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プロローグ

うだつの上がらないこの会社、岡部警備有限会社。

岡部さんは関西弁丸出しの一応社長。

その社長と、この僕、荒木大輔の二人だけのちっちゃな会社だ。


社長は、朝から競馬新聞片手に馬の研究に余念がない。当然のことながら、書類整理や依頼者へのレポートなどは僕の仕事になっている。


警備状況のレポートを書いていると、社長の演説が始まった。

「現在、過去、未来って言うやろ、実は全部同じ時間軸に乗っかってるんや。そやから、卑弥呼も家康も龍馬も今存在してんねんで。」クソが付くほど不味いインスタントコーヒーをかき混ぜながら、訳の分からないことを言っている。

「じゃあ、ヒーロー大集合ですね」礼儀として話を合わせる。

「何を訳の分からんこと言ってんねん、大集合な訳がないやろ、時代が違うんやから。ええか、時間ちゅうのはな人間か勝手に作った概念や、人間以外には時間って言うのはないんや。犬も猫も猿も日が昇ったら朝で、日が沈んだら夜や、それだけや。過去も未来も存在せえへん、お腹すいたなぁって思ってる今がすべてや。」まくし立てた後一息ついて、不味いコーヒーをチビチビと飲みだした。

訳が判らないを通り越して、意味不明だ、このまま心療内科に連れて行こう、無期限に収監してくれるだろう。


「そらそうとおまえ、レポート書いてるふりして何見とんねん。サッカー見とらんと、早よ仕上げてまえ。」社長はまるで手元が見えているように僕を睨んだ。社長には肩から上しか見えてないはずだ。

「え、サッカーなんて見てませんよ、あー今回のレポートややこしいなぁ。」その時の僕と言えばしっかりスマホでサーカー中継を見ていたのだが。


「社長、それはそうと、こないだ警察につきだした女性ですが、なぜ彼女がバックに入れたの分ったんですか?」

「それは見とったからや。」

「でも社長、入れるところは見てなかったでしょ?」

たしかに社長はじっとその女性を見ていたのだが、犯行自体は見ていないはずだ。

「ん?見とったよ、犯人が。」

また、訳の分からないことを言い出した。犯人は犯行を行っている本人だから、犯行自体を見ているのは当たり前だが、社長には見えていないはずだ。

「でも社長は見えてなかったでしょ?」食い下がる。

「うるさい奴やな、そやから言うてるやんか、その女がバックに入れるとこを見てたって。」

「だから、犯人が犯行を見てるのは当たり前ですけど、社長は犯人を見ていただけじゃないですか。」いちいち訳が分からない。


生活協同組合窃盗犯捕物帖

今もめている事件の顛末はこうだ。

地元のスーパーで、最近盗難の被害が増えており、手を焼いていると言うのだ。そこで家の会社に私服警備の依頼が入った。なんでも、知り合いのスーパーで同様の事件を解決した話を聞いたらしい。

そこで、早速、問題のスーパーに出向いた。

スーパーは最寄りの駅から徒歩で十分ほど離れた住宅街に位置する。駅からは、なだらかな坂が続いており、スーパーに着く頃にはじんわりと汗をかいていた。ちょうど梅雨が明けきらぬ七月のことだ。店に入ると、ほどよくクーラーが効いており生き返る。


店内は一階が食料品、二階が日用雑貨や乾物などを陳列している、大型店と言うより、地域密着のこじんまりとした店だ。

まずバックヤードの店長のところに話を聞きに行く、社長はもうちょっと涼んでからでええやろと、呑気なことを言っているが、約束の時間が迫っており、無理矢理引っ張って連れて行く。


