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登場人物一覧

日本側の主な登場人物

トマス荒木/荒木了伯 一五七四年、荒木忠通と時子の長男として摂津に生まれる。荒木村重の謀反で両親を失い、父の友である高山右近の手で、安土のセミナリオの一期生となる。十七歳のとき、ミゲル後藤とともにローマに留学すべく日本を離れ、十九歳のとき、リスボンに到着。留学の目的は、司祭に叙階されることはもちろんだが、新約聖書の日本語訳とその出版のため、その底本となる「シクストゥス聖書」をはじめキリスト教書籍を日本に持ち帰ること。しかし、完成したはずの「シクストゥス聖書」は一冊も存在せず、その謎を追究するうち、キリスト教世界の闇に深く関わっていく。一六一五年、日本に帰ったトマスはキリスト教を捨て、キリシタン詮議役人として、六十七年の人生を終える。

ミゲル後藤/後藤了順 生没年不詳。長崎の富商であり、西洋印刷術の版元となった後藤宗印の息子。後の長崎内町乙名・後藤庄三郎の弟でもある。歴史上は、一六一四年のキリシタン大追放の際、マニラに追放され、一六一八年にマニラで司祭として叙階され、その後、日本に布教のため潜入し捕らえられ棄教したとされている。
 この物語では、トマスと共にローマに渡り、トマスと共に「シクストゥス聖書」の謎に取り組むという設定。

荒木忠通・時子 トマス荒木の両親。荒木村重の家老・荒木久左衛門が若い頃、領内の百姓の娘に生ませたのが忠通という設定。高山右近を師とも友とも慕い、その影響で夫婦でキリシタンに改宗する。主君荒木村重が信長に謀反におよぶや、息子トマスを右近に託し、自らは夫婦共に籠城戦で討ち死にする。

荒木久左衛門 元は池田久左衛門 荒木忠通の父であり、荒木村重の家老。元々は池田姓で池田勝正に仕えた池田二十一人衆の筆頭だったが、池田家の内紛後に荒木村重に臣従。村重の謀叛では有岡城を守備し、村重の尼崎移動後、荒木村重と謀り、織田軍に対し、尼崎城の村重に降伏を勧める風を装い、荒木家の主力を逃亡させた。

中浦ジュリアン
/(一五六八年頃~一六三三年) 天正遣欧使節の副使。ジュリアンは洗礼名。肥前国大村領中浦村領主の子。ローマ滞在中、病に苦しむジュリアンをグレゴリオ十三世はことのほか気にかけ、単独の謁見を許したほど。そのグレゴリオ十三世の崩御に当たってジュリアンは病を押して葬儀に参列する。この箇所は史実にはない創作だが、このエピソードによって、当時のローマ市民にとってローマ教皇はどんな存在だったのかを浮き上がらせる。「ローマの人は、教皇様を信じちゃいないんだね……」

高山右近/(一五五二~一六一五) 安土桃山時代~江戸時代初頭の代表的なキリシタン大名。天正六年(一五七八年)、右近が与力として従っていた荒木村重が信長に反旗を翻した。その際、キリシタンを守るため、右近は信長に従うこととなったが、生き残った荒木家家臣とその家族の誅殺を命じられ苦しむ。親友荒木忠通の一子トマスをかくまい、安土にセミナリオが出来ると、トマスを、その院長オルガンティーノに託す。秀吉、家康の時代には禁教政策のため、明石、金沢と転々とし、一六一四年のキリシタン大追放の際、マニラへ追われ、翌年同地で没している。

 
末次興善・平蔵 長崎の朱印船貿易家父子。父興善は、平戸木村氏の出。秋月・博多に勢力を有する豪商末次家に養子として入り、ポルトガル貿易で賑わう長崎へ進出。同地の内町乙名としてまた朱印船貿易家として活躍。子供の平蔵の代には、長崎外町代官村山当安を陥れ、自ら外町代官職に就き、長崎内町・外町を支配下におさめる大商人になる。ヨーロッパ世界の情勢を知るべく、トマス荒木のローマ留学を経済的に支援する。

菓子屋九介・千代 九介は、村山当安から南蛮菓子の手ほどきを受け、当安の肝いりで店を開くに至った。妻の千代も、「女房なしでは店の信用も……」ということで、やはり当安の世話で、後藤宗印の娘千代をもらうこととなった。夫婦ともどもキリシタンだが、特に千代は、宗印の娘ということもあり、子供の頃からキリシタン版の印刷とも関わりを持ち、トマスを兄のように慕っている。キリシタン書物の多くを諳んじており、「生きて教えを伝えるため」とトマスから諭され、一時、心ならずも背教を装おうが、トマスから預かったローマから持ち帰った「シクストゥス聖書」が、九介の店から発見され、今度こそはと夫婦共に殉教の覚悟をかためる。

