閉じる


<<最初から読む

26 / 36ページ

試し読みできます

ー 26 ー コーラとポテチとアメリカ人

仕事を終え、もうじき家に着くという頃。


「‥‥あれ?休み?」

グエンのレストランの看板が出ていない。

店の前に着いてみると、やはり入り口には「臨時休業」の札が掛けられていた。

珍しいな‥‥と思いながら扉を開き、「ただいまー」と声をかけながら中に入る。



「‥‥なんで、またいるんだよ」

エリックだ。昨日と同じ席に座っている。
カイは今回はエリックの向かいに座り、隆太に笑顔を向けた。

「おかえり。リュータ!」

カイの笑顔で今朝の話を思い出し、仏頂面にならないように気をつけながら片手を挙げた。
「ハイ、エリック。‥‥昨日はどうも」

エリックも軽く手を挙げた。特に笑顔も見せず。

「ユリも呼んだんだ。きっともうすぐ着くよ」

どうやら、このまま部屋に帰れる雰囲気ではないみたいだ。
とりあえず荷物だけ置いてくるから、と断り、隆太は店を出て自室に向かった。


階段を上りながら、有希子の携帯に電話する。有希子はすぐに電話に出た。

「隆太君?またアイツ来てるらしいわね。何しに来たのよ!」

隆太は今朝の瞑想後の会話をかいつまんで説明した。
とりあえず、今日は喧嘩腰はやめて話をしてみよう。おそらくカイもそれを望んでいるだろう。

「んんん‥‥オッケー、わかった。もうすぐ着くから」

電話を切ってジーンズのポケットに突っ込み、隆太はキッチンスペースの戸棚を探った。
昨日の感じから見て、おそらく店で出しているメニューは食べないだろう。
スナック菓子でも出しておいた方が無難だ。

ポテトチップやせんべい等、数種類のスナック菓子と、数本の冷えた缶コーラを抱えて部屋を出た。

さて、どんな展開になるのやら‥‥‥



有希子が来るまでの数分の間、気詰まりではあったが、隆太はなんとか間を持たせようと試みた。

お菓子の袋を開けつつ、カイを通じていくつか質問などしてみる。

「‥‥よく眠れたし、晩飯にはショボいハンバーガーを食ったよ!!なんでみんな同じことを聞くんだ?」

いかにもウンザリしたように、エリックが顔をしかめる。

だが、隆太は怒りに正面から反応せず、矛先をヒョイと躱す。

「みんな、って‥‥どれくらい?」


「‥‥お前らふたりだよ」

「ふうん」

(たったふたりに聞かれただけで、”みんな”呼ばわりかよ)
実はそんなことを思った隆太だったが、表面上はエリックの不機嫌など意に介していないかのように、コーラを開けて飲み、ポテトチップに手を伸ばす。

袋を全開にして一枚口にくわえると、袋ごとエリックの方へ向けて押しやった。
ちょうど、テーブルの真ん中ぐらいだ。

「私もいいかな?」

「もちろん」

テーブルに置いたコーラの缶をカイに手渡す。
ついでだというように、エリックにも渡した。

エリックは一瞬カイの様子をチラリと盗み見て、黙って自分もコーラを開けて飲み、ポテトチップに手を伸ばした。

隆太は内心、「おお!本場だ!!」と一瞬呑気に感動してしまった。

(さすが本物のアメリカ人。コーラやポテチが似合うなあ……)


エリックはもう一枚手に取ると、疑わしげにジロジロ眺めたり匂いを嗅いだりしている。

「アメリカのと、味が違う?」

「イヤ‥‥大体一緒だ」

ぶっきらぼうにそう答えて口に放り込むと、バリバリ噛み砕いた。
単に、味の違いを説明するのが面倒だったのかもしれない。

口の端からぽろぽろと食べカスがこぼれ落ち、ジーンズで指を拭っている様子を見ながら、隆太は再び妙な感動を覚えていた。

(おお!映画で見た事あるぞ!こういうの‥‥あれって、ホントなんだなあ)


