目次
はじめに・出版社の方へ・目次
<2013.5.7追記、お詫び>
はじめに
出版社の方へ 紙の書籍としての出版先募集してます
目次
第1章 天皇、プロレス、アイドル 共通する特異な点は何か
1 天皇、プロレス、アイドル 共通する特異な点は何か
2 天皇、プロレス、AKBが攻撃される理由
3 「プロレス、AKBのファンは虚像を見ている」と見下す者こそが虚像を見ている。ファンが見ているのは実像
4 アイドル、プロレスファンこそ現実を直視している人間
5 天皇を存続させた日本人のメンタリティが日本のプロレス、アイドル、AKBを生んだ
第2章 アンチには理解できるわけのないAKB総選挙の面白さ
6 AKBの核・劇場公演とは?
7 アンチには理解できるわけのないAKB総選挙の面白さ
8 AKB総選挙批判に対して 遊びに貴賎がつけられている不可解さ
9 AKB総選挙批判は、ジョーシキに染まっている人間が浮き彫りになる
10 なぜAKBがことさら攻撃されるのか、その理由
11 根っからの“ジョーシキ”嫌いにとっては、AKBは「買い」
第3章 プロレス、AKBこそ「リアル」 スポーツこそファンタジー
12 プロレス、AKBこそ「リアル」 スポーツこそファンタジー
13 格闘技のリアリティ
14 リアリティなら、“真剣勝負”の格闘技よりプロレスの方が上
15 アイドルこそは最もリアリティある世界
16 リアルとリアリティの違い
17 人間はみなプロレスラー、アイドル。人生はプロレス
18 虚実が入り混じっているプロレスとアイドル、そして人生
第4章 自分にない“人間”がほしい だからプロレス、AKB、ご皇室
19 ファンが支えているプロレス、AKB。国民が推し戴いている天皇
20 国旗、サイリウム、掛け声…人間を推し戴く表現手段
21 天皇、プロレスラー、アイドルは「上」でなくてはいけない
22 自分にない“人間”がほしい だからプロレス、AKB、ご皇室
23 「人間」を観るジャンル
24 「いかがわしさ」には「いかがわしさ」を
第5章 プロレスとAKBこそ人間の色気が最も見られる
25 AKBの歌のベースは 色即是空 
26 AKBの楽曲の世界
27 “AKB顔”
28 少女達の大人数集団の独特の魅力
29 共同体と個人競争の社会
30 プロレスとAKBこそ人間の色気が最も見られる
31 物語の流れ、歴史、記憶の蓄積があってこその、AKB、プロレス、皇室
32 登場シーンに集約されるプロレス、AKBの魅力
33 サプライズは人間ドラマの花形
34 共同幻想
35 偏見が熱気、パワーを生んでいる
36 「商売」が嫌いなアンチ達
第6章 松本人志の笑いはノンフィクションテイスト=プロレス、AKB
37 松本人志の笑いはノンフィクションテイスト=プロレス、AKB  たけしの笑いはスポーツ
38 ノンフィクションテイスト プロレス=虚数という概念
39 バナナはリンゴか? この世に「嘘」はない
第7章 フワフワしたものが嫌い、だからAKBが好き
40 嘘でも本当……華やかな虚構の世界を成り立たせるために流されている本物の汗
41 AKBの尋常じゃない汗の量
42 アイドル、プロレスラーの「実力」
43 フワフワしたものが嫌い、だからAKBが好き
第8章 AKB握手会とは何か? ファンとメンバーの1回10秒のプロレス
44 参加するという行為  皇居一般参賀、AKB握手会、プロレス地方興行の風景
45 AKB握手会の笑顔を「営業」と見下す者は、人間そのものを見下している
46 推しメンとファンのプロレス
47 乃木坂46
48 「ガチ」か「嘘」でしか捉えられない無粋人間
第9章 プロレスやアイドルの「嘘」にキレる人間は、世の中の本当の嘘に騙される
49 既成概念でしか物事を捉えられない人々
50 ジャンルそのものを見下す愚かさ
51 プロレスやAKBを見下す類の人間は、切り捨て御免の侍
52 軽薄、非実力、キモイの代名詞として使われている「AKB」というデジタル記号
53 アンチプロレス・アンチAKBは、見ている世界と同じ色に染まるカメレオン
54 プロレスやアイドルの「嘘」にキレる人間は、世の中の本当の嘘に騙される
55 真正面から見る目がそのジャンルを育てる~プロレス、アイドルの進化~皇室を学ぶ必要性
56 皇室、プロレス、アイドルを愛する者は物事に意識的な関わりをする文化人
57 指原スキャンダルに見る、理想のファン像
終わりに、参考文献、奥付
終わりに
参考文献
奥付