オルガンティーノ神父/(一五三三~一六〇九) ニエッキ・ソルディ・オルガンティーノは、一五三三年、北イタリアのカストで生まれ、二十二際でイエズス会士となり、一五七〇年に来日し、一六〇九年四月に長崎で病没した。人柄が良く、日本人が好きだった彼は「うるがんばてれん」と慕われ、三十年を京都で過ごす中、織田信長や豊臣秀吉など時の権力者とも知己となり、激動の戦国時代の目撃者となった。高山右近から依頼され、四十七歳で安土セミナリオの院長となるや、トマス荒木を、その第一期入学生として受け入れる。
 
ギリエルモ・ペレイラ修道士/(一五四一~一六〇三) ペレイラは生まれてすぐポルトガルはリスボンの孤児院(ペドロ・ドメネク神父の経営)に捨てられる。孤児院を経営するドメネク神父は、ポルトガル国王の命で、自ら養育する一六〇人の孤児の中から九名を選び、布教活動を手伝うためインドへ送る。ゴアとバセインとグランガノールのキリスト教学校に三名ずつが入学。そのなかに十歳になるペレイラ少年もいたが、十五歳のとき、彼はそこからさらに日本へと派遣された。日本に来て二年後(一五五八)、正式にイエズス会に入会する。語学に優れ、日本人より日本語をうまく話すと言われているが、ラテン語にも通じ、トマスにラテン語の手ほどきをし、「ローマで叙階されパードレになる」という自らのかなわぬ夢をトマスに託す。


イタリア側の主な登場人物

アレッサンドロ枢機卿 本名はアレッサンドロ・オッタビアーノ・デ・メディチ。後のレオ十一世(一五三五年~一六〇五年)。一七世紀初めのローマ教皇。教皇位をめぐりベラルミーノ枢機卿と争ったが、トスカーナ大公国のメディチ家とは遠縁に当たり、マリア・デ・メディチを妻としていたフランス王国のアンリ四世の後援を受けて教皇位についた。しかし選出のわずか二十六日後に世を去った。彼が教皇の座に就けたのは、トスカーナ大公国大公のフェルディナンド・デ・メディチの影響力が大きい。この物語では、シクストゥス聖書を探すトマス荒木を助け、サンタンジェロ城に幽閉されている哲学者ブルーノとの出会いや、フィレンツェのエレオノーラとの出会いを用意する。 

シクストゥス5世 本名は、フェリーチェ・ペレッティ・ダ・モンタルト。(一五二〇年~一五九〇年) 一六世紀後半のローマ教皇で、教皇領の治安回復、教皇庁の財政立て直しに辣腕をふるい、公共事業に惜しみなく投資して都市ローマを現代に近い形に整備した。批判も多いが、残した業績の大きさでは歴代教皇随一である。日本から来た天正遣欧使節の少年たちの「イエス様の生涯を日本語で表したい」という言葉に触発され、その元となるラテン語聖書の改訂を神からの声のようにとらえ、ほぼ単独で「シクストゥス聖書」を完成させる。

ジョルダーノ・ブルーノ/(一五四八年~一六〇〇年) イタリア出身の哲学者、ドミニコ会の修道士。それまで有限と考えられていた宇宙が無限であると主張し、コペルニクスの地動説を擁護したことで有名。キリストの神性を否定し、異端であるとの判決を受けても決して自説を撤回しなかったため、カンポ・デ・フィオーレで火刑に処せられた。この物語では、失われた「シクストゥス聖書」について、トマス等にサンタンジェロの牢獄から示唆を与える人物。メディチ家の「インクナブラ」という結社とも通じ、キリスト教の闇の部分についても把握しており、トマスに「真実は、宗教にとらわれている限りつかむことはできない」と言い残し、焼き殺されていく。

ベアトリーチェ・チェンチ/(一五七七年~一五九九年) イタリアの貴族フランチェスコ・チェンチの娘として生まれ、家族共謀して不道徳な父を殺したとして処刑される。ローマ市民は彼女の無罪を盛んに訴えるが聞き入れられず、サンタンジェロ橋で末の弟一人を残してことごとく残酷な処刑方法で殺される。以後、サンタンジェロ橋に現れる美貌の幽霊として有名。この物語では「シクストゥス聖書」とも深く関わり、ヴァチカンにとって最大の異端と言われたカタリ派キリスト教を信奉する一族となっている。

