閉じる


試し読みできます

Products

◇All story making & written by Kai.A
◇Illusted by DOGURAMAGURO

 

lost wing~傷ついた愛の羽根~(Ⅰ)・・・《第1~11章》

⇒⇒http://p.booklog.jp/book/50676

 

lost wing~傷ついた愛の羽根~(Ⅱ) 《第12~22章》

⇒⇒http://p.booklog.jp/book/51983

 

lost wing~傷ついた愛の羽根~(Ⅲ) 《第23~32章》

⇒⇒http://p.booklog.jp/book/52539


試し読みできます

Intoroduction

-登場人物紹介-


翼(24)
…本編の主人公。一見冷淡な性格で人付き合いが苦手だが、基本的に素直。ある事情で、自分自身を証明するためにホストへの道を歩み始め、ナンバーワンにのぼりつめる。元会社員。

羽月(19)
…もう一人の主人公。明るく元気で、誰とでも仲良くなれる。186センチの高い身長と金髪・京都訛りが特徴。姉との再開を目的で上京を決意。その正体は・・・。

愛菜(25)
…美と品性を兼ね備えたカリスマキャバクラ嬢。天馬とは独立前からの付き合いで、【Club Pegasus】の常連。翼とある人物の面影を重ねている。そして、10年前に生き別れた弟との再会を夢見ている。

美空(19)

…亡くなった母親経営していた小料理屋で働く心優しい少女。とあることが原因で声が出ない。翼に純粋な思いを寄せている。


天馬(27)
…カリスマ性溢れる【Club Pegasus】代表取締役社長。厳しいが従業員思いで、翼や羽月の成長を見守る。

翔悟(22)
…【Club Pegasus】の元No.1ホスト。容姿端麗で、何でも自分が一番でないと気が済まない性格。だが、翼の実力を認め始めている。

光星(25)
…【Club Pegasus】No.2ホスト。黒い長髪が特徴。非常に攻撃的で傲慢な性格。後輩や新人に高圧的。『アリスの子』のてにかかり死亡。

由宇(20)
…【Club Pegasus】No.3ホスト。明るい短髪が特徴。冷静で非常にドライな性格だが、なにげに協力的。

佐伯(28)
…【Club Pegasus】の店長。翼たち新人ホストを厳しく指導する。

 

梨麻(22)
…【Club Pegasus】の新規の客。服装は派手だが、性格はおとなしめ。風俗で働く。今は、すっかり翼のよき常連客。

 

聖(28)

…かつて天馬のライバルだった天才的カリスマホスト。【Club Pegasus】の乗っ取りをするべく、翼とのバースデー勝負をもちかける。性格は完全な『俺様』で、欲しいものはすべて奪ってでも手に入れたくなるほどの傲慢。

 


