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ー 37 ー フウジン

「日本の風の神様を見に行きませんか?」


ホテルに電話がかかってきたのは、今朝の8時半だ。

当然ながら、俺はまだ寝ていた。
ジェットラグの影響も抜けていなかったし、それに昨日は色々あって うまく眠れなかったのだ。
大量に飲み干したビールも、寝起きの悪さの一因かもしれないが。
日本のビールは、やけに酔いが回る……気がする。

寝ぼけてグズグズしている間に、待ち合わせの算段が決まってしまっていた。

適当に受け答えして電話を切り、俺はそのまま再び眠ってしまったが、ご苦労なことに、チエンは待ち合わせ時間の1時間前に再度電話をかけてきて 俺を起こしやがった。

仕方ないので、時間になるとロビーに降りて行った。


チエンだけだと思っていたら、あと2人いた。

いきなり全員から、満面の笑顔で話しかけられる。
ベトナム語か日本語かすらも判別出来ず、ただ戸惑う俺に、チエンが通訳してくれた。

父親チエンこと、カイ。母親ランこと、ホア。
そして娘でありサレンダーである、マイことフオン。


…ちょっと待ってくれ。そんなこと突然言われても、困る。
こんな風に皆で急にやって来るなんて、あまりにも突然すぎるじゃないか。

そんな覚束ない口調の俺の反論など無視して、チエンことカイは笑顔で手招きする。
「歩けないほど具合悪い?大丈夫?オーケー、じゃあ行こう!」

急な展開に巻き込まれるように、駅までの短い道のりを歩き出していた。



フオンが俺を見上げ、あちこち指を差しては何事か話している。
いつの間にか俺は、フオンに手を引かれていた。

「フオンは、コイノボリを泳がせて欲しいと言ってます」
カイが、通訳と共に日本のコイノボリについて説明してくれる。

特に断る理由も無かったので、俺は風を操ってコイノボリをなびかせた。

それに、自分自身。
あのゴージャスな美しい魚が青空を泳ぐ様を見てみたかったという気持ちも、少しはあった。


「吹き飛ばしたら駄目、だって」

そんなつもりは初めから無かったが、俺は出来るだけ美しく魚が泳ぐように、風をコントロールする。
一番近くのコイノボリから、ぐるりと円を描いて 届く限り遠くまで……

日の光を受け、キラキラと煌めくコイノボリ。


フオンは瞳を輝かせ、俺の足元に纏わりつく。
空を指差して叫んでは俺を見上げ、手を叩いては飛び跳ねる。
掛け値なしの、破裂するような 可愛らしい笑い声が辺りに響く。


この娘は、心の底から喜んでる。笑っている。

俺の起こした、風の力によって。



耳の下辺りが、ふわりと熱くなった。
胸の真ん中がザワザワと揺さぶられるような、そして同時に 温かいものが広がるような。
不意の感覚に驚き視線を上げれば、フオンと俺に注がれる 両親の暖かな眼差し。

一瞬激しく混乱し、俺はコイノボリどころか そこらじゅうの物を吹き飛ばしそうになった。

その衝動を押しとどめたのはやはり、キラキラした粉を散りばめたような、フオンの笑い声だった。



……何なんだ、これは。


心臓がこそばゆい。居心地が悪い。恥ずかしい。逃げ出したい。
でも、フオンも両親も喜んでいる。
その笑顔を、もっと見たいと思う。だがやはり逃げ出したくも思う。

妙に浮き足立ってフワフワムズムズしていたが、それを隠して俺は風を吹かせ続けたものだ。




今、フウジンの像をひとり見上げ、思う。

浅草を見学して彼らと別れた後、ひとりここへ戻って来てしまったのだ。



自分も、こんなふうだったのだろうか。

今まで俺は、風の力を悪いことばかりに使ってきた。

初めは、周りの奴らへの仕返しのため。

身体の小さかった俺は、常に不良どもの格好の得物だった。
だが、風の力を手に入れてからは、奴らに災難が降り掛かるよう仕向けることが出来た。
突風を起こして、道端の看板やゴミ箱を相手にぶつけたり、高いところにいる奴のバランスを崩させて転落させたりもした。

