送を終え、隆太はほくそ笑んだ。




そのまた数日後。

カイのアドレスに送られて来た、エリックから隆太へ宛てたメールを読み、隆太は小躍りした。


カイの和訳と、隆太の意訳によれば……

「てめえ!!やりやがったな!!おかげで四六時中ガキ共に纏わりつかれて、やかましくてしょうがねえ!!今度会ったら絶対に吹き飛ばしてやるからな!!覚えてろよ!このヒヨコ野郎!!」

…といったところらしい。
卵の殻を突き破って小さな羽を広げた、ヒヨコのイラストが添付してあった。

そのメールを、そっくり有希子にも転送してもらった。
今頃有希子も、パソコンの前で大笑いしているに違いない。



先日送った、エリックの就職祝い。

業者から買い付けた、色とりどりのたくさんのかざぐるま。
そして、綺麗な千代紙で作った、手作りのかざぐるま。

前回お土産に持たせてやったのと同様の、日本のスナック菓子も一緒に放り込む。

ついでに、海外の子供達に人気のありそうなアニメキャラクターのグッズを、山ほど詰め込んでやったのだ。


マスターの運営する施設の情報をカイから入手し、名参謀 有希子と協議を重ね厳選した、とっておきの祝いの品だ。

仏頂面のくせに子供には甘い(らしい)エリックが、そこに暮らす施設の人たちと手っ取り早く馴染めるようにと考案した、愛のプレゼントなのだ。

ふたりの思惑通り、エリックは早くも子供達の間で人気者になっているようで、喜ばしい限りだ。

大量のかざぐるまは結局、全てコミュニティーで自家栽培している畑の柵に
、子供達の手によりくくり付けられたそうだ。

エリックは時おり、子供達にせがまれてそのかざぐるまを一斉に回しているらしい。



カナダの広い空の下で、緑の樹々に囲まれた畑に色とりどり回る、たくさんのかざぐるま。

微かにカラカラと、軽やかな音を立てるはずだ。


隆太は目を閉じて、そんな光景を想像した。



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ー 48 ー 恐るべき子供達

梅雨も明け、夏の盛り。

早いもので、もうじきフオン達がやってきて丸1年になる。

隆太も守人2年目に突入だ。


お盆も近く、隆太にとって節目ともなるこの時期。

隆太はサラのお墓参りをし、またサラの実家にも顔を出した。
長く手を合わせに来なかった非礼を詫びる隆太に、サラの両親は とんでもないと逆に頭を下げた。


サラの両親は今では、有希子に習って瞑想を実践しているらしい。
有希子がサラに贈った鉢植えは、サラの実家の居間で元気に育っていた。

最後に庭にある猫の墓にも忘れずに手を合わせ、サラの実家を辞した隆太は、そのまま隆太自身の実家へ向かった。


先月にも帰省したばかりだったが、今回は親戚が集まるというので顔を出すことにした。

今までは親戚の集まりなど面倒で避けてばかりだったが、隆太は都合のつく限りは なるべく参加しておこうと決めたのだ。
血縁の存在は、生命の連鎖を最も強く実感出来る。
強く実感する事により、より深く感謝することが出来る。

似たような顔の集まる中、誰が誰やら最後まで判別出来なかったが、一泊して帰路につく頃には、自分が少し成長したような気がした。

時の繋がりやいまここに存在することへの実感。愛と感謝。
教えで学んだことを、頭の中だけで終わらせずに、実践してみたからだ。



 * * *


カイからエリックの新たな近況を聞いたのは、その数日後のことだった。


エリックの住む施設に、新たな入居者がやって来た。

それは双子の男の子と女の子で、彼らは養護施設から引き取られて移って来たのだそうだ。

男の子の方は天才的に歌が上手く、女の子の方は生まれつき声を出せないらしい。


その男の子は、歌唱力はもちろんだが表現力が素晴らしく、聴衆の感情を曲に引きずり込んでしまうほどだと街で広く評判になっていた。

偶然それを目にした修行者の一人が、エネルギーが不思議な流れ方をしているのを感じ、マスターに報告したのだ。


マスターは、すぐにその少年の歌を聴きに行った。

少年が歌い始めると、その歌に見合った感情が、観客の間にさざ波のように広がってゆくのがわかった。


だが、マスターはすぐに見抜いた。

それは、その歌への感動ではなく、少年が発するエネルギーが観客を巻き込み、観客のエネルギーを強引に取り込んで変質させていた結果だったのだ。

それは、とても危険な状態だった。

今はまだ、彼ら自身が無自覚なので、大好きな曲を心を込めて歌っているだけだ。
観客がそれに同調しても問題は無い。

観客は曲に感動していると思い込むだけだからだ。



だが、この先。

もし彼らが明確な意志を持って、このエネルギー操作をするようになったら……

それは、恐ろしいことになる。
一種のマインドコントロールなのだ。


この、神の如き声を持つ少年と、それを増幅させて周りの人間のエネルギーを絡めとり感情を操ってしまう女の子。


そう。

真に恐ろしい存在は、自分の感情を兄の感情にシンクロし、増幅させたエネルギーを無意識のうちに不可聴音域の声に載せ兄と共に歌ってしまっている、少女の方だった。





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