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痕跡

「で、シファ、どうやって捜査するの?」
 彼女の整備にあたっていた友鶴整備長が聞く。
「例によってデータマイニングをかける。現場にも何回か行ければ行く。基本」
「そうよね、それが基本よね」
 シファの目の前でホログラフィがくるくると変わっていく。
「で、早速出てきたのが監視システムのログの改ざんの可能性。監視カメラから近隣の一般個人の視野情報まで、徹底的に改ざんされてる。ただの殺人にしては手が込みすぎている」
「そうね。いくら情報社会の犯罪といっても、個人所有の情報まで改ざんするのは簡単ではないわ」
「あと、交通関係の方は改ざんのサインはないけれど、現場から脱出した何かの形跡なし」
「情報の密室ね」
「というわけで簡単でないついでに、ちょっと照会」
「相手は?」
「昔貸し作ってたから、その回収。相手は連合艦隊横須賀総監部」
「そんなところに貸し作ってたの?」
「そう。幹部教育隊時代の部屋の仲間が総監部にいるの。懐かしい仲。
 それと、お弁当屋さんの顧客リストもチェック。これはZIOTにやらせるわ」
「お弁当屋さん、ねえ」
「人間にとっては食事は大事よ。食べなきゃとても働けない。
 美味しい食事があるからこそ、仕事で頑張れることも多いわ。
 かならず何か関連があるはず」
「しかし神奈川にそんな特殊な仕事やってる人達がいるかなあ。
 みんな新淡路に遷都で根こそぎ移転したような」
「でも移転しない企業もあるわ。しかも重要で目立たない企業が」
 シファは何度も分析しているZIOTの動作を見つめていた。
「ちょっと気になるのが一件。会議のお弁当、それも予約生産の「松の重」の注文がある。
 5日後の昼の会議に出すって」
「でも会議はめずらしくともないような」
「普通のお弁当の8倍の値段の高級お弁当14ケ口の注文よ。発注者は綾瀬セラミックという零細企業。
 綾瀬セラミックは企業登記と税務情報によれば、交際費でもお弁当頼むだけでもやっとに近い小さな会社。
 かなり不自然でしょ」
「大きな商談のための予約?」
「でしょうね。でもここから先は」
 そこに聞きなれない声が響いた。
「わかってます。県警の井岡です。やれやれ、人使いのあらい戦艦だとは建部に聞いていたけど」
 いつのまにか話の共有に井岡も入っていた。
「すみません」
「いいです。綾瀬セラミックに任意の事情聴取をとるよう、所轄に指示かけました。
 それと、彼は住居から横浜海岸まで自転車で通っていました。
 その自転車を現場近くで所轄の地域課が発見しています。
 自転車にはロックがかかっていて、解錠してもとくに不審なものはありません」
 みなに写真が共有された。
「これ、量子圧縮のスポーツドリンクのタブレットケースですね」
「ええ。彼が死亡の時も袖のポケットに持っていました。ドラッグストアで安い時にまとめ買いしていたようです。
 購入記録との対照は完了しています。不自然な点はありません」
「海に行くと喉が渇くものね。海水飲んだら特に体との浸透圧の関係で辛いわ。
 サーファーだったら水分補給はなおのこと重要でしょう」
「携帯に便利な小さなタブレットだけど、x80とあるように、タブレットと容積の80倍のドリンクが量子対称性で結ばれていて、タブレットの中心を突くことでドリンクに置き換えて飲むことができる」
「なるほどね」
 その時、サイン音がなった。
「ありがとうございます!」
 シファはそう頭を下げながらデータを受け取った。
「やっぱりね」
「何が?」
 シファは考え込んだ。
「ここから秘話化注意あつかいで」
 みな、公開鍵をやり取りし、視野内に秘話化実施中のサインが浮かぶ。
「横浜港に潜水艇の侵入した形跡がある。総監部の海中監視システムに痕跡あり」
「じゃ、犯人は潜水艇で逃げたんですか!」
「そうらしいわ。でも溺死の謎はある。だって潜水艇の音紋反応は3人乗りの欧州製特殊任務用とデータベース照合ででてるけど、これはそのまま彼を溺れさせるには使えない」
「何があったんだろう」
「それは考えなきゃね。潜水艇から上陸したにしろ、何らかのもみ合いがあれば防御創や痕跡が残る。
 あと、この潜水艇の情報は証拠としては使えない。
 こういう防衛関連のデータは証拠として提出できず、公判には使えない。
 総監部があそこにしかけていたセンサーの存在自身が秘密だもの。
 なにか別の資料がないと」

