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ローマの地下水道

「ホテルには帰っていないそうです。」
電話をかけに行っていた通訳の男性が帰ってきた。
康男がを姿を消してすでに三時間がたつ。
康男の捜索のためにと、藤プロデューサーと、この通訳の男性が、ヴァチカンにとどまったが、三時間たった今も、その行方はようとして知れない。
「俺なら、みんなからはぐれちまったら、ホテルへ帰りますけどネ。今晩もあのホテルへ泊まるんだし……まだ帰っていないだけで、康男さんだってきっとホテルへ帰ってきますよ。」
そうだと思う、そうに違いないとは思うのだが、藤にはなぜか安心できない。
康男とは、今のプロダクションに入ってからの付き合いだ。といっても、まだ三年目に入ったところなのだが、ずいぶん長く付き合ってきたような気がする。
決してバリバリ仕事ができるというタイプの男ではないが、責任感だけは強い。この類の仕事では、その責任感の強さが却って仕事の邪魔をしている面もなきにしもあらず、要は手を抜くところを知らない。
「あれではいつか潰れてしまうのでは」と思うのだが、スタッフの連中は、ヤツのそんなところをを信頼している。
そんな康男が、みんなを引率していて急に消えちまうなんてことがあるだろうか。
……康男はそんな男じゃない。
藤には、康男が何かトラブルに巻き込まれたとしか考えられなかった。

藤信二――かつてはテレビ草創期に、反戦をテーマにした九十分テレビドラマを制作し、芸術祭賞を獲得した。当時としては画期的なことで、以来、仕事にはめっぽう厳しく、若いスタッフやタレント連中からは、鬼藤として恐れられ今日まで来た。が、それがなぜか長年住み慣れたテレビ畑から身を引き、CMプロダクションのプロデューサーとして再出発することになった。
しかも東京から離れて、大阪支社の勤務を希望したという。
様々な噂や伝説と共に、藤が大阪支社に姿を見せた頃、康男は一年の進行助手の期間を終え、制作進行として一本立ちすることになった。
その最初の仕事が、地方の電力会社のテレビCM、このプロデュースを担当したのが、藤信二だったというわけだ。
企画的には別段これといった目新しいものはない。が、いくつかの厄介な問題が課せられていた。一つは山間を縫うように立つ送電線の鉄塔――この空中撮影が問題となった。この地域は、二つの電力会社の送電線が入り組んでおり、他社の送電線が写らないことが絶対条件とされた。目印となるのは、送電線の鉄塔の形。鉄塔先端のアームに、鬼のように小さな二本の角が突き出ているかどうかで見分けが付くという。
二つ目の課題が、海岸部に建てられた火力発電所の撮影。運行はストップできないが、時節柄、煙突から煙が出ているのが写るのは困るという。環境破壊の原因みたいな印象を与えたくないというのだ。かといって部分撮影でごまかすことは出来ず、火力発電所の全景が必要だという。
一つ目の問題は、フィルム編集の段階で何とかなるだろう。
厄介なのは二つ目の問題だ。この頃の火力発電所の煙突というのは、煙をモクモク吐き出すなんてことはまずない。濾過されて大気を汚すこともなく、煙と言ってもほとんど肉眼では分からないぐらいなのだ。……が、フィルムに写るとやはり煙は見えてしまう。かといって操業は中止できない。
苦肉の策で、一時間ばかりギリギリまで発電量を押さえてもらうこととなった。
これならどんなに頑張って煙を見ようとしても、肉眼では見えない。カメラマンもOKを出し、ファインダーを覗いたディレクターもOKを出した。
こうして一月にわたる長期ロケも無事終了し、スタッフ一同、意気揚々と大阪に帰ってきたのだが、ラッシュフィルムを見て皆が愕然とした。
確かに煙は写っていない。しかし、煙突の上の空気は熱せられているため、その部分だけが陽炎のようにユラユラ動いて見えるのだ。
案の定、広告代理店のOKは出なかった。それから二時間近く、試写室は対策会議の場に変わった。撮り直しても、これ以上は期待できない。静止画像にしてしまうという方法もあるが、これだと違和感が付きまとう。一分のコマーシャルフィルムでは映像が命なのだ。
カメラマンやディレクターの意見が一渡り出きったところで、康男が藤プロデューサーに向かってポツンと言った。
「煙突から上、ちょん切っちゃったらどうなんでしょう」
なるほど、最も原始的で、最も効果的な案に違いない。煙突のてっぺんギリギリのところでトリミングしてしまう。これなら不自然さもないし、取り直しも、特殊処理も必要がない。一番安上がりで効果的な方法だった。
出来上がったフィルム試写では、スポンサーからも代理店からもクレームは付かなかった。
以来、藤の仕事には必ずと言っていいほど、康男が制作進行として付くことになった。
しかし、機転が利くと思ったのは、あのときが最初で最後だった。
「あいつは俺が仕込まないと、この世界じゃ食っていけない。」
それが藤の口癖となった。