閉じる


<<最初から読む

37 / 64ページ

33 サプライズは人間ドラマの花形

 ノンフィクション性、ということでプロレスにもAKBにも欠かせないのが「サプライズ」

 プロレスならば、リング上のストーリーの展開。

 試合結果もその後の流れに続く点であり、新しいスターが誕生する大金星の試合結果などはビッグサプライズになる。

 サプライズの最たるものは、他団体のレスラーが試合後に「殴り込み」をかけてリングに上がってきた時など。

 

 AKBは、選抜総選挙の結果発表は大会場にファンを入れて、お祭りのように盛大にやる。

 また、コンサートの終わりなどに、研究生からの昇格メンバー発表、卒業の発表、次の企画の発表などの「サプライズ」が定番になっている。

 そういったことを事前にメンバーにも知らせず、メンバーとファンが共にその場で驚きを共有し、ドラマの展開の証人となる。

 

 人間ドラマを見せているジャンルにおいて、「サプライズ」はそのドラマ性の面白さが最も凝縮された、花形の瞬間。

 プロレスは昔のような、団体側が上、というファンとの力関係がなくなって久しく、AKBは運営側とファンを従来の芸能の常識よりかなり近いところにおいている(※1)

 だが、団体(AKBで言うなら運営)が前もって決めていた事柄で、何も知らなかったファンをどよめかせる「サプライズ」の瞬間は、圧倒的に団体(運営)が上に立つ瞬間であり、そこに団体(運営)の演者としての色気がある。

 

 サプライズが起こってどよめいた次の瞬間のザワザワ…。

 そう来たか…という感嘆、そしてそれに対して「そりゃないよ…」「面白そう!」「俺だったらこうする…」様々な批評。

 想像力が豊かなプロレス、AKBファンは、1つの仕掛けに対してあれこれと様々なことを考え、想像する。それが楽しいのだ。

 何を想像するのか?

 その仕掛けを行った運営側の意図、裏事情、そこからの展開、それに絡むプロレスラーorメンバー達の気持ちなど。

 スポーツのように実力評価が単純でなく、不確定要素が多いエンターテインメントからこそ、そこにファンが100人いれば100通りの想像、考えが生まれ得るのだが、ストーリー、ノンフィクション性、「人間」を売っているジャンル=プロレス、AKBの場合はさらに無限に想像力をふくらませる余地がある。

 

 プロレス、AKBの人間ドラマ…プロレスはプロレスラーの選手生命が長いので、ファンとレスラーが共有するドラマの時間、歴史が特に長い。

 「サプライズ」は、そのドラマの中の「今」を色濃く感じさせる。それがつながってドラマの歴史となっていく。

 

 

 

(※1)AKBには、ファンから吸い上げた意見を運営にどんどん反映させる、立ち上げ当初からの姿勢がある。初期の頃は秋元康が劇場ロビーで直接ファンの話を聞き、劇場支配人が公演後にファンのたまり場のファミレスに行って、声を吸い上げていた。現在でも握手会会場において劇場支配人と話ができ、意見を伝えられる「支配人の部屋」、48グループメンバー全員、スタッフ、プロデューサーも参加しているSNS「グーグルプラス」でのコメント欄、その他様々な方法でファンの声を聞き反映させる努力がなされている。

 

 

 

 


37
最終更新日 : 2012-10-06 16:00:51

34 共同幻想

 アイドルのファンは、そのアイドルに彼氏がいたということを、自分の情報で…たとえば自分友人の知り合いがその彼氏だったとか…知ったとしても、ああ、そうなのかとわりと冷静だと思う。もちろん人にもよるだろうが、だいたいのファンは。

 しかし、それがマスコミにすっぱ抜かれ、結果、それを認めて…というような流れになったら幻滅するのではないか。

 要は、実際に彼氏がいてもよいが、アイドルとそのファン集団が共に共有している世界での幻想、共同幻想を壊されることがいけないのだ。

 

