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ー 42 ー 流れの先に

「そうそう、それでね」

少ししんみりした空気を変えるように、カイが明るい口調で話し出した。

「『風の力の使い方』のことだけど、マスターに相談してみたんだよ」


昨日の夜、しょうもない案しか浮かばなかった、例の件だ。


「彼の施設でね、太陽光と風力発電の設備を増やす計画があるそうなんです。で、エリックにそこで働いてみないか、って」


……昨夜の会議は、あながち無駄ではなかったわけだ。


「え!!それって、すごいじゃないですか!」
「うん!すごい適材適所!!」


自分の事の様に喜ぶ2人を見て、カイも嬉しそうだ。

「アハハ。でもね、エリックの風の力に頼って発電するわけじゃないよ。きちんとした、風力発電の設備なんだ。だから彼には、技術面の勉強もしてもらうことになる」

「うんうん。それで?エリックは、何て?」

「返事は、まだ貰ってないよ。だって、カナダへ移住する事になるからね。ゆっくり考えて、マスターと直接話をして決めてもらうことになった」


もしそちらで働く事になっても、エリックに修行や瞑想をする義務は無いそうだ。
ただ単に、技術者として雇ってくれるらしい。
さすが元サレンダー、「強要しない」という姿勢が徹底している。



「あれ?…でもそれなら、なんで急に帰るとか言いだしたの?仕事を決めるのには、まだ時間があるんでしょう?」

「でも、滞在費もけっこうかかるだろうし……それとも、食事が合わなかったとか?」

「イヤ」
カイは楽しそうに笑った。


「今日はね、この商店街の色んな店に一緒に行ったんだ。ラーメン屋さんやお弁当屋さん、あと、和菓子やタコヤキを買って食べたりね」

「…よくそんなに食べられましたね」
隆太は感心して言った。自分はよく食べる方だが、とてもかなわない。

「長い時間をかけて話してたからね。彼は初めのうちはあまり喋りたがらなかったけど、だんだん色んな事を話してくれたんだ。『たくさん喋ると腹が減るもんだな』って、笑ってたよ」



「どこの店でもおまけを付けてくれたんだよ。『カイの友達なら』って、ギョーザとかとん汁、おダンゴなんかね」
カイは少し得意気に、片方のまゆ毛をヒョイと吊り上げてみせた。

「エリックはどの料理も、美味しいって全部食べてた。でも彼はとても早く食べるから、食事の意味とよく噛んで食べる事の意味を教えたんだ。そしたら、なんて言ったと思う?」


「あら、なあに?なんて言ったの?」
ホアが楽しそうに訊ねる。



「…それはもう知ってる。リュータのブログで読んだから、だって」
エリックの声を真似てそう言うと、楽しそうに笑った。

「彼は、とても熱心な読者だよ。リュータ」



とても嬉しかったが、なんだか盛大に照れくさかった。

「でも、実践はしていないんですね」
隆太は照れ隠しのようにそう言って、首のうしろをシャカシャカと擦る。

「でも、その後は少しゆっくり食べていたよ。彼が、修行で学べる事をいつか本当に理解したら、自然と食べる事に感謝するようになるだろうね」



滞在費についてはカイも少し心配だったらしく、エリックに ホテルを引き払って自分の家に泊まる事を提案したのだそうだ。

エリックはその申し出に驚いていたが、やはり断って帰国する事にしたのだという。


「彼はね、『言葉が通じないというのがこんなに大変な事だと思わなかった』って」

ずっと孤独に生きてきたと思っていたが、必要なときに話が出来るということの安心感を初めて知ったのだ。


「何よ。あれだけ一匹狼気取ってたくせに、寂しくなっちゃって帰るってわけね?」

茶化すように言った有希子だが、その表情は 拗ねてしまったやんちゃな弟を見守る姉のようだった。


「あ!」
有希子の表情を見た隆太はふと思いあたり、声を上げた。

「もしかして……エリック、実は…仲間が欲しかったんじゃ?」



自分自身でも気付いていないのかもしれない。

だが。

サレンダーの力。空を飛ぶ能力。
そして、サラの事を知って言った、『人に言えない力を持ってるっていうのは、案外キツいものだよ』という言葉。


不思議な力を持つ、サレンダーと守人。そしてその家族や仲間との連帯。
そういったものへの、憧れ?好奇心?


