閉じる


<<最初から読む

4 / 22ページ

試し読みできます

ー 40 ー 6時間

ちょうど夕食時とあって、店は満席に近かった。

19時過ぎに帰った隆太が店に顔を出すと、「いらっしゃいませ~♪」と声を掛けてきたのは、両手に皿を持った有希子だ。

「荷物置いたら、すぐに手伝いますから」

「うん、よろしく~!」


店を出てすぐ横にある階段を駆け上がる。

玄関の鍵を開け荷物を放り投げ、腕をうんと伸ばしてキッチンスペースに引っかけてあるエプロンを取った。
店の手伝いをする時の、隆太専用のエプロンだ。

店へ降りると有希子が「厨房をお願い」と仕草で伝えてきたので、頷いて店内を抜けた。

厨房ではホアがフライパンを揺すっている。


「カイは、まだ?」

「いま、上でエリックと話してるわ。それよりリュータ、大丈夫?疲れてるんじゃない?」

額の汗を手首の辺りで抑えながら、ホアが笑顔を向けた。

「大丈夫です。引っ越しと言っても、重い物は業者に任せてあったし。段ボールをいくつか運ぶのと、あとは晩飯の買い出しくらいしか仕事無かったから」


今日、隆太は友人の引っ越しの手伝いに駆り出されていたのだ。
ワンルームの一人暮らしの引っ越しに5~6人も集まってしまい、やることなどほとんど無かった。
なんとなく手伝ったようなフリをして、カップの引っ越し蕎麦を皆で食べて帰ってきたようなものだ。
他の者はおそらく、そのまま宴会へとなだれ込んでいる筈だ。

隆太は誘いを断って、帰ってきたのだ。
エリックが訪ねてくることを知っていたから。


昨夜のカイへの電話で、エリックは
「自分の風の力を、今まで悪い事に使ってきた。何か別の使い道が無いだろうか」と相談をしてきたのだ。

それでカイは、「明日までに考えておくから」として、今日また会う約束をした。


そんなわけで、深夜の厨房で3人は額を突き合わせ、良いアイディアを探したのだった。
結局、「ヨットで世界一周する」とか「オランダに行って風車を回す」「風力発電の風車を回す」ぐらいしか、思いつかなかったのだが。