そのうち、俺に近寄る物は誰もいなくなった。
まさか風の力には気付いていないだろうが、「アイツに関わるとろくなことにならない」という噂が広まり、不良どもはおろかオトナ達にまで敬遠された。

常に孤立していた。
だが、それを苦痛には思わなかった。むしろ、気楽でいいとさえ感じていた。


10代も半ばには身体も大きくなり、力もついた。

風の力など使わなくても、少々の喧嘩なら負ける気はしなかった。

だが、俺は力を使い続けた。ただ単に、憂さ晴らしのために。


この頃既に、家には知らない男が同居するようになっていた。くだらない男だ。
母親の恋人らしいが、ほとんど会話などしなかった。向こうも自分を嫌っていた。

高校を出るとすぐに家を離れ、ケチな仕事を掛け持ちしてギリギリの生活を送った。

生き伸びるだけで精一杯の生活。

周りの人間は、全て敵だった。そう思っていた。



フウジンの像。

カッと目を見開き、こちらを威嚇するかの様に睨みつけている。
大きく口を開け歯をむき出しにしたその顔は、怒りに満ちて見える。
荒々しく風を纏い一歩踏み出さんばかりのその威容は、少し前なら共感を覚え悦に入っていたかもしれない。

だが、今は。


フウジンから目を逸らし、フオンの笑顔を思い出す。
キラキラした、満面の笑顔。全身で素直に喜びを表わす姿。
それを眺める両親の幸せそうな様子。

そして………くるくる回るかざぐるま。



再びフウジンを睨み上げる。

(俺は、こんな風にはなりたくない。お前のようには、ならない。)