困難な捜査線

 そして、朝になって井岡から連絡があった。
「読み通りだ。さすが『賢い戦艦』と呼ばれるわけだ。
 綾瀬セラミックは4日後に横浜ソリッドデバイスという会社と商談がある」
「横浜ソリッドデバイス?」
「それだけだとわからないだろうけど、これがその会社の資料」
「主な取引先、日本重力子?!」
「そう。今をときめく重力制御装置の最大手企業だ。
 超弦理論の解明から始まった重力制御時代、その重力制御の技術は極高速制御装置のプログラミングにかかっている。
 その情報が漏れれば世界の重力制御装置業界の世界図が変わってしまう」
 シファはちょっと考えた。
「なるほど、彼を踏み台にして日本重力子の情報を盗もうとしたのね」
「そう。お弁当屋さんの彼を操り、綾瀬セラミックの担当に介入、そしてそこから日本重力子へ入り込む」
「具体的な構図が見えましたね」
「ところがこれでもうまくはいかない。
 シファのデータマイニングで見つけたデータ改ざんの痕跡と横須賀総監部のセンサーデータ、そして取引関係でこういう構図を書いても、これでは公判維持は無理だ。立件できない」
 井岡は考え込んだが、シファはすぐに答えた。
「だったら、連中にもう一度同じ事をさせればいいじゃない」
 シファの言葉に、みな驚き、そして呆れた。
「また犠牲者を出せってこと?」
「みんな忘れてるわよ。
 なんで忘れるかなあ。
 毒物にも銃器にも決して侵されない最強の生命がいるってこと」
「え?」
 みんな眼を見合わせた。
「だから、ここ」
 シファは自分を指さした。

マッシブ・デリバリー

 その次の日、シファはお弁当工場にいて、白いお弁当工場の作業着を着て、髪の毛が落ちないように帽子をかぶってお弁当を作っていた。
「案外似合いますね」などとお弁当屋さんの社長が言う。
「機械化するにはお弁当の献立ニーズの変化が激しすぎて。とくにうちの仕出し弁当はあのポスターのとおり、「美味しく栄養バランスのとれたお弁当で社員の健康管理」が謳い文句なので、献立も日々変えなくてはいけません。今でも機械にできることはさせても、最後は手作りです」
 お弁当屋さんの社長がいう。
「でもいいじゃないですか。人の食べるものはやっぱり心で作らなきゃ」
 シファがそう言いながら丁寧にお新香をお重に詰めていると、そこに隣のミスフィも同じ作業着で作業しながら、笑顔で通信してくる。
 ――私、こういうの苦手。
「いやがっちゃダメよ」
 さっきからシファあてにずっと口にはしないが通信で愚痴を言っているのだ。
 ――もう帰りたい。
「ミスフィ、文句言いすぎよ」
 ――こんなんじゃ、明日の香椎さんとの休日に間に合わないわ。
「だったら、ちゃんと詰めて、このお仕事しなきゃ。駄々こねないの」


