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まえがき


路上日記
  あるギター弾きの過去の日記、及び追想録




これは以前、某ミュージシャンサイトに掲載していたコラムの一部です。(他にはインディーズ・バンドやデビューを控えた若手ミュージシャンが紹介されている中で、僕だけが少々浮いた存在でした)

当時はまだブログという言葉が一般的ではなかったので、体裁はWEB日記という形をとっています。
(日記とはいえ、半分は回想からなっています)

僕がなんでこの記事を書いていたかというと、
・無名の路上ミュージシャンの記事をコンテンツにしようという心意気に打たれた.
・自分でも日々の出来事を記録しておきたかった.
・文章でも何かを表現出来るようになりたいという意気込みがあった.
という、三点からです。

駄文ながら、これから路上演奏を行おうとする人の参考になれば幸いです。

はじまりはじまり

僕が路上演奏する時には大抵、相棒が1人一緒だ。
彼、F氏は歌を歌わせても味のある器用な男だけど、僕と一緒の時は主として伴奏を担当してくれる。
路上演奏というと、フォークの弾き語り(当時はこれが多かった)がまず思い浮かぶだろうけど、僕らの演奏は片方が伴奏を弾いて、片方がギターでメロディを弾くというスタイル。
曲目はジャズやジプシー・スウィング、ボサノヴァやポップスを少々と、隠し味に民族音楽を一つまみ、そして即興演奏など。
 
1人でやる時にも歌は唄わず、ギター一本(おもにナイロン弦を張ったクラシック・ギター)で、メロディと伴奏をひたすら弾き続ける。曲目は、お馴染みの古い映画音楽やミュージカル、ジャズスタンダードの曲、そして即興演奏だ。
(のちに路上演奏仲間から、それをストロング・スタイルと呼ぶ事を知った。胡弓やサックス吹きなど、伴奏のテープをかけながら演奏する人も割と多い)
 
ちょっとした変化を付ける為、クラシック・ギターとスティール・ギターの二本を抱えて路上に行く事も少なくない。それでも、僕のギターは軽かったし、スピーカーやバッテリーを携えた路上演奏家よりはよほど軽装だ。
 
それから、ギターの他に大事なアイテムといえば、軽量の折りたたみ椅子。
(はじめは百円ショップにもある小さな四角い椅子がギターケースにすっぽりハマって愛用していたけど、今はより軽量なアルミ製の三脚タイプをみつけた)
夜のアスファルトはかなり冷えるし、クラシックギターは立って弾く事が出来ない。
それに椅子に座れば、足でステップを踏むことが出来る。ステップは雑踏の中でリズムを合わせる為にも、欠かせない要素の一つだ。
あとは小道具としてポケットに、ハーモニカやカズー、コード譜を書いたメモ帳など。
 
路上には自分のバンドの宣伝や練習の為に演奏しているストリート・ミュージシャンがほとんどだけれど、中にはそれを本業として生計を立てている演奏家も沢山いる。
鼓弓一本で家族を養っている中国人、路上で稼いだ金だけで旅を続けているという太鼓叩き、ホームレスのブルーズマン…。
 
僕らはちょうど、そんな彼らの中間にいる存在だった。
演奏しなくても食ってはいけるけど、贅沢は出来ない。
路上で受け取るチッッが少しは(場合によっては驚くほどに大きく)生活の足しになっている。
路上で「稼げる時間帯」は限られてるから、それを本業にするなんて考えられないけど、聴衆のチップを「全くアテにしていないわけじゃない」という点で、いわゆるストリート・ミュージシャンとも違っていた。
(友人のシンガーソングライターは、毎年、年末になると故郷に帰る電車代を路上演奏で稼ぐことにしていた。寒くなると練習がてらのストリート・ミュージシャンは減るけれど、飲み会の多い年末は最も稼ぎやすい期間なのだ)
 
+
 
僕らは大抵二人で演奏していて(色んなゲストが参加する事も多かったけど)、一人で演奏することは少なかった。
けれども印象的な出来事は、一人で演奏している時に起こることが多かった。