そう決意したエリックの表情は、皮肉にも 目の前の風神に劣らぬほど、猛々しかった。




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ー 38 ー 自発と強要

「エリックはね、おこのみやきが好きなんだよ。あとね、しょっぱいおだんごも好き。それでね、お店の人がお菓子くれても食べないのに、フオンがあげると食べるんだよ」

「あははは。そうか。フオンにすすめられちゃ、いくらエリックでも断れないよな」

フオンが言っているのは、試食のことだろう。

顔をしかめて断ったのに、フオンに手渡されたお菓子をしぶしぶながら口に運ぶエリックを想像して、隆太はニヤリとした。

「そうそう。あちこち食べ歩いて、楽しかったよ。最初はエリックも気が進まなかったみたいだけど、朝から何も食べてなかったらしくてね。結局たくさん食べてたみたいだね」

「そっかあ。ちょっとは打ち解けてきてるんですかね?」

さあ、どうだろうねえ……呑気にカイが笑う。


「で、修行の話はどうなりました?」

「イヤ、その話はしてないよ?」


自分の足に蹴躓きそうになりながら、隆太が聞き返す。
「その話をしに行ったんじゃないんですか?ただの、観光?」

「そうです。せっかく有希子が風神のことを教えてくれたし、私も行ってみたかったしね。アサクサ、面白かったよ。今度また、皆で行きましょう」

行こう、行こう!とフオンが合いの手を入れる。


「修行のことはね、無理に勧めても意味が無いからね。ホラ、興味のない人に『愛』とか『感謝』とか言っても無駄でしょう?」

「……たしかに。強要出来るものでもないですしね」

「そうそう。だから、流れに任せてのんびり待ちましょう。でもね、今日彼は 何か感じたようだったよ。ね、ホア?」

フオンと手を繋ぎ、前を歩いているホアが振り返って苦笑した。
「あー……ワタシ、お店ばかり見てたから気付かなかったわ」

吹き出すカイに、頬を膨らませてみせる。

「だって、観光だって言ってたから……綺麗な食器や布がたくさんあって見とれちゃったんだもの。ね、フオン」
「ねー、ママ!」

ふたりは繋いだ手をブンブン振りながら歩く。

「次に行ったときは、着物も欲しいな~♪」「わたしもオモチャ欲しいな~♪」

「オ~……お客さん、たくさん来てくれたらね………」

カイは頭を抱えると、隆太の肩にすがって泣くフリをした。


隆太はこみ上げる笑いを堪えながら、カイの背中をポンと叩いた。

「……ドンマイ、お父さん」



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ー 39 ー ココロとコトバ

夜の営業を終えた店の厨房。

フオンはもちろん、既に眠っている。


隆太は後片付けを手伝っていた。
話したいこと、聞きたいことがたくさんあったからだ。


「……そしたら、なんかいきなりこの辺りが(と、側頭部の辺りに円を描く)、フワッて開いたような感じになって……」

あの時の感覚を思い起こし、言葉を探す。

「……なんていうか、空と直接繋がったような気がしたんです」

「ほう。空と直接……か。リュータらしいね」

彼らにとっては、そういう感覚は未経験のようだ。
やはり自分は空を飛べるから、気持ちの上で空への親和性が高いのだろうか……

「で、なんで側頭部なんでしょうね?意味があるのかな?」

「ああ……それはもしかしたら、ヒーリングとか気の流れなんかと関係あるかもしれないわね」

その件に関しては、片付けを終えてからマスターに聞いてみる、とカイが約束してくれた。

マスター(先代のサレンダーを、今はこう呼んでいるそうだ)は、現在ヒーラーとして活躍しており、現サレンダーであるフオンを手助けしてくれている。



「ところで、エリックは今日、何を感じたんですかね?」

「ふふ・・・それはわからないけれど、エネルギーの質が変わったのは確かだね。上手く言えないけれど、怒りや攻撃のオーラは弱まっていたようだ……と。失礼」

ふいに携帯電話が鳴って、画面を見たカイは驚いた顔をした。

「エリックからだ」

断るように指を立てると、電話で話しながらカイはその場を離れた。


「すごいタイミングでかかってきましたね」

フロアの椅子にかけて話すカイを チラチラ窺っている隆太を見て、ホアが微笑む。

「随分気になるみたいね?リュータは待つのが苦手?」


あ、いや……無意味に手を拭いてみたりしながら誤摩化そうとした隆太だったが、思い直した。

ここで気持ちを隠すから、傍観者なんだ。
自分の気持ちを、もっと表に出してみよう。傍観者から、卒業するんだ。

「え…っと、普段は俺、あんまり人のことに首突っ込んだりしないんだけど……一度気になるとどんどん気になっちゃって。たまに、自分でも驚くぐらい行動的に……っていうかお節介焼いちゃうことがあるんです」

「うふふ。そういうところが、天空橋の人たちに溶け込む助けになったのね」

「ああ……そうかも。いい方に作用したかもしれない。でも」


隆太は言葉を探した。
既に知っている物事を説明するのは得意なのに、考えながら同時に喋るというのは、何故こんなに難しいのだろう。

「相手をせっつくのは、自分の望むペースで事を運ばせようとしてるってこと。それは、尋問者のやり方。カイは『のんびり待つ』って言ってたし、それが正しいと俺も思います。だから……気にはなるけど…ここは我慢!」


真剣に話を聞いていたホアの表情が、フッと緩んだ。

「リュータ。あなたは本当に理解が早いわ」

調理台の脇にある簡易な丸椅子に腰掛け、ホアは肘をついた。

「相手のペースに合わせるという事もそうだけど……今、すごく頑張って話してくれたでしょう?コントロールドラマから抜けようと努力してるのね」


改めて正面からそう言われると、なんだか少し気恥ずかしい。
まるで、部屋でこっそり踊りの練習をしている姿を見られ、しかもそれを褒められた時のような……まあ、そんな経験は無いのだが。
イヤ、待て。それが恥ずかしいと思ってしまうのは、俺が心を閉ざす傍観者だからなのか?

