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拾われたハートの切れはし 

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拾われたハートの切れはし 



フロントガラスに、真っ黒な海が開ける。

 星がひとつも出ていない。垂れ込めた、低い空。

 湘南道路。トンネルをぬけると、材木座海岸が見えて来た。

 黒いBMWが、きららを乗せて走っていた。


   ヘンだわ…。何か道が違う気がする……。

   もうすぐ終電がなくなってしまう。


 きららのすぐ隣で、彩菜がチューインガムをかんでいる。

 前の座席には、さっきの男の子が二人。

 きららは、シートに体を堅く縮こませていた。でも心はもっと、ガチガチになって居場所がなくなってた。


   ついて来なければよかった…。


「ねえ、横浜まで後どれくらいで着くの?」 

 きららは時計とにらめっこしながら、助手席の橋本ていうコにきいた。

「心配しなくていいよ、きららちゃん。ちゃんと家まで送ってあげるから。なあ」

 橋本は、運転してる吉川ってコに同意を求める。

「あー。もちろん。後でな」

 吉川はニヤリとして、バックミラー越しにきららを見る。

「えっ、後でって、どこへ行くの?」

「きららったら、何びびってんのよ」

 彩菜は、明るい栗色のストレートヘアをかきあげながら、きららを軽く睨む。


   ! バカなわたし。

   こんなこと、最初っから決まってたんだ。

   クラブで偶然をよそおって出会って、そして……。

   あ、めまいがする。さっきのお酒が入ってたんだ。

   どうする!?

   パパのことで投げやりになって、こんなことにも頭が回らなくって。

   だって、彩菜が……。

   いえ、どっかでどーでもいいって気分になってた。

   でも……。

   イヤよ! こんなの、絶対イヤ!

   逃げたしたい。


 10M先の信号が赤に変わった。


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 車が止まる。

 誰もいない横断歩道。


 アクセルが踏み込まれる瞬間、きららはドアに手をかける。


 発進と同時に、BMWから飛び降りた。


 反対車線のアスファルトに投げ出される。


   痛い!


 右肩に激痛が走る。

 そう感じた瞬間、きららはまばゆいヘッドライトを浴びてた。


   ! 


 思わず顔を背ける。

 キキィー 2つのブレーキの音。


   ? 痛くない? わたし、死んじゃったの?!


 きららがフッと目を開けると、横倒しになったバイクのそばに男の子が倒れてる。


   うそ! わたしをよけるために?


「許して、だいじょうぶ……?」


 きららはあわてて、そのコにかけよった。震える手でその肩先に触れる。


「……ッカヤロー……」


 彼はうめきながら、きららを見上げた。

  あっ


 メット越しに瞳が重なった瞬間、きららのハートがスパークする。


   彼!? さっきガラージュで踊ってた…あの…。


「きらら!!」


 20M後方から、彩菜の声がした。

 振り返ると、吉川たちが車から降りて来る。


 きららはガチガチ震えながら、彼の腕にしがみついていた。


「……たすけて……」

「おまえ……」


 彼は、きららと黒いBMWを交互に見る。


 ガバッとバイクを起こす。


「乗れ!早く」

 きららに手をさしのべた。


「あっ……」

 きららの体が一瞬、震える。


 迷わず、彼のバイクのタンデムシートに飛び乗る。

 バイクのフロントがフッと浮いて、急発進する。

 あのBMWと彩菜が、見る間に小さくなっていった。

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 海沿いの国道134。潮風を裂いて、彼のバイクが突っ走る。

