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伊牟田の恋

「警察に届けなくても本当に大丈夫なんだろうな!」
藤プロデューサーはホテルの部屋で朝食をとりながら、電話口に向かっている。
電話の相手は、大阪支社にいる美術部の伊牟田だ。日本では午後七時をまわった頃だろうか。撮影がない日はとっくに帰っているはずの伊牟田も、この日ばかりは康男の安否を気遣って美術部の部屋を動こうとしない。部屋には、妻の清花も来ている。散らかった机の上には、ローマの市街地図が広げられ、清花がその地図に見入っている。
「清花が、康男はサンピエトロの近くにいるって言うんです。元気とは言えないまでも、少なくとも死んではいないそうです。」
「どうも分からない。どうしてそんなことが言えるんだ。」
「一言で説明しにくいんですが、康男から出ている《気》みたいなものを、あいつは感じているらしいんです。本人は康男の波動を感じてるんだって言ってますが……」
「気でも波動でも、どっちでもいいが、間違いないんだろうな?」
「……はぁー?」

恋女房である清花との出会いは、伊牟田が、まだ堺のぼろアパートに住んでいた頃にさかのぼる。伊牟田のアパートのすぐ裏に、路地を一本はさんで小さなストリップ小屋があった。伊牟田のアパートの窓からは、このストリップ小屋の屋上がすぐ近くに見えるのだが、ある日、上半身裸で洗濯物を干しているストリップ嬢と思わず目が合ってしまった。
まだ、この頃は伊牟田も純情であった。顔を真っ赤にしてぴょこりと頭を下げると、思わず窓の下に隠れてしまったものだ。
しかし、顔を隠しても、彼女の形のよい乳房が目について離れない。そればかりか、軽く微笑み返してくれた口元や、親しみを込めた目の表情までが思い出される。
彼女にもう一度会いたい。かといって、ストリップ小屋に行くのはなぜかためらわれる。
(俺は美術を専攻し、裸婦のデッサンだって慣れている。女の裸なんてどうってことはない。ストリップ小屋に行くのがどうだって言うんだ……)
思い悩んだあげく、そう自分に言い聞かせながら、裏通りにあるストリップ小屋に足を向けた。
入り口には踊り子の写真が掲げてあった。その一つに目が留まった。
その写真には、平仮名で「さやか」と書かれていた。以来、伊牟田は彼女の追っかけをはじめた。地方巡業があれば、休みを取って巡業先の小屋へも通った。
ある時、金沢の香林坊まで追っかけをやったときのことだ。
伊牟田の横に座っていた客の一人が、彼女の出番に、聞くに堪えない卑猥な野次を飛ばした。
伊牟田の中では、ストリップは、今や崇高な芸術の域まで達している。
「この野郎、大人しくしろ!」と、思わず怒鳴りつけたのがいけなかった。
男には何人かの連れがおり、伊牟田はその男たちに連れ出され、袋叩きの目に遭わされた。
舞台から様子を見ていた清花の通報で、警察が駆けつけ、伊牟田は近くの病院へ救急車で運ばれることになったが、救急車には、伊牟田の身を案じる清花が付き添いとして乗り込んでいた。
病院で目覚めたとき、傷の痛みより何より、彼女が傍に付き添ってくれていたということに、伊牟田は感動していた。そして「あんな仕事は辞めてほしい」「自分と結婚してほしい」と思わず告白してしまった。
こうして伊牟田は画家の道を断念し、今まで鬱々と働いていた舞台美術の仕事に生き甲斐を見いだすことになる。もちろん、清花(なぜか本名のほうが芸名っぽい)との生活が基盤にあってのことである。

こうして伊牟田は思いかなって清花と結婚したが、結婚して一年ほど経ってのことだ。彼女が、ある集まりに行かせてほしいと言い出した。
清花は、高校生の頃、大変な悪だったという。ところが、清花の担任となった古野先生という教師との出会いが彼女を変えてしまった。キッチョム先生――古野吉祥という。しかし、誰が言い出したものか「吉祥」に「夢」を付け足し「吉祥夢先生」になり、いつの間にか「キッチョム先生」になってしまった。みんな、「キッチョムさん」とか「キッチョム先生」と呼ぶし、不良と呼ばれる生徒たちでさえ「キッチョムさん」「キッチョムさん」と、親しそうにその思いをぶつけてくる。彼も面白がって、自己紹介のときなど「古野吉祥夢」などと黒板に書いたりもしていた。
それが、あるとき、黒板に名前を書き自己紹介しているキッチョム先生をその学校の教頭先生が見とがめた。授業が終わって職員室に帰った古野先生に、教頭先生が
「君は、古野吉祥という名ではなかったのかね」と問いかけた。
以来、思うところがあったのか、自らは「吉祥夢」等とは書かなくなった。ただみんなから「キッチョムさん」とか「キッチョム先生」と呼ばれるのは歓迎だったようだ。
いつだったか、清花に、「親が付けてくれた名前だからね」と、キッチョム先生がボソッと話してくれたことがある。
清花の両親は離婚していた。父親は町で小さな印刷業を営んでいたが、事業の不振が原因で新興宗教に走り、寄進寄進で、ただでさえ傾いていた家業をとうとう潰してしまった。
母親は幼い弟を連れて家を出、まだ小学生だった清花は、飲んだくれの父親と残され、見かねた親戚が清花を引き取ることとなった。どんなに両親を恨んだか知れない。どんなに生まれてきたことを呪ったか知れない。そんな清花の心に「親の付けた名前だからね」というキッチョム先生の言葉がしみこんでいった。
理屈ではなかった。何を言ったかでもなかった。その言葉がきっかけとなって、今まで押し込めてきた親への恨み、どうしようもない寂しさ、悔しさ、いろんな思いが堰を切ったように自分の中から溢れてきた。
あたりかまわず泣いた。泣き続けながら、その悔しさ、どうしようもない寂しさの奧底から、理解できない温かさ、喜びがフツフツわき上がってくるのを感じた。こんなに苦しんでいるのに、こんなに恨んでいるのに、こんなに怒っているのに、心の奥底から「お母さん、ありがとう」「お父さん、ありがとう」そして、自分を取り巻くすべてのものに「ありがとう」という思いがこみ上げてきて止まらなくなった。
あんな思いは初めてだった。あんな気持ちで生きていられたら、どんなにか幸せだろうと思った。でも、そんな喜びも、また日常にまぎれ色褪せていった。

