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はじめに

 

2011311

この日は我々日本人にとって永遠に忘れることのできない、そして、決して忘れてはならない日となった。未曾有の大地震と津波。更に、福島原発の放射能漏れ。かつてこれほど悲惨な災害があっただろうか。死者・行方不明者は1万8千人を超える。

 

  この出来事は人生観を変えた。「人生やれる時にやっておかなければ」と思い始めた。

人生の幕を下ろす時、「あの時やっておけば…」との思いだけはしたくない。

 

  そこで、残された人生でやりたいことを整理して、『バケットリスト』を作成した。 

 

(『バケットリスト』とは人生でやり残したことをリストアップし、それを残りの人生の目標とするもの」バケットとは「棺桶」のこと。映画『最高の人生の見つけ方(原題:The Bucket List )を参照

 

 そのリストの1項目『バックパッカーで海外を一人旅する』を実行することにした。言葉がままならない海外を一人で旅するという、ちょっとした冒険を経験したかったし、その状況に自分がどう対応するのかを試したかった。

 幸いにも学生時代の友人がニューヨーク(NY)に在住していて、近々転勤になるので、その前に遊びに来ないかという。「よし、行くか!」しかし、何か刺激的な旅はできないものか。

 

「そうだ!列車でアメリカ大陸を横断してみるか」

 

 「英語を話せるかって?」そういえば、30年前に数年間英会話に打ち込んだ時期があったが、それがどれ程頭と耳に残っているか…。まあ、それは行ってから考えよう。

 

 

  ということで、サンフランシスコで1日観光して、そこからシカゴまではカリフォルニア・ゼファー号で行き、シカゴ バッファロ(ナイアガラの滝) NY は飛行機を利用することにした。

 

※1  California Zephyr ; 米国最大の鉄道会社Amtrak社が運行する人気のある長距離列車。

   サンフランシスコ    シカゴ間(約3,920km)を約52時間(2泊3日)で結ぶ。

       個室寝台(2ベッド)食事7回付の料金は約35,000円(430㌦=乗車券152㌦+寝台券278㌦)

      (1$=80円 換算 本編ではすべてこの当時の実勢レートを適用)

      Zephyrとはギリシャ神話に登場する西風の神。

 

※2  料金はシーズンや出発日によりかなり変動するので要注意

   因みに2013年8月1日(木)出発の料金は約61,000円($763)で約26,000円($333)も割高

 

  *****************************************

 

 当初、全行程を列車で横断したかったが、シカゴからNY方面は「列車の料金が割高」「時間がかかる」「体力的に厳しい」等の理由で飛行機に変えた。

 

   宿泊はシスコで1泊、ナイアガラで2泊、NYでは友人宅に4泊、その後、NYのホステルの相部屋で5泊、最終日にホテルで1泊する計画だ。

(ホステルは交流を目的に6人部屋を予約。ちょっと無謀だったかなあ (._.))

 

  17日間という長旅だが、プラン通り行くだろうか。不安もあるがとにかく、出発しよう。

 

 これから列車でのアメリカ旅行を考えている方は、AMTRAK社のHPを一読(できれば熟読)されることをお薦めします。様々な情報 (チケットの予約・購入、周遊券、食事のメニュー等) が載っていて、非常に役立ちます。著者は十分に読まなかったので余分な苦労をしました。(´Д`;)

 

                         【今回の旅行プラン】

 2012年

 3 /21(水)   15:50 成田空港 発

             ⇩ 

  21(水)   9:25 サンフランシスコ空港(SFO)着  

                             電車(BART)

      アルカトラズ島観光 

           ⇩  ケーブルカー

                「ホテル モッサー」(1泊)

    22(木)  9:10 サンフランシスコ(エメルヴィル駅)発 

          ⇩    カリフォルニア・ゼファー号(2泊)

    24()  15:50 シカゴ駅 着      

                           ⇩   ブルーライン(地下鉄)

       18:50 オヘア空港 発

                           ⇩          

                  21:20 バッファロー空港 着    

             ⇩  タクシー

      「デイズ イン ナイアガラ」(1泊)

