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ー 6 ー 隠された恐怖


「大変なことだったわね。とても怖かったでしょうね」



…怖かった?

思いがけない言葉だった。ほとんど愕然としたと言ってもいいほどだ。


「俺は…」

驚きのあまり、隆太は自分でも知らぬうちに呟いていた。


「そうか、俺は…怖かったんだ…」

炎の中で親子を抱えきつく目を閉じているサラの姿が、頻繁に浮かんでくるのも。
そのくせ、サラのことやあの火事のことを考えようとすると、心が麻痺したように止まってしまうのも。
夜中に何事か叫びながら目覚め、それなのに夢の内容を全く憶えていないのも。


あの時は無我夢中だった。
今までに飛んだことのない距離を飛ぶことに対する怖れは無かったし、炎の熱ささえほとんど感じていなかった。

でも、俺は。本当は……そう、とても怖かったんだ……


ホアに言われるまで、隆太はそのことに全く気付いていなかった。
そして、自分の怯えを発見した途端、緊張していた身体中の筋肉がほどけていく気がした。


突然、頭の中にイメージが現われた。

”サレンダーのお守り”のチョーカーが切れ、足元に落ちる。
視点が切り替わり、隆太自身の後ろ姿が見えると、背中の翼がポロリと落ちた。

頭の中に浮かんだイメージは 一瞬でかき消えた。

最後に隆太が見たのは、守人でもない、天空人でもない。
若干心許なげな、ただの隆太だった。



「ちょっと…『そうか』って、隆太君。まさか、自分でわかってなかったの?
 火事の中に飛び込んだのよ?…そんなの、誰だって怖いに決まってるじゃない!」

有希子の声には、驚きと混乱が混じっていた。涙はなんとか飲み込んだらしい。


「いや、ワタシにはわかるような気がするよ。……1度恐怖を押さえ込むと、再びそれに向き合うには時間がかかる。無理矢理押さえ込んだ恐怖は、消えてなくなるわけじゃない。少しの間見えなくなるだけ。
 でも、ちゃんとそこにあって、私たちをずっと苦しめる」

カイの口調は慰めるようなものだったが、口先だけで言っているのではなく、確信をもって話しているのがわかった。


「そうね。だからね、ユキコ」

ホアは、再び有希子に向き直った。

「リュータに、もう少し時間を頂戴ね。急ぐ必要は無いの」


有希子が何か答える前に、隆太は思わず立ち上がった。

様々な感情やショックに、続けざまにぶん殴られもみくちゃにされ、満足に呼吸も出来ない。頭の中がグワングワンと音をたてている。

今は、ここを離れたい。少しだけ…


「すみません。俺、ちょっと……ちょっと、外の風に当たってきます…」

誰も、何も言わなかった。

だが、俯いたままの隆太にも、彼らが頷いた 柔らかな気配を感じられた。


リビングの扉を開けると、フオンが自分の部屋に駆け込むのが見えた。
こっそり隆太達の様子を窺っていたのだろう。


隆太は声をかける事をせず、玄関を出て階段を下りはじめた。

途中、自分の部屋に続く短い廊下を意識し、そのまま部屋に戻ってベッドにもぐりこみたい誘惑に駆られたが、歯を食いしばるようにして それを無視した。

…このまま また閉じこもってしまえば、俺は本当の馬鹿だ。



薄暗い階段を下りきると、隆太は明るい日差しのもとへ踏み出した。



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ー 7 ー 遠く離れた場所で


「チッ…まだかよ」

その男は、スマートフォンの画面を見ながら舌打ちした。


照明を落とした部屋。ベッドや床の上に脱ぎ散らかした服。サイドテーブルには、酒瓶やグラスが転がっている。

腰掛けていたベッドに靴のまま倒れ込み、持っていたスマートフォンを放り出した。



いつも見ていた、あるブログ。

彼が偶然そのブログを見つけたのは、2月の初めだった。

水の力を操る少女と、彼女を見守り共に成長して行くモリビト。
その修行の様子等をブログ風に綴る、という趣向の小説。

彼は引き込まれるようにその小説を読み続けた。


特に、瞑想により修行するところは何度も繰り返し読んだ。

小説なのだから作りごとだとわかってはいたが、呼吸法も真似してやってみたりした。

もちろん何も起こらなかった。
それでもやはり、憑かれたかのように読み続けていた。


だが、ある日突然更新が止まってしまい、それっきりとなった。

最後の記事には、近所で大きな火災が起きたようだと書かれていた。
その後は、更新はおろか、コメントの返信すら止まったまま。



…やはりあのニュースの火事と関係があるのだろうか。


いつだかテレビで見た、日本のテンクウバシという街での火災。

翼を持ったテンクウジン達が空を飛び交い、バケツで水を運び消火活動をする姿を見て、驚愕したものだ。



「小説」といいながら、あのブログにはやはり現実と重なる部分があるのだろうか。

だとすれば、どこまでが作り話で、どこまでが本当なのか。

少なくとも、翼で空を飛ぶ者がいることは確かなのだ。



(水を操る力…)