「エーッ、キッチョム先生、出席してないの……」
「先生、神様に目覚めちゃったみたいよ。」
「ちがうって、そんな宗教ぽいことじゃなくて、本当の自分に気づいていこうって教えてまわってるみたいなのよ。」
同窓会の席上、清花は友人から、キッチョム先生が、今は某高校の校長先生をしながら、日曜ごとにある勉強会を開いているという消息を聞いた。
伊牟田と結婚してから、清花にある変化が訪れた。
見えないものが見え、聞こえるはずのないものが聞こえるのだ。俗に「霊」とか言われるモノが、清花には感じられる。それが評判になり、超常現象や、心理学の先生までが、自分の研究材料にと、清花のもとを訪れるようになった。
清花にはそれが疎ましく、自分の能力も、どこが間違っているのか分からないのだが、なにか違っているように思えて仕方なかった。そんな矢先、キッチョム先生の勉強会の話を聞いた。
清花は、その話に引かれるようにしてキッチョム先生の勉強会に参加してみた。
そこで、キッチョム先生は、人間は「霊」だという。また「意識」だとも言う。「意識」である自分が、「肉体」という洋服をまとっている。人間は、その洋服を自分だと思って、その洋服を飾ることが幸せだと思っている。洋服がボロボロになって着れなくなったら、人はそれを「死」と思い、「死」イコール「自分が消滅する」ことだと考えている。自分が、「肉体」がなくなっても存在し続ける「意識」だとは思っていない。
人が生まれてくる目的は、「自分はちっぽけな肉体に縛られている存在ではなく、生き通しの生命=意識こそ自分だと気づくこと」にあると、キッチョム先生は言う。「肉体がなければ、そのことに気づけないから生まれてくるのに、人は、肉体を自分だと思い、さまざまな間違いや汚れを積み重ねてきてしまった。それがあなた方の過去世だ」ともいう。
私たちは、無数の過去の誤りを背負って生きている。その修正のために今がある。本当の意味で自分を癒すことが出来れば、自分につながるたくさんの過去世が、その苦しみから、その間違いから解放される……。それが逆に自分を解放することにもなる。
「待ってよ、それって何か堂々巡りみたいじゃないか。」
伊牟田はよく妻の清花に異議を申し立てた。異議を申し立てながら、心のどこかで、「妻は本当のことを言っているのかも」、そんな思いもあった。
伊牟田の異議や疑問にも関わらず、清花は、月に二回、日曜ごとにキッチョム先生の勉強会に通い、確実に見えないものに対する感性を高めていった。
そんな妻に、伊牟田は康男のことを相談してみたのだ。

「宗教という名の狂気……」
そんな思いが、清花の心にわき上がってきた。と同時に彼女の心の奥に閉じこもっていた何かが堰を切ったように溢れてくる。清花は溢れてくる涙をそのままに、遠くローマを彷徨っている康男に思いを向けていた。


アルビジョア十字軍

「トマス、メディチ家がどこから来たかご存知でしょうか?」
エレオノーラの声がトマスを現実に引き戻した。
まだ夢から醒めやらぬトマスを案じてか、エレオノーラの息子バルトロメオが口を挟んだ。
「元からフィレンツェに居たのではないのですか?」
「違います。今、トマスが思いを向けていたところから逃げてきたのです。」
「モンセギュール……?」
トマスが重い口を開いた。
「そうです。メディチ家は、フィレンツェの郊外ムジェッロから身を起こしたように言われていますが、本当は南フランスから逃れてこの地へやってきたのです。」
「ひょっとしてメディチ家は、カタリ派の生き残りなのですか。」
バルトロメオが訊いた。
「モンセギュールが攻め滅ぼされたとき、城にはカタリ派の財宝は何一つ残されていませんでした。有形無形に関わらず、カタリ派の人たちが大事と思ったものは、休戦中にすべて持ち出されたのです。メディチ家の教えを語り継ぐ者、カタリ派の資産を受け継ぐ者、それぞれ役割を分かち合い、カタリ派は地下に潜ることとなったのです。」
キリスト教が歴史の表舞台に登場するようになって以来、その地下水脈のように異端の歴史もヨーロッパ史の底を流れ続けてきた。地上からは見えなくとも、ときには細々と、ときには大きな流れとなって地上へあふれ出てくることもある。キリスト教史上、最大の異端と言われたカタリ派の流れが、再びイタリアに、それもヴァチカンの中枢に噴き出そうとしていた。トマスやミゲルの不幸は、日本人でありながら、この抗争に知らず知らずに巻きこまれていったことにある。
「ここにもう一人のトマス――カタリ派の時代を生きた一人の修道僧の手記があります。私がビアンカ様から託され、書き写したものです。私と共にここで朽ち果てるかと思っていましたが、少なくともこの手記だけは、この修道院から出ていくことができそうです。」
エレオノーラは、修道服の胸のあたりに抱えていた紙の束をトマスに差し出した。


◇ カタリ派からの改宗者トマスの手記
私が、このモンセギュールの城に入ってほぼ一年になる。
戦いは既に終局を迎え、降伏の条件をのむかどうか、攻城側から十五日の猶予期間が与えられた。この機会を利用し、私がカタリ派について知り得たこと、また戦いの合間に取った覚え書きを整理し記しておこうと思う。
それが、私がこの城へ来た目的なのだから……。

