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○ はじめに

 作家・遠藤周作には隠れた傑作が存在する。

 

 小説としては面白いのだが、物語の構成が複雑なために、全体像がつかめず、読後もすっ
きりとした気持ちになれない作品でした。
 学生のころに一度読み、その時も理解することができず、数年後に読めばきっと理解で
きるはず。そう思って本棚に置いていたこの作品。残念ながら今回読み返しそれを理解す
ることができませんでした。一瞬、また数年後に読み返そう、そうすれば理解できるかも
しれない。そう思いましたが、それだときっと未来も同じことが起きるでしょう。
いったんここで情報をまとめ、じっくり読み説き、物語の全体像をあぶりだしておくこと
も面白いかもしれない。そう思い、さらにこまかな情報をメモ用紙に書きだし、時間軸を
整理し、人物の相関をまとめ、物語の全体像をあぶりだしました。

 漫然と読んでいたのではよくわからない主人公たちの行動、物語のくだりも、ささいな
情報も逃さずに読み起こしていくことで、穴だらけだった物語の概略が、確かな立体感を
もった一連のストーリーとして浮かび上がってきました。
 よくわからなくても、そこそこ面白い小説でしたが(そこに含まれる主題が興味深く、
単発的にショッキングな内容を含んでいる)、それらが有機的につながることで、それぞ
れの主人公たちの行動、事件の背景がみえてきて、さらに新たな謎、それに対する答えも
見えてきました。

 このたび誰でも「黄色い人」が楽しめるように、どこよりも丁寧かつ親切なガイドを書
いていきたいと思います。マイナーな小説であり、簡単な解説しか書かれたことがない小
説でしょうから、恐らく唯一のガイドとなると思います。
 一部の知識人が楽しむにはもったいない、すぐれた小説でありながら、遠藤周作の初期
作品として未熟さ(狙いでもある)ゆえに万人への支持が得られなかった隠れた名作。

 稚拙ながらも遠藤周作への今までの敬意を表し、上梓いたします。


● 目次

○ はじめに

 

○ 目次

 

○ 登場人物

 

○ 時間軸

 

○ ストーリーガイド(Ⅰ)

 

○ ストーリーガイド(Ⅱ)

 

○ アクトガイド

 

○ リドルガイド

 

○ おわりに ~~楽しみ方ガイド

 

○ おまけ ~~課題と押さえておきたい矛盾点

 

○ <付記>


○ 登場人物

・千葉ミノル

 主人公。四谷の医学部学生。医者のたまご。千駄ヶ谷の下宿で血痰を吐き、それ以来自
分の命は長くないと知る。
 子供のころに背教者デュランより洗礼を受ける。いとこの糸子と肉体関係があり、許嫁
がいる糸子とずるずるとその関係を続けている。推定は21歳。
 はっきりした理由は定かではないが、大学3年目の冬に地元の仁川(兵庫県、宝塚の東)
へ帰省する。叔父の病院の手伝いを水曜・金曜で行う。
 家は一軒家のようだが、両親の気配はない(物語の中で具体的には語られていない)。
爺やがいる。
 小説はブロウ神父へのミノルの手紙という形で構成されている。そのためか、時間軸が
あやふやで、思いつきのエピソードが急に挿入され、注意深く読まないことには物語の有
機性が失われてしまう。

 

・デュラン (ピエール・デュラン)

 もう一人の主人公。はっきりした年齢は書かれていないが老人。キミコと肉体関係を持
ち、教会を追われた背徳の神父。リューマチで足を引きずるように歩く。「散在する古墳」
の近くに家がある。林の中の家、といった印象だ。キミコと暮らす。
 自殺のためのピストルを持っており、それが事件につながっていく。
 ブロウ神父の援助を受けて(月に約百円、かなりの額?)暮らす。
 ミサには隠れて出席している。信徒から冷たい目で見られている。
 クリスマスの夜に空襲で死ぬ。……ネタばれではなく、冒頭で語られる事実です。
 小説はミノルの手紙と、デュランの日記を交互に紹介するかたちで進行していく。ミノ
ルの視点とデュランの視点があることで、ひとつの物語を双方向的に描く。これは後の氏
の作品、「火山」でもとられている手法だ。

 

