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エレオノーラの秘密

オノフリオ修道院の一日は午前一時四十五分の起床に始まる。
その後、朝八時のミサに至るまで手仕事や一時課・三時課の聖務日課を果たし、読書や六時課を経て十一時の昼食となる。昼食の後に約二時間の午睡の時間となるが、前もってエレオノーラへの面会を打診されていた院長は、この午睡の時間をトマスやバルトロメオ等との面会の時間に当てた。
面会の場所は、修道院の居間とも言える回廊が当てられる。回廊を意味する「クラウストルム」という言葉自体、しばしば修道院を表す言葉として用いられるほど、回廊は修道院と切り離して考えることができない。回廊は中庭に面して開かれており、ここから射し込む光の陰影が、一種独特の雰囲気を醸し出していた。
この回廊は、ときに読書の場となり、ときに聖歌の練習場となり、黙想の場となり、場合によっては談話室ともなる。
トマス等は、この回廊の隅にある洗足用の長椅子で待つように指示された。
面会は、女子修道院ということもあり――特にオノフリオ修道院は、表面にこそ出ていないが、姦通の罪を犯した女たちが入れられる修道院ということもあって――面会は、エレオノーラの息子であるバルトロメオと、日本から来たという特別の理由でトマスとミゲルの三人のみが許され、従者であるアルメーニは、外で待つこととなった。
トマスとミゲルは長椅子に腰を落ち着けると、中庭の緑にホッと一息ついた。フィレンツェの町は、道も、壁も、広場も、どこもかしこも石で覆われている。日本人である二人にとって、土をその足裏に感じることもなく、緑を目にすることもない城壁に囲われた市街地の風景は、何か息苦しく妙に落ち着かないものであった。それだけに、この修道院の中庭につくられた庭園の土の匂いと緑のまぶしさがありがたかった。
そんな二人の前を、バルトロメオはイライラと行ったり来たりを繰り返している。
やがて院長に付き従うようにして、バルトロメオの母、エレオノーラが姿を現した。
三十歳で、夫カルロにこの修道院に入れられ、すでに二十一年が経っている。かつてコジモ一世に見そめられ、その子ピエロにまで思いを寄せられたその美貌は、すでに翳りを見せているものの、二十年にわたる内省がもたらしたものだろうか、彼女からは、何か包み込むような優しさがあふれているように思われた。
「一時間経ったら迎えにまいります。集会室が空いていますから、そちらを使った方がよいかも知れませんね。」
院長は、キビキビした中にも思いやりをにじませ、そう言うと静かに去っていった。
残されたトマスもミゲルも、何をどう切り出していいものか分からず、長椅子から立ち上がったままボーッとしていた。
頼みのバルトロメオはと言えば、ふてくされたように背中を向けている。
父カルロが、未払い給料を催促した使用人に暴力を振るい投獄されたとき、父は、獄中から、それが唯一できる復讐であるかのように、妻エレオノーラを、姦通を犯した女性を収容することで知られているこのオノフリオ修道院に入れるよう手配した。
そのとき、母は、父が下女に産ませた二人の幼い女児だけを修道院に引き取り育てることにしたが、まだ二歳のバルトロメオは兄たちとともに育児院に預けられることになった。
バルトロメオは、ものごころが付くようになると「自分がもし女だったら……」と、よく考える。そうすれば、母は、自分も修道院に引き取り一緒に育ててくれただろうに。
そうは思うのだが、どうしても「自分は捨てられた」という思いが拭いきれない。
「仕方がなかった、仕方のないことだったんだ」
何度、自分にそう言い聞かせてきたか知れない。

そんなバルトロメオの後ろ姿を愛しそうに見つめていたエレオノーラだが、やがて、トマス等の方を振り向くと、
「どう致しましょうね。集会室でお話しいたしますか?」
「イ、イエ、できれば庭園を見ていたいのですが……」
なんとか言葉を切りだしたトマスに、エレオノーラは優しく微笑むと、
「では少し回廊を歩きながらお話ししましょう。」



エレオノーラは、日本の青年が、我が子バルトロメオと一緒に訪ねてくると知らされたとき、何か運命的なものを感じた。彼女が日本人というモものをはじめて知ったのは、今から十五年前、このオノフリオ修道院に入れられてから七年が過ぎた頃であった。
彼女の運命に同情を寄せるビアンカ大公女は、日本の少年使節をピサに迎えるという歓迎レセプションに、「ピサ滞在中、少年たちの面倒を見る修道女が必要です。男性神父だけでは細かいところに気が付きませんから」と、無理矢理理屈を付け、彼女を出席させるよう教会側に圧力をかけた。
修道院に幽閉状態の七年間、はじめての外出だった。それもピサへの馬車旅行。そこで知り合った日本の少年たち、そしてローマ教皇の特使として派遣されていたアレッサンドロ枢機卿やビアンカ大公女との深いつながりもこのときから生まれた。

今、別の日本人青年が訪ねてくるという。しかもシクストゥス聖書のことで。
エレオノーラは、すべてを話したいと思った。それは聖書のことばかりでなく、自分の身に起こってきた様々な運命、それを自分がどんなに恨み呪ったか、何もかも話したいと思った。息子のバルトロメオにとって、それを知ることは残酷なことなのかも知れない。
また神父を目指す日本人キリスト教徒にとっても、それは躓きにこそなれ、決して励ましになどなる代物でないことは間違いがないだろう。
でも、なぜか話さなければならないと思った。そう決心すると、何ともさわやかな気持ちになった。今までどんなに懺悔しようと、どんなに神に祈りを捧げようと味わうことのなかった感覚。自分が今までの呪縛から解き放たれていくような……



「私は、フィレンツェの貴族ルイジ・メッセル・デッリ・アルビッツィを父に、ナニーナを母として、一五四八年にフィレンツェに生まれました。名付け親は、コジモ大公の奥さまであるエレオノーラ大公女。でも、エレオノーラ様は、私の名付け親になられてすぐにお亡くなりになりました。エレオノーラ様にとって、それは幸せなことだったのかも知れません。なぜなら、まさか自分の名前を与えた女児が、将来、夫の愛人になるなどとは想像もしなかったでしょうから。」
「コジモ様というのは、メディチ家を興し、フィレンツェを今のような芸術の都にした、いわばフィレンツェの恩人のような方だと聞いています。……でも、百年以上も前の方ではないのですか。」
自分の生い立ちを話し始めたエレオノーラに、ミゲルが素朴な疑問をぶつけた。



