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現実的な方向性としておいて……

 2012/11/11 現在。

 

 現在、個人で電子出版をするとなると、サイトに委託して、ロイヤリティを受け取ることが尤も現実的な方法である。

 いま、このブログを書いてるパブーさんも、良いサイトだと思うのですが、プロ版の方に少々難点があります、筆者は、アップロードしたPDFが216ページ中20ページの落丁が見られましたし、PDFをダイレクトにアップロードした場合、試し読みに関しての設定が出来ないという状況になりました。

 色々掘り下げてみなければ、解らない部分が有りますので、各自プロ版の仕様を確認してから、お試しください、筆者が至らない場合は、素直に謝罪させて頂きますし、落丁の無いアップロード方法があるのであれば、ご教授願いたい次第であります。

 現在もう一つ見ているのがDL Marketというサイトで、ここも可成り優秀ですが、どちらにしても、自らなにかアクションを起こさなければなりません。

 一つ、ツイッターの活用。

 活用においては、発言において、必ずハッシュタグを着けるようにする。ただし、ダダ等だとハッシュタグを着けるのはダメだと思います。

 ホームページの設置。

 自分の作品群を乗せたホームページの設置で、そこから販売サイトへの誘導も忘れずに。

 スマートフォンが普及している事を考えれば、ホームページはスマートフォン向けのものが作成出来るものが望ましいです。

 新しいホームページビルダーなどは、そういった機能があるので、極力コストを掛けたくないでしょうが、やはりサイトでのトラブルは、信用に関わるので、HTML言語に自信の無い人は、ツールの確保も必要です。

 フリーでも、様々なものが出回っておりますので、探してみてください。

 ブログもいいのですが、ブログは最終的に閲覧の整理が聞かなくなりますので、ブログはホームページとの併設が好ましいでしょう。

 FacebookやGoogleプラスなどもありますので、そちらの活用もよろしいでしょうが、実名主義のSNSなので、筆者は、自分のペンネームが通用するようになってからでも良いと思います。

 筆者の場合は、パブーは、更新向けだなと思いました。

 完成した書籍に関しては、映画の完全版みたいに、ストーリーを付け足す事も少ないでしょうし、付け足すと内容に矛盾が所持兼ねないので、乱丁の訂正くらいに、止まると思います。

 編集が無い=更新がない。ですから、当然放置しているとランクが下がってゆきます。そうならないような一工夫をなにでするか?というと、やはりブログでの更新。

 ストーリーなどの、自分の先入観。編集後記などのこまめな手入れかもしれません。現在のストーリーの進行状況などのお知らせも、良い手段かもしれませんね。

 兎に角、自分の宣伝手段になるものを、考えてください。

 現在平行して、ダラダラと書いている俺イズムという、ブログですが、地味に閲覧数だけは伸びています(笑)

 自分で切り開くと言うことは、それだけ自分出様々な事を自分で行わなければならないですし、知らなければなりません。

 このブログの冒頭で、こういう流れのサイトがあればと思うと書いたのですが、DLMarketさんは比較的、そういう流れに近いです。ただ、アフィリエイト手数料という形ですが……。

 詳しくは、サイトでよろしくお願いします。

 販売を目指している方は、アップロード会員と、アフィリエイト会員の両方の取得をおすすめしますが、閲覧の確認のため、自ずと、購入会員の登録も必要でしょう。

 とてもよく出来たサイトだと思います。

 と、書いたもの、少しセッティングをみすってしまいまして、まだ開設しておりません><。

 参考資料までに……。

 パブーさんの方は、PDFの画像変換の処理に対する問題が解決次第色々試して見たいと思います。

 

 自費出版は、大変名所も多いですが、販売したいサイトで販売でき、出版社の版権に縛られないというところですね。其れに、出したい作品を出せるわけですから、是非夢への一歩を踏み出してください。


裏サンデー

 「裏サンデー」が大ピンチ、赤字で閉鎖の可能性という記事を読んだ。

 電子書籍の構築やら問題提起をしていっているこのブログで御座いますが、今回は裏サンデーノア利用に疑問を持ちましたので、筆を執らせていただきました。

 

 本当の狙いが何処にあるのかということはさておき、 思い切り主観で書いていきます。

この規格が文面通りだったら、単なるバカとしかいいようがない まぁ、きっとそういうことではないんだろうけど……さ。

でも、あえて真正面から受け取って書く。

 そもそも、コミックスってさ、コレクション思考なんじゃないかね。 気に入ったマンガを一期読みするために、コミックス買う人もいるし 雑誌で要らないマンガの分のお金を払いたくなかったりするから、 雑誌は学校なんかで、友人に借りて読んだりして、 真剣に読みたいから、単行本を買う。 また読みたいなと思うなら、手元に置くだろうし、 もういいやと思ったら、ブックオフなんかに売っちゃうだろうし。