   25() 終 日  ナイアガラ観光           

                「ホテル オークス」(1泊)

     26(月)       ⇩  バス

                   12:25 バッファロー空港 発

          ⇩ 

                   13:55 JFK空港 着  

                        友人宅 (4泊)

   27(火)    ニューヨーク観光 (エンパイアーステイトビル、MOMA、自由の女神

                ↓      メトロポリタンミュージアム、マンマミーア鑑賞 他)

       30(金)   ホステル「タイムズ スクエア ゲストハウス」(5泊)

                                 

    4/ 4 (水)                

             ホテル(未定) (1泊)

      5 (木)  14:00   JFK空港 発

                          ⇩ 

      6 (金)  16:45     成田空港 着

  


1.出発日

3月21日(水) 快晴 

 朝6時に起床。身辺を整理し、持ち物の最終チェックをした。

航空券や列車のバウチャー 等の重要書類は日程別に一冊のクリアファイルに集約した。

 (Voucher:チケットへの交換証。ネットで代金を支払うと、支払先からメールで送られて来るので印刷し、現地でチケットと交換する)

 

《参考》

  各チケットの予約・購入はすべてネットで済ませた。(ホステルだけが現金払い)

航空券

 ●日米往復( 成田  サンフランシスコ  / NY 成田 )…HIS

 ●シカゴ   ナイアガラ  ✈ NY旅行サイト「Expedia」

列車

 Amtrak社のHPで予約・支払い。(後日、バウチャーが送られて来た)

宿泊

 ●シスコ(1泊)とナイアガラ(2泊)のホテル旅行サイト「Expedia」

 ●NYでのホステル宿泊海外のホステル紹介サイト「HOSTEL TIMES

     宿泊料を直接ホテルのHPでも調べたが、「Expedia」の料金と変わらなかった。

 

 荷物は両手が使えるように、バックパック(30ℓ)とウェストバックだけ。衣類は必要になれば旅先で買うことにして軽量化した。上はセーターにハーフコート、下は黒のデニム。靴は以前から愛用している歩き易いスポーティな革靴を選んだ。

   自己防衛を目的としてもみ上げから顎にかけて髭を伸ばし、頭にはニットキャップをかぶり、旅慣れた (というか小汚い?) 旅行者を演出した。

 

    出発時間が来たのでパスポートを首から掛け、最後にYou Tube で「ロッキーのテーマ」を聴き、モチベーションを高めて9時に家を出た。しかし、なぜかいよいよ海外一人旅だという気負いはなく、かといって不安感も無く妙に冷静だ。ひょっとして、これは緊張感の表れかも。

 

    自宅のある横浜から電車を乗り継ぎ、順調に昼過ぎに成田空港に着く。

先ず、円をドルに交換しなければ。交換レートは86.48円/ドル。ぼったくりだ。しかし、交通費やホテル代はネットで決済済みなので、影響は少なくて済みそうだ。(列車の支払レートは78円だった) とりあえず3万円をドルに替えた。

 

    昼食はしばらく日本食が食べられなくなると思い、空港内の寿司屋で握り鮨「お好み」(2000円)を食べた。これが思った以上に美味しい。店の名前は築地「寿司岩」。

 

  その後、空港内の土産ショップで日米友好の国旗のピンバッジを買ってニットキャップに付けた(写真)。

 

 実は、危険性の観点から自分が日本人であることを表に出すべきか迷ったのだが、偶然このバッジを見つけ、この程度であれば問題ないだろうと判断し付けた。予想外にこのバッジが様々な場面で好影響をもたらした。 

 

 

   フライトは15:50発 DELTA618便。シスコまでの所要時間9時間35分。順調に出国手続きも終え、搭乗ゲート21の待合室に来ると、そこは乗客で溢れていて座る席もない。仕方ないので少し離れた所で搭乗時間を待った。

 

 

    搭乗ゲートが開き、機内に入り、右の翼が見える窓側の席に座り一息ついた。周りを見渡すと文字通り満席だが、なぜか僕の隣の席だけが空いている。

 「後から来るのかな…」と思いつつガイドブックに目を通していると、30代のスーツを着た男性が近づいて来た。キャンセル待ちだったのだろうか。目が合ったので「どうぞ」と言うと、彼は躊躇し、座らずにそのまま後方に歩いて行った。「どうしたんだろう?」(・・? 