 昔、とある場所で…プロレスの会場や道場ではない…で、プロレスラーが携帯で

 

「うん、いや、俺がイヤなのは○○に負けることじゃないの。負けるのはいいんだけど、そのまま勝ち逃げされるんじゃないかと思ってさ……1回負けてその後勝って…ならいいんだけど…そうそう、うん…」と普通の声のトーンで話しているのを、たまたま聞いてしまったことがある()

 その時、自分と一緒にいたプロレスファンと2人で顔を見合せて声を殺して笑ったものだ()(詳しくは書けないが、そのプロレスラーはそこに誰もいないと思っていたであろうが、ついたての後ろに我々がいたという状況)

 

 プロレスファンをウブでおバカなものと思っている世間の人は、そういう話を聞いたらファンはショックを受けるものと思っているのだろうが、単におもしろい話が聞けたと喜んでいるのみである。自分は、ここまで直接的にではなくともこの類の裏話は他にも多々聞いている。

 

 この話では、自分個人でレスラーの素の姿を見たから、むしろ喜んでいるのである。

 しかし、もしこれがリングの上で、観客全部にあからさまに、勝敗を競っている、闘っているという建前をこわすようなヘマを見せられたら「おいおい、ダメだよ」と顔をしかめるだろう。

 リング上でのことでも、自分から見て、「あ、これはほんとは違うフィニッシュのはずだったけど、アクシデントで違う結果にしたな」とか「ここからの流れは事前の打ち合わせどおりだな」ということが秘かに分かった時は、問題ない…むしろ、ちょっと嬉しい()(自分は学生プロレスなるものをゆるゆるとではあったが経験していて、見ている年数も長いので、そういうのが分かる時は分かる。)

 

 全体で、思いきり、その建前のほころびが共有されてしまうようなヘマはダメなのだ。

 

 共同幻想が崩れるから。

 

 共同幻想!

 

 以前、会場の自分の席の近くで男が連れの女に、

 

「ああ、レフリー失神したふりしたね…ここからしばらくヒール(悪役)が反則し放題、っていう展開になるよ」

 

だの、

 

大音響で音が響き渡った打撃技の後に

 

「(自分の太腿を自分の掌で叩いて)今のはこれだよ」(※1)

 

と、解説していたことがあった。

 

 解説するのは自由である。

 自分の場合は、一緒に見ているのが、いわゆる純粋なファン(基本的にプロレスは勝敗が決まっていないと思って見ているファン)でなければ、そういうことを小声で話すことはある。

 そう、小声で。

 そういう類の話を、会場でまわりの観客に聞こえるような声で言うべきではない。

 

 その男もそうだったし、時折、まわりの観客に聞こえるようにその類の解説や、建前をとっぱらった話をするやつがいる。

 

 まず1つには、それを聞いている観客の中には、いわゆる純粋なファンもいるかもしれないこと。

 プロレスは「分かって」観たほうが100倍面白いとは思う。

 しかし、競技だと思い見ているファンの夢をわざわざ壊す必要もない。

 しかも、プロレスを見ている最中に。

 

 もう1つは、例え、そのまわりにいるのが全員「分かっている」観客であっても、会場での「共同幻想」を崩すな、ということ。

 全員が分かっていることでも、そういう類のことはお互いの連れどうし小声で話し、大きな声を出すのは、レスラーへのコールや声援、建前を崩さない範囲での野次に限るべき。

 

 自分は、プロレスの会場として横浜アリーナがあまり好きではない。

 リングの向こう側、つまり自分のとこと逆側の観客席が、キャパのわりに遠い感じがする。実際の距離は分からないが、受ける感じがそうなのだ。

 プロレスは、リングの四方に観客がいて、その存在をしっかり感じられればこそ、リングが、そこで展開されているプロレスがたくさんの人間に見られている凄い場所、という共同幻想が成り立つのだ。

 

 一時期、「シアタープロレス」という形式があった。(今でもあるのかな?)

 演劇や映画を観る会場で、舞台上にリングを設置するというもの。つまり、観客は一方からのみ観ることになる。

 実際にその形式での興行は観たことはないのだが、おそらく、重要なものが欠けていてイマイチなのではないかと思う。この場合の重要なもの=リングの向こう側に見える観客席、である。

 

 映画やお芝居は共同幻想?

