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ー 10 ー 最後の場所で

隆太と長老がサラ達を運んできた場所には、既にいくつかの花束や飲み物が供えられていた。
いくつかの花束は、少し古びて萎れている。

ふたりも花を供え、しゃがんで手を合わせた。

同じように手を合わせているフオンは、あまりに小さく丸まっていて、そのままヒョイと小脇に抱えて持ち運べそうだ。


隆太は空を仰ぎ見た。

あの夜。この空を、たくさんの天空人達が飛び交った。

水をたたえたバケツを両手に下げ、消火活動のために街中から集結したのだ。
炎に染まった夜空を 白い翼を広げた天空人達が飛び交う様子は、息をのむほどに美しかった。

ほんの一瞬、全てを忘れてその光景にみとれたことを思い出し、隆太の胸がズキンと痛んだ。



その能力で炎の勢いを鎮め、力を使い果たしてグッタリとしていたサラの姿。
大量の煙を吸い込んだためだろう、聞き取るのがやっと、というほどにかすれたその声…

隆太にとって、最後のサラの記憶だ。
思い出すとやはり、心臓がキリキリと絞られたようになる。

隆太はもう一度手を合わせ、サラの冥福を祈り、誓った。

(俺、ちゃんとします。君の分まで、ちゃんと生きます。)

そして、自分が閉じこもっていた間も こうして花を供え続けてくれていた誰かに、心の中で礼を言った。


サラに謝ることは、しなかった。

「サラを見下している」という有希子の言葉に納得したわけではなかった。
でも、自分もサラの行動の全てを認め、受け入れようと思ったからだ。

再び心の中に嵐が吹き荒れそうな予感がしたが、隆太はそれを押さえ込むことが出来た。

それに向き合うのは、家でひとりになってからだ。



「そろそろ帰ろうか」

そう言って立ち上がると、フオンは頷いて黙って両手を差し上げた。

当然のように肩車を要求しているのだ。

隆太は苦笑いしながら、「肩車ね。ハイ、ハイ」とフオンを担ぎ上げた。

「『ハイ』は1回でしょ」フオンが隆太の両頬をペチペチと叩く。

「お、なんだ。急に生意気だな。1年生になったからって」

「リュータが言ったんでしょ!」

「あ、そうだったか」


『フオンが他所の家で恥をかかないように』と、隆太はことあるごとに日本での最低限の礼儀作法を教え込んできたのだ。

やれ、「靴を脱いだら揃えて置く」だの、やれ、「食事の前後には手を合わせて『いただきます』『ごちそうさま』と言う」だのと、自分でもちゃんと出来ていたか定かではないような 細々としたことを。


「よし。じゃあ、ちゃんと憶えてたご褒美に、ジェットコースターで帰るぞ」

そう言うと、フオンはきゃあきゃあ言って喜び、隆太の髪につかまった。

「いくぞ~!ビュ~ン!!」

「行けー!リュータぁ!!」

フオンの歓声と共に、隆太は走り出した。



ポケットの携帯電話が鳴ったのは、ちょうど隆太の息が切れはじめた頃だった。

「あ、水沢さんからだ」
少し気まずい思いはあったが、隆太は受信ボタンを押した。


有希子からの電話と聞いてフオンは大人しくなったが、隆太の携帯に自分の耳を近づけ、話を聞こうとする。
頭をギュウギュウ押し付けてくるので、隆太は首を傾けたまま話さなければならなかった。

「あ、隆太君?今どこ?」

こちらが何も言わないうちに、有希子が話し出した。
先ほどまでの口調とはうって変わって、なんだか楽しげな声だ。

「えーと……もうすぐ商店街の入り口です。フオンも一緒です」

「そう。あのね、今、長老の家に来てるの。みんな居るから、隆太君達も来て」

(長老の家?)