このところ毎日のように投石機から放たれた岩が唸りをあげてこの城を襲うようになった。最初は丸い石の砲丸であったものが、日を追うにつれ岩塊が混じるようになり、今では飛んでくるものは石や岩の塊ばかりとなった。
城壁越しに巨大な石魂が間断なく飛来するや、あたりはまるで地獄絵の様相を呈する。城内は、女や子供たちの泣き声やわめき声に覆われ、庭のあちこちで男女の完徳者が、醜く手足をもがれた騎士や、半ば押し潰された女性に臨終の救慰礼を授けているのが見られる。飛んできた岩塊に直撃され、頭が兜ごと肩へめりこんだようになった兵士の死骸さえ見られるようになった。
騎士を含め二百五十人近くいた戦闘員が、今では六十名足らずになっている。
誰がこんな事態を予想しただろうか。城は、モンセギュールという急峻な岩山の頂にあって、四方はほぼ垂直に近い断崖。誰もが難攻不落と信じて疑わなかった。
事実、昨年の五月、青地に百合の花の王旗をなびかせた十字軍がモンセギュールを取り囲んで以来、一万もの大軍が、非戦闘員も含め、わずか五百人足らずの籠城軍に手も足も出せず、半年あまりの間、いたずらに包囲するばかり。ついには糧食の心配までする始末だ。確かに一万もの軍勢を食わせる糧食となると並大抵のことではない。
それに引き替え、我々籠城側ときたら、秋に雨が降ったおかげで水は十分にあり、かねてから備蓄を心がけていたため食料不足の心配もない。それどころか抜け道を通って、不足するものは僅かでも運び込むことができた。これでは、たとえ五年を包囲されたとしても十分耐えることができたであろう。
事実、このまま行けば、聖王ルイの十字軍は撤退するしかなかった。
しかし裏切りがあった。カタリ派の仲間から裏切り者が出るとは考えもしなかったが、この裏切りによって抜け道の一つが押さえられ、攻城軍は、バスク地方の山岳兵を動員するや、ついに前哨を落とすに至ったのだ。前哨が落ちるや、アルビ司教の考案になる投石機が運びあげられ、六十ポンドから八十ポンドにおよぶ石の砲丸や岩塊が、連日、難攻不落の城塞に打ち込まれることになった。
間断なく続く砲撃の前に、誰の目にも開城間近なことは明らかだった。
……が、それでも我々は、更に二ヶ月を持ちこたえた。そして投石機粉砕を狙った決死の出撃が失敗に終わったとき、籠城側の主立った者たちは和平交渉を申し出る決定を下した。昨夜、この戦いの指導者であるピエール・ロジェとラモン・ド・ペレラによって降伏条件が皆の前に提示された。
「異端、ならびにカタリ派の信仰を放棄せぬ者は火刑台へ送るものとする。残余の者全員に関しては、己の過失を衷心より告白することを条件に、身柄を拘束せぬものとする。戦闘員に関しては、武器所持品携帯のうえ自由に退去するを認め、アヴィニョネの殺害事件への関与を問わぬものとする。この条件を受け入れる場合は、今日より数えて十五日目に城を明け渡すものとする。」
アヴィニョネの殺害事件というのは、一二四二年五月に起こった異端審問官の殺害事件のことである。トランカヴェルの反乱、レイモン七世の挙兵と続いたとほば同じころ、トゥールーズとカルカッソンヌとのちょうど中間くらいにある小村アヴィニョネで、滞在中の異端審問官の一行二名がことごとく惨殺された。しかもこの事件には、のちにモンセギュール寵城の戦術上の指導者となるピエール・ロジェが首謀者として名を連ね、実行グループにはモンセギュール居住の騎士たちが加わっていた。恨み重なる審問官の惨めな死に、ラングドックの民衆はいっせいに歓呼の声をあげたものだが、この虐殺事件をきっかけに、第二次アルビジョア十字軍の攻撃が開始されたのだ。
にもかかわらず、和平条件では「アヴィニョネの殺害事件への関与を問わぬ」とある。
前回の第一次アルビジョア十字軍の際、カタリ派の皆殺しが叫ばれていたことを思えば、異例なまでに寛大な条件であった。それは聖王ルイの威光と言うよりは、一万にもおよぶ攻城軍が十ヶ月にわたる包囲戦で、予想以上に疲弊していたことが、その寛大さの原因であろうと思われる。
私はその夜、このモンセギュールの領主の娘であり、熱心なカタリ派の信者であった、エスクラルモンドから次のような決心を打ち明けられた。
彼女は、私がフォアの住民に紛れ、このモンセギュールへ避難してきたときからの知り合いだ。
モンセギュールは恐ろしく切り立った山で、標高一〇〇〇メートルの頂きに目的の城がある。そして城に至る抜け道は険しく、聾でびっこの私には相当こたえる。
というのも、みんな前を向いて歩いているため、後ろから励ましの言葉をかけてもらっても分からないのだ。お陰で私は、みんなから愛想の悪い男だと思われたに違いない。
びっこの私を哀れんで助けてくれようと声をかけた人も、無視されたと思い、怒って追い越していく始末。そんな次第で皆からは遅れ、たった一人で、抜け道をやっとのことでよじ登ってきた。しかし、最後の登り口が険しくて、どうしても手に負えない。途方に暮れた私を、一人の女性の手が引き上げてくれた。それがエスクラルモンドだった。
驚いたことに、彼女は騎士の身なりをしていた。
いや間違いない。あの手は、いやあの顔だちは間違いなく女性のものだった。
彼女が、笑顔で何か言った。しかし、暗くて唇が読めない。
「ミミガ・キコエナイ・ノデス。」
彼女は驚いたような顔で私を見つめた。
「クラクテ、クチビルガ、ヨメナカッタノデス。ナント、オッシャッタノデショウ。モウイチド、オオキク、クチヲヒライテ、ハナシテイタダケマセンカ。」
エクスクラルモンダは言った。口を大きく開けて、
「モンセギュールへ、よ・う・こ・そ!」
これが彼女との出会いだった。

彼女が私に、「どこから来たのか」と訊ねたことがあった。
フォアの町では見かけたことがないというのだ。それに私の話し言葉は、おかしなアクセントには違いないが、それでもラングドックの訛りではないという。
エスクラルモンドは、男勝りだけでなく、観察力が鋭く賢い女性でもあった。
私はパリの修道院から逃げ出し、南フランスまで流れて来たこと、カタリ派のことをもっとよく知りたいのだということを話した。それは嘘ではなく、自分の本当の気持ちだった。ただ、フランス国王ルイとの出会いや、自分がレイモン七世の隠された息子であることは話さなかった。言っても誤解を招くだけだと思ったからだ。
以来、エスクラルモンドは、機会を見つけては、耳が聞こえず、うまく言葉も話せない私に根気よくカタリ派の教えを伝えてくれた。カタリ派の教えを聞くにつけ、私の心の中に(カトリックの教えは、本当のことを伝えるよりも、教会の権威を、目に見える典礼やミサの形で定着させようとしているに過ぎないのでは……)そんな疑問が渦巻きはじめた。