メディチ家の起こりは何も分かっていない。フィレンツェ近郊のムジェッロから起こり、 十三世紀に入るや、フィレンツェ社会の中で急速に頭角をあらわしてくる。 しかし、それ以前のこととなるとまるで分からず、一説にはムジェッロで炭焼きをしていたとも言われているが、それがなぜフィレンツェ社会でどのようにして身を起こしたのか、まるで中世の霧の中から忽然と現れてきたとしか言いようがない。
同じようにメディチ家の家紋である、金地に数個の赤い球(パッ レ)を配した紋章の由来についても、謎だ。メディチの名が示すように、祖先の中に医師ないし薬種商がおり、赤い球は丸薬を表すのだという説と、メディチ家を大富豪とした当の銀行業にちなみ、赤い球は、貨幣ないし両替商の秤の分銅を表しているという説があるが、これにも確たる証拠があるわけではない。
分かっているのは、メディチ一族はフィレンツェにおいて高利貸しとして財をなし、それを土地や不動産に投資して経済力を伸ばしていったということ。やがて一族は銀行業に、政治に、貿易にと、分散して活動していき、それぞれのグループが衰退を繰り返しながら、メ ディチ一族のジョヴァンニ・デ・ピッチによって、十五世紀に至り、その繁栄の礎が築かれたということである。
「ジョバンニ様には二人のご子息がおられました。そのお兄様のほうが、あなたがフィレンツェの恩人として聞かれているコジモ様のことです。そして、その弟御がロレンツォ様。これよりメディチ家はお兄様の流れと、弟様の流れに分かれることになります。
コジモ様はメディチ家だけの繁栄でなく、フィレンツェの繁栄を願われました。それは フィレンツェ共和国の経済活動を活性化させるばかりか、数々の教会を建て、数々の芸術家を育て、百花咲き乱れる芸術の都を、この暗い世の中に現出させたのです。
このフィレンツェを、経済・絵画・彫刻・建築・音楽・学問……人の才能が活かせる街にしよう、人の才能こそが神の世界を表し、この宇宙の秘密を解き明かすことができる、フィレンツェをそんな街に育てたい……コジモ様の夢は、ご子息のピエロ様に、またその子のロレンツォ様に受け継がれていきました。」
「コジモ様の弟様もロレンツォ様ですよね。」
「そう、叔父上であるロレンツォ様の名を頂いたのだと聞いております。このロレンツォ様と弟のジュリアーノ様は、衰退に向かうフィレンツェ共和国の最後の輝きでした。ジュリアーノ様が、パッツィ家の陰謀により暗殺されてからというもの、フィレンツェは、あの輝くような明るさを失い、暗い陰がいつも漂っているような街になってい きました。そんな流れを必死にくい止めようとしたロレンツォ様も、やがてお亡くなりになり、フィレンツェは、いえイタリアそのものが、フランスやスペイン・オーストリアなど大国の覇権争いの舞台となっていったのです。フィレンツェの自由と独立も、ロレンツォ様の死とともに失われていきました。」
豪華王と言われたロレンツォは、一四九二年、四十三歳でこの世を去った。マキャヴェッリは、その著「フィレンツェ史」の幕をロレンツォの死をもって閉じたが、それは同時に、フィレンツェにおける メディチ体制の崩壊を意味していた。
ロレンツォの跡を継いだピエロは、 美丈夫ではあるが凡庸で、乱世の器ではなかった。
シャルル八世のイタリア侵攻に伴い、その独断的場当たり政策が仇をなし、フィレンツェ政庁は、メディチ家の永久追放を布告するに至った。
「日本から来たあなた方には複雑で退屈な話ばかりね。」
「イエ、日本でも同じようなことがありますから、よく分かります。」
「そうねえ、どこも同じよね。男は政治だ、戦争だと走り回り、挙げ句の果てに女性を食い物にする。……いけない、どこまでお話ししたでしょうね。」
「メディチ家がフィレンツェから追放されたところまでです。」
「そうそう、でもメディチ家は、外国の力を借りたり、教皇庁の力を借りたりして、このフィレンツェへ戻ってくるの。今から七十年ばかり前、皇帝・教皇軍がフィレンツェを包囲し、激しい戦いの末、ジュリアーノ様のお孫様に当たるアレッサンドロ様をフィレンツェの領主に据えてしまったの。でも、アレッサンドロ様はひどい暴君だった。政治はそっちのけで、女狂いに明け暮れ、挙げ句の果てに同じメディチ家のロレンザッチョ様に暗殺される始末。あなた方をここへ遣わされたアレッサンドロ枢機卿も、そんなアレッサンドロ様の女遊びの末にできた孤児のお一人だと言われているわ。」
「あのアレッサンドロ様が……」
「こうしてフィレンツェの支配は、ジョバンニ様のご子息のうち、兄のコジモ様からはじまった流れから、コジモ様の弟脈の流れに移っていくの。アレッサンドロ様亡き後、メディチ派の重臣たちが後継者に選んだのは、メディチ弟脈の中でも、英雄として誉れが高くフィレンツェ人に人気のあった黒隊長ジョバンニの息子・コジモ様。当時十七歳の若さだったにも関わらず、断固たる決断力を発揮され、反メディチ派を徹底的にたたき、大国スペインの大貴族でナポリ副王ドン・ペドロ・デ・トレド様の次女エレオノーラ様を妻に迎えスペインとの連合を深めるなど、早熟な絶対的君主と噂された人よ。コジモ様は、フィレンツェに従属するトスカナ地域までをも含め、トスカナ公国とし、初代トスカナ大公コジモ一世となられたってわけ。」
「それで、コジモ一世と言われる方が二人いる訳ですね。一人は共和制フィレンツェを繁栄に導き国父と言われるコジモ様、そしてもう一人がトスカナ公国をお造りになったコジモ一世様……」
ミゲルが妙に感心したような口調になった。
「でも、そのコジモ様も、トスカナ公国が安定するや、ご長男であるフランチェスコ様にトスカナ大公の位をお譲りになられた。それからよ、コジモ様の女狂いがひどくなったのは……」
(おまえは、 まだ俺のことを恨んでいるのか 。)
エレオノーラの心に語りかけてくる声があった。
(恨んでいないと言ったら嘘になるわ。私の名付け親だった大公女エレオノーラ様がお亡くなりになったとき、私は、まだ十四歳だった。たしかに悲しくもあったけれど、それより何より、あの荘厳な儀式に列席できたことが誇らしかった。十四歳の私は、あの荘厳さに負けまいと、できるだけ威厳を保とう、堂々と振る舞おうと、そのことに必死だった。そんな私を見初めたのが、あなた、コジモ大公様。もし、あのとき、あなたに見初められることがなかったら、私の人生はまた違ったものになっていただろうと……)
(俺はメディチの狂った血を呪った。妻のエレオノーラは、そんなメディチの放蕩な血筋を嫌い、子供たちを異常な潔癖さで育てようとした。それに対する反発からか、娘のマリーアは幼くして貴族マラテスタと淫らな恋に落ちた。俺はそれが許せなかった。男を必死でかばう実の娘を、俺はこの手で殺してしまった。
俺の中でメディチの呪われた血が荒れ狂いはじめていた。
妻には、娘は悪性の発疹チフスで亡くなったと伝えたものの、エレオノーラは、それから間もなくして娘の後を追うようにして亡くなった。残された俺も、子供たちも、どれも性的にゆがんだところを持っていたようだ。特に三男のピエロがひどかった。奴は、フィレンツェの民衆から「悪しきメディチ」とまで呼ばれ、嫌われる男になってしまった。
俺は、妻の葬儀の席で、美しく成長したおまえに気付いた。見くびられまいと胸を張る表面の驕慢さの背後に、メディチの血にはない新鮮な輝きを、おまえは放っていた 。)
(きれいごとを言わないで! あなたは、私が息子を産むや、私から離れていった。あなたがお嫌いになっているご長男のフランチェスコ大公様、あの方のほうがどれだけ実があったか。あの方も、ベネツィアのビアンカ様と道ならぬ恋に落ちられました。でも最後の最後まで、その恋に殉じられました。次から次へと、美女と見れば手を出し捨てる、そんなあなたとは大違い。それを苦しんでいるようなポーズで誤魔化すなんて卑怯です!)
(お前にそんなことが言えるのか。あの悪しきピエロに抱かれたお前に言えることなのか。ピエロは俺の息子だ。お前はあろうことか、俺の息子ピエロに心を寄せていった 。)

長い沈黙を破るようにエレオノーラが言葉を発した。
「バルトロメオ、あなたの本当の父は、メディチ家のピエロ様です。」
「…………」
「私は十八歳で、コジモ様との間に息子のジョバンニを授かりました。その頃から、コジモ様の思いは、私の従姉妹であるカミーラに移っていったのです。寂しい思いを抱えて暮らす私にやさしい言葉をかけてくれたのが、コジモ様のご子息ピエロ様です。やがて私とピエロ様の間に愛が芽生え、コジモ様は、私とピエロ様の関係を隠すために、部下のカルロに私を嫁がせました。彼は、私的な決闘の末に相手を殺し、死刑を宣告されていたのです。そのカルロにコジモ様は、私との結婚を条件に赦免の提案をなされたのです 。
……カルロは命惜しさに私と結婚しましたが、そんな結婚ですから、愛などあろうはずはなく、憎しみだけが日々膨らんでいくような毎日でした。そんななか、ピエロ様との関係が復活しあなたが生まれたのです。もちろん夫は、自分の子供だとは認めようとしません。それどころか、生活は荒れる一方。とうとう給料の遅配に愚痴をもらした召使いを、逆上した夫は、銅貨の詰まった袋で殴り殺してしまいました。
夫カルロは、この罪で投獄されましたが、同時に獄中から、私をこの修道院に入れることを手配したのです。それが夫にできる、唯一、私への復讐だったのです。」