カイがにっこりと微笑み、頷いた。
「私も、そう思う。もちろん、彼が自分で言っていたような理由もあるでしょう。でも、リュータが今言った事。今日一日、彼と話してみて、そう感じたよ」



「……ハアアアア!」
有希子が大げさにため息をついて、テーブルに肘をつき手に額を預けた。

「エリックって、要はただの寂しがりやの駄々っ子なのね?まっっったく、メンドクサイんだから。」


年の離れた弟のワガママを愚痴るような有希子の口ぶりに、ホアが思わず笑みを漏らす。

「それが、今の彼の流れなのね。心の中で気付かずに育っていたものが、おばあさんの死をキッカケに繋がり始めた。気付かなかった事に、気付き始めた」


厳かにも聞こえる、ホアの静かな口調。それはまるで予言のように響く。

「気づきの連鎖が始まった。これからの流れは、とても速いものになるでしょうね」




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ー 43 ー 輝く朝日の中

翌朝の瞑想は久々に、神社の裏手にある雑木林で行われた。


五月上旬の早朝。

既に夜は明けているものの朝の光は真新しく、樹々の合間から柔らかに差し込む。

グエン一家と、隆太。

各自好きな場所に陣取り、静かに周囲のエネルギーと繋がる。



隆太は空を見上げ、直に空と繋がれるよう 側頭部に意識を集中した。


カイが約束どおりマスターに問い合わせてくれたところ、頭部、特に側頭部はストレスと深い関係にある部位なのだそうだ。


つい先日の朝の瞑想の際の、
カイが言った言葉を思い出す。
「君は、教えについては驚くほど よく理解するのに、自分の事は何もわかってないんだね」

「考え過ぎないで。頑張り過ぎないで」…ホアの言葉。

「ああ、隆太君って、何気に自己評価低いもんね」
…これは、マスターの解答を聞いた時の、有希子の率直すぎる一言だ。


ベトナムからやって来た一家が 言葉を選んで柔らかに伝えてくれる事を、同じ民族であり同じ言語を使い生きている有希子は、ストレートに突きつけてくる。

だが有希子のその根底には、静かに湧き出るような優しさと思いやりがあることを 隆太は知っている。


「今の自分を認めてあげなさい。私が断言する。あなたはもっと、自信を持っていい」

有希子はきっと、そう言っている。


有希子の強気な言葉の裏にある真意を推しはかる事の出来る
(と思われる)、現在。
自分が傍観者の要素が多いという事を自覚した、現在。
そして、脅迫者の見本のようなエリックが抱えていた弱さを知った、現在。


隆太は意識的に心の抑制を取り払い、空と直接繋がりエネルギーを取り入れる方法を手にしていた。


静かに呼吸しながら、更に集中する。



……両の側頭部が、フワリと開く感覚があった。

無意識のうちに半眼になっていた視線を上げる。

目の前に広がる光景は、やはり例え難いほど美しかった。


浅い角度で差し込む朝日は、斑となって地面に反射する。

低い位置に茂る草や木の葉が、朝露をたたえて輝く。

更に視線を上げれば、様々に重なり合った枝と木の葉が、淡い影を作りながらまばゆく光る。


そのまま、天を仰ぐ。

優しい空色と穢れない白色の雲を目にしたその瞬間、隆太は空と繋がった。


思わず、ホウ……と息をつく。

繋がりを感じながら幸福感に浸り、目を閉じた。

目を閉じていてもなお、柔らかな木漏れ日を感じる。

聴覚も研ぎすまされ、樹々の織りなすざわめきや虫達の起こすかさこそとした物音まで感じ取れる。

だんだん近づいてくる足音までも……



……足音?