 いや、それらは、「これは嘘のお話ですよ」という前提を共有しているわけだから、違う。

 プロレス、アイドルは、俺達がこの場所では、この世界観を支えよう、という確信犯的意志に基づく共同幻想がある。

 この場所とは、もちろん興行、イベントの会場であるが、その他にもアイドルであればブログのコメント欄などもそうだろう。

 

 余談だが、プロスポーツは…プロでなくとも4年に1回世間が大騒ぎするオリンピックなども…言うなれば、確信犯的意志なき共同幻想…に自分には見える。

 

 皇室は、国民が、その源流である神話の世界からご皇室という物語をともに支え、推し戴いている。

 

 自分の祖母から聞いた話だが、祖母の母だったか、祖母の祖母だったかが、昭和天皇のことを好かんということを話してたそうである。思想的、政治的なことではなく、生理的なこと…話し方が好きではないとか、単にタイプではない、というようなことだったらしい()

 第1章 2<天皇、プロレス、AKBが攻撃される理由>の中にも書いたが、戦前においても、天皇が1人の人間であることは誰しもが分かっていたこと。

家の中のたわいもない私的な会話であれば、そういう類の話はしていたわけだ。…まあ、自分の祖先は少々失礼かもしれないが(苦笑)…しかし、私的な会話のすべてにまで過剰な敬語を使ったり、やんごとなき方々として話してるより、例えば、若い女の子が、男子のご皇室の方々を、誰が素敵とか誰はタイプじゃないとか話してるような程度のことは、むしろあった方が健全な気がする。

 しかし、公的な場所では、あくまで神話につながる尊き御方として敬う態度をとる。

 

 アイドルのファンになるのは疑似恋愛、といったりする。

 疑似恋愛という言葉でアイドルとの関係を捉えるのならば、それはあくまで“疑似恋愛”を楽しんでいる。

 AKBの握手会に行っているうちに、毎回握手に行っていればいつかメンバーと付き合える、と思っているファンはいない()(※2)

 

 アイドルという世界を見下す手合いは、疑似恋愛ならば、“疑似”のない恋愛の方が上、という単純脳から

「握手会行くならキャバクラ、あるいはリアルな恋愛のほうがいい」

という発想が出てくるのであろうが、リアルな恋愛と疑似恋愛は別腹なのだ。

 

 当たり前だろう()

 

 2011年1月終わりに、AKBのメンバー2人が男性との写真がネット上に流出し、2人がAKBの規則・恋愛禁止を破っていたことを認め、脱退した。

 この時の、2人のファンの反応は、2人のブログへのコメント、その他SNSのコミュニティを見る限り、これまでの2人に対するそれまでの感謝や激励が圧倒的で、復帰を望む声も多く、そして、彼氏がいたことについては気にしていないという思いのほうが多数であるように見受けられた。

 中には違う考えもあったし、あまりに罵声的なコメントは管理者が削除している可能性もあるが、大半は温かい声だろうと思う。

 

 自分は、もし自分の推しメンに彼氏がいたとして、ま~ったく構わない。

 ただ、いないことにはしといてほしい。いや、それかもう一歩譲って、恋愛禁止ルールをなくして、いることを公言してもオッケーで、しかしブログに彼氏とのデートをアップしたり、公演のMCで彼氏自慢を話さないでいてくれればいいかな()くらいに思う。

 

 

アイドルに彼氏がいてもかまわない、しかし公にはいないことにはしておいてほしい。

プロレスラーが実はガチンコ弱くてもかまわない、しかし、強さの幻想は守っていてほしい。

 

 まあ、どちらかといえば、アイドルに彼氏はいない方が、プロレスラーはガチンコで強いほうが嬉しいが()(※3)

 

 

※1 相手に蹴りやパンチなどを放つ際に、自分の掌で自分の体を叩き、大きな音を出す、プロレスの1つのテクニック

 

※2 これだけたくさんのファンがいれば、稀にいるかもしれないが、稀なケースをあげつらうならば、どんなジャンルのファンにもおかしな人間はいる。

 