そうこうするうちに、有希子が到着した。急いで来たのだろう。少し汗ばんでいる。

「コーラ、飲みますか?」

「アタシ、ビールがいい」
そう言ってまっすぐ冷蔵庫へ向かい、勝手にビールとグラスを持って戻ってきた。

バッグを椅子の背に置き、椅子に座るなりビールを注ぐ。

「で?今日は何しに来たわけ?」
昨日のような臨戦態勢でこそないが、挨拶も前置きも一切ナシ、単刀直入だ。

さすがのエリックも、一瞬言葉に詰まった。


自分で訊ねておきながら、有希子は返事も待たずに「いただきまーす♪」とか言いながらビールをゴクゴク飲み、「ぷはあ。美味しーい」と満足げだ。

エリックなど一顧だにせず、ポテトチップをパリパリ食べては「ああ、ポテチ久しぶりに食べたわー」などとウットリ呟いている。因みに、こちらは食べこぼしてはいない。

なんだか可笑しかったが顔には出さず、隆太は再び訊ねた。

「で?何しに来たって?」

「俺は‥‥べつに、ヒマだったから‥‥」

エリックはそう言って目を逸らし、またひとくちコーラを飲んだ。


(ヒマ、って‥‥やはり、観光に来たわけじゃなさそうだな‥‥)

そう思ったが、隆太は「ふうん」とだけ言って、それ以上追求しなかった。
まあ、用があるなら自分から切り出すだろう。

どうやら有希子もそう考えているようだ。

「あ!歌舞伎揚げもある!隆太君、これも開けていい?」
「ええ、もちろん」

グエンファミリーはスナック菓子を買わないことを知っている有希子は、カイではなく隆太に了解を求めた。


エリックはどうも落ち着かぬ様子だった。
昨日とうって変わって、我々が挑発に全く乗って来ないので調子が狂ったのかもしれない。


お互いに無関心を装いながら、相手の出方を窺っている。
そんな、そこはかとない緊張感があった。

「私、これ好きなんだ~。ああ、ビールに合うわあ」
と、いかにも幸せそうにビールを飲んでいる有希子も 実は同様であることを、隆太は承知していた。



試し読みできます

ー 27 ー 風使いのかざぐるま

「もし観光の予定が無いのなら、エリック、瞑想をやってみるかい?」

カイがそう助け舟を出したのは、有希子が歌舞伎揚げをひとつエリックに差し出し、彼が首を振って断ったにも拘らず 彼の目の前に3~4個まとめて置いたので、エリックが困惑の表情を浮かべた時だった。


「瞑想…?なんで俺が?」

「リュータのブログを読んでいたんでしょう?もし興味があるなら、と思ってね」


「Ha!」エリックはバカにしたように嗤った。

「俺にはそんなもの必要ない。ちっちゃな樹を眺めて感動するんだろ?そんなアホくさいことやってられっか」

あからさまにバカにした口調だったのでカイに通訳してもらったのだが、さすがに少しムッとした。隆太にとって、あれはとても神秘的で重大な体験だったのだ。


が、顔には出さなかった。

(これは、挑発だ。この言動の裏に、何かがあるんだ。‥‥たぶん)


「瞑想に興味無いんだったら、カイに観光案内でもしてもらったらいいですよ。せっかくお店も休んだんだし。浅草とか両国、六本木とか‥‥ええと‥‥この辺だったら、どこがいいですかね?」

なるべく世間話のような口調で有希子に意見を求める。

有希子も内心では怒っているのだろうが、上手く隆太の口調に合わせてくれた。

「そうねえ‥‥築地はこの時間じゃ閉まってるだろうし‥‥あ、秋葉原?」

日本の有名な観光地の名前が羅列されたことで、エリックも話の流れがわかったようだ。
カイの通訳を待たずに口を開いた。

「お、俺は‥‥観光なんかに興味は無い」

口元を手で拭うと、眉間にしわを寄せて、何事か呟く。
「俺は、探しに来たんだ。もしかしたら、と思って‥‥」

ふたりは、目線でカイに通訳を求めた。

「‥‥日本のおもちゃで、名前を忘れてしまったんだけど‥‥神秘的な響きの名前だった。キラキラした模様の付いた、丈夫な紙で出来てて‥‥」


カイが双方に目を配りながら同時通訳する。

「a pinwheel‥‥えーっと、日本ではなんていうのかな?ファン?」
そう言いながら、指をくるくる回す。


「おもちゃ?ファン‥‥」
「それって‥‥」


『かざぐるま!!』


隆太と有希子が、人差し指を立てて同時に叫んだ。


「ああ!それだ!!確かそんなカンジの名前だった!!ずっと思い出せなかったんだ!!」

エリックは少し興奮している様子だ。
今までの人を見下したような挑戦的な表情は消え、眉の辺りが開いている。

隆太はポケットから携帯電話を取り出し、かざぐるまの画像を検索した。
そのいくつかをエリックに見せてみる。


ー確かに、これだ。間違いない。
エリックはそう言うように、頷いた。

「なんで、かざぐるまなんか探してるの?」

「それは‥‥お前らに関係ないだろ」

(カイは「それはキミ達に関係のないこと」と訳してくれたが、隆太はすでに、エリックのぶっきらぼうな口調に似つかわしい言葉遣いに 脳内で変換出来るようになっていた)