洗い場に山になっている食器を洗い始めた隆太に、ホアは料理を皿に盛りつけながら報告してくれた。

エリックは13時過ぎにやって来てカイと連れ立って出掛け、30分ほど前に一緒に帰ってきて、ずっと部屋で話しているらしい。


「有希子が来てくれたから、助かったわ」

料理をカウンターに出し、汚れた食器を持って戻ってくる。
食器を洗い場に入れると、すぐにまた別の調理に取りかかった。

「なんか、意外だな。何をそんなに話してるんでしょうねえ」

あのエリックが、6時間ほども喋り続けているなど、ちょっと信じ難い。
まあ、エリックが一方的に話しているわけではないのだろうが。


その間にも、有希子が新たな注文を通してきた。
今日は大賑わいらしい。

(皆揃って浅草に遊びに行けるのも、そう遠くないな)
隆太は昨日のカイを思い出し、そっと忍び笑いを漏らした。



しばらくして、カイが厨房に戻って来た。

「やあ、リュータ。手伝わせて悪かったね」
ホアの肩に手を置き労りながら、隆太に声をかける。

「あれ?エリックは?」

「いま帰ったよ」

「え!」

「明日、帰国すると言ってた」

「ええええ!」

「一応、引き止めたんだけどね……」

ちょ、ちょっと行ってきます!そう言い残し、隆太は急いで厨房を出て店を抜け、上着を脱ぎながら階段を駆け上がった。

玄関のドアを開けると靴のまま部屋に入り、ついさっき放り投げた袋を掴むと、つま先立ちでベランダまで駆け寄る。

窓を開けてベランダへ出ると、ベランダの手すりに足をかけた。

「よっ…と」

手すりに登ると、そのまま外へ飛び出した。



「おーーーーい!エリーーーック!!!」


振り向いたエリックは、尻餅をつかんばかりに驚愕した。

白い翼を羽ばたかせ、隆太が手を振りながら空から自分を追いかけてくるのだ。


驚きのあまり、自分が大きく口を開けて凝視している事にも気付いていない。

バッサバッサと羽音をたてながら、隆太が自分の目の前にフワリと着地した時、エリックは思わず2、3歩後ずさった。
目元には涙で滲んだ跡が見え、目の縁がまだ うっすらと赤みを帯びたままだった。
隆太には、エリックとカイが長い時間かけて話した内容を、それだけで察することが出来た。

