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束の間だけ息吹きを与えられ、真っ暗な夜空のキャンパスに向かって
煌々と咲き乱れていく一輪の華達。
龍になろうと滝を登っていく鯉の様に、ゆらゆらと尾ひれを動かして天空に舞い上がっていく。
幾つもの小さな蕾が見事開花していく様は、息を呑むほど美しく見とれてしまう。
その後で、散り散りに消えていく果ての姿が待ち受けていたとしても。


土日でも閑散としているのが売りの我が町の駅のエントランスホールは、
いつもの光景が嘘の様に、人で埋め尽くされて犇めき合っている。
その傍らで、メガホンを片手に帰りの切符を前もって購入するよう案内している駅員が
混ざって混沌と化している不思議な光景。
その呼びかけに応じるように券売機に群がる人々の列で出入り口が塞がれていたのを、
無理やり体を捻じ込んで駅構内から飛び出たのに、外には臨時の仮設テントが組み立てられ
そこでも切符を売っている駅員と、それに群がる人々の多さに呆気にとられた。

毎年恒例の花火大会なのに、
去年は忌まわしい出来事のせいで中止になったから2年ぶりのイベントだ。
なのに、今までとは違って打ち上げる本数も少なくなり、
時間も30分に短縮されたけど、そんな僅かなひと時の為でも大勢の人が雪崩れ込んで
活気付いていく街。今からもっとも熱い時間が流れていくであろうこの瞬間。

本当なら浮き足立つ出来事なのに、
心の奥底に仕舞っていた筈の感情が起き出してしまい、心は違う方向を指している。
此処ではない、二度と行くことの出来ない遠地を。

物思いに耽っている自分を現実に引き戻した、
人の群れから聴こえてきた誰かがくちずさんだ唄。
『Be kind to yourself~♪』
何気なく唄った一節なんだろうけど、今の自分には心に染み渡るフレーズで
心を揺さぶられた。

独り人の群れの中で立ち尽くしていたのに、誰も咎める様な視線を寄越すこと無く
会場の方に向かっていく。
自分も他の人の動きに合わせて歩調を合わせて前を進んでいく。
頭の中で蘇ってくる二年前の情景を意識しないように、
なんとか押し留めて今の光景を目に焼き付けていく。

会場では仮設の壇上でマイクを持った方がカウントダウンを始めている。
その声に合わせて、空を見上げながら共に声を出し合っている人々。
その中に溶け込んだ自分。
黒々とした闇が広がる場所に一つの華が咲き誇り、黒ずんでいた空を明るく染め始める。
それを皮切りに続々と打ち上げられる華々に被せるように歓喜の声と拍手が巻き起こる。
昔懐かしい笑顔形の花火が打ち上げられた時には、
もうすでに限界を超えており、一筋の涙が頬を伝っていく。

毎年欠かさずこの華々を共に見上げ、スマイル型の花火を見て同じように一笑した
君と過ごした日々は、言葉どおり無残にも飲み込まれて途絶えてしまったけど、
此処ではない何処かに居る君に、夜空に煌く鎮魂の華々が届いていると信じたい。

この本の内容は以上です。


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