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ー 17 ー 魂の階段

翌朝。

空は早朝から晴れ渡り、澄んだ空気は新緑の息吹に満ちていた。

新鮮な空気の中、隆太は思い切り深呼吸した。


少し遅れて屋上に出てきたカイは、隆太の顔を見るなり嬉しそうに笑った。

「リュータ、昨日の夜、何かありましたね?」

「ああ……ハイ。…わかりますか?」
少し照れたように、笑い返す。

「わかりますよ。強く美しいエネルギーが出ています」

ついでやって来た ホアとフオンも嬉しそうだ。

「顔も少し違うよ。ね、ママ」

見上げるフオンに、ホアも「そうね」と笑顔を返した。


隆太は、昨夜気付いたことを話して聞かせた。
日本に来て日の浅い彼らにもわかるように、簡単な言葉を選びながら話すので時間がかかった。
彼らも時おり質問を交えながら、一生懸命聞いてくれた。

4人はガーデンチェアを持ち出して座り、互いのエネルギーを交換しながら話し合った。

相手の話に注意深く耳を傾けるということは、実は相手に自分のエネルギーを注ぎ込む行為だ。
そして、こちらの思いをわかりやすく伝えようとすることは、自分のエネルギーを差し出すことなのだ。
エネルギーの交換が続くうち、その『場』のエネルギーはだんだん強くなる。
すると、話し合いはスムーズに進み、お互いに深くわかりあうことが出来るようになる。
(サレンダー ~翼の守人~「ー 27 ー 苦悩」http://surrender.meblog.biz/article/4260324.html


『ありがとう』という感謝の言葉は、自身の心を、魂を解放する言葉でもあることに気付いたと話した時だ。

カイが突然立ち上がり、隆太を抱きすくめた。

「わっ!な、なんすか!!」

「リュータ、素晴らしいよ!!!」
カイは眼を潤ませ顔を紅潮させている。隆太は背中をバンバン叩かれ、少し咳き込んだ。

「よく気付いたわ、リュータ。そのとおりですよ」
ふたりの様子を優しく見守るような眼差しで、ホアも微笑んでいる。

「それにね、私たちが何かに感謝するとき、私たちはその相手の後ろにあるものにも同時に感謝していることになります。ずっと続いてきた生命。いま周りにある生命。全ての出会い」



(ああ……そうだ。俺はずっと、瞑想でそのことを教わってたんだ……)


今までの教えを思い返す。
きっと、ひとつの教えに幾重にも意味があるのだ。

だが、突き詰めれば。言っていることはただひとつ。

「愛(あるいは感謝、善意)」だ。


以前、有希子と話したことを思い出した。

エネルギーの正体とは何なのか、ということ。

ふたりともこれという理由は説明出来なかったのだが、「エネルギー = 愛」という答えに一致した。
なんとなくそう感じて、しかもそれが正しいと直感していたのだ。
たしか、ハッキリわからないながらに、ブログにも書いた筈だった。
(隆太のブログ「エネルギーの正体」http://tsubasanomoribito.blog111.fc2.com/blog-entry-24.html