※3 ()はつけたが、アマレスや柔道などのアマチュア格闘技で実績を持ってプロレス入りしたレスラーや、相撲などプロ格闘技から転向してきたレスラーは、やはり強者のオーラが出ていて、プロレスラーとして魅力的である。そういう意味で、プロレスラーはガチンコで強い方がいいのは間違いない。

 

 

 

 

 


38
最終更新日 : 2012-10-06 16:11:30

35 偏見が熱気、パワーを生んでいる

 プロレスは、その鍛えられた肉体と、攻防を成り立たせるための技術、試合の組み立ての妙、ストーリーラインの結び方、ちょっとした仕草、表情、佇まいで自分を表現する表現力、それらが試される肉体芸術の舞台であり、見る側から言えば、子供、何の予備知識もない人にも楽しめ、感動と元気を与えられる大衆娯楽でもあり、見巧者としてその表現を批評しながら奥深く楽しめる芸術でもある。

 やる側もファンも、十分に胸を張れる、奥深いエンターテインメントであり、自分もこのような奥深いジャンルを30年以上見続けてきたことは誇りだ。

 では、プロレスが現在のような社会的地位から抜け出し、その素晴らしさを世間に認知してもらって確固たる社会的地位を築いてほしいかと言ったら……全く思わない。

 プロレスがプロレスのまま社会的地位を築くとは、プロレスがガチンコであるという建前を降ろし、ショーであることを公表し社会での地位を築く、ということだ。(※1)

 例えば、プロレスラーが文化勲章で叙勲されたり、テレビで「昨日のメインであの技で決まる予定だったんですが、息があわずに失敗してアドリブで決めました…」なんてことを喋ったり、テレビでコメンテーターが、団体のストーリーラインの巧拙を批評したり…。

 要は、ケーフェイ(※2)なき世界、プロレスの全てが丸裸で建前をなくし、世間にストレートにその表現を評価される世界になってほしいかと言うと、全くそうは思わないのだ。

 プロレスは、その建前を貫き通してこそプロレスだ。

 当然の結果として、八百長云々という偏見から逃れられない。

 その、世間の偏見に対して、なめられてたまるかと尋常ではない練習をこなし、身体をはって凄いプロレスを見せ、世間と対峙する。それでこそプロレス。

 偏見の目がそのままプロレスのパワーになっている。

 また、プロレスファンにとっても、世間の偏見があるからこそ、俺達がこのプロレスという世界を支えるんだという愛着、我はプロレスファンなりというアイデンティティが強固に生まれてくる。

 

 プロレスとは村松友視氏の言葉を借りるなら「ジャンルの鬼っ子」「他に比類なきジャンル」

 ショーでありながら競技という建前をとり、世間では「八百長」と蔑まれているがゆえ、試合結果などは一般紙、テレビでは報道されない。

 その一方で、プロレスというものの存在は日本人なら誰もが知るメジャーなものであり、結果は報道されないが、日本人なら誰もがその名を知るプロレスラーは何人も存在し、バラエティ番組などに出演することはしょっちゅう。プロレスラーから国会議員を3人輩出している。

 誰もがショーだと認識している一方、プロレスラーがテレビに出演する際など、共演者はプロレスラー本人の前ではあくまでプロレスを建前(競技)どおりに扱う。

げに不可思議なジャンルだ。これからも、偏見、蔑視に対峙し、「世間」に身体を張りつづけていってほしい。

 

 フェイクでありながら、ドキュメンタリーの体裁をとる、フェイク・ドキュメンタリーの魅力。

 表現の舞台はリングの上だけでなく、この世界すべて。

 

 アイドルも同じ。

 

 アイドルが、あくまであれはステージ、グラビアの中の虚像です、演じているんですと言って、タバコ吸いながらインタビューで自分の素を語るようなジャンルになったら、全てが虚であることを共通認識にしている演劇や映画の世界と同じになる。

 

 プロレスと同じく、虚実が入り混じったフェイク・ドキュメンタリーの豊かさを持つがゆえ、自らそれと共犯関係になる楽しさや優しさを持たぬ大多数の「世間」からは蔑視される運命にあるが、それでいいのだ。

 

 AKBはさらに、「大多数の束ものアイドル」「秋葉原発」「会いにいけるアイドル」、さらにはプロデューサーが同じことからおにゃんこクラブという、そのコンセプトが全く違う集団と同じようなイメージで捉えられたことなどなど、偏見を受けやすいイメージが盛りだくさんで、実際に偏見が凄まじくひどい。