事務所に入り早速名刺交換をする。

名刺には生活協同組合 店長 木村省吾とある。少し頭の涼しくなった五十代半ばと言ったところか。

まず被害状況を聞く。普段から細かな盗難は度々起こっていたのだが、半年ほど前から急に被害金額が増えていると言う。

おおよその犯人の目星は付いているのだが、その犯人の特徴は、四十代から五十代前半の女性。ちょうど被害額が増え出した頃に姿を見せるようになった。

近隣に住んでいるようではない。

犯行が巧みで現場を押さえるのが難しい。と言うことだった。

窃盗事件は現行犯で取り押さえるのが原則で、声を掛けた後に物証が出ないと人権問題やなんかでややこしいことになる。


店内を歩きながら売り場をチェックすると、1階の主要通路には防犯カメラがこれ見よがしに取り付けられ、四隅には防犯ミラーが取り付けられている。

もっとも1階は人の出入りも激しく、混み合っているので人の目も防犯の一助となっている。

一方2階は防犯カメラの台数も少なく、防犯ミラーで帳尻を合わせているという感じだ。

人の姿もまばらで、店員の数も少ない。

犯行に及ぶなら、間違いなく2階と言うことになるだろう。


「店長、2階を見てきたんですが、1階に比べるとカメラの数が少ないですよね。」

すると薄くなった髪の毛を労るように撫で付けながら

「予算が出ないんです、先日も本部に掛け合ったのですが、けんもほろろ、取り付く島もない状態で。現状で対処するしかないんです。」今にも泣き出しそうな、か細い声で呟いた。


その時社長からインカムで通話が入った。

「おい大輔、怪しいのが早速現れた、2階に来い。」

客を装い2階に向かうと、隅で社長が手招きしている。

「2列向こうのお菓子売り場にガキが二人、あいつらやりよるで。」

早速その棚に向かうと、ちょうどお菓子を手に取ったところだ。

スーパーでは手に持った所で罪にはならない、ましてや袋に入れてもその時点では無効だ。

罪になるのは、レジを通さず、店外に出た瞬間からなのである。

今回は店長から聞いたターゲットとは違う小学生なので、出口付近で待機することにした。


当然社長はお菓子の行方を監視している。

「大輔、お菓子腹に隠して降りてったぞ。」


嫌な展開だ、今までも数回やらかしているのだろう。

そこに階段から二人組が現れ、そのままレジの横を通り抜けた、すかさず歩み寄る。

ドアを出たらアウトだ。


「僕たち、どこの小学校?」怪訝な顔をしながらにらみ返してくる。

「ひょっとして何か忘れてないかな?」無言でさらに睨んでくる、後ろで隠れていたもう一人の小学生が、「あ!2階に荷物忘れてきた」慌ててきびすを返す、するともう一人も慌てて追いかけていった。