試し読みできます

33-1


7月28日・昼下がりの午後-

翼は、自身の誕生日とともに【Club Pegasus】における聖とのバースデーイベントの時を迎えるために、自宅のソファで一本の煙草の火を燈していた。


「ふぅ……そろそろ行くか」

翼は、煙草を灰皿に揉み消すと、そのまま服を脱ぎバスルームへと入っていく。

心の芯から何かをも洗い流すように、長時間にわたり滝のように落ちる霧状の湯をその身体に受け止める。


今までのホスト人生の中で一番キレイなカタチで出勤する……
わずかな汚れさえも見落とさず全て洗い流すかのように、翼は丹念にその身体を浄めていった。


バスルームから出てタオルで身体の水滴を拭き取った翼は、ベッドの上に整って置かれている白いスーツを見つめる。



「……」



シャツをはじめ、さりげないラメに彩られたきらびやかなそのスーツを、翼は順にその身を包んでいく。



「さてと」



最後にジャケットを羽織らず、手に抱えたまま翼は自宅を出る。


すぐさまタクシーに乗って向かったのはセットサロン-
彼は御用達のサロンでののヘアーメイクを受けていく。



『バースデーだから』

とのことで、
スタッフは、いつもにも増して翼の髪の毛を丁寧に丁寧にメイクを施していく。


ブローが、ワックスやスプレーが、シャンプーを終えたばかりの翼の髪の毛をシャープに美麗にその形を作っていく。


ヘアーメイクを終え、ジャケットを羽織った彼の、その何やら普通でない雰囲気が、サロン内にいる人間からの目を引き付けるには充分だった。


翼はいよいよ、嵐の戦場となる【Club Pegasus】へと、威風堂々とした雰囲気を醸し出しながら向かっていった。


【Club Pegasus】へと続く、新宿・歌舞伎町のセントラルロード。


そこを颯爽と過ぎ去る翼の姿は、そこにいるすべての人間の目を止めていた。


それだけ、今の翼は溢れるほどのホストとしてのまばゆいオーラを放っていた。




「おはようございますっ!」


午後4時-

翼が大きな声で【Pegasus】の店内に入ると、そこはいつものそれとは明らかに雰囲気が違っていた。
白を貴重とした壁の内装に、飾りや翼と聖の写真やポスターなどが貼られ、店内はまさに嵐の前の静けさのような陽動感すら感じさせていた。


「翼さん、おはようございます!」
「おはようございます!」
後輩のホストたちが、エントランスの前で立ち尽くす翼に元気な声をかける。
いつもよりさらに磨かれ研ぎ澄まされたような翼の存在感に、ホストたちは羨望の眼差しを向ける。


「すっげえー……!」
「翼さん、超カッコイイっす!今日のバースデー、俺たちも全力で盛り上げてきますねっ!」
「聖って人なんかに翼さんが負けるはずないっすよ!」

ホストたちは、翼を囲んでは手汗握るようにはしゃいでいった。
そんな彼らを見て、翼はどこかホッとしたような笑みを浮かべる。


「みんな、ありがとう。それと今日はよろしく頼むな」

翼がそう言うと、ホストたちはそれに反応するようにグッと拳を強く握った。


「翼」
「翼くん」

翔悟と由宇がそこへとやってくる。


「翔悟さん、由宇さん」
「今日の衣装、似合ってるよ翼くん」
「ありがとう」
「ほら、翔悟さんも翼くんに何か言ってあげなよ」
「あっ!?」

翔悟はどこか照れながら、真っ白く包まれたような翼を見る。


「今、思うとよ」
「?」
「何でこんなやつが……って思うけど-」
「……」
「お前は、【Pegasus】の何もかもをも追い越して、ここまできたんだもんな。あんな接客の『せ』の字すらできてなかったような奴がさ」
「翔悟さん」
「こんなことは、心底言いたくないんだけどよ」
「えぇ」

すると、翔悟は翼の瞳を両肩にバンと両手を置いては、彼の瞳をじっと見つめる。


「【Pegasus】を、まぁ……任せたからな」

ぶっきらぼうながらも、彼のその思いがけない言葉に、翼は一瞬目をパチクリさせたが、すぐにニコリと笑みを返した。
そして、ゆっくりと首を縦に振る。

それを見て、翔悟もニヤリと笑いを零した。


「翼くん、がんばれよ。僕らもできる限りの協力はするからさ」
「ありがとう、由宇さん」
翼と由宇がそう話していたとき、再びエントランスのドアが開くと同時に、ほのかな香水の匂いがその空間を舞う。