フィレンツ大公女ビアンカとエレオノーラとの親交が始まったのはこの頃からだ。
ビアンカは、エレオノーラに自分の運命を重ねたのだろうか、修道院へ入れられた彼女を面会して慰めるばかりか、日本から天正遣欧使節がトスカーナの地を訪問したときには、少年たちの面倒を見るという理由にかこつけ、彼女をピサまで連れだし、使節が滞在する間、ピサに五泊、フィレンツェで七泊をともに過ごしている。
ビアンカは、ベネツィアきっての資産と権力を誇る名門貴族カッペロ家の令嬢として生まれた。父であるバルトロメオ・カッペロは、当時の常として、ベネツィア一の美貌に生まれた娘を、カッペロ家の政略の道具として考えていたが、それがベネツィアの一介の銀行員に過ぎないピエトロ・ブオナベンチュリと駆け落ちしてしまった。
激怒した父バルトロメオは、二人を援助したピエトロの叔父であり、サルビアーティ銀行の支店長ジョバンニ以下、娘の召使いや、駆け落ちに使ったゴンドラの船頭までを捕らえさせたが、特にジョバンニはピエトロの身内でもあり、二人の駆け落ちを手引きしたと考えられ、厳しい拷問にかけられたあげく獄死するに至った。
二人は、フィレンツェで公証人をしている、ピエトロのもう一人の叔父ゼノビアのもとに身を寄せた。
フィレンツェは、ベネツィアと仲が悪い。ルネサンスの歴史の中で、両国は激しい対立と抗争を繰り返してきており、それだけにフィレンツェっ子たちは、この世紀の駆け落ちにやんやの喝采を送った。かくしてピエトロとビアンカは、ゼノビアの家を隠れ家として秘密裏に結婚式を挙げるに至った。
やがて二人のロマンスは、フィレンツェ中の評判となり、ベネツィア一と言われる美少女を一目見んものと、たくさんの野次馬がゼノビアの家を訪れるに至った。その野次馬の一人に、コジモ一世の長男であり、やがて父の後を継ぎトスカナ公国の君主となるフランチェスコまでが含まれていた。
フランチェスコはこの時、神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン二世の妹ジョバンナに求婚している最中であったが、この政略結婚での駆け引きのなかで、ビアンカとピエトロの噂に心を動かされ、一目、ビアンカを見ようと、滞在先のバヴァリアからフィレンツェへ引き返してしまったのだ。
幸いゼノビアの家の近くに、メディチ家の別荘カジノ・デ・メディチがある。フランチェスコは、ビアンカを一目見ようとこの別荘に滞在し、遂にその目的を達成した。
そして、ビアンカのことが忘れなくなった。ことを察した物知り顔の取り巻き連中が、ピエトロを口説きにかかる。
「フランチェスコ大公がビアンカを見そめられた。ぜひ謁見させるように」と。
そうなれば、ピエトロにも莫大な恩賞が与えられるであろうし、大公の保護を受けるようになれば、ベネツィアも手が出せなくなるというのだ。
ピエトロ自身、ベネツィアきっての遊び人と噂された人物であり、ビアンカにも飽きが来ている頃であり、何より惨めな暮らしに耐えられなくなっていた。そこへメディチ家への仕官と莫大な恩賞が約束されたのだから、ピエトロが心変わりするのに時間はかからなかった。
ビアンカの思いに関わりなく事が運ばれた。
このとき、すでにトスカナ大公は、コジモ一世からフランチェスコ一世に移り、后もハプスブルグのジョバンナをトスカナ大公女として迎えており、かくしてビアンカは、公然としたフランチェスコ一世の側室としてメディチ家に迎えられることになった。
しかし、后妃ジョバンナは、ハプスブルグの出を鼻にかけるような驕慢な女性であり、教養も低く、後期ルネサンスの美しい宝石とまで呼ばれたビアンカの教養と美貌とは較べるべくもなく、いきおいフランチェスコの思いはビアンカに偏っていく。
ジョバンナにはそれが許せなかった。浮気ならまだ許せる。しかし、フランチェスコは結婚前からビアンカを愛しており、結婚してもそれをやめようとはしない。その不満を、ジョバンナは、神聖ローマ皇帝である兄マクシミリアン二世に訴える。
マクシミリアンは、それを「遺憾である」としてフランチェスコの父であるコジモに訴えることになる。大国ハプスブルグからの訴えに、個人の結婚問題だからと逃げることもできず、コジモは、息子フランチェスコの不行跡を罵る。
しかし、父のコジモ一世も、このことと前後して十四歳のエレオノーラを側室に迎えている。フランチェスコは「自分のことを棚に上げて」と父を責め、親子でそれぞれの性的不行跡を罵りあう日々が続いた。
この不幸な結婚生活は、ジョバンナの死をもって破局を迎えた。夫ばかりか社交界での人気までビアンカに奪われ、そのうえ、ビアンカがフランチェスコの子を身ごもったという知らせまでがもたらされた。ジョバンナは、すでに女児を出産していたが、その健康状態から、もう子供を産むことはできないだろうと言われていた。ジョバンナは嫉妬の炎に身を焼き、まるでその噂に挑戦するかのように、翌年五月、未熟な男児を出産した。そして、その翌年にも再び身ごもった。
ジョバンナは得意の絶頂にあった。これであのベネツィア女を見返してやれると。
……が、これが彼女の寿命を縮めた。引き続きの妊娠で極度の貧血状態が続き、ある日、椅子から立ち上がった途端、貧血で大理石の床に倒れてしまい、腹部を強打したものか、出血がひどく、流産したあげくに意識が戻らないまま、帰らぬ人となった。
ビアンカにとっての不幸は、その後、フランチェスコが、彼女をトスカナ大后妃として迎えたことだ。ジョバンナが嫉妬の炎で、自らの命を縮めた気持ちは、ビアンカには痛いように分かる。女としての自分の気持ちなど認められることもなく、男たちの欲望や政治の道具として振り回されたあげく、嫉妬に身を焼き死んでいったジョバンナ。
そして、コジモ一世に見そめられ、捨てられ、望まぬ結婚を押しつけられ、あげくには修道院に押し込まれたエレオノーラ。

「私を慰めるため、修道院に通ってくださるビアンカ様の心には、そんな悲しみがありました。フランチェスコ様の弟君フェルディナンド様は(今の大公様ですが)、そんなビアンカ様のことを、大公女になりたいばかりにジョバンナ様を殺したかのように言いふらす始末です。
(フェルディナンド様こそ、トスカナ公国を狙っておられた方だというのに……)
そんななかで、ビアンカ様は、アレッサンドロ枢機卿様と出会われ、私にもアレッサンドロ様のお話をお聞きする機会が与えられたのです。
今も決して忘れることができません。あのピサで、そして、このフィレンツェで、日本の貴公子方との楽しい集いの合間に、秘かにアレッサンドロ様からお聞きしたイエス様のこと、マグダラのマリア様のこと、そして本当のものを見つけようとする大きな流れがあるということを…………。」


モンセギュール

エレオノーラには、すべてのことが、あの日本の少年たちがイタリアを訪ねてきたときから始まったように思えた。歓迎舞踏会の席で、ビアンカ大公女にリードされながら顔を真っ赤にして踊った日本の少年たち。やがて少年たちも興奮さめやらぬまま、それぞれの部屋に引き上げ、華やかな宴も終わりを告げた。
その夜、皆が寝静まった頃、フランチェスコ大公の書斎(右の写真)に、当のフランチェスコをはじめ、ビアンカ大公女、アレッサンドロ枢機卿、エレオノーラの四名が集まった。
フランチェスコが、エレオノーラに向かって、
「この集まりは非公式のものであり、公にされるべき性格のものでなく、ここに集まった者たちの生命ばかりか、メディチ家の命運にも関わる内容である。余は、后よりそなたの話を聞き、アレッサンドロ枢機卿とも相談した結果、ぜひ、そなたにも我々のことを知ってもらいたいと思った。いや、そなたには知る権利があると思った。
どうじゃな、そなたに真実を聞く勇気があるかな。それとも、何も知らずに一生を終えるか。あながち、その方が幸せだと言えないこともないぞ。」
「どのような話か存じませんが、私の置かれている状況が、今より悪くなるとは考えられません。それに、このような話し方をされては、私の好奇心が治まりません。このまま知らずに済ませるなどとは思いも寄らないこと。」
トマスは、自分やミゲルがアレッサンドロ枢機卿と出会ったときのことを思い出した。
あのときアレッサンドロ枢機卿は、フランチェスコ大公と同じ言い方をした。
「あなた方が知りたくないと思うようなことまで知ることになるでしょう。あなた方にその勇気と覚悟がないのなら、シクストゥス聖書は忘れることです。」
あのとき、トマスもエレオノーラと同じようなことを思った。
「ここまで聞いて、自分の好奇心と折り合いを付け引き返せる人間がいたとしたら、それこそ勇気のある人間だろう」と……。
トマス等に分かるわけもなかったのだが、それは、ある秘密な集まりに参加する儀式のようなものであった。その集まりとは、「インクナブラ」、その名は「印刷の揺籃期」を表しており、その目的と活動は、真実を活字に残すこと、および真実を追究しようとして出版された世界中の書物の収集と保護、そして真実を追究しようとする「人」と「団体」を支援することにあり、個人的には、その学習を通して「人生の真の目的」に自らが気付いていくことにあった。
その起こりは、初代コジモ(コジモ一世ではなく、メディチ家隆盛の礎を築いた老コジモ)のときに創設された「プラトンアカデミー」にまで遡る。フィレンツェが芸術の都と呼ばれるようになったのは、このコジモ一人の力によると言っても過言ではない。コジモは、パトロンとして多くの芸術家を育てるとともに、哲学家や思想家、それに占星術や錬金術士、その他諸々の魔術士たち――と言っても、今の自然科学者や化学者、数学者、音楽家までを含んでいたが――の経済的擁護者であるばかりか、ヴァチカンからの庇護者でもあった。
そして、彼自身が研究者でさえあった。
「プラトンアカデミー」は、表向きは、プラトンの「饗宴」を輪読し、これについて語り合う哲学者たちのサロンという形をとっていたが、その創設の目的は、「人間」という存在の根本を探ることであり、それを包む「自然」の秘密や法則性を探り出すことであり、それは、とりもなおさず「神」の秘密を知ろうとすることであった。
このために、キリスト教という枠に縛られることなく、ギリシャ哲学が学ばれ、アラブの医術が学ばれ、占星術や錬金術、それにカバラ(ユダヤ神秘主義)やグノーシス主義が学ばれ、またそれらが討論の論題にのせられ吟味された。
もちろん、こういった研究は、ヴァチカンから言わせれば「神を冒涜する」行為なわけだが、コジモは、一方で芸術家や建築家を奨励し、絵画や彫刻をもって神を賛美し、次々と教会を建てた。それは見方によれば、ヴァチカンへのカモフラージュと捉えられるが、コジモにとっては、このこと自体が、神への挑戦でさえあった。それは、あたかも「この荘厳な教会を建てたのは……、この輝くまでの美しさを創造したのは……、すべて人間の力、すべて人間の技、すべて人間の感性に依っている」と言わんばかりであった。

