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フィオーレ広場の火刑

ブルーノの処刑は一六〇〇年二月十七日と決まった。
この日、牢獄から引き出されたブルーノは、サンタンジェロ橋を渡るや、ヴィア・ディ・コーダ、つまり縄尻通りとよばれる小道を、その名前にふさわしく縛りあげられた縄尻をとられながら、カンポ・デ・フィオーレへと引き立てられていった。
現在、カンポ・デ・フィオーレ(花の広場)は、その名の示す通り、花や果物・野菜を商う露店でにぎわっているが、当時は陰惨な処刑場として恐れられ、この地で異端者の烙印を押された多くの人たちが生きながら焼かれていった。

ジョルダーノ・ブルーノは、一五四八年、ナポリ近くのノラという町に生れた。ブルーノ自身、自らのことを常に「ノラ人」と称しているように、十四の年にナポリに出て以来、ノラの町は、自らが帰るべき故郷として彼の中に定着していったようだ。
以後、ブルーノは十四歳で人文学や弁証法を習い、十七歳にはドミニコ派修道院に入る。しかしブルーノは、この修道院時代に、神学以上に記憶術や幾何学・天文学につよい興味を示し、更にはテレシオの自然学に親しみ、当時すでに焚書となっていたエラスムスの書物まで隠れて読んだりするようになった。そして、このようなひろい探究は、キリスト教教義に対する批判的態度を早くから生み出し、修道院当局からは次第に不審の眼をもって見られるようになった。そのあげく、一五七六年、キリストの神性を否定するアリウス説を支持した疑いでローマに告発された。
時に二十八歳、これよりブルーノの十六年にわたる放浪生活がはじまる。
以後、パリで、ロンドンで、著述活動・講演活動を続け、その名声は上がっていくが、最後に舞い戻ったイタリアのヴェネツイアにおいて、異端者として告発され捕らえられるに至った。
ヴェネツイアの獄では、「修道僧の身分を脱して一哲学者として生きたい」という希望を持ち続け、法王庁が彼の思想の価値をみとめて、それにふさわしい扱いをしてくれることを期待していたようだ。それは故なき希望ではなく、その背景にはメディチ家出身のアレッサンドロ枢機卿の理解と援助があり、その活動もあって、一年後、ブルーノはローマに引きわたされることとなった。しかし、ブルーノが喜んだのも束の間のことであった。
反動宗教改革の嵐の中で、ベラルミーノ枢機卿を中心とするブルーノを弾劾する声が次第に力を得、ブルーノの釈放は思うに任せず、七年におよぶ訊問と拷問のなかで、その希望も次第に萎んでいった。
この頃だ、ブルーノが日本から来たトマスという青年にあったのは。
ブルーノは、トマスにキリスト教の闇の部分を伝えながら、己の態度をも固め、ローマの牢ではもう幻想をすて、自らの哲学的態度を守り通す道を選んだ。ブルーノを告発する最後にまとめられた八ヶ条の異端には、三位一体の教義と聖餐の秘蹟とを疑ったこと、またキリストの神性を疑ったこと、人の輪廻を説き、宇宙の無限を主張したことがふくまれており、審問官はブルーノの著書の主張を前後の連関からきりはなして異端を責めたてたが、彼は「それは曲解であって、哲学というものをみとめぬことである。信仰においては自分に何の異端もない」と、教皇庁に真っ向から対立した。

広場の中ほどに、今まさに火を放たれようとする薪が堆く円形状に積まれている。その中央には、ポンペイ劇場を背にして高く立てられた一本の十字架があった。
罪状を読み上げる聖職者に、ブルーノは言った。「私に宣告を下しているあなたがたのほうが、宣告をうける私よりも、もっと怖れているのではないか」と。
そんな暴言が二度と吐けないよう、ブルーノは舌伽をかまされ、裸にされたうえで、その十字架に縛り付けられた。
そのブルーノの目の前に長い棒にくくりつけた十字架が差し出された。
ブルーノは、十字架をかかげ自分を見上げるその若い修道僧の顔を見て驚いた。
目深にかぶった修道着のフードの奥に、涙に濡れた懐かしいトマスの顔があった。
トマスは、まるでブルーノからの答えを待っているようにじっと動くことがなかった。
(トマスよ、自分をキリスト教に縛っているかぎり本当のものは見つけられない。)
トマスの心の中にはっきりとブルーノの声が響いた。ブルーノはその思いがトマスに届いたことを感じたのか、軽く首を振ると十字架から顔を背けた。
(十字架は、何の解決にもならない……)
呆然と立ちつくしているトマスを、役人が邪険に押しやると、積み上げられた薪に火が放たれた。たちまち炎は毒蛇の舌のように薪を嘗め廻り、やがて紅蓮の焔となって十字架を呑みつくし、ブルーノの肉体を取り巻くや、渦巻く煙を噴きあげながら広場の空へと登っていった。
時に一六〇〇年二月十七日、多くの識者は、このブルーノの処刑をもってルネサンスが終わったと捉えている。

