閉じる


試し読みできます



破れたハートは空を飛ぶ



それは、小さな事件だった。

 

 彩菜は、きららの腕をぐいとつかんで、こう言った。

『なんだ、きららって、まだ横須賀のクラブに行ったことないんだ』

 このクラブって、外人ばっかりの大人のクラブのことだ。

 彩菜はまるで、きららのユラユラする行き場のない気持ちを、見透かすみたいに。

 挑発するみたいに、キラっとした視線を、きららに向けた。

 彩菜は、ヤンキーでクラスの問題児だ。 

 放課後の教室。

 ぴりりとした空気が、あたりを包む。

 クラスのみんなが、きららたちを息を飲んで見ていた。

 由梨ちゃんは、不安げにきららの横顔をみつめた。


「ねえ、きらら。今晩、本当に行くつもりなの?」

 由梨ちゃんは、突然思い出したみたいに、ポツンと言った。

 二人で駅へ向かう帰り道。

「うん、約束しちゃったし…」

「コワくないの?」

「少しコワイ。けど、彩菜にあー言われちゃったら、引っ込みがつかないし…」

 由梨ちゃんが心配してくれる気持ち、きららはよくわかってた。

 だから、ウソをついた。

 二人は、中等部からずっと親友で、今はクラスメートで。

 いつも、学校帰りはつるんでミチクサ。元町、横浜、自由が丘、二子玉。

 乗り換えのたびに、雑貨屋さんでかわいいグッツを探す。

 いつも、一緒だった。まるでツインズみたいに。

 でも、あの日を境にきららは変わり始めた。

 腰まで伸びたストレートヘアを、切ろうとしない。

 そして、いつも大きな瞳を潤みがちにし、小さな唇を怒ったようにツンとさせてる。

由梨ちゃんは昔のまま。

 くせっ毛でゆるいウェーブのセミロング。砂糖菓子のような優しい笑顔で。

 きららは、そんな由梨ちゃんを見ると、胸の奥が苦くなる。


    由梨ちゃんは、わたしが変わってしまうのがイヤだと思うんだ。

   でも、そんなことを言うコじゃない。

   いつだって、わたしのそばにいてくれる。心配してくれる。

   ごめんね。由梨ちゃん。

   自分でもどうしようもないの。ハートが落ち着かない。

   どこにいても、何をしても。由梨ちゃんといても。

   だから、反発したフリして行くんじゃないの。

   わたしの中で、何かが行きたいって、ささやいたから。

   何かが起こるって、そそのかしたから。

                                         

 きららは、広いエントランスを通り抜け、マンションの階段をコンコン上がる。

 ドアの前で一呼吸。そっと開けてみる。

   ……やっぱりあった。

 赤いハイヒール。その片っぽは、倒れたまま。


 きららはそっと、抜き足差し足。パパの仕事部屋の前を通り抜ける。

 クスクス……  笑い声が、ドアの向こうから聞こえて来る。

 パパの年下の恋人。で、きららの年上のアカのオバサン。

「オイオイ、そろそろ…きららが帰って来るから……」

 ちょっと困ったパパの声。

「もう、昴ったら。私とあのコとどっちが大切なのよ」

「もちろん君だよ。君より大切なものが、この世にある訳ないだろ」

 ビリッ ちぎれる。きららの中で、また音をたてて……。

 痛い。ヒリヒリする。久々にこたえる。

 きららは、今のパパを別人28号と思うことにしてる。

 きっとパパは、エイリアンと合体したんだ。あの日から……。

 きららは、ダッと自分の部屋に逃げ込んだ。

 ドレッサーの上の写真立てを振り返る。

 その中で、きららのママが優しく微笑んでいた。


                                         



試し読みできます

    わたしのママ、去年死んじゃったの。

   残ったパパとわたしは、捨てられちゃった子猫みたいにピーピー泣いてて…。

   情けないくらい、くちゃくちゃになってた。

   だってうちは、ママが全てだったから。

   ママは、雑誌の編集長をやって、働きに行ってた。

   6つ年下のパパは、売れないイラストレーターで。ずっと家でゴロゴロしてた。

   で、突然…ママが……。

   それで、パパは、仕事に燃え出したの。

   イキナリ、売れっコになって。テレビに出る人になって。

   深夜番組のトークショーなんかに、コンセプターとか、空間プロデューサーとかの、   カタカナに混じるようになって。

   何が本業だか、わかんないほど。

   あのジーンズに、ヘインズのTシャツに、Gジャンしか着なかったパパが…。

   今はブキミ。

   センスはイイんだろうけど、派手なデザインのインポートものを着だしたの。

   口を開けば、『最近は……』の5段活用。

   まるでテレビのアンテナでも、頭にはやしてるみたいよ。

   一番大切なものを、どっかに忘れちゃってる。

   有名になるってそーゆーことなの?

   業界人らしくしないと、自分が守れないの?