つまり、人は何かに感謝するとき、”これまでの時間とこれまでの存在、全てからの善意”に感謝し、なおかつ”それを受け取る自分を許す”ことになるのだ。



「そうだ。俺、ほんとは知ってたはずなんだ。なのに、すっかり忘れてしまって……」

ようやくカイの抱擁から解放され、隆太はガーデンチェアの背にもたれ肩を落とした。

「俺、まるっきり馬鹿みたいだ。せっかく教わったことを忘れていつまでもふさぎ込んで、皆に心配かけて」


「いいんだよ、リュータ。人間だからね。何度もつまづくものなんだ」
そう言って、カイが笑う。

「‥‥何度も?」


「そう。何度も。これから長く生きる間に、辛いことだって起きる。その度にきっと、同じように苦しむ。同じところをぐるぐる回っているみたいに」

「でもね、リュータ。一周回った間にあなたが経験したことの分、あなたの視点は上に昇っているのよ。」

ホアの言葉に、カイが頷く。

「リュータは少しの間、教えを遠ざけてしまったけど、自分の力で感謝の持つ新しい意味を見つけたね。そうやって、私たちの心は成長していくんだよ」

「こういうふうに、だよ」
フオンが指でぐるぐると螺旋を描く。
下から上へ向けて、ぐるぐると。


「何があっても、『愛』を忘れなければ大丈夫。
 全部が繋がっていること、自分が宇宙の一部であることを忘れなければ、大丈夫」

彼らの言葉が、隆太の胸に染み渡り全身に広がる。


らせん。

人の魂は螺旋を描くように成長する。
広がったり狭まったりしながら。
高く昇ることもあれば、ほとんど高さが変わらないこともある。

だが、元の場所より低くなることは無い。愛を忘れなければ。


愛を軸にして昇っていく、らせん。



「あ!!」隆太が突然声を上げた。

「螺旋!!らせんだ!!」

「なに?…らせん?」



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ー 18 ー ロマンティックが止まらない

「なに?…らせん?」

驚いた顔で隆太を見つめる3人に、先ほどフオンがしてみせたように下から上へと円を描き指をぐるぐる回す。

「これ、螺旋。俺たちは螺旋を持ってる!身体の中に!!」


「え?どこ?」
自分の身体を見下ろし、フオンは手や腕をひっくりかえしながら螺旋を探している。

「DNAです!!!俺たちはDNAの二重螺旋の中に太古の記憶を持ってる。ずっと続いてきた生命の記憶を!」

グエン夫妻に真剣な眼差しを向ける隆太は、自分の発見に興奮しているのか 普段よりジェスチャーが大ぶりになっている。

「そのDNAと同じように螺旋を描き、俺たちの魂は成長していく。太古の記憶が刻まれたDNAと同じく、螺旋を描いて。これって、偶然ですか?!」



グエン夫妻は顔を見合わせた。そして同時に笑い出した。

「ああ!リュータだ!!いつものリュータが戻ってきたね!!」

ホアは小さく手を叩き身体を揺らしながら、カイに至っては涙をぬぐいながら笑っている。

フオンには意味がわからなかったらしく(当然だろう)、キョトンとしている。


せっかくの思いつきを散々笑われ憮然としている隆太に、ようやく息を整えたカイが頷く。
(しかし、目尻にはまだ涙が残っていた)

「その考えは、とても面白いよ。もしかしたら、偶然じゃないかもしれないね」


ホアは腕を伸ばし、隆太の肩をポンポンと叩く。
「あのね、リュータ。古代の文書や様々な宗教の…えー、聖書?キョウテン?そういう本には、いくつか同じことが書いてあります。そのひとつが、『人は”らせん”の階段を昇って神に近づく』というものなの」

「えっ!!‥‥それって、まだDNAなんか発見されてない時代の本ですよね?」

「もちろん」

「じゃあ、じゃあ、やっぱり偶然じゃないのかも……」


「うん。”らせん”という形をとるのは確かに同じだね。でも、そのことが関係あるかどうかはわからない。偶然かもしれないし、偶然じゃないかもしれない。だって、DNAの中のらせんと違って、魂の成長の”らせん”は……」

重ねた手を上下させて、垂直方向の幅を表す。
「一周ごとの高さも……幅も、いつも同じではないんじゃないかな。」

「ああ……そうかぁ。確かに」隆太はため息をついた。

そのときの経験や気づきの深さにより、魂の成長の度合いは様々だ。
当然、魂が描く螺旋の幅も高さも変わってくるだろう。

「すごい発見だと思ったんだけどな………」


「でも、リュータのその考えは、とても素敵ね。
 DNAの中に、神に近づく魂の螺旋階段を持ってるなんて。とても、ロマンティックだわ」
ホアがニッコリと微笑む。

「そうだね。僕らはね、いつも面白いこと、楽しいことを思いつくリュータが戻ってきたのが嬉しくて、つい笑ってしまったんだ。馬鹿にしたわけじゃないからね」


”ロマンティック”などと言われて、隆太は思わず「いやぁ…」と照れ笑いしてしまった。

笑っていないのは、話の流れについてゆけず口を尖らせている、フオンだけだ。



「ところで、リュータは何故『感謝は、魂を解放することでもある』って気付いたの?」

「え?ああ……」

カイは「後でちゃんと説明するからね」とフオンを宥めている。


「サラのことを考えてて。あんな風に、自分を犠牲にして人を守ったり、自分が大変な時に人のことを思いやることが出来るなんて、すごいなって。俺だったら、同じことが出来るだろうか、って。
 そう考えてたら、自然と『ありがとう』って思えたんです。そしたら、なんか…」