 

 しかし、その偏見が、メンバー、スタッフ、ファンにとって負けてなるかという独特の熱気、パワーになっている側面もある。

 

 「世間」と対峙し、勝負する「ザ・マイナーパワー」(※3)の渦は、確実に、偏見にまみれた世間の中で、物事を先入観にとらわれずに見る少数の人間の心を掴んで巻き込み、さらにその渦を強くしていくのだ。

 

 

 

 

    1 アメリカの世界最大のプロレス団体「WWE」は、リハーサルの風景などを収録した映画を公開し、「プロレス=プロフェッショナルレスリング」という言葉とも決別すべく「スポーツ・エンターテインメント」と称している。(「プロレスラー」は「スーパースターズ」)

また、日本でもアメリカでも、プロレスラーが建前を取り外した内容の自叙伝を出したり、完全に建前は取り外さないまでも、本音に近い内容でコメントを出すケースも多くなってはいる。

 

    2 プロレスラー、関係者が、部外者に聞かれてはまずい話をしているところに部外者が接近してきた場合、その話を打ち切ることを相手に知らせる、プロレス業界用語。昔、同名のタイトルの暴露本が出てファンの誰もが知る隠語となった。

 

    3 かつての週刊プロレス名物編集長・ターザン山本氏が週プロに執筆していた連載のタイトル。

 

 

 

 

 


39
最終更新日 : 2012-08-26 00:09:39

36 「商売」が嫌いなアンチ達

 AKBのことを悪く言う人間の中には、悪く言うわりにけっこうAKBのことを知っている者がいる()

 自分の好きなことをたくさん知っていろいろ話したがるのは当たり前の感情だと思うが、嫌いなことをいろいろ知ってたり、あるいは、それについて語りたがる彼らの心理はなかなか研究に値するテーマである。

 だいたい言うことは共通している。

 「誰々が整形だ」

 「上の方の女のコはプロデューサーとかと出来てるんじゃないの?」

 「しょせん、全部商売でしょ。」

 

 ある時自分がAKBのミュージックビデオの作品としての素晴らしさを話したらこう言った人間がいた。

 「でも、それは撮ってる人がうまいんじゃないの?」

 …。

 まさか、AKBのミュージックビデオを、彼女達自身が絵コンテつくってカメラ担いで撮ってると思ってるファンは誰1人としていないわけで()、この場合の彼が言う「でも」という日本語の意味が分からない。当然、撮ってるスタッフがいて、彼らの、AKBの作品に対する手間暇おしまない努力が素晴らしい作品になっているのだが、その事がなぜ「AKBのミュージックビデオが素晴らしい」という感想に対する「でも」という否定になるのか?

 しかし、彼の、この普通に考えると意味不明の言葉が、アンチAKB心理の一端を見事に浮き彫りにしている。

 

 要は、AKBの女のコ達の頑張り、夢を掴む物語のなんのと言って、しょせん、大きなビジネスの中でのこと…「上」(運営サイド、プロデューサー、スタッフ…)の意向が働いてるわけでしょ、彼女達は「上」の金儲けの手段でしょ、下らない…という意識なのだろう。

 そういう人は自分達の住んでる世界そのものがそういう世界である事は認識したうえでのことだろうか?

 それならば、大きな権力が覆いかぶさり、個々の努力ではどうにもならない事が多すぎる中で、それを分かりつつも個々が自分のできる事を、時にあきらめたり愚痴ったりしながらもがいている…この社会そのものが「下らない」という世界観なのだろうか。

 「上」の大きな意向があるからと言って、個々の努力や意志が全く無関係な世界、ではない。

 いや、もしかしたら努力が全て無駄に終わるケースもあるかもしれない。

でも、そういう一筋縄ではいかない世界という事、どんなに努力しても、運や、たまたま運営側のお気に入りにはなれないことで、叶わないかもしれない、そういう世界で苦悩しながら頑張っている姿の方が、「本物の」人間の汗の匂いがして好きなのである。

 プロレスも同じ。

 つまり「流した汗は嘘をつかない」的スポ根的な汗の匂いだけではなく、冷汗や焦りの汗が混じった、真の人間の汗の匂いが好きなのだ。

 

