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プロローグ

1614年 長崎

男の額にふわりと一片の雪が舞い降りた。雪は、淡く冷たい感触だけを残し消えていった。
男はふと足を止め、小脇に油紙の包みを抱えたまま夜空を見上げた。深夜のこととて人影もなく、すべての音や気配も絶え、墨を流したような空に、白い小さな点が次第に数を増してくる。目をこらしてじっと見ていると、まるで雪が落ちてくるというよりも、自分が夜空に吸い上げられていくような感覚にとらわれる。

どれくらいそうしていただろうか……。
こうしていると、すべてがとるにも足らぬ心配事のように思えてくるのだが……
しかし、この包み、いったい、どう処分したものだろう。
男の心の中にいつの間にか、ちっぽけで卑小な現実がムクムクとわき上がってくる。

男が盗みの罪で壱岐へ島流しとなったのは、もう十年も前のことだ。それがこの秋、将軍家光様に世継ぎが生まれたということで御赦免となった。幼名竹千代、後に四代将軍となる家綱の誕生である。
おかげで長崎に帰ることができたとはいうものの、まっとうな職にも就けず、年越しをひかえ、喰うに窮して本博多町で「加津佐」という南蛮菓子を商う一軒の菓子舗に目を付けた。地味な店構えにしてはよく繁盛しており、どこかおおっぴらで、警戒心がないというのか、要は盗みに入りやすい店のように思えたのだ。
男は「これを最後に」と自分に言い聞かせ、「加津佐」に盗みにはいることを思い立った。

ねらい通り仕事は難なく終わった。
……が、盗み出した品物の中にとんだやっかいなものが混じっていた。
屋根裏に大事そうに油紙で包まれた、訳ありげな包み。てっきり大事なお宝だと思ったのだが、持ち帰り開けてみればどうも「ご禁制のキリシタン」臭い。持っているわけにもいかず、かといって、燃やそうにも何かの祟りがあるようで、どうにも薄気味が悪い。思い悩んだあげくに、「あそこなら……」と思いついたのが諏訪大社の境内……お諏訪さんは長崎の氏神だ、境内のどこかへでも捨てておけば、伴天連の魔法や祟りも封じられるに違いない。

あそこなら大丈夫だ。男は心を決めると、降りだした雪に震えながら諏訪大社への道を急いだ……。



翌朝、諏訪大社の禰宜の一人が、本殿賽銭箱の上に白い雪のかたまりが乗っているのを見つけた。
手でそっと雪を払いのけると、油紙にまれた四角い包み。不審に思い社務所へ持ち帰り開けてみれば、何重にも包まれた油紙の中から一冊の奇妙な本が現れた。

表紙には「BIBLIA SACRA」という南蛮文字が記されていた。


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