聞き慣れない足音に、隆太は目を開けた。

キラキラと輝く樹々の間を抜け 現れたのは、エリックの姿だった。



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ー 44 ー なし崩しの修行

おそらく隆太とほぼ同時に、フオンがエリックに気づいたようだ。

すぐさま歓声と共に駆け寄って、エリックの手を引っ張ってきた。

カイとホアが笑顔で歩み寄り、隆太もそれに続く。


エリックが来る事は聞いていなかったが、エリックの姿を目にした瞬間、隆太は自分がそれを予想していた事に気づいていた。

おそらく、前夜にカイが「明日の瞑想は神社の林で」と言った時に、すでにわかっていたのだ。



モソモソと挨拶するエリックに、挨拶を返す。

「隣の部屋のヤツがうるさくて、早くに目が覚めてしまったから……」
目を逸らし自分の耳をいじりながら、エリックが言い訳めいた事を呟く。

カイが訳すまでもなく、彼の言ったことがなんとなく理解出来た。
耳が、若干英語に慣れたのだろうか。


「来てくれて嬉しいよ」

言うとおり寝不足気味らしきエリックの背中に手をまわし、カイが促す。


「イ、イヤ…俺はちょっと見に来ただけだから……」
そんな言い分に構わず、フオンは今まで自分が座っていた倒木まで エリックの手を引いて連行した。

自分が先に座り、その隣をペチペチと手で叩き、満面の笑顔で座るように指示した。

エリックは少し躊躇したが、大人しく隣に腰掛けた。
どうやらフオンには逆らえないらしい。


なし崩し的に、エリックの修行が始まってしまった。

いつもの呼吸法と姿勢を、カイが指導する。それをフオンが励まし、応援する。

元々猫背気味のエリックは、姿勢を保つのに苦心しているようだ。


そんな様子を横目で窺いながら、隆太は自分の瞑想に専念していた。


そして、徐々に増大するエネルギーを、エリックのエネルギーに向けて注ぎ込む。

エリックが自然のエネルギーに繋がれるように。
繋がれないまでも、良いエネルギーを少しでも受け取る助けになるように。

そのための具体的な方法など教わっていなかったのだが、そう意識する事で自然に出来た。


ほどなくして、場のエネルギーが ぐんと増大したのを感じた。

エリックへのエネルギー注入を保ちつつ、増大しブレンドされたエネルギーを探る。


これはきっと、ホアの穏やかで清浄なエネルギーがブレンドされている。
おそらく隆太の意図に気づいたホアが、エネルギーの循環を助けてくれているのだ。


自分の修行のために。
皆の修行のために。
すべての自然のエネルギーのために。
エリックのこれからのために。



サレンダーの学ぶ修行というのは、そういうものなのだ。

自分のための修行が、ひいては周囲のエネルギーの場を広げ、高める。

そうして膨らんだ場のエネルギーは、さらに自分のエネルギーを高めてくれる。

そしてその修行が広まるにつれ、エネルギーは拡散増大してゆく。



いつにも増して修行に集中することが出来た隆太だったが、カイのひと声で今朝の修行は終了となった。

「そろそろ朝ごはんにしましょうか」


隆太はひとつ大きく息を吐き、エネルギーとの繋がりから離れる。
その余韻を残しながら、エリックに声をかけた。

「どうだった?エリック」


エリックを見やると、呆然としたような表情で振り向いたエリックと目が合う。

カイの英訳を待つこと無く、エリックの口から言葉がこぼれ落ちた。

「これは………今のは…」


心持ち上気したような頬。白くパサついていた唇は健康的な元の色つやになり、青く翳っていた目元は生気を取り戻していた。




家へ帰るまでの道すがら、エリックは一言も口をきかなかった。

そんなエリックを心配しながら、ホアが隆太を肘で突ついた。

「リュータ。あなたちょっと、やりすぎたわよ」

「そう言われても……確かに今日は、すごく集中出来たけど……」
隆太は戸惑いながら、前を歩くエリックとカイの様子に注目していた。


隆太は瞑想に集中しすぎたために、エリックにエネルギーを注ぎすぎたようだった。

それに気づいたホアは、ブレンドされたエネルギーの場から急いで自分の場を遮断したのだが、思いがけず急速に増大する隆太のエネルギーは、どうやら一気にエリックの場をこじ開ける形になってしまったようだ。

だが、そんな細かな調節の仕方など、隆太に知る由も無かった。
そもそも意識して他人にエネルギーを注ぐなど、初めての経験だったのだ。

おそらく、数時間後に旅立ってしまうエリックに、自分に出来るだけのことをしてやりたいという意識が働いたのだろう。


ホアほどエネルギーの推移に敏感でないカイが、それでも気づいて修行を終了させてくれたのだった。
その間、フオンは純粋にエリックを応援していただけだったので、エネルギーの循環に注意していなかったらしい。