 世の中には、ずいぶん「商売」が嫌いな人、お金がたくさん動いていることに、あれこれ言う人間が多いことに驚く。

 とにかく大金が動いていることがイコールくだらないこと、軽蔑すべきことになるらしい。

 「プロレスなんて興行で商売じぇねえか」

 そうです。

  仕事でやってるから、そこにただの純粋さでは出ない大人の男の色気が出るんです。ショーのさなかにふと垣間見える素の表情やその背中に彼らの人生を感じるんです。

「ぼく、プロレスが大好きだから、お金はもらわずボランティアでやってます!」と純粋そのものの瞳をウルウルさせて語るプロレスラーばかりになったら、自分は即刻、プロレスファンやめます()

AKBが、商売抜き、趣味でやってるだけのアマチュアアイドル集団になってほしいとも全く思わない。)

 もちろん、プロレスラーはプロレスが好きでやってる人が多いとは思うし、金のことを考えるとわりにあわない仕事かもしれない。お金よりもプロレスが好きだからという気持ちでやってるレスラーを否定する気はさらさらないし、そう高くないギャラでも、プロレスが好きでめいいっぱい身体張って、意地張ってプロレスやってるレスラーは素敵だ。

 

 

しかし、もしも、プロレスもAKB&その他のアイドル)も金、商売の関係のない世界…例えば、お役所お抱えの業界になってプロレスラーは公務員、身分保障のもとで、人気の変動に関係なく、高くも安くもならない一定の給料もらって安心してプロレス、アイドル活動ができますよ、という世界になったら、ま~、つまんないプロレス、芸能界になるでしょうな。

 AKBやアイドルの金にまつわる話をすることで、アイドルなんてこんなもんだぜ、と暴いた気になっているアホマスコミやアンチ達にとっては、そういうつまんない世界こそが理想なのかな?(^O^)そういうつまんない世界になってようやく彼ら単細胞人間が認める「商売抜きの」「本物」のアイドル誕生…おめでとう(^O^)

 

 プロレスはリングの外での浮き沈み、それに伴って変わる実入り、団体の集合離散や移籍、裏切り…いろんなことがあって、それらの元にはお金のこともあるかもしれないが、それらも含めたレスラー達の「ガチ」の人間模様や、背負っている歴史、それらを知ったうえで観るから、プロレスは観ている期間が長くなるほど深く味わえるのである。

 そういうもろもろの「人間」ドラマは、汚いといえば汚いのかもしれないが、そういう「いろいろある世界」の中でちらりと見える人間の男気だったり優しさだったりがたまらないのだ。

 いや、「いろいろある世界」だからこそ、その「いろいろ」に対する反応でその「人間」があぶり出され、「本物」の感情が見えるのだ。

 

 「商売」が嫌いでしょうがない人達は、汚いものは汚いもの!で、お金がからむ世界は「お金の世界」でしかないという固定観念のもと、そこに血の通った「人間」がいるってことがてんで見えなくなってるんでしょうな。

 いや、お金が動くことはガマンできるけど、その基準が人気とか、売り出し方とかそういう、ハッキリしないものであることが、彼ら単細胞人間にはガマンできないのかもしれない。

 一定のルール、団体の集合離散などない一定の決まった組織のもとで、ひたすら技量をあげて良い成績を残した者の年棒があがるという、わかりやす~い、きれ~な世界でないと安心して見てられないのだろう。

 

 

 

 

 


40
最終更新日 : 2012-08-26 00:10:04

37 松本人志の笑いはノンフィクションテイスト=プロレス、AKB  たけしの笑いはスポーツ

 自分が好きな笑いは、ドキュメンタリー、ノンフィクションのテイストである。

どういうことか?