 

 しばらくして、反対の窓側を見ると、彼はこちらに視線を送りながらCAと話をしている。

「席を替えて欲しい」とでも言っているのだろうか。確かにニットキャップを被った髭面の男と10時間も一緒に居たくない気持ちは解るが 

    結局、この席は空席のままだった。狭いエコノミー席なので隣が空席だと身動きも取れて快適だ。これも、想定外ではあるが「小汚い」旅人を演出した成果の一つとなった。

 

 シートベルト装着のアナウンスが流れ、機体が動き出した。いよいよ「アメリカ大陸横断鉄道列車の旅」の幕が開ける。


 


2.アメリカ入国

321() 快晴 

 

飛行機は多少揺れたが(内心ヒヤヒヤ)順調なフライトだった。深夜、窓から見える星座がとても近くに感じられ綺麗な眺めだった。「あれは何座なのだろうか」としばらく星の世界に浸っているうちに眠りに入った。

 

窓の外が次第に明るくなり、10時間のフライトもフィナーレを迎える。窓の前方に白い雲や海の色とは異なる黒い大地が顔を出した。「アメリカ大陸だ!」機体がカリフォルニア州の海岸線を越え大陸を真下にした時(写真)、少なからず心が高揚した。 

 

 

時差(15時間)により同日午前9時25分にサンフランシスコ空港(SFO)に着き、入国審査を受けた。

審査官 「アメリカは初めてか?」

   僕  「Yes」 

審査官 「滞在日数は?

   僕    「16 days」 

審査官 「家族と一緒か?」

   僕  「alone」(一人で)   

審査官 「by yourself?

 

「ん? by yourself…」そうか僕のような一人旅は「by myself」って答えるのか。 

 審査官は「初めてのアメリカを16日間一人旅か。ふ~ん」という表情をしたが、僕の顔を見て「Enjoy yourself」と言った。「Thank you」と返し、気持ち良く入国審査を通過した。

 

国際ターミナルから標識を頼りに、歩いてバート(BART)の始発駅に着いた。

(BART;Bay Area Rapid Transit」の略称で、空港とシスコ市街をつなぐ公営高速鉄道)

 

チケットを買おうと自販機に向かった。的地のPowellまでは8.1ドル。自販機の表示を読んでいると、隣でチケットを買い終わった男性が話しかけて来た。引き締まった身体にスーツをビシッと決め、胸には航空機のバッジを付けた、シルバーグレイの男性だった。ケビン・コスナーを甘くした感じか。僕は今まで彼ほど「カッコイイ」男性を見たことがなかった。

 

 彼は「初めて使うの?」と物腰の柔らかい紳士的な口調で訊いてきた。

「Yes. I will try it.」と答えると彼は「OK!」と言い、僕の様子を見守っていた。

 

僕は財布から紙幣を1枚取り出し、何ドル札か確認すると「伊藤博文」が目に入った。

Japanese Yen」とつぶやくと彼は「Oh!」と言って笑った。次に10㌦札を取り出し、紙幣挿入口に入れると、彼は急に説明をしながら金額のボタンを押し始めた。

 

「それ、僕がやりたいんだけど」と言う間もなく、彼は「このボタンを二度押すと$8.10になるんだよ」と言った後、発券ボタンまでも押した。僕は仕方なく、出て来たチケットを拾い、笑顔で「Thank you」と言った。

 

 改札の通り方も教えてもらい、ホームに出た。10分位して列車が来ると、彼は乗り込みながら「Powell駅まではhalf an hourだ」と言い、「30 minutes」と付け加えた。「half an hour」だと僕が分からないと思っての親切心からだろう。乗車するとすぐ彼は座り、僕は遠慮して少し離れた席に座って窓から景色を眺め、停車するたびに駅の名前を確認した。

 