そのフオンは、大人4名の間をまんべんなくウロチョロしていた。
まるで、自分がそれぞれをつなぐ糊の役割であるかのように。




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ー 45 ー 食卓

グエン一家のプライベートスペースに初めて足を踏み入れ、エリックはようやく現実に目覚めたようだった。

皆に倣い玄関で靴を脱ぎ、キョロキョロしながら奥へ進む。

途中、洗面所にて手洗いとうがいの儀式を済ませつつ、振り分け式間取りの最奥、ダイニングキッチンとリビングへ。

物珍しげに部屋中を見回しながら、エリックはフオンに手を引かれテーブルに着いた。


グエン夫妻と隆太により、手際良く朝食が並べられる。


「いただきます」

手を合わせて、声を揃える。フオンの指導のもと、エリックもそれに倣った。

エリックがグエン夫妻の料理を口にするのは、これが初めてだった。

「お味はどう?お口に合うかしら?」

隆太の実家の母親さながらの口調で、ホアが心配そうに訊ねる。
この口調もきっと、近所の奥様連中に鍛え上げられた賜物なのだろう。

カイが通訳するまでもなく、エリックは若干不器用に箸を操りながら、旺盛な食欲でそれに答えた。
ひとくち食べるごとに、頷きながら素朴な賞賛の言葉を口にする。

そして、かなり意識して、丁寧に咀嚼しているようだった。


そんなエリックを微笑ましく眺めながら、隆太は先日の長老宅での宴会を思い出していた。

用意された心づくしの料理に 無心に舌鼓を打つ、自分。
それを優しく眺めている、親しい人たち。


ふと自分を見守る視線に気づいたエリックが顔を上げると、皆こぞって別の料理を勧めたり、味付けのアレンジを教えようとした。

それはほとんど、あの宴会の再現のようだった。




食事を終え、一息ついて。
ホアが淹れてくれたハス茶を、手分けして配る。

エリックがため息をつきながら言った。
「日本の食べ物は、みんな最高だった」

「今のは、ベトナムの家庭料理だよ。ハーブやスパイスの少ないものだし、日本食に似ているけどね」
カイが、そう言って笑う。

「なら、ベトナム料理も最高だ」エリックが真顔で頷く。


「これから、どうするの?」
ホアのそんな質問にも、初めの頃ならきっと「お前らには関係ない」と答えただろう。

だがエリックは、少し考えながらも まともに答えた。
「まずは、かざぐるまのおばあさんの墓参りに行こうと思ってる。それが済んだら、他の事を考えるよ」

「きっと、喜んでくれるわ」
励ますようにホアが言う。

「…だといいけどな」
一見ぶっきらぼうな口調だったが、その裏に自信の無さが窺えた。
その行為に意味があるのかどうか、はかりかねているかのような。


隆太がごく当たり前の会話の様に言う。
「またいつか、日本に来たらいいよ。今回はほとんど観光しなかったし。俺が案内するから、おばあさんのかわりに 君が今の日本をあちこち見て廻って、またお墓の前で報告すればいい」