 


キリシタン転び証文

西勝寺の門前を立ち去ろうとしている、男女二つの影があった。
男は九介、寺の門の中に向かって盛んに頭を下げている。女は千代、ただ呆然と立ちつくすのみ。そんな千代をかばうように、九介は、彼女の肩を抱えるようにしてその場から立ち去っていった。門の中に、奉行所の役人が残された。彼もまた今受け取ったばかりの「キリシタン転び証文」を懐にねじ込むと、西勝寺を離れ、西役所へと足を向けた。
振り向けば、西勝寺の庭先あたりから焚き火でもしているのか、一本の細い煙が青空に向かって吸い込まれていく。

その西勝寺の中庭では、トマス、いや荒木了伯が焚き火に向かって、何かを投げ込んでいる。
「シクストゥス聖書」を焼いているのだ。
ページをちぎりとっては、火の中へとくべていく。
その炎の中に、了伯は、ブルーノの声を聞いていた。
「キリスト教に縛られているかぎり、本当のものを見つけることは出来ない……」
キリスト教に関わらず、仏教でも、およそ宗教という形にとらわれるかぎり、人間は本当のものを見つけることは出来ない。そのことを了伯は、イヤと言うほど思い知らされた。しかし、そのことを盾にして、死が怖くて逃げ回っている自分がいることも否定できないのでは……。
ブルーノばかりでなく、日本でもたくさんの人が、あの炎の中に命を捨てていった。
今、千代や九介をキリスト教から転宗させたが、自分は本当に正しいことをしたと言えるのだろうか。ベラルミーノ枢機卿の言うように、何も知らなければ、自分も西坂刑場で多くのキリシタンたちと共に死ねたのかも知れない。
「シクストゥス聖書を探して見つけたものは、地獄でしかなかった。この地獄を抱えて生きていくしかないのだろうか……」
了伯の心はいつまでも晴れることがなかった。