 モニターしている主整備室では、皆が息を吐いていた。
「いつもと違うなあ。ミスフィ、あんなダダこねるのやらなかったよね」
「でも苦手が一つ見つかったからホッとしちゃうわ。ミスフィ、案外細かい手作業苦手なのね」
「それに、多分香椎さんとの休日がとても楽しみなんでしょう」
「でも香椎さんて、まさか、レースクイーンの刑?」
 みんなやっぱり怖い考えになってしまった。

 
「ミスフィ、聞いてる?」
 ――聞いてるわ。
「私、気づいたの。
 彼はみなとみらい立体区の人工海岸にサーフィンに出かけた、ように装って呼び出された。
 そしてそこで、彼は金と引換に彼のexzip認証鍵を渡すように犯人に迫られたの。
 exzip認証鍵を渡してしまえば、意識を乗っ取られてしまう。
 彼は抵抗しようとした。
 当然犯人と口論があったんでしょう。
 で、犯人は強制的に彼の認証鍵を奪うことにした。
 彼は抵抗するために、タブレットタイプの量子圧縮のスポーツドリンクのタブレットを口に頬張り、自殺した。
 錠剤中心のくぼみをつつくことで解凍し容積80倍のスポーツドリンクになるのがタブレットドリンク。
 それを大量に口の中で解凍すれば、突然ドリンクが口の中にあふれる。それもものすごい勢いで。
 あっという間に彼の気管支が一気に水没し、彼は瞬時に溺死した。
 そこで犯人はあわてて、上位の機関に対応を求めた。
 その結果が、海での溺死を装うというものだった」
 みな、黙って聞いていた。
「だけど、彼らはあきらめないでしょう。
 だから、私は彼らに私のexzip鍵を渡した」
 みなが『ええっ』とのけぞる。戦艦のセキュリティキーを!?
「大丈夫よ、私のシステム内の隔離済みの子プロセス、エミュレーターのexzip鍵にすぎないわ。
 なにかあったら切り離して処分できる。
 これで彼らが引っかかったら、根こそぎ摘発できるわ」
「という話だな」
「じゃ、お弁当できたし、デリバリーに行きましょう。急がないとせっかくのお弁当冷めちゃう」


 市街地をデリバリーの車で走り、工業団地の綾瀬セラミックに付き、会議室に入った。
 途中小さな受付を通った。事務の女性がいるだけだったが、ちゃんと非接触IDで出入りを管理されている。

 工場は案外大きいが、そのほとんどが精密セラミック加工機である。それも量産用ではなく試作用ののセラミックマイクロマシンを作るためのものだ。おそらく何かDAGEX関連の装置の試作が発注されるところだったのだろう。
「お弁当でーす」
 シファとミスフィが会議室に入り、配膳に回ると、中の皆ざわめく。
「えらく美人さんなお弁当屋さんですね」
「よく言われます」
 とシファはボケてみせ、みな逆手でツッコんだ。
 その時だった。
「来た! アップストリーム逆探知! 経路遮断解析!」
 シファの子プロセスへの何者かの介入が始まったのだ。
「ストリームの元は横浜みなとみらい立体区ヨットハーバー!」
「時間と記録とれてます!?」
「ああ。11時42分、不正意識介入の現行犯だ!
 ハーバーには警官と警備端末が急行して……いや!」
「どうしたんですか!」
「ハーバーに潜水艇がいる!」
 なんてこと!
「逃すな! 発砲を許可する! 全武器使用自由!」
 シファの見ているホログラフィに、ハーバーを出て潜航する小型潜水艇が見えた。
 警備端末が発砲するが、着水の水柱を上げるだけで効果を挙げられない。
 行く手を塞ごうと海上保安庁の警備艇がやってくるが、それが太い水柱を上げて真っ二つになった。
「小型魚雷を撃ちやがった!」
「そんなものまで!」
「ミスフィ!」
 二人は驚いている彼らをあとに事業所から駆け出し、走りながら武装姿になり、そのまま翼をひろげて空に舞い上がった。