男は腕枕をして天井を睨み、遠い日本へ思いを馳せた。

日本。テンクウバシ。

サレンダー。

翼を持ったモリビト。



そして…

男は目を閉じて、思い浮かべた。


くるくる回る、赤い風車。




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ー 8 ー 再生への裏道

外へ出たものの、どこへ行くかは全く決めていなかった。

適当に歩きはじめたつもりだったが、気付けば隆太は商店街の裏道を歩いていた。
知っている人に会いたくなくて、無意識のうちにひと気の無い道を選んだのだろう。

チラリと左右を見回し人がいないのを確認すると、一旦立ち止まり、静かに数回 深呼吸をした。

そのままぶらぶらと歩き出す。
考え事をするときのいつもの癖で、両手の親指をポケットに引っ掛けたまま。


(みんなに謝らなきゃな…)

でも、なんと言って謝ろうか。言葉が見つからない。
それに第一、彼らは謝罪の言葉なんて求めていないんじゃないだろうか。

そんなことを考えながら 何度か緩やかな呼吸を繰り返すうち、心臓のイヤな震えは止まり 正常に戻った。気持ちも少し落ち着いたようだ。


呼吸を意識したことで、瞑想を思い出した。

(そうだ。神社に行ってみようか…)

いつも瞑想していた、神社の裏の林。
そこへ行ってみようと、今きた道を戻るべく振り返ると。


数メートル後ろに居たフオンと目が合った。

その瞬間、フオンはビクッとして立ちすくんだ。


隆太が心配でこっそりついてきたのだろう。
逃げ出そうか近寄ろうか決めかねて、固まってしまっている。


隆太はそんなフオンを見て、自分がこれから何をするべきか悟った。

俺が今すべきことは、謝罪じゃない。行動だ。



思わずフッと笑いながら、隆太はフオンの方へ手を伸ばした。

フオンは嬉しそうに駆け寄ると、隆太の手を取った。

2人は仲良く手をつなぎ、再び歩きはじめた。




「ね、リュータ。どこ行くの?」

2人は手を繋いだまま、しばらくぶらぶらと歩いていた。

隆太が何も言わないので、フオンは少し退屈してきているように見える。

「ん~、まだ内緒。でも、もう少しだよ」

裏通りを歩き目的の店の裏手に着くと、商店街へ出る短い路地を曲がった。
途端に街が活気づく。買い物中の主婦や店の主達が、賑やかに声を交わしている。

「はい、着いた」

フオンがキョトンとした顔で隆太を見上げ、鮮やかなピンク色の看板を指差す。
華やかなピンク色に地に白い文字で「宇佐美生花店」と描かれているが、フオンにはまだ読めない。


「おはなやさん?」

「そ。サラに似合うお花を、一緒に選んでくれる?」

「サラのお花……?うん、わかった」

普段荷物を持ち歩くのを嫌う隆太なので、習慣として 財布と携帯はいつでもポケットのに入っている。


2人が店に入ると、顔なじみの花屋の奥さんが笑顔で声を掛けてきた。

「あら、隆ちゃん。久しぶりじゃないの。まあ、ちょっと痩せたんじゃないの?」

以前から隆太は、グエンのレストランで飾る花を「ついでだから」と仕事帰りに取りに寄ったりしていた。

だがあの火事以来、一度も顔を出していなかったのだ。


ふたりは数分かけて花を選び、小さなブーケを作ってもらった。

花の名前は聞いた端から忘れてしまったが、パステルカラーと白でまとめた可愛らしいブーケだ。
サラのイメージにぴったりだった。

会計を済ませると、店の奥さんは「ハイ、これオマケね」と白い花を1輪、フオンの襟に着けてくれた。

礼を言って店を出た2人を、奥さんは「またおいでね~」と元気に手を振って見送ってくれた。




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ー 9 ー シカク

「サラのお花、私が持つの」

フオンがそう言い張るので、花はフオンに任せることにした。
ときどき匂いを嗅いでは、ニコニコしている。

手を繋いで歩きながら そんなフオンを見下ろし、隆太は改めて感じた。

(こうしてると、ほんとうに普通の、小さな女の子だ)