サンタンジェロの新たな伝説

その頃、通訳の青年を伴った藤プロデューサーが、サンタンジェロ城の事務室で係の人間と押し問答をしていた。藤は、大阪の伊牟田と清花から「康男はサンタンジェロ城で見つかるはずだ」との連絡を受け、押っ取り刀で駆けつけてみたものの、半日、探し回っても見つけることができない。そのうち閉館時間も近づき、思いあまって事務室へ駆け込んだ。しかし、なかなか話がかみ合わず、「そんな日本人はここにはいない」「サンピエトロで行方不明になった人間が、なぜここにいると思われたのですか?」と逆に質問され、あげくに「ここへこられるより警察へ行くべきです」と反撃される始末。
その間にも閉館時間が迫ってくる。
サンタンジェロ城は、冬期は午後四時で閉まってしまうが、四月を迎えると夜の七時まで延長される。
この日、六時にチケットの販売は終了されたが、最後の見学者は、ドイツから来ているボーイスカウトの一団だった。少年たちは、入り口で注意事項を聞くや、大急ぎで薄暗いサンタンジェロの穴蔵の中へと消えていった。
大人の観光客と違い、少年たちは照明を浴びた美術品には興味がない。城壁に並べられた大砲や、中庭に据え付けられた投石機が人気の的だ。
……が、それにも増して、牢獄として機能していた巨大な迷路状の穴蔵に心を奪われた。三人組の少年たちも、ペンライトを武器に、光の届かない闇の世界に果敢に挑戦していた。
彼らは、地上へ向かう地下通路の左手に頑丈そうな扉を見つけて驚喜した。
その壁面には、左手三メートルぐらいの高さのところに鉄格子に覆われた二十センチ程度の窓状の穴が穿たれている。
「ここじゃないだろうか?」
「間違いないよ、ここに違いないよ」
かつてサンタンジェロの地下牢独房から人骨や頭髪が数多く発見されたという。
少年たちは思った。こここそ悪名高いサンタンジェロの地下牢独房に違いない。少年たちは、怖いモノ見たさの誘惑に抗しきれず、扉の下の隙間にペンライトを突っ込み、その中に何があるか覗き込もうとした。
しかし、扉が厚すぎるためほとんど何も見えない。少年たちは交互に地面に顔をこすりつけ、いろいろと角度を変えてやってみるのだが、どうしても何も見えない。
一人の少年が扉の下の隙間に手を突っ込んでみた。
「床は乾いた土みたいだ……」
そんなとき、後ろの少年の一人は、唐突にサンタンジェロに伝わる美貌の幽霊の話を思い出していた。サンタンジェロ城のテヴェレ川に面した入り口には、サンタンジェロ橋が架けられているが、この橋のたもとにベアトリーチェという、ローマで最も美しいという幽霊が現れるという。彼女は父親殺しの罪で、このサンタンジェロ城に幽閉され、厳しい取り調べの末、兄弟たちと共にサンタンジェロ広場で処刑された。
時にベアトリーチェは二十二歳の若さであり、その美貌とその毅然とした最期に、ローマっ子たちは同情を禁じ得ず、サンピエトロに運び込まれた遺骸にすがって夜中まで泣きくれたという。
人々は、無罪を訴えるベアトリーチェを死へ追いやったローマ教皇クレメンテ八世を罵り、後には、クレメンテ八世がチンチェ家の財産横領をねらった陰謀説まで登場した。
以来、このサンタンジェロにはベアトリーチェ・チンチェの幽霊が現れるといい、その話は現代に至っても、未だに後を絶たない。
「ウワーッ!」
背後の少年の叫び声に、手を突っ込んでいた少年がパニックを起こした。手が引っかかって抜けない。「ウワーッ!」この少年も叫びだした。
少年は、痛みも忘れて、手を無理やり引っこ抜き、怒ったように、振り返った。
後ろで少年が怯えたように、背後の闇を指さした。

地下の通路が緩い下りの階段になって、大きく右に曲がり下っていっている。
少年たちは、この道を上ってきた訳だが、そのちょうど曲がり角のところに壁に背をもたせかけるようにして一人の男が気を失っていた。
子供たちの叫び声に、閉館の準備をしていた守衛が駆けつけ、こうして康男の蒸発事件は終止符を打つこととなった。
サンピエトロで康男が姿を消してから三十時間あまりが経過していた。

ところで叫び声を発した少年は、康男を見つけた訳でなく、若い女性の幽霊を見たのだと言ってきかなかった。康男は康男で、若い女性に導かれるようにしてここまで来たといい、サンタンジェロの幽霊話に新しいエピソードを残すこととなった。


了伯(トマス)は、異臭漂う穴蔵の中に逆さに吊られながら、いつしか割れるような頭の痛みが遠のいているのに気づいた。自分は、いったい今どこにいるのだろう。
そうだ、自分は、九介と千代の二人を転ばせたあと、自分自身は逆にキリシタンであることを再び名乗り出たのだった。かといって、またぞろキリスト教を信じるようになったわけではない。むしろ、どんな宗教にも、どんな道徳にも、もう自分を縛りたくないと思っていた。ただ自分の言葉を信じ、殉教していった人のことを考えると苦しくてならなかった。自分が間違ったことを教えたために、たくさんの人が、救いのない地獄を選んでいった。みんな、苦しみの向こうにパライゾ(天国)があると、むなしい幻想を抱いて死んでいった。そこには呪いしかなかった。恨みしかなかった。
同じことなら、自分もあの苦しみの中に落ちていこう。そうすることが自分に出来る唯一の償いのように思えたのだ。
了伯は今、そんな自分を見ていた。ぐるぐる巻きにされ、鬱血死しないよう、こめかみに刀傷を付けられ、汚物を流し込んだ穴の中へ逆さ吊りにされている自分。そんな自分を、自分が見ている。さきほどまでの割れるような頭の痛みもなく、それ以上に、あの押しつぶされそうな心の苦しみもない。
そんな心に、湧きあがってくる一つの思い。
「トマス、神は自分の外にあるのではありません。天上にあるのでもありません。神は、自分の心の中にあるのですよ。自分の中に本当の自分があります。それを自分が隠してしまっているのです。肉体を自分と思う心が、本当の自分を隠してしまって見えなくしているのですよ。」
あれは母親だろうか。何かとてもあたたかくて、自分のすべてを包み込んでくれている。気が付くと、すべての形が消え、言葉も消え、ただ、あたたかい思いだけが残った。