隆太は不思議に思った。何かあったのだろうか。

「なんでまた…」と言いかけたが、「いいから、いいから。待ってるからね~♪」と電話を切られてしまった。

(なんなんだ…)


戸惑う隆太に、会話を盗み聞いていたフオンが肩の上から指令を出す。

「行けー!リュータぁ!チョーローのうちへ~!」

どうやら、この件に関して隆太に決定権は無いようだった。
どちらにしても、特に断るつもりも無いのだが。

「ハイ、ハ…」と返事しかけた隆太の口を、フオンがぎゅっと握った。

「ハイは1回」

口を握られたままし直した返事は、「むぁい」という風に響いた。

フオンはそれが気に入ったらしく、しばらく隆太の口を握ったまま、なかなか離してくれなかった。

(そういえば、みんなって言ってたけど……3人みんな、って意味だろうか。イヤ、なんだかもっと賑やかだったような気がするな)

わざと話し掛けてきては モゴモゴいう隆太の返事にいちいち笑う、というフオンの遊びに付き合いながら、少し急ぎ足になる。


(まあ、着いてみればわかるさ。それより、早く着かないと口が擦り切れるぞ)

隆太はなんとかフオンの指から逃れ、また口を握ろうとするその手に 逆にカプカプ噛み付く真似をしながら、帰路を急いだ。




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ー 11 ー 宴の理由

長老の家に近づくと、門をくぐる前から賑やかなざわめきが聞こえてきた。

隆太はフオンを肩から降ろし(口の周りが若干ヒリヒリする)、インターフォンのボタンを押した。

名前を告げると、「どうぞ~♪」と門のロックが開いた。


砂利を踏んで大きな庭に入って行くと、なにやら宴会らしきものが始まっていた。

様々な樹々を配した庭。面した広い和室の障子を開け放ち、座敷から縁側、庭へとひとつづきの にわか宴会場といった様子。
町内から大勢集まっているようだ。

「おお!隆ちゃん、来たか!こっちだ、こっち」

隆太に気付き、あちこちから声がかかる。既にホロ酔い加減になっている者も多い。

適当に挨拶しながらグエン夫妻と有希子を探す。


庭に敷いたビニールシートに座り商店街の顔なじみ達と談笑している彼らを見つけると、フオンは人々の間をすり抜け、するりと仲間入りした。

隆太もキョロキョロしながら靴を脱ぎ、手招きするカイの隣に腰を下ろす。

「少し遅いけど、お花見ですよ」

ニコニコしながらカイがプラスチックのコップを渡してくれた。
頬がほんのりとピンクに染まっている。


そう言われて、今年は桜を見ていないことに気付いた。
イヤ、視界には入っていたが 気付かなかったのだろう。

庭にある桜の木を見上げると、ほとんど花が落ちて葉桜になっている。


「花なんかな、なんだっていいんだ。楽しく飲めりゃあ、なんだってなぁ」
魚屋の店主が、向かいから身を乗り出してビールを注いでくれる。口の端に爪楊枝をくわえている。

五月の初めだ。
たとえ桜に花が無くとも、長老自慢のこの広い庭はたくさんの花が溢れている。

「あ、どうも。いただきます」
手にこぼれたビールをジーンズで拭いながら、とりあえずひとくち飲んだ。

「ホラ、隆ちゃん。これ、持って来たよ。”居酒屋きっちゃんの特製たこ焼き”。好きでしょ?」
「隆ちゃん、いつものとん汁。鍋ごと持ってきたのよ。ほら、たくさんおあがんなさい」
「あべかわ餅も食べるでしょ?」
「唐揚げなんかもあるんだからね。いっぱい食べて」

商店街の居酒屋や肉屋、弁当屋等の奥様方が、次々に自分たちの店から持ち寄った総菜を取り分け、隆太の前にズラリと並べてくれる。

「あ、スイマセン……」

恐縮しながら頭を下げる隆太を見て、オヤジ達が「お、隆ちゃんモテモテだねえ」「オバちゃんにばっかりモテたってなあ」などと冷やかす。

奥様方の「何よぉ。ヤキモチ?」などというお約束じみた遣り取りに当たり障り無く笑顔を向けながらも、隆太は状況をつかめずにいた。


ひとしきり隆太のモテ期(?)が終わったところで、有希子が小声で教えてくれた。

「隆太君たち、お花屋さんに行ったでしょう?久々に隆太君が顔を見せた、って商店街中に情報が回って、あっという間にこんなことになっちゃったらしいのよ」

「へ?」

そんな説明をされても、まだ訳が分からない。

「誰かが長老のところにまで電話したんですって。で、長老の号令で「よっしゃ、宴会だ」って。みんな、よっぽど隆太君のこと心配してたのね」

そう言って、肘で隆太の腕をツンツンと小突いて笑った。

「人気者も大変よね?」



隆太はしばらくポカンとしていたが、じわじわと感動と感謝の念がこみ上げてきた。

(みんな何も言わないけど、ずっと心配してくれてたのか……)



