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つみきのおうち/圓眞美

 公園で遊んでいるとどこか遠くから夕方を報せる鐘が響いてきて、迎えにきたママと手を繋いで一緒に帰る――子供たちの様子をあたしはジャングルジムのてっぺんから一人ぼっちで眺めている。


ひつじ雲/白縫いさや

 お手洗いのパパを待つうちにアイスが溶けて、べしゃって地面に落ちた。パパは泣きじゃくるあたしに「新しいの買って帰ろう」と言って頭を撫でた。あたしのパパは世界一だ。

 遊園地の帰り道、あたしとパパは手をつないで他愛のない話をする。また行こうねって。そう言うとパパは笑うけど、傍目には悲しそうに見えてて、でもそんなことないって知ってる。前に長く伸びた影や夕暮れの永遠みたいな時間がパパをそんな風に見せるのだ。あたしとパパをつなぐ手が、歩くリズムでぶらぶらと揺れる。そんな気怠さがいい。

 パパの無口さは男らしくて素敵だ。歩きながらあたしが話すのは、たとえば友達が面白いって言ってたアトラクションがそうでもなかったことや、パレードが子供っぽくて冷めたこと(でも楽しかった、って言う。本当のことだから)。パパはあたしの話に相槌を打ち微笑んでくれる。夕陽はいつまでも沈まなくて、路地も果てしなく続いてて。でも永遠じゃないからあたしは時間を惜しんで夢中で話をする。

 夢中になり過ぎたのだろう。あたしは影が増えたことに気付かなかった。パパを挟んだ反対側に、あたしより大きくてパパより小さい影が一つ。ショックだったのは、その影がパパと手をつないでいたこと。

 パパを見上げると、パパは隣の誰かと話をしていた。パパの向こうにピンク色のフレアスカートの裾がちらつく。パパの薬指にある銀の指輪が、夕陽に反射してこれ見よがしにぎらぎら光っていた。ねえパパ! と声を上げて腕を引っ張ってもパパはこちらを振り向かない。それどころかパパは、信じられないくらい明るい声で笑ったり拗ねたような声を出したりと、無様で情けない軟弱な男に成り下がってて。もうはらわたが煮え繰り返って、パパッ、と怒鳴る。するとパパは悲しそうな顔でこちらを見てあたしの手を振りほどく。そして、あろうことかこのあたしを置いて、女と歩いていってしまう。走ってもあたしはパパに追いつけない。やがてパパと女は地平線の彼方にすとんと落ちてしまう。同時に日が暮れた。

 取り残されたあたしは涙と鼻水で顔中べとべとになる。さっきパパが買ってくれたアイスはすっかり溶けていた。あたしの後ろには溶けたアイスが点々と続いていた。何がいけなかったのだろう? たとえば、アイスさえ溶けなければパパはいってしまわなかったかもしれない。そんなめちゃくちゃな考えがだんだんわたしの中で絶対になって、ああ、私は明日もこの馬鹿げた妄想を繰り返すのだろうなと絶望する。

夕焼けおすそ分け/五十嵐彪太

 夕焼け雨が降っている。何年振りだろうか。

 大急ぎで白い木綿の布を持って外へ出た。

 物干しに掛けて布を雨に当てる。

 夕焼けが消える寸前に、布を引き上げ、絞った。

「あぁ…」

 広げると夕焼けとまったく同じ茜色の布。私は夕食の仕度も忘れてうっとりと布を眺めた。

 

 翌朝、すっかり乾いた布はもとの白い木綿に戻っていた。

 そのまま畳んで箪笥の抽斗に仕舞う。次の夕焼け雨は、明日か十年後かわからないけれど。


烏賊釣りの夜/立花腑楽

 茜色の毛氈をずりずりと引きずりながら、夕陽が海の向こうへと沈んでいった。

 ほの暗くなった海岸のそこかしこに、岩や流木に引っ掛けられて、千切れてしまった黄昏の切れ端が、ぽうっと寂しく燻っている。

 もう少ししたら、潮が満ちる。そうしたら、帰る場所を失った黄昏の残滓たちも、残らず波にさらわれていくことだろう。ねっとりと黒い海面を、淡い茜色の灯りが、ぷかりぷかりと沖に向かって流れ行く光景が脳裏に浮かんだ。

 今夜は烏賊を釣るのによいかもしれない。

 唐突にそんなことを思いついて、倉庫から釣竿を引っ張り出すべく、私は足早に帰路を急いだ。

 背にした海から、徐々に波が高まる音が聞こえてくる。


夕暮飛行/五十嵐彪太

 夕焼けの雲海は、刻々と色が変わるから、次々と絵の具を出さなくちゃならない。

 僕は飛行機の窓におでこをぶつけながら、何枚も空と雲の絵を描いた。

 小さなパレットの絵の具が混ざり合って真っ黒になった頃、夜間飛行。



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