穴の外では「転べ、転べ。この綱を揺すればよいのじゃ」と、がなりたてている役人たちがいる。穴の中に向かって、鍋をたたいたり、怒鳴ったり、その騒音が、穴の中に反響している。すでに一刻半も過ぎ、さすがに疲れたものか、役人たちもその場で休み、静けさが戻ってきた頃だ。一人が叫んだ。
「綱が揺れているぞ!」
「転んだ、転んだ。了伯が転んだぞ! 早くあげろ、早くあげてやれ。あの歳じゃ早くせんと死んでしまうぞ。」

この後、了伯は意識を取り戻すことなく、牢屋敷へと移された。
その枕元には、ローマで行を共にし、帰国後、共に背教者となったミゲル――今では了順と名乗っている――が付き添っていた。
了伯が、一時意識を取り戻したときのことだ。たまたま了順は奉行所に呼ばれていたのだが、その席へ役人が駆け込んできた。
「了伯殿に意識が戻りました。しきりに何かを訴えております。」
「了伯は何と申しておるのか?」奉行が言う。
「ハッ、それが…………」
「何と申しておるのだ!」
「ハッ、しきりに神は心の中にあった、神は心の中にあった。ミゲルにもこのことを伝えねば………と、そればかりを、」
「……狂ったのであろう。あらためての吟味は無用。そのままにすておけ。」
そう言うと、了順に向き直り「早く行ってやれ」と声をかけた。

了順が駆けつけたとき、了伯はすでに息絶えていた。
時に一六四六年(正保三年)、六十七年の生涯だったという。



1969年3月
テレビスタジオのホリゾントに絵筆をふるう伊牟田のもとを、藤プロデューサーが訪れた。
「おい、康男からだ。」
藤が、一通のエアメールを伊牟田に差し出す。
泥絵の具で汚れた手を腰の手ぬぐいで拭い、受け取ってみると、消印はローマからになっている。
「あいつ…………」
伊牟田が、分厚く折り畳まれた便せんを取り出そうとしたとき、一枚の写真がすべり落ちた。
藤がその写真を拾い上げうれしそうに伊牟田に手渡した。
康男が、サンタンジェロ橋の上で笑っている。
「なんてヤツだ、人に心配かけておいて……いい気なもんだ。」



あれから、僕は、藤さんにも伊牟田さんにも、お世話になった清花さんにさえ、何の相談もなくプロダクションを辞めてしまいました。本当に申し訳ありません。また清花さんの「一度、古野先生に会ってみたら」というおすすめにもまだ応えられずにいます。清花さんのいうように、過去世にこだわるのでなく、今の自分の苦しみを見つめていく、それが自分の引きずっているたくさんの過去の苦しみを癒していくことになるのだということ、本当によく分かります。
自分自身のなかで、トマスのこと、またトマスに誘ってくれたベアトリーチェの亡霊のこと、そしてブルーノのこと、もう少し考えてみたかったのです。調べることが意味のないことだとは分かっているのですが、今の僕にとっては、調べることが、その人たちと語り合うことだと思えたのです。
ところで、ローマに向かう前、長崎県立図書館で一通の転び証文を見つけました。元本は西勝寺にあり、その写しだということですが、正保二年酉の日付のあと、「右 菓子屋九介 女房」の名前があげられ、最後に「南蛮転び伴天連中庵、日本転び伴天連了順、日本転び伴天連了伯」の名が保証人として掲げられていました。
僕が、どんなにびっくりしたか分かっていただけるでしょうか。みんな、妄想でも幻覚でもなかったのです。藤さんには「まだ、そんなことを言ってるのか」って怒られそうですが、一緒にコピーを同封しておきます。
それともう一つ、長崎県立図書館で見つけた「オランダ商館長日記」、ここにもトマスの最期のことが掲げられていたので、書き写しておきました。