 無料ってのは、そもそも其所へ集客力を付けるための手段で、 コミックスを買ってもらうとか、 コミックスを買ってくれれば、存続出来るとか、 お涙ちょうだい商法とか、そもそもあり得ないわけで。

 無料で読めるものを、態々コミックスで買うのか?と 俺なら、多分買わない。 だって、デジタル保管されたマンガを、劣化無く読めるんだろ? だったら其れが一番いいに決まってる。 本は手にとって読みたいが、だからといって、 無料で見たものを、態々物理媒体で読みたいのか? もし読みたいのなら、相当な人気作品でないとさ。

 でも、人気があるから有料にしても売れるのでは無くて、 入手手段が有料でしかないから、みんなその価値に納得して 購入するのが基本原則だと思うのだけども……ね。

 

 まず、有料でもらえるものは、有料でもらう。

 こんな当たり前の話を無視擦るとは、出版社は本当に作家のことを何も考えていない。

 勿論、作家にはロイヤリティなどは払われており、作家そのものは損をしていないのかもしれないが、しかし何れコミックス化を狙うならば、無料のデジタル化は、間違い無く足かせになる。

 上記したが、コミックスを買うという意味を、正しく理解して欲しい。

 勿論扉絵なども入手したいところなのだが、だとすると、美しい扉絵にはもっと別の付加価値を与えるべきであり、それは漫画の内容とは、別次元の話であり、コミックスの価値で、購入するのではないだろう。

 

 寧ろこうである。

 単行本を購入してもらった人には、その漫画のスピンオフが裏サンデーで読める!である。

 あるいは、それに対する公認二次創作が、裏サンデーで読める!と、こうすべきではないのか?

 裏と名付けておきながら、表参道の店を裏に引き込むとか、本当にどうかしてるとしか言いようがない。

 其所でしか見られない付加価値とはいったいどういうものなのか?

 無料なら誰でも飛びつくだろうが、無料というものはそもそもそれだけなのである。

 リピートを狙うなら、その話に対する無料購読回数を儲ければ良いが、一度読めたのなら、ある程度記憶を反芻させれば良いのだし、単純な読みたくなればアカウントを作り続ければ良いのだから、こういうゴミの散乱はよした方がいい。あまり良い方法ではないね。

 一見新しい提示に見えるが、なんと言うことはない。AKBの総選挙権を得るために、CDを買うようなものである。圧倒的に違うとすれば、スピンオフや二次作品を知るために、本編を読むことが必須条件となると言うことだろうか?

 

 はっきりいって、無料で集客力を狙うやり方は、もう破綻してる。

 

 だから、当然単行本から、ネットに引き込む形にするには、立ち読み満載の本から、シリアル管理された本にするための体制というものが必要になるわけだし、今のままのコミックスの売り方は出来なくなる。

 立ち読み公認用の、サンプル出荷も当然必要になってくるしね。

 コミックスを買うことに対する付加価値の付け方を、完全に見誤ったやり方だねと、諄いようだが、書かせてもらう。

 

 漫画と小説の違いというのは、一冊に掛ける閲覧時間の圧倒的な差であるため、小説の場合は、電子書籍→物理媒体。小説の場合は、一つの作品に触れ続ける時間というものが、漫画とは圧倒的に違い、非常に中毒性が高く、読みふけるという言葉があるくらいである。

 漫画の場合は、物理媒体→特典としての電子書籍。採用が非常に淡泊で端的、閲覧時間もそれほど長くなく、画像があるため、映像でのストーリー認識がメインになっている。

 劣化のないクオリティを求められている。本当に大きな違いがある。

 

 更に裏を読むとすれば、電子媒体に対する失望感を、周囲に与えるために、敢えて失敗しやすい手段を執って見せている。

 これは、紙媒体の存続と、現在の業界の囲い込みを維持するためという見方も出来るが、これに関しては少々考えが行き過ぎか?

 いずれにしても、こんなやり方じゃ、電子書籍は進まないね。


無料の書籍を探してみよう

 タイトル通りである。

 結局面白かろうが面白く無かろうが、宣伝された物が読まれる。当然の結果と言えばそうなるのだが、じゃぁ無名なものが面白く無いのだろうか?という、疑問は以前にも投げかけた。

 読まれていないものが、面白く無いのか?といえば実はそうではない。結局、そういう宣伝力の差なのだろうと、今更ながら再度書く。

 世の中には、お金を出してでも、読んでもらいたい作家が五万と居ると言うことを忘れてはならない。

 なので、探せば見つかるのだ。ただ膨大な量であるため、探すと言っても結局検索ヒット数や、レビューなどによって随分異なる。そこで思った。まぁちょっと実践していないので、まだ書かないが書いてみようと思う。