 幾つかの駅を過ぎ、目的地のPowell(シスコ市街の中心にある駅)に着いた。

 彼に別れとお礼の挨拶をしようと思い振り返ると、彼は既に笑顔で大きく手を振っているではないか。なんともフレンドリーな人だ。僕もそれに応えて手を振り「Thank you!」と声をあげてバートから降りた。

そうだ、あの航空機のバッジは「Air Force(米国空軍)のバッジだ。「カッコイイわけだ」(・・)?。短かかったけど、また話がしたいと思わせる、雰囲気のある人だった。

 彼が話しかけてきたのは、親切心からだろうが、僕の日米友好のバッジを見て話かけ易かったのだと思う。 

休む間もなく、Powell駅のすぐ側にあるVisitors Information Center(観光案内所)行き、日本人スタッフから観光地図をもらいアドバイスを受けた。

その時、Amtrakの支店が近くにあると知り、明日予定していた列車のチケットを今日受け取ることにし、支店があるピア2に向かった。

*ピア(Pire 埠頭。シスコ湾沿岸は埠頭が多く住所として使用されている) 

 

空は晴れて暖かい。Powell駅から東西に走っているMarket street両サイドは高層ビル街だ(写真下)。駅から東へ向かって30分ほど歩きシスコ湾の近くまで来た。随分汗をかいた。歩行者はみんな軽装だ。コートなんて着て来るんじゃなかった(;´д`)

 

 

 


                         

 

地図を頼りにAmtrak社の支店がある二階建てのビルに着いた。広い通りに面している正面入口から中に入ると、いきなり広い部屋だ。奥に立派な机に座っている一人のご婦人と目が合った。

 

キョトンとしていると彼女はニヤニヤしながら「Amtrakの入口は裏よ」と教えてくれた。「Thank you」と言って外に出て、改めてドアを見るとAmtrakの入口の場所が書かれた貼り紙があった。

 

「失敗、失敗」とつぶやきながら、裏に回りオフィスの中に入ると、カウンターには男女2人のスタッフが居て、客は23人だった。年配の黒人男性スタッフにバウチャーを渡し、列車と始発駅までのバスのチケットを発行して貰い、記念にオフィスの写真を撮り外に出た。

 

 

 時間がなかったので昼食は取らず、アルカトラズ島」観光のフェリーが出港するピア33を目指し湾に沿って北に向かった。

 (アルカトラズシスコ市から2.4kmに浮かぶ脱獄不可能と言われた刑務所がある小さな島。アル・カポネも収監されていた。1963年に閉所)

 

  右方向にはサンフランシスコ湾が広がっているが、建物でよく見えない。しばらく歩くと、建物が途切れ、海に突き出した広場に来た。そこはフェリービルディングのあるピア1だった。(ピアの番号は基本的には順番になっているが、かなりいい加減)

 

 遠くにはシスコ市街と向かいのオークランドをつなぐ長い橋が見える。
  橋の正式名は「San Francisco-Oakland Bay Bridge」(通称「Bay Bridge」)。1936年に鉄道・道路併用として開通し、現在は道路専用橋。上下に分かれていて、上デッキが西行き、下デッキが東行きで5車線ある)
 
 絶景だ。絶好のシャッターチャンスだ。ピアの先頭に向かって歩いて行くと、ベンチがあったので、荷物を降ろし、カメラを構えて56枚撮った。
 
  
    カメラは買ったばかりで使い方も十分に知らない。でも、それは撮りながら覚えていけばいい。早速パノラマ写真を撮った。思ったより使い易い。10枚程撮ってまた目的地に向かった。 

 

(カメラはSONY「DSC-HX100V」で光学倍率30倍が気に入って購入。今回、約1,000枚の写真を撮ったが手ブレが少なく、素人とは思えぬほどよく撮れていた(自画自賛))

                               


3.サンフランシスコ(アルカトラズ島・ケーブルカー)

ピア33に着くと150人位の長い列が出来ていて、チケット売り場にも30人位並んでいる。ホットドッグ等の出店もある。島に上陸できるフェリーはここだけなのか、かなりの人気だ。