隆太は持っていた袋をぐいと突き出した。

エリックはまだショックから醒めやらぬ表情で、袋と隆太の顔を見比べるばかりだ。


「これ。ジャパニーズ フェイマス スナック。あと……」

ゴソゴソと袋を探り、ビニールに包まれたTシャツを取り出す。

「テンクウジンTシャツ」

Tシャツを袋に戻すと、再び袋をエリックに突き出した。

エリックが固まったままなので、隆太は仕方なく彼の手を掴み袋を握らせた。


「明日帰るんだってな。また来いよ。それ、お土産だから。じゃ、気をつけて帰れよ」

早口でそう言うと背を向けながら、片手を挙げ挨拶する。

エリックが目をまんまるにして翼を見つめているので、その場で数回翼を動かしてやる。隆太なりのサービスだ。

エリックが声にならない溜息を漏らした。


「バイバイ」

もう一度手を振って走り出し、そのまま飛び立った。

エリックがなにやら呻いていたようだったが、隆太はそのまま家のベランダまで戻った。

途中、商店街の顔見知り達に声をかけられる度に 空から手を振りながら。



試し読みできます

ー 41 ー 日本へ

ベランダに無事着陸し、隆太は店の手伝いに戻った。

ラストオーダーの時間まで客足は途絶えなかったが、それでも普段より少し早く店を閉める事が出来た。


「で、さっきのは何だったの?」

最後の客が帰り、扉を閉めた途端、有希子が待ちきれないというように切り出した。


「ああ、ちょっとしたお土産をね。渡しに行ったんです。お菓子とかTシャツとか」

洗い物はほとんど済んでいたので、2人はフロアの掃除を始めた。

「飛んで行ったら、ものすごくビックリしてたみたいですね。口開けて固まってたから」

床を掃きながら、有希子がニヤリと笑う。
「でしょうねえ。……その顔、見たかったわ」

隆太はテーブルを消毒し、椅子を拭く。
「天空人Tシャツ、入れてやったんですよ。あと、歌舞伎揚げも。…怒るかな?」

「あははは。やるじゃない。今頃苦笑いしてるかもね。あの時の事、憶えてれば」


ちょっとした皮肉を込めたプレゼントだったが、もちろん嫌がらせで選んだ訳ではない。
隆太にとって、エリックとの思い出の品なのだ。

「あと、かっぱえびせんと、のり塩味のポテチと、バター醤油味のポップコーン。英対のヤツに聞いたら、その3つは外人ウケがいいらしくて」

英対、というのは「英語対応」のことだ。
隆太の勤めるコールセンターで、外国語を話せる人たちの部署がそう呼ばれている。


他にどんなものが外国への土産に喜ばれるかを議論しながら掃除を続けていると、厨房の清掃を終えたグエン夫妻がやって来た。

「ふたりとも、お疲れさま。助かったよ」
「今日はありがとうね」

4人でフロアをピカピカに仕上げると、皆でさっき拭いたばかりの椅子に座る。


「さっきエリックから電話があってね」

隆太を見て悪戯っぽく笑う。
「ポテトチップが美味しすぎるって驚いてたよ」

有希子と隆太はニヤリとしてハイタッチした。

「あとは、かざぐるまのおばあさんのお墓の前で開けて、一緒に食べるって」

「ああ……亡くなってたの」
有希子が声を落とした。隆太も、ハイタッチした手を引っ込めた。

「そう。おばあさんがエリックに少し財産を残してくれて、そのお金で日本に来たんだって」




今日の昼間、エリックとどんな話をしたのか、カイが語ってくれた。


彼は子供の頃手に入れた風の力を、自分の身を守るために使った。

彼に危害を加えた者は、怪我をしたり不思議な災難に遭ったりしたため、周囲に気味悪がられるようになり、彼は孤立した。

大人になってからも友人など作らず、風の力はくだらない嫌がらせや悪ふざけに使っていた。

母親の恋人とソリが合わず若くして家を出て、アルバイトを掛け持ちして荒んだ暮らしをしていたが、ある日見知らぬ弁護士が訪ねてきておばあさんの死を知ったのだという。

おばあさんは、自分一人で身の回りの整理をし、僅かに残った大切な物を誰に遺すかをあらかじめ決めていた。
エリックには、自分の死後 家を処分して出来た現金を遺すよう指示していたのだ。

「彼女とはもう何年も会っていないのに、実家の母親とは連絡を取り合っていたらしく俺の事を気にかけていてくれた。それなのに俺は、彼女の顔もぼんやりとしか思い出せない。酷い話だろ?」

エリックはそう言って、自嘲的に笑ったという。


「そう……それで、日本へ来たのね」
「かざぐるま、もっと作ってやれば良かったな」


弁護士から初めて連絡が来たのが、3月の初め。
ちょうど、天空橋の火災のニュースが繰り返し流れていた頃だった。

以前から隆太のブログを読んでいたエリックは、どうしても日本へ行きたい、行かなければならない。そう思ったそうだ。

かざぐるまのおばあさんの育った、日本という国を見ておきたい。
翼で空を飛ぶ能力を見てみたい。
そして、水の力を操る者の存在を確かめたい。

煩雑な手続きが終わり、現金を手にするとすぐに日本へやって来たのだ。


「だからね、サラの事、話しました。構わなかったかな?」


「ああ……ええ」
「もちろん」

サラマンダーのサラ。発火能力を持っていた女の子。
その、火を操る能力を 炎の勢いを抑えることに使って人命を救った、勇敢で優しい女の子。


「エリックは大きなショックを受けたようだった。しばらく黙った後、彼はね、『人に言えない力を持ってるっていうのは、案外キツいものだよ』って言ったよ。サラに会ってみたかった、って」

「……もし会ってたら、サラは怯えて口もきかなかったでしょうね」
引っ込み思案なサラを思い出し、有希子は少し悲し気に笑った。


「それからね。リュータはブログを続けられないほど苦しんでいるのに、みんなも仲間を失って辛いのに、何故こんなに他人に親切にしてくれるのか、って」


(エリックが…あのエリックが、そんなことを………)

「だから、リュータのブログをよく読み返せばわかる、って言ったんだ。君がここまでやって来たのは 偶然じゃない事を、僕らは知ってるから、って」




試し読みできます

ー 42 ー 流れの先に

「そうそう、それでね」

少ししんみりした空気を変えるように、カイが明るい口調で話し出した。

「『風の力の使い方』のことだけど、マスターに相談してみたんだよ」


昨日の夜、しょうもない案しか浮かばなかった、例の件だ。


「彼の施設でね、太陽光と風力発電の設備を増やす計画があるそうなんです。で、エリックにそこで働いてみないか、って」


……昨夜の会議は、あながち無駄ではなかったわけだ。


「え!!それって、すごいじゃないですか!」
「うん!すごい適材適所!!」


自分の事の様に喜ぶ2人を見て、カイも嬉しそうだ。

「アハハ。でもね、エリックの風の力に頼って発電するわけじゃないよ。きちんとした、風力発電の設備なんだ。だから彼には、技術面の勉強もしてもらうことになる」

「うんうん。それで?エリックは、何て?」

「返事は、まだ貰ってないよ。だって、カナダへ移住する事になるからね。ゆっくり考えて、マスターと直接話をして決めてもらうことになった」


もしそちらで働く事になっても、エリックに修行や瞑想をする義務は無いそうだ。
ただ単に、技術者として雇ってくれるらしい。
さすが元サレンダー、「強要しない」という姿勢が徹底している。