あの時のフオンを思い出す。

隆太が水を出すよう頼んだとき、こちらを見上げた怯えた表情。

瞬間的に水を増やすのに成功して 隆太に褒められたときの、泣きべそ顔‥‥



「…フオン、ごめんな」

「ん?なにが?」フオンが無邪気に問い返す。

「あの時さ、無理させちゃって……俺、モリビト失格だな」

隆太は自嘲気味に短く息を吐いて、嗤った。
すると、フオンは繋いだ手を強く握り隆太を見上げた。

「ちがうよ!リュータはシカクじゃないよ」

そう言うとまっすぐ前を見つめ、繋いだ手をブラブラ振った。

「ん~……リュータはね、ホソナガイよ!」


ん…?ホソナガイ?

一瞬考えこんだ隆太だったが、すぐにフオンの言わんとすることがわかった。
と同時に、大笑いしてしまった。

「あっはっはっはっは!そうか、細長いか。でもね、フオン。
 『四角』じゃなくて、『失格』って言ったんだ。駄目なモリビト、ってことだよ」



きっと彼女は、言葉の意味はわからないながらも「シッカク」と言った隆太の声の調子から 否定的な意味あいを察して、「シカクじゃない」と言いたかったのだろう。

それでとにかく”四角じゃないなら……”と、隆太の背が高く痩せ形の見た目から「ホソナガイ」という言葉を選んだのだ。

隆太を慰め、励ますために。

それに気付くと、思わず胸がキュッと締め付けられ 瞼の裏がじんわりと熱くなった。


「あー、そっかあ。えへへ」
言葉の間違いを笑われて、フオンは自分も笑いながら隆太の足に軽く身体をぶつけてくる。照れ隠しなのだろう。

「じゃあ、リュータはモリビトシッカクじゃないよ。私、わかるもん」

そう言われて、一気に涙が溢れ出しそうになった隆太は 慌てて「フオン、肩車するか?」と誤摩化した。

フオンは案の定、「うん!」と両手を高く差し伸べた。
フオンは肩車が大好きなのだ。

隆太はヒョイと屈むと、フオンの脇の下を抱え自分の肩に担ぎ上げた。

(ふう。危ない危ない。心配させて慰められて、このうえ泣き顔なんか見せられるか)

街路樹の葉を触ろうと、肩の上でジタバタと暴れるフオンの足を抱え直すついでに、隆太は急いで目元を拭った。

「コラ!あんまり暴れんな。あぶねーから」

フオンは全く聞いていない。
次はあっちの樹に触る、と指令を出すフオンに「ハイ、ハイ」と従いながら、ふと気付いた。

そういえば、声を出して笑ったのは久しぶりだったな……


 * * *


「あれ?ここ…」

フオンの指令に従って歩いていたため思わぬ時間を喰ってしまったが、目的地はもうすぐそこだ。

「そう。そこの角を曲がったら、すぐだよ」


あの現場を見る前に。

隆太は立ち止まってフオンを降ろした。

そっと、首元の「お守り」のネックレスに触れる。

目を閉じて、自ら強くイメージした。



少し前に、突然浮かんできたイメージの中で、切れて落ちてしまったチョーカーの紐。

しっかりと結び直し、再び首にかける。
そしてくるりと後ろを向くと、背中には小さな白い翼。
顔を上げ、前を見つめ、まっすぐに立っている自分の姿。


ヨシ。俺は、大原隆太。天空人。そして、サレンダーの守人。


(イヤ……)
隆太は小さく吹き出した。

(ホソナガイ守人、か)