 

僕は既にネットでチケット代($26)支払い済みなので、will call」(チケット交換所)と表示された窓口に並んだ。バウチャーを渡すと若い黒人女性がチケットに何か書き込みながら喋っているが聞き取れない。一旦チケットを受け取り、歩きながら彼女が書き込んだ時刻を見てやっと理解できた。それは「乗船時間は出港時刻の25分前」ということだった。

 

   暑いので乗船時間までは建物の陰で待っていたが、更に日差しが強くなり、僕は手に持っていたコートを強引にバックパックに押し込んだ。
 
   フェリーは定刻245分に出港したシスコのビル街や遠くにBay Bridgeが見える。近くにカモメも数多く飛んでいる。途中で港に戻るフェリーとすれ違った(写真)。フェリーは僅か10分ほどで島に着いた 
 
 
 上陸後、スタッフの簡単な説明の後、刑務所の建物に向かって坂を登った。建物の中に入り日本語版ガイダンス用ヘッドホン(無料)を受け取り、ガイダンスに従い建物の中を歩いた(写真下)。
 
   アルカトラズ島に関しては旅行の3日前に、『アルカトラズからの脱出』(主演:クリント・イーストウッド)を観たので予備知識はあったが、その映画の舞台に、今、自分が立っている実感が湧かなかった(この島を舞台にした映画は他には『ザ・ロック』(主演:ニコラス・ケイジ)がある)
 
 
 刑務所内をぐるぐると歩き回った後、疲れたので外に出た。そこは映画では囚人たちが休み時間を過ごす広場だった。シスコ湾に面していて遠くにビル街が見える。それを背景に記念写真を撮っている観光客も多い。
  
  僕も写真を撮って貰おうかと、刑務所の建物のそばのベンチに一人腰掛けていた金髪で30歳くらいの美人でやさしそうな女性に声をかけた。
 
   彼女は「えっ、私?」とちょっと驚いた表情で、戸惑いながら僕の後について来た。彼女にカメラを渡すと、僕の意を察したのか急に笑顔になり、カメラのシャッターを押してくれた(写真左)。
 
   実は彼女の驚いた表情から薄々気づいてたのだけど、
「Could you take my picture?」(写真を撮ってくれませんか?)
 と言うつもりが、実際は意に反して、
「Can I take the picture?」(写真を撮りましょうか?)と言ったのだった。(ーー;)
 
「Could you~」と「Can I ~」が多少の緊張感と相まって、頭と口とが別々に動いたのだろう。恥をかいたが、そんなことを気にしてちゃ喋れない。2時間位で島を離れた。
   (帰りはどのフェリーに乗っても自由。船は約30分毎に出航している) 

港には4時過ぎに戻り、食事をしようとピア45にあるフィッシャーマンズワーフに向かった。

(Fisherman's Wharf:漁師の波止場。魚介類の美味しいお店が集まっている)

 

 Amtrakの支店から湾に沿って歩いて来たが、道は広く、起伏がなくとても歩き易い。景色も良いのでお薦めのウォーキングコースだと思う。

 

ピア45に着き、何を食べようか迷った挙句、屋台風の店でクラブのカクテル(カニの身をプラスチック容器に入れたもの$10)をオーダーした。

 

 

すぐに料理が出て来たが、正直まずい。しょっぱいだけでとても料理といえるものではなかった。ガッカリだ。ここは期待できないと思い、今夜宿泊予定のユニオンスクエ(市の中心地)で食事をすることにした。 


 せっかくなので、ホテルへは人気のあるケーブルカー(市が運営する世界最古のケーブルカー)
に乗ろうと、道を訊きながら北部の発着駅「Hide」駅にたどり着いた 
 
 
  早速チケットを購入し($)、列に並んだ。既に客が50人以上並んでいる(写真上)。車両の座席数が30席と意外と少なく30分以上待って、やっと順番が来た。
 
  先頭から順に席に座り、運悪くちょうど僕の前で満席になった(-_-;)。すると車掌が
 「次の人はサイドステップに乗ってくれ」
と言ったので、右側ステップの先頭に立ち、左手でポールを掴み、右手でメラを構えた。バックパッにして良ったと思った瞬間だ。
  