康男は仕事がないとき、広告代理店の八階にもうけられたスタジオへよく行く。そこを根城にしている美術(要は大道具)の連中と雑談するのが好きだった。特にスタジオのホリゾントに背景を描いている美術の伊牟田さんは、若い頃、画家を志望したそうで、よくラファエロやボッティチェルリの作品について話してくれる。
ルネサンス美術の話をするとき伊牟田さんは人が変わったようになる。スタジオのホリゾントの壁に向かい、まるでそこに「ヴィーナスの誕生」や「キリストの変容」が飾られてでもいるかのように滔々としゃべり出す。康男にはあまりよく分からない話なのだが、伊牟田さんがそんな話をするときの熱っぽさが好きだった。
その日もフィレンツェの話を聞いているときだった。
藤さんが、ひょっこりスタジオに現れ、康男に「話がある」と言う。伊牟田さんは気を利かして美術室へ戻ってしまった。
二人になると、いきなり藤プロデューサーは用件を切り出した。
「おまえ、少しは貯えはあるのか?」
「少しは……」
こちらの懐具合でも心配してくれているのか、いつもの「生活設計」などというお説教話がはじまるのかと思っていると
「三十万ほど、用立ててくれ。必ず利息を付けて返すから」と言う。
「そんな金、ないですよ。十万が目いっぱいです!」
「十万か? まあいい、その金、俺に貸してくれ」
藤さんなら大丈夫だろう。いつも世話になっているし、よく飲みにも連れていってもらう。「いいですよ」と気安く返事を返すやいなや、照れ隠しか、難しそうな顔をして、メモを取り出し、何かを走り書きして康男に渡した。
「金を下ろしてここへ届けてほしい」
「今すぐですか?」
「ああ、急いでいる……」

何がなにか訳が分からず、ともかく言われた場所へやってくると、そこは町金融の事務所。渡した十万円は、藤プロデューサーの借金の利息として消えた。
康男は、藤プロデューサーが東京を離れた理由が分かったような気がした。いつもおごってもらっていて偉そうには言えないが、金遣いがやたら派手なのだ。連れて行ってもらうのは、いつも会員制のクラブ。
そこでバニーガールの娘たちに向かってお説教を垂れる。
「人間というのは、お天道さんが昇って働き、お天道さんが沈んだら休むもんだ。こんな仕事、人間のする仕事じゃないぞ」と始まって、最後は、自分のつくったドラマの自慢話。「○○テレビで鬼藤と言やあ、知らないヤツはいなかったんだ」という展開になる。
康男にとっては、飲みに連れていってもらうより、借金を返してくれた方がありがたいのだが、それから一年以上経つが、返してくれる気配は微塵もなかった。
その代わりでもないだろうが、仕事の上ではよく面倒を見てくれたし、また信頼もされていた。

(ヤツはどうしちまったんだ。どこへ消えちまったんだ。)



康男は道を失った。
地下水道はやがて足場がなくなり、かといって水に浸かるのもためらわれた。ここまで来るまでに枝道が二カ所ほどあった。一番近い枝道のところへ戻るしかないだろう。そう思って、枝分かれした地下道を進んできたのはいいが、今度はペンライトの電池が心配になってきた。弱々しい灯りの中に進む方向を確認したうえで、ペンライトのスイッチを切り、手探りで進む。しばらくして、またペンライトのスイッチを入れ、進む方向を確認する。
そんな繰り返しでここまで来たが、ここがどこなのか、ただ闇があるだけ……。水の音も聞こえなくなっていた。
何度か目にペンライトのスイッチを入れたときだ。
頼りない灯りが、若い女性の姿を照らし出した。
彼女は突然の灯りに驚いたかのように、康男に向かって振り返った。まぶしそうに眉を寄せたその顔は、まるで興福寺の阿修羅像を思わせるような初々しい美しさに溢れかえっていた。
彼女は、康男にかすかに微笑むと、灯りの輪の中から消えた。
髪を包み込んでいるのは飾り頭巾だろうか、ローブと同じ布が、ターバンのように顔を縁取っており、それが整った少年のような顔立ちを一層際だたせていた。
…………
あの顔にも、あの中世風の装いにも見覚えがある。
どこで見たのだろう。
あんなイタリア人女性を知っているはずもないし……
何より、一体、なぜこんなところに。
康男は、ぼんやり湧きあがってくるそんな疑問を、脇に押しやるようにして彼女を追った。地上へ戻れるかも知れない。いや、きっと帰れる。
彼女を追いかけるんだ


ベアトリーチェ・チェンチ

遅い昼食を済ませ、伊牟田がスタジオの一角を囲っただけの自室へ帰ってくると、小さなソファーに、普段は顔を見せたこともない小山田支社長が座っていた。貧弱な応接テーブルは、美術関係の本に占領されている。小山田は、その一冊を手に取り、見るでもなくページを繰っていた。
「康男がローマで行方不明だ。」
小山田は、伊牟田のほうを振り向くでもなく、画集のページに目を落としたままつぶやいた。 
「エッ、ローマで何があったんですか?」
「俺の方が知りたいよ。藤君からついさっき連絡が入ったばっかりなんだ。」
「ローマは、今、明け方六時頃ってとこですか。」
「サン・ピエトロの見物中に行方が分からなくなった。昨夜はホテルへも帰ってこなかったって言うんだ」
「…………」
「ロケ隊は、今日、ローマから帰途に着くが、藤君は残ると言ってる。事件に巻きこまれてなきゃいいんだが……ところで、君は普段から康男とは仲が良かったねぇ。何か、最近、変わったことはなかったかい。」
「特には何も気付きませんでしたが……」
「そうか、ひょっとしたらローマへ飛んでもらうかもしれんが、何か思い出したら教えてくれ。」
小山田はそう言い残すと、部屋を出ていった。
伊牟田は、小山田の見ていた画集に目をやりドキリとした。その開かれたページには、グイド・レーニ作「ベアトリーチェ・チェンチ」の肖像と言われる画が、その問いかけるような目を伊牟田の方に向けていた。