フオンと再び手を繋ぎ、大きくニカッと笑う。フオンも笑い返す。

「よし、行くぞ」


気合いを入れて角を曲がった2人は、思わず「ほぅ…」と溜息を漏らした。


あの、火災現場。燃え落ちた家々。鎮火してもなお、燻っていた柱や壁。
2人の記憶にあった無惨な光景は、見違えるようだった。


再建が始まっていた。



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ー 10 ー 最後の場所で

隆太と長老がサラ達を運んできた場所には、既にいくつかの花束や飲み物が供えられていた。
いくつかの花束は、少し古びて萎れている。

ふたりも花を供え、しゃがんで手を合わせた。

同じように手を合わせているフオンは、あまりに小さく丸まっていて、そのままヒョイと小脇に抱えて持ち運べそうだ。


隆太は空を仰ぎ見た。

あの夜。この空を、たくさんの天空人達が飛び交った。

水をたたえたバケツを両手に下げ、消火活動のために街中から集結したのだ。
炎に染まった夜空を 白い翼を広げた天空人達が飛び交う様子は、息をのむほどに美しかった。

ほんの一瞬、全てを忘れてその光景にみとれたことを思い出し、隆太の胸がズキンと痛んだ。



その能力で炎の勢いを鎮め、力を使い果たしてグッタリとしていたサラの姿。
大量の煙を吸い込んだためだろう、聞き取るのがやっと、というほどにかすれたその声…

隆太にとって、最後のサラの記憶だ。
思い出すとやはり、心臓がキリキリと絞られたようになる。

隆太はもう一度手を合わせ、サラの冥福を祈り、誓った。

(俺、ちゃんとします。君の分まで、ちゃんと生きます。)

そして、自分が閉じこもっていた間も こうして花を供え続けてくれていた誰かに、心の中で礼を言った。


サラに謝ることは、しなかった。

「サラを見下している」という有希子の言葉に納得したわけではなかった。
でも、自分もサラの行動の全てを認め、受け入れようと思ったからだ。

再び心の中に嵐が吹き荒れそうな予感がしたが、隆太はそれを押さえ込むことが出来た。

それに向き合うのは、家でひとりになってからだ。



「そろそろ帰ろうか」

そう言って立ち上がると、フオンは頷いて黙って両手を差し上げた。

当然のように肩車を要求しているのだ。

隆太は苦笑いしながら、「肩車ね。ハイ、ハイ」とフオンを担ぎ上げた。

「『ハイ』は1回でしょ」フオンが隆太の両頬をペチペチと叩く。

「お、なんだ。急に生意気だな。1年生になったからって」

「リュータが言ったんでしょ!」

「あ、そうだったか」


『フオンが他所の家で恥をかかないように』と、隆太はことあるごとに日本での最低限の礼儀作法を教え込んできたのだ。

やれ、「靴を脱いだら揃えて置く」だの、やれ、「食事の前後には手を合わせて『いただきます』『ごちそうさま』と言う」だのと、自分でもちゃんと出来ていたか定かではないような 細々としたことを。


「よし。じゃあ、ちゃんと憶えてたご褒美に、ジェットコースターで帰るぞ」

そう言うと、フオンはきゃあきゃあ言って喜び、隆太の髪につかまった。

「いくぞ~!ビュ~ン!!」

「行けー!リュータぁ!!」

フオンの歓声と共に、隆太は走り出した。



ポケットの携帯電話が鳴ったのは、ちょうど隆太の息が切れはじめた頃だった。

「あ、水沢さんからだ」
少し気まずい思いはあったが、隆太は受信ボタンを押した。


有希子からの電話と聞いてフオンは大人しくなったが、隆太の携帯に自分の耳を近づけ、話を聞こうとする。
頭をギュウギュウ押し付けてくるので、隆太は首を傾けたまま話さなければならなかった。

「あ、隆太君?今どこ?」

こちらが何も言わないうちに、有希子が話し出した。
先ほどまでの口調とはうって変わって、なんだか楽しげな声だ。

「えーと……もうすぐ商店街の入り口です。フオンも一緒です」

「そう。あのね、今、長老の家に来てるの。みんな居るから、隆太君達も来て」

(長老の家?)

隆太は不思議に思った。何かあったのだろうか。

「なんでまた…」と言いかけたが、「いいから、いいから。待ってるからね~♪」と電話を切られてしまった。

(なんなんだ…)


戸惑う隆太に、会話を盗み聞いていたフオンが肩の上から指令を出す。

「行けー!リュータぁ!チョーローのうちへ~!」

どうやら、この件に関して隆太に決定権は無いようだった。
どちらにしても、特に断るつもりも無いのだが。

「ハイ、ハ…」と返事しかけた隆太の口を、フオンがぎゅっと握った。

「ハイは1回」

口を握られたままし直した返事は、「むぁい」という風に響いた。

フオンはそれが気に入ったらしく、しばらく隆太の口を握ったまま、なかなか離してくれなかった。

(そういえば、みんなって言ってたけど……3人みんな、って意味だろうか。イヤ、なんだかもっと賑やかだったような気がするな)

わざと話し掛けてきては モゴモゴいう隆太の返事にいちいち笑う、というフオンの遊びに付き合いながら、少し急ぎ足になる。


(まあ、着いてみればわかるさ。それより、早く着かないと口が擦り切れるぞ)

隆太はなんとかフオンの指から逃れ、また口を握ろうとするその手に 逆にカプカプ噛み付く真似をしながら、帰路を急いだ。





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