……そんなことが一瞬にして頭を駆け巡る。


「でもね、リュータ。今のままでも、あなたは問題無いわよ。だから、あまり考え過ぎないで。頑張り過ぎないで。焦る必要は、無いんだから」


「あ…ハイ。そうでした。へへ」

暴走しかけた脳内が、ホアの言葉で鎮まった。
照れ隠しに袖で鼻の頭を擦りながら、笑う。

「俺、考えながら喋るの苦手みたいです。特に、自分のことは」

知ってる、とホアが笑う。


「喋るより、文章に書く方が楽だったり」

それも知ってる、とまた笑う。


「あと、教わった事とか…一旦自分の言葉に直してからじゃないと、上手く理解出来ないし。イヤ、出来なくはないんだけど……より深く、っていうか」

うんうん。ホアが笑顔で頷く。


「で……あれ?なに話してたのか、わかんなくなっちゃった」

会話の着地点を見失ってしまい、隆太は苦笑いしながら首のうしろを掻いた。
「慣れない事すると、このザマっす」


ホアは笑いながら立ち上がり、隆太の腕をポンポンと叩いた。

「上出来、上出来♪」



その時、エリックとの電話を終えたカイが戻って来た。

携帯電話を振りながら、ニッコリ笑う。

「どうやら、流れが来たみたいですよ」




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ー 40 ー 6時間

ちょうど夕食時とあって、店は満席に近かった。

19時過ぎに帰った隆太が店に顔を出すと、「いらっしゃいませ~♪」と声を掛けてきたのは、両手に皿を持った有希子だ。

「荷物置いたら、すぐに手伝いますから」

「うん、よろしく~!」


店を出てすぐ横にある階段を駆け上がる。

玄関の鍵を開け荷物を放り投げ、腕をうんと伸ばしてキッチンスペースに引っかけてあるエプロンを取った。
店の手伝いをする時の、隆太専用のエプロンだ。

店へ降りると有希子が「厨房をお願い」と仕草で伝えてきたので、頷いて店内を抜けた。

厨房ではホアがフライパンを揺すっている。


「カイは、まだ?」

「いま、上でエリックと話してるわ。それよりリュータ、大丈夫?疲れてるんじゃない?」

額の汗を手首の辺りで抑えながら、ホアが笑顔を向けた。

「大丈夫です。引っ越しと言っても、重い物は業者に任せてあったし。段ボールをいくつか運ぶのと、あとは晩飯の買い出しくらいしか仕事無かったから」


今日、隆太は友人の引っ越しの手伝いに駆り出されていたのだ。
ワンルームの一人暮らしの引っ越しに5~6人も集まってしまい、やることなどほとんど無かった。
なんとなく手伝ったようなフリをして、カップの引っ越し蕎麦を皆で食べて帰ってきたようなものだ。
他の者はおそらく、そのまま宴会へとなだれ込んでいる筈だ。

隆太は誘いを断って、帰ってきたのだ。
エリックが訪ねてくることを知っていたから。


昨夜のカイへの電話で、エリックは
「自分の風の力を、今まで悪い事に使ってきた。何か別の使い道が無いだろうか」と相談をしてきたのだ。

それでカイは、「明日までに考えておくから」として、今日また会う約束をした。


そんなわけで、深夜の厨房で3人は額を突き合わせ、良いアイディアを探したのだった。
結局、「ヨットで世界一周する」とか「オランダに行って風車を回す」「風力発電の風車を回す」ぐらいしか、思いつかなかったのだが。