康男にこの画について訊かれたのは、康男のローマ行きが決まってすぐの頃だから、もう半年近くにもなるだろうか。
伊牟田の美術室は、康男の隠れ家でもあり、何かあるとすぐにこの部屋へやってくる。あの日も、伊牟田がスタジオのホリゾントに青空のバックを描いていると、いつの間に来たのか、真っ青な顔をした康男が後ろに佇んでいた。
「だいぶ参っているようだな。まあ、コーヒーでも入れるから飲んでいけや。」
伊牟田は仕事の手を休めると、スタジオの隅にある自分の部屋へ康男を誘った。
「ローマ行きが決まってから、妙な幻覚を見るようになったんです。」
みすぼらしいソファーに座るや、康男はこんな話をした。

その日、康男は太秦の東洋現像所へ仕上がったフィルムを取りに行き、その足で広告代理店の試写室へと向かった。試写室と言っても映写技師などという便利な人間はいない。制作進行が何から何までやる。企画段階では、プロデューサーの助手としてスタッフの間を走り回り予算を算出し、撮影に入る前にはロケハンから撮影交渉と準備に奔走し、撮影に入れば演出助手兼スタッフの小間使いとなり、撮影が終われば、フィルムの運び屋から映写技師までやる。
映写室にはいると、康男は三五ミリフィルムを納めた銀色の缶を開けた。缶の中にはぎっしりと巻かれたフィルムの固まりが黒々とうずくまっている。撮影フィルムをポシに焼いただけで、編集の手も加わっていないし、まだスタッフの誰も見ていない。康男はガーゼにパラフィン油を染みこませると、その黒い固まりをそっと拭い、缶から取り出し映写機のフィルムケースへと収めた。
「準備OKです!」映写室の窓から試写室のスタッフ連中に声をかける。
「じゃあ、回してよ」と、カメラマンの声。
灯りを消し、映写機のスイッチを入れ、光源を閉ざしている仕切り板のレバーを倒す。
灰色に沈んでいたスクリーンが急に輝きだし、そこにCMのために撮影された映像が音もなくひろがっていく。
「このカット使えるよ、よく雰囲気出てるよ。」
「このあとにも予備のカット撮ってるんだけど……」
「いいネ……ああいいよ、これ」「山ちゃん、どう? これ使おうよ」
試写室の中は、急ににぎやかになったり、と思うと、また静かになったりを繰り返す。
やがて一巻目のフィルムが終わり、スクリーンが真っ白となった。いつもならカシャッという音ともに光源に蓋がされ、穏やかな闇が戻ってくるはずなのに、今日に限っていつまでも真っ白な光がスクリーンの上を踊っている。
「おーい止めてよ。次のフィルム回してよ!」
たまりかねてカメラマンが映写室に声をかけた。
反応はない。映写機は空回りを続け、スクリーンは真っ白く輝いたままだ。
「おーい康男ちゃーん、何やってんだよ! 寝てんじゃないの!」
映写室をのぞいたカメラマンは、異様な光景に思わず息をのんだ。
康男が口から泡を吹き、苦しそうに倒れている。目はひっくり返って白目をむいており、身体は硬直したように痙攣している。

「あれから、おかしくなったんです。」 
「おまえ、テンカン持ちだったのか?」と聞かれても、康男自身、あんな発作を起こしたのは初めてだった。だから、どう答えていいのか分からない。
ただ言えるのは、康男はあのとき、試写室のスクリーンに別のものを見ていた。
真っ暗な地下世界。石牢のような独房。急に広がる目眩くような白日の世界。その中で、一人の男が絶望的な目を空に向け炎に巻かれてゆく。何かモザイクがかかったようなぼやけたような映像。それでいって圧倒的な存在感を伴った映像。
それからというもの、この夢ばかり見るようになった。
夢の中では、中近東風だったり、ヨーロッパ風だったり、日本の田舎のような風景だったりする。その中を、康男は道に迷って彷徨っている。石を組んだ上に漆喰を塗り固めた粗末な建物、その間を何かを探しながら歩いている自分。そのうち、ここを行けばあの地下世界へ行くと分かっているのだが、どうしても他の道が選べず、そこへ向かっていく自分がいる。イヤだと思っているのに、行きたくはないのに……。
そこで、あの少女と出会った。少女は、あの地下牢へ自分を誘っていく。
「イヤだ、行きたくない、行きたくない!」と思いつつ、足は逆らうことができず、そちらへと向いていく。
そこで汗ビッショリになって目が覚める。
「あー夢だったのか」と、ひとまずは安心するのだが、眠りに就くと、またまた続きの夢を見たりする。
「トマスアラキです……」
「トマス、不可解な名だ……君はどのトマスになる気だ?」
声が聞こえているわけではないのに、目が覚めると、なぜか、その会話だけが、ぼんやりした少女の顔とともに自分の中に残っている。
夢ばかりか、以来、よく金縛りにあうようになった。
寝不足で、机でウトウトしだすと、たちまちそれは起こってくる。体中がしびれて動けなくなり、頭の中に荒い映像が展開していく。
地下へ降りていく長い階段。それを降りていくと、たくさんの人たちが集まっている広間へと出る。あの少女もいる。トマスという日本人青年も、ブルーノという哲学者もいる。その中の若いイタリア人が口を開いた。
「俺は拷問の末に、木槌で頭を割られて死んだ。」
その話とともに、目の前のスクリーンにその様子が映し出される。
血にまみれたその青年が、処刑台に頭を押さえつけられている。青年の目の前には幼い弟が怯えたように兄の目を見ている。彼は、そばの修道士に、弟をこの場から遠ざけてほしいと必死で懇願している。しかし、修道士は首を横に振るばかり。
絶望が青年の顔を覆う。
その途端、大槌が、その頭めがけて振り下ろされる。
飛び散った血が、スクリーンから飛び出し、康男の顔にかかった。
「ウワーッ」
叫び声が、金縛りを破った。
編集室での出来事だ。幸いエディターもディレクターも昼食に出かけ誰も彼の異変に気付いたものはいなかった。