「よう」

そこに現れたのは、同じくしてバースデーイベントの主役となる聖の姿だった。

「聖さん」

互いにきらびやかな衣装をその身にまとった翼と聖は、真正面から向かい合う。


「泣いても笑っても、今日で何もかもが決まる。翼クン、正々堂々と勝負しようや」
「えぇ」

ニヤリと笑った聖は、そばにいる翔悟の方を振り向く。
翔悟も不敵に笑う彼の顔を、じっと見据えた。


「翔悟、お前が俺によこしてくれた『おこぼれ』のおかげもあって、俺はここまで来れたんだ。お前にはナンダカンダで感謝しなきゃな~」
「……」

見下すような聖の言葉に、翔悟は何も言わず黙ってうつむいている。


「……?」
翼は、何かと思い二人を交互に見る。


「まぁ、翼クン……今夜は健闘を祈ろうや」
「余裕……って感じですね」
「そうでもねぇさ……さて、俺は一服でもしたらお客サマをお迎えに上がるとするかな」

聖はホールの方へと姿を消していった。





「ちっ!」

その直後、翔悟も舌打ちをしながらその場からいなくなった。
そんな彼を、翼と由宇は静かに見つめる。


「由宇さん、聖さんと翔悟さんは前に何かあったんですか?」
「まぁね、【Unicornis】のときからの話だけどさ。前にもうちに来たけど、華月結奈って人いるだろ?」
「あの六本木ホステスのカリスマって人ですね」
「そう。あの人はさ、翔悟さんがホストをやる前に付き合ってた人なんだよ」
「!」
「3年くらい前なのかな、当時ごく普通の大学生として翔悟さんと交際していた結奈さんは、彼に内緒で初めてのホストクラブにってことで【Unicornis】に遊びに行ったんだ。その時に出会ったのが……」
「聖さんですか」
「うん。普段見たことのないホストクラブの世界はもちろん、その中で当時の社長さえも抑えて断トツのNo.1だった聖さんに、当時の彼女は心を奪われたそうだ」
「……」
「それから、彼女は次第に翔悟さんをそっちのけにしてまで聖さんに会いに店に通うようになり……普通の大学生としての経済力に物足りなさを感じた彼女は、遊ぶお金欲しさに水商売の世界に足を踏み入れたんだ」
「それを翔悟さんは?」
「もちろん止めたそうだ。でも、彼女の心はすでにホスト……いや、聖さん一色だった。結奈さんが離れていくのは、時間の問題だったらしい。でも、翔悟さんもそれでは終わらなかったんだ」
「まさか、翔悟さんはそのことが原因で【Unicornis】のホストに?」
「翔悟さんはそれ以上は話さなかったけど、多分……ね」

由宇が語った翔悟の隠された秘密を聞いて、翼はソファでタバコを吸う彼を見つめた。

『あの人が……社長に次ぐ愛菜の指名やNo.1の立場にこだわっていたのは、こうゆうことだったのか』



聖の後を追うように、翼は指名客を迎えるために外に出ていった。





「いらっしゃいませっ!!」

営業時間の午後5時になり、エントランスの外では魅惑的な雰囲気を放つ翼と聖が女性客を次々と迎えていた。

「翼くぅん、お誕生日おめでとう♪」
「聖ぃっ!今日は一緒に楽しもうねぇ☆」

互いの指名客が続々と入店していくのに対し、二人のホストは美しく爽やかな笑顔を振り撒いていく。


「聖~、翼なんか軽くひねっちゃえ」
「翼があんなオッサンホストに負けるわけないもんね~」

時に、相手側ホストに毒づく声もある中、翼たちは冷静にそれをやり過ごす。

自分たちの担当ホストを応援すると同時に、No.1ホスト同士の頂上対決が目玉なのを、そういった客たちの様子がわかりやすく物語っていた。


「翼クン、いまさらだけどさぁ」
「何です、聖さん」
「俺、手は抜かずに容赦なくキミを叩き潰しに行くから、そのつもりで」
「そうですか」
「思ったよか冷静じゃん」
「いえいえ、俺もあんたと同じように、自分が勝って盛り上がるコトばかりを思ってたところですから」
「言うねぇ」

その言葉を交わしたのを最後に、翼と聖は来店した指名客のもとへと向かっていった。

盛り上がるアナウンスとともに火ぶたを切られたバースデーイベントは、こうして始まっていった。

イベント開始から約1時間が経過-

【Club Pegasus】の店内は、その広さに関係なくすでに満員に達していた。


翼と聖……
互いの指名客も五分五分ほどで、その盛り上がりぶりは【Pegasus】始まって以来のことでもあった。



「翼さん、梨麻さんからピンクいただきましたァ!!」

「聖さんに~、結奈さんからのゴールドをまたまた一発いただいちゃいましたァ!!」


互いの指名客から次々とシャンパンやボトルが入り、店内はつねにホスト達の気合いの入ったマイクパフォーマンスによるコールの嵐が続いていた。


「何なんだよ、今日はどっちもすごすぎる……!」
「しょうがねぇよ、今日は両方の太い客が全員と言っていいくらいに集まってるんだ。見ろよ、翼さんにしろ聖さんにしろ、来てる客の質が明らかにいつもより雰囲気からして違う」
「あぁ。同業だけじゃなく、むしろ売れっ子のモデルや女社長……令嬢さんみたいなのが半分以上だ」
「それだけ、客側もこのバースデーに入れる気合いみたいなのは違うんだろうな」

