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ー 19 ー 謎の男、現る

慌てて朝食を詰め込み(さすがに咀嚼回数は少なめだった)、なんとか遅刻せずに済んだ隆太だったが、無難に仕事をこなしながらも頭の片隅にカイの言葉が残っていた。

(自分を知る?……自分の頭の中なんて、自分がいちばんよくわかってる)


だが。

ここ2ヶ月近くも、隆太は自分の中にこびりついた恐怖心に気付いていなかった。
後悔や罪悪感に塗り込められて、恐怖心は隠されていたのだ。

まだ自分の知らない何かが隠れているのだろうか。


自分の全てを知るのは、少し恐ろしかった。
知りたくないから隠されていることもあるのではないか。
己の中のダークサイドを白日の下に晒すことが、果たして善いことなのか。

と、隆太は苦笑を漏らした。

「自分を知る」と言われて、すぐに悪い方向に想像してしまった自分が可笑しかった。
だって彼らはあの時、「隆太だって、サラ達を助けた」と話していたのだ。
ダークサイド云々、という話の流れではなかった筈だ。

(俺、今まで自分が思ってたより、ずっとネガティブなタイプなのかもしれないな……)

自分では”細かなことにこだわらない、おおらかな人間”だと思っていた隆太には、あまり嬉しくない発見だ。

次の修行では、何が飛び出すやら……



(まあ、なんとかなるさ)


”おおらかな”隆太はそう思って気持ちを切り替え、仕事に集中した。



 * * *


一方その頃。

成田空港にひとりの男が降り立っていた。

初めての海外旅行。初めての日本。

なけなしの貯金を全額引き出し、部屋に散らばった小銭までかき集めて飛び出してきたはいいが、さっぱり勝手が分からない。

一応の下調べはしてきたつもりだったが、いざ到着してみれば右も左もわからなかった。


精一杯旅慣れた様子を装い、周囲を観察する。
ここでキョロキョロしたりオドオドした様子を見せれば、たちまちナメられてしまうだろう。

入国審査までは、問題無く終了した。人の流れについて行けば、それで良かった。
問題はここからだ。

バゲッジクレームで荷物をピックアップする。
荷物と言っても、大きめのバックパックひとつきりだ。

さあ、どうしたものか。


ゆったりした歩調で人について歩き始めるが、濃い色のサングラスの奥では忙しく周りを見回し係員を捜す。

日本では英語が通じないと聞いているが、さすがに空港職員なら英語くらいわかるだろう。
乗るべき電車とその乗り場を訊ねてみよう。

案内板を眺めて自分で調べることは論外だった。
完全に”オノボリさん”だと思われるだろう。
”アメリカの片田舎から流行のトーキョー見物に来たアホなガイジン”という目で見られるのは、我慢がならない。

腕章を着けインカムを装着した職員を見つけ、声を掛ける。
子供かと思うほど小柄な女性で、身長は彼の胸にやっと届くほどだ。
髪をひとつに束ね、ほとんど化粧をしていない顔で彼を見上げて、とても丁寧に説明してくれた。

鷹揚に礼を言って、彼女の説明に従い進む。

長い距離をゆったりと歩きながら、彼は周囲の観察を怠らない。
あちこちにある案内標識で、自分の進む方向が間違っていないかさりげなくチェックする。

(まったく。まるで小人の国だな)

2メートル近くある身長から、背中を丸めてせかせかと歩いている人々を見下ろしているうち、微かな優越感が口の端を歪ませた。

(こんなチビども、この俺にかかればひとっ飛びだ……)

そう思うと、これからの滞在の不安が少し薄れた。


下調べはしてあったが、電車のチケットを買うのに少しまごついた。

券売機の前で目の前のパネルとメモを見比べながら舌打ちしていると、後ろに居たビジネスマンらしき日本人男性が声を掛けてきた。

「どこまでですか?日本の鉄道は複雑ですから、お手伝いしますよ」

落ち着いた声の、流暢な英語だ。
身長もそれなりに高く、身なりも良い。自信に満ちているように見える。
この手の男はいけ好かないし大きなお世話だと思ったが、面倒なので手を借りることにした。