「私は救慰礼を受けることを決意しました。」
城を明け渡すことが伝えられたあの夜、エスクラルモンドは、私にそう語った。
救慰礼(コンソラメントゥム)とは、帰依者が完徳者の列に参入しようと望む際に執り行われる儀式のことを言う。カタリ派は、カトリックの豪華な教会や秘蹟と称する儀式的なものすべてを排除した。ただ、この救慰礼という簡素な儀式だけは残した。
これは、神と福音に身を捧げようと決意した者に執り行われる儀式であって、その決意を確かめた後、「油で調理された野菜や魚以外の食品は一切、肉もチーズも食べないこと」を約束し、同様に「虚言を吐かぬこと」、「誓いを立てぬこと」、「肉体の交渉に身を委ねぬこと」、「火、水その他いかなる形の死をもって脅かされようとも教団を捨てぬこと」が約束させられる。約束が済めば、志願者は主の祈りを唱え、次いで完徳者が志願者の頭に手を置き、書物(福音書)を載せた後、志願者を抱擁し、その前にひざまずく。列席者一同も同様に志願者の前に膝をかがめ、これで儀式は終了する。
約束は厳しい内容であり、欺瞞は許されず完全な遵守が必要となるが、ただ一般信徒に強要されることはなく、どんな生活をしようと自由であり、それによって軽蔑されることも『道徳的不行跡だ』と叱責されることもない。自分がその時期に来たと思う者、もしくは決意を固めた者が、その旨を完徳者に願い出てこの救慰礼を受けることになる。
ただエスクラルモンドをはじめモンセギュールの城に立て籠もった者にとって、和平交渉の決まったこの時期に「救慰礼」を受けるということは、城の明け渡し後、火炙りになることを決意したも同じである。
私にはそれが分からなかった。生きてさえいれば、どんなことをしてでも教えを語り継いでいけるではないか。生きていればこそ、それが可能だ。死は消滅であり、敗北でしかない。死んでしまって、何を伝えるというのだろうか。
そんな気持ちを、私は彼女に伝えた。
「トマス、あなたの気持ちはうれしい。でも、それは所詮、私の肉体を案じてのこと。私の本質は肉体ではありません。肉体は仮のもの、その奥深くに隠された霊的な魂こそが本当の私なのです。人間の魂はあまりにも強く物質に隷属したままなので、もはや自分の起源が神にあるという認識を忘れてしまっているのです。自然なままの状態では、人は無知のままでいようとします。認識する力が失われているのです。伝えることが目的ではなく、私が自分の内なる魂に気付くことが目的なのです。」
(火に焼かれれば、気付くというのですか。火炙りになれば、自分の本質は神だったという認識に到達できるとでもいうのですか……)
私には、自分の中に渦巻くそんな思いを言葉にすることができなかった。どもるばかりで思いがうまく言葉になってこない。
「……それに生きて教えを伝えていく人たちも決まっております。もうその方々は、別の抜け道を使って、このモンセギュールから抜けていかれました。その方々は、このカタリ派の聖なる書物や財宝の在処を知る方々です。
トマス、あなたもそうなのですよ。あなたは、生きて私たちのことを後世に伝えていく方、それこそあなたが、今ここにある目的ではないのですか。」
「チ、チ、チガイマス! 私ハ人質トシテ、パリノ修道院ニ預ケラレテイタモノ。フランス国王ノ命デカタリ派ヤ、ソノ教エヲ信ジル人タチノコトヲ知ルタメ、コノ城ニ遣ワサレタ者……」
「分かっています。レイモン伯に仕えておられた方々もこの城にはおられます。その一人の方は、あなたを人質としてパリへお連れしたことを覚えておられました。その方が申しておられました。あなたの面影は忘れられない。あれはレイモン伯の隠されたご子息トマス殿に間違いがないと……」
「………………」
「フランス国王が、あなたをここへ遣わされたのではありません。あなたはご自分の内なるものに突き動かされて、このモンセギュールへ来られたのです。そんなあなただから、託したいのです、この『マリアの福音書』を……。
マグダラのマリア様が、イエス様の生の声を伝えた書物、私たちの宝です。この城を出られるとき、あなたにこれを持っていってもらいたいのです。」
(……あなた方には宝であっても、私には負担でしかありません。それに、これを守り通すことなど出来そうにありません。)
「そのときが来たら、棄ててくださってよいのです。焼き捨ててもかまいません。あなたがそう思ったら、思ったようになさってください。福音書と言っても所詮は形です。それを残すことが目的ではありません。あなたの中に本当のものが残っていくこと、それがあなたを通して流れていくこと、それが私たちの望むことです。カタリ派という名前なぞ消えてしまっていいのです。イエスという名前さえ消えてしまっていいのです。本当のものが、いえ、本当のものがあるということ、そして、それを知りたいという、その思いさえ残せれば……」
異教徒やサタン以外に「イエスの名が残らなくていい」などという人間が、どこの世界にいるというのだろう。頭では、「これは神への冒涜だ」と思いつつも、私の心はそれを受け入れている。心のどこかで「そうだった、そうに違いない」という思いがあふれてくる。
私は心の中で聞いてみた。
(……でも、それならなおのこと、自ら火炙りになるのは間違いだと思いますが。)
「私は棄てたいのです。怖いという気持ち、なんとか肉を守りたいという気持ち、肉体にまつわる様々な思いを棄てていきたいのです。」
彼女から答えが返ってきた。
こうして私は、エスクラルモンドの差し出す「マリアの福音書」を受け取ることにしたのです。しかし、こんな覚え書き、もうどこへも出すことはできないだろう。もし、誰かに見られでもしたら、間違いなくこちらが火炙りだ。この城を出たら、パリには帰らず、「カタリ派からの改宗者」として、どこかの修道院に身を隠して生きていく以外にはなさそうだ……。



「モンセギュールは正しきキリスト教徒の最後の砦……。それが潰されようとしている。
死ぬのは怖くはありません。どうせ、この世はサタンの造った世界。そんな悪の世界を離れるのに、何の未練がありましょう。肉体はサタンのもの、そんな肉体を苦しめ何が面白いというのでしょうか。魂こそが真実、魂こそがすべて。私は、この魂を救うために、肉体を捨てていきます。
でも、苦しい。肉体が音をたてる、ジュウジュウと音をたてる。目が、目が瞑れない。誰か助けてください。私の身体が焼けてゆく。誰か助けてください、早く死なせてください、早く、早く死なせてください。早く意識がなくなってほしい。早く肉体の苦しみから解放されたい……。
炎が、炎しか見えません。あたり一面が真っ赤、真っ赤なんです。あー、早く死にたい。早く死なせてください。早く、早く、早く……」

炎の中で死んでいった人たちの苦しみが伝わってくる。どうしたらいい、どうしたらいい。俺にどうしろというんだ。俺にどうしろという。
あの光景が忘れられない。いつまでも俺の眼の奥に焼き付いている。
いやだ。俺はあんな死に方はしたくない。何があろうと、あんな死に方はしたくない。たとえ、この世がサタンのものであろうと、俺にはできない。あんな死に方はできない。