「えっ?」

3人が不思議そうな顔をするので、隆太は戸惑って聞き返した。


「……なんすか?」


「リュータ、自分も同じことしたじゃない」
フオンが隆太を見上げて言う。

「火事に飛び込んでサラ達を助けたよ?」


「え、ああ……たしかに。でもそれは、おれの場合は…別にその……」

ただ夢中だっただけで。しかも、フオン達の力も借りたし……それに……


俺がしたことは、サラのしたこととは違う。

そう言いたかったのだが、上手く言えなかった。


「あっはっはっは!!リュータ!今日は朝から何回笑わせるんだい?君は、教えについては驚くほど よく理解するのに、自分のことは何もわかってないんだね」
我慢出来ない、というように カイが笑いはじめた。

「今度の修行は『自分を知ること』だね」

「そうね。でも……」
お腹を抱えてヒィヒィいっているカイを見て苦笑し、ホアが自分の腕時計を指差す。

「リュータ、そろそろ準備しないと、遅刻じゃない?」



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ー 19 ー 謎の男、現る

慌てて朝食を詰め込み(さすがに咀嚼回数は少なめだった)、なんとか遅刻せずに済んだ隆太だったが、無難に仕事をこなしながらも頭の片隅にカイの言葉が残っていた。

(自分を知る?……自分の頭の中なんて、自分がいちばんよくわかってる)


だが。

ここ2ヶ月近くも、隆太は自分の中にこびりついた恐怖心に気付いていなかった。
後悔や罪悪感に塗り込められて、恐怖心は隠されていたのだ。

まだ自分の知らない何かが隠れているのだろうか。


自分の全てを知るのは、少し恐ろしかった。
知りたくないから隠されていることもあるのではないか。
己の中のダークサイドを白日の下に晒すことが、果たして善いことなのか。

と、隆太は苦笑を漏らした。

「自分を知る」と言われて、すぐに悪い方向に想像してしまった自分が可笑しかった。
だって彼らはあの時、「隆太だって、サラ達を助けた」と話していたのだ。
ダークサイド云々、という話の流れではなかった筈だ。

(俺、今まで自分が思ってたより、ずっとネガティブなタイプなのかもしれないな……)

自分では”細かなことにこだわらない、おおらかな人間”だと思っていた隆太には、あまり嬉しくない発見だ。

次の修行では、何が飛び出すやら……



(まあ、なんとかなるさ)


”おおらかな”隆太はそう思って気持ちを切り替え、仕事に集中した。



 * * *


一方その頃。

成田空港にひとりの男が降り立っていた。

初めての海外旅行。初めての日本。

なけなしの貯金を全額引き出し、部屋に散らばった小銭までかき集めて飛び出してきたはいいが、さっぱり勝手が分からない。

一応の下調べはしてきたつもりだったが、いざ到着してみれば右も左もわからなかった。


精一杯旅慣れた様子を装い、周囲を観察する。
ここでキョロキョロしたりオドオドした様子を見せれば、たちまちナメられてしまうだろう。

入国審査までは、問題無く終了した。人の流れについて行けば、それで良かった。
問題はここからだ。

バゲッジクレームで荷物をピックアップする。
荷物と言っても、大きめのバックパックひとつきりだ。

さあ、どうしたものか。


ゆったりした歩調で人について歩き始めるが、濃い色のサングラスの奥では忙しく周りを見回し係員を捜す。

日本では英語が通じないと聞いているが、さすがに空港職員なら英語くらいわかるだろう。
乗るべき電車とその乗り場を訊ねてみよう。

案内板を眺めて自分で調べることは論外だった。
完全に”オノボリさん”だと思われるだろう。
”アメリカの片田舎から流行のトーキョー見物に来たアホなガイジン”という目で見られるのは、我慢がならない。

腕章を着けインカムを装着した職員を見つけ、声を掛ける。
子供かと思うほど小柄な女性で、身長は彼の胸にやっと届くほどだ。
髪をひとつに束ね、ほとんど化粧をしていない顔で彼を見上げて、とても丁寧に説明してくれた。

鷹揚に礼を言って、彼女の説明に従い進む。

長い距離をゆったりと歩きながら、彼は周囲の観察を怠らない。
あちこちにある案内標識で、自分の進む方向が間違っていないかさりげなくチェックする。

(まったく。まるで小人の国だな)