  ホテル近くのPowell駅まで写真を撮り続けた(写真上:遠くにシスコ湾が見える)。
    途中、駐車している車に足が接触しそうなほどギリギリでそのスリルを楽しんだ。運転手は鐘をカンカン鳴らし、邪魔な車に対し怒鳴っている。少なからずパフォーマンスも含まれているのだろう。
 
  当初はさほど期待してなかったが、ケーブルカーは見た目よりスピード感があり、起伏が大きくとても爽快で楽しめた。サイドステップに乗れたおかげだと思う。路線は3つあるが、このHide-Powellラインが景観を含め一押しとの評判だ。所要時間は25 
 

 ホテルThe Mosser(7000/泊)にチェックインした後、下着を買おうとフロントスタッフに店を訊くと、驚いたことに「cheap or expensive?」と訊いてきた。勿論、即座に「cheap」と答えた。するとすぐ近くにROSSという店があるという。

 

 ホテルを出ると、大きなネオンサイン「ROSS」が見えた。イオンのようなスーパーだ。2階に上がり、ランニングシャツ31組$16(1枚430円)をかごに入れ、1階に降りレジに行くと長い列だ。随分待たされた。

 

夕食は街中を探したが、美味そうな店が見つからない。興味本位で日本食の店を3店舗を覗いたがどこも満席だった。「どこでもいいや」と大衆的なタイ料理の店に入った。肉や野菜をピリ辛に炒めた惣菜3種類を選び、それをご飯にかけた丼料理と春巻きを注文した。丼は美味かったが、量が多く辛かったので完食できず、春巻きはテイクアウトにした。

 

接客係は30才位のタイ系アメリカ人?で、日本人に好感を持っているのか拙い日本語で話しかけてくる。最後に日本語で「私はウィルです」と自己紹介をしてきた。僕はシスコには一泊しかしないし、まだ、気持ちに余裕もなかったので特に彼とは積極的に話さなかった。ただ、人なつっこい男だった。

 

ホテルに帰る途中で小さなコンビニに寄り、缶ビールを2本買った。レジに行くと30代の黒人男性のスタッフがニヤニヤして話しかけてきた。彼の後ろにはかなり酔っぱらった白人男性が腰かけていた。

 彼 「なぜ袋が要るの?」

からかっているのだろうか。

 僕 「荷物が3つあるが手が2つしかないから」

と答えると笑った。僕が日本人だと判ると、

 彼 「サムライか?」

 僕 「サムライではないがニンジャだ」

と言うと、また笑った。

 

 ホテルの部屋に戻り、ビールで春巻きを完食した。シスコは夜10時頃までPowell駅の周辺を歩いたが、幸運にも、危険や不安を感じたことは一度もなかった。酔っ払いはいないし、見かける人の数も少ない。

 

今日は長く、そして刺激的な1日だった。アメリカに来て良かったと実感できた日だった。

今、深夜2時。気持ちが高まっているからか、なかなか寝付けない。というより眠たくないのだ。でも、明日は5時半起き。少しでも寝なくては…。


4.1 カリフォルニア・ゼファー号 (初 日)

322(木) 晴れ

今日は最も楽しみにしていたカルフォルニア・ゼファー号シカゴに向かう。

列車は午前9時10分にエメルヴィル(Emeryville)駅」発車し、シカゴ駅到着は2日後の午後2時50分で所要時間51時間20分。

エメルヴィル駅は「Bay Bridgeを渡ったところで、ホテル近くのバス停から所要時間約50分。バスのチケットは既に受け取っている。(バスの時刻表はAmtrak社のHPにある)

 

5時半に起き、シャワーを浴び、6時過ぎにホテルを出た。まだ暗い中、5分位でバス停に着いた。

 

 

バス停は「MKT & 4thだが、名前の表示が見当たらない。隣に一人でバスを待っている中年のご婦人が居たので訊くことにした(偶然写真に写っていた)。

 