カイの通訳を聞いて、エリックは俯いた。
そしてそっぽを向いたまま、聞き取りにくい声で呟く。

「今回の旅は短かったけど、とても満足してる。かざぐるまを見つけられたし………日本の有名なお菓子も貰えたしな」

エリックの耳が真っ赤になっている。

「また日本に来る機会があったら……それで、もしお前がそうしたいなら………イヤ、案内してくれたら、嬉しいよ…


後半はほとんど聞きとれなかったが、絶対に目を合わせまいとしているエリックの表情から、彼が何を言ったのか 正確に読み取った隆太は、クールに決めてみせた。

「楽しみにしてるよ」



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ー 46 ー 風使い、去る

天空橋の駅前で。

隆太達は空港まで送ると言ったのだが、エリックはそれを固辞した。


ここに来るまでに感じた事を、帰り道ではどう感じるのか。
それをひとりでじっくりと見比べてみたいと言うのだ。

そういうことであれば、隆太達も引き下がらざるを得ない。

せめて帰り道に不安の無いようにと、乗り継ぎのルートをおさらいしていると……


「あーーー!!間に合ったあ!!!よかったあああああ!」

有希子が改札を抜けて駆け寄ってきた。ホームから走ってきたらしく、息が上がっている。


「これ!!お土産!ちょっと嵩張っちゃうんだけど…」

プラスチックの箱を、エリックに手渡す。


エリックが箱を開けると、中には千代紙で折ったかざぐるまがいくつも入っていた。

平たい棒の先端にくっついた、かざぐるま。
ご丁寧にもその棒にはテープかなにかが巻いてあり、かざぐるまを突き刺した針の先が隠されていた。

「荷物の検査で引っかかるかもしれないからさ、割り箸よりアイスの棒の方が平たくていいかと思って。ほら、弥七感が減るじゃない?
 あ、棒はちゃんと洗ってあるから!!綺麗にテープも巻いたし」

エリックにかざぐるまを作ってあげたあの日、有希子は余った千代紙を持ち帰っていたのだった。
エリックが急に帰国すると聞いて、昨夜急いでかざぐるまを作ったのだ。


(イヤ、「かざぐるまの弥七」はエリックにはわからないだろ‥‥それにしても、弥七感って何だよ。初めて聞いたよ)

吹き出すのを堪えるために、隆太は口元を隠し俯いた。
下手に気づかれると、弥七についての説明が面倒だ。

幸い、誰も気づいてはいないようだ。


「あの、少ししか作れなかったんだけどさ……急いでアイス食べたから、夫とふたりで頭イタくなっちゃって……」
いくつものかざぐるまを見つめ呆然とするエリックの反応に不安を覚えたのか、有希子は言い訳を始めた。


エリックは、ケースの蓋を閉じると大切そうにバッグの中にそれをしまった。

「…あー……その、ありがとう。君たちに、とても感謝するよ。これは墓の周りに飾ろうと思う。彼女もきっと、喜ぶだろう」

つっかえながらもそう言うと、照れくさそうではあったが 皆の顔を順繰りに まっすぐに見つめた。



「あら?こういう場面では、ハグとかするんじゃないの?」

有希子が両腕を広げ、ふざけたウインクをして催促する。
礼を言われた途端手のひらを返したように、先ほどの不安げな様子から いつものペースに戻ったらしい。

さすがのエリックもこれには吹き出しかけたが、咳払いなどしてなんとか誤摩化した。


両腕を広げ、さらには片足立ちで待ち受ける有希子に、ハグをする。
有希子はエリックの背中をポンポンと叩いた。

続いてホアとフオン、そしてカイともハグ。


ムサい男と抱き合うなど御免こうむりたい隆太は、黙って右手を差し出した。

その意味に気づいて、その手をエリックが握る。
ニヤリと笑う隆太に、エリックは顔をしかめてみせたが、口元は僅かに笑っていた。

最初の出会いのときとは違う、本当の握手だった。


手を離すとエリックは、小さく吹き出して緩く首を振った。

「お前らって、なんかいつも笑ってんのな。変なヤツらだ」


カイの通訳を受けて、隆太がすかさず混ぜっ返す。

「褒め言葉として受け取っておくよ」


有希子はゆらゆらと踊りながら、歌うように続けた。

「毎日が楽しいも〜ん♪
新しい友人も出来たしね〜。

おどけているのは、おそらく照れ隠しなのだろう。


有希子の珍妙な踊りに気を取られていた様子のエリックだったが、「新しい友人」が誰の事を指すかに気づくと、複雑な表情で目を逸らした。

耳の淵を赤く染めながら、何やらゴニョゴニョと呟く。

エリックが何と呟いたのか、隆太達には聞き取れなかった。
が、それに対するカイの返答は、とてもシンプルで聞き取り易かった。

「そう。なんとか暮らしてゆけるだけのお金と、信頼出来る仲間。それを持ってるだけで、充分幸せなんだ」

エリックは目を逸らしたまま、何度か小さく頷いていた。
そして、「もういくよ」と呟くと、あっさりと改札の向こうへと消えた。



旋風を巻き起こした「風使いのエリック」は、そうして帰って行った。




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