まず、一件落着、二度とやらないことを願いながら社長の下へ向かう。

「しゃあないガキやな、全然違う棚に戻して降りていったわ、ほんま躾がでけてないなぁ。」といいながら、元の場所にお菓子を戻していた。


一日目は、小学生の窃盗未遂事件で幕を下ろした。

店長曰く、近くの小学生が頻繁に現れると言うことだ、被害額も少ないため、ある程度は見逃しているらしい。

そこは、きっちりと対処すべきだとは思うが、近隣との付き合いなど難しい問題が絡んでくるので苦慮しているとの事だった。


問題の犯人とおぼしき女性が現れたのは、警備を初めて三日目のことだ。

店長からインカムで社長の下へ一報があった。

「現れました、慎重にお願いします。」

社長と僕は打ち合わせ通りの配置につく、僕がそれとなく女性の監視をするのだ、社長は現場となるであろう2階に待機する。


まず女性は、備え付けの買い物かごを持ち、1階の食料品売り場に入っていった。

普通の買い物客である。

プチトマトやキュウリをかごに入れ、納豆などを物色しながら一回り、そしてそのまま2階へ。


「社長、2階へ向かいました。」

「来たか、まかしとけ。」威勢のいい返事が返ってきた。


社長は、四十前半、中肉中背に髪をオールバックに撫で付け、口ひげを蓄えている。

どこから見ても胡散臭い。

それに今回は大工さんが履くような作業ズボンに黒のポロシャツ、スニーカー姿だ、ポロシャツをズボンに突っ込み、良く奥さんに注意されてる。

まあ、缶詰を物色するには違和感はない。


例の女性は、缶詰とは反対の日用品売り場に向かった、社長はすかさず同じ列に向かう。

その時、違和感のある動きが有った、かごを持つ左手の肘に掛けていたマイバックを開いたのだ。

間違いなく怪しい動きである。

しかし社長が目に入ったのか、そのまま隣の列に移動する。

棚はちょうど肩ほどの高さで、違う列の人を棚越しに見ることが出来る。

僕が社長と合流したのはちょうどその時だった。


「社長、隣の列に移動します。」インカム越しに伝えると、意外な返事が返った来た。

「動くな、そのまま居れ、警戒心が強いから近づいたら実行せえへん。現場が押さえられんのは、異常な警戒心を持ってるからや。」

「でも、犯行を見ないと押さえられないじゃないですか。」食い下がる。

「ええから黙ってじっとしとけ。」社長はまさに犯行を行おうとしている女性の後頭部を見つめている。


その時、小声で「よしゃ、入れた、お前は外で待機、彼女が出たら身柄を確保せえ。」

「何で分るんですか、入ってなかったらややこしいことに成りますよ。」

「ええから、確保や、間違いなく入ってる。後はレジでカゴの商品だけ清算するはずやから、それだけ確認出来たら確保や。」


と言うわけで、その後一悶着の後、なんとか女性を確保し、店長の下へ連れて行った。

最初は否認していた彼女も、バッグから商品が出てきたことで観念し、余罪も話しだした。

一連の犯行は悪質だと言うことで、店長判断により、警察へ引き渡されることと成ったのである。


ともちゃんの危機

そんなある日、珍しく社長からランチの誘いがあった。

普段僕達は、自宅兼事務所の自宅で奥さんの手料理を頂くのだが、今日は奥様不在のため外食なのだ。


「今日はお好み焼き食べに行こか、久しぶりにソース食いたなった。」

そのお好み焼き屋は、会社の目と鼻の先、「お好み焼き 一平」大将を挟んで鉄板カウンターだけのお店だ。

社長は絶対にテーブル席には座らない、喫茶店でテーブルに対面で座って怒られたことがある、何故か分らないのだが、社長曰く「気持ち悪いねん。」と言うことらしい。


その「一平」で僕のかわりモダンと社長のオムそばを注文した時、ちょっとした出来事が起こった。

大将の眼鏡が無くなったのだ、「あれ、おかしいなぁ今眼鏡掛けとったのに、どこに置いたんやろ。」大将苦笑いだ。

「眼鏡無かったらお好み焼かれへんわ、どないしょ。」

社長はしれっと、「一平さん、さっき裏の棚に置いたで」

大将が棚をのぞき込むとそこにしっかりと眼鏡が置いてあった。

「そうやそうや、さっき細かい字が読まれへんから、ここに置いたんや。そやけど社長、なんでわかったん?この棚見えへんのに。」

社長も苦笑いしながら「まあええやん、眼鏡も見つかったんやし、はよ焼いて。」と素っ気ない。


お好み焼きも食べ終わり、事務所に帰ると、社長の幼なじみ山村さんが事務所の前で待っていた。


「どないしたともちゃん、珍しいやん。」

「実は岡部に折り入って頼みたいことがあんねん。お前にしかできへん特技有るやろ、それでちょいとたすけて貰いたいねん。」神妙な、どことなく申し訳のない顔で拝んでいる。

「ともちゃん、また何かに引っかかったんか?」名前が智也なので社長は山村さんの事をともちゃんと呼ぶ。

「またって言うなよ、反省してるんやから。」どうも山村さんは引っかかりやすい質のようだ。

「実はな、前に言ってた奴あるやろ。」山村さんは話し出した。


要約すると、こんな感じだ。


三ノ宮のビルで違法な賭博カジノが有るらしいのだが、そこで鴨にされたと言うのだ。

最初の数回は気前よく勝たしてくれて、後はケツの毛までむしり取られると言う常套にはまったらしい。

「そやから言うてるやんか、博打はしたらあかんって、嫌やで、俺、博打せえへんの知ってるやろ。」

「知ってるけど、もったいないやん、そんな特技持ってるのに。」

「そやからせえへんの、面白無いもん。」

先ほどから出てくる社長の特技って何なんだろう、もの凄く気になるが、このまま二人のやり取りを聞くことにする。

「そやけど、お前絶対負けへんやろ、そやから頼むわ、取り返して欲しいんや、ほんまに頼む。」

山村さんは、今にも土下座しそうな勢いだ。

「いやや、なんでお前のケツふかなあかんねん。」とりつく島もない。

助け船の気持ちで、聞いてみる。

「山村さん、ちなみにお幾ら万円ほどやられたんですか?」

言いにくそうにボソっと「七百やられてもてん」

社長が目をむく、「大輔、なんで聞くんや、アホはほっといたらええねん。」思わず後ずさり、ソファーに尻餅をついてしまった。

「山村さん、立ち話もなんなんで座って下さい、コーヒー入れてきます、インスタントですが。」

クソ不味いと言いそうになって慌てて口をつぐむ。

「大輔、ほんまにええかげんにせえよ、こいつ座ったら、首を縦に振るまで帰らんぞ。」結構本気で怒っている、本当に怒ったらもの凄く怖いのだ。そそくさと立ち上がり、キッチンへ向かう。