無事チケットを買うと、スマートに礼を言って、乗り場へ向かう。
が、どのホームへ行くべきなのかが またわからない。

(畜生。なんでこんなに分りづらいんだ。何もかもゴチャゴチャしやがって)

表示板を睨むこと数分、彼はようやく目的の電車に乗り込んだ。



(なんだよ。トーキョーとか言っても、ただのド田舎じゃねえか)

車窓から見える景色は、緑溢れる田園風景。
街並が完全に途切れる事こそ無かったが、遠くにウシや馬まで見える始末だ。

だが、ひとくちに田舎町とはいっても、彼の育った場所の風景とは全く違っていた。

しばらく窓の外を眺めていたが、似たような風景が続くのでじきに飽きてしまった。

車内の光景に目を転じると、ほとんどの乗客が携帯電話かゲーム機に見入っている。
複数で連れ立っている者も会話はごく少なく、それぞれに自分の携帯電話を見つめている様子は少し異様な感じだった。

一層、孤独感が増した。


彼もポケットからスマートフォンを取り出した。

そっちがそうなら、俺だって周囲をシャットアウトしてやればいい。


程なくして、彼も異様な光景の一部になった。



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ー 20 ー 風使い登場

仕事を終えて帰宅した隆太が 開店前の店に顔を出すと、カイが手招きした。

「お帰り、リュータ。待ってたよ」

隆太の背中に手をまわすようにし、奥の席へ誘導する。
サラが初めて店に訪れた時に座ったテーブルだ。

見れば、身体の大きな白人男性が 片方の足首を膝に乗せ片腕を背もたれに絡めて 尊大に座っている。
片方の手はポケットの中。
あからさまに値踏みするような目つきでこちらを観察している。


隆太にしては珍しいことだったが、一見して嫌な感じを持った。

サラのときとは違う。
危険信号などではなく、単に「嫌な奴オーラ」だ。


「リュータ。こちらは、エリック・ウィンター。アメリカからリュータに会いにきました」

「お、俺に?!」

エリックというその男性は中途半端に立ち上がり、笑顔のつもりなのか口の端をゆがめて手を差し出してきた。

「ど、どうも……」

慌てて握り返した手をとても強く握られ、隆太は少し顔をしかめた。

男はパッと手を離し、大げさな身振りで座り直すと、小馬鹿にしたように笑いながら何事か言った。

隆太はその態度に困惑しながら、カイを振り返った。

「あー、えーと……」

カイは困ったように笑いながら、自分の眉の辺りをポリポリと掻いている。

男はヒョイと眉を上げ、「言えよ」というようにおどけた仕草をした。

「あー、その……『こんなヒョロヒョロしたやつだとは思わなかった』って。あー、彼はリュータのブログを見て来たんだよ」

カイは「ヒョロヒョロ云々」を消し去りたいかの様に、急いで言葉を継いだ。

「へえ。それでわざわざ遠くから……ケンカ売りに来たんですかね?」

隆太はわざと冷めた口調で切り返した。
その口調に反応し、男が身を乗り出す。

「まあまあ、リュータ。とりあえず座って。ビールでも飲みながら話しましょう。もうすぐユキコも来るから」
カイは小声で耳打ちしながら、急いでビールと冷菜を数種類乗せたトレーを運んでくる。

隆太がしぶしぶ腰掛ける間、男は思い切り顔をしかめながら、自分の前に既に置かれた小皿の前菜のにおいを疑わしげに嗅いでいた。

(なんだか不愉快な奴だな……)