ウイルレム・フエルステーヘンの日記
1646年11月の条
十七日 正午頃通詞が来て、我らの輸入品の仕入れ地を尋ねたので、支那とオランダとが大部分の供給地であると答えた。これは支那人の来航が絶えても、支障はないか調べたのである。
予は日本に来た時から背教パーデレたちの事を知ろうと努めたが、トーマという日本人は長くローマに滞在し、法王の侍従を勤めたこともあり、前に数回キリシタンであることを自訴したが、奉行は、彼が老年のために精神錯乱したのであると考えて放置し、その後一昼夜足で吊された後、教をすてたが、心中には信仰を失わず死亡した。今は二人のみ生存しているが、一人は忠庵というポルトガル人で元当地の耶蘇会の長であったが、その心は黒い。他の一人は前の乙名後藤庄三郎殿(町年寄後藤庄左街門貞朝か)の兄弟で、少しもオランダ人の不利を計ることはない。

最後に「シクストゥス聖書」についても面白い資料を見つけました。オックスフォードのボードリアン図書館にも、「シクストゥス聖書」が一部紛れ込んでおり、初代司書のトーマス・ジェームズ博士がこれを見つけたというものです。一六一一年、ジェームズ博士は「シクストゥス版聖書」と「シクストゥス=クレメンテ版聖書」を比較対照する書を著しました。博士は、「二人の教皇の間に食い違いがあることは粉いようもなく、それも章句の番号だけでなく、テキストの本体、そして序言と大勅書そのものまでもが異なっていること」を発見したというのです。そればかりか、ジェームズ博士はとくに注目に値する問題として、この二人の教皇は明らかに、見解の対立から闘っていると主張し、「ここにいるのは対立する二人の教皇である。シクストゥスがクレメンテと対立し、クレメンテはシクストゥスと対立している。ヒエロニムスの聖書をめぐって論争し、文書を記し、闘っている」と記しています。

以上です。
またローマから帰ったらご連絡します。
なお、同封の写真を撮ってくれた女の子(通りすがりで、何の関係もない人なのですが、念のため)、名前をベアトリーチェというそうです。ビックリですね。
本当に、ありがとうございました。
(完)


日本側の主な登場人物

トマス荒木/荒木了伯 一五七四年、荒木忠通と時子の長男として摂津に生まれる。荒木村重の謀反で両親を失い、父の友である高山右近の手で、安土のセミナリオの一期生となる。十七歳のとき、ミゲル後藤とともにローマに留学すべく日本を離れ、十九歳のとき、リスボンに到着。留学の目的は、司祭に叙階されることはもちろんだが、新約聖書の日本語訳とその出版のため、その底本となる「シクストゥス聖書」をはじめキリスト教書籍を日本に持ち帰ること。しかし、完成したはずの「シクストゥス聖書」は一冊も存在せず、その謎を追究するうち、キリスト教世界の闇に深く関わっていく。一六一五年、日本に帰ったトマスはキリスト教を捨て、キリシタン詮議役人として、六十七年の人生を終える。

ミゲル後藤/後藤了順 生没年不詳。長崎の富商であり、西洋印刷術の版元となった後藤宗印の息子。後の長崎内町乙名・後藤庄三郎の弟でもある。歴史上は、一六一四年のキリシタン大追放の際、マニラに追放され、一六一八年にマニラで司祭として叙階され、その後、日本に布教のため潜入し捕らえられ棄教したとされている。
 この物語では、トマスと共にローマに渡り、トマスと共に「シクストゥス聖書」の謎に取り組むという設定。

荒木忠通・時子 トマス荒木の両親。荒木村重の家老・荒木久左衛門が若い頃、領内の百姓の娘に生ませたのが忠通という設定。高山右近を師とも友とも慕い、その影響で夫婦でキリシタンに改宗する。主君荒木村重が信長に謀反におよぶや、息子トマスを右近に託し、自らは夫婦共に籠城戦で討ち死にする。

荒木久左衛門 元は池田久左衛門 荒木忠通の父であり、荒木村重の家老。元々は池田姓で池田勝正に仕えた池田二十一人衆の筆頭だったが、池田家の内紛後に荒木村重に臣従。村重の謀叛では有岡城を守備し、村重の尼崎移動後、荒木村重と謀り、織田軍に対し、尼崎城の村重に降伏を勧める風を装い、荒木家の主力を逃亡させた。