隆太はゴクゴクと喉を鳴らしてビールを飲み干し、プハーッと息をついた。

「お、隆ちゃん。いい飲みっぷりだねえ。男はそうでなくちゃなぁ」

嬉しそうに次のビールを差し出してくるのはクリーニング店の店主だ。

「ウマいっす」

隆太はコップを差し出して、「へへ」と笑った。

車座に座った顔なじみのみんなも、声をたてて笑った。



隆太は久しぶりにモリモリ食べ、たらふく飲んだ。

ここ最近、きちんとした食事を摂るのを怠っていた。
コンビニのサンドイッチや菓子パンを牛乳で流し込むだけ、というような食生活だったのだ。
食べ物に感謝しながらよく咀嚼する、という習慣も忘れてしまっていた。

ひとつひとつ味わいながら「ウマいウマい」と舌鼓を打っていると、皆が目を細めてこちらを眺めているのに気付いて、隆太は顔を上げた。

一瞬動きを止めた隆太に、皆が「食べなさい、食べなさい」とすかさず食べ物や飲み物を追加してくる。
隆太はまるで、久々に親戚の家に遊びに行った子供になったような気分だった。

みんなに守られている。繋がっている。
ほんの少しの気恥ずかしさと共に、そんな安らぎと懐かしさを感じていた。


空は、夕焼けのオレンジから薄紫色に変わりつつあった。




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ー 12 ー 天空人達

夜が近づくにつれ、酒の酔いがまわってきた大人達が増えたようだ。

「よぉ、隆ちゃん。飲んでるかい?」

酒屋の店主が一升瓶を持って現れ、隆太の肩に腕を回してきた。
赤くなった頬をテカテカさせて、ご機嫌な様子だ。

隆太のコップを奪ってわずかに残ったビールを飲み干し、自分の一升瓶からドボドボと酒を注ぐ。

トロンとした目で、コップを隆太に突きつけてくる。
「オラ、飲みなよ。うちの酒。あんたは天空橋のヒーローなんだからよぅ…」


そう言い終わらぬうちに、店主の奥さんが体当たりするかのような勢いで割って入ってきた。

「絡むんじゃないわよ、この酔っぱらいが」

この奥さんは確か、ついさっきまで座敷のほうで談笑していた筈だ。

「ごめんね、隆ちゃん。全く、酒屋のオヤジがまっ先に酔っぱらってちゃ世話無いわよねえ」

火事の話題に触れさせないようにと気を遣ってくれているのがわかった。
その心遣いに隆太は感謝した。

隆太が苦笑いしながら「イエ…」とかなんとか呟くのも構わず、威勢のいい奥さんはアハハと笑う。


「なんだよぅ。俺ァ別に絡んでなんか…」

「いいから!それより、お酒が少なくなってきたのよ。店から持ってきてよ」

「なんだよ、俺はまだ飲んでんだ。お前が行ってくれよぉ」

「アタシよりあんたの方が早いでしょ。さっさとひとっ飛び行ってきて!」

店主はブツブツいいながらも立ち上がり、よろけながら上着を脱ぐ。
その姿を見てどこからか、からかい気味の声がかかる。

「お、なんだい。そんな酔っぱらってて飛べんのか?腹が重くて落っこちるんじゃねえか?」

「んあ?」店主はぐるりと見回して、声の主にやり返した。

「飛べるにきまってんだろ、このメタボ野郎。お前なんかより、ずうううっと飛べるっつーの」

上着を振り回す夫の腹をピシャッと叩き、奥さんが上着を奪って急かす。

「グズグズしてると風邪ひくよ!ショウちゃん、あんたも一緒に行ってやってよ」

ショウちゃん、と呼ばれたのは、先ほど店主をからかった男性だ。

「えええ!なんで俺が…」
「ぶぁああはは!やっぱ、太りすぎて飛べねえんだろ?」

酒屋の店主に挑発され、ショウちゃんは、やぶ蛇だなんだとブツクサ言いながらも結局上着を脱いだ。

「じゃ!ちょっくら行ってくっから」

タンクトップ姿のふたりは連れ立って舞い上がり、酒屋の方へ飛び去った。

「俺の方が速い」「イヤ、俺の方が」と上空で言い合う声が微かに聞こえた。

「電線にひっかかるんじゃないわよー!」
酒屋の奥さんが、空に向かって手を振る。


途中から呆気にとられて眺めていた隆太に、
「あのふたり、昔っからあんな感じなのよ。まったく、いい歳して困ったもんよねえ」
と、まるで何事も無かったように笑いかけ、奥さんは座敷の方へ戻って行った。