たとえば、SNSで下らないつぶやきなどする時。冗談だよ、笑ってねというのを思い切り打ち出すのではなく、自分のカッコ悪いところをそのまま、あるいは大げさに拡大して書くような。

 ベタで分かりやすい例を出すとすると…

 

「今日は宮澤佐江ちゃん(※1)と妄想でデートしちゃいました~」

というような言葉で笑いをとりたい時、言葉の最後に ()や、「な~んちゃって」というような言葉をつけないということ。

 それをつけることで、妄想でアイドルとデートするカッコ悪さは半減するかもしれないが、笑いも半減する。

 あくまで真面目な体裁でそれを言うのがいい。できたら「しちゃいました」などよりも、もっと淡々とした言葉で。さらに、「デートした」という漠然とした言葉より、具体的に何か描写した方がいい。

 それを100%真に受けてしまう人もいるだろうが、それは受け取る側の想像力不足ということで。

 

 芸人で言うと、自分はダウンタウンの松っちゃんがめちゃくちゃ好きである。

 彼の笑いは、ノンフィクションのテイストだ。

 あり得ないことを飛躍させてボケる時も、淡々とした口調で放つから面白い。

 

 それに比べて、もう1人、天才と称されるビートたけしの笑いは、「はい、ボケましたよ~」「ここで笑って下さい~」という、分かりやすいボケだ。

 たけしに関しては、彼の映画は大好きなのだが、笑いはそれほど好きではない。

 そして、昔から印象に残っているのが、プロレスに関しての彼の発言。

 いろいろなことを言っているのを聞いたが、要は、プロレスはヤラセである、という事をいろいろな言い方で言っているのと、これはハッキリそう言っているのではないが、なぜああいうヤラセのどこがおもしろいのか、と思っているのが見てとれるのだ。

 不思議なのは、彼の食いぶちの1つである社会評論においては、世の中の規範や常識とは違った物の見方を言うことを芸風にしているのに、プロレスに関しては、前述したように「プロレスはヤラセ」などという、要するにそこらのおっさんが言うような平平凡凡のことしか言わないことだ()

 

 松っちゃんの、ノンフィクション的な笑いというのは、プロレスに通じるものがある。

 建前の世界を、これは建前ですとは絶対に言わずに生身の人間がパフォーマンスするプロレスという世界と、「ここ笑うとこですよ」という笑いではなく、ノンフィクションのテイストで、とんでもないフィクションの世界を構築している松っちゃんの笑い。

 

 だから、たけしがプロレスを理解できない一方で、松っちゃんがプロレス好き(格闘技も好き)で、たびたび観戦しているのも、頷ける話だ。

 

 そして、週刊誌やネットで書かれていることで、どこまでが本当なのか分からないが、たけしが「AKBがなぜ売れているのか分からない」等とAKBを批判してるらしいが、ああ、プロレスが分からない人にはAKBも分からないだろうなと合点がいった。

 

 さらに、松っちゃんは最近は丸くなってあまり毒を吐かなくなったが、昔はよくスポーツに…特にメジャースポーツに毒を吐いてた(※2)一方、たけしは野球好き。

 

 松っちゃんがAKBをどう思ってるか分からないが、彼がノンフィクションテイストの笑いで、プロレス好き、格闘技好きで、メジャースポーツ嫌い、たけしが分かりやすい笑いで、メジャースポーツ好き、プロレス嫌い、AKB嫌いであること、そして自分が松っちゃんが大好きであることは、自分の中では全部繋がっている。

 

 笑いがノンフィクションの雰囲気の方が深みがあって面白いのは当たり前だ。

 人間の業の肯定が笑いなのだから。

 

 

 

 

(※1)AKB48、チームKのメンバー。自分の推しメン

 

(※2)自分の記憶にある発言の中のいくつかを挙げていく。

 

・次週の「HEYHEYHEY!」がバレーボールのワールドカップ?でお休み、となることを浜ちゃんが予告した際に「バレーで俺の番組がつぶれる…最っ悪ですね」

 

・サッカーに「あんなもん何がおもろいねん」

 

・ホラ話をするのが定番だった、昔の「ガキの使い」のハガキのコーナーで、横綱の次は?との問いに「大関」 浜ちゃん「正解。」 松っちゃん「はっ…当たってもた。ホンマに知らんからボケるにボケられん。」

 

・著書で、サッカーのワールドカップが視聴率50%近くをとったことに関して「まあ、でも裏を返せば半分の人は見てないわけで。」「頑張れ頑張れと言ってる皆さん、おまえらが頑張れよ」

 

また、「ごっつうええ感じ」の打ち切りの原因が、松っちゃんに無断で同番組を野球の試合に差し替えたことに松っちゃんが激怒した事なのは有名な話。

 

 

 


41
最終更新日 : 2012-08-26 00:10:32


読者登録

高橋 慶介さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について