中浦ジュリアン
/(一五六八年頃~一六三三年) 天正遣欧使節の副使。ジュリアンは洗礼名。肥前国大村領中浦村領主の子。ローマ滞在中、病に苦しむジュリアンをグレゴリオ十三世はことのほか気にかけ、単独の謁見を許したほど。そのグレゴリオ十三世の崩御に当たってジュリアンは病を押して葬儀に参列する。この箇所は史実にはない創作だが、このエピソードによって、当時のローマ市民にとってローマ教皇はどんな存在だったのかを浮き上がらせる。「ローマの人は、教皇様を信じちゃいないんだね……」

高山右近/(一五五二~一六一五) 安土桃山時代~江戸時代初頭の代表的なキリシタン大名。天正六年(一五七八年)、右近が与力として従っていた荒木村重が信長に反旗を翻した。その際、キリシタンを守るため、右近は信長に従うこととなったが、生き残った荒木家家臣とその家族の誅殺を命じられ苦しむ。親友荒木忠通の一子トマスをかくまい、安土にセミナリオが出来ると、トマスを、その院長オルガンティーノに託す。秀吉、家康の時代には禁教政策のため、明石、金沢と転々とし、一六一四年のキリシタン大追放の際、マニラへ追われ、翌年同地で没している。

 
末次興善・平蔵 長崎の朱印船貿易家父子。父興善は、平戸木村氏の出。秋月・博多に勢力を有する豪商末次家に養子として入り、ポルトガル貿易で賑わう長崎へ進出。同地の内町乙名としてまた朱印船貿易家として活躍。子供の平蔵の代には、長崎外町代官村山当安を陥れ、自ら外町代官職に就き、長崎内町・外町を支配下におさめる大商人になる。ヨーロッパ世界の情勢を知るべく、トマス荒木のローマ留学を経済的に支援する。

菓子屋九介・千代 九介は、村山当安から南蛮菓子の手ほどきを受け、当安の肝いりで店を開くに至った。妻の千代も、「女房なしでは店の信用も……」ということで、やはり当安の世話で、後藤宗印の娘千代をもらうこととなった。夫婦ともどもキリシタンだが、特に千代は、宗印の娘ということもあり、子供の頃からキリシタン版の印刷とも関わりを持ち、トマスを兄のように慕っている。キリシタン書物の多くを諳んじており、「生きて教えを伝えるため」とトマスから諭され、一時、心ならずも背教を装おうが、トマスから預かったローマから持ち帰った「シクストゥス聖書」が、九介の店から発見され、今度こそはと夫婦共に殉教の覚悟をかためる。

オルガンティーノ神父/(一五三三~一六〇九) ニエッキ・ソルディ・オルガンティーノは、一五三三年、北イタリアのカストで生まれ、二十二際でイエズス会士となり、一五七〇年に来日し、一六〇九年四月に長崎で病没した。人柄が良く、日本人が好きだった彼は「うるがんばてれん」と慕われ、三十年を京都で過ごす中、織田信長や豊臣秀吉など時の権力者とも知己となり、激動の戦国時代の目撃者となった。高山右近から依頼され、四十七歳で安土セミナリオの院長となるや、トマス荒木を、その第一期入学生として受け入れる。
 
ギリエルモ・ペレイラ修道士/(一五四一~一六〇三) ペレイラは生まれてすぐポルトガルはリスボンの孤児院(ペドロ・ドメネク神父の経営)に捨てられる。孤児院を経営するドメネク神父は、ポルトガル国王の命で、自ら養育する一六〇人の孤児の中から九名を選び、布教活動を手伝うためインドへ送る。ゴアとバセインとグランガノールのキリスト教学校に三名ずつが入学。そのなかに十歳になるペレイラ少年もいたが、十五歳のとき、彼はそこからさらに日本へと派遣された。日本に来て二年後(一五五八)、正式にイエズス会に入会する。語学に優れ、日本人より日本語をうまく話すと言われているが、ラテン語にも通じ、トマスにラテン語の手ほどきをし、「ローマで叙階されパードレになる」という自らのかなわぬ夢をトマスに託す。



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