目を丸くしてその背中を見送っていた隆太は我に返り、周りの反応を窺う。

誰も驚いている様子は無い。

「アイツらも、相変わらずだねえ」などと微笑ましく語らっているばかりだ。


(なんだ、これは。いつの間にか、飛ぶのが当たり前になっているのか…?)

隆太が天空橋のことを知って数年、一度も飛んでいる人を見たことは無かった。
天空人達は、翼を使うことを嫌い避けていたはずだ。
長老だって、「最近じゃあ、空を飛ぶ者もいなくなった」と嘆いていたくらいだ。
誰も飛ばなくなったおかげで、街の飛行可能区域が狭まってきているという話だった。


と、隆太はまだ長老に挨拶していないことを思い出した。

(挨拶がてら、この変化について聞いてみよう)

隣のカイにひとこと断り、隆太は長老のいる座敷へ向かった。


いくつかのグループの間をすり抜け、縁側から座敷にあがる。
途端に歓声に近いような声が隆太を迎えた。

「おう、隆太。よく来たなあ」
笑顔で手招きする長老は、大分きこしめしているらしく 赤ら顔だ。
自分のとなりにいた年配の男性との間に無理矢理スペースを作り、畳をバンバン叩く。

宴席の人たちに会釈しながら長老の隣に座ると、まだ挨拶もしないうちから当然のようになみなみと注がれたコップ酒が振る舞われた。

「あの、ご無沙汰してしまって…」と言いかけた隆太を制し、長老は肴を取り分けたり隆太に酒を勧めたりと大張り切りだ。

「挨拶なんかいいから、飲め飲め」
そう言いながら、自分でもグビグビ飲んでいる。

さっきまで長老の隣に座っていた年配の男性が、カラカラと笑いながら隆太の背中をバシバシ叩いた。

「まあ、付き合ってやっておくれよ。隆太君」

「ハ、ハイ。いただきます」
既にだいぶ飲んでいるので、隆太は少しだけ口をつけるにとどめた。

「吉田さんはさ、喜んでんだよ。最近飛ぶやつが増えてきた、つってさあ」


吉田さんとは、長老のことだ。
初対面の人にいきなり親し気に話し掛けられ、ちょっぴり面喰らってしまった隆太に構わず、楽しそうに話し続ける。

「そういうウチもさ、最近になって孫が飛行練習を始めてさ。あ、小学校にあがったばかりなんだけどね……」

小学校一年生。フオンと同学年だ。

「そいでさ、『おじいちゃんみたいに、カッコよく飛ぶんだ』なんつってなあ……」

男性はそう言うなりオイオイ泣きはじめた。

オロオロする隆太に、長老は「ああ、気にするな。そいつは酔うといつも泣くんじゃ」とイタズラっぽく笑いかけた。

「みんな、隆太のおかげじゃ。空を飛ぶのが格好わるいなんて言うやつは、誰もおらんくなったわ」


(ああ……そういうことなのか…)