カイがエリックの隣に戻り 皆のグラスにビールを注いでいると、「こんにちは~」と有希子が入って来た。

奥のテーブルの見知らぬ外国人に気付くと、一瞬「アラ?」という表情を浮かべたが、「自分でグラスを持ってくるから」という仕草をしてみせ、厨房の方へ入っていった。

厨房では、ホアが夜の開店に向けて仕込みの真っ最中だ。
ホアと有希子の話す声が小さく聞こえる。

有希子はグラスと取り皿、箸を持ってすぐに戻って来た。

テーブルまであと数歩、というその時。


いきなり、店内に強い風が吹き荒れた。

壁に貼ったポスターやカレンダーがバタバタとはためいた。
花瓶に活けた花から、花びらが舞い落ちる。
テーブルに立てかけていたメニュー表が、あちこちで倒れた。

「きゃ!」
髪を風に煽られた有希子が立ちすくむ。

「な、なんだ?!」
隆太が店内を素早く見回すうちに、風は止んだ。

入り口のドアも、窓もみな閉まっている。
風など入ってくるはずが無いのだ。


すると、エリックが突然笑い出した。
膝を叩き、大きな声でひとしきり笑うと、得意気に何か言った。

それを聞いたカイが、驚きの声を上げる。


隆太も有希子も、思わずエリックを見つめた。

エリックは、ニヤニヤしながら「ヒュッ」と口をすぼめて息を吐き出すと、指の動きで風を操り店内を一周させた。
さっきよりはずっと弱い風だったが、またカレンダーがはためいた。

そして、表情たっぷりに肩をすくめ、カイに通訳を促した。


「彼は……彼は、風を操る能力を持っているそうです」



隆太も有希子も、言葉を失い顔を見合わせた。

有希子の顔には驚愕と困惑の表情が浮かんでいる。
おそらく自分もそんな表情をしているのだろう。

カイは、と見れば、さすがはサレンダーの親だった。
驚いた様子ではあったが、取り乱している風ではなかった。


エリックは得意気な表情で馬鹿馬鹿しい身振りを混じえ、ヘラヘラ笑いながら何か言っている。

その身振りと口調から、隆太は自分が馬鹿にされていることが分った。

目をぐるぐる回し、おどけた表情で両手を肩の横でパタパタさせる。
そして先ほどの指の動きで風を吹かせる真似をし、テーブルに崩れ落ちるようなジェスチャーをしているのだ。

おおかた、「自分の”風の力”で、天空人など吹き飛ばせる」みたいなことを言っているのだろう。

有希子も同じように読み取ったようだ。

「‥‥なにこのバカ」
と冷たい声で痛烈に言い放ったことから、それがわかった。

有希子はテーブルまでの数歩を靴音高くやって来て、音をたててグラスを置いた。

ドッカと腰を下ろすと、カイが手を伸ばすより先に自分で瓶を取ってビールを注ぎ、乾杯もせずにゴクゴク飲み始める。

隆太も倣って飲んだ。こんなやつを歓迎する気など、さらさら無かった。


カイは仕方なくひとりグラスを掲げ、曖昧な笑顔で「乾杯」と言うと、ひとくちだけ飲んでグラスを置いた。



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ー 21 ー 対立のはじまり

「で?!なんなのよ、コイツ」

有希子は対角に座るエリックと反対側へ足を組み、半ば背中を向ける格好で座る。
凄むように、片腕を前につきテーブルに乗り出している。臨戦態勢といったところだ。

そんな有希子の様子がおかしくて、隆太は吹き出しかけた。

有希子は感情表現が豊かで、とても素直だ。
不愉快だと感じたら、それをすぐに表情に出す。
が、必要とあらばそれを隠すことが出来るのを、隆太は知っている。


「彼は、エリック・ウィンター。隆太のブログを読んで、アメリカから会いに来たそうです」

「へえ…」
有希子の肩がピクリと動いた。警戒したのだ、と隆太は気付いた。

あのブログは、修行の内容を広めるために始めたものなのだが、あくまでも『サレンダーとその守人の修行の物語』という”体験記風小説”である、という体を取っている。

それをベトナム語と英語に訳したものも、同時に発表しているのだ。


書いている内容は本当のことだが、それをわざわざ”小説”という形にしているのは、フオンを守るためだった。
サレンダーの力を公にすれば、それを利用しようとする者が近づいてくるかもしれないからだ。