   わたしとパパの関係って、あの日を境に、

   『K』のタテボウ、『I()』を取ったみたいに、バランスを失ったの。

   わたしのハートも、行き先不明の迷子になった。


 ふー きららは、大きく深呼吸。

 いっぱいたまった想いを、一瞬だけスーとさせる。

 そして、フローリングの床に、

 ストンと濡れたスカートを脱ぎ捨てた。

  


試し読みできます

 


 あの瞳が忘れられない




 きららは横須賀のクラブに来ていた。

 そこは、深い洞窟みたいに薄暗くて…。

 レンガの壁に、古いポスターがいくつも貼ってあって…。

 狭い板張りのフロアに、大勢の大人たちが、ひしめきあっている。

 熱気と、タバコや汗の匂いで息がつまりそうになる。

 彩菜に連れて来られた『ガラージュ』は、ハンパじゃなくって……。

 きららは、そこに立ちつくしてしまった。

 コワくて金縛りにあったみたいに。

 もし、その時。彼をみつけていなければ、絶対逃げ出していた。

 

 赤いスポットライトが、一人の男の子を捕えた。

 ドキン 

 きららのハートが感電する。


彼のダンスに、瞳が釘づけになる。

 その男の子は、18ぐらいで、あの中では明らかに少年で。

 ロングスリーブTシャツに、ひざのやぶれたジーンズ。

 パトリック・ユーイングのスニーカーで。

 多国籍の大人の波の中で、逆らって泳いでる。

 エグザイルをコピーしてる男の子たちとは、まるでダンスの次元がちがう。

 きららのハートが、ジンジン、熱くなってく。

 リミックスの一瞬のブレイク。

 彼がきららのほうを振り向いた。

 瞳が交わる。

 キュン 

 きららのハートが、悲鳴をあげる。

 ずっと迷子のハートが、そのワンシーンにピンナップされる。


   その瞬間、わたし、なぜか思ったの。

   『やっと出会えた』って……。

   運命を感じたの。

   同じ瞳の、この世でたった一人の男の子

   そんな予感。そんな宿命。


 ギュッ、突然腕をつかまれて、きららは振り返った。彩菜が立ってた。

「踊らないの?」

「えっ……。あ…そのうち」

「ねー、あたしの友達なの。紹介するわ」

 二人の大学生っぽい男の子が、彩菜のそばに立っている。勝手に自己紹介する。

 でも、きららには、よく聞き取れなかった。ラップにもみ消されて。

「この子が、星野きららよ。あの星野昴の娘」

 彩菜が、きららのことを紹介する。

「へえ、かわいいじゃん。あのパパから想像もつかないね。まだまっさらってタイプで」

「きららって名前がまたいいよな。いかにも少女って感じだぜ。同じ16でも彩菜とはエライちがいじゃん」

「大きなお世話よ」

 三人は好き勝手なことを話す。

 男の子たちの視線は、ねちっこくきららにまとわりつく。

 キャラクターのトレーナーに、チェックのプリーツスカート。



試し読みできます

その場違いなスタイルに、ニヤニヤしながら耳打ちしあって。

 けど、きららには、言葉の切れ端しか聞こえてこなかった。聞きたくもなかった。

 きららは、フロアを振り返る。

 でもそこには、もう彼の姿はみつからなくて。


   ウソッ!!もう、いない。

    いやっ、いやよ。わたし、彼のこと何も知らないのに。

   もう一度会える保証なんて、どこにもないのに。


「きららちゃん、はいっ」

 男の子の一人が、動揺するきららにグラスを差し出す。ピンクの液体がその中で揺れる。 ゾクッて、きららの背筋をなにかが走る。


   もう、これ以上、ここにいることはないはずよ。

   ここに来たのは、きっと彼と出会うためだったのよ…。


 きららが、とまどっていると、

「きらら、飲みなよ。せっかく持って来てくれたのに」

 彩菜は、有無を言わさない感じで、きららの腕をつかむ。

 仕方ない、きららは口をつける。

 甘いピーチのフレーバー。オイシーけど、少しだけ口の中に苦味が残った。

促されて、またグッと飲まされる。

 今度は、のどの奥が熱くなる。ナニカがマヒしていくみたいに。

「いい子ね、きららって。あたし、ずっと友達になりたかったのよ。あんたと」

 きららはちょっぴり意外な気がして、彩菜をみつめた。

 彩菜の瞳がイタズラっぽく光る。

「ねー。ずっと、あたしといてくれるでしょ」




試し読みできます


拾われたハートの切れはし 



フロントガラスに、真っ黒な海が開ける。

 星がひとつも出ていない。垂れ込めた、低い空。

 湘南道路。トンネルをぬけると、材木座海岸が見えて来た。

 黒いBMWが、きららを乗せて走っていた。


   ヘンだわ…。何か道が違う気がする……。

   もうすぐ終電がなくなってしまう。


 きららのすぐ隣で、彩菜がチューインガムをかんでいる。

 前の座席には、さっきの男の子が二人。

 きららは、シートに体を堅く縮こませていた。でも心はもっと、ガチガチになって居場所がなくなってた。


   ついて来なければよかった…。


「ねえ、横浜まで後どれくらいで着くの?」 

 きららは時計とにらめっこしながら、助手席の橋本ていうコにきいた。

「心配しなくていいよ、きららちゃん。ちゃんと家まで送ってあげるから。なあ」

 橋本は、運転してる吉川ってコに同意を求める。

「あー。もちろん。後でな」

 吉川はニヤリとして、バックミラー越しにきららを見る。

「えっ、後でって、どこへ行くの?」

「きららったら、何びびってんのよ」

 彩菜は、明るい栗色のストレートヘアをかきあげながら、きららを軽く睨む。


   ! バカなわたし。

   こんなこと、最初っから決まってたんだ。

   クラブで偶然をよそおって出会って、そして……。

   あ、めまいがする。さっきのお酒が入ってたんだ。

   どうする!?

   パパのことで投げやりになって、こんなことにも頭が回らなくって。

   だって、彩菜が……。

   いえ、どっかでどーでもいいって気分になってた。

   でも……。

   イヤよ! こんなの、絶対イヤ!

   逃げたしたい。


 10M先の信号が赤に変わった。



読者登録

藤宮さらさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について