「まあ、それはそうだけど。‥‥これが欲しいの?」

「これって確か、簡単に作れましたよね?」

「うん。子供の頃に作ったことがある。ねえ、”キラキラした模様の丈夫な紙”って、きっと千代紙じゃないかしら?たぶん、文房具屋とかコンビニに売ってると思うの。私、買ってくる!」

「んじゃ、俺、パソコン取ってきますね。作り方を調べてみる」

そう言い残すや否や、ふたりは足早に店を出た。

店には呆気にとられた様子のエリックと、微笑んでふたりを見送るカイが残された。



十数分後、有希子が息を切らせて戻って来た。

「あるだけ買ってきた♪」と、得意気に収穫をテーブルに並べる。
ビニールで包装された綺麗な千代紙のセットが、4種類。

「おお。結構あるんですねえ。エリック、こんなカンジの紙でいいの?」

エリックが、戸惑い気味に頷く。

ノートパソコンの画面を見ながら、部屋から持ってきた割り箸や画鋲、ハサミなどを使い、隆太は黙々と作業を進める。
興味津々のカイや、ぬるくなりつつあるビールを飲みながら覗き込む有希子に見守られること数分。

「出来ました」

完成したかざぐるまを、エリックに手渡した。

彼は黙ってそれを受け取り、曖昧な表情を浮かべたまま見つめていたが、やがて「ふうっ」と息を吹きかけた。

かざぐるまが音も無く、くるくる回る。

3人は目を合わせて微笑んだが、エリックは回転の終わったかざぐるまを じっと見つめたままだ。


もう一度、息を吹きかける。さっきよりも、少し強く。

回転が終わりそうになるとまた、息を吹きかける。
そうしてしばらく回し続けた。


鮮やかな彩りが、溶けてひとつになる。

くるくる回る かざぐるま。


それ以外に動くものの無い部屋の中、3人は黙って彼を見守っていた。




試し読みできます

ー 28 ー 独白

「子供の頃、近所のばあさんにこれをもらったんだ」

しばらくかざぐるまを回し続けた後、エリックはそれをそっとテーブルに置き、低い声で静かに話しはじめた。
テーブルの上のかざぐるまを、伏し目がちに見つめたまま。




うちはすごく貧乏だった。
貧しい地区だったが、その中でも特に貧乏だったんだ。

父親は俺がごく小さい時に出て行った。母親は働きづめだった。
周りの子供達は、貧乏ながらもそれなりにおもちゃなんか持っていて、中にはビデオゲームなんか持ってるヤツも居た。
でも、俺は何も持っていなかった。それが悔しくて、俺はいつも独りで居た。

ある時、家の周りをブラブラしていると、近所の顔見知りのばあさんが俺を手招きして家に上げてくれた。
うちと同じくらい小さなボロ屋だったが、きちんと整えられていて清潔だった。

ばあさんは、熱いココアと手作りのクッキーを出してくれた。
そのどちらも、俺は初めて口にするものだった。
こんなに旨いものがこの世にあるのかと思ったよ。

両方ともおかわりして、学校のことなど少し話し、その日は帰った。

翌日から、学校が終わるとばあさんの家に行き、お菓子やスープをごちそうになった。
俺はいつも腹を空かせていたし、缶詰めや出来合いじゃなく 手作りのモノを食べられるのが楽しみだった。
でもそれ以上に、話をするのが楽しかった。
俺の話を(何でもない話だったが)、ちゃんと聞いてくれる大人は初めてだった。

ばあさんはいつもニコニコしながら俺の話を聞いていたが、やがて自分のことも少しずつ話すようになった。
ばあさんは若い頃、日本から移住してきたのだと知った。

日本のことも、少し話してくれた。
その話のついでに、かざぐるまを俺にくれたんだ。

俺は嬉しかった。
自分だけのおもちゃを貰ったのは、おそらく生まれて初めてだったと思う。
家に帰っても、ずっとかざぐるまで遊んだ。息を吹きかけたり、持って走り回ったり。
眠るときも、ベッドの側のテーブルに立てて、眠くなるまで息を吹いて回してた。
かざぐるまが壊れてしまうと、ばあさんが作り直してくれた。