「あートマス、助けてください。こんな死に方はいや。こんな死に方はいやです。
炎の向こうに、トマス、あなたの顔が見えます。
トマス、トマス、あなたは笑っているのですか、それとも泣いているのですか。
トマス、みんな間違いでした、すべてが間違いでした。炎の中に救いはありません。死によって救われるなんて、嘘、みんな嘘でした。死ねば肉体から解放される。そう、死にさえすれば救われるんだって。死ねば救われる。死ねば肉体から解放されるって、そう思っていました。
でも、いつになったら死はやってくるのでしょう。いつになったら安らぎに包まれるのでしょう。ああ、こんなに苦しんでいるのに。これだけ苦しんでいるというのに、死はやってこない。死は迎えに来ない。いつまでこの中にいればいいのでしょう。
誰か、誰か、殺してください、トマス、殺してください。」

私はこの叫び声をずっと心の中に聞いていました。怖い、怖い、こんな死に方はしたくない。あー、あの声が追いかけてくる、殺してくれと追いかけてくる。
あの者たちの声が聞こえた。あの炎の向こうに、あの苦しそうな顔が見えたとき、私の心の中に焼かれて死んでいった人たちの声が響いてきました。
みんなの声が響いてきました。エスクラルモンドの声が響いてきました。
「こんなはずじゃなかった……」って。


トマスは、エレオノーラから差し出された手記を読み終え、深い溜息を付いた。
前に座っているエレオノーラの顔が、見も知らぬエスクラルモンドの顔とだぶり、その顔が炎の向こうから笑いかけたように思えた。
(やっとこの炎から救われます。)
トマスには、そんな声が聞こえたように思った。
「これはメディチ家に伝わった写本を私が書き写したものです。原本は、南フランスのとある修道院に『マリアの福音書』とともに隠されていたのを、ドミニコ会の異端審問官が見つけヴァチカン図書館へ納めました。」
トマスは、エレオノーラの声に再び現実に引き戻された。
「ヴァチカンの中にも、教皇さまの周囲にも、私たちの仲間はいます。」
「アレッサンドロ枢機卿さまのように?」
「そう。でもそれが誰なのか、私には分かりません。一人は、シクストゥス教皇様の秘書官だった方。この方は『シクストゥス聖書』改訂の過労の中でお亡くなりになられました。もうお一方、『シクストゥス聖書』の秘密を握っておられる方がおられるようなのですが、アレッサンドロさまにもお分かりではないようです。すべてを把握しておられたフランチェスコ大公さまもビアンカさまも、そのことを明かされる前にお亡くなりになりました。ベラルミーノ枢機卿様も、このことに薄々気づいておられ、密かに捜索されておられるご様子です。このことがプロテスタントの方々にでも漏れたら、ヴァチカンにとっては大打撃ですから。」
そう言いながら、エレオノーラは一枚の紙片を取り出した。
「このメモをあなた方に託します。ビアンカさまから『もし、私の身に何かあったら』と託されたものです。」


ベラルミーノ枢機卿

ベラルミーノ枢機卿が密かにフィレンツェを訪れた。
彼を乗せた馬車は、サン・ジョルジョ門からフィレンツェ市街へ入ろうとはせず、その手前の道を左に取るや、まっすぐにベルヴェデーレ要塞へと向かった。ここは一五九〇年にベルナルド・ブオンタレンティの手により、フィレンツェを政敵の攻撃から守るべく設計されたものだが、今やメディチ家の私的避難場所として使われている。

「アルメーニは何か吐きましたかな。」
トスカナ大公フェルディナンドが部屋に入るなり、ベラルミーノが声をかけた。
「さすがアレッサンドロ枢機卿が見込んでスイス衛兵隊から引き抜いた男、いかように責めても一言も口を割りません。しかし、カトリック教会の良心と言われたお方、そのご到着第一声にしてはあまりに率直、あまりに無粋な……」
「カトリック教会を守るため。なりふり構ってはおられませんでな。」
「いかにも。このフィレンツェとて、いまやヴァチカンとは一体の身。アンリとマルグリットの離婚が成立するからには、なんとしてでも我が娘マリーを次のフランス王妃に据えねばなりません。ヴァチカンと、このトスカーナ公国が一体となってこそ、フランスの新教勢力を押さえられるというもの。」
「それを、シクストゥスの亡霊……というよりカタリ派の亡霊が、またぞろ頭をもたげはじめた。シクストゥス聖書のことが新教側に知れれば、ヴァチカンの権威は根本から揺さぶられることとなる。ようやく落ち着きはじめたフランスも、そうなれば、どこへ転げ出すか分かったものではない。カトリックの根本であるローマ教皇が異端だったなどと……」
「カトリック教会を守るため、教皇まで毒殺されたお方……いや、これは失礼いたしました。根も葉もないことを……。とはいえ、このフェルディナンドとて、実の兄であるフランチェスコ一世とその后を毒殺いたしております。まさにヴァチカンとトスカーナは一心同体と申せましょうな。」
そのとき、重い木製のドアをノックする音が響いた。
ドアを開けるや血の匂いが広がった。
「……申し訳ありません。アルメーニが亡くなりました。」
拷問係の血に染まった皮の前掛けが、アルメーニの凄惨な最期を物語っていた。
「何も吐かずにか?」
「はい、トマスの護衛としてフィレンツェへ遣わされたこと以外は。」
「責めてみてどのように感じた。」
「あの男は何も知らないように思います。知っていて隠し通そうとしている感じではありません。顔を見れば分かります。」
「そうか、ご苦労だった。死体はアルノ川へ棄てよ。……すぐ見つかるよう、重りは付けるではないぞ。日本から来た猿どもにも警告は必要であろう。」
フェルディナンドはベラルミーノの方に向き直ると
「こうなっては異端にことよせ、直接、エレオノーラを責めてみるしかなさそうですな。」
「彼女はしゃべらぬであろう。これ以上無駄な血を流すより、トマス等の監視をおこたらぬことだ。それが一番の近道。」



トマス等がオノフリオ修道院を後にしたのは、もう夕方近かった。とはいえ、この時期、陽はなかなか沈まず、まだ昼のような明るさではあったが。
待っているはずのアルメーニの姿がない。バルトロメオが、真っ先にアルメーニのいないことに気付いた。気にはなっていたのだが、アルメーニのことだ、頃合いを見て先に引き上げるだろうと、別に心配もしなかったのだ。それが、今になってみると、なぜか不安を払いのけることができない。
「こんなところで、いつまでも待ってられませんよ。きっと修道院に先に帰っていますって……」
ミゲルが暢気そうに言うが、バルトロメオは何か釈然としない。
トマスが、そんな不安に終止符を打った。
「何があるにせよ、まずは修道院に帰ろう。すべてはそれからだ。シクストゥス聖書の重要な手がかりだって、我々の滞在するサン・ロレンツォ修道院の図書館にあることが分かったんだ。まずは帰るべきだよ。」