洗い場に山になっている食器を洗い始めた隆太に、ホアは料理を皿に盛りつけながら報告してくれた。

エリックは13時過ぎにやって来てカイと連れ立って出掛け、30分ほど前に一緒に帰ってきて、ずっと部屋で話しているらしい。


「有希子が来てくれたから、助かったわ」

料理をカウンターに出し、汚れた食器を持って戻ってくる。
食器を洗い場に入れると、すぐにまた別の調理に取りかかった。

「なんか、意外だな。何をそんなに話してるんでしょうねえ」

あのエリックが、6時間ほども喋り続けているなど、ちょっと信じ難い。
まあ、エリックが一方的に話しているわけではないのだろうが。


その間にも、有希子が新たな注文を通してきた。
今日は大賑わいらしい。

(皆揃って浅草に遊びに行けるのも、そう遠くないな)
隆太は昨日のカイを思い出し、そっと忍び笑いを漏らした。



しばらくして、カイが厨房に戻って来た。

「やあ、リュータ。手伝わせて悪かったね」
ホアの肩に手を置き労りながら、隆太に声をかける。

「あれ?エリックは?」

「いま帰ったよ」

「え!」

「明日、帰国すると言ってた」

「ええええ!」

「一応、引き止めたんだけどね……」

ちょ、ちょっと行ってきます!そう言い残し、隆太は急いで厨房を出て店を抜け、上着を脱ぎながら階段を駆け上がった。

玄関のドアを開けると靴のまま部屋に入り、ついさっき放り投げた袋を掴むと、つま先立ちでベランダまで駆け寄る。

窓を開けてベランダへ出ると、ベランダの手すりに足をかけた。

「よっ…と」

手すりに登ると、そのまま外へ飛び出した。



「おーーーーい!エリーーーック!!!」


振り向いたエリックは、尻餅をつかんばかりに驚愕した。

白い翼を羽ばたかせ、隆太が手を振りながら空から自分を追いかけてくるのだ。


驚きのあまり、自分が大きく口を開けて凝視している事にも気付いていない。

バッサバッサと羽音をたてながら、隆太が自分の目の前にフワリと着地した時、エリックは思わず2、3歩後ずさった。
目元には涙で滲んだ跡が見え、目の縁がまだ うっすらと赤みを帯びたままだった。
隆太には、エリックとカイが長い時間かけて話した内容を、それだけで察することが出来た。