そうやって何ヶ月か経った頃、俺は風を操れることに気がついた。
初めは、かざぐるまの回転を少し長引かせることが出来ただけだったが、だんだん力を伸ばした。
かざぐるまがいつまでも回り続けるのが嬉しくて、俺はさらに夢中になった。

いつの間にか、普通なら息が届かないほど離れた場所にあるかざぐるまを、風を操って回す事が出来るようにもなった。

俺は夢中になった。ボロボロになって紙が破けるまで、何度も何度も作り直してもらった。
そのキラキラした紙は、その1枚しか残っていなかったんだ。

修復不可能なまでに壊れてしまうと、ばあさんは新しいものを作ってくれると言ったが、俺は断った。

他のものは欲しくなかった。
壊れてしまった かざぐるま。あれが、俺の唯一のかざぐるまだったんだ。

それに、その頃には”風を操ること”のほうに興味が向いていたのだっだ。


「そのうち、ばあさんの家からは足が遠のいて何年も会わなかった。自分の家でも色々あって、ハイスクール卒業と同時に俺は家を出た。‥‥それっきりさ」



エリックは唐突に(と、隆太には思えた。)話を結んだ。

初めこそ カイが通訳するのを待って話していたのだが、途中から独り言のような口調になり、目も虚ろになっていた。
当時の光景を思い浮かべていたのだろうか。

話し終えた後、エリックはしばらくの間放心していた。

皆も沈黙していた。静かに彼の次の言葉を待っていた。


ようやく沈黙に気付いて顔を上げたエリックは、皆が自分を見つめているので 反射的に腰を浮かせた。

一瞬、とまどい気味にモゾモゾとポケット等を探ったりしていたが、おもむろにテーブルの上の風車を掴むと「帰るよ」と呟いた。

誰とも目を合わせずにテーブルをまわり込み、店の中程で少し立ち止まる。

何か言葉を探している様子だったが、結局曖昧に首を振っただけで何も言わずに つかつかと出口へ向かうと、一度も振り返ること無く出て行った。



試し読みできます

ー 29 ー 風向き

「……なにアレ」

有希子が立ち上がり、「ドアぐらい閉めてけ、っつーの」とブツブツ言いながら開きっぱなしのドアを閉めて戻って来た。

「何?何なの?この展開。いっきなりベラベラ喋りだしたと思ったら急に黙って、挙げ句、さっさと帰るって…!」

「うーん……何だったんでしょうねえ……そういえば、かざぐるまのこと…初めは『お前らには関係ない』とか言ってませんでした?」

隆太は答えを求めるようにカイを見ながら、飲みかけのコーラに手を伸ばした。

有希子もビールの缶に手を伸ばしたが、それは既に空になっていたことに気付いた。
ビールの空き缶を弄びながら、カイの言葉を待つ。

そんなふたりの視線を受けて、カイはフフッと笑みを漏らした。

「あのね、さっきふたりが出て行った時にね……」

「うん、うん」ふたりして身を乗り出す。

「急にふたりが出て行ってしまったから、彼は君たちが怒って出て行ったと思ったんだ。だから私は、有希子はかざぐるまの材料を買いに、隆太は作り方を調べに行ったと説明した。そしたら…信じようとしなかったんだよ」

「え……なんで?」
「だって私たち、ちゃんとそう言って出て行ったわよね?」

「うん。彼はね、きっと…頼まれたわけでもないのに、理由すら聞かずに、君たちが自分のために動いてくれるということが理解出来なかったんだと思う」


「………」
「で、でも…たかが折り紙ですよ?」

「そうだね。たかが、折り紙だ。でも、彼にとっては大切なものだった」

「それはそうでしょうけど…」

「だから、あの告白は多分……彼なりのお礼だったんじゃないかな」

困ったものだ、と言いた気に笑う。
「とてもわかりにくいけど、彼なりのね」


(お礼……あれが、お礼ねえ………なんつーか……)