オーバーキル

 シファは空から東京湾に、センサーブイを投下した。
 センサーブイはシファの脚のところに投下口がある。
「この潜水艇には対潜魚雷も爆雷も使えない。使ったら破壊力が強すぎて潜水艇ごと東京湾精密航路施設を破壊してしまう」
「位置は解析できてわかっているのに」
 潜水艇はそれを知っているせいか、悠々と湾内中央に出ようとする。
 それをシファとミスフィが見下ろしている。警察のエアバイクもロボットヘリも一緒なのだが、彼らは水中目標に対する武器がなく、手出しができない。

「司令、発砲許可お願いします!」
 突然のシファの声に、ええっ、何を撃つの!? とみなが思う。
 しかし、宮山は許可のサインを送っていた。
「弾頭徹甲! 対水上効力射1発! テーッ!」
 シファが開口した空中の見えない砲口より発射した533ミリ弾の弾頭は、そのまま天空に登り、そして弾頭に仕掛けられた高性能炸薬を炸裂させた。
 爆圧で弾頭は変形し、針のような鋭い形状に自らを鍛造する。自己鍛造弾である。
 恐ろしいまでの貫通力を持つそれは、精密誘導で海面を貫き、潜水艇に突き刺さった。
「命中!」
 潜水艇は撃ちぬかれて浮力バランスを崩し、急浮上した。
 そこに海上保安庁や艦隊の警備艇が殺到し、それぞれから特殊部隊が移乗、潜水艇の乗員を逮捕した。
 そして、その沖合では艦隊の主力哨戒機・乙戦が潜航中の不審潜水艦を追跡中だった。
 おそらく潜水艇を回収するつもりだったのだろう。
 海上警備行動が発令され、何度も浮上を求められたにもかかわらず、母艦潜水艦は東京湾口の複雑な塩分濃度の差の作る音響境界面に何度も隠れようとする。

 そこでついに乙戦は対潜魚雷を投下した。潜水艦による潜水したままの領海侵犯はあきらかな敵対行為であり、撃沈する正当な理由になるのだ。
 母艦潜水艦は急回避したが、それは失敗した。
 対潜魚雷が正確に突入して炸裂し、潜水艦表面の人工筋肉を引き裂き外殻チタンをめちゃめちゃにし、内殻に穴を開けた。瞬時に海水がなだれ込み、艦内を満たし、乗員を瞬時に窒息させた。

 脱出の余裕はなかった。
 その爆発の水柱とともに、母艦潜水艦は沈没した。

守るべき価値

「いずれ母艦潜水艦もサルベージして、どの国の仕掛けだったかは解明されるだろう。
 もうサルベージ船の手配も始めている。
 しかし」
 井岡警部は口を歪めた。
「普通の気のいいお弁当屋さんを殺しておいて、なにが秘密だってんだ!」
 シファも頷いた。
「私もそう思います。本当に」

 厚木基地に乙戦が戻ってくる。東京湾口まで幾重もの対潜網にもかかわらず潜水艦の侵入を許したことで各戦闘哨戒飛行隊が大騒ぎになっているのだ。
「ああ。
 取り乱してしまったが、弁当屋の彼になんの罪がある?
 仕事と趣味の幸せを普通に求めているだけなのに、なぜ?
 不条理にもすぎる!」
 シファは頷いた。
「井岡さん、これからご遺族にこの事件のことをご報告に伺いますよね?
 私達もご一緒します」
 井岡は顔を上げた。
「一緒に御佛前に報告しましょう。
 割り切れない事件ですが、でも彼は自分を、自分に関わる人々を守ろうとした。
 その守るべきものを、私達が守らないでどうするんです?
 悔しいのは本当です。
 私も悔しいけれど、彼の守ろうとしたものは、私達も守るべきです。」
 井岡はしばらく考えて、そののち、頷いた。
「この世で守るべき価値は、職責にかかわらず、みな同じですから」

<了>


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