「おい、ともちゃんよ、聞いてもたから聞くけど、七百ってどこから出てきたんや、そんな金持ってなかったやろ。」当然の疑問だ、普通七百万円なんて用意出来るわけがない。

「それやねん、最初は気前よく五万円とか多い時は二十万円勝ててたんや、それが段々勝たれへん様になってきてな、どんどん注ぎ込んで、しまいに持ち金が無くなったんや。それで帰ろと思て出口に向かったら、黒服が寄ってきてな、愛想のええ顔で、こう言う訳や。」

「山村さん、今日は付いてなかったですね、もし良かったらお金融通しましょか、ここからツキ戻ってくるかも分りませんよ。」

「そんなもん、最初は断ったよ、負けたらお金返されへんもん。そやけど、無理に断りづらい雰囲気でついつい一万円だけ借りたんや。」

そこで社長は山村さんを睨みながら「その一万円でまた勝ったんやろ。」

山村さんは呆気にとられた顔で、「なんで分るねん、その通りや、その一万円でその日は三十万円プラスで帰ったんや。」

「で、負ける度に黒服のお世話になったっていうわけか。」

「そやねん、気がついたら借金の額が七百万円に成ってたんや。」

社長は呆れた顔で山村さんを睨んでいる、山村さんはうつむき、自分の指先を見つめている。

「なぁ、ともちゃん、その借金は違法な博打の借金やから、返さんでええんやで、そのまま警察行ってこい。」

山村さんは、今にも泣き出しそうな顔で「無茶言うなよ、俺もお縄になるし、最初に免許証の写し取られてるんや、そんな事したらポーアイ沖で魚の餌や、頼む助けてくれ、幼稚園からの仲やんか。」

「何調子のええ事言うとんや、お前なんか、餌になったらええねん、食べる魚が可哀相なくらいや、どアホ。」山村さんはとうとう本当に涙を流し始めた。


社長の正体

「ともちゃん、分ってると思うけど、勝てるゲーム限られてるんやで。」山村さんの顔に喜色が戻った。

「岡部、やってくれるんか?ほんま助かる、持つべき者は竹馬の友やなぁ」先ほどの涙はどこへ行ったやら、もう取り返した気でいる。

「岡部、分ってる、ちゃんと勝てるやつがあるから。」行われているゲームを話し出した。


カジノでは様々なゲームを客に合わせて行っているらしい。

一番スタンダードはやはり「ルーレット」だろう。回転する台に球を投げ込み、止まった数字を当てるゲーム。0、00から始まり36まで数字が有る、赤と黒に分かれており、二分の一の確率で勝負が出来る、もっとも緑と言うディーラー勝ちのマスも有るのだが、他にも多くの賭け方が用意されており、初心者でも比較的遊びやすいゲームだ。


日本人に親しみやすいゲームも有る、アジア地域で比較的メジャーなゲーム「大小、別名タイサイ」と呼ばれるサイコロを使ったゲームだ、カップに入れたサイコロ三つの出目を予想すると言う昔ながらのゲームである、もっとも日本で行われていた丁半賭博はサイコロ二つなのだが。


一番お金が動くと言われているゲームが「バカラ」、よくニュースに登場する遊びだ。

バカラは、プレイヤーとバンカーとの対決がベースで、配られるカードの合計が9に近い方が勝ちと成る、さらに特徴的なのは、他のプレイヤーがどちらが勝つかを予想し賭けられると言うルールがあることだ。プレーヤーの中では、もっともエキサイティングなゲームとされている。


次は、おなじみ「ブラックジャック」だ、主催者側のディーラーとプレイヤーの対決で、配られたカードの合計が21に近い方が勝ちと成る。日本では最もポピュラーなカードゲームだ。


最後は「ポーカー」このゲームは基本的にはプレイヤー同士の対決だ、プレイ方法も様々で、今でも新しいプレイ方法が編み出されている。


コーヒーを手に取り、山村さんが息をつく「どないや、これだけ有るんや、勝てるやろ。それにしてもクソ不味いコーヒーやなぁ。」先ほどの態度とは打って変わってぞんざいな態度だ。あんたに言われたくない。

