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    わたしのママ、去年死んじゃったの。

   残ったパパとわたしは、捨てられちゃった子猫みたいにピーピー泣いてて…。

   情けないくらい、くちゃくちゃになってた。

   だってうちは、ママが全てだったから。

   ママは、雑誌の編集長をやって、働きに行ってた。

   6つ年下のパパは、売れないイラストレーターで。ずっと家でゴロゴロしてた。

   で、突然…ママが……。

   それで、パパは、仕事に燃え出したの。

   イキナリ、売れっコになって。テレビに出る人になって。

   深夜番組のトークショーなんかに、コンセプターとか、空間プロデューサーとかの、   カタカナに混じるようになって。

   何が本業だか、わかんないほど。

   あのジーンズに、ヘインズのTシャツに、Gジャンしか着なかったパパが…。

   今はブキミ。

   センスはイイんだろうけど、派手なデザインのインポートものを着だしたの。

   口を開けば、『最近は……』の5段活用。

   まるでテレビのアンテナでも、頭にはやしてるみたいよ。

   一番大切なものを、どっかに忘れちゃってる。

   有名になるってそーゆーことなの?

   業界人らしくしないと、自分が守れないの?

   わたしとパパの関係って、あの日を境に、

   『K』のタテボウ、『I()』を取ったみたいに、バランスを失ったの。

   わたしのハートも、行き先不明の迷子になった。


 ふー きららは、大きく深呼吸。

 いっぱいたまった想いを、一瞬だけスーとさせる。

 そして、フローリングの床に、

 ストンと濡れたスカートを脱ぎ捨てた。

  


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 あの瞳が忘れられない




 きららは横須賀のクラブに来ていた。

 そこは、深い洞窟みたいに薄暗くて…。

 レンガの壁に、古いポスターがいくつも貼ってあって…。

 狭い板張りのフロアに、大勢の大人たちが、ひしめきあっている。

 熱気と、タバコや汗の匂いで息がつまりそうになる。

 彩菜に連れて来られた『ガラージュ』は、ハンパじゃなくって……。

 きららは、そこに立ちつくしてしまった。

 コワくて金縛りにあったみたいに。

 もし、その時。彼をみつけていなければ、絶対逃げ出していた。

 

 赤いスポットライトが、一人の男の子を捕えた。

 ドキン 

 きららのハートが感電する。


彼のダンスに、瞳が釘づけになる。

 その男の子は、18ぐらいで、あの中では明らかに少年で。

 ロングスリーブTシャツに、ひざのやぶれたジーンズ。

 パトリック・ユーイングのスニーカーで。

 多国籍の大人の波の中で、逆らって泳いでる。

 エグザイルをコピーしてる男の子たちとは、まるでダンスの次元がちがう。

 きららのハートが、ジンジン、熱くなってく。

 リミックスの一瞬のブレイク。

 彼がきららのほうを振り向いた。

 瞳が交わる。

 キュン 

 きららのハートが、悲鳴をあげる。

 ずっと迷子のハートが、そのワンシーンにピンナップされる。


   その瞬間、わたし、なぜか思ったの。

   『やっと出会えた』って……。

   運命を感じたの。

   同じ瞳の、この世でたった一人の男の子

   そんな予感。そんな宿命。


 ギュッ、突然腕をつかまれて、きららは振り返った。彩菜が立ってた。

「踊らないの?」

「えっ……。あ…そのうち」

「ねー、あたしの友達なの。紹介するわ」

 二人の大学生っぽい男の子が、彩菜のそばに立っている。勝手に自己紹介する。

 でも、きららには、よく聞き取れなかった。ラップにもみ消されて。

「この子が、星野きららよ。あの星野昴の娘」

 彩菜が、きららのことを紹介する。

「へえ、かわいいじゃん。あのパパから想像もつかないね。まだまっさらってタイプで」

「きららって名前がまたいいよな。いかにも少女って感じだぜ。同じ16でも彩菜とはエライちがいじゃん」

「大きなお世話よ」

 三人は好き勝手なことを話す。

 男の子たちの視線は、ねちっこくきららにまとわりつく。

 キャラクターのトレーナーに、チェックのプリーツスカート。



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その場違いなスタイルに、ニヤニヤしながら耳打ちしあって。