 これは自分が読んでもらう手段であるため、そうそう安っぽく手順を公開するわけにもいかない。

 ただでアイデアは盗めないというのことだけは、多くの人に理解していただきたい。

 個人で出来る事において、ツイッターなど、コミュニティーに書き込む手段はあるのだが、ツイッターは兎も角、コミュニティーというのは、飽くまで作り手サイドが集まることが多く、読み手側が多く集まるとは言いがたいのだ。

 読み手側の意識改革をして貰わなければならない。

 そう、そういう運動を作り手側のコミュニティから、読み手側のコミュニティに変えてゆかなくて張らない。

 自分の作品だけを宣伝していては駄目なのである。

 ヴァーチャル書店にしてゆく必要がある。

 あと、個人敵にこれはタブーだと思ったものも、随時追加してゆきたいなと思う。

 勿論、読んで欲しいがために、全く関係ないカテゴリーを含ませることなどが、其れに当たる。というわけで、少し短めなのだが、今回の文章は此処まで……。


電子書籍ハードの売れ行き鈍化

 タイトルの記事をどこかで読んだ。

 これはアメリカの話だったかな。数日前の話である。

 このタイトルから見れば、電子書籍ブームが過ぎたのか?という錯覚と、そもそも電子書籍なんてブームなんてないとコメントしている人もいるが、そもそも日本での電子書籍に関しての動向が今一であるのは、出版関係が二の足を踏んでいる状況がそうさせているのである

 其れに加えて、ペーパレス、直販であるにもかかわらず、大して安くないケースや、IDでハードウェアに固定してしまうことが、屡々有るということ。

 これじゃぁ着メロと同じですよね。音楽を購入しているつもりなのに、ハードウェアが変わると、着メロを取り直さなければならない。また同じだけの料金を払わなければならない。

 こんな物に対して、誰もお金を払いたがる訳が無い。

 という話と、このタイトルは少し違う。

 電子書籍端末は、其れほど流行に流されて買い換える必要性の無い端末であると言うことである。ある程度気に入った端末が一つあれば、其れを持ち続ければ良いだけの話であり、更に加えて言えば、マルチメディア端末(タブレットや、スマートフォン)があれば、敢えて電子書籍専用端末を持つ必要性がないということである。

 あえて、ハードウェアを幾つも持ち歩く必要性がないのに、専用端末を態々持ち歩く必要など無いのである。

 もし必要性があるのだとすれば、スマートフォンやタブレットのバッテリーが、一日二日程度しか保たないと言うことである。しかしながら、これとて、オフィスや自宅で、充電出来る場所があれば、其れほど苦になることでは無いし、車に乗っている人間であれば、移動中に充電していれば良いのである。

 特にアメリカなどは車社会なので、こういう場面では日本より遙かに多い。ホテルでは電源を使えば良い。

 現在のスマートフォンであれば電子書籍だけのことを考えれば、一日くらいは楽に保つし、先ほど発売されたIGZOディスプレイ端末であれば、更にディスプレイの省エネ化が進んで、より保つ……だろう。

 残念ながら、筆者はこの時点で、アクオスフォンに買い換えたばかりなので、IGZOディスプレイ端末を入手するのは、もう少し先の話になる。

 それでも、以前のIS03から比べれば、一日普通に使う程度ならばバッテリーは70%程のこっているし、何だかんだと触っていても50%は残っている。大したものだ。

 話が逸れた。

 動的な処理が少ない、電子書籍において、CPUも其れほど多く使用することは無いだろうし、要するに其れほどのスペックを要求する必要もない。だから、これは当然なのである。

 寧ろ、電子書籍を読める環境というのを、如何に多くの人間が手にしているのか?ということが重要であり、そのフォーマットが如何に柔軟に受け入れられているのか?ということが、大事なのである。

 PDFは少々かさばる部分もあるが、それでも、現在のSDカードの容量から比べれば大したことは無いし、クラウドに置いてしまえば、本体容量を気にする必要は無い。

 日本国内においては、yahooプレミアム会員であれば50GBのネットドライブを入手することが出来るし、最近では自宅サーバーを構築することも、さほど難しい事では無い。

 尤も、上気したように、ハードウェアとソフトウェアの固定をされてしまうと、折角の電子書籍も、半分死に体となるだろう。

 とまぁ、タイトル関してなのだが、少々悪意を感じる記事を見つけたので、少し此処で書いた。

 記事の発信元が何処なのか?というのは、此処では書かない。

 よく、ソースファイルはどこなのか?と訊ねられることもあるのだが、日本は本当に電子書籍化を進める木があるのか?というのを、考えた上での一筆である。

 