2メートル近くある身長から、背中を丸めてせかせかと歩いている人々を見下ろしているうち、微かな優越感が口の端を歪ませた。

(こんなチビども、この俺にかかればひとっ飛びだ……)

そう思うと、これからの滞在の不安が少し薄れた。


下調べはしてあったが、電車のチケットを買うのに少しまごついた。

券売機の前で目の前のパネルとメモを見比べながら舌打ちしていると、後ろに居たビジネスマンらしき日本人男性が声を掛けてきた。

「どこまでですか?日本の鉄道は複雑ですから、お手伝いしますよ」

落ち着いた声の、流暢な英語だ。
身長もそれなりに高く、身なりも良い。自信に満ちているように見える。
この手の男はいけ好かないし大きなお世話だと思ったが、面倒なので手を借りることにした。


無事チケットを買うと、スマートに礼を言って、乗り場へ向かう。
が、どのホームへ行くべきなのかが またわからない。

(畜生。なんでこんなに分りづらいんだ。何もかもゴチャゴチャしやがって)

表示板を睨むこと数分、彼はようやく目的の電車に乗り込んだ。



(なんだよ。トーキョーとか言っても、ただのド田舎じゃねえか)

車窓から見える景色は、緑溢れる田園風景。
街並が完全に途切れる事こそ無かったが、遠くにウシや馬まで見える始末だ。

だが、ひとくちに田舎町とはいっても、彼の育った場所の風景とは全く違っていた。

しばらく窓の外を眺めていたが、似たような風景が続くのでじきに飽きてしまった。

車内の光景に目を転じると、ほとんどの乗客が携帯電話かゲーム機に見入っている。
複数で連れ立っている者も会話はごく少なく、それぞれに自分の携帯電話を見つめている様子は少し異様な感じだった。

一層、孤独感が増した。


彼もポケットからスマートフォンを取り出した。

そっちがそうなら、俺だって周囲をシャットアウトしてやればいい。


程なくして、彼も異様な光景の一部になった。



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ー 20 ー 風使い登場

仕事を終えて帰宅した隆太が 開店前の店に顔を出すと、カイが手招きした。

「お帰り、リュータ。待ってたよ」

隆太の背中に手をまわすようにし、奥の席へ誘導する。
サラが初めて店に訪れた時に座ったテーブルだ。

見れば、身体の大きな白人男性が 片方の足首を膝に乗せ片腕を背もたれに絡めて 尊大に座っている。
片方の手はポケットの中。
あからさまに値踏みするような目つきでこちらを観察している。


隆太にしては珍しいことだったが、一見して嫌な感じを持った。

サラのときとは違う。
危険信号などではなく、単に「嫌な奴オーラ」だ。


「リュータ。こちらは、エリック・ウィンター。アメリカからリュータに会いにきました」

「お、俺に?!」

エリックというその男性は中途半端に立ち上がり、笑顔のつもりなのか口の端をゆがめて手を差し出してきた。

「ど、どうも……」

慌てて握り返した手をとても強く握られ、隆太は少し顔をしかめた。

男はパッと手を離し、大げさな身振りで座り直すと、小馬鹿にしたように笑いながら何事か言った。

隆太はその態度に困惑しながら、カイを振り返った。

「あー、えーと……」

カイは困ったように笑いながら、自分の眉の辺りをポリポリと掻いている。

男はヒョイと眉を上げ、「言えよ」というようにおどけた仕草をした。

「あー、その……『こんなヒョロヒョロしたやつだとは思わなかった』って。あー、彼はリュータのブログを見て来たんだよ」

カイは「ヒョロヒョロ云々」を消し去りたいかの様に、急いで言葉を継いだ。

「へえ。それでわざわざ遠くから……ケンカ売りに来たんですかね?」

隆太はわざと冷めた口調で切り返した。
その口調に反応し、男が身を乗り出す。

「まあまあ、リュータ。とりあえず座って。ビールでも飲みながら話しましょう。もうすぐユキコも来るから」
カイは小声で耳打ちしながら、急いでビールと冷菜を数種類乗せたトレーを運んでくる。

隆太がしぶしぶ腰掛ける間、男は思い切り顔をしかめながら、自分の前に既に置かれた小皿の前菜のにおいを疑わしげに嗅いでいた。

(なんだか不愉快な奴だな……)