隆太は持っていた袋をぐいと突き出した。

エリックはまだショックから醒めやらぬ表情で、袋と隆太の顔を見比べるばかりだ。


「これ。ジャパニーズ フェイマス スナック。あと……」

ゴソゴソと袋を探り、ビニールに包まれたTシャツを取り出す。

「テンクウジンTシャツ」

Tシャツを袋に戻すと、再び袋をエリックに突き出した。

エリックが固まったままなので、隆太は仕方なく彼の手を掴み袋を握らせた。


「明日帰るんだってな。また来いよ。それ、お土産だから。じゃ、気をつけて帰れよ」

早口でそう言うと背を向けながら、片手を挙げ挨拶する。

エリックが目をまんまるにして翼を見つめているので、その場で数回翼を動かしてやる。隆太なりのサービスだ。

エリックが声にならない溜息を漏らした。


「バイバイ」

もう一度手を振って走り出し、そのまま飛び立った。

エリックがなにやら呻いていたようだったが、隆太はそのまま家のベランダまで戻った。

途中、商店街の顔見知り達に声をかけられる度に 空から手を振りながら。



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ー 41 ー 日本へ

ベランダに無事着陸し、隆太は店の手伝いに戻った。

ラストオーダーの時間まで客足は途絶えなかったが、それでも普段より少し早く店を閉める事が出来た。


「で、さっきのは何だったの?」

最後の客が帰り、扉を閉めた途端、有希子が待ちきれないというように切り出した。


「ああ、ちょっとしたお土産をね。渡しに行ったんです。お菓子とかTシャツとか」

洗い物はほとんど済んでいたので、2人はフロアの掃除を始めた。

「飛んで行ったら、ものすごくビックリしてたみたいですね。口開けて固まってたから」

床を掃きながら、有希子がニヤリと笑う。
「でしょうねえ。……その顔、見たかったわ」

隆太はテーブルを消毒し、椅子を拭く。
「天空人Tシャツ、入れてやったんですよ。あと、歌舞伎揚げも。…怒るかな?」

「あははは。やるじゃない。今頃苦笑いしてるかもね。あの時の事、憶えてれば」


ちょっとした皮肉を込めたプレゼントだったが、もちろん嫌がらせで選んだ訳ではない。
隆太にとって、エリックとの思い出の品なのだ。

「あと、かっぱえびせんと、のり塩味のポテチと、バター醤油味のポップコーン。英対のヤツに聞いたら、その3つは外人ウケがいいらしくて」

英対、というのは「英語対応」のことだ。
隆太の勤めるコールセンターで、外国語を話せる人たちの部署がそう呼ばれている。


他にどんなものが外国への土産に喜ばれるかを議論しながら掃除を続けていると、厨房の清掃を終えたグエン夫妻がやって来た。

「ふたりとも、お疲れさま。助かったよ」
「今日はありがとうね」

4人でフロアをピカピカに仕上げると、皆でさっき拭いたばかりの椅子に座る。


「さっきエリックから電話があってね」

隆太を見て悪戯っぽく笑う。
「ポテトチップが美味しすぎるって驚いてたよ」

有希子と隆太はニヤリとしてハイタッチした。

「あとは、かざぐるまのおばあさんのお墓の前で開けて、一緒に食べるって」

「ああ……亡くなってたの」
有希子が声を落とした。隆太も、ハイタッチした手を引っ込めた。

「そう。おばあさんがエリックに少し財産を残してくれて、そのお金で日本に来たんだって」




今日の昼間、エリックとどんな話をしたのか、カイが語ってくれた。


彼は子供の頃手に入れた風の力を、自分の身を守るために使った。

彼に危害を加えた者は、怪我をしたり不思議な災難に遭ったりしたため、周囲に気味悪がられるようになり、彼は孤立した。

大人になってからも友人など作らず、風の力はくだらない嫌がらせや悪ふざけに使っていた。

母親の恋人とソリが合わず若くして家を出て、アルバイトを掛け持ちして荒んだ暮らしをしていたが、ある日見知らぬ弁護士が訪ねてきておばあさんの死を知ったのだという。

おばあさんは、自分一人で身の回りの整理をし、僅かに残った大切な物を誰に遺すかをあらかじめ決めていた。
エリックには、自分の死後 家を処分して出来た現金を遺すよう指示していたのだ。

「彼女とはもう何年も会っていないのに、実家の母親とは連絡を取り合っていたらしく俺の事を気にかけていてくれた。それなのに俺は、彼女の顔もぼんやりとしか思い出せない。酷い話だろ?」

エリックはそう言って、自嘲的に笑ったという。


「そう……それで、日本へ来たのね」
「かざぐるま、もっと作ってやれば良かったな」


弁護士から初めて連絡が来たのが、3月の初め。
ちょうど、天空橋の火災のニュースが繰り返し流れていた頃だった。

以前から隆太のブログを読んでいたエリックは、どうしても日本へ行きたい、行かなければならない。そう思ったそうだ。

かざぐるまのおばあさんの育った、日本という国を見ておきたい。
翼で空を飛ぶ能力を見てみたい。
そして、水の力を操る者の存在を確かめたい。

煩雑な手続きが終わり、現金を手にするとすぐに日本へやって来たのだ。


「だからね、サラの事、話しました。構わなかったかな?」


「ああ……ええ」
「もちろん」

サラマンダーのサラ。発火能力を持っていた女の子。
その、火を操る能力を 炎の勢いを抑えることに使って人命を救った、勇敢で優しい女の子。


「エリックは大きなショックを受けたようだった。しばらく黙った後、彼はね、『人に言えない力を持ってるっていうのは、案外キツいものだよ』って言ったよ。サラに会ってみたかった、って」

「……もし会ってたら、サラは怯えて口もきかなかったでしょうね」
引っ込み思案なサラを思い出し、有希子は少し悲し気に笑った。


「それからね。リュータはブログを続けられないほど苦しんでいるのに、みんなも仲間を失って辛いのに、何故こんなに他人に親切にしてくれるのか、って」


(エリックが…あのエリックが、そんなことを………)

「だから、リュータのブログをよく読み返せばわかる、って言ったんだ。君がここまでやって来たのは 偶然じゃない事を、僕らは知ってるから、って」





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