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 あの瞳が忘れられない




 きららは横須賀のクラブに来ていた。

 そこは、深い洞窟みたいに薄暗くて…。

 レンガの壁に、古いポスターがいくつも貼ってあって…。

 狭い板張りのフロアに、大勢の大人たちが、ひしめきあっている。

 熱気と、タバコや汗の匂いで息がつまりそうになる。

 彩菜に連れて来られた『ガラージュ』は、ハンパじゃなくって……。

 きららは、そこに立ちつくしてしまった。

 コワくて金縛りにあったみたいに。

 もし、その時。彼をみつけていなければ、絶対逃げ出していた。

 

 赤いスポットライトが、一人の男の子を捕えた。

 ドキン 

 きららのハートが感電する。


彼のダンスに、瞳が釘づけになる。

 その男の子は、18ぐらいで、あの中では明らかに少年で。

 ロングスリーブTシャツに、ひざのやぶれたジーンズ。

 パトリック・ユーイングのスニーカーで。

 多国籍の大人の波の中で、逆らって泳いでる。

 エグザイルをコピーしてる男の子たちとは、まるでダンスの次元がちがう。

 きららのハートが、ジンジン、熱くなってく。

 リミックスの一瞬のブレイク。

 彼がきららのほうを振り向いた。

 瞳が交わる。

 キュン 

 きららのハートが、悲鳴をあげる。

 ずっと迷子のハートが、そのワンシーンにピンナップされる。


   その瞬間、わたし、なぜか思ったの。

   『やっと出会えた』って……。

   運命を感じたの。

   同じ瞳の、この世でたった一人の男の子

   そんな予感。そんな宿命。


 ギュッ、突然腕をつかまれて、きららは振り返った。彩菜が立ってた。

「踊らないの?」

「えっ……。あ…そのうち」

「ねー、あたしの友達なの。紹介するわ」

 二人の大学生っぽい男の子が、彩菜のそばに立っている。勝手に自己紹介する。

 でも、きららには、よく聞き取れなかった。ラップにもみ消されて。

「この子が、星野きららよ。あの星野昴の娘」

 彩菜が、きららのことを紹介する。

「へえ、かわいいじゃん。あのパパから想像もつかないね。まだまっさらってタイプで」

「きららって名前がまたいいよな。いかにも少女って感じだぜ。同じ16でも彩菜とはエライちがいじゃん」

「大きなお世話よ」

 三人は好き勝手なことを話す。

 男の子たちの視線は、ねちっこくきららにまとわりつく。

 キャラクターのトレーナーに、チェックのプリーツスカート。



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その場違いなスタイルに、ニヤニヤしながら耳打ちしあって。

 けど、きららには、言葉の切れ端しか聞こえてこなかった。聞きたくもなかった。

 きららは、フロアを振り返る。

 でもそこには、もう彼の姿はみつからなくて。


   ウソッ!!もう、いない。

    いやっ、いやよ。わたし、彼のこと何も知らないのに。

   もう一度会える保証なんて、どこにもないのに。


「きららちゃん、はいっ」

 男の子の一人が、動揺するきららにグラスを差し出す。ピンクの液体がその中で揺れる。 ゾクッて、きららの背筋をなにかが走る。


   もう、これ以上、ここにいることはないはずよ。

   ここに来たのは、きっと彼と出会うためだったのよ…。


 きららが、とまどっていると、

「きらら、飲みなよ。せっかく持って来てくれたのに」

 彩菜は、有無を言わさない感じで、きららの腕をつかむ。

 仕方ない、きららは口をつける。

 甘いピーチのフレーバー。オイシーけど、少しだけ口の中に苦味が残った。

促されて、またグッと飲まされる。

 今度は、のどの奥が熱くなる。ナニカがマヒしていくみたいに。

「いい子ね、きららって。あたし、ずっと友達になりたかったのよ。あんたと」

 きららはちょっぴり意外な気がして、彩菜をみつめた。

 彩菜の瞳がイタズラっぽく光る。

「ねー。ずっと、あたしといてくれるでしょ」




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拾われたハートの切れはし 



フロントガラスに、真っ黒な海が開ける。

 星がひとつも出ていない。垂れ込めた、低い空。

 湘南道路。トンネルをぬけると、材木座海岸が見えて来た。

 黒いBMWが、きららを乗せて走っていた。


   ヘンだわ…。何か道が違う気がする……。

   もうすぐ終電がなくなってしまう。


 きららのすぐ隣で、彩菜がチューインガムをかんでいる。

 前の座席には、さっきの男の子が二人。

 きららは、シートに体を堅く縮こませていた。でも心はもっと、ガチガチになって居場所がなくなってた。


   ついて来なければよかった…。


「ねえ、横浜まで後どれくらいで着くの?」 

 きららは時計とにらめっこしながら、助手席の橋本ていうコにきいた。

「心配しなくていいよ、きららちゃん。ちゃんと家まで送ってあげるから。なあ」

 橋本は、運転してる吉川ってコに同意を求める。

「あー。もちろん。後でな」

 吉川はニヤリとして、バックミラー越しにきららを見る。

「えっ、後でって、どこへ行くの?」

「きららったら、何びびってんのよ」

 彩菜は、明るい栗色のストレートヘアをかきあげながら、きららを軽く睨む。


   ! バカなわたし。

   こんなこと、最初っから決まってたんだ。

   クラブで偶然をよそおって出会って、そして……。

   あ、めまいがする。さっきのお酒が入ってたんだ。

   どうする!?