「アイツ、相当めんどくさい奴ね!!」

隆太が躊躇していた言葉を、有希子がズバリ言ってくれた。


そんな有希子を、カイが笑いながらとりなす。
尤も、有希子の表情を見れば、本気で不快に思っているわけでないことは明白だったが。

「アハハ。彼はきっと、照れ屋なんだね。『他人が無条件に、他人のために何かをする』という体験に慣れてないから、戸惑ったんじゃないかな」

「え……」

「彼がさっき話したこと、覚えていますか?きっと、なるべく他人と関わらないように今まで生きてきたのでしょう」


「うーん……まあ、風の力のこともあるし、人付き合いを避けるのはわかるけどねえ……」
有希子は腑に落ちない様子だ。

「あ、ちょっと待って。でも、おばあさんは?かざぐるまをくれたおばあさんは、子供だったエリックに無条件に色々してあげてたじゃない?」

カイは大きく頷いた。
「そう。そこなんだよ」

テーブルに肘をつき、中指と薬指でこめかみのあたりをさする。
考えながら話すときの、カイの癖だった。

「彼はたぶん、まだ気付いていないんだ。色んなことに。」

「色んなこと?」

「そう。色んなこと。うーん……」

カイはもどかしげに言葉を探す。

「えっと…例えばね。さっきの君たちみたいな行動。”チヨガミ?”を探しまわったり、かざぐるまの作り方を調べたりね、そういうのを当たり前の様にしたよね。
 それでエリックは驚いてた」

2人はうんうんと頷き、先を促す。

「でもそういうことって、今まで全く無かったわけじゃないと思うんだ」

「?」

「かざぐるまをくれたおばあさん以外にもね、直接気付かなかったとしても、小さな小さな親切や思いやりを受けていた筈なんです。周りの人や、見ず知らずの人にもね」

「ああ……」

カイの言わんとする事がわかってきた。
有希子も隣で頷いている。

「特に、子供の頃というのはね、周りの大人達に注意を払われているものなんです。誰も何も言わなかったとしてもね」

「たしかに。程度の差こそあれ、近くに子供が居たら無意識にでも気にかけるでしょうね」
そう頷きながら、隆太は先日の宴会のことを思い出していた。

自分はもう子供ではないが、近所の人たちがずっと自分を気にかけてくれていたことに気づいて、包まれるような安心感を覚えたものだった。


「そうね。たとえ見ず知らずの子供でも、多かれ少なかれ気にかけるわね」

有希子は少し視線を落とし、昔を懐かしむような優しい表情になった。

「今まで意識しなかったけど、私たちもそうやって皆に見守られながら育ったのよね……」


「ふふ。そのとおり。もちろん、私もそうだった。でも」

言葉を切って、カイはふたりを順番に覗き込む。

「さっき、ユキコは良いことを言ったよ。『今まで意識しなかったけど』って」

「え?う、うん。言ったけど、それが…?」


カイは何故か、とても嬉しそうに微笑んだ。

「君たちは、意識はしてなかったけど、心の中で実は気付いてた。と、思う」

「え?」
「え?」

隆太と有希子は一瞬目を見合わせ、カイを見返した。

「そうなの?」
「そうなの?」

またハモってしまう。

「……そうかも」
「……そうかも」


カイが盛大に吹き出した。

あまりにタイミングが合っていたので、隆太も有希子も
思わず笑ってしまった。



試し読みできます

ー 30 ー 繋がりと流れ

ものの数分も笑い続けただろうか。
ひとしきり笑い終えると、3人は「ハァ」とか「ヒィ」とか「フゥ」とか言いながら目尻の涙を拭い、話を再開した。


「で…何の話でしたっけ」

「えーっと、どこまで行ったんだっけ。…あ!そうそう。意識はしてなかったけど、気付いてたってとこ」

「ああ。そうそう。そうでした」


カイは小さな咳払いを1つすると、真面目な顔に戻った。口の端に、まだ笑いの名残が滲んでいたが。

「そして大人になった今は、小さな親切にもちゃんと気付いて 自然に感謝出来る」


隆太は自信を持って頷いた。
特に、修行を始めてからはそういったことに対する感受性が高まった気がする。

「そうね。知り合い同士じゃなくても、例えばさり気なくドアを押さえて待っていてくれたりとか、公共のものを、次に使う人が困らないように片付けておくとか……ああ、公共マナーって、要はそういうことなのよね」

「そうですね。小さな思いやり。そして、それに感謝すること。特に、日本はそういう心が強いみたいですね。素晴らしいことです」

なんだか日本人を代表して褒められたような気がして、隆太は誇らしくもあり、少し くすぐったくもあった。
「小さい時から刷り込まれてることだから、今まで特になんとも思わなかったんだろうけど…言われてみれば、……うん、そういうのって わりとカッコイイかも」