「すみません、インスタントなものですから。」一応わびを入れる。

社長は腕を組み、「ともちゃん、しばらく考えさせてくれ、まだやると決めてないからな。」と突き放すように言った。

「岡部、頼むわ、お前しか頼る者おらへんねん、後生や」拝みながら頭を下げる。

「まぁ、考えてみるわ、二、三日したら顔出せや。」山村さんは、拝み拝み事務所を出た。


「社長、ずっと気になってたんですが、その特技ってなんなんですか?」恐る恐る聞いてみる。しばらく考え込んだ社長が、いすにふんぞり返ったまま手招きをした。

「大輔、ちょっとこい。」

「お前もここに来てもうすぐ一年になるから教えたるわ、実はな、人が見てる情景が見えるんや。おまえがべっぴんさんの谷間を穴が開くほど見てたり、風に煽られた女子高生のパンツみたり。」にやにやしながら睨んでいる。

「いや、見てませんから。」と言いながら、冷や汗が出ていないことを願う。

「それってどういう事ですか?人の見てる情景が見えるって。」

「そやからな、自分が見てる人が見ている情景が見えるんや。」やっぱり訳が分からない。


「大輔、このトランプ持って後ろ向いてみ」引き出しからトランプを出しながら渡してきた、言われた通りにトランプを持って後ろを向く。

「何でもええから一枚抜いて見てみ。」抜いたカードはスペードの3、何となく中途半端だけどそのまま眺める。もちろん社長には見えないように。

「スペードの3やろ。」あまりにも呆気なく言い当てる。

一度では信用出来ず、もう一度カードを引く。ハートの2、引きの弱さに嫌になる、こういう時はスペードのジャック位を出したいのだが。

「ハートの2やろ、それにしても地味なカードばっかりやな。」すいません、自覚してます。

「地味なカードの方が信憑性があるかなっと思って。」しなくても良い言い訳でもしないと、気が済まない。

「でも何なんですかこれ。」

「言うてるやんか、相手のみている物が見えるって。」当たり前のように当たり前じゃないことを平然と言ってのける。

「それって超能力ですか?」

困った顔で頭をかきながら「超能力かなんか知らんけど、ガキの時分から見えるんや。慣れるまでしんどかったけど、慣れてまえば重宝するで。もっとも自分しか出来へんって分ったの、大学入ってからやけどな。」

「テストのカンニングも、やり放題じゃないですか。ずるいですよその能力。」

「いや、あかん、もちろん人の答案用紙見放題やけどな、見る相手によって全然違うやろ、そやから自分で解ける問題も自信がなくなって散々や。」あごひげをいじりながら、難しい顔をしている。

「すぐにテレビ局に連絡しましょ、テレビ出たら引く手あまた、大金持ちになれますよ。」

「あほいえ、見せ者ちゃうわい。」とふてくされた。


そうなのだ、山村さんの言っていた特技とは、人の目を通して見ることが出来る、岡部社長の特殊な能力の事だったのだ。それが、本当ならば博打にもってこいの能力で、負けるわけがない。相手の手の内がすべて見えるのだから。

スーパーでの事件解決も納得である、犯人の後ろ姿を見ることで、肘に掛けたマイバックに商品を入れる場面が見えたのだ。


その夜、山村さんの依頼について話し合った。

「どない思う、大輔。」腕組みしながら悩んでいるようだ。

「そうですね、山村さんも可哀相な気はしますけど、リスク大きすぎませんか?」

「そやなぁ、なんぼなんでも一晩で七百は無理やろし、通うことにもなるからなぁ。」眉間にしわを寄せ難しい顔だ。

「断ったら、山村さんどうなるんでしょう。」

「一家離散、ヤクザやら借金取りから逃げ回る事になるやろな。救いは嫁がおらんって言うことか。」

「奥さんが居ないって、離婚されたんですか?」

「ちゃうちゃう、元から一人や、あいつは日本一の甲斐性無しなんや。」ひどい言い様だ、ますます山村さんが可哀相になってきた。


「でも社長、カジノに行くとして、どのゲームで勝負するんですか?」

「さっきも説明したけど、俺が出来るのは、相手の手の内を見る事がやから、自ずと決まってくるわな。」

「ルーレット、大小は相手関係ないから無しやな、バカラも相手の手を見てから一枚の選択が出来るけども、運次第や。プレイヤーやバンカーに乗るのもカードが配られる前やしな。」