「俺は狂うんだろうか?」

康男は、編集室を抜け出し、その足で伊牟田の部屋を訪ねたのだった。
ひとしきり喋ると、康男の顔に赤みが戻ってきた。
康男にとって伊牟田は不思議な存在だった。なぜか彼と話していると気持ちが落ち着いてくる。それは多分に彼の妻、清花の存在によるところが大きい。元はストリップダンサーだったといい、それを伊牟田が通い詰め、妻にしたという。
清花は伊牟田以上に不思議な人だ。悩み事を彼女に話しているうちに、それが大したことではなかったと思えてくる。彼女が何か言ってくれるわけでも、何かしてくれるわけでもないのに……。
康男が伊牟田と話して落ち着くというのも、伊牟田の背後に清花がおり、伊牟田を通してその清花と話をしている、そんな感じなのだ。
「このコーヒーうまいですね。」
「当たり前だ。へそくりで買ったエスプレッソ・マシンで淹れたんだからな。」
「あれ、家に置いてたんじゃなかったんですか?」
「清花に邪魔だからって、捨てられそうになった。だから、ここへ持ってきたんだ。」
「清花さんなら、本当に捨ててしまうかも知れませんね。」
先ほどの落ち込みがどこへ行ったのかと思えるほどの回復ぶりだ。
 
康男は気分が落ち着くと、散らかったテーブルに開かれた一冊の美術全集に目が行った。
そこに、あの少女の顔があった。
少年のようなキリッとした顔だち。その頭を白い頭巾が覆い、顔だちを一層引き立てている。その少女が、今、机の上に開かれた本の中から康男に微笑みかけていた。

「ベアトリーチェ・チェンチだ。」
二杯目のコーヒーを運んできた伊牟田が、美術全集に向ける康男の視線に気付いて答えた。
「ローマへ行ったら実物を拝めるかもしれんな。スペイン広場から少し行ったところにパラッツオ・バルベリーニという宮殿がある。コルトーナ描くところのだまし絵の天井フレスコ画があるので有名だが、その二階にあるのが国立絵画館だ。俺も行ったことはないが……でも想像して見ろよ、その回廊には十三世紀から十六世紀の絵画、フィリッポ・リッピ、エル・グレコ、ラファエロ、カラバッジオ等々……そんなすごい奴らの絵がズラッと並んでいるんだ。その回廊の一番奥、まるで闇の吹き溜まりのような場所に、グイド・レーニの描くこのベアトリーチェ・チェンチの肖像画が飾られている。」
康男は、今にも何かを語りかけてくるかのような、その肖像をマジマジと見つめた。
「実の父親を殺した悲劇の美少女として知られている。」
「父親を殺したんですか?」
「ひどい親父だったらしいぞ。暴力は振るう、女遊びはする。侍女に手を出すのはあたりまえ、あげくは実の娘のベアトリーチェにまで手を出す始末だ。ベアトリーチェは思いあまって、兄や義母とはかって、彼女に思いを寄せるオリンピオとかいう男に親父を殺させたという。これが発覚し、ベアトリーチェをはじめ、チェンチ家の主立ったものが裁判にかけられた。彼女はあくまで無罪を主張したが、ついにサンタンジェロ橋の広場で一族のほとんどが処刑された。その美貌と毅然とした態度に、ローマ中の人が彼女を支援し、諸外国の外交使節までが、ローマ教皇に赦免願いを出したらしい。……が、すべて無視された。貴族は拷問されないことになっているが、その特権もローマ教皇によって取り上げられたという。ひどい話だ、今なら父親の暴力に対する正当防衛という弁護の仕方もあるだろうに……」
「伊牟田さん、詳しいですね。」
「スタンダールの受け売りだよ。このセンセーショナルな事件は、芸術家や文筆家の想像力をいたく刺激したようだ。スタンダールは、この事件から『チェンチ一族』という短編を書いたし、イギリスの詩人シェリーは四幕ものの悲劇『チェンチ』を著し、絵画でもこのレニをはじめ、ポール・ドラローシュやアントワーヌ・ド・ギニが、薄幸の美少女を題材とした絵を描いている。」
「いつの時代のことなんですか?」
「彼女の処刑されたのは一五九九年九月、この四ヶ月後には、同じサンタンジェロ城に幽閉されていた哲学者ジョルダーノ・ブルーノが火炙りにされている。」
ブルーノという名前を耳にした途端、康男の全身に鳥肌が立ち、またぞろ金縛りにあうのでは……そんな恐怖心が広がった。
康男は、夢や幻想に登場してくる少女、そのぼんやりした輪郭を思い浮かべ、そのイメージを画の少女にかぶせてみた。
(彼女だ。間違いない。)
「どうした、また真っ青だぞ。」
「大丈夫です。あれは起こらないみたい。」
「なんだ、あれって?」
「いえ、なんでも……それより、伊牟田さん、そのスタンダールの『チェンチ一族』って持ってたら貸してほしいんですけど。」
「残念だけど持ってない。でも、会社の資料室にあるはずだぞ。」
その言葉を背に、康男は伊牟田の美術室を後にしたのだった。