そのため、ブログは「ファンタジーSF小説」というカテゴリーに分類してある。


「エリック、こちらがユリ」
何が気に入らないのか、不満げな表情のエリックに簡潔に紹介する。

「……どうも」有希子は素っ気なく会釈した。

カイは、彼女を『ユリ』として紹介した。
ブログの内容が本当のことであると白状したことになる。少なくとも一部分は。

フオンの存在や、その能力のことも認めるのだろうか。

カイがどこまで話す気なのか、まだわからない。
『フオン』や『マイ』などの名前を出さないよう、隆太は有希子に目配せした。

有希子も当然、それは心得ていた。優秀な参謀なのだ。


エリックが何か話している。
話の内容はわからないが、この男は何故いつも攻撃的な口調なのだろう。

途中、「surrender」という単語を聞き取った隆太は、即座に反応した。
「サレンダーの力は作り話だ。ファンタジーだよ」

カイの通訳を待つまでもなく、エリックが制した。

「イヤ、それは嘘だ」

確信ありげに話しながら、3人に向かって順繰りに指を突きつける。

「さっき風を起こした時、君たちはさほど驚かなかった。普通ならもっと驚いたり怖がったりする筈だ。君たちは、特殊な能力に免疫がある」

カイは通訳しながらも全く動じていない。
フオンの危機かもしれないのに。

(しまった……確かに彼の言うとおりだ。迂闊だった…)
隆太は内心焦っていた。


「特殊な力への免疫?あるわよ。当然じゃない」

有希子があっけらかんと言い放つ。

隆太は一瞬ギョッとしたが、すぐに思い直した。
有希子のことだ。何か策があるのだろう。


「天空人が周りにウジャウジャいるのよ?”多少の”(と、強調して言う)不思議な力なんて、珍しくもないわ」

憎たらしく手をヒラヒラさせながら、鼻であしらう。

(水沢さん、スゲエ!女優だ!!)

咄嗟に、話をサレンダーから天空人の能力にすり替えた機転とその演技力に、隆太は感心することしきりだった。

おまけに、同志ながら全く天晴な小憎らしさだ。



だが。

優しくふたりに微笑みかけながら、カイは首を振った。

「いいんだよ、ユリ」

そして、エリックに向き直り真面目な表情で話し掛ける。

おそらくカイは、簡単な言葉を選んで話してくれているのだろう。
隆太にも聞き取りやすかった。

「サレンダーは実在するが、いま君に会わせることは出来ない。それから、いま名乗った私たちの名前はブログ上のニックネームである」

おおよそ、こんなところだった。


隆太には信じられなかった。

(よりによって、こんなヤツにサレンダーのことを話すなんて!)

チラリと有希子を盗み見ると、彼女はまったくの無表情だった。
黙って取り皿の料理を突ついているが、耳は会話に集中しているのがわかった。

エリックは不満げにカイの話を聞いていたが、サレンダーに会えないとわかると隆太に矛先を向けた。


「ああ…リュータ、彼が翼をみせてくれって」

「嫌ですよ」隆太は即座に首を振った。
カイが訳さなくて済むよう、エリックの目を見て。

「『さっき俺の能力を見せたのだから、今度は君の番だ』って」

その言い草に、隆太は思わず鼻で笑ってしまった。
先ほどの有希子の態度に引けを取らぬ憎たらしさだったろう。


「そんなの、アンタが勝手にやったんじゃないか。俺は頼んでない。そんなに見たきゃ、近所をウロついてみたらどうですか?運が良けりゃ、誰かが飛んでるかも」

そう言いながら立ち上がる。
これだけ失礼な相手なのだ。こちらだって失礼な態度をとっても構わないだろう。おあいこってやつだ。

「カイ、ビールごちそうさまでした。俺、明日も仕事なんで戻ります」

「あら、じゃあ私も帰るわ。あ、そうそう。商店街の雑貨屋で、『天空人Tシャツ』売り出してたわよ。背中に翼のイラストが描いてあるの。お土産に買っていったら?」

有希子も半笑いで席を立った。

カイが通訳している間に、ふたりは「ごちそうさま~♪」とわざとらしい笑顔で手を振って店を出た。



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ー 22 ー わるいひと

「そういえば、天空人Tシャツって なんですか?」

フオンの宿題を見ながら、隆太が訊ねた。
店を出た有希子は、帰らずに隆太と一緒にグエン家へ上がってきたのだ。

「ああ。雑貨屋の軒先に『新発売』ってかかってたのよ。ゴールデンウィークに入ってから、観光客がたくさん来てるんですって。……ほら、ニュースになったから」

「へえ……なんか、みんな逞しいですね」


2ヶ月ほど前、あの火災で天空人達が空を飛び交い消火活動する様子が、全国のニュースで流れた。
日本のみならず海外でも話題になったらしく、海外からの観光客も増えているのだそうだ。