「じゃあ、ブラックジャックとポーカーですね。」残った二つを言った。

「いや、ポーカーはプレイヤー同士の対決やからパスや。現場に行ってみて、ディーラーと駆け引き出来るシステムやと有りやけどな。」

「そしたら、ブラックジャックしか残らないですね。」社長はまた難しい顔になった。


決行当日、山村さんと事務所で落ち合い、社長と二人で出掛けることになった。

僕はと言えば、今後のことを考えて、事務所で待機を命じられた、実は行ってみたかったのだが。


まず、紹介がないと入れないというので、山村さんがカジノの黒服、店長に電話をする、社長を連れて行く了解を取るためだ。

「山村さん、珍しいですね、最近来てくれないので心配していたんですよ。」やけに陽気な声で店長が電話に出た。心配してるのは生きているかどうかの様な気がするが。

山村さんが応対する。「店長、今日は営業日だったと思うけど、やってる?」

そう、違法カジノは毎日営業しているわけではない、警察の目を盗むため、顧客にだけ営業日を知らせているのだ。

「今日やりますよ、二十二時からの営業ですが。」

よかった、予定の日に決行出来る。

「実は一人ギャンブル好きな友達を連れて行きたいんやけど、ええかな?」伺いを立てる。

少し警戒した様子で店長が「かまいませんけど、身元の判る物コピーさせてもらいますよ。」

「それは大丈夫や、ちゃんと伝えてる、ギャンブル好きの大金持ちやねん。」いつの間に社長は大金持ちに成ったのだろう、それなら給料をもう少し上げてもらいたいのだが。

店長は更に陽気な声で「じゃぁ待ってます、気をつけてお越し下さい。」と言って電話を切った。


二十二時までしばらく時間が有るので、このまま作戦会議だ。

山村さんによると、カジノは三ノ宮の東門街と北野坂の間にある八階建ビルの最上階で、ビルの入り口に監視カメラがあり、エレベーター内にも備え付けてあるらしい。もちろん看板などはなく、知っている者にしか分らないようになっている。

ゲームは先日説明のあった、ルーレット、大小、バカラ、ブラックジャック、ポーカーと言うことだ。

ターゲットをブラックジャックに定め作戦を練る。


「恐らく初日はアホでも勝たせてくれるはずや。」と社長

山村さんも「そやな、俺もしばらくは勝ち続けたからな。」と自分の立場が分かってるのかどうなのか。

「逆に言うと、初日はむちゃ勝ち無理やっちゅう事やな。」と髭をなでる。

「いや、勝ち続けたらええんやから、初日で大丈夫やろ。」と山村さんは本当に立場が分かってない様子だ。

「ええか、ともちゃん、最初はレートが低いやろ、そこでどんだけ勝っても高が知れてる。俺がはまったと見せかけてレートを上げた時が勝負や、今日は様子見でええやろ。」

がっくりと肩を落とし、恨めしそうな目をしながら山村さんは「そんな悠長な事言わんと、パッパッと片付けてくれよ、日に日に借金が膨らんでるんやから。」

「そんなもん知るか、ほなら自分でやったらええやろ。」と睨み付けた。

「ごめんごめん、そない言うなよ、岡部のやり方でええから取り返してくれ、な、頼むわ。」山村さんは、謝りながら平身低頭した。


カジノ大作戦

時間も迫り、二人はカジノへと向かった。

件のビルへ着き、エレベーターを降りると監視カメラと目があった、入り口はごくごく普通のマンションのドア、まさかカジノが営まれているとは思えない。インターフォンを押すと強烈なライトが浴びせられる。

「山村さん、いらっしゃいませ、すぐにドアを開けますね。」と陽気な店長の声だ。

程なくライトが消えドアが開いた。


「お待ちしていました、山村さん、こちらがご紹介頂いた方ですね、まずこちらの同意書にサインと、身分の分かる物をお預かりさせて頂いてよろしいですか?」と、岡部に向かって満面の笑みだ。

「岡部 正さん、職業は不動産会社の代表取締役っと。」警備会社では警戒されると思い、急遽、不動産屋さんに職業変更する、そちらのほうが金回りも良さそうだ。


「こちらの運転免許証をお返しします、コピーだけ取らせて頂きました。」思いっきり愛想が良い。

「では、現金は各テーブルのディーラーにチップとの交換をご依頼ください、それと、ここの食べ物、飲み物は全部無料ですのでお気軽にお申し付け下さい、では幸運をお祈りします、ごゆっくりどうぞ。」黒服は立ち去っていった。