ノストラダムス/ミシェル・ド・ノートルダム(一五〇三年~一五六六年) ルネサンス期フランスの医師、占星術師、詩人。また料理研究の著作も著している。「ノストラダムスの大予言」の名で知られる詩集を著したが、彼の予言は、現在に至るまで多くの信奉者を生み出し、様々な論争を引き起こしてきた。彼が異端審問所からの呼び出しを逃れシシリーを旅していたとき、フランシスコ会士フェリーチェ・ペレッティ(後のシクストゥス五世)と出会い、彼が将来、ローマ教皇になることを予言する。この予言から、この物語は始まるとも言える。

ロベルト・ベラルミーノ枢機卿/ロベルト・フランチェスコ・ロモロ・ベラルミーノ(一五四二年~一六二一年) イタリア出身のイエズス会司祭で、ローマ・カトリック教会の枢機卿。カトリック改革に最も功労のあった枢機卿の一人。一九三〇年、聖人および教会博士に列せられる。ガリレオ裁判でガリレオを裁いたことでも有名だが、ジョルダーノ・ブルーノをも裁き火刑に処している。シクストゥス五世には嫌われ、彼の在位中は、避難を余儀なくされている。シクストゥスの死後、教皇在位中の労作「シクストゥス聖書」を誤植が多いという理由で回収し、「シクストゥス・クレメンテ聖書」を大慌てで発行している。また彼の主要著作である『異端反駁信仰論争』は有名で、キリスト教の教義論争に関してこの書にとってかわるほどの著作はいまだに現れていないと言われる。

エレオノーラ/エレオノーラ・デッリ・アルビッツィ(一五四三~一六三四年) フィレンツェで隆盛を極めたアルビッツィ家の令嬢として生まれる。しかしメディチ家の隆盛と前後してアルビッツィ家は衰退に向かい、エレオノーラが生まれた頃は、フィレンツェの名家としてのみ命脈を保っている。十四歳のとき、トスカナ公国のコジモ一世に見初められ愛人となるが、その後、ゴシップ封じのため不良貴族カルロに嫁がされる。そのカルロからもメディチ家のピエロとの浮気を理由に、姦通の罪を犯した者が入れられるという女子修道院に幽閉され、九十一歳で没す。

フランチェスコ1世/(一五四一~一五八七年) トスカーナ大公。コジモ一世とエレオノーラ・ディ・トレドとの子。 神聖ローマ皇帝フェルディナント一世の娘ヨハンナと結婚したが、妻が存命中から愛人ビアンカ・カッペッロをそばにおき、ジョヴァンナの急死後ビアンカと再婚した。政治からも遠ざかり、晩年は、別荘や実験室にこもりがちになり、フランチェスコが実験室で毒薬を製造し、ビアンカがそれを使用しているとまで市民に悪評が広まったことさえある。一五八七年、弟フェルディナンドがフランチェスコの別荘を訪れていたときに夫妻は死亡したという。この死に関してマラリアの説や毒殺の疑念もあったが、最近になってヒ素による毒殺であると公表された。真犯人はいまだ不明である。

 
ビアンカ・カッベロ/(一五四八年~一五八七年) トスカーナ大公フランチェスコ一世・デ・メディチの二度目の妃。ヴェネツィアの裕福な貴族であるカッペッロ家出身で、美女の誉れ高く後期ルネサンスの花と称される。十五歳で、ピエトロ・ボナヴェンチュリというサルヴィアーティ家に仕えるフィレンツェ人と恋仲になり、一五六三年十一月にフィレンツェへ駆け落ちするが、メディチ家のフランチェスコ一世に見初められ、愛人として迎えられる。フランチェスコには既にジョヴァンナという后妃がいたが、彼女が死ぬと、ビアンカが晴れて后妃として迎えられた。一般には悪女のように言われるが、権力者に振り回される女性の哀れさを身にしみて感じており、同じ境遇のエレオノーラの良き理解者でもあった。

コジモ一世/(一五一九年~一五七四年)初代トスカーナ大公。メディチ傍系であり、勇敢な傭兵隊長として知られた「黒隊長」ジョヴァンニと妻マリーアの子。ルネサンス期の女傑として知られるカテリーナ・スフォルツァの孫に当たる。一五三七年、フィレンツェ公アレッサンドロ(ローマ教皇クレメンス七世の庶子)が暗殺された後、十八歳のコジモがフィレンツェ公を継ぐ。ハプスブルク家の支援のもと、フィレンツェの中央集権体制を確立した。今日、我々が目にするフィレンツェを造りあげた英雄だが、晩年は女性に狂い、亡き妻が名付け親になった十四歳のエレオノーラさえ自分の愛人にしてしまい、その後はエレオノーラの従姉妹カーミラ・マルテッリに心が移り、エレオノーラは不良貴族に嫁がされる。