伊牟田は思った。この話、支社長に話すべきだろうか? 半年前のことだし、あれ以来、康男は落ち着いたようだ。女房の清花とも話したようだが、彼女も「康男さん、もう大丈夫ね」って言ってたんだが……。


ジョルダーノ・ブルーノ



1599年2月、ローマ サンタンジェロ城塞

サンピエトロ寺院の東にカステル・サンタンジェロという巨大な城塞がある。もとは古代ローマのハドリアヌス帝の霊廟として造営されたものだが、中世から近世にかけては、ローマに一朝有事の際は、ローマ教皇の隠れ場所として使われていた。現に一五二七年には、クレメンテ七世はドイツ皇帝カール五世の半年に及ぶローマ略奪をこのサンタンジェロで耐え忍んだ。
さて、サンピエトロ寺院の左翼、教皇宮殿から一本の回廊がカステル・サンタンジェロへと続いている。人はこれをヴァチカン回廊と呼び、教皇は危険にさらされたとき、この回廊を渡ってサンタンジェロへと避難した。
ところで、サンタンジェロにはもう一つの顔がある。
異端審問所の牢獄としての顔である。
サンタンジェロは、大ざっぱに二つの部分からなる。一つは巨大な円形の土台部分。かつては霊廟として機能した部分だ。その円形の土台の上に、後世に造られた建造物が載っている。土台部分の内部は土と厚い石の壁に包まれ暗く陰湿で、その上に増設された建造物の部分は、少なくとも明るい陽射しの中で輝いている。「地下の迷宮」と「地上の楽園」とでも言うような感がある。そして異端審問所の牢獄は、地下迷宮とも言えるこの土台の胎内に、暗くうずくまるように存在していた。
ジョルダーノ・ブルーノは、この牢の一つに囚われていた。
ローマカトリックに対する異端の罪で捕らえられ、過酷な取り調べの中、すでに八年が過ぎようとしている。今も今とて、凄惨な「徹夜の刑」から解放され、ブルーノは牢の隅に死んだように横たわっていた。それは、後ろ手に縛られた両腕を、一昼夜にわたって綱で宙づりにされるというもの。その間、眠ることも許されず、短い中断の時でさえ、刃物のついた椅子の上に降ろされ、気を抜くことさえ許されない。拷問がおわったとき、ブルーノは気を失ったまま元の牢獄へと引きずられてきた。
どれぐらい気を失っていただろうか。ブルーノは寒さと強烈な肩の痛みで目を覚ました。どうやら左肩の関節は脱臼しているようだ。見ると、傍らにはパンと水だけの粗末な食事が置きっぱなしになっている。ブルーノは痛みをこらえ、水の入れ物ににじり寄ると貪るように水を飲みパンをかじった。冷え切った水が、体の震えに拍車をかける。

……足音が聞こえる。
ブルーノは耳をすませた。真っ暗な闇の中で、体中の感覚が異様に研ぎすまされ、男たちの様子が手に取るようにわかる。人数は二人……獄吏の足音ではない。あたりに気を配りながら、幅広の石段を、そっと足音を忍ばせながら登ってくる。恐らくサンピエトロの地下墓地から秘密の地下通路を伝って、このサンタンジェロへと忍び込んだものだろう。
……とすると、一人はバルトロメオに違いない。私生児だというが、フィレンツェのメディチ家につながる人物らしく、同じメディチ家から出たアレッサンドロ枢機卿を後ろ盾にしているようだ。
彼は、監視を買収したのか、それともアレッサンドロ枢機卿の手が回っているのか、易々とこの城塞に忍んできてブルーノに教えを乞うた。深夜のサンタンジェロ城で、この厚い牢獄の扉越しに、顔も知らない青年に「絶対的一者」や「宇宙の無限」を説く。おそらくはブルーノにとって、これが最後の授業となるだろう。
しかし、将来、枢機卿を目指そうという男が「自然魔術」や「宇宙の無限」に熱心に耳を傾けるとは……。見つかれば異端者として捕らえられかねない。下手をすれば火炙りだ。その点では確かにメディチ家の血を引いているのだろう。かつてメディチ家のロレンツォは、キリスト教という権威に対抗するかのように、フィレンツェを人文主義学問の拠点に仕上げてしまった。華麗な教会建築や美術のパトロンとしての隠れ蓑をまとってはいたが……。
そのバルトロメオが「会ってほしい人物がいる」と言ってきた。聞けば、遠く日本から来たと言い、確か、名をトマスアラキと言った。



ちょうど角を曲がった所から、足の裏に伝わってくるものが、土から固い石の感触へと変わった。 その途端、康男は先ほどからひっかかっていた凝りがスーッと解けていくのを感じた。
間違いない、あの少女はベアトリーチェ……ベアトリーチェ・チェンチだ。心のどこかで薄々そうだとわかっていたが、「まさか」という思いで打ち消してきた。今、それが一瞬の閃きとともにストンと心に落ちてきた。
と、同時に康男は康男でなくなっていた。自然に、あまりにも自然に「トマス荒木」という人格に移行していた。移行したということすら意識にのぼることはなかった。康男、いやトマスは、自分の前を行く一人の男(バルトロメオ)の後を追っていた。