今や、エレオノーラから彼女の知るすべてが知らされていた。ローマンカトリックが、イエスのみを『神の子』とするのに対し、「イエスの説いた教えはそうではない。すべての人が神の子であり、神を外に求めるのでなく『内在する神』を自分の中に感じ、霊的な自分に目覚めていこうというのがイエスの説いた教えであり、イエスはそのことを伝えるために肉体を持ったのだ」という考え方があったこと。そして、こうした立場は異端とされ、弾圧されてきたこと。このため、それらの教えは形を棄てることによって、あるときは「マニ教」という教えとなり、あるときは「グノーシス主義」という形をとり、また「カタリ派」という形となり、「ルネサンス」という精神の中に、「宗教改革」という形の中に、すべてのもののなかに内在することを目指してきたということ。
そして、ルネサンスの頃、メディチ家の初代コジモによって『プラトンアカデミー』が創設され、そのグループに属する哲学者や錬金術師、科学者たちの探求の中で、漠然としたこのような流れがあることが明らかになった。コジモは、これら真実を知ろうとするムーブメントを庇護するべく、『インクナブラ』という秘密結社を結成した。
その名は「印刷の揺籃期」を表しており、その目的と活動は、真実を活字に残すこと、および真実を追究しようとして出版された世界中の書物の収集と保護、そして真実を追究しようとする「人」と「団体」を支援することにあり、個人的には、その学習を通して「人生の真の目的」に自らが気付いていくことにあった。
この流れは、大きな広がりを見せ、形にとらわれないことから、本人もそれと知ることなくその流れの中に巻き込まれていることもしばしばであり、シクストゥス五世の場合が、その最たる例であった。彼はノストラダムスによって教皇への野心をかき立てられ、『インクナブラ』の創設者であるメディチ家の後押しによってローマ教皇となった。
そして彼がローマ教皇となったとき、彼の周りには、彼が最も信頼したアレッサンドロ・オッタビアーノ・デ・メディチ枢機卿がいた。彼もまた『インク・ナブラ』の会員である。そればかりか、彼の秘書官までが、その会員であった。
ただし、その全貌を知る人は少なく、シクストゥス教皇の秘書官にしたところで、自分が所属しているのは、かつて滅びた『カタリ派』の隠れた信奉者の団体であると信じて疑わなかった。
彼は『聖書』の改訂作業にあたり、その作業の中で「イエス自身が神の子であるばかりでなく、すべての人が神の子であり、神とはすべての人の心の中に内在するものだ」という内容や、その他の関連する字句・聖句を挿入させてしまった。
言葉の海の中に一度紛れ込むと、なかなか見つけることが困難となる。それも竜巻スタイルと言われた殺人的スケジュールの中で、しかも最終校正後に挿入されると、その発見は不可能と言ってもよかった。その作業の後、校正係をした件の秘書は、過労から帰らぬ人となった。こうして『シクストゥス聖書』は「充溢せる使徒の力により、ここに宣告し、宣言する。この版は――主からわれわれに与えられた権威によって認可されたものであり、したがって真実かつ合法的なるものとして受け入れられねばならず、公共的ならびに私的な論争、説教、解釈において、疑問の余地なく拠り所とされねばならない」というお墨付きのもと、世の中に出ることになった。
……が、唯一、このことに気付いた人物がいた。それが教会博士であるロベルト・ベラルミーノ枢機卿であった。このような聖書が出回れば、宗教改革でプロテスタントとカトリックが対立する中、ヴァチカンの権威は失墜する。フランスでは聖バルテルミーの虐殺に代表されるようなユグノー教徒との紛争がようやく落ち着きを見せ、ヴァチカンの権威が復活したばかりだ。
今、この聖書が出回ればどうなるか。かといってローマ教皇は絶対であり、聖書もまた絶対である。カトリック教会を守るということは、他でもないローマ教皇と聖書の不可謬性を守るということに他ならない。
悩んでいるとき、まことに好都合なことにローマ教皇シクストゥス五世が崩御した。聖書が完成するなり、シクストゥスは死んでしまったのだ。あまりにも好都合であった。
ベラルミーノは、新教皇の就任を待たず、全ヨーロッパの異端審問所に命じた。
「シクストクス聖書を回収し焼却せよ」と。
そして、シクストゥスの竜巻スタイルを上回るスピードで改訂版を完成させた。それが二人の教皇の名前で出された『シクストゥス・クレメンテ聖書』である。
ベラルミーノは「先の『シクストゥス聖書』は誤植が多いため破棄し、この『シクストゥス・クレメンテ聖書』をもって教会の拠り所とする」と宣言した。
かくして、ローマンカトリックの歴史のなかで、彼等が異端として排斥した思想――「すべての人が神の子である」という教え――の挿入された、初めにして終わりであろうラテン語聖書が抹殺されてしまった。
ところが、そのシクストゥス聖書がまだ残されているという。
エレオノーラから託された一片の紙片。ここに『シクストゥス聖書』のみか『マリアの福音書』の在処を知る鍵が記されているという。やがて、そのことが明らかになろうとしている。


霊道者・清花の推理

1968年5月
「資料によって人数に若干の違いがあるが、このとき、二百名以上の人間が火炙りを選んだといわれている。」
伊牟田修平が、抱えていた本から目を上げ、ポツリと言った。
「こちらの資料にはこんなことが書いてあるわ。」
清花が言葉をはさんだ。
『刑場に向かう処刑者の列に、ひときわ痛ましい三人の女がいた。直前に完徳者となった領主の妻コルバと娘エスクラルモンド、それにコルバの母マルケジア、彼らは一つの文明の絶預と滅亡を目撃した三世代の悲劇的な代表であった……』
「このエスクラルモンドって女性のこと、何かなつかしい気がする。会ったこともないのに……ほら、話していてもこんなに鳥肌が。」
テレビスタジオの隅につくられた伊牟田の控え室が、康男の捜索本部のようになっている。といっても、伊牟田と清花の夫婦二人だけの捜索隊ではあるのだが。
清花は、康男がローマにいる。しかもサン・ピエトロの近くにいるという。ところが次には「南フランス」とか「モンセギュール」という名を口にし、そこが気になると言い出した。
「康男はローマに居るんだろう?」
「そうなんだけど、どうしても気になるの。この地のカタリ派って、いったい何のことなのか調べてくれない。」
伊牟田は大学時代、美術史を専攻しており、ヨーロッパの歴史にも詳しい。「南フランスのカタリ派」と聞いただけで、ヴァチカンとフランス王室が手を携えての「アルビジョア十字軍」にすぐさま思い至った。あとは社の資料室へ行き、資料を探し出してくるだけ。伊牟田の所属するCMプロダクションは、業界でも最大手であり、CMだけでなく、PR映画まで手がけており、そのため資料類も豊富だ。そんじょそこらの図書館より専門的な資料を揃えている。
今や伊牟田の部屋は、美術部の控え室というより、ヨーロッパキリスト教史の研究室のごとき観を呈している。ただでも狭い部屋の中は、場違いな「異端審問の歴史」や「ヴァチカン」に関する研究書や資料が散乱している。