ホストたちは、驚きと疲労を隠せぬまま騒然となるその光景を見ていた。


主役となる翼と聖も、分刻みの感覚でそれぞれの指名客が待つテーブルへと回っていた。
彼らが席につくのを心待ちにしていた彼女たち指名客も、登場すれば待っていたイライラや笑顔に変えていく。

しかし、場違い並の雰囲気に圧倒されたり、席につくのを待ちきれない不満を抑えられずに帰っていく女性客の姿も時間がたつにつれ徐々に出始めていた。

幸か不幸か、それが来客の回転を促す数少ない手段となっていたのは否めなかった。

天馬や佐伯ら運営側の人間は、とにかく待たせている女性客を一人でも多く店内に入れようと必死に努めた。


「いらっしゃいませぇ!!」
【Pegasus】にまた一人の来店した女性客がエントランスに現れ、佐伯はすぐにそこへ駆け付ける。

「あなたは確か……果穂さん!」
「どうも佐伯さん、こんばんはぁ」
「いらっしゃいませ!ささ、梨麻さんがテーブルにて先にお待ちですよ」

どこか遠慮がちな果穂を、佐伯は梨麻のいるテーブルへとすばやく誘導する。
すると、先に座ってシャンパンをたしなんでいた梨麻が彼女の存在に気付く。


「果穂ちゃん、ここ!」
「梨麻……」
少しほろ酔いな梨麻が元気に声をかけるも、果穂は気まずそうな表情で彼女の横に腰をおろした。


「ねぇ梨麻、あたし……ここに来てよかったのかな」
「いいよ、私が誘ったんだからさ」
「でもさ……あたし、前に翼くんやあんたにひどいことしちゃったじゃん。それに-」

その時だった。


「果穂さん、いらっしゃいませ!」
タイミングよく駆け付けたように翼が登場し、果穂に笑顔を向ける。


「あの、翼くんあたし……」
「僕が頼んだんです、梨麻ちゃんに果穂さんを一緒に連れて来てくれって」
「えっ?」
果穂は梨麻の方を振り向いた。

「果穂ちゃん、光星の事件のこともあって、それっきり落ち込んで【Pegasus】に来ることもなくなっちゃったでしょ?だから翼が一緒に気晴らしにでもって言ってくれたの」
梨麻は、ほろ酔いで顔を赤らめつつも真剣に果穂へと言葉を伝えた。
それを聞いた果穂は、目に涙を浮かべながら翼の方を見る。

試し読みできます

33-2

 
「翼くん、あたし……」
「お忙しい中、僕のバースデーに来てくれてありがとうございます。今日はゆっくり……ってのは簡単にはできないかもだけど、気のゆくまで楽しんでって下さい!」
「……ありがとう、ね」
翼の明るい言葉に、果穂はひっくひっくと泣き始めた。

「梨麻、ゴメンね……ゴメンね……」
果穂と梨麻はそのまま泣きながら抱き着き合っていった。
翼は、一度こじれた友人同士の仲が戻ったその光景を見ては、どこか胸を撫で下ろしていた。

「さっ、今日は飲みましょう!ハッピーバースデーッ☆☆」
翼はヘルプについたホストとともに、梨麻・果穂の二人とシャンパンが注がれたフルートグラスを交わした。
その際に、華麗に彩られた音が共鳴していくのは言うまでもない。



「いらっしゃいませぇぇ!!」

【Pegasus】は、客数が絶えるどころか待ちの女性客が行列するほどの大盛況に達していた。


翼と聖は、それぞれの指名客のもとを分刻みで移動しては、新たに来店した指名客を顔色一つ変えずに迎える。
その様子を、天馬は冷静に見つめていた。



「翼くんっ!」
空いたテーブルに新しく座っていた若いOL風の二人の女性客を見て、翼は目を大きく見開く。

「確か……羽月のことを指名してた方ですよね?」
「そう、覚えててくれたんだぁ!今日だけなんだけど、翼くん指名で来させてもらったの」
「でも、羽月はそのことを?」
「羽月くんからね、できればでえぇから翼くんのバースデー行ってあげてって頼まれたの。自分が怪我で出れないから、翼くんのこと代わりに祝ってくれって」
「そうでしたか……あいつが」
「ちゃんと社長さんにもOKもらってるしさ。だから、たいして売上の協力はできないけど、今日だけは私達にお祝いさせてね!」

