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マッシブ・デリバリー

 その次の日、シファはお弁当工場にいて、白いお弁当工場の作業着を着て、髪の毛が落ちないように帽子をかぶってお弁当を作っていた。
「案外似合いますね」などとお弁当屋さんの社長が言う。
「機械化するにはお弁当の献立ニーズの変化が激しすぎて。とくにうちの仕出し弁当はあのポスターのとおり、「美味しく栄養バランスのとれたお弁当で社員の健康管理」が謳い文句なので、献立も日々変えなくてはいけません。今でも機械にできることはさせても、最後は手作りです」
 お弁当屋さんの社長がいう。
「でもいいじゃないですか。人の食べるものはやっぱり心で作らなきゃ」
 シファがそう言いながら丁寧にお新香をお重に詰めていると、そこに隣のミスフィも同じ作業着で作業しながら、笑顔で通信してくる。
 ――私、こういうの苦手。
「いやがっちゃダメよ」
 さっきからシファあてにずっと口にはしないが通信で愚痴を言っているのだ。
 ――もう帰りたい。
「ミスフィ、文句言いすぎよ」
 ――こんなんじゃ、明日の香椎さんとの休日に間に合わないわ。
「だったら、ちゃんと詰めて、このお仕事しなきゃ。駄々こねないの」


 モニターしている主整備室では、皆が息を吐いていた。
「いつもと違うなあ。ミスフィ、あんなダダこねるのやらなかったよね」
「でも苦手が一つ見つかったからホッとしちゃうわ。ミスフィ、案外細かい手作業苦手なのね」
「それに、多分香椎さんとの休日がとても楽しみなんでしょう」
「でも香椎さんて、まさか、レースクイーンの刑?」
 みんなやっぱり怖い考えになってしまった。

 
「ミスフィ、聞いてる?」
 ――聞いてるわ。
「私、気づいたの。
 彼はみなとみらい立体区の人工海岸にサーフィンに出かけた、ように装って呼び出された。
 そしてそこで、彼は金と引換に彼のexzip認証鍵を渡すように犯人に迫られたの。
 exzip認証鍵を渡してしまえば、意識を乗っ取られてしまう。
 彼は抵抗しようとした。
 当然犯人と口論があったんでしょう。
 で、犯人は強制的に彼の認証鍵を奪うことにした。
 彼は抵抗するために、タブレットタイプの量子圧縮のスポーツドリンクのタブレットを口に頬張り、自殺した。
 錠剤中心のくぼみをつつくことで解凍し容積80倍のスポーツドリンクになるのがタブレットドリンク。
 それを大量に口の中で解凍すれば、突然ドリンクが口の中にあふれる。それもものすごい勢いで。
 あっという間に彼の気管支が一気に水没し、彼は瞬時に溺死した。
 そこで犯人はあわてて、上位の機関に対応を求めた。
 その結果が、海での溺死を装うというものだった」
 みな、黙って聞いていた。
「だけど、彼らはあきらめないでしょう。
 だから、私は彼らに私のexzip鍵を渡した」
 みなが『ええっ』とのけぞる。戦艦のセキュリティキーを!?
「大丈夫よ、私のシステム内の隔離済みの子プロセス、エミュレーターのexzip鍵にすぎないわ。
 なにかあったら切り離して処分できる。
 これで彼らが引っかかったら、根こそぎ摘発できるわ」
「という話だな」
「じゃ、お弁当できたし、デリバリーに行きましょう。急がないとせっかくのお弁当冷めちゃう」


 市街地をデリバリーの車で走り、工業団地の綾瀬セラミックに付き、会議室に入った。
 途中小さな受付を通った。事務の女性がいるだけだったが、ちゃんと非接触IDで出入りを管理されている。

 工場は案外大きいが、そのほとんどが精密セラミック加工機である。それも量産用ではなく試作用ののセラミックマイクロマシンを作るためのものだ。おそらく何かDAGEX関連の装置の試作が発注されるところだったのだろう。
「お弁当でーす」
 シファとミスフィが会議室に入り、配膳に回ると、中の皆ざわめく。
「えらく美人さんなお弁当屋さんですね」
「よく言われます」
 とシファはボケてみせ、みな逆手でツッコんだ。
 その時だった。
「来た! アップストリーム逆探知! 経路遮断解析!」
 シファの子プロセスへの何者かの介入が始まったのだ。
「ストリームの元は横浜みなとみらい立体区ヨットハーバー!」
「時間と記録とれてます!?」
「ああ。11時42分、不正意識介入の現行犯だ!
 ハーバーには警官と警備端末が急行して……いや!」
「どうしたんですか!」
「ハーバーに潜水艇がいる!」
 なんてこと!
「逃すな! 発砲を許可する! 全武器使用自由!」
 シファの見ているホログラフィに、ハーバーを出て潜航する小型潜水艇が見えた。
 警備端末が発砲するが、着水の水柱を上げるだけで効果を挙げられない。
 行く手を塞ごうと海上保安庁の警備艇がやってくるが、それが太い水柱を上げて真っ二つになった。
「小型魚雷を撃ちやがった!」
「そんなものまで!」
「ミスフィ!」
 二人は驚いている彼らをあとに事業所から駆け出し、走りながら武装姿になり、そのまま翼をひろげて空に舞い上がった。