伊牟田は資料から目を上げると、事務所のホワイトボードに目をやった。
「天正遣欧使節」「ローマ教皇シクストゥス五世」「ベアトリーチェ・チェンチ」「異端審問」「ノストラダムス」「ベラルミーノ枢機卿」そして「メディチ家」……
水性ペンで無造作に書き並べられた単語の羅列。去年、康男が大学の卒論に取りかかりはじめるや幻覚を見たり、よく金縛りにあうようになった。ホワイトボードに書かれているのは、そのとき伊牟田や清花にもらしていた内容と、半年前、康男がローマロケのスタッフに選ばれるに及んで幻覚が再発したときに話していた内容だ。それに清花が気になると言った言葉「モンセギュール」「カタリ派」……。

「待てよ、アルビジョア十字軍が一三世紀初頭だろう。天正遣欧使節やノストラダムス、それにメディチ家となると、一六世紀のことになる。二つの時代にどんな因果関係があるんだ。これも過去世で片づけるのか?」
「過去世と言っても、誰が誰に生まれ変わる……そんな単純なものではないわ。過去世のことはよく分かっていないのが現実だけど、それでも肉の世界での家系図のような流れを考えると、とんでもない陥穽に落ちてしまう気がするの。人格が生まれ変わるのでなく、思いというエネルギーが輪廻する、そんな感覚じゃないかしら。」
そう言いながら、清花はホワイトボードに向かうと、「カタリ派」という語句と「メディチ家」という語句を、赤の水性ペンでつないでしまった。
「おいっ、何だよ、それ! どういう意味だ?」
「分からない。」
「おいおい、ひょっとしてメディチ家は……」
伊牟田の中にいきなり閃くものがあった。伊牟田は、クリストファー・ヒバート著すところの「メディチ家の盛衰」のページをあわてて繰りだした。
「あったぞ。メディチ家の起こりはよく分かっていないんだ。薬種業だったとか医者だったとか、カール大帝の貴族でムジェッロで竜退治をしたなんてのもある。しかし、どうも確かなところは一三世紀半ばにムジェッロというところで炭焼きでもしていたようなんだ。それがフィレンツェへ出てきて身を起こし、一躍、金融業で財をなした。」
伊牟田は独り言のようにしゃべり続け、清花は目を瞑って、ただ、その言葉に耳を傾けている。
「カタリ派がアルビジョア十字軍に滅ぼされたのが、一二四三年つまり一三世紀の半ばなんだが、カタリ派の財宝というものが忽然と姿を消している。どうも休戦期間中に、カタリ派の一部の人間がモンセギュールを脱出したようなんだな。財宝とか、教典とかを持って……」
伊牟田は、次に「異端カタリ派」という新書版をあわただしくめくりはじめた。
「その逃げた先が北イタリア! ほら、この本には、カタリ派の一部がイタリアへ亡命したとある。そこでメディチ家の起こりと繋げて考えてみると、フィレンツェ北部郊外から忽然と現れ、フィレンツェで金融業を起こしたメディチ家……メディチ家がカタリ派の生き残りだと考えると、その経済的背景もハッキリしてくる。カタリ派の財宝だ! 一六世紀、メディチ家の再隆盛期、コジモが、なぜルネサンス運動を支援したか。少なくともフィレンツェで起こったルネサンス運動は、カトリック批判というか、カトリックに対するカタリ派の巻き返しだったように思えてくる。」
伊牟田の視線がホワイトボードへ戻った。
「そうか! メディチ家だけでなく、チェンチ一族もカタリ派の信奉者なんだ。そう考えれば、世論や外交使節団の陳情を無視してまで、ヴァチカンがチェンチ一族の処刑を急がせた訳がハッキリしてくる。康男もこの部屋でベアトリーチェ・チェンチの肖像画を見て何か感じているような素振りだった。これだ!」
伊牟田は、ベアトリーチェ・チェンチの肖像が描かれた美術全集を清花の前に示しながら、何かに憑かれたように喋り続けた。

伊牟田が閃いたチェンチ一族の真実というのは、彼らはキリスト教の中でも異端と言われているカタリ派の教えを信奉していたということに尽きる。カタリ派は、南フランスから北イタリアを中心に広まった教えだが、一三世紀に起こったアルビジョア十字軍で、そのほとんどが一掃され、その後の徹底的な調査と弾圧の中で、完全に消滅したと思われていた。
しかし、それは表面上のことで、実は地下に潜り、グノーシス主義やマニ教、更にはユダヤ神秘主義思想等の流れと一つになって、密かに教えを語り継いできたという。
この流れがヴァチカンにまで入り込んでいたというのだ。現に、チェンチ家は、ヴァチカンの会計係を勤めているし、どうやら枢機卿の中にも、この流れを支持する人間がいたらしい。そして、その秘密を握っているのが、ベアトリーチェの父親だった。
このことに気付いたヴァチカン側は、密かに親殺しに見せかけてチェンチを始末してしまった。そして、この事件の解決にことよせ、チェンチ一家と、カタリ派に関係したヴァチカン内部の人間を始末してしまったというのが真相ではないだろうか。
そう考えれば、同情したローマっ子や外国使節の助命嘆願にさえ、頑として耳を貸さなかったヴァチカンの対応は納得できる。このヴァチカンの態度に、周りでは、ヴァチカンがチェンチ家の財産に目を付けたからだろうとの憶測が飛び交ったが、チェンチ家は破産寸前の状態であったことを考えると、これも当を得ていない。
そこまで喋りきると、伊牟田はふと考え込んだ。
「しかしヴァチカンは、そんな回りくどいことをせず、なぜ彼らを異端者として処罰しなかったのか。……と言うことは、どうも、これに関わっているのは、枢機卿だけではなさそうだ。もっと上の人間が絡んでいる。枢機卿より上というと……もちろん、これより上にはローマ教皇しかいない。ローマ教皇がそれと知らず異端的色彩を帯びているとしたら……」
そのとき、清花の口から出た一言が伊牟田の自問自答にストップをかけた。
「康男さんがローマに帰ってくる。」