しばらく場の空気に押されていた格好だが、ようやく一息つき周りの様子が見えてきた。

思っていたより店内は明るく、利用客も多い。ビルのワンフロアぶち抜きだけ有り、相当な広さだ、ワゴンを押すバニーガールも数人確認出来た。

天井を見上げると、各プレイテーブルごとにカメラが設置されており、その他にも至る所にカメラがある。カジノとしては当然の設備だろう。


まずは店内をゆっくりと見て回る、ルーレットは三台置かれており、客が周りを囲んでいる、女性客もちらほら見かける。

大小には年配のサラリーマン風の二人連れが陣取っている。

バカラの台は四台置かれており、人気の高さが伺える、それぞれの台では歓声や怒声が飛び交っている。

ポーカーは三台、しかし今は二台しか客が付いていない。

目的のブラックジャックも三台、一人ずつ各ディーラーと勝負している格好だ。

初日にいきなりサシの台に入るのも憚れるので、黒服を呼び、ともちゃんとポーカーを始めることにした。


やって来たのは女性ディーラー、名札には「橘 あかね」と書いている。

あかねは丁寧にお辞儀し挨拶をしてきた「いらっしゃいませ、山村さんお久しぶりです、そちらの方はお連れ様ですか?」ともちゃんは、鼻の下を伸ばし、いやらしい目で谷間をチラチラ見て見ぬふりだ。助けてやるのが嫌になる。

「今日初めて連れてきてもらったんだ。」岡部はいつもの関西弁を押し殺し、慣れない言葉で挨拶をした。

「しっかりと勝って帰ってくださいね。」笑顔がさまになっている。


「早速ですが、ゲーム方式はいかがいたしましょうか?」

「そやな、今日は初めてやから、一番スタンダードなanythingでええやろ。」岡部はたまらず関西弁で答える。やはり緊張しているのだろうか。

「かしこまりました、ではチップ交換を。」

現金をチップに交換しないとゲームが出来ない。まずは一万円をテーブルに置く。

このポーカーのテーブルでは、赤が五百円、緑が千円の二種類有るらしい、手始めに赤のチップ二十枚と交換してもらった。


「おい、岡部、そのエニシングって言うのはなんや、教えてくれ。」小声で聞いてくる。

ともちゃんはポーカー未経験らしい。

ディーラーの橘さんに断りを入れ、説明してやる。

「一番単純なルールのポーカーや、五枚をそれぞれに裏向けで配り、一度ずつ要らない札を交換して勝負や、その時の役で強い方が勝ち。まさか役まで知らんと言わんといてくれよ。」

ともちゃんは頭をかきながら「知らん。」ボソリと呟いた。


「橘さんええかな、悪いねんけど、教えたって。」

橘さんは嫌な顔もせず、丁寧に教えてくれた。

「まずは、五枚の手札の中で、何も成立していない事をノーペアと言います、次が同じ数字のカードが一組成立でワンペア、二組あるのがツーペアです、同じカードが三枚有ればスリーカード、次は手持ちの五枚のカードが連続して続いていればストレートとなります、但し、KQA23というようにKからA以降につながるストレートは認められません。 それから五枚全てが同じマークの場合はフラッシュと言います、ワンペアとスリーカードの組み合わせが出来ればフルハウス、同じ数字のカードが四枚有ればフォーカード、ストレートとフラッシュの組み合わせでストレートフラッシュ。お判り頂けましたでしょうか?しつこくなりますが、同じ役同士の場合はカードの強さで優劣を判断します、カードの順序は ()A・K・Q・J・T9・8・7・6・5・4・3・2() となります。」


難しそうやな、ちょっと見といてええかな、ともちゃんは観戦するようだ。

「岡部さん、お一人のようですから、私がプレイヤーとディーラーを兼ねる形になりますがよろしいでしょうか?」

「それでええよ、もし誰か来てくれたら入ってもろたらええ。」

「では、早速ですが、カードの確認をお願いします。」慣れた手つきで、カードをテーブルに広げる。5組のカードを広げ終わった後で、「この中から一組のカードを使います、お選び下さい。」と言いながら手を広げた。