「あれ?…でもそれなら、なんで急に帰るとか言いだしたの?仕事を決めるのには、まだ時間があるんでしょう?」

「でも、滞在費もけっこうかかるだろうし……それとも、食事が合わなかったとか?」

「イヤ」
カイは楽しそうに笑った。


「今日はね、この商店街の色んな店に一緒に行ったんだ。ラーメン屋さんやお弁当屋さん、あと、和菓子やタコヤキを買って食べたりね」

「…よくそんなに食べられましたね」
隆太は感心して言った。自分はよく食べる方だが、とてもかなわない。

「長い時間をかけて話してたからね。彼は初めのうちはあまり喋りたがらなかったけど、だんだん色んな事を話してくれたんだ。『たくさん喋ると腹が減るもんだな』って、笑ってたよ」



「どこの店でもおまけを付けてくれたんだよ。『カイの友達なら』って、ギョーザとかとん汁、おダンゴなんかね」
カイは少し得意気に、片方のまゆ毛をヒョイと吊り上げてみせた。

「エリックはどの料理も、美味しいって全部食べてた。でも彼はとても早く食べるから、食事の意味とよく噛んで食べる事の意味を教えたんだ。そしたら、なんて言ったと思う?」


「あら、なあに?なんて言ったの?」
ホアが楽しそうに訊ねる。



「…それはもう知ってる。リュータのブログで読んだから、だって」
エリックの声を真似てそう言うと、楽しそうに笑った。

「彼は、とても熱心な読者だよ。リュータ」



とても嬉しかったが、なんだか盛大に照れくさかった。

「でも、実践はしていないんですね」
隆太は照れ隠しのようにそう言って、首のうしろをシャカシャカと擦る。

「でも、その後は少しゆっくり食べていたよ。彼が、修行で学べる事をいつか本当に理解したら、自然と食べる事に感謝するようになるだろうね」



滞在費についてはカイも少し心配だったらしく、エリックに ホテルを引き払って自分の家に泊まる事を提案したのだそうだ。

エリックはその申し出に驚いていたが、やはり断って帰国する事にしたのだという。


「彼はね、『言葉が通じないというのがこんなに大変な事だと思わなかった』って」

ずっと孤独に生きてきたと思っていたが、必要なときに話が出来るということの安心感を初めて知ったのだ。


「何よ。あれだけ一匹狼気取ってたくせに、寂しくなっちゃって帰るってわけね?」

茶化すように言った有希子だが、その表情は 拗ねてしまったやんちゃな弟を見守る姉のようだった。


「あ!」
有希子の表情を見た隆太はふと思いあたり、声を上げた。

「もしかして……エリック、実は…仲間が欲しかったんじゃ?」



自分自身でも気付いていないのかもしれない。

だが。

サレンダーの力。空を飛ぶ能力。
そして、サラの事を知って言った、『人に言えない力を持ってるっていうのは、案外キツいものだよ』という言葉。


不思議な力を持つ、サレンダーと守人。そしてその家族や仲間との連帯。
そういったものへの、憧れ?好奇心?


カイがにっこりと微笑み、頷いた。
「私も、そう思う。もちろん、彼が自分で言っていたような理由もあるでしょう。でも、リュータが今言った事。今日一日、彼と話してみて、そう感じたよ」