女性客二人は、明るい笑顔で翼に言った。


「どうもありがとうございます!"あいつ"の分もぜひ、楽しんでって下さいね!」
翼は笑顔でそう口にするさなか、胸の奥から込み上げてくるような熱い感情を覚えていた。



『羽月、ありがとうな』



翼が満面の笑みで接すると、いつもと違う彼の姿に女性客たちは顔を赤らめながら綻ばせていた。



「翼、次はあちらに向かってくれるかっ」
忙しさのあまり息を切らせる口調で耳打ちする佐伯の指示で、翼は羽月の指名客に挨拶をし次のテーブルへと向かっていった。



「翼さんっ!お誕生日おめでとうございますっ」
「あなたは!」

次に新たについたテーブルで待っていたのは、以前に訪れた【Club Mirror】で出会った凜だった。

彼女の両隣には、彼女と同じ店らしきキャバ嬢風の女性二人が、楽しそうな中に緊張した面持ちで座っている。


「凜さん、来てくれたんですか!」
「こんばんは、想像以上のすごい盛り上がりですね!愛菜さんの代理でってことで社長さんから快くOKもらえたんです」
「愛菜の代理で?凜さん、それでわざわざここに」
「はい、私たちそんなにホストクラブでは遊び慣れてはないんですけど、後で自分が社長さんに支払いをするから代わりに行ってきて売上をつけてほしいって愛菜さんから言われてるんです。それに、羽月くんからも頼まれて」
「そうだったんですか……。みなさん、忙しい中来てくれてありがとうございます!存分に飲んで楽しんで下さい!」
「はーい、ありがとうっ☆あの聖って人になんかに負けないでくださいねー!」



亡くなった光星の客だった果穂、

羽月に頼まれて来てくれた彼の指名客、

そして、愛菜の代理として来店した彼女自身の後輩である凜たち、



様々な人間が集まり、バースデーイベントの盛り上がりは客数と売上の伸びとともにさらに加速していった。





しかし、売上をたてるために早々に予算を使い切った指名客が徐々に出てきたのは、翼側の方だった。


そのせいもあってか、2時間……3時間と時がたつにつれ、少しずつ帰り始める客たちの姿も見え始める。


それを入れ代えるかのように、今度は聖を指名する客たちが次々と店内へと入ってきていた。


ホステス・風俗嬢・女性経営者・アダルト女優・同業回りの有名ホスト……


華月結奈をはじめ、身なりからオーダー内容まで上の経済力を持つ聖指名の人間たちが、徐々に【Pegasus】の店内を占拠し始めていた。



「これはまずいぞ」
天馬は、小さい声でつぶやいた。


「社長、このままだと翼は……」
「あぁ、やばいぞ佐伯。指名客の数はともかく、太客の絶対数や人脈の部分で、今の聖は翼よりもあそこまで上回っていたか……!」
「六本木カリスマ嬢に加え、吉原トップクラスの高級ソープ嬢に、人気エステサロン社長にカリスマモデル……。これじゃ、いくら愛菜さんの代理でいらした彼女たちがいてくれたとしても…」
「まさか今の聖がここまで大きくなってるとは……!悔しいが、俺が現役だった頃とは比べものにならないな」

どこか笑うように力無くつぶやく天馬につられるように、佐伯はガクリと肩を落とす。


店内で巻き起こるオールコールの半分以上が聖のいるテーブルになっていることに、翼をはじめ彼の指名客や翔悟たちホストまでもが絶望感を覚えるのにそう時間はいらなかった。


「どうすんだよ、このままじゃ……!」
翔悟の歯がゆい気持ちが空を切るように、彼の拳を無駄な強さで握らせる。


追いうちを畳み掛けるように、聖の客たちが高級シャンパンやブランデーのボトルをどんどんオーダーした分だけコールが圧巻していく。


それが、翼たちの心から『楽しいバースデー』という言葉をスッと虚しく消し去るには見事すぎるほどに十分だった。



『くそ!聖さんがここまでだなんて……このままじゃ【Pegasus】は……!』



翼の心をさらなる焦燥感が煽っていく。

しかし「もう、どうしようもない」という停滞感が、翼たちから消えることはなかった。



「ハッハッハー!!」

聖の高笑いが店内に響き渡る。

「おいおい、【Pegasus】の現役No.1はこんなもんか?さっきから俺達のコールばっかりだなぁ!なぁ、結奈!」
「ふふふ……ホントは思ってたよりたいしたことないのね、翼クンて人も」