見れば、バルトロメオの差し出す手燭に、ゆるい勾配の石段が照らし出されている。その石段を数段上がったところで、バルトロメオは立ち止まった。そして、後に続くトマスの方を振り返ると、左手の壁の上方へと目を向けた。その目線を追うように手燭が持ち上げられると、そこに鉄格子の填められた小さな窓が照らし出されている。
その窓は、手を伸ばしても届かないような高さにあり、中を覗ける訳でもなく、かと言って、こんな地の底で明かり取りであろうはずもない。恐らくこの小さな窓が、牢内の澱んだ空気を入れ換える唯一の換気口なのかも知れない。
バルトロメオの視線が再びトマスをとらえ、彼の注意を今度は前方へと導いていく。燭台の明かりが壁を這い、その明かりの行き着いたところに鉄金具で補強された黒い木製の扉が浮かび上がった。
これがブルーノの幽閉されている牢獄の入り口だ。
トマスはバルトロメオに促され、扉の前へと進んだ。扉には黒い鉄の閂がかけられ、頑丈な錠が下ろされている。バルトロメオは、燭台を足下に置くと扉をそっと叩いた。
「バルトロメオです」
「………………」重苦しい沈黙が流れた。
ややあって
「待っていた……日本からの客も一緒か」
苦しそうな声が、扉の下の方から聞こえてくる。
おそらくは扉に凭れかかるようにして屈み込んでいるのだろう。扉越しに体の位置を整えようとする様子が伝わってくる。その途端、「ウーッ!」と押し殺したような苦痛の叫びが上がった。
「すまない。一日中、吊されていた。どうやら左肩の関節が脱臼してしまったようだ」
「師よ、大丈夫ですか……」
「大丈夫だ。話しているほうが気が紛れる。まずは日本からの客人の声を聞かせてほしい。」
「……トマス、トマス荒木と言います。」
「トマスか……不可解な名だ。イエスの弟子の中で、インドで殉教したと伝えられ『黄金伝説』にも名をとどめているが、実はヴァチカンが異端と退けた最初の男、それがトマスだ。もっともヴァチカンは『トマス福音書』の存在を隠し続けており、隠蔽が続く間は、トマスもまたヴァチカンにとって聖人であり続けるわけだが……。逆に三位一体というカトリックの中心的な考え方を定着させた男、彼もまたトマスと言った。俺が若いころ尊敬したトマス・アキナスだ。かと思えばカトリックに背を向けるトマス・モアのような人文主義者もいる。君は一体どのトマスになるつもりなのか?」
押し殺したような声と共に、扉の内側からは、時折、苦しそうなうめき声が漏れる。
「…………」
「まあいい。まずは、君がなぜ日本から来たのか話してくれ。今の俺にとって、好奇心こそ最良の気付け薬なのだから。」


ペレイラの夢

トマスとミゲルが、はるばるローマへ渡ってきたのは、コレジオロマーノで学び宣教師に叙階されることも勿論だが、何よりもイエスの生涯とその教えを日本語に翻訳するため、そのテキストとなるべき聖書を持ち帰るためであった。
そして、この企画を支えたのが長崎内町の乙名衆(町年寄り)の一人であり、朱印船貿易家として名を馳せた末次興善とその子平蔵である。
末次興善、もとは平戸・松浦藩、木村家の出だと言われる。平戸の木村家と言えば、ザヴィエル以来のキリシタン信者で、この血筋からは、日本人として最初に神父に叙階されるセバスチャン木村や、アントニオ木村、マリーア木村デ村山等々、日本の殉教史に名を残す多くの人々を輩出している。
興善自身は、血のつながりから博多の豪商末次家を継ぐことになるが、彼自身も博多や秋月にあって、バリニャーノ神父やフロイス神父等の宿主をつとめるほどの熱心なキリシタンであった。彼の時代になって、「これからの貿易は南蛮貿易だ!」と、当時、長崎甚左右衛門によってイエズス会に寄進さればかりの、岬の地「長崎」へと進出した。
というのも「長崎」がイエズス会に寄進されるや、ポルトガル船は、イエズス会の肝いりで、平戸を捨て長崎へと入港するようになっており、しかもポルトガル商人に対するイエズス会の影響は大きく、イエズス会神父の斡旋なくしては、日本人商人はポルトガル船が舶載した生糸一本手に入れられないという状況だったのだ。
このため、多くの商人が長崎に集まり、多くの教会が長崎に出来、多くの商人がキリシタン信徒になった。そして、これら商人の手によって長崎の町が形作られていった。
ザヴィエル以来のキリシタンであり、博多の有力な貿易家でもあった末次興善が、町おこしの中心になったことはいうまでもない。
こうして長崎の町は、当初、教会領としてスタートし、南蛮貿易を目指す商人たちによって大きく発展してきたわけだが、この現状を朝鮮出兵のため肥前名護屋に滞陣していた豊臣秀吉が知った。日本の統一を目指す為政者にとっては、日本国内に、ローマ教皇に属する教会領が存在すること自体、由々しき問題であった。
秀吉の脳裏には、かつての主君であった織田信長と、加賀の国を拠点に宗教独立国を目指す石山本願寺との間の凄絶な争いが、まだ悪夢のようにこびりついている。
「いかん、絶対に許すことはできん! 長崎を天領(幕府直轄領)とせよ!」
というわけで、長崎は幕府直轄地として召し上げられることになった。
もちろん、ポルトガル船の寄港地として使うことは大歓迎。従ってキリスト教も黙認ということになる。下手にキリスト教を禁じて、貿易がストップされては困るのだ。
このような利害関係の輻輳する長崎において、末次興善は、その「扇の要」的存在であった。ザヴィエル以来の熱心なキリシタンとして、イエズス会、ひいてはポルトガル商人とつながり、朱印船貿易家としては、長崎奉行や西国大名の投資を引き受け、長崎内町乙名としては、長崎商人の利益を代弁する立場にあった。息子平蔵の代になると、長崎代官として、江戸幕府の命令伝達者としての立場が加わることとなる。