「……ハアアアア!」
有希子が大げさにため息をついて、テーブルに肘をつき手に額を預けた。

「エリックって、要はただの寂しがりやの駄々っ子なのね?まっっったく、メンドクサイんだから。」


年の離れた弟のワガママを愚痴るような有希子の口ぶりに、ホアが思わず笑みを漏らす。

「それが、今の彼の流れなのね。心の中で気付かずに育っていたものが、おばあさんの死をキッカケに繋がり始めた。気付かなかった事に、気付き始めた」


厳かにも聞こえる、ホアの静かな口調。それはまるで予言のように響く。

「気づきの連鎖が始まった。これからの流れは、とても速いものになるでしょうね」




試し読みできます

ー 43 ー 輝く朝日の中

翌朝の瞑想は久々に、神社の裏手にある雑木林で行われた。


五月上旬の早朝。

既に夜は明けているものの朝の光は真新しく、樹々の合間から柔らかに差し込む。

グエン一家と、隆太。

各自好きな場所に陣取り、静かに周囲のエネルギーと繋がる。



隆太は空を見上げ、直に空と繋がれるよう 側頭部に意識を集中した。


カイが約束どおりマスターに問い合わせてくれたところ、頭部、特に側頭部はストレスと深い関係にある部位なのだそうだ。


つい先日の朝の瞑想の際の、
カイが言った言葉を思い出す。
「君は、教えについては驚くほど よく理解するのに、自分の事は何もわかってないんだね」

「考え過ぎないで。頑張り過ぎないで」…ホアの言葉。

「ああ、隆太君って、何気に自己評価低いもんね」
…これは、マスターの解答を聞いた時の、有希子の率直すぎる一言だ。


ベトナムからやって来た一家が 言葉を選んで柔らかに伝えてくれる事を、同じ民族であり同じ言語を使い生きている有希子は、ストレートに突きつけてくる。

だが有希子のその根底には、静かに湧き出るような優しさと思いやりがあることを 隆太は知っている。


「今の自分を認めてあげなさい。私が断言する。あなたはもっと、自信を持っていい」

有希子はきっと、そう言っている。


有希子の強気な言葉の裏にある真意を推しはかる事の出来る
(と思われる)、現在。
自分が傍観者の要素が多いという事を自覚した、現在。
そして、脅迫者の見本のようなエリックが抱えていた弱さを知った、現在。


隆太は意識的に心の抑制を取り払い、空と直接繋がりエネルギーを取り入れる方法を手にしていた。


静かに呼吸しながら、更に集中する。



……両の側頭部が、フワリと開く感覚があった。

無意識のうちに半眼になっていた視線を上げる。

目の前に広がる光景は、やはり例え難いほど美しかった。


浅い角度で差し込む朝日は、斑となって地面に反射する。

低い位置に茂る草や木の葉が、朝露をたたえて輝く。

更に視線を上げれば、様々に重なり合った枝と木の葉が、淡い影を作りながらまばゆく光る。


そのまま、天を仰ぐ。

優しい空色と穢れない白色の雲を目にしたその瞬間、隆太は空と繋がった。


思わず、ホウ……と息をつく。

繋がりを感じながら幸福感に浸り、目を閉じた。

目を閉じていてもなお、柔らかな木漏れ日を感じる。

聴覚も研ぎすまされ、樹々の織りなすざわめきや虫達の起こすかさこそとした物音まで感じ取れる。

だんだん近づいてくる足音までも……



……足音?