「ありがとうなあ。ありがとうなあ…」

初老と言ってもいい白髪の男性に泣きながら頭を下げられ、隆太は身の置き所が無くなってしまった。

「イヤ、そんな!俺は別に…あれは、みなさんが……」

しどろもどろになって、隆太は急に話題を変えた。

「あ!そ、そういえば、さっき酒屋さんがお酒を取りに飛んで行きましたよ」

普通、「飛んで行く」といえば「大急ぎで行く」という意味だが、この土地では文字通り「飛んで」行くのだ。

慌てる隆太の様子が可笑しかったのか、長老は大きな声で笑った。

「おお、そうかそうか。あいつ、だいぶ酔っぱらっとったろう」

隆太は笑いながら肩をすくめ、頷いた。

「まあ、酒を飲んでても、空を飛ぶ分には酔っぱらい運転にはならないからなあ。あっはっはっは」




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ー 13 ー 変化の兆し

カイ達のところへ戻ろうと庭に降りてみると、さっきより人が増えていた。
これから祭りでもあるのかと思うほどだ。

人混みをすり抜け暗くなった庭を横切る。
フオンをはじめ子供達は、人の多さに興奮気味で庭中を走り回っている。


「すごい人出ですねえ」

席に戻った隆太に、酒屋の奥さんが呆れ顔で訴えてきた。

「ちょっと聞いてよ、隆ちゃん。この人ったらさ、店に酒取りに行って、会う人会う人に『長老の家で宴会やってる』って言いふらしてさあ。それでこんなに集まっちゃったのよ」

指を差された酒屋の店主は、下を向いて頭を掻いている。相当怒られたのだろう。
一緒に行ったショウちゃんは、退散してしまったようだ。

「まあまあ、賑やかで楽しいですよ。お祭りのようです」

カイが笑顔でとりなす。

酒屋の店主は、ありがたいとばかりにその話題に飛びついた。

「オイオイ、日本の祭りってのは、こんなもんじゃねえよ?」


急に元気を取り戻し 祭りについて熱く語り出すのが可笑しくて クスクス笑っていると、有希子が小声で話し掛けてきた。

「ね、ね。住宅街の放置自転車のこと、聞いた?」

首を振る隆太に 有希子が勢い込んで説明したところによると、
道を塞いでいた放置自転車の撤去や見回りを 地元の中高生たちが自発的に始め、
それを見た大人達が、駐輪場の設置と自転車の放置への対策を 市に要請するべく動いているというのだ。

最初に放置自転車の撤去を始めたのは、火災の被害を受けた家の子供のクラスメイト達だったらしい。


「みんな、動いてくれてるのね…」

有希子が感慨深げに言った。


隆太は「天空人のことも責めない」と言っていた、有希子の言葉を思い出した。

「…消防車も救急車も、これで通れるようになりますね」

隆太は努めて明るく言った。

「それにしても水沢さん、すごい情報網ですね。俺、全然知りませんでした」

「情報網?」

一瞬キョトンとした有希子だったが、ああ、と笑った。

「違うわよ。さっき長老に聞いたばかりなの。
 あの放置自転車、なんとかしなくていいんですか、ってねじこんだ時」

「ね、ねじこんだんっすか……」

「ふふ。ウソ、ウソ。もうちょっとこうね、オブラートに包んだ言い方をしたけどね?」

有希子は笑ってビールをひとくち飲んだ。

「さすが水沢さんですね。その行動力……」

「ふふ。私、『責めない』とは言ったけど、『何もしない』とは言ってないも~ん♪」

そう言って、有希子はすっかり冷めたタコヤキをポイッと口へ放り込んだ。

ハア……。隆太はため息をついた。

「脱帽です」

隆太もタコヤキをひとつ食べた。
すでに冷めていたが、とても美味しかった。


 * * *


空はすっかり暗くなってしまった。

宴会はまだまだ続く様子だったが、隆太達は帰ることにした。
フオンは「まだ遊ぶ」と珍しく駄々をこねたが、夜更かしさせるわけにいかない。

5人揃って門を出ると、門のすぐ外に着替え中の青年が居た。
シャツのボタンを留めている最中だった。

足元に段ボール箱が置いてあるところをみると、おそらく空を飛んで急ぎの届けものを持って来たのだろう。


彼は隆太に気付くと、軽く会釈をした。
見知らぬ青年だったが、隆太が会釈を返すと、彼はインターホンのベルを押し中へ入って行った。


(あんなに若い人も、空を飛ぶようになったのか……)

たった2ヶ月の間に、こんなにも変わるものなんだ。キッカケさえあれば。


キッカケさえあれば。



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ー 14 ー 帰り道の死闘

有希子を送るために 駅へ向かう道。

フオンはカイの背中に背負われて、スヤスヤと眠っている。
ついさっきまで、他の子供達とはしゃいで走り回っていたのに。

どうやら子供の時間の過ぎ方というのは、大人とは異なるようだ。


「この街の人たち、口は悪いけどみんないい人よね」

有希子が空を見上げながら言った。

この界隈は、ずっと以前は漁師町だったらしい。
その影響なのか 言葉遣いは乱暴に聞こえるが、実は心の温かい人が多い。
翼を持つことで異端視されてきたという歴史の中で、人の痛みを察することが出来る人が多いのだろうか。