アルメーニの最期

図書室の中央をまっすぐに走る廊下が、入り口に突き当たるや、三つの流れに分かれて下っていく。ミケランジェロの設計になるその階段には、川の流れが、まるで緩やかな落差をなめらかにすべり落ちていくような優雅さがあった。
トマス、ミゲル、それにバルトロメオの三人が、流れに逆らうようにその階段をあがっていく。深夜のこととてはばかられたものか、トマスとミゲルが、右端から入り口に向かって弧を描く支流をそっとあがっていくのに対し、バルトロメオは一番広い中央の階段を堂々とあがっていこうとしている。昼間であれば、巨大な壁に穿たれた小さな入り口から、まっすぐ奧へメディチ家の紋章を配した格子天井の連なりが見え、威圧感とともに何ともいえない心地よいシンメトリーをつくり出しているのだが、この時間では入り口の扉は閉ざされている上に、照明といえば三人の持つ手燭の灯りしかない。
トマスは、手燭の灯りに浮かびあがる扉の装飾の見事さに息を飲んだ。昼間、気にも留めなかったものが、かすかな灯りの中で真っ正面から自分に語りかけてくる。
「トマス、はやく開けろ!」
ミゲルが押し殺した声で訴えてくる。
トマスは預けられている図書室の鍵を取り出した。滞在中は、いつでも資料類が閲覧できるようにと預けられたものだ。修道院長の破格の計らいであった。
「向かって左、一番手前から六列目の閲覧台」
バルトロメオが、先頭に立ち、手燭で一つひとつの閲覧台を照らしながら慎重に進んでいく。
「ウノ、ドゥーエ、トゥレ、クアットゥロ、チンクエ、セイ……」
燭台の灯りが、閲覧台の端に埋め込まれた一覧表を照らし出す。
普通の図書館では書庫と閲覧室が別になっており、利用者は書庫から目的の図書を借り出し閲覧室で目的の本を読んだり調べたりすることになる。しかし、このサン・ロレンツォでは、閲覧台に本がセットされている。それぞれの閲覧台の通路側の側面には、そこにどんな本がセットされているのか、そのリストが埋め込まれている。つまり利用者は、本を運ぶのではなく、自分が目的の本のある閲覧台へ体を運ぶことになる。
「HISTORIARVM……クイ(ここだ)。」
トマスが、バルトロメオの差し示すリストの一角に目を凝らした。
「HISTORIARVM ET ANNALIVM LIBRI……」
ローマ時代、歴史の第一人者と言われたタキトゥスの表した『歴史』と『年代記』。その二冊が一五七四年、アントワープで『タキトゥス/現存する歴史と年代記』というタイトルで出版されている。
三人は目的の本を閲覧台に見つけた。
「C.CORNELII TACITI……間違いない。」
「一二八ページだ、このページが解読コードになっている。ミゲル、書き写してくれ。」
トマスがページを繰りながら、ミゲルに指示した。
「よし、席を替わってくれ。」
書写にかけては、ミゲルは独特の才能を持っている。一字一句間違いがないばかりか、その書体や一行一行の字の配列などページ構成まで写し取ってしまう。それは肉筆本ばかりか印刷本の場合でも、まるでコピーを取ったかのような正確さであった。
「内容じゃないぞ、字の配列が重要なんだ。」
「心得ているよ。」
そういいながらも、ミゲルはその几帳面な仕事を開始していた。
トマスは、そんなミゲルをよそ目に修道服から一枚の紙片を取り出した。エレオノーラが、ビアンカ大公女から託され今まで保管していたものだ。
二組の数字の組み合わせがスラッシュとスペースで区切られながら、紙片を埋めている。
バルトロメオがその紙片を覗き込み、
「スラッシュで組み合わされた数字の組み合わせの中で、最初の数字が行の位置、二番目の数字が列の位置を表している。スペースは単語の区切りを表す。簡単な換字式暗号だが、キアーヴェ(鍵)となる文書が何であるか分からない限り、絶対に解くことはできない。」
「とすると、行を表す頭の数字のうち一番大きな数字は二八だから、二八行以降は写し取る必要はないということだ。」
「ご親切さま。でも、この本は二八行取りだ。二九行目はないよ……」
ミゲルがやり返しているそのときだ。
図書室のドアが開いた。
「やはり、ここにおられましたか。日本という国に信仰の種をまく。若さと使命感がもたらすその熱心さはうらやましい限り、私めも、もう少し若ければ……しかし、お体には十分注意召されませ。体があってこそのお仕事……」
トマスらの世話を命じられている召使いの老人がそこにいた。
「あ、ありがとうございます。ところで、なんのご用でしょうか?」
「……おお、そうじゃ。いかんいかん、歳をとると忘れっぽくなって。いや、そんなことを言っておる場合ではない。大変なのじゃ。お供のアルメーニ殿が亡くなられた! 酷い有り様でアルノ川から引き上げられた。」
聞けば、遺体は十字架に打ち付けられ、アルノ川の上流から流されたようだ。アルノ川はポンテ・ヴェッキオ橋のあたりで川幅が一番狭くなっている。そのポンテ・ヴェッキオ橋の橋脚に十字架が引っかかり、流れに抗して十字架の端が何度も何度も橋脚をたたいていた。まるで自分の存在を主張するかのように、ある間隔を置いて、
「ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン」と。
ポンテ・ヴェッキオ橋には、スゥポルトと呼ばれる金細工師の工房が並んでおり、そのいくつかは木枠で支えられ橋から張り出した状態にある。元々は、肉屋や革なめし屋、それに鍛冶屋などが、作業場をここに置き、川をゴミ箱代わりにしていたのだが、今のフェルディナンド一世がその騒音と悪臭を理由に追放し、金細工師に貸し与えることとした。
そんな金細工師の住人が時ならぬ騒音に、ある者は夜なべ仕事の手を止められ、ある者は心地よい眠りを妨げられることとなった。
騒音の正体は、十字架に張り付けられた人の死骸だった。
両眼はつぶされ、膝は砕かれ、両手の指も、おそらく指締め器の拷問にかけられたのだろう、十本ともにつぶされていた。
知らせを受けて三人がポンテ・ヴェッキオに駆けつけたとき、アルメーニの血で黒ずんだシャツが、郡警察の警官の手で引き裂かれた。その裸の胸には、刃物で刻まれたものであろう、くっきりと「ダヴィデの星」が刻みこまれていた。
すがすがしい朝の空気とは、いかにも不釣り合いな光景であった。

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