聖と結奈は嘲笑いながらグラスの中身を口に運んでいった。


その言葉に梨麻が、凜が、天馬が、翔悟が、そして翼本人が、心の内を鋭い刃で深くえぐられるような感覚を帯びていた。


それによって、翼の指名客の何人かが涙を流すほどまでに至った。


そんな絶望感と情けなさにさらされる中、翼は折れそうな自らの心を自制することに努めるしかなかった。



『もう、俺じゃ勝てないのかよ……羽月、愛菜……』




翼は客を自らの事情に巻き込み泣かせてしまっている悔しさのあまり、握った拳を小刻みに震わせていた。




しかし、その時だった。

佐伯が小走りで翼のもとに近づき、慌てて耳打ちする。

「翼、恐らく初めてのお客様なんだが……お前をどうしても指名したいという方が二人いらしてるんだ」
「え……?二人?」
「あぁ、一人は20代後半くらいで、もう一人の方は少々歳をとられた……ニットキャップをかぶっていらしたな」
「!!」



『ニットキャップ……!?』

翼は、すぐさまエントランスへと向かっていった。


「まさか……!」

彼のそんな『まさか』は見事に的中することとなる。




エントランスにすぐに走り着いた翼の方に、ニットキャップをかぶった小柄なその人物はゆっくりと振り向いた。


僅かに息を切らせる翼の心臓が、『ドクン』と大きな脈をうつ。



「オフ……クロ……」



目の前に立って彼のことをどこか悲しげな瞳で見つめているのは、義理の姉・和美に付き添われながら現れた翼(=一也)の母だった。



もはや絶望感に押し潰されそうになっていたときに訪れた、突然の母子の再会だった。





                                                   第34章へ

試し読みできます

34-1


「……」

翼は、イベントでいつも以上に騒がしくなっている今の空間が嘘であるかのように硬直していた。

店のエントランスにて自らのことを見つめる母と和美…

決して現れること自体ありえない家族が、自分が働くホストクラブへと突然現れたという現実を冷静に受け止めるには、彼には多少の時間が必要だった。

しかし、そんな彼の気持ちを察することなく事は進んでいった。



「おい、翼っ!」
天馬に声をかけられ、翼はハッとしながら我に返る。

「あっ、社長
…」
「どうした?こちら、お前のお知り合いか?」
「あ…
まぁ……」

翼は小さい声で答えながら二人の方へチラリと視線を移す。
母と和美は、何も言うことなく黙って翼からの反応を伺っていた。

普段でしゃばりな性格だからか、
「息子がお世話になっています」
などと、天馬や佐伯に大袈裟な挨拶をしてくるのではないかという恐れが翼の中ではあったものの、意外なことに『それ』はなかった。

自分が知っているそんな普段の母より控え目だったことが、彼の硬直した心を少しずつほぐすには十分だった。

冷静さを徐々に取り戻していった翼は、息子としてではなく、あくまでも初対面のつもりで接しようと、プロとしての自分の心に言い聞かせていった。



「ようこそ、いらっしゃいませ!」
翼はいつもの接客らしい態度を取り戻し、母たちに接する。

「今日は僕のバースデーイベントに来て下さいまして、ありがとうございます!さっ、僕が御席までご案内させていただきますので、どうぞこちらへ!」
そう言って、翼は母と和美の二人を空いていた席へと自ら案内する。


「翼さん、お客様のご案内なら俺達が-」
「いや、いいんだ。他のお客さんのヘルプ頼むな」
翼はヘルプのホストにそう言うと、騒がしいホールに二人を導いていく。

一方、まるで別世界に来たかのように母と和美は味わったことすらないその中をキョロキョロと見渡していた。
飲みながら楽しんでいる他の女性客に比べて自分たちが地味だということに、和美はどことなく引け目を感じ始めていた。