「そうですね。でも、水沢さんも負けてませんよ」

「…どういう意味かしら?」

「だから…いい人だけど、口は……」

すぐ前を歩いているカイとホアがクスクス笑った。

「なによお」有希子が怒ったフリをして頬を膨らませる。


「うちの夫もさー……」

一歩歩くごとに膝で自分のバッグを蹴る真似をしながら、有希子が何気ない素振りで呟く。

「すごくいい人なのよね。私がサラと会って帰りが遅くなっても、文句ひとつ言わなかったし。それどころか、ずっと応援してくれてたの」

「へえ」

世間話のような口調だが、有希子が何か伝えようとしているのがわかった。

「サレンダーの力もサラの力のことも知ってるからね、とても協力的でね。晩ご飯が出来合いのおかずばかりになっても不平なんて言わないし、時にはご飯作って待っててくれたりね」

「優しい方なんですね」

「うん。そうなの。自分の仕事だって忙しいのに、車で送り迎えしてくれたりね。
 だからさあ……サラがあんなことになったからって、落ち込んでる姿なんて見せられないじゃない?」


「……そういうもんなんですか?」

「うーん……私が勝手にそう思ってるんだけどね」

有希子はため息混じりに笑った。


「たぶん彼は、私が嘆き悲しんだら慰めてくれると思う。一生懸命、寄り添ってくれると思うんだ。でもさ……」

バッグを蹴りながら、淡々と話し続ける。
カイとホアも、背中で話を聞いている。

「散々協力してもらって、迷惑かけて、挙げ句泣きわめくなんて、あまりにも甘ったれてるじゃない?」


でも……だって、夫婦じゃないか。

そう思ったが、口には出さなかった。
結婚の経験が無い自分には、そういう機微はわからない。


「甘えちゃ、いけないんですかね?」

隆太なりに精一杯、言葉を選んだつもりだった。

有希子は「うーん…」と唸り、夜空を見上げた。

「自分でも、ちょっと他人行儀かなと思わなくもないんだけどね。でも私、そういうの苦手なの。他人に寄りかかるようなこと」

「でもね、」フフッと笑う。

「彼は、私のそういうところも全部わかって、黙って見守ってくれてると思う。だから、私は結局甘えてることになるのよね」


「…素敵な関係ですね」

「うん。とてもありがたいと思ってる……でも正直、けっこうしんどかったんだ」


「……」

「甘えてるって自覚しながら、明るく振る舞うのがね。まあ、素直に泣けばいいんだけど、それが出来ないのよね。性格が屈折してるのね。アハハ」

何を言っていいものかわからなかったので、隆太は黙っていた。


「だからさ、私…隆太君に八つ当たりしたかもしれない。閉じこもっていられる隆太君が、羨ましかったのかも。……ごめん、ねっ!!」

そう言いながら、有希子は隆太の臀部に膝蹴りを入れてきた。

「イッテ!ちょ、ちょっと水沢さん。言葉と行動が合ってないんですけど!」

「わははは!これも八つ当たりじゃ~!屈折キーック!!」

「く、屈折キックって……」


大げさに逃げ回るふりをしながら、隆太は少し救われたような気持ちになり、同時にまたもや後悔していた。

自分が「謝罪か、行動か」などと迷っている間に、有希子に先に謝られてしまった。
本人の言葉どおり多少屈折してはいるが、謝っていることには違いない。


グエン夫妻の前方にまわり込み、夫妻を盾にして有希子からの攻撃を防いだ隆太は、反撃を開始した。

「お返しだ!喰らえ!ネガティブビーム!」
腕をクロスさせ、夫妻の隙間からビームを繰り出す真似をする。

有希子は思わず吹き出し、グエン夫妻も声を上げて笑った。

「ふたりとも子供みたいだね」
「どうりでフオンと気が合う筈だわ」

3人が笑ってくれたので、隆太の心は少しだけ軽くなった。


直接言葉にしなくても、彼らは自分の気持ちを汲み取ってくれる。



先ほど、有希子は自分の甘えを自覚していると言った。

隆太もいま初めて、それを自覚した。
そして、ありがたく甘えさせてもらおうと決めた。




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