ライムライト

ローカル線の駅前で演奏していた頃、とあるクラブ(DJのいる方ではなく、お酒を飲む方の)の路地を挟んだ斜め向かいが僕らの指定席だった。(他の、居酒屋だとかカラオケだとかの向かいは店内の音響がうるさくて、演奏に向かなかないのだ)

 

さて、そんな店の前で演奏しているといつも面白いシーンを見る事が出来た。

 

入る時は真面目な闘う男の顔をしていたサラリーマンが、一、二時間たつとベロベロに酔っ払って出てくるのだ。

 

その変化が激しいほど、なんだか面白い気分になって横にいるF氏と互いに目配せしてニヤリとしていた。

 

 

 

そして、ちょっと気になってしまう事があった。

 

お客さんが帰る時には、お見送りとして一人か二人のホステスさん(というのだろうか?)が店の外に出てくる。

 

そして彼女達は、お客さんを見送った後、ドアの前でしばらく立ち止まって僕らの演奏を聴いていくのだ。

 

勿論、すぐに店内に戻らなくてはならないのだろうから、時間にしたらごく僅かな間だ。

 

けれども毎回、拍手をするわけでも微笑むわけでもなく、ただ黙って僕らの演奏を聴いていく。

 

 

 

+

 

その日、僕はなんだか帰りたい気分にならなくて、F氏と別れた後も、いつもより遅くまで一人でギターを弾いていた。

 

 

 

終電が過ぎると人並みは絶え、やがて目の前のクラブの電灯も消えた。

 

そうしてしばらくすると、ホステスさんの一団が店から出てきた。

 

仕事帰りの彼女達は、ジーンズとかの普段着だった。

 

 

 

数人が僕の事を見つけ、近寄ってきて僕の周りに座り込んだ。

 

何か弾いてくれというので、そのクラブの名にちなんだ古い映画音楽を弾いたんだけど、多分だれも気付かなかったんじゃないかな。

 

1人が自販機から飲み物を買って来て一本を僕のそばに置き、彼女達もそれを飲みながら仕事終わりのおしゃべりを始めた。

 

 

 

僕は黙って演奏を続けていたけど、そのうちの隣に座った一人が僕の顔を覗き込むようにしていった。

 

「きみ、私の昔の彼氏に似てるわ」

 

すると、別の女性が言った。

 

「私も、キミが田舎の弟に似てると思って見てたのよ。でも、もう何年も会ってないのよね」

 

二人とも何かを思い出したような表情で僕を見てくる。

 

水商売の女の人は苦手だけど、こういう素の表情には弱いんだよなあ。

 

 

 

すると、店からだいぶ年配の女性があらわれた。

 

ママさんとかそういう立場の人なのだろう。

 

彼女が、ホステスさん達に、明日も早いから早く帰りなさい的なことを話しかけ、その場はお開きになった。

 

 

 

ホステスさんたちがいなくなってからも、年配のママさんは何か物思いにふける様に立ち止まり、しばらく僕の演奏を聴いていた。

 

それから言った。

 

「あんた、別れてきたクニの息子にそっくりだわ」


Heartstrings

ジプシー・スタイルのジャズ(特に短調の曲)を弾いていると、意外な事に年配の方々が立ち止まって耳を傾けてくださる。
 
といっても、ジャズに興味があるわけではない。ジプシー・スタイルに特有の、哀愁を帯びた演歌や民謡の様な味わいが、心の琴線に触れるのだろう。
疲れたサラリーマンの方々も同様で、彼らの心に短調の愁いを帯びた音色は「ハマる」らしい。
 
僕も同じ日本人だから、そこら辺の感覚は分かるつもりだ。
そこで、そういうお客さんがいる時には、ことさら哀愁を強調して弾いてみたりする。
 
でも、ずっと暗い演奏を続けるわけじゃない。
落ち込んでいる人に、無理矢理明るい曲を聴かせても反応が無い事がある。
でも、彼らの心理状態と良く合った音楽を奏でれば心を結びつける事が出来る。
そして、徐々に演奏を明るい方向にシフトすると、面白いほどに彼らの表情も明るい方向へ変化してくれるのだ。
(音楽療法に関する勉強で知ったのだが、これを「同質の原理」と呼ぶらしい)
 