 きららのハートは、ものすごくドキドキしてて。

 息が苦しい。

 胸の奥が痛い。

 頬が熱い。

 彼の背中の温もりが、肩をきる風の冷たさより、ずっときららを熱くさせて。


   さっきまで、あんな思いをしてたのに…。

   やっぱり運命だったんだ。彼と出会うために用意された。

   このまま、時間が止っちゃえばいい


 カチッ ウィンカーが左に出る。バイクは、コンビニの駐車場に止まった。

「待ってな」

 彼は、コンビニの中に入ってく。

 きららは現実に引き戻されて、呆然と彼の背中をみつめていた。

 店の中の時計が見える。

 もう、電車なんかとっくになくなってる。


   わたし、どうなっちゃうのかな。

   何も考えたくない。何もしたくない。


 きららは下を向いて、頭を左右に振った。

「ほらっ」

 目の前にコーラのCAN。

 彼が差し出した手の甲に、血が生々しくにじんでいる。

 その肌は、濃いめのカフェオレ色をしていた。


「ごめんなさいっ。わたしのせいでケガを」

「たいしたことねーよ」


 彼はすぐ手を引っ込めて、自分のコーラのプルを起こす。

 コンビニの明かりに照らされた横顔は、とても端正で、ちょっと野性的で。

 目のほりが深く、鼻筋もスッと高い。肌の色をのぞけば、黒人ぽさは感じられなくて。

  ヘアは、ショートドレッド。背がすごく高い。


   やっぱ、ステキ。めちゃくちゃ、カッコイイ。

   ビデオクリップで見た、ストリートキッズみたい。

   ホンモノって、カンジだわ。そうか……。

   横須賀だったから…。


 きららの中でいろんな想いが交差する。

「家、どこ?」

 彼が、ぶっきらぼうに口をきく。


「えっ、あ…あの、瀬田。二子玉の先の」

 きららは突然聞かれて、しどろもどろになってしまう。


「送ってってやる。特別にな」

「えっ……」

「早く乗れよ」

 彼はそう言うと、メットを被る。


   それだけ?何も聞かないの?

   どうしてあんなことしたのか。どんな想いであなたを見てたか。

   聞いてくれないの?


 きららは思わず、首を横に振ってた。

「じゃ、どうすんだよ。おいてくぞ」


   冷たい。そんな突き放すように言わないでよ。

   やっと会えたのに……。

   助けてくれたのに。 


 ブルルン 彼はサッとバイクに乗って、エンジンをかける。


   うそっ!このまま?


 一瞬、きららの脳裏にパパの顔が浮かぶ。赤いハイヒールと、クスクス笑いが聞こえる。


「わたし…、あそこへは帰りたくないの」


 気がついたら、そう叫んでた。きららは、彼の腕にしがみついて。



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 彼は、ガッと、メットを脱ぎ捨てると、きららの両腕をグイッとつかんだ。

 抱き寄せられる。強引にキスされそうになる。


   コワイッ。


 きららはガチガチになって顔を背ける。


「フッ、その気もねーくせにバカ言ってんじゃねーよ。

 オレだってアイツらと同じかもしれないんだぞ。いいのか」


 彼が怒鳴りつける。


「えっ、だって、」


   どおしよう……

    わたし…頭ん中が、ぐちゃぐちゃになってる。


「あんなメにあってんのに、どーして他人を警戒しない」

 彼は、きららのことを突き放す。

「だって、あなたは違うもの。だって……」


   そんな、そんなこと言わないでよ。

   想いがあふれて、言葉になんない。

   つかまれた腕の後が痛いよぉ。


 きららは、涙いっぱいの瞳で彼をみつめた。彼もじっときららを見ている。


   あー、やっぱりこの瞳。
   胸の奥が、キュンとする……

 彼は転がったメットを拾いあげる。そして強引にきららの腕をひっぱった。


「乗れよ」

                                         

 街の明かりが、左右に切り裂かれてく。

 深夜の第三京浜。

 多摩川を渡る。川の部分だけ光を失って、闇が流れている。


   もうすぐ家についてしまう。

   そしたら、お別れなんだ。もう、会ってくれるわけない。

   きっとわたしのこと、あきれてるわ。


 見慣れた風景の中で、きららはどんどん夢から覚めていく。

 今夜のことは、あまりに非現実的で…。

 ドラマチックで…。

 でも、きららはこのままずっと、 彼の背中の温もりを覚えていたかった。

 キキーッ バイクがマンションの前に止まる。

 きららはとまどいがちに、バイクを降りる。


   こんなとき、なんて言えばいいの?

   あ、言葉がみつかんない。

   どーすれば、わたしの想いが伝えられるの?


「……ごめんなさい。…どうもありかとう」

 きららは、それだけを言うのが、精一杯だった。

 彼はフッとマンションを見上げ、


「あそこは、アンタみたいなコが来るとこじゃないぜ」

「えっ」

「ガラージュだよ。二度とバカなまねすんじゃねーぞ」

 そう言うと、ギアに足をかける。


   うそ! 信じられない。

   でも、でも覚えててくれたんだ。

   あの、瞳が重なった瞬間。


「待って、お願い。あなたのこと教えて」


「……オレに関わるな」


「どうして、そんなこと言うの? お願い。名前だけでも知りたいの」


「……葉山 エイジ」


 エイジは、そう言うと、きららを振り切って行ってしまった。


   エ・イ・ジ……。

   エイジっていうんだ。

   彼……

   ねーエイジ。

   わたしたちもう会えないの?

   一瞬の出会いで、こんなにも心に残ってるのに…。