・ブロウ神父

 神父。ミノルが仁川に帰省した際、残っている二人の外人の一人がブロウ神父。もう一
人はデュラン。
 ある事件をきっかけにクリスマスの日に高槻(大阪府)の収容所に移される。高潔でま
じめな神父。
 デュランの後輩だった。年齢は50歳近い。
 ミノルの手紙、デュランの日記での告白はブロウ神父への語りかけがメインだが、ブロウ
神父についてはほとんど語られていない。セリフもほとんどない。
 ミノルと佐伯(糸子の許嫁)とはミサで侍者をつとめた仲だった。

 

・糸子

 ミノルのいとこ。佐伯の婚約者。聖母女学院の学生。
 戦争のため(学徒動員か?)川西の工場(軍需工場、詳細は不明)で働く。
 胸に聖母のメダイユ(フランス語、イギリス語でいうところのメダル。不思議のメダイ、
と言われている)を身につけている。
 日曜日に川西工場の仕事の後、ミノルの家に行き抱かれ、駅まで送ってもらい家に帰るの
が習慣になっている。

 

・キミコ

 デュランの内縁の妻。30歳。
 22歳の時にデュランに施しを受け、助けられる。貿易商のトルコ人との間に不義の子
をみごもっていた。
 子供がどうなったのかは語られていないが、死産だったと思われる(生まれた、死んだ、
育てたの描写はない)。
 なにかあると「なんまいだぶ」と呪文のように繰り返す。
 デュランから時々殴られる。
 地味だが、小説の主題としてはかなり重要な役割を果たしており、無視できない存在だ。


・佐伯(さえき)

 徴兵により、三重県の津に入隊。急遽鹿児島の特攻隊への編入が決まり、クリスマスに
一日だけ仁川へ帰り、糸子と会う約束をしている。小説には話の上でしか登場しない。

 

・メギン

 イギリス人。どんな罪を犯したかは知れないが高槻の収容所につかまっている。デュラ
ンと2度会って会話をしたことがあり、そのつながりと信徒からの投書からデュランは警
察にマークされる。


○ 時間軸

 回想の中で行き来するエピソードを時間軸で並べ、物語を有機的につなげていこうと思
います。
 読んでいて、それぞれのエピソードがそこの時間軸上で展開されているかを確認するも
のとして有効になるでしょう。
 また、内容が矛盾する点がありますが、そこは遠藤周作自身のミスであると考えられま
す。
 夏目漱石の「こころ」にも見られますが、作品を書いているうちに物語が膨らみ、完成
度が上がり、結果、書き出しの設定との矛盾が生まれるという現象です。
 可能な限り、具体的な日付を入れ、時系列順に出来事を追いました。
 小説を読みながら、そのエピソードはどの時間軸上にあるのかを確認しながら読むこと
で、内容の理解につながるかと思います。


<時間軸>
・昭和8年 デュランが日本へ来る。
 
  ↓

・昭和8年(?)頃 ミノル8歳。背徳の神父、老人のデュランに対し、仲間と石を投げ
          つけたりする。
          ミノル、糸子とデュランの家の近くで「聖家族ごっこ」をして遊ぶ。
  ↓
・昭和12年 9/11 関西の風水害
       9/14 デュラン、キミコと出会う。
       9/17 キミコ、デュランの教会へ来て、タミ婆さんと共に暮らし始める。
       9/24頃 キミコの妊娠が分かる。
       **キミコをタミ婆さんのところへ行かせる日、デュランはキミコを犯し、教
         会から追放される。
  ↓
・昭和15年 デュラン、自殺用としてピストルを手に入れる。
  ↓
・昭和18年 4月 ミノル、四谷の医学部へ入学。仁川を離れ東京へ。
       8月 仁川へ帰省。初めて糸子と肉体関係を持つ。教会へ行った際、ブロ
          ウ神父にカトリック信者としての話をあわせる。
       冬 ミノル、血痰を吐く。
       **一週間後、行き倒れの老人をみつける。
  ↓
・昭和20年 10月頃 ミノル、仁川へ帰省。しばらく仁川で生活を送る。残っている
       外国人はデュランとブロウの二人だけと知る。
       11/10頃 メギン、高槻の収容所から大阪(市内か?)へ移される。
       12/5 デュランの日記、始まる。
       12/17 ミノル、デュランと再会する。デュラン、ミノルへピストル
             のことを語る。
       12/20 デュラン、ブロウの書斎へピストルを置きに行く。デュラン、
            そのあとにミノルのところへ行く。ミノル、患者の死に立ち会う。
       12/22 デュラン、警察へ投書。
       12/23 デュラン、ブロウに会いに行く。ピストルを隠した戸棚を確
            認する。ミノル、糸子から佐伯が25日に一日だけ仁川による
            こと、佐伯が特攻隊に配属されることを知る。知りながら糸子
            を抱き、はじめてかすかな胸の痛みを感じる。
       12/25 ブロウ、警察に捕まり高槻の収容所へ連行。デュラン、ミノ
            ルへ日記を托す。川西工場への空襲、仁川の町が焼ける。ミノ
            ルの家、半壊。糸子、デュラン、死ぬ。ミノル、ブロウへ向け
            て手紙を書く。 