 けど、きららには、言葉の切れ端しか聞こえてこなかった。聞きたくもなかった。

 きららは、フロアを振り返る。

 でもそこには、もう彼の姿はみつからなくて。


   ウソッ!!もう、いない。

    いやっ、いやよ。わたし、彼のこと何も知らないのに。

   もう一度会える保証なんて、どこにもないのに。


「きららちゃん、はいっ」

 男の子の一人が、動揺するきららにグラスを差し出す。ピンクの液体がその中で揺れる。 ゾクッて、きららの背筋をなにかが走る。


   もう、これ以上、ここにいることはないはずよ。

   ここに来たのは、きっと彼と出会うためだったのよ…。


 きららが、とまどっていると、

「きらら、飲みなよ。せっかく持って来てくれたのに」

 彩菜は、有無を言わさない感じで、きららの腕をつかむ。

 仕方ない、きららは口をつける。

 甘いピーチのフレーバー。オイシーけど、少しだけ口の中に苦味が残った。

促されて、またグッと飲まされる。

 今度は、のどの奥が熱くなる。ナニカがマヒしていくみたいに。

「いい子ね、きららって。あたし、ずっと友達になりたかったのよ。あんたと」

 きららはちょっぴり意外な気がして、彩菜をみつめた。

 彩菜の瞳がイタズラっぽく光る。

「ねー。ずっと、あたしといてくれるでしょ」




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拾われたハートの切れはし 



フロントガラスに、真っ黒な海が開ける。

 星がひとつも出ていない。垂れ込めた、低い空。

 湘南道路。トンネルをぬけると、材木座海岸が見えて来た。

 黒いBMWが、きららを乗せて走っていた。


   ヘンだわ…。何か道が違う気がする……。

   もうすぐ終電がなくなってしまう。


 きららのすぐ隣で、彩菜がチューインガムをかんでいる。

 前の座席には、さっきの男の子が二人。

 きららは、シートに体を堅く縮こませていた。でも心はもっと、ガチガチになって居場所がなくなってた。


   ついて来なければよかった…。


「ねえ、横浜まで後どれくらいで着くの?」 

 きららは時計とにらめっこしながら、助手席の橋本ていうコにきいた。

「心配しなくていいよ、きららちゃん。ちゃんと家まで送ってあげるから。なあ」

 橋本は、運転してる吉川ってコに同意を求める。

「あー。もちろん。後でな」

 吉川はニヤリとして、バックミラー越しにきららを見る。

「えっ、後でって、どこへ行くの?」

「きららったら、何びびってんのよ」

 彩菜は、明るい栗色のストレートヘアをかきあげながら、きららを軽く睨む。


   ! バカなわたし。

   こんなこと、最初っから決まってたんだ。

   クラブで偶然をよそおって出会って、そして……。

   あ、めまいがする。さっきのお酒が入ってたんだ。

   どうする!?

   パパのことで投げやりになって、こんなことにも頭が回らなくって。

   だって、彩菜が……。

   いえ、どっかでどーでもいいって気分になってた。

   でも……。

   イヤよ! こんなの、絶対イヤ!

   逃げたしたい。


 10M先の信号が赤に変わった。


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 車が止まる。

 誰もいない横断歩道。


 アクセルが踏み込まれる瞬間、きららはドアに手をかける。


 発進と同時に、BMWから飛び降りた。


 反対車線のアスファルトに投げ出される。


   痛い!


 右肩に激痛が走る。

 そう感じた瞬間、きららはまばゆいヘッドライトを浴びてた。


   ! 


 思わず顔を背ける。

 キキィー 2つのブレーキの音。


   ? 痛くない? わたし、死んじゃったの?!


 きららがフッと目を開けると、横倒しになったバイクのそばに男の子が倒れてる。


   うそ! わたしをよけるために?


「許して、だいじょうぶ……?」


 きららはあわてて、そのコにかけよった。震える手でその肩先に触れる。


「……ッカヤロー……」


 彼はうめきながら、きららを見上げた。

  あっ


 メット越しに瞳が重なった瞬間、きららのハートがスパークする。


   彼!? さっきガラージュで踊ってた…あの…。


「きらら!!」


 20M後方から、彩菜の声がした。

 振り返ると、吉川たちが車から降りて来る。


 きららはガチガチ震えながら、彼の腕にしがみついていた。


「……たすけて……」

「おまえ……」


 彼は、きららと黒いBMWを交互に見る。


 ガバッとバイクを起こす。


「乗れ!早く」

 きららに手をさしのべた。


「あっ……」

 きららの体が一瞬、震える。


 迷わず、彼のバイクのタンデムシートに飛び乗る。

 バイクのフロントがフッと浮いて、急発進する。

 あのBMWと彩菜が、見る間に小さくなっていった。


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