「お母様、一也さん、こんなところでずっと
…」
「……」
和美が耳元でそうささやいても、母は何も答えず、ただ息子である翼の後を黙々とついていった。


「社長、あのお客様方、翼のお知り合いですかね?」
…どうだろうな」
そんな彼らの後ろ姿を、天馬と佐伯は気にしながら視線で後を追っていた。



「こちらです、どうぞ」
翼は、母と和美をソファへと座らせると、母とワンクッション置くように和美の隣へと腰をおろした。

「失礼します。ご挨拶が遅れました、翼です。今日は……」


そのまま、翼の言葉は途切れた。
ただの指名客ではないと嫌なほどわかっている以上、何を話して良いかわからなかった。

それ以上に、過去の確執が三人の間に重苦しすぎる空気を漂わせていた。



「……」

「……」

「……」


翼も和美も、そして母も…
三人とも何も口にしない時間が約20秒は続いた。

彼らにとってその20秒は、死ぬほど長く感じられていた。

しかし、店の中の仕事である以上、翼はその沈黙を素早く破らざるを得なかった。



「あの、お飲みものはいかがいたしますか?」
翼がどこか堅苦しい口調でそう言うと、和美が目付きを鋭くしながら答える。


「一也さん
…あなた一体何をしてるのよ、こんなところで」
「…
何かと言いますと?お客様」
「白々しい言葉遣いはやめて。一也さん、私たちは-」
「僕はその"一也"って名前ではなく、翼ですが」
「一也さんいい加減にして。私たちの前では演じなくていいから
…」

和美と会話を交わした翼は、それまで合わせることなく逸らしていた視線を、鋭く二人へと向けた。

「一体、こんなところまで何の用ですか
…」
翼の口から怒りとも憎しみともわからないような渇いた声が噴き出す。


「一也さん、前にあなたが家に戻ってきたとき、名刺をふらりと渡したでしょう。それを頼って来たのよ」
「社会科見学にでもしにきたんですか、お義姉さん。あなたの優秀~な旦那さんのバカな弟が、こんなアンダーグラウンドな世界で生きてるのを」
「違うわ」
「それとも、兄さんとの退屈な夫婦生活に飽きて潤いでも求めにいらしたんですか?」
「違うわ」
「まさか…
あの時のキスくらいで心が揺れ動いたとかそんな-」
「違うって言ってるでしょ!!」

和美が上げた大きな声に、周囲の客やホストたちも何かと反応する。
そんな中、翼はギリギリの冷静さを保ちつつ周囲に頭を下げながら、それに構えていた。


「お義姉さん、他のお客様の目もありますから、あまり大声をたてるのは」
「そうね…
いきなり声をはりあげてしまって、ごめんなさい」

和美は、仕切り直すようにため息をひとつついた。
そんな中、翼はタンブラーへと注いだ水を二人の前に置く。


「どうぞ」

スマートな動作で水を差し出す翼の姿に、母と和美はただ茫然としていた。

あんなに素直で大人しくて明るかったイメージが180°覆るほど、二人にとって今の彼は別人のように映っていた。

そんな時、口を開き始めたのは翼の方だった。



「とにかく、二人して一体どうゆうつもりです、お義姉さん」
母に目も向けたくないため、翼が話そうとする焦点は、やはり和美に絞られていた。
和美は、それを察したかのように横目でチラリと母を見ると、あらたまったように翼に答える。



「一也さん、あなたは今の状況にももちろん納得なんて少しもしてないかもしれないけど、話だけは聞いて。私からも話したいコトはあるけど、今日はお義母様のお話を聞いてあげてほしいの」
「…
その人の、話を?」
「そう。あなたがお義母様に対して深い溝を作ってることは承知の上で頼みたいの」
「何でこんな日にいまさら」
「今日だからよ。お義母様、身体の調子が良くないのをわかってて、あなたの25歳の誕生日である今日をどうしても、ここに来てでも祝いたかったの。お願い、お祝いさせてあげて
…?」
「……」

和美の懇願するような言葉に、翼の言葉は胸の奥へと潜める。

一方-

そんな翼たちの姿は、本日のもうひとりの主役である聖の目にもしっかりと映っていた。
聖は、横にいる結奈とともにその光景を笑いながら見ていた。


「ふっ、翼クンどうしたんだかなぁ。こんないっそがしいときに、あんなきわめて細そうな地味~なのを連れてきてよ?」
「もう危なくなっちゃったから、やけくそになって呼んだんじゃない?」
「そうかもな…
ハハッ!さて、結奈悪いな。すぐに戻ってくるから、俺はちょっと歩いてくるぜ」
「もぉ…、すぐに戻ってきてよね」
「あぁ、それまではもう負けそうな翼クンの接客でも遠巻きに見とけよ!」