すかさず、ともちゃんが指を指す。

どのカードを使っても変わりはないのだ。まさかいきなりイカサマカードは無いだろう。

「かしこまりました、ではカードを配らせて頂きます。」

まず、それぞれに裏向きで五枚のカードが配られた。お互いに自分のカードを確認する。

一時間ほど遊びテーブルを離れた


まだブラックジャックに空きが出ないようなので、ソファー席に収まり、バーボンのロックを注文する。ともちゃんはお酒が飲めないのでクリームソーダを注文した。不惑も超えて注文する飲み物では無いと思うが、好みだから仕方がない。

アイスより先にソーダに手を出し、お約束通り床にシミを作っている、ホトホト呆れる奴だ。

そんなこともお構いなしに。

「岡部、あかねちゃん別嬪さんやろ、あの笑顔に、ついついベット(掛け金)が大きくなってしまうんや。」とはしゃいでいる。

「おまえポーカー知らんのちゃうんか。」「ポーカーは知らんよ、ディーラーは掛け持ちやから、ブラックジャックにあかねちゃんが入ってるときに行くんや。」

橘さんは、ともちゃんの天敵らしい、本人には自覚がないようだが、相当持っていかれたはずだ。


チビチビとバーボンを飲んでいると、ブラックジャックの台に空きが出た、ともちゃんに目配せし、目的の台へと向かう。

「いらっしゃいませ、山村さん、岡部さん、お話は伺っています、本日このテーブルを担当させて頂きます夏見と言います、よろしくお願いします。」

一言の無駄もなく、場を取り仕切る。なかなか侮れない相手のようだ。

「ではチップ交換を。」

このテーブルも赤が五百円、緑が千円の二種類だ、思ったより高額チップが出てこない、これで七百は気が遠くなる。

初日は数ゲームこなし、早々にカジノを出た。


事務所に帰ると、大輔がソファーで眠りこけていた。

「大輔、まだ居ったんか、帰ってたら良かったのに。」目をこすりながら、大輔が起き出してきた。「結果が気になって帰れないですよ、どうでした?七百取り戻せました?」せっかちに聞いてくる。「あかんあかん、初日やからか、レートが低うて、全然あかん。」

「ひょっとして負けちゃったんですか?」目を丸くして乗り出してきた。

「負けるわけないやろ、相手の手が見えてるんやから。今日は三万の勝ちや。」

ほっとした様子で「ミイラ取りがミイラになったんじゃないかと気が気で無かったですよ。」


「作戦練らんと七百は遠いな、そやけどお前、あんなレートで、どうやったら七百負けんねん?」

山村さんは待ってましたとばかりに胸を張る。

「実はな、一階下の七階にVIPルームが有るねん、そこは高いでぇー。」負けておいて胸を張るところじゃない。

「高いってどんだけ高いねん。」

「今日のチップは赤と緑やったやろ、下は黒、紫、オレンジ、茶色、それに見たこと無いけど、一回り大きいチップが有るらしい。」なぜか小声になっている。「黒が五千円、紫が一万円、オレンジが十万円、茶色が五十万円、その次は知らん。」

社長の目が輝いた「おぉ、それや、そこに入るんはどうするねん。」山村さんに目をやる。


「最初にVIPルームに案内されたんは、たしか、負けが込んで、二十万円ほど借金が出来た頃やったとおもう。ソファーでふて腐れてたら、黒服がやって来てな、こう言うんや。『山村さん、だいぶ店への付けが貯まってきてますよ、山村さんさえ良ければ一気に取り返す方法があるんですが。』ってな。」思い出すような表情で天井を見上げながら説明した。

「そうか、借金を一気に増やす作戦に出たわけやな、んーそれじゃ時間かかりすぎるし、効率悪いな、なんか他に方法無いかなぁ。」社長は、腕組みをして考え込んだ。


「社長、思いっきり勝ってみたらどうですか?相手が洒落にならんと思うくらい。」無茶な提案をしてみる。

「それしか無いか。」以外とあっさり肯定した、良い方法だったのだろうか、自分でも自信がない。

「勝ちまくって、高レートで相手が取り戻しに来るのを待つしかないか。」社長は難しい顔で髭を引っ張った。

翌週にもう一度行くことを取り決め、その日は解散することとなった。ちなみに山村さんの結果は、散々だったらしい、なんとなく、やっぱりという感じだ。



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