「少し待ってください。トマスの様子が変だ。」
エレオノーラの息子、バルトロメオが話の流れを止めた。
見れば、トマスは脂汗を流し、目は虚ろで小刻みに震えている。
「……だ、大丈夫です。はじめて聞くことばかりで……なぜか、グノーシスという言葉を耳にしたとき、全身に鳥肌がたち、今も震えがおさまりません。これは一体どうしたことでしょうか?」
トマスが苦しそうに言葉をはさんだ。
「……それは恐らく、あなたの中にある過去の記憶、といってもあなたの生まれる前の記憶が表に出てきたせいだと思われます。」
「……て、転生のことを言っておられるのでしょうか。それなら、キリスト教は否定しているはずですが……」
「カトリックでは否定しています、それを認めれば都合が悪いから……。教皇や皇帝の過去世が羊飼いや盗賊だったらまずいでしょう。でも元々のキリスト教では、決して輪廻ということは否定していなかったわ。」
「そういえば、ブルーノも言っていました。人は輪廻する。イエスも人の子だって……」
ミゲルが得意そうに言葉をはさむ。
「そうね、最初は聖書も教会もなかった。イエスさえ礼拝の対象じゃなかった。ただイエスの話す内容だけがあった。イエスが説こうとしているもの、イエスが目指そうとしているものだけが問題だった。」
エレオノーラの話は、キリスト教以前から存在するグノーシス派と呼ばれる人々のことにおよんだ。グノーシスとは、ギリシャ語で知識を意味する。この派の人たちは、何よりもまず、万物の存在理由を説明し得る完全な知識を所有することを望む。それはただ単に信仰にとどまらず、霊的な直感によって神の啓示を得、自らを叡智の世界の極みにまで高めようとする。それは勢い肉体を堕落した物質世界ととらえ、その肉体から己の魂を解放することを究極の目的とするようになる。
イエスの死後、彼の妻であったマグダラのマリアは、彼の生の声、生の教えを伝えて回ったが、その教えは、このグノーシス派の流れと混じり合い、その流れから、やがてマニ教が生み出され、キリスト教最大の異端とされるカタリ派が生み出されるに至った。
それはイエスのもともとの教えが、いやイエス自身がグノーシス主義の影響を受けていたことに他ならなかった。
グノーシス派には男女の区別がなかった。女性が蔑視されることもなかった。この流れから生まれたキリスト教カタリ派では、教会もなく、神父もなかった。押しつける規律もなく、ただ自分という存在の目的に気付いた者だけが、ペルフェルティ(完徳者)として、肉食を絶ち、粗末な衣を身にまとい、質素な生活の中で教えを説いて回った。
彼らは、自分に強いることを、決して他人に強いることはなかった。また、このペルフェルティ(完徳者)には女性でもなれた。というより女性の方が指導的役割を果たしていたと言える。カトリックがキリスト教の中心となって堕落し、その制度や組織の維持に汲々とするようになっても、カタリ派は人々の支持を得、人々の心の中に広がっていった。
華美な僧衣に身を包み、ぜいたくな生活をする聖職者には、とてもこの流れを止めることはできなかった。ヴァチカンが、いくら「カタリ派の教えは異端である」と叫んだところで、言うことと形が一致しない聖職者の言うことなど、だれも耳を傾けようとはしない。
こんな流れの中で、南フランス一帯が、カタリ派活動の最大の拠点となっていった。

(どうして南フランスなのだろう……)
朦朧とした意識の中で、トマスは漠然とそんなことを考えていた。
話を聞きながら、トマスの震えはおさまるどころか、ますます激しくなり、そしてカタリ派という言葉を聞いたとき爆発した。胸の中から噴き上げてくる塊に、トマスは遂に、こらえきれなくなって叫びだしていた。叫びながら、一つの思いに耳を傾けていた。
(モンセギュール、モンセギュールを忘れるな。トマス、トマス…………)


伊牟田の恋

「警察に届けなくても本当に大丈夫なんだろうな!」
藤プロデューサーはホテルの部屋で朝食をとりながら、電話口に向かっている。
電話の相手は、大阪支社にいる美術部の伊牟田だ。日本では午後七時をまわった頃だろうか。撮影がない日はとっくに帰っているはずの伊牟田も、この日ばかりは康男の安否を気遣って美術部の部屋を動こうとしない。部屋には、妻の清花も来ている。散らかった机の上には、ローマの市街地図が広げられ、清花がその地図に見入っている。
「清花が、康男はサンピエトロの近くにいるって言うんです。元気とは言えないまでも、少なくとも死んではいないそうです。」
「どうも分からない。どうしてそんなことが言えるんだ。」
「一言で説明しにくいんですが、康男から出ている《気》みたいなものを、あいつは感じているらしいんです。本人は康男の波動を感じてるんだって言ってますが……」
「気でも波動でも、どっちでもいいが、間違いないんだろうな?」
「……はぁー?」

恋女房である清花との出会いは、伊牟田が、まだ堺のぼろアパートに住んでいた頃にさかのぼる。伊牟田のアパートのすぐ裏に、路地を一本はさんで小さなストリップ小屋があった。伊牟田のアパートの窓からは、このストリップ小屋の屋上がすぐ近くに見えるのだが、ある日、上半身裸で洗濯物を干しているストリップ嬢と思わず目が合ってしまった。
まだ、この頃は伊牟田も純情であった。顔を真っ赤にしてぴょこりと頭を下げると、思わず窓の下に隠れてしまったものだ。
しかし、顔を隠しても、彼女の形のよい乳房が目について離れない。そればかりか、軽く微笑み返してくれた口元や、親しみを込めた目の表情までが思い出される。
彼女にもう一度会いたい。かといって、ストリップ小屋に行くのはなぜかためらわれる。
(俺は美術を専攻し、裸婦のデッサンだって慣れている。女の裸なんてどうってことはない。ストリップ小屋に行くのがどうだって言うんだ……)
思い悩んだあげく、そう自分に言い聞かせながら、裏通りにあるストリップ小屋に足を向けた。
入り口には踊り子の写真が掲げてあった。その一つに目が留まった。
その写真には、平仮名で「さやか」と書かれていた。以来、伊牟田は彼女の追っかけをはじめた。地方巡業があれば、休みを取って巡業先の小屋へも通った。
ある時、金沢の香林坊まで追っかけをやったときのことだ。
伊牟田の横に座っていた客の一人が、彼女の出番に、聞くに堪えない卑猥な野次を飛ばした。
伊牟田の中では、ストリップは、今や崇高な芸術の域まで達している。
「この野郎、大人しくしろ!」と、思わず怒鳴りつけたのがいけなかった。
男には何人かの連れがおり、伊牟田はその男たちに連れ出され、袋叩きの目に遭わされた。
舞台から様子を見ていた清花の通報で、警察が駆けつけ、伊牟田は近くの病院へ救急車で運ばれることになったが、救急車には、伊牟田の身を案じる清花が付き添いとして乗り込んでいた。
病院で目覚めたとき、傷の痛みより何より、彼女が傍に付き添ってくれていたということに、伊牟田は感動していた。そして「あんな仕事は辞めてほしい」「自分と結婚してほしい」と思わず告白してしまった。
こうして伊牟田は画家の道を断念し、今まで鬱々と働いていた舞台美術の仕事に生き甲斐を見いだすことになる。もちろん、清花(なぜか本名のほうが芸名っぽい)との生活が基盤にあってのことである。