+
 
そんなこんなで、今日もお客さんの大半は年配のサラリーマンやお年寄りだった。
 
魂を込めて演奏したつもりだが、僕のギターはジプシー・ギターではなく、すっかり演歌ギターになってしまっった。

Rue Paradis

誰でも、自分の人生において主役を演じているというけれど、路上ではまさにその様々な主役たちを見る事が出来る。

疲れたサラリーマン、飲み会帰りの若者、恋人たち、、、。

 

一見、周囲の視線を集める側である僕たち路上演奏家だけど、路上において実は一番の傍観者だ。

なぜなら、路上は人々にとってどこかに移動するという目的を持ってただ通り過ぎるだけの存在にすぎないけれど、僕たちはそこを通る全ての人々を対象として音楽を奏でているのだから。

 

僕たち路上演奏家の仕事は、(格好良くいえば)彼らの人生を引き立てる都合の良い脇役になることだ。

(その点が、弾き語りや路上ライブを行うアーティストたちとの違いだと思う。彼らは自分たちが路上の主役であろうとするし、お客さんも主役である彼らを見に来るのだから)

 

+

 

さて、今日も一組のカップルがお客さんとして立ち止まってくれた。

カップルといっても、女性の方は水商売のようにも見える。

男性は、彼女よりもだいぶ年上で、眉間にシワをよせた不機嫌なサラリーマンだ。

 

先に立ち止まったのは、女性の方だった。

「ねえ、ちょっと聞いていきましょうよ」

男性は、それを拒否した。

男としてその後の段取りなど考えていたなら、こんな所で立ち止まるのは嫌に違いない。

 

けれど彼女の方は、いかに男を振りまわすことが出来るかで自分の価値を計っているようなタイプ。

やがて、男の方が根負けして、二人仲良く僕の前に立ち止まった。

 

「ねえ、もっと静かな曲を弾いてよ」

女性が今弾いている曲を中断させ、強引に別の曲を要求してくる。

僕は、彼の方にちょっとだけ(ほんのちょっとだけ)同情した。

 

「あの曲は弾けるかい?ほらあの、スペインの…」

男性が言った。

彼は彼女の前で、音楽に詳しいところを見せつけたいのかもしれない。

でも、哀れなほどに彼の記憶はあやふやだった。

 

「弾けますよ。この曲ですよね」

僕はそう言って、勝手に自分の得意な曲を弾き始める。

「そうそう」

男性は満足した様子で微笑んでいる。

 

こんな時、張り切りすぎるのは禁物だ。

こんな時、上手くいけば男性は格好つけて大枚のチップを弾んでくれる。

けど、下手をして女性の方がこちらに興味を示しすぎれば、男性は機嫌を損ねかねない。

まあそこら辺の心理は、僕も男だから良く分かる。

 

+

 

だけど、僕は誤解していた。

一曲弾き終わると、それならあの曲も弾いてくれと、男性の方が興味津々で身を乗り出してきたからだ。

どうやら彼女に音楽に詳しい所を見せようとした、というのは僕の間違いで、昔は随分とギターに入れ込んでいたけど今はサッパリ、という手合いの中年男性らしい。それが、路上では珍しいクラシック・ギターの演奏を聴いてスイッチが入ってしまったのだ。

僕はリクエストに応じられる範囲で、短く数曲を演奏した。

 

だが、僕は内心困っていた。

今度は、彼女の方が明らかにこの状況に飽きていて、早く立ち去りたがっているのがありありと顔に出ていたからだ。

 

「もう行きましょうよ!」

彼女が苛立たしげにそう言って行って立ち去ると、男性は最初の不機嫌な顔に戻って(でも、そこに叱られた犬みたいな哀れな表情も少し混じって)、渋々と彼女の後に従った。

去り際に彼が振り返った。

 

僕は、ガラにもなく

「良い夜を!」

と言った。



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