カイがエリックの隣に戻り 皆のグラスにビールを注いでいると、「こんにちは~」と有希子が入って来た。

奥のテーブルの見知らぬ外国人に気付くと、一瞬「アラ?」という表情を浮かべたが、「自分でグラスを持ってくるから」という仕草をしてみせ、厨房の方へ入っていった。

厨房では、ホアが夜の開店に向けて仕込みの真っ最中だ。
ホアと有希子の話す声が小さく聞こえる。

有希子はグラスと取り皿、箸を持ってすぐに戻って来た。

テーブルまであと数歩、というその時。


いきなり、店内に強い風が吹き荒れた。

壁に貼ったポスターやカレンダーがバタバタとはためいた。
花瓶に活けた花から、花びらが舞い落ちる。
テーブルに立てかけていたメニュー表が、あちこちで倒れた。

「きゃ!」
髪を風に煽られた有希子が立ちすくむ。

「な、なんだ?!」
隆太が店内を素早く見回すうちに、風は止んだ。

入り口のドアも、窓もみな閉まっている。
風など入ってくるはずが無いのだ。


すると、エリックが突然笑い出した。
膝を叩き、大きな声でひとしきり笑うと、得意気に何か言った。

それを聞いたカイが、驚きの声を上げる。


隆太も有希子も、思わずエリックを見つめた。

エリックは、ニヤニヤしながら「ヒュッ」と口をすぼめて息を吐き出すと、指の動きで風を操り店内を一周させた。
さっきよりはずっと弱い風だったが、またカレンダーがはためいた。

そして、表情たっぷりに肩をすくめ、カイに通訳を促した。


「彼は……彼は、風を操る能力を持っているそうです」



隆太も有希子も、言葉を失い顔を見合わせた。

有希子の顔には驚愕と困惑の表情が浮かんでいる。
おそらく自分もそんな表情をしているのだろう。

カイは、と見れば、さすがはサレンダーの親だった。
驚いた様子ではあったが、取り乱している風ではなかった。


エリックは得意気な表情で馬鹿馬鹿しい身振りを混じえ、ヘラヘラ笑いながら何か言っている。

その身振りと口調から、隆太は自分が馬鹿にされていることが分った。

目をぐるぐる回し、おどけた表情で両手を肩の横でパタパタさせる。
そして先ほどの指の動きで風を吹かせる真似をし、テーブルに崩れ落ちるようなジェスチャーをしているのだ。

おおかた、「自分の”風の力”で、天空人など吹き飛ばせる」みたいなことを言っているのだろう。

有希子も同じように読み取ったようだ。

「‥‥なにこのバカ」
と冷たい声で痛烈に言い放ったことから、それがわかった。

有希子はテーブルまでの数歩を靴音高くやって来て、音をたててグラスを置いた。

ドッカと腰を下ろすと、カイが手を伸ばすより先に自分で瓶を取ってビールを注ぎ、乾杯もせずにゴクゴク飲み始める。

隆太も倣って飲んだ。こんなやつを歓迎する気など、さらさら無かった。


カイは仕方なくひとりグラスを掲げ、曖昧な笑顔で「乾杯」と言うと、ひとくちだけ飲んでグラスを置いた。



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ー 21 ー 対立のはじまり

「で?!なんなのよ、コイツ」

有希子は対角に座るエリックと反対側へ足を組み、半ば背中を向ける格好で座る。
凄むように、片腕を前につきテーブルに乗り出している。臨戦態勢といったところだ。

そんな有希子の様子がおかしくて、隆太は吹き出しかけた。

有希子は感情表現が豊かで、とても素直だ。
不愉快だと感じたら、それをすぐに表情に出す。
が、必要とあらばそれを隠すことが出来るのを、隆太は知っている。


「彼は、エリック・ウィンター。隆太のブログを読んで、アメリカから会いに来たそうです」

「へえ…」
有希子の肩がピクリと動いた。警戒したのだ、と隆太は気付いた。

あのブログは、修行の内容を広めるために始めたものなのだが、あくまでも『サレンダーとその守人の修行の物語』という”体験記風小説”である、という体を取っている。

それをベトナム語と英語に訳したものも、同時に発表しているのだ。


書いている内容は本当のことだが、それをわざわざ”小説”という形にしているのは、フオンを守るためだった。
サレンダーの力を公にすれば、それを利用しようとする者が近づいてくるかもしれないからだ。