こうして伊牟田は思いかなって清花と結婚したが、結婚して一年ほど経ってのことだ。彼女が、ある集まりに行かせてほしいと言い出した。
清花は、高校生の頃、大変な悪だったという。ところが、清花の担任となった古野先生という教師との出会いが彼女を変えてしまった。キッチョム先生――古野吉祥という。しかし、誰が言い出したものか「吉祥」に「夢」を付け足し「吉祥夢先生」になり、いつの間にか「キッチョム先生」になってしまった。みんな、「キッチョムさん」とか「キッチョム先生」と呼ぶし、不良と呼ばれる生徒たちでさえ「キッチョムさん」「キッチョムさん」と、親しそうにその思いをぶつけてくる。彼も面白がって、自己紹介のときなど「古野吉祥夢」などと黒板に書いたりもしていた。
それが、あるとき、黒板に名前を書き自己紹介しているキッチョム先生をその学校の教頭先生が見とがめた。授業が終わって職員室に帰った古野先生に、教頭先生が
「君は、古野吉祥という名ではなかったのかね」と問いかけた。
以来、思うところがあったのか、自らは「吉祥夢」等とは書かなくなった。ただみんなから「キッチョムさん」とか「キッチョム先生」と呼ばれるのは歓迎だったようだ。
いつだったか、清花に、「親が付けてくれた名前だからね」と、キッチョム先生がボソッと話してくれたことがある。
清花の両親は離婚していた。父親は町で小さな印刷業を営んでいたが、事業の不振が原因で新興宗教に走り、寄進寄進で、ただでさえ傾いていた家業をとうとう潰してしまった。
母親は幼い弟を連れて家を出、まだ小学生だった清花は、飲んだくれの父親と残され、見かねた親戚が清花を引き取ることとなった。どんなに両親を恨んだか知れない。どんなに生まれてきたことを呪ったか知れない。そんな清花の心に「親の付けた名前だからね」というキッチョム先生の言葉がしみこんでいった。
理屈ではなかった。何を言ったかでもなかった。その言葉がきっかけとなって、今まで押し込めてきた親への恨み、どうしようもない寂しさ、悔しさ、いろんな思いが堰を切ったように自分の中から溢れてきた。
あたりかまわず泣いた。泣き続けながら、その悔しさ、どうしようもない寂しさの奧底から、理解できない温かさ、喜びがフツフツわき上がってくるのを感じた。こんなに苦しんでいるのに、こんなに恨んでいるのに、こんなに怒っているのに、心の奥底から「お母さん、ありがとう」「お父さん、ありがとう」そして、自分を取り巻くすべてのものに「ありがとう」という思いがこみ上げてきて止まらなくなった。
あんな思いは初めてだった。あんな気持ちで生きていられたら、どんなにか幸せだろうと思った。でも、そんな喜びも、また日常にまぎれ色褪せていった。

「エーッ、キッチョム先生、出席してないの……」
「先生、神様に目覚めちゃったみたいよ。」
「ちがうって、そんな宗教ぽいことじゃなくて、本当の自分に気づいていこうって教えてまわってるみたいなのよ。」
同窓会の席上、清花は友人から、キッチョム先生が、今は某高校の校長先生をしながら、日曜ごとにある勉強会を開いているという消息を聞いた。
伊牟田と結婚してから、清花にある変化が訪れた。
見えないものが見え、聞こえるはずのないものが聞こえるのだ。俗に「霊」とか言われるモノが、清花には感じられる。それが評判になり、超常現象や、心理学の先生までが、自分の研究材料にと、清花のもとを訪れるようになった。
清花にはそれが疎ましく、自分の能力も、どこが間違っているのか分からないのだが、なにか違っているように思えて仕方なかった。そんな矢先、キッチョム先生の勉強会の話を聞いた。
清花は、その話に引かれるようにしてキッチョム先生の勉強会に参加してみた。
そこで、キッチョム先生は、人間は「霊」だという。また「意識」だとも言う。「意識」である自分が、「肉体」という洋服をまとっている。人間は、その洋服を自分だと思って、その洋服を飾ることが幸せだと思っている。洋服がボロボロになって着れなくなったら、人はそれを「死」と思い、「死」イコール「自分が消滅する」ことだと考えている。自分が、「肉体」がなくなっても存在し続ける「意識」だとは思っていない。
人が生まれてくる目的は、「自分はちっぽけな肉体に縛られている存在ではなく、生き通しの生命=意識こそ自分だと気づくこと」にあると、キッチョム先生は言う。「肉体がなければ、そのことに気づけないから生まれてくるのに、人は、肉体を自分だと思い、さまざまな間違いや汚れを積み重ねてきてしまった。それがあなた方の過去世だ」ともいう。
私たちは、無数の過去の誤りを背負って生きている。その修正のために今がある。本当の意味で自分を癒すことが出来れば、自分につながるたくさんの過去世が、その苦しみから、その間違いから解放される……。それが逆に自分を解放することにもなる。
「待ってよ、それって何か堂々巡りみたいじゃないか。」
伊牟田はよく妻の清花に異議を申し立てた。異議を申し立てながら、心のどこかで、「妻は本当のことを言っているのかも」、そんな思いもあった。
伊牟田の異議や疑問にも関わらず、清花は、月に二回、日曜ごとにキッチョム先生の勉強会に通い、確実に見えないものに対する感性を高めていった。
そんな妻に、伊牟田は康男のことを相談してみたのだ。

「宗教という名の狂気……」
そんな思いが、清花の心にわき上がってきた。と同時に彼女の心の奥に閉じこもっていた何かが堰を切ったように溢れてくる。清花は溢れてくる涙をそのままに、遠くローマを彷徨っている康男に思いを向けていた。


アルビジョア十字軍

「トマス、メディチ家がどこから来たかご存知でしょうか?」
エレオノーラの声がトマスを現実に引き戻した。
まだ夢から醒めやらぬトマスを案じてか、エレオノーラの息子バルトロメオが口を挟んだ。
「元からフィレンツェに居たのではないのですか?」
「違います。今、トマスが思いを向けていたところから逃げてきたのです。」
「モンセギュール……?」
トマスが重い口を開いた。
「そうです。メディチ家は、フィレンツェの郊外ムジェッロから身を起こしたように言われていますが、本当は南フランスから逃れてこの地へやってきたのです。」
「ひょっとしてメディチ家は、カタリ派の生き残りなのですか。」
バルトロメオが訊いた。
「モンセギュールが攻め滅ぼされたとき、城にはカタリ派の財宝は何一つ残されていませんでした。有形無形に関わらず、カタリ派の人たちが大事と思ったものは、休戦中にすべて持ち出されたのです。メディチ家の教えを語り継ぐ者、カタリ派の資産を受け継ぐ者、それぞれ役割を分かち合い、カタリ派は地下に潜ることとなったのです。」
キリスト教が歴史の表舞台に登場するようになって以来、その地下水脈のように異端の歴史もヨーロッパ史の底を流れ続けてきた。地上からは見えなくとも、ときには細々と、ときには大きな流れとなって地上へあふれ出てくることもある。キリスト教史上、最大の異端と言われたカタリ派の流れが、再びイタリアに、それもヴァチカンの中枢に噴き出そうとしていた。トマスやミゲルの不幸は、日本人でありながら、この抗争に知らず知らずに巻きこまれていったことにある。
「ここにもう一人のトマス――カタリ派の時代を生きた一人の修道僧の手記があります。私がビアンカ様から託され、書き写したものです。私と共にここで朽ち果てるかと思っていましたが、少なくともこの手記だけは、この修道院から出ていくことができそうです。」
エレオノーラは、修道服の胸のあたりに抱えていた紙の束をトマスに差し出した。


◇ カタリ派からの改宗者トマスの手記
私が、このモンセギュールの城に入ってほぼ一年になる。
戦いは既に終局を迎え、降伏の条件をのむかどうか、攻城側から十五日の猶予期間が与えられた。この機会を利用し、私がカタリ派について知り得たこと、また戦いの合間に取った覚え書きを整理し記しておこうと思う。
それが、私がこの城へ来た目的なのだから……。