そんな興善のもとを、年老いたポルトガル人宣教師が訪ねてきた。名をギリエルモ・ペレイラという。日本人以上に日本語をよく話すと言われた人物で、興善ともよく気が合った。
かつて、リスボンの孤児院から、東方での布教活動に励む神父たちの下働きをするよう、たくさんの少年たちがインドへと送られてきたが、ペレイラも、そんな孤児たちの一人だった。
ペレイラは、今でもリスボンの港から、インドへと出発した日のことを、よく夢に見る。送る者、送られる者がリスボンの埠頭で、お互い二度と会えないことを分かりながら、「きっとまた会おう」と励まし合った。乗船してからも、少年たちの弾く楽器の調べが風に乗っていつまでも聞こえ続けていた。今も、あのときのもの悲しい調べがペレイラの耳に焼き付いている。
そんなペレイラが、興善のもとを訪れた理由は、興善も支援している加津佐セミナリオにおける出版事業のことだ。
かつて少年使節としてローマへ渡った中浦ジュリアンやドラードを中心に、不干斎ファビアンやペレイラといったセミナリオやコレジオの教師連中、それにトマスやミゲルら生徒たちが一つになっておこなっている日本語活字による出版活動。
その究極に目指すところが、イエスの生涯が語られている新約聖書の日本語版。
かつてジュリアンらは、ローマで、シクストゥス五世から、完全なラテン語聖書をキリスト教世界へ送り出すという教皇の夢を伝えられた。
日本語に訳すテキストとして、どうしてもシクストゥス聖書を手に入れたい。
しかし、今のイエズス会は、
「日本人は宣教師とするより、同宿として教会の下働きをさせることが向いている。彼らは野心的でキリストの教えを自らの出世のために利用する。宣教師になりたがるのもそのためであり、彼らには高尚なキリストの教えを理解できない。むしろその奥義を教えれば、野心的な彼らは、キリストの教えをゆがめ伝え、別の宗旨を創りだすことであろう」と、日本人を蔑むばかりか、警戒しており、この計画に協力してくれるどころか、かえって邪魔さえしかねない有様だ。

「セミナリオで学ぶ日本の青年を、何名かローマへ送ってはいかがでしょうか?」
興善がいきなり答えを返した。
「少年では、時々の判断が要求されるこの仕事の役に立ちますまい。かといって、あまり歳のいっている人間でもいけませんなあ。感受性が強く、しかもラテン語をよくしゃべれる青年が必要になります。」
ペレイラは、我が意を得たりとばかりに
「おります。トマス荒木という青年、彼は日本へ来ているどんな宣教師にも負けないぐらいきれいなラテン語を話します。それにミゲル後藤、彼はラテン語ではトマスに及びませんが、父の宗因から印刷術について手ほどきを受け、印刷のことに関しては、若い連中の誰にも負けないでしょう。」
「ミゲルというと、日本語を活字化した、あの後藤宗因の倅ですか?」
「そうです。あの後藤宗因です。」
「……それは都合がいい。あの男なら後藤庄三郎とも縁続きだ。」
後藤庄三郎というと、後には、金座・銀座を預かり、家康のブレーンの一人となる人間――つまり家康の経済顧問団の一人になるような人間なのだ。
「ローマへ行く費用、私どもが出しましょう。」
「ただし、ひとつ条件がある。」
途中から座に加わった興善の息子、末次平蔵が初めて口をきいた。
彼は後に、長崎代官村山当安を陥れ、自ら長崎外町代官の職を奪い取ることになる人物である。
「無事日本へ帰られたら、ローマで、またその道中で見たこと、聞いたこと、すべての情報を、まず、この末次平蔵に伝えてほしい。ローマのことばかりでなく、ポルトガルや他の国々、例えばエスパーニャ(スペイン)のこと等も出来るかぎり知りたい。条件は以上だ。」
「出来るかぎりでよろしいのです。どこまで調べてほしいということでなく、ローマで見たこと、聞いたことを、土産話にまず息子の平蔵に話してやっていただければ……、私は、その頃まで生きてはおれませんでしょうなあ。イエス様に聞くほうが早いでしょう。まあ、パライゾへ行ければの話ですが。」


消えたシクストゥス聖書

こうしてトマスとミゲルはローマへとやってきた。
日本のイエズス会は、この動きをローマのイエズス会本部へ伝えていた。
「日本人を信用なさらないように」と。
しかし、イエズス会総長アクアヴィーバはこの報告を無視した。
「日本にイエス様の生涯を伝えたい、イエス様の教えを伝えたいという日本の人たちの思いを、私は捨てておくわけには行かない。」