   パパのことで投げやりになって、こんなことにも頭が回らなくって。

   だって、彩菜が……。

   いえ、どっかでどーでもいいって気分になってた。

   でも……。

   イヤよ! こんなの、絶対イヤ!

   逃げたしたい。


 10M先の信号が赤に変わった。


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 車が止まる。

 誰もいない横断歩道。


 アクセルが踏み込まれる瞬間、きららはドアに手をかける。


 発進と同時に、BMWから飛び降りた。


 反対車線のアスファルトに投げ出される。


   痛い!


 右肩に激痛が走る。

 そう感じた瞬間、きららはまばゆいヘッドライトを浴びてた。


   ! 


 思わず顔を背ける。

 キキィー 2つのブレーキの音。


   ? 痛くない? わたし、死んじゃったの?!


 きららがフッと目を開けると、横倒しになったバイクのそばに男の子が倒れてる。


   うそ! わたしをよけるために?


「許して、だいじょうぶ……?」


 きららはあわてて、そのコにかけよった。震える手でその肩先に触れる。


「……ッカヤロー……」


 彼はうめきながら、きららを見上げた。

  あっ


 メット越しに瞳が重なった瞬間、きららのハートがスパークする。


   彼!? さっきガラージュで踊ってた…あの…。


「きらら!!」


 20M後方から、彩菜の声がした。

 振り返ると、吉川たちが車から降りて来る。


 きららはガチガチ震えながら、彼の腕にしがみついていた。


「……たすけて……」

「おまえ……」


 彼は、きららと黒いBMWを交互に見る。


 ガバッとバイクを起こす。


「乗れ!早く」

 きららに手をさしのべた。


「あっ……」

 きららの体が一瞬、震える。


 迷わず、彼のバイクのタンデムシートに飛び乗る。

 バイクのフロントがフッと浮いて、急発進する。

 あのBMWと彩菜が、見る間に小さくなっていった。

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 海沿いの国道134。潮風を裂いて、彼のバイクが突っ走る。

 きららのハートは、ものすごくドキドキしてて。

 息が苦しい。

 胸の奥が痛い。

 頬が熱い。

 彼の背中の温もりが、肩をきる風の冷たさより、ずっときららを熱くさせて。


   さっきまで、あんな思いをしてたのに…。

   やっぱり運命だったんだ。彼と出会うために用意された。

   このまま、時間が止っちゃえばいい


 カチッ ウィンカーが左に出る。バイクは、コンビニの駐車場に止まった。

「待ってな」

 彼は、コンビニの中に入ってく。

 きららは現実に引き戻されて、呆然と彼の背中をみつめていた。

 店の中の時計が見える。

 もう、電車なんかとっくになくなってる。


   わたし、どうなっちゃうのかな。

   何も考えたくない。何もしたくない。


 きららは下を向いて、頭を左右に振った。

「ほらっ」

 目の前にコーラのCAN。

 彼が差し出した手の甲に、血が生々しくにじんでいる。

 その肌は、濃いめのカフェオレ色をしていた。


「ごめんなさいっ。わたしのせいでケガを」

「たいしたことねーよ」


 彼はすぐ手を引っ込めて、自分のコーラのプルを起こす。

 コンビニの明かりに照らされた横顔は、とても端正で、ちょっと野性的で。

 目のほりが深く、鼻筋もスッと高い。肌の色をのぞけば、黒人ぽさは感じられなくて。

  ヘアは、ショートドレッド。背がすごく高い。


   やっぱ、ステキ。めちゃくちゃ、カッコイイ。

   ビデオクリップで見た、ストリートキッズみたい。

   ホンモノって、カンジだわ。そうか……。

   横須賀だったから…。


 きららの中でいろんな想いが交差する。

「家、どこ?」

 彼が、ぶっきらぼうに口をきく。


「えっ、あ…あの、瀬田。二子玉の先の」

 きららは突然聞かれて、しどろもどろになってしまう。


「送ってってやる。特別にな」

「えっ……」

「早く乗れよ」

 彼はそう言うと、メットを被る。


   それだけ?何も聞かないの?

   どうしてあんなことしたのか。どんな想いであなたを見てたか。

   聞いてくれないの?


 きららは思わず、首を横に振ってた。

「じゃ、どうすんだよ。おいてくぞ」


   冷たい。そんな突き放すように言わないでよ。

   やっと会えたのに……。

   助けてくれたのに。 


 ブルルン 彼はサッとバイクに乗って、エンジンをかける。


   うそっ!このまま?


 一瞬、きららの脳裏にパパの顔が浮かぶ。赤いハイヒールと、クスクス笑いが聞こえる。


「わたし…、あそこへは帰りたくないの」


 気がついたら、そう叫んでた。きららは、彼の腕にしがみついて。




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