このところ毎日のように投石機から放たれた岩が唸りをあげてこの城を襲うようになった。最初は丸い石の砲丸であったものが、日を追うにつれ岩塊が混じるようになり、今では飛んでくるものは石や岩の塊ばかりとなった。
城壁越しに巨大な石魂が間断なく飛来するや、あたりはまるで地獄絵の様相を呈する。城内は、女や子供たちの泣き声やわめき声に覆われ、庭のあちこちで男女の完徳者が、醜く手足をもがれた騎士や、半ば押し潰された女性に臨終の救慰礼を授けているのが見られる。飛んできた岩塊に直撃され、頭が兜ごと肩へめりこんだようになった兵士の死骸さえ見られるようになった。
騎士を含め二百五十人近くいた戦闘員が、今では六十名足らずになっている。
誰がこんな事態を予想しただろうか。城は、モンセギュールという急峻な岩山の頂にあって、四方はほぼ垂直に近い断崖。誰もが難攻不落と信じて疑わなかった。
事実、昨年の五月、青地に百合の花の王旗をなびかせた十字軍がモンセギュールを取り囲んで以来、一万もの大軍が、非戦闘員も含め、わずか五百人足らずの籠城軍に手も足も出せず、半年あまりの間、いたずらに包囲するばかり。ついには糧食の心配までする始末だ。確かに一万もの軍勢を食わせる糧食となると並大抵のことではない。
それに引き替え、我々籠城側ときたら、秋に雨が降ったおかげで水は十分にあり、かねてから備蓄を心がけていたため食料不足の心配もない。それどころか抜け道を通って、不足するものは僅かでも運び込むことができた。これでは、たとえ五年を包囲されたとしても十分耐えることができたであろう。
事実、このまま行けば、聖王ルイの十字軍は撤退するしかなかった。
しかし裏切りがあった。カタリ派の仲間から裏切り者が出るとは考えもしなかったが、この裏切りによって抜け道の一つが押さえられ、攻城軍は、バスク地方の山岳兵を動員するや、ついに前哨を落とすに至ったのだ。前哨が落ちるや、アルビ司教の考案になる投石機が運びあげられ、六十ポンドから八十ポンドにおよぶ石の砲丸や岩塊が、連日、難攻不落の城塞に打ち込まれることになった。
間断なく続く砲撃の前に、誰の目にも開城間近なことは明らかだった。
……が、それでも我々は、更に二ヶ月を持ちこたえた。そして投石機粉砕を狙った決死の出撃が失敗に終わったとき、籠城側の主立った者たちは和平交渉を申し出る決定を下した。昨夜、この戦いの指導者であるピエール・ロジェとラモン・ド・ペレラによって降伏条件が皆の前に提示された。
「異端、ならびにカタリ派の信仰を放棄せぬ者は火刑台へ送るものとする。残余の者全員に関しては、己の過失を衷心より告白することを条件に、身柄を拘束せぬものとする。戦闘員に関しては、武器所持品携帯のうえ自由に退去するを認め、アヴィニョネの殺害事件への関与を問わぬものとする。この条件を受け入れる場合は、今日より数えて十五日目に城を明け渡すものとする。」
アヴィニョネの殺害事件というのは、一二四二年五月に起こった異端審問官の殺害事件のことである。トランカヴェルの反乱、レイモン七世の挙兵と続いたとほば同じころ、トゥールーズとカルカッソンヌとのちょうど中間くらいにある小村アヴィニョネで、滞在中の異端審問官の一行二名がことごとく惨殺された。しかもこの事件には、のちにモンセギュール寵城の戦術上の指導者となるピエール・ロジェが首謀者として名を連ね、実行グループにはモンセギュール居住の騎士たちが加わっていた。恨み重なる審問官の惨めな死に、ラングドックの民衆はいっせいに歓呼の声をあげたものだが、この虐殺事件をきっかけに、第二次アルビジョア十字軍の攻撃が開始されたのだ。
にもかかわらず、和平条件では「アヴィニョネの殺害事件への関与を問わぬ」とある。
前回の第一次アルビジョア十字軍の際、カタリ派の皆殺しが叫ばれていたことを思えば、異例なまでに寛大な条件であった。それは聖王ルイの威光と言うよりは、一万にもおよぶ攻城軍が十ヶ月にわたる包囲戦で、予想以上に疲弊していたことが、その寛大さの原因であろうと思われる。
私はその夜、このモンセギュールの領主の娘であり、熱心なカタリ派の信者であった、エスクラルモンドから次のような決心を打ち明けられた。
彼女は、私がフォアの住民に紛れ、このモンセギュールへ避難してきたときからの知り合いだ。
モンセギュールは恐ろしく切り立った山で、標高一〇〇〇メートルの頂きに目的の城がある。そして城に至る抜け道は険しく、聾でびっこの私には相当こたえる。
というのも、みんな前を向いて歩いているため、後ろから励ましの言葉をかけてもらっても分からないのだ。お陰で私は、みんなから愛想の悪い男だと思われたに違いない。
びっこの私を哀れんで助けてくれようと声をかけた人も、無視されたと思い、怒って追い越していく始末。そんな次第で皆からは遅れ、たった一人で、抜け道をやっとのことでよじ登ってきた。しかし、最後の登り口が険しくて、どうしても手に負えない。途方に暮れた私を、一人の女性の手が引き上げてくれた。それがエスクラルモンドだった。
驚いたことに、彼女は騎士の身なりをしていた。
いや間違いない。あの手は、いやあの顔だちは間違いなく女性のものだった。
彼女が、笑顔で何か言った。しかし、暗くて唇が読めない。
「ミミガ・キコエナイ・ノデス。」
彼女は驚いたような顔で私を見つめた。
「クラクテ、クチビルガ、ヨメナカッタノデス。ナント、オッシャッタノデショウ。モウイチド、オオキク、クチヲヒライテ、ハナシテイタダケマセンカ。」
エクスクラルモンダは言った。口を大きく開けて、
「モンセギュールへ、よ・う・こ・そ!」
これが彼女との出会いだった。

彼女が私に、「どこから来たのか」と訊ねたことがあった。
フォアの町では見かけたことがないというのだ。それに私の話し言葉は、おかしなアクセントには違いないが、それでもラングドックの訛りではないという。
エスクラルモンドは、男勝りだけでなく、観察力が鋭く賢い女性でもあった。
私はパリの修道院から逃げ出し、南フランスまで流れて来たこと、カタリ派のことをもっとよく知りたいのだということを話した。それは嘘ではなく、自分の本当の気持ちだった。ただ、フランス国王ルイとの出会いや、自分がレイモン七世の隠された息子であることは話さなかった。言っても誤解を招くだけだと思ったからだ。
以来、エスクラルモンドは、機会を見つけては、耳が聞こえず、うまく言葉も話せない私に根気よくカタリ派の教えを伝えてくれた。カタリ派の教えを聞くにつけ、私の心の中に(カトリックの教えは、本当のことを伝えるよりも、教会の権威を、目に見える典礼やミサの形で定着させようとしているに過ぎないのでは……)そんな疑問が渦巻きはじめた。