Tシャツだけでなく、ストラップなども売られ始めているらしい。


「あのブログ、閉じた方がいいのかな‥‥」

ブログを始めた時点では、ここ天空橋がこんな風に大々的に取り上げられるなんて思ってもみなかった。が、あの火災がニュースになってから、『翼の守人』のアクセスは飛躍的にアップした。

これからも、エリックの様にサレンダーのことを探りにくる者が現れるかもしれない。


「うーん……どうかしらね。教えを広めるという点では、目的に適ってるからねえ」

「でも、フオンが危険な目に遭ったら……」


結局、日本語版のブログは閉じ、ベトナム語と英語のブログはそのまま残したらどうか、という折衷案が出された。
エリックの場合は 自身も特殊能力を持っていたから、あの物語が真実の話であるかもしれないと考えたのだろうが、そうでなければわざわざ日本までやってくる物好きは、そういないだろう。

もちろん、最終決定は全員の会議で決まるのだが。


仮決定とはいえ一旦話がまとまったので、ふたりの話題はエリックのことへと移っていった。


「それにしてもさ。なんなのよ、あの態度。あんな失礼なやつ、生まれて初めて見たわよ!」

「うーん……あそこまで攻撃的な人も珍しいですよね。少なくとも日本ではねえ」

「なあに?誰のこと?」

宿題をほぼ終えたフオンが、興味を示す。


隆太と有希子は、かわるがわるエリックの傲慢な態度について話して聞かせた。
もちろん、風を操る力のことも。

「風かあー。すごいねえ。こいのぼり、パタパタできるねえ」
フオンが夢みるような表情で呟く。

隆太と有希子は一瞬顔を見合わせ、大笑いした。

フオンは日本の鯉のぼりを珍しがって、自分にも欲しいとおねだりしていたのだ。
なんでも、「赤いのとピンクのとしましまのがいい」らしい。
(「しましまの」とは、吹き流しのことだ。)


「あいつはきっと、鯉のぼりを吹き飛ばしちゃうよ。すごく嫌なヤツなんだ」

「ふーん。わるい人なの?」

あまりにもストレートな問いと そのまっすぐな瞳に、隆太はたじろいだ。

「え…えっと……わるい人かどうかは、まだわからないな。会ったばかりだからね。うん、まだわからない」
「そうね。そうね。すごく失礼な人ではあったけど……まだわからないわね」

「……ふーん。シツレイだけど、わるくはないのかあ。難しいねえ」


フオンの前で他人の悪口を言ってしまったことを反省しつつ、ふたりには同じ疑問が浮かんでいた。


そういえば、彼は何をしに日本へ来たのだろう……?



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ー 23 ー 理由


「エリックはホテルに帰ったよ」

仕込みを終え、夜からの営業までの短い休憩時間。
一家がリビングに集まり、少し早めの夕食をとる時間帯だ。

「ねえ、あの人何しに来たの?何者なの?風を操るって、何なのよ」


夕食の支度をしながら、カイが苦笑した。

「ユキコは、彼のことが気に入らないみたいだね」

「俺だって気に入りませんね。なんかムカつく奴だ」

「あら。リュータにしては珍しいわね」
ホアもクスッと笑った。

「だって、あんな態度……誰だって腹立ちますよ」

「そんなに酷かったの?私達にはそうでもなかったわよね?」
「そうだね。まあ、礼儀正しかったとも言えないけどね」

憤然とする隆太を他所に、カイは何やら思い出し笑いをしている。


「さて、リュータ。彼は何故、リュータにだけあんな態度を取ったのだろうね?」

「‥‥さあ。知りませんよ」
何故もなにも、初対面だったんだ。俺にわかるわけがない。

「いいかい、リュータ。今朝言ったことを憶えてるかな?これは、『自分を知る』のに、良いチャンスだよ」

「え?‥‥これが?」

カイは楽しそうな表情で隆太と有希子を交互に眺め、答えを待っている。

(エリックの態度の理由を知ることが、自分を知る修行‥‥?)