聞き慣れない足音に、隆太は目を開けた。

キラキラと輝く樹々の間を抜け 現れたのは、エリックの姿だった。



試し読みできます

ー 44 ー なし崩しの修行

おそらく隆太とほぼ同時に、フオンがエリックに気づいたようだ。

すぐさま歓声と共に駆け寄って、エリックの手を引っ張ってきた。

カイとホアが笑顔で歩み寄り、隆太もそれに続く。


エリックが来る事は聞いていなかったが、エリックの姿を目にした瞬間、隆太は自分がそれを予想していた事に気づいていた。

おそらく、前夜にカイが「明日の瞑想は神社の林で」と言った時に、すでにわかっていたのだ。



モソモソと挨拶するエリックに、挨拶を返す。

「隣の部屋のヤツがうるさくて、早くに目が覚めてしまったから……」
目を逸らし自分の耳をいじりながら、エリックが言い訳めいた事を呟く。

カイが訳すまでもなく、彼の言ったことがなんとなく理解出来た。
耳が、若干英語に慣れたのだろうか。


「来てくれて嬉しいよ」

言うとおり寝不足気味らしきエリックの背中に手をまわし、カイが促す。


「イ、イヤ…俺はちょっと見に来ただけだから……」
そんな言い分に構わず、フオンは今まで自分が座っていた倒木まで エリックの手を引いて連行した。

自分が先に座り、その隣をペチペチと手で叩き、満面の笑顔で座るように指示した。

エリックは少し躊躇したが、大人しく隣に腰掛けた。
どうやらフオンには逆らえないらしい。


なし崩し的に、エリックの修行が始まってしまった。

いつもの呼吸法と姿勢を、カイが指導する。それをフオンが励まし、応援する。

元々猫背気味のエリックは、姿勢を保つのに苦心しているようだ。


そんな様子を横目で窺いながら、隆太は自分の瞑想に専念していた。


そして、徐々に増大するエネルギーを、エリックのエネルギーに向けて注ぎ込む。

エリックが自然のエネルギーに繋がれるように。
繋がれないまでも、良いエネルギーを少しでも受け取る助けになるように。

そのための具体的な方法など教わっていなかったのだが、そう意識する事で自然に出来た。


ほどなくして、場のエネルギーが ぐんと増大したのを感じた。

エリックへのエネルギー注入を保ちつつ、増大しブレンドされたエネルギーを探る。


これはきっと、ホアの穏やかで清浄なエネルギーがブレンドされている。
おそらく隆太の意図に気づいたホアが、エネルギーの循環を助けてくれているのだ。


自分の修行のために。
皆の修行のために。
すべての自然のエネルギーのために。
エリックのこれからのために。



サレンダーの学ぶ修行というのは、そういうものなのだ。

自分のための修行が、ひいては周囲のエネルギーの場を広げ、高める。

そうして膨らんだ場のエネルギーは、さらに自分のエネルギーを高めてくれる。

そしてその修行が広まるにつれ、エネルギーは拡散増大してゆく。



いつにも増して修行に集中することが出来た隆太だったが、カイのひと声で今朝の修行は終了となった。

「そろそろ朝ごはんにしましょうか」


隆太はひとつ大きく息を吐き、エネルギーとの繋がりから離れる。
その余韻を残しながら、エリックに声をかけた。

「どうだった?エリック」


エリックを見やると、呆然としたような表情で振り向いたエリックと目が合う。

カイの英訳を待つこと無く、エリックの口から言葉がこぼれ落ちた。

「これは………今のは…」


心持ち上気したような頬。白くパサついていた唇は健康的な元の色つやになり、青く翳っていた目元は生気を取り戻していた。




家へ帰るまでの道すがら、エリックは一言も口をきかなかった。

そんなエリックを心配しながら、ホアが隆太を肘で突ついた。

「リュータ。あなたちょっと、やりすぎたわよ」

「そう言われても……確かに今日は、すごく集中出来たけど……」
隆太は戸惑いながら、前を歩くエリックとカイの様子に注目していた。


隆太は瞑想に集中しすぎたために、エリックにエネルギーを注ぎすぎたようだった。

それに気づいたホアは、ブレンドされたエネルギーの場から急いで自分の場を遮断したのだが、思いがけず急速に増大する隆太のエネルギーは、どうやら一気にエリックの場をこじ開ける形になってしまったようだ。

だが、そんな細かな調節の仕方など、隆太に知る由も無かった。
そもそも意識して他人にエネルギーを注ぐなど、初めての経験だったのだ。

おそらく、数時間後に旅立ってしまうエリックに、自分に出来るだけのことをしてやりたいという意識が働いたのだろう。


ホアほどエネルギーの推移に敏感でないカイが、それでも気づいて修行を終了させてくれたのだった。
その間、フオンは純粋にエリックを応援していただけだったので、エネルギーの循環に注意していなかったらしい。


そのフオンは、大人4名の間をまんべんなくウロチョロしていた。
まるで、自分がそれぞれをつなぐ糊の役割であるかのように。





読者登録

霧野あみさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について