オーバーキル

 シファは空から東京湾に、センサーブイを投下した。
 センサーブイはシファの脚のところに投下口がある。
「この潜水艇には対潜魚雷も爆雷も使えない。使ったら破壊力が強すぎて潜水艇ごと東京湾精密航路施設を破壊してしまう」
「位置は解析できてわかっているのに」
 潜水艇はそれを知っているせいか、悠々と湾内中央に出ようとする。
 それをシファとミスフィが見下ろしている。警察のエアバイクもロボットヘリも一緒なのだが、彼らは水中目標に対する武器がなく、手出しができない。

「司令、発砲許可お願いします!」
 突然のシファの声に、ええっ、何を撃つの!? とみなが思う。
 しかし、宮山は許可のサインを送っていた。
「弾頭徹甲! 対水上効力射1発! テーッ!」
 シファが開口した空中の見えない砲口より発射した533ミリ弾の弾頭は、そのまま天空に登り、そして弾頭に仕掛けられた高性能炸薬を炸裂させた。
 爆圧で弾頭は変形し、針のような鋭い形状に自らを鍛造する。自己鍛造弾である。
 恐ろしいまでの貫通力を持つそれは、精密誘導で海面を貫き、潜水艇に突き刺さった。
「命中!」
 潜水艇は撃ちぬかれて浮力バランスを崩し、急浮上した。
 そこに海上保安庁や艦隊の警備艇が殺到し、それぞれから特殊部隊が移乗、潜水艇の乗員を逮捕した。
 そして、その沖合では艦隊の主力哨戒機・乙戦が潜航中の不審潜水艦を追跡中だった。
 おそらく潜水艇を回収するつもりだったのだろう。
 海上警備行動が発令され、何度も浮上を求められたにもかかわらず、母艦潜水艦は東京湾口の複雑な塩分濃度の差の作る音響境界面に何度も隠れようとする。

 そこでついに乙戦は対潜魚雷を投下した。潜水艦による潜水したままの領海侵犯はあきらかな敵対行為であり、撃沈する正当な理由になるのだ。
 母艦潜水艦は急回避したが、それは失敗した。
 対潜魚雷が正確に突入して炸裂し、潜水艦表面の人工筋肉を引き裂き外殻チタンをめちゃめちゃにし、内殻に穴を開けた。瞬時に海水がなだれ込み、艦内を満たし、乗員を瞬時に窒息させた。

 脱出の余裕はなかった。
 その爆発の水柱とともに、母艦潜水艦は沈没した。

守るべき価値

「いずれ母艦潜水艦もサルベージして、どの国の仕掛けだったかは解明されるだろう。
 もうサルベージ船の手配も始めている。
 しかし」
 井岡警部は口を歪めた。
「普通の気のいいお弁当屋さんを殺しておいて、なにが秘密だってんだ!」
 シファも頷いた。
「私もそう思います。本当に」

 厚木基地に乙戦が戻ってくる。東京湾口まで幾重もの対潜網にもかかわらず潜水艦の侵入を許したことで各戦闘哨戒飛行隊が大騒ぎになっているのだ。
「ああ。
 取り乱してしまったが、弁当屋の彼になんの罪がある?
 仕事と趣味の幸せを普通に求めているだけなのに、なぜ?
 不条理にもすぎる!」
 シファは頷いた。
「井岡さん、これからご遺族にこの事件のことをご報告に伺いますよね?
 私達もご一緒します」
 井岡は顔を上げた。
「一緒に御佛前に報告しましょう。
 割り切れない事件ですが、でも彼は自分を、自分に関わる人々を守ろうとした。
 その守るべきものを、私達が守らないでどうするんです?
 悔しいのは本当です。
 私も悔しいけれど、彼の守ろうとしたものは、私達も守るべきです。」
 井岡はしばらく考えて、そののち、頷いた。
「この世で守るべき価値は、職責にかかわらず、みな同じですから」

<了>

奥付



プリンセス・プラスティック/マリン・マッドネス


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著者 : 米田淳一
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