○ ストーリーガイド (Ⅰ)

 今回は章ごとの重要なエピソードを書いていきます。過去を思い出しながら書く手
紙という形式のため、時間軸がいったりきたりすること。その時間軸の表記が「一昨年」
であったり「昨日」であったり「その一週間後」であったりするために、非常にとらえに
くいものになっています。ある程度整理した流れで表記しておりますが、細かなつながり
を<時間軸>と合わせてご覧いただくことで、より有機的なつながりが見えてくることで

しょう。

 

○ Ⅰ (ミノルの手紙)
・B29が行った川西工場への空襲より2時間後、ミノルはブロウ神父への手紙を書く。

・東京、医学部生としての生活をつづる。
  ↓
  ・冬、血痰を吐く。一週間後、行き倒れの老人をみつける。

・仁川へ帰省。徴兵等から逃れる理由もあり、叔父の病院を手伝う。約2ヶ月、一度も病
院へはいかない。

・糸子を駅へ送る帰り道。子供の頃(8歳くらい)、糸子と共に「聖家族ごっこ」を行っ
た「この辺に散在する古墳の一つ」という場所のことを思い出す。そこにはデュランの家
がある。

・デュランの家へふらりと向かう。家の前で警察に呼び止められる。ミノル、デュランに
用事があると嘘をつく。デュランの家の呼び鈴をならす。

 

○ Ⅱ  デュランの日記
・12/5 ミサの帰り道。過去に自殺のために手に入れたピストルについての回想。

・12/8 不倫の告白、ユダへの追想。西宮の刑事が教会に来ていたことを知る。

・12/9 ブロウ神父と司祭館へ。ブロウ神父の「プライベートなお金」から百円札を
もらう。このお金でデュランは糸子と生活をしている。警察の話題。聖母女学園のイタリ
ア修道女が高槻の収容所へ連行されたことを知る。

・12/10 キミコとの出会いを回想。
   ↓
   ・昭和12年9月11日 出張中、関西の風水害に見舞われる。行く先の教会で一泊。
   ↓
   ・9/12 被害状況を知る。
   ↓
   ・9/14 キミコと出会う。困ったら教会に来るように所在地のメモを渡す。
   ↓
   ・9/17 キミコ、デュランの教会に来る。タミ婆さんの手伝いをして住み込む。
   ↓
   ・一週間後、キミコの妊娠が分かる。キミコはトルコ人の貿易商のメイドをしてい
    た。その時にトルコ人の子を孕んでいた。噂が広がり教会に通う信徒からキミコ
    は冷たい目で見られ始める。それにつれ、デュランも冷たい目でみられはじめる。
   ↓
   ・タミ婆さんが家の事情で教会を去ることになる。キミコはタミ婆さんに預けるこ
    とになったが、その引越しする夜、睡眠薬を飲んで倒れている。デュランはそれ
    を発見し、その夜にキミコを犯す。
    ※布団に寝かせたキミコが、デュランをじっと見ていた。そこからの「告白」は
     デュランはしていない。キミコのどこに欲情したのか、デュランの心象風景は
     どうだったのか? それについてはまったく日記には書かれていない。そのた
     め、問題のデュラン不倫行為に対して謎が残るのだが、小説としては「本人の
     日記」ということを考慮すると、デュランが自分の恥をあえて書く必要はなく、
     過ちをどのタイミングで犯したか、それについては告白しているわけなので、
     そこが逆にリアリティを加えていているとも考えられなくもない。謎の解決よ
     り、小説の完成度をとったのかも知れない。

・12/10(続) 回想より、現在へ。キミコの帰りが遅いため、迎えに行く。駅に行っ
てもキミコはいない。しばらく待っても帰らないため家へ戻る。家の門の前で警察に声を
かけられる。家に入るとキミコが帰っていた。家では異変があり、ピストルを隠している
手文庫の位置が変わっていた。さらにふたが開いていて、ピストルがのぞいている。誰が
触ったのか、わからない。キミコにたずねても、答えない。



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