そのため、ブログは「ファンタジーSF小説」というカテゴリーに分類してある。


「エリック、こちらがユリ」
何が気に入らないのか、不満げな表情のエリックに簡潔に紹介する。

「……どうも」有希子は素っ気なく会釈した。

カイは、彼女を『ユリ』として紹介した。
ブログの内容が本当のことであると白状したことになる。少なくとも一部分は。

フオンの存在や、その能力のことも認めるのだろうか。

カイがどこまで話す気なのか、まだわからない。
『フオン』や『マイ』などの名前を出さないよう、隆太は有希子に目配せした。

有希子も当然、それは心得ていた。優秀な参謀なのだ。


エリックが何か話している。
話の内容はわからないが、この男は何故いつも攻撃的な口調なのだろう。

途中、「surrender」という単語を聞き取った隆太は、即座に反応した。
「サレンダーの力は作り話だ。ファンタジーだよ」

カイの通訳を待つまでもなく、エリックが制した。

「イヤ、それは嘘だ」

確信ありげに話しながら、3人に向かって順繰りに指を突きつける。

「さっき風を起こした時、君たちはさほど驚かなかった。普通ならもっと驚いたり怖がったりする筈だ。君たちは、特殊な能力に免疫がある」

カイは通訳しながらも全く動じていない。
フオンの危機かもしれないのに。

(しまった……確かに彼の言うとおりだ。迂闊だった…)
隆太は内心焦っていた。


「特殊な力への免疫?あるわよ。当然じゃない」

有希子があっけらかんと言い放つ。

隆太は一瞬ギョッとしたが、すぐに思い直した。
有希子のことだ。何か策があるのだろう。


「天空人が周りにウジャウジャいるのよ?”多少の”(と、強調して言う)不思議な力なんて、珍しくもないわ」

憎たらしく手をヒラヒラさせながら、鼻であしらう。

(水沢さん、スゲエ!女優だ!!)

咄嗟に、話をサレンダーから天空人の能力にすり替えた機転とその演技力に、隆太は感心することしきりだった。

おまけに、同志ながら全く天晴な小憎らしさだ。



だが。

優しくふたりに微笑みかけながら、カイは首を振った。

「いいんだよ、ユリ」

そして、エリックに向き直り真面目な表情で話し掛ける。

おそらくカイは、簡単な言葉を選んで話してくれているのだろう。
隆太にも聞き取りやすかった。

「サレンダーは実在するが、いま君に会わせることは出来ない。それから、いま名乗った私たちの名前はブログ上のニックネームである」

おおよそ、こんなところだった。


隆太には信じられなかった。

(よりによって、こんなヤツにサレンダーのことを話すなんて!)

チラリと有希子を盗み見ると、彼女はまったくの無表情だった。
黙って取り皿の料理を突ついているが、耳は会話に集中しているのがわかった。

エリックは不満げにカイの話を聞いていたが、サレンダーに会えないとわかると隆太に矛先を向けた。


「ああ…リュータ、彼が翼をみせてくれって」

「嫌ですよ」隆太は即座に首を振った。
カイが訳さなくて済むよう、エリックの目を見て。

「『さっき俺の能力を見せたのだから、今度は君の番だ』って」

その言い草に、隆太は思わず鼻で笑ってしまった。
先ほどの有希子の態度に引けを取らぬ憎たらしさだったろう。


「そんなの、アンタが勝手にやったんじゃないか。俺は頼んでない。そんなに見たきゃ、近所をウロついてみたらどうですか?運が良けりゃ、誰かが飛んでるかも」

そう言いながら立ち上がる。
これだけ失礼な相手なのだ。こちらだって失礼な態度をとっても構わないだろう。おあいこってやつだ。

「カイ、ビールごちそうさまでした。俺、明日も仕事なんで戻ります」

「あら、じゃあ私も帰るわ。あ、そうそう。商店街の雑貨屋で、『天空人Tシャツ』売り出してたわよ。背中に翼のイラストが描いてあるの。お土産に買っていったら?」

有希子も半笑いで席を立った。

カイが通訳している間に、ふたりは「ごちそうさま~♪」とわざとらしい笑顔で手を振って店を出た。




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