「私は救慰礼を受けることを決意しました。」
城を明け渡すことが伝えられたあの夜、エスクラルモンドは、私にそう語った。
救慰礼(コンソラメントゥム)とは、帰依者が完徳者の列に参入しようと望む際に執り行われる儀式のことを言う。カタリ派は、カトリックの豪華な教会や秘蹟と称する儀式的なものすべてを排除した。ただ、この救慰礼という簡素な儀式だけは残した。
これは、神と福音に身を捧げようと決意した者に執り行われる儀式であって、その決意を確かめた後、「油で調理された野菜や魚以外の食品は一切、肉もチーズも食べないこと」を約束し、同様に「虚言を吐かぬこと」、「誓いを立てぬこと」、「肉体の交渉に身を委ねぬこと」、「火、水その他いかなる形の死をもって脅かされようとも教団を捨てぬこと」が約束させられる。約束が済めば、志願者は主の祈りを唱え、次いで完徳者が志願者の頭に手を置き、書物(福音書)を載せた後、志願者を抱擁し、その前にひざまずく。列席者一同も同様に志願者の前に膝をかがめ、これで儀式は終了する。
約束は厳しい内容であり、欺瞞は許されず完全な遵守が必要となるが、ただ一般信徒に強要されることはなく、どんな生活をしようと自由であり、それによって軽蔑されることも『道徳的不行跡だ』と叱責されることもない。自分がその時期に来たと思う者、もしくは決意を固めた者が、その旨を完徳者に願い出てこの救慰礼を受けることになる。
ただエスクラルモンドをはじめモンセギュールの城に立て籠もった者にとって、和平交渉の決まったこの時期に「救慰礼」を受けるということは、城の明け渡し後、火炙りになることを決意したも同じである。
私にはそれが分からなかった。生きてさえいれば、どんなことをしてでも教えを語り継いでいけるではないか。生きていればこそ、それが可能だ。死は消滅であり、敗北でしかない。死んでしまって、何を伝えるというのだろうか。
そんな気持ちを、私は彼女に伝えた。
「トマス、あなたの気持ちはうれしい。でも、それは所詮、私の肉体を案じてのこと。私の本質は肉体ではありません。肉体は仮のもの、その奥深くに隠された霊的な魂こそが本当の私なのです。人間の魂はあまりにも強く物質に隷属したままなので、もはや自分の起源が神にあるという認識を忘れてしまっているのです。自然なままの状態では、人は無知のままでいようとします。認識する力が失われているのです。伝えることが目的ではなく、私が自分の内なる魂に気付くことが目的なのです。」
(火に焼かれれば、気付くというのですか。火炙りになれば、自分の本質は神だったという認識に到達できるとでもいうのですか……)
私には、自分の中に渦巻くそんな思いを言葉にすることができなかった。どもるばかりで思いがうまく言葉になってこない。
「……それに生きて教えを伝えていく人たちも決まっております。もうその方々は、別の抜け道を使って、このモンセギュールから抜けていかれました。その方々は、このカタリ派の聖なる書物や財宝の在処を知る方々です。
トマス、あなたもそうなのですよ。あなたは、生きて私たちのことを後世に伝えていく方、それこそあなたが、今ここにある目的ではないのですか。」
「チ、チ、チガイマス! 私ハ人質トシテ、パリノ修道院ニ預ケラレテイタモノ。フランス国王ノ命デカタリ派ヤ、ソノ教エヲ信ジル人タチノコトヲ知ルタメ、コノ城ニ遣ワサレタ者……」
「分かっています。レイモン伯に仕えておられた方々もこの城にはおられます。その一人の方は、あなたを人質としてパリへお連れしたことを覚えておられました。その方が申しておられました。あなたの面影は忘れられない。あれはレイモン伯の隠されたご子息トマス殿に間違いがないと……」
「………………」
「フランス国王が、あなたをここへ遣わされたのではありません。あなたはご自分の内なるものに突き動かされて、このモンセギュールへ来られたのです。そんなあなただから、託したいのです、この『マリアの福音書』を……。
マグダラのマリア様が、イエス様の生の声を伝えた書物、私たちの宝です。この城を出られるとき、あなたにこれを持っていってもらいたいのです。」
(……あなた方には宝であっても、私には負担でしかありません。それに、これを守り通すことなど出来そうにありません。)
「そのときが来たら、棄ててくださってよいのです。焼き捨ててもかまいません。あなたがそう思ったら、思ったようになさってください。福音書と言っても所詮は形です。それを残すことが目的ではありません。あなたの中に本当のものが残っていくこと、それがあなたを通して流れていくこと、それが私たちの望むことです。カタリ派という名前なぞ消えてしまっていいのです。イエスという名前さえ消えてしまっていいのです。本当のものが、いえ、本当のものがあるということ、そして、それを知りたいという、その思いさえ残せれば……」
異教徒やサタン以外に「イエスの名が残らなくていい」などという人間が、どこの世界にいるというのだろう。頭では、「これは神への冒涜だ」と思いつつも、私の心はそれを受け入れている。心のどこかで「そうだった、そうに違いない」という思いがあふれてくる。
私は心の中で聞いてみた。
(……でも、それならなおのこと、自ら火炙りになるのは間違いだと思いますが。)
「私は棄てたいのです。怖いという気持ち、なんとか肉を守りたいという気持ち、肉体にまつわる様々な思いを棄てていきたいのです。」
彼女から答えが返ってきた。
こうして私は、エスクラルモンドの差し出す「マリアの福音書」を受け取ることにしたのです。しかし、こんな覚え書き、もうどこへも出すことはできないだろう。もし、誰かに見られでもしたら、間違いなくこちらが火炙りだ。この城を出たら、パリには帰らず、「カタリ派からの改宗者」として、どこかの修道院に身を隠して生きていく以外にはなさそうだ……。



「モンセギュールは正しきキリスト教徒の最後の砦……。それが潰されようとしている。
死ぬのは怖くはありません。どうせ、この世はサタンの造った世界。そんな悪の世界を離れるのに、何の未練がありましょう。肉体はサタンのもの、そんな肉体を苦しめ何が面白いというのでしょうか。魂こそが真実、魂こそがすべて。私は、この魂を救うために、肉体を捨てていきます。
でも、苦しい。肉体が音をたてる、ジュウジュウと音をたてる。目が、目が瞑れない。誰か助けてください。私の身体が焼けてゆく。誰か助けてください、早く死なせてください、早く、早く死なせてください。早く意識がなくなってほしい。早く肉体の苦しみから解放されたい……。
炎が、炎しか見えません。あたり一面が真っ赤、真っ赤なんです。あー、早く死にたい。早く死なせてください。早く、早く、早く……」

炎の中で死んでいった人たちの苦しみが伝わってくる。どうしたらいい、どうしたらいい。俺にどうしろというんだ。俺にどうしろという。
あの光景が忘れられない。いつまでも俺の眼の奥に焼き付いている。
いやだ。俺はあんな死に方はしたくない。何があろうと、あんな死に方はしたくない。たとえ、この世がサタンのものであろうと、俺にはできない。あんな死に方はできない。

「あートマス、助けてください。こんな死に方はいや。こんな死に方はいやです。
炎の向こうに、トマス、あなたの顔が見えます。
トマス、トマス、あなたは笑っているのですか、それとも泣いているのですか。
トマス、みんな間違いでした、すべてが間違いでした。炎の中に救いはありません。死によって救われるなんて、嘘、みんな嘘でした。死ねば肉体から解放される。そう、死にさえすれば救われるんだって。死ねば救われる。死ねば肉体から解放されるって、そう思っていました。
でも、いつになったら死はやってくるのでしょう。いつになったら安らぎに包まれるのでしょう。ああ、こんなに苦しんでいるのに。これだけ苦しんでいるというのに、死はやってこない。死は迎えに来ない。いつまでこの中にいればいいのでしょう。
誰か、誰か、殺してください、トマス、殺してください。」

私はこの叫び声をずっと心の中に聞いていました。怖い、怖い、こんな死に方はしたくない。あー、あの声が追いかけてくる、殺してくれと追いかけてくる。
あの者たちの声が聞こえた。あの炎の向こうに、あの苦しそうな顔が見えたとき、私の心の中に焼かれて死んでいった人たちの声が響いてきました。
みんなの声が響いてきました。エスクラルモンドの声が響いてきました。
「こんなはずじゃなかった……」って。


トマスは、エレオノーラから差し出された手記を読み終え、深い溜息を付いた。
前に座っているエレオノーラの顔が、見も知らぬエスクラルモンドの顔とだぶり、その顔が炎の向こうから笑いかけたように思えた。
(やっとこの炎から救われます。)
トマスには、そんな声が聞こえたように思った。
「これはメディチ家に伝わった写本を私が書き写したものです。原本は、南フランスのとある修道院に『マリアの福音書』とともに隠されていたのを、ドミニコ会の異端審問官が見つけヴァチカン図書館へ納めました。」
トマスは、エレオノーラの声に再び現実に引き戻された。
「ヴァチカンの中にも、教皇さまの周囲にも、私たちの仲間はいます。」
「アレッサンドロ枢機卿さまのように?」
「そう。でもそれが誰なのか、私には分かりません。一人は、シクストゥス教皇様の秘書官だった方。この方は『シクストゥス聖書』改訂の過労の中でお亡くなりになられました。もうお一方、『シクストゥス聖書』の秘密を握っておられる方がおられるようなのですが、アレッサンドロさまにもお分かりではないようです。すべてを把握しておられたフランチェスコ大公さまもビアンカさまも、そのことを明かされる前にお亡くなりになりました。ベラルミーノ枢機卿様も、このことに薄々気づいておられ、密かに捜索されておられるご様子です。このことがプロテスタントの方々にでも漏れたら、ヴァチカンにとっては大打撃ですから。」
そう言いながら、エレオノーラは一枚の紙片を取り出した。
「このメモをあなた方に託します。ビアンカさまから『もし、私の身に何かあったら』と託されたものです。」


ベラルミーノ枢機卿

ベラルミーノ枢機卿が密かにフィレンツェを訪れた。
彼を乗せた馬車は、サン・ジョルジョ門からフィレンツェ市街へ入ろうとはせず、その手前の道を左に取るや、まっすぐにベルヴェデーレ要塞へと向かった。ここは一五九〇年にベルナルド・ブオンタレンティの手により、フィレンツェを政敵の攻撃から守るべく設計されたものだが、今やメディチ家の私的避難場所として使われている。