二人がローマに着いたとき、イエズス会総長アクアヴィーバは、トマスらを呼び寄せ、日本語に翻訳するためのキリスト教書籍の選択とそのテキスト収集に全面的な協力を約束してくれた。
そして、その目録作成の指導に、イエズス会の教会博士ロベルト・ベラルミーノ枢機卿を付けるという破格の待遇を準備してくれた。日本のイエズス会が、日本人を蔑視し、
「聖書の翻訳など問題にならぬ」「日本人に彼らの言葉で書かれた聖書など与えた日には、何をしでかすか分かったものではない。彼らに都合のよい解釈を与え、新しい宗派さえつくりかねない」「日本人は教会の下働きに使っておればよいのだ」……
そんな態度を取ったのとは、大きな違いがあった。
トマスらはコレジオ・ロマーノでの学習のかたわら、日本へ持ち帰るべきキリスト教文献の目録作成を進めることになった。これについてのベラルミーノ枢機卿の援助指導は徹底しており、ヴァチカン図書館の利用は言うに及ばず、利用したい図書館があれば便宜を図ってくれるばかりか、個人の蔵書でも閲覧を希望するものがあればどんどん申し出るようにという。
「そのためにはまず学ぶことです。学べば学んだだけ、あなた方が必要とする書物が見えてくるはずです。今は何が必要なのか、何を翻訳すべきなのか、まだ分からないはずです。まずは学ぶのです。まずは何事にも動じない信仰心を培うことです。」
ベラルミーノの指導は彼らの生活面にも及んだ。普通、枢機卿が、しかも教会博士と言われる人が、一介の学生の生活にまで関与すると言うことはない。それだけ「日本語版聖書」への思い入れも強かったのだろうが、それにしてもその配慮の細やかさには舌を巻くばかりだ。「最初は何かと疲れるだろう。しばらくは日本人二人だけの部屋にしてやってほしい」と言うかと思うと、後のことになるが、今度は、「コレジオの規則や生活に詳しくラテン語に精通した古参の学生と部屋を一緒にさせるように」という具合だ。
やがてトマスらがコレジオ・ロマーノでの生活にもなじんだ頃を見はからい、ベラルミーノは二人をコレジオの図書室へと連れだした。
かねて手配してあったのだろう。図書室の一番奥の机には、既に一冊の聖書が用意されていた。ベラルミーノは、二人をその席に案内しながら思った。
(実際、シクストゥス教皇はよくやった。今のこのローマで、シクストゥス教皇の息のかかっていないところなどあるだろうか。サン・ピエトロのドゥオーモは言うに及ばず、ローマの主要な場所に建てられたオベリスク、更には水道、下水道に至るまで、今、目にするローマの形すべてにシクストゥスの息がかかっている。)
しかし、この聖書だけは違った……。シクストゥスが何よりも心血を注いだのは、ウルガタ聖書(ラテン語聖書)の改訂だった。
本来なら、今ここに置かれてあるべき聖書はシクストゥス教皇が改訂したものであるはずだ。かつてシクストゥスが
「充溢せる使徒の力により、ここに宣告し、宣言する。この版は……主からわれわれに与えられた権威によって認可されたものであり、したがって真実かつ合法的なるものとして受け入れられねばならず、公共的ならびに私的な論争、説教、解釈において、疑問の余地なく拠り所とされねばならない」
そんな大勅書を発してまでカトリック世界に使用を命じた彼の聖書は、今やただの一冊も残っていない。二人の前にあるのは、シクストゥス=クレメンテ聖書として、クレメンテ教皇の代に大幅に造りかえられたものだった。
トマスにはそれが不思議でならなかった。なぜただの一冊すら残っていないのか。普段、優しく指導してくれるベラルミーノ枢機卿も、シクストゥス聖書のことを訊ねると、急に人が変わったようになってしまう。
ベラルミーノは、二人を席に座らせると、
「あの聖書は誤植が多すぎるため廃版になりしました。次のクレメンテ教皇のとき、シクストゥス=クレメンテ聖書として改訂版が出されました。今ここに用意したものがそうです。イエス様のご生涯を日本語に訳されるには、この版をテキストに使われるとよいでしょう。」
言葉は穏やかだが、そこには、冷たく聞く者をたじろがせるような威圧感が感じられた。
しかし、トマスはたじろがなかった。
「シクストゥス様の作られたものは、一冊も残っていないのでしょうか?」
「このシクストゥス=クレメンテ聖書として残っております。」
「いえ、そう言う意味でなく、シクストゥス聖書そのものが一冊も残っていないのかということなのですが……」
「ありません!」
「どうしてただの一冊さえも残っていないのでしょうか?」
「……このことについては、これ以上、話すことはありません。あなたは服従ということをもっと学ぶべきです。今、あなた方の目の前に死んでしまった聖書でなく、現にカトリック世界を動かしている生きた聖書があります。あなた方はこの生きた聖書を日本の信徒の方々に伝えるべく、このローマまではるばる来られたのではなかったのですか。トマス、あなたは言われた。たとえ聖書全体の翻訳が無理だとしても、イエスさまのご生涯だけは日本の言葉で日本の信徒の人たちに伝えたいのだと。私は、そんなあなた方の、いえ日本の信徒の方たちの思いに動かされてこの仕事を引き受けたのです。さあトマス、ミゲル、あなた方の仕事を始めなさい。二人でどこまで出来るか、イエス様のご生涯を日本語に置き換えるのです。」
こうして二人の仕事が始まった。コレジオでの学習の合間を縫うように、日本語に持ち帰るべきキリスト教書籍の目録づくり、そして新約聖書の日本語訳……。
以来、トマスはこのシクストゥス聖書について忘れようとするのだが、何かが引っかかっているようで、どうしても忘れることができない。いつの間にか、そのことに対する疑問が、心の奥底に蜘蛛の巣を張ったように居座ってしまった。
「シクストゥス聖書はどうなったのだろう。いくら誤植が多いと言っても、ヴァチカン図書館にさえ一冊も残っていないというのはどういうことだろうか……」
後藤ミゲルも同じことを考えていた。
「俺だって見てみたい。誤植が多いなら多いで、出版に携わる者として参考にしたい。シクストゥス聖書とシクストゥス=クレメンテ聖書を並べて、どこがどう変わったのか比べてみたい……と言っても、俺はおまえのようにラテン語が達者じゃないからな。」



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