 で、どうやら、電子書籍の囲い込みに関しても、日本はリードできないままに負けてしまいそうであり、何を探しても、アマゾンで探した方が早いという状況を作られてしまうと、各出版社のサイトを訪れること無く、アマゾンに利益を吸い上げられるだろうし、フリーの作家もそういった流れに乗らざるを得なくなるだろう。

 

 どの出版社であっても、フリーであっても、国内で頑張っている作家のために、国内であれば、国内のサイトで探す気になれるような、筋の一本通ったデータベースを作って貰いたい。

 その上で、出版社発なのか、個人出版の物なのかという、棲み分けを行いつつ、良い作品を多くの人に拾い上げて貰ってゆけばと思う。

 

 今はうちの賞に受かりたければ……うちで出版したければ……という、そういう囲い込みなのだが、そろそろ、出版社が、血眼になって、フリーの作品をドラフトのように、探し回らなければならない時代になった方が、何となく面白いんじゃないかな?と、ふと思った瞬間でもある。

 これは、この記事を書いている最中に思った、他愛も無い発想だ。

 

 こういうサイトを構築しても面白いなと思う。

 

 余談もほどほどに、今回はこのあたりで。


人気作品の映画化

2013/03/02

 

 先日、某番組で、人気作家の実写か荷対するロイヤリティに関して、大きな物議が醸し出された。

 その真意のほどは解らないが……。

 普通、その作品に関わる印税というものは、販売されればその分だけ還元されるべきなのである。これは当然であり、どの製品に対しても行われている当たり前の還元なのである。

 尤も日本の場合は相変わらず、特許に対する個人への還元を行わず、企業の内部留保に変えたがるが、結局こういう事をしているから、優秀な開発者が、すぐによその国へ行ってしまうのだということになる。

 日本の作品は、基本著作権に守られているようだが、実際は、出版社東都契約をしていなければ、殆どその著作が守られる可能性がないという事になる。

 浅いながらも色々調べて居るのだが、これだけデジタル化されているにもかかわらず、その作品に対するデジタル登録による、著作の保護が全く成されていない現状があり、このあたりはもう一元的に、データバンクしていくべきでは無いのか?とおも思う。

 公開しないまでも、自分の著作物は、レンタルサーバーなどに、アップしておく必要は有る。

 アップされた情報に関しては、必ず何時どの時点でアップロードされたのか?という、情報が付加されるからである。

 とまぁ、某作品に関して、大変横道に逸れてしまったのだが、要するにこれが日本のクリエイターに対する、現状の扱いと言える。クリエイターとは、作家でもあり、作曲家であったり、そういう分野の人達をひとくくりにしてしまっているが、多くの人に利益を還元してもらえる仕組みになればと思う。

 兎に角、横暴なのである。

 勿論多大な宣伝費などが掛かっているため、其れほど沢山の利益を還元されるわけでは無いのかもしれないが、クリエイターは、作品管理を販売元に管理させすぎてはいけないと言うことであり、自分の作品をどうにかしたいという話が合った場合に、どれだけの割合で売れれば、どれほどの利益を還元してもらえるのか?という事を確りと考えてもらいたい。

 其れに怒りを覚えた作家達は、やはり、メディアに対する提供や、独立といった形を取っている。

 兎に角、クリエイターが作品の提供において、まず解放するのは、一次利用のみとし、二次利用意向に関しては随時契約とし、その都度じっくり考えていくべきである。

 メディアでよく見ている、チョ尺兼保護のために動いている作家は、それなりに考えて居るのかもしれないが、メディアに煽動されている作家は、どうも本当の意味で、個人の権利保護のために動いているようには見えず、寧ろ本当の意味で、自分達の権利保護に対して、全く無知なんじゃ無いか?と思えてしまうほどである。

 特に、売れている作家というのは、気にする必要もなく売れているのだから、気にする必要が無いのである。寧ろ多くの作家が、多くの権利を得るために、彼等はどれだけ動いているのか?と思う。

 よくよく考えて欲しいが、ある日突然ヒットしてしまったら、舞い上がってしまうのである。

 売れた実感に乗せられて、創作活動にしか打ち込んでいないクリエイターを、正しく守ってやっているのか?とい疑問がある。尤も、無知であるままが言い訳ではなく、そう言った部分の自己責任も当然ある訳なのだが……。

 というわけで、日本の著作物が、どうもクリエイターに還元されにくい仕組みになっているのは、やっぱり作り手側の無知さ加減にも寄るところなのだろうな?と思う。

 で、結局アマゾンなどに、そういう仕組みを奪われてしまい、多くのクリエイターは、作品の保護を受けないままに、多くの作品を世間に垂れ流している現状にになっており、近い将来多くの作品が無断に二次利用、あるいは悪意のある利用により、その権利を失ってしまうのだろうなということに、酷い危惧を覚えているのである。

 

 筆者は思うが、そろそろ作品データバンクが必要なのではないか?と思う。



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