微笑みながらカイも頷く。

「それでね、エリックがそういうことに気付かずにいたのは……何故だと思う?」


「うーん……わかりやすく親切に接してくれる他人が少なかったから、かしら?」

「確かに、接する機会が少なかったら気付きにくいかもしれませんよね」



「そう。小さい頃からの経験の積み重ねだね。でも、もうひとつの理由。ヒントはね、私たちの修行の中にあるよ」

「えっ!?」

「エネルギーの駆け引きを思い出して。そして、彼の性格」

「性格?えーと……無礼でクチが悪くてガサツで自意識過剰で失礼で超カンジ悪いってこと?」

息継ぎ無しで並べ立てる有希子に、隆太は思わず感心しつつ 呆れてしまった。

「水沢さん……反射的によくそこまでスラスラ悪口言えますね。しかも、ちょいちょい意味が被ってますけど」

有希子が頬を膨らませ、プイと顔を背けておどけてみせる。


「フフ。…でね、彼のあの、攻撃的なところ。あれは何故だと思う?」

「んー……持って生まれた性格…って考えるには、ちょっとキツすぎる気がします。……過去に何かあったとか?」

「ああ、そういうこともあるかもしれないね。でも」
カイは言葉を切って、少し声を落とした。

「コントロールドラマ、って聞いたことがあるかな?」


「コントロールドラマ?」

少なくとも、隆太にとっては初耳だった。有希子を見やると、彼女も初めて聞いたようだ。

「えーと、日本語でなんて言うのか忘れてしまったんだけど……」



カイの説明によれば、「多くの人は、対人関係に於いて4種類の役割のどれかを無意識に演じている」らしい。

親や周囲の人間の注意をひくのに最も効果的な態度(役割)を、子供の時に身につけるというのだ。

大抵はひとつの役割を主に演じるのだが、相手や状況に合わせて複数をミックスして演じ分けている場合もあるのだという。



「人のことを勝手に分析するのは、あまり良いことじゃないけど…」

そう前置きしながらも、
「エリックはいつも、攻撃のエネルギーを発している。おそらく、自分を守るために、相手を威圧して自分を守ろうとする役割を主に演じているからでしょう。そうやって、相手のエネルギーを奪うのに必死なんだ」

カイは小さなため息をついた。

「その役割を演じている人はね、人と対する時に、まず相手を威圧し脅かそうとする。怖がっている相手を見て、自分が偉くなったように思ったり、自信を持ったりする。
 相手に感謝したり礼を言ったりすると、自分が負けたような気分になってしまうという人もいるんだ。
それから、そうやって人を威圧することで、『自分が嫌われてるんじゃない。自分が相手を嫌ってるんだ』って思い込もうとするんだね」

「でもね」
そう言うと一転、カイは見つけた宝物の隠し場所を秘密にしている子供のような表情になった。ワクワクを隠しきれないような、抑えた笑顔。

「……でもね。彼はきっと、もうすぐそこから抜け出しますよ。そして、修行によって彼の世界は大きく変わります」


「え?でも……」
「どうして?彼は修行を拒否したでしょう?」

有希子と隆太が同時に口を開いた。


「流れです。彼は今、大きな流れの途中に居る。自分では気付いていないけど、それは心の中で望んでいた変化です。彼にどんなキッカケがあったのか わからないけれど…」

そう言うと、カイは得意気に人差し指を立てる。

「前に話したでしょう?全ては繋がっている。本当の偶然なんてものは無い。いくつもの出来事が繋がって、彼はわざわざ此処までやって来たんです。遠く、日本まで」

そう言って時計を見上げたカイは、おもむろに立ち上がりテーブルの上を片付け始めた。

つられるように、有希子が片付けを手伝い始め、隆太もそれに倣う。


「かざぐるまのことは、キッカケの1つだね。彼は今、気づきかけているんです。もうじき、彼の中で色々なことが繋がり出すでしょう。そこからはどんどん変わっていくと思いますよ」

片付けを続けながら、カイが当然のことのように言う。
が、その表情は優しく嬉しげだ。まるで、自分の身に良い事が起きているかの様に。

「さ、そろそろホア達が帰ってきますよ。上へ行って、夕食の準備をしましょう」




読者登録

霧野あみさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について