「アルメーニは何か吐きましたかな。」
トスカナ大公フェルディナンドが部屋に入るなり、ベラルミーノが声をかけた。
「さすがアレッサンドロ枢機卿が見込んでスイス衛兵隊から引き抜いた男、いかように責めても一言も口を割りません。しかし、カトリック教会の良心と言われたお方、そのご到着第一声にしてはあまりに率直、あまりに無粋な……」
「カトリック教会を守るため。なりふり構ってはおられませんでな。」
「いかにも。このフィレンツェとて、いまやヴァチカンとは一体の身。アンリとマルグリットの離婚が成立するからには、なんとしてでも我が娘マリーを次のフランス王妃に据えねばなりません。ヴァチカンと、このトスカーナ公国が一体となってこそ、フランスの新教勢力を押さえられるというもの。」
「それを、シクストゥスの亡霊……というよりカタリ派の亡霊が、またぞろ頭をもたげはじめた。シクストゥス聖書のことが新教側に知れれば、ヴァチカンの権威は根本から揺さぶられることとなる。ようやく落ち着きはじめたフランスも、そうなれば、どこへ転げ出すか分かったものではない。カトリックの根本であるローマ教皇が異端だったなどと……」
「カトリック教会を守るため、教皇まで毒殺されたお方……いや、これは失礼いたしました。根も葉もないことを……。とはいえ、このフェルディナンドとて、実の兄であるフランチェスコ一世とその后を毒殺いたしております。まさにヴァチカンとトスカーナは一心同体と申せましょうな。」
そのとき、重い木製のドアをノックする音が響いた。
ドアを開けるや血の匂いが広がった。
「……申し訳ありません。アルメーニが亡くなりました。」
拷問係の血に染まった皮の前掛けが、アルメーニの凄惨な最期を物語っていた。
「何も吐かずにか?」
「はい、トマスの護衛としてフィレンツェへ遣わされたこと以外は。」
「責めてみてどのように感じた。」
「あの男は何も知らないように思います。知っていて隠し通そうとしている感じではありません。顔を見れば分かります。」
「そうか、ご苦労だった。死体はアルノ川へ棄てよ。……すぐ見つかるよう、重りは付けるではないぞ。日本から来た猿どもにも警告は必要であろう。」
フェルディナンドはベラルミーノの方に向き直ると
「こうなっては異端にことよせ、直接、エレオノーラを責めてみるしかなさそうですな。」
「彼女はしゃべらぬであろう。これ以上無駄な血を流すより、トマス等の監視をおこたらぬことだ。それが一番の近道。」



トマス等がオノフリオ修道院を後にしたのは、もう夕方近かった。とはいえ、この時期、陽はなかなか沈まず、まだ昼のような明るさではあったが。
待っているはずのアルメーニの姿がない。バルトロメオが、真っ先にアルメーニのいないことに気付いた。気にはなっていたのだが、アルメーニのことだ、頃合いを見て先に引き上げるだろうと、別に心配もしなかったのだ。それが、今になってみると、なぜか不安を払いのけることができない。
「こんなところで、いつまでも待ってられませんよ。きっと修道院に先に帰っていますって……」
ミゲルが暢気そうに言うが、バルトロメオは何か釈然としない。
トマスが、そんな不安に終止符を打った。
「何があるにせよ、まずは修道院に帰ろう。すべてはそれからだ。シクストゥス聖書の重要な手がかりだって、我々の滞在するサン・ロレンツォ修道院の図書館にあることが分かったんだ。まずは帰るべきだよ。」

今や、エレオノーラから彼女の知るすべてが知らされていた。ローマンカトリックが、イエスのみを『神の子』とするのに対し、「イエスの説いた教えはそうではない。すべての人が神の子であり、神を外に求めるのでなく『内在する神』を自分の中に感じ、霊的な自分に目覚めていこうというのがイエスの説いた教えであり、イエスはそのことを伝えるために肉体を持ったのだ」という考え方があったこと。そして、こうした立場は異端とされ、弾圧されてきたこと。このため、それらの教えは形を棄てることによって、あるときは「マニ教」という教えとなり、あるときは「グノーシス主義」という形をとり、また「カタリ派」という形となり、「ルネサンス」という精神の中に、「宗教改革」という形の中に、すべてのもののなかに内在することを目指してきたということ。
そして、ルネサンスの頃、メディチ家の初代コジモによって『プラトンアカデミー』が創設され、そのグループに属する哲学者や錬金術師、科学者たちの探求の中で、漠然としたこのような流れがあることが明らかになった。コジモは、これら真実を知ろうとするムーブメントを庇護するべく、『インクナブラ』という秘密結社を結成した。
その名は「印刷の揺籃期」を表しており、その目的と活動は、真実を活字に残すこと、および真実を追究しようとして出版された世界中の書物の収集と保護、そして真実を追究しようとする「人」と「団体」を支援することにあり、個人的には、その学習を通して「人生の真の目的」に自らが気付いていくことにあった。
この流れは、大きな広がりを見せ、形にとらわれないことから、本人もそれと知ることなくその流れの中に巻き込まれていることもしばしばであり、シクストゥス五世の場合が、その最たる例であった。彼はノストラダムスによって教皇への野心をかき立てられ、『インクナブラ』の創設者であるメディチ家の後押しによってローマ教皇となった。
そして彼がローマ教皇となったとき、彼の周りには、彼が最も信頼したアレッサンドロ・オッタビアーノ・デ・メディチ枢機卿がいた。彼もまた『インク・ナブラ』の会員である。そればかりか、彼の秘書官までが、その会員であった。
ただし、その全貌を知る人は少なく、シクストゥス教皇の秘書官にしたところで、自分が所属しているのは、かつて滅びた『カタリ派』の隠れた信奉者の団体であると信じて疑わなかった。
彼は『聖書』の改訂作業にあたり、その作業の中で「イエス自身が神の子であるばかりでなく、すべての人が神の子であり、神とはすべての人の心の中に内在するものだ」という内容や、その他の関連する字句・聖句を挿入させてしまった。
言葉の海の中に一度紛れ込むと、なかなか見つけることが困難となる。それも竜巻スタイルと言われた殺人的スケジュールの中で、しかも最終校正後に挿入されると、その発見は不可能と言ってもよかった。その作業の後、校正係をした件の秘書は、過労から帰らぬ人となった。こうして『シクストゥス聖書』は「充溢せる使徒の力により、ここに宣告し、宣言する。この版は――主からわれわれに与えられた権威によって認可されたものであり、したがって真実かつ合法的なるものとして受け入れられねばならず、公共的ならびに私的な論争、説教、解釈において、疑問の余地なく拠り所とされねばならない」というお墨付きのもと、世の中に出ることになった。
……が、唯一、このことに気付いた人物がいた。それが教会博士であるロベルト・ベラルミーノ枢機卿であった。このような聖書が出回れば、宗教改革でプロテスタントとカトリックが対立する中、ヴァチカンの権威は失墜する。フランスでは聖バルテルミーの虐殺に代表されるようなユグノー教徒との紛争がようやく落ち着きを見せ、ヴァチカンの権威が復活したばかりだ。
今、この聖書が出回ればどうなるか。かといってローマ教皇は絶対であり、聖書もまた絶対である。カトリック教会を守るということは、他でもないローマ教皇と聖書の不可謬性を守るということに他ならない。
悩んでいるとき、まことに好都合なことにローマ教皇シクストゥス五世が崩御した。聖書が完成するなり、シクストゥスは死んでしまったのだ。あまりにも好都合であった。
ベラルミーノは、新教皇の就任を待たず、全ヨーロッパの異端審問所に命じた。
「シクストクス聖書を回収し焼却せよ」と。
そして、シクストゥスの竜巻スタイルを上回るスピードで改訂版を完成させた。それが二人の教皇の名前で出された『シクストゥス・クレメンテ聖書』である。
ベラルミーノは「先の『シクストゥス聖書』は誤植が多いため破棄し、この『シクストゥス・クレメンテ聖書』をもって教会の拠り所とする」と宣言した。
かくして、ローマンカトリックの歴史のなかで、彼等が異端として排斥した思想――「すべての人が神の子である」という教え――の挿入された、初めにして終わりであろうラテン語聖書が抹殺されてしまった。
ところが、そのシクストゥス聖書がまだ残されているという。
エレオノーラから託された一片の紙片。ここに『シクストゥス聖書』のみか『マリアの福音書』の在処を知る鍵が記されているという。やがて、そのことが明らかになろうとしている。



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