さっぱりわけがわからない。


「えーと‥‥たしか、彼は隆太君のブログを読んで、隆太君に会いに日本へ来たって言ったわよね?」

有希子は”自分を知る修行”云々にはこだわっていないようだ。
カイの初めの問いについて考えをめぐらせていたのだろう。


「じゃあ、修行の内容やサレンダーの力より、守人・天空人に興味があるってことよね?」

必要の無いことには拘らず、サクサクと物事を前へ進める。
その切り替えの速さに感心しながら、隆太も考えてみる。


「そうですね‥‥確かにサレンダーの力については、それほど掘り下げて聞いてこなかった気がする。ま、その前に俺たちが店を出てきちゃったからかもしれないけど」

「うん、確かに。彼がやったのは、風吹かせて人を小馬鹿にしただけだったわよね‥‥」

随分な言い様だが、その通りだった。

カイはふたりを励ますように、うんうんと頷く。
「その調子、その調子」


店に入った時の様子から思い出してみる。

たしか彼は‥‥紹介される前からずっと、挑戦的な目つきでこちらを見ていたんだった。
それで俺は、なんだか不愉快だって‥‥

「えーっと‥‥あ!‥‥もしかして、対抗意識?‥‥あれ?でも、なんで俺に?」

「考えて、考えて」
カイが頭の横を人差し指でトントンと叩く。

隆太は無意識にその仕草を真似ながら、なおも考えた。


「特殊能力を持つなら、普通はサレンダーに対抗するわよね?‥‥イヤ、でも!‥‥フオンの力は、まだ発達の途上だし。少なくとも、あのブログの上では」

確かに、火災の際に フオンが大量の水を飛ばして隆太達を助けた事は、ブログに書いていなかった。

いつの間にか、有希子も同じポーズでブツブツ呟いている。

「‥‥フオンが小さな女の子だから?」

「ああ、それもあるかもしれない!アイツ、俺のことヒョロヒョロって言ってたし!」


大人達の会話を理解しようと耳を澄ませ、真っすぐにこちらを見上げているフオンと目が合う。

フオンに”ホソナガイ”と言われるのは構わないが、奴に”ヒョロヒョロ”と言われるのは腹が立つ。


「俺はたぶん彼と同世代だし、実際に空を飛ぶことも出来る」

「それに」
有希子はトントンと側頭部を叩いていた人差し指を、アンテナのように立てた。


「彼はきっと、あのニュースも見てるのよね?なら、隆太君が人命救助したことも知ってるかもしれない」

「そうですね‥‥海外でどんな風に報道されたのか、わからないけど。
 ブログの内容や更新が止まったことと関連づけて、何か推測したのかもしれない」

「決まりね。『特殊な力を持つヒーローへの対抗意識!!』どう?」

顔の横に立てていた指アンテナを、カイの方へ振り向ける。
その動きにつられて、隆太もカイの方へ視線を向けた。答え合わせの時間だ。


パチパチパチパチ。カイが笑顔で拍手する。

「いいですよ。私の考えと、大体同じです。でも、もう少し」

ダイニングテーブルに料理を並べていたホアが、自分の腕時計を指し示して合図している。
カイはそちらへ頷くと、一同をテーブルの方へ誘った。

「対抗意識だけで、わざわざ日本まで来るかな?もう少し考えてみて下さい。これは、宿題です。夕食の準備も出来たようだし」


「はーい、先生」

しぶしぶ、といった声で、隆太と有希子が揃って手を挙げた。


テーブルの上、5つの明るい笑い声が広がった。




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