聖は、鼻にかけたような口調で言うと、結奈のいるテーブルから離れ他のテーブルを回っていった。

そんな余裕を見せる聖をよそに、結奈は冷静な目で翼たちのことを見続けた。





「ほらっ…
お義母様も、せっかくここまで逢いにきたんだから、何か話さないと」
和美は、すっかりホストの姿となっている息子を前に未だ一言も発しない母に会話を促していく。

母は、ずっと閉じた口から何を言っていいのかわからないのか、口をもごもごし始めていた。


「何か、しゃべったらどうですか」
翼が、不服ながらも母に会話を促す。
その一言で、母の表情は次第に落ち着きを取り戻していく。

そして、彼女は和美を挟んで目の前にいる息子にまっすぐな視線を向けた。



「一也…

母がついに口を開く。


「いきなり、あなたの仕事場に来てしまったりして、ホントにごめんなさい」
「そう思ってるなら、何故突然来たりしたんです?」
「さっき和美さんが言ったように、あなたのお誕生日をお祝いしたかったの。それに-」
「それに?」
「あなたが、今までどんなところで生きていたのか、それも一度見てみたかった。ホストクラブという場所は、テレビとかでも見ることあるけど、やっぱりとても心配で
…」
「だから何です?親がわざわざ職場に来るなんて聞いたこともありませんが」
「女の人がお客さんになって、高額なお金を支払う代わりに色んな無茶もされたりするんでしょう?一気飲みとか…

「だから、どうしたっていうんですか」

母と会話する翼の口調が苛立ちを含み始める。

「まだあんなに若い人もいて…女の人がお金に任せてこうゆうことをしている世界があるのが、正直お母さんにはわからないわ」
「ハッ」

翼は苦笑いを浮かべた。

「お金に任せて好き放題することが、そんなに珍しいですか?あなたがあの時、金の力に任せて俺と紗恵にしたことはじゃあ何だって言うんです?」
翼の鋭い口調が、母に向けて突き刺さっていく。


「少なからず、ここに来店するお客さんは、楽しみたい…
ストレス発散のために足を運んでるんです。俺たちホストは、そんなお客さんに喜んでもらうために存在する。あなたのように、キチガイじみたくだらない感情で、他人に迷惑かけたり関係をぶち壊したりするようなことは、一切無いんですよ!」
「……」

翼のさらに追いうちをかける言葉に、母は言葉を失ったように押し黙る。


「一也さん…
!お義母様だって、今はもうあの時のコトをすっかり反省されて…!」
「お義姉さん、とにかく俺は今大事な仕事の真っ最中なんです。これ以上くだらない言い合いをここでするなら、早くお帰り下さい」
翼は和美にそう言うと、スッとその場で立ち上がる。
そこにタイミングよく合わせたように、彼のもとにやってきたヘルプのホストが耳打ちをする。


「…
悪いけど、他のお客さんのところに行かなくちゃいけない。病気の身体に触ることがわかっているなら、早く家へ帰って下さい。もう俺から話すコトも話を聞くコトもありませんから」
翼は、背中越しにそう言うと、母と和美のもとからツカツカと去っていった。
そんな彼の後ろ姿を見て、母はわずかに目に涙を浮かべる。

「やっぱり…
拒まれちゃったわね…
「お義母様
…」
その時、母は何かを思い立ったのか、まだその場にいたヘルプのホストへと声をかける。

「あの、ちょっといいかしら-」





「いいのか、翼」
「えっ?」
天馬が翼にたずねる。

「あのお客さん、見たところお前のお知り合いみたいだが……大丈夫なのか?こんなに早く離れて」
「えぇ、心配はいりません、社長」
「…
そうか」
あまりにもあっさりとした翼の態度に、天馬はどこか違和感を覚える。

翼は、そのまま急ぐように他の指名客の待つるテーブルへと向かっていった。



「翼、大丈夫なのぉ?聖って人のとこ、高いお酒バンバン入れまくってるよぉ」
「大丈夫、大丈夫ですよ!」
「ゴメンね…
あたしたち、あんなにお酒頼めるほどお金持ってないからさぁ。翼のせっかくの誕生日なのに…
「そんなん気にしないで!せっかくのイベントなんだし、楽しんでいってよね」


読者登録

浅倉 魁莉さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について