老コジモ/(一三八九~一四六四) コジモ・デ・メディチ ルネサンスの都フィレンツェを支配する豪商。大商人ジョヴァン・デ・ビッチの息子。コジモの時代、一時メディチ家は、アルビッツィ家を中心とした寡頭支配層に国外追放されていたが、翌年逆にアルビッツィ派が追放されて、コジモが復帰し、市の実権を掌握する。彼は民衆とも結びつき、都市の商・産業の発展に尽くし、芸術を愛好してドナテッロやフィリッポリッピを援助し、プラトンアカデミアを設立して、ルネサンス文化の発展にも尽した。死後「祖国の父」という称号が与えられた。


フランス側の主な登場人物

聾唖のトマス トゥールーズ伯レイモン七世の双子の子供の一人。一方は姉のジャンヌ、そして一方が弟のトマス。しかしトマスは三歳になっても口がきけず、生まれついての聾唖者であることが判明し、その時点で農家へ預けられる。当時、南フランスはカタリ派キリスト教が盛んで、フランス王国とヴァチカンは共同して、カタリ派撲滅のためアルビジョア十字軍を派遣する。この戦いで敗れたレイモン七世は、娘ジャンヌをフランス国王ルイ九世の弟アルフォンスに嫁がせるばかりか、トマスをもパリの修道院に預けるよう命ぜられる。その後、トマスは第二次アルビジョア十字軍の時、カタリ派に身を投じることとなる。
 
トゥールーズ伯レイモン七世/(一一九七年~一二四九年 ) 西はピレネー山脈の麓から東は地中海沿岸のコート・ダジュールに及ぶ南フランス一体を支配下に治める大領主。支配地域の広さもさることながら、この地は、地中海貿易の交易品を北欧につなぐ重要な位置を占めており、その経済的な繁栄がフランス王国に対抗させるだけの力を持たせていた。フランス王国としては、南フランスの制圧なくしてはフランスの統一はありえない。またヴァチカンは、この地にはびこる強大な異端カタリ派キリスト教を撲滅しなければならない。この二つの目的が、凄惨なアルビジョア十字軍の遠征につながっていく。

エスクラルモンド カタリ派の女性指導者の一人。フォワ公爵レイモン・ロジェの妹でジュルダン侯の未亡人。聾唖のトマスの理解者であり友となる。モンセギュール城陥落に当たっては、救慰礼を受け、火焙りになる道を選ぶ。トマスに「マリアの福音書」を託す。

ルイ九世/(一二一四年~一二七〇年) フランス王国カペー朝第九代の国王でルイ八世の子。死後、カトリック教会より列聖されSaintが称され、ここから、サン・ルイと呼ばれるようになった。ブルボン家の先祖でもあり、同家の王の多くがルイを名乗るのも彼に由来すると思われる。内政に力を入れ長期の平和を保った。彼の治世の間、フランス王国は繁栄し、国内外を問わず争いを収めるよう努力したためヨーロッパの調停者と呼ばれ、高潔で敬虔な人格から理想のキリスト教王と評価されている。カタリ派の討伐では、紛争後の南フランスを統治する必要から、トマスを密偵としてカタリ派に潜入させ、その宗教と文化を調べさせる。


現代の主な登場人物

康男 夜間大学に通いながら、大阪のCMプロダクションで制作進行として働いている。ローマロケのスタッフに決まった頃から、不思議な幻覚に悩まされ、ローマロケ中にも幻覚が再発し、サンピエトロ寺院で失踪してしまう。失踪している間、一六世紀~十七世紀を生きたトマス荒木の人生を追体験することとなる。

伊牟田 康男と同じプロダクションの美術部で働く。康男の年上の友人であり相談相手。元は絵描きを志望していたが、妻の清花と結婚するため、その夢を断念。ヨーロッパ美術に造詣が深く、霊感の強い妻の清花と共に、日本にあって康男の失踪事件を解決しようとする。

清花 父親の宗教狂いで家族が崩壊し、荒れた高校時代を送るが、担任の古野吉祥先生を知ることで立ち直る。生活のためストリッパーをしていたが、伊牟田に見初められ結婚。結婚後は、持ち前の感受性の強さもあって、見えない世界への感性を高めていく。康男の失踪では、意識の世界から康男の行方を探る。

藤信次 テレビ草創期からのプロデューサー。金遣いの荒さが災いし、東京から逃げるようにして大阪のCMプロダクションにやってくる。康男を可愛がり、「あいつは、俺が仕込まないと、この世界では食っていけない」と、自分がプロデュースする仕事には必ず康男を付ける。ローマロケでは、康男の失踪後、ローマに残り、日本の伊牟田と連絡を取りながら、康男の行方を追う。


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