僕 「ここにAmtrakのバスが止まりますか?」

婦人「良く知らないけど向かいに止まっているバスがAmtrakのバスよ」

と言って指差す。

 

確かにAmtrakのバスだ。車体にロゴマークが大きく描かれてる。

車は右側通行なので向こうのバス停かもしれない。予定時刻7時までには30分もあり、ちょっと早いとは思ったが行ってみることにした。

 

運転手は「つば」の広いしゃれた黒いハットをかぶった小柄な黒人。乗車口でチケットを見せるとそれをちぎり、「Get on!」と言うので乗ったが、心配なのでバスから降りて、

「出発時間は7時?」

No NowLets Go!」

と大声を上げたので思わず飛び乗った。後で分かったが、やはり30分早いバスだった。

バスは他の停留所でも客を拾った後、ベイブリッジを渡りエメルヴィル駅に7時半前に着いた。

 

早朝のせいか乗客は少なく売店でコーヒーと甘いパイを朝食代わりに食べた5㌦だった。

 

  
   構内を散策したり、日記を整理したりしていると、9時前にゼファー号がホームに入って来た。
 
 
列車は機関車を除き、10両で編成されている。
 寝台車(Sleeper)         3輌
 食堂車(Dinning Car) 1輌
  展望車(Lounge)     1 輌
 客    車(coach)       3輌
   荷物車  (Baggage)     1輌
   鉄道関係者の専用車両  1輌
 
    車両の乗車口にいる車掌に乗車券を見せ、予約した車両を教えてらい、僕は後ろから2輌目の1階の個室(Roomette:ルーメット)13室に乗り込んだ。
 
 部屋は二人用で真ん中にテーブルがあり左右に子がある。寝る時はテーブルを収納し、椅子をスライドさせ平らにすると下のベッドができる。 もう一つのベッドは頭上にあり、手前に引いて倒すだけ。
 
 向かいの部屋は年配のご夫婦で、ご主人はずっとパソコンに集中している。奥の部屋は家族用の4人用の個室だった。
 間もなく、制服を着た体格の大きな黒人男性が来て、
「この寝台車の担当なのでよろしく」
「食事の時間はアナウンスがあるから」
「無料のコーヒーが2階にある」
等説明した後、僕がシカゴまで行くことを向かいのご夫婦に話してくれて、僕と握手を交わした。
 残念ながら彼の名前を忘れたが、ここでは「John」と呼ぼう。
 

車内を見て回ろうと、2階の展望車に上がった。室内はを基調としており、とてもゆったりとした椅子の配置で、窓も広く快適な空間だ(写真下)。

隣がで4人席のテーブルが左右両側にそれぞれ6並んでいて、スタッフが4名(女性1名)隅に座っている。その先が一般車両で1階に降りるとに売店があり飲食類を販売している。

 

 

 10現在、一般席を覗くとガラガラだ。途中から乗り込んで来るのだろう。部屋に戻り景色を眺めているとアナウンスがあった。向かいのご夫人が、

「今、ランチをやってるよ」

と教えてくれた。僕が何度か聞き返すと、

 夫人「あなた普段何語を話すの?」

 僕 「Japanese

 夫人「私はドイツ系だから(私の英語は聞き取りにくいかも)ね」

と笑った。彼女はドイツ系アメリカ人とのこと。気品のある、優しそうな女性だった。 

 

1時過ぎに食堂車に行くと、60代の白人男性3人が座っているテーブルに案内された。

彼らは友人同士で既にリタイアされていて、これからサクラメントに帰ると言う。外人3人に(外人は僕だが)囲まれて食事をするという経験は生まれて初めてだったけど、別に緊張はしなかった。ただ、僕がいることで彼らの会話の雰囲気を壊したくないという気持ちだった。

 

様子を窺いながら、会話に参加するタイミングを計っていたら彼らの方から話しかけてきた。

僕「今回が初めてのアメリカの旅行で、これからシカゴ経由でナイアガラ見物をした後、NYの友達に会いに行くんです」

と言うと、皆さん一様に「へえ」という表情した。

 

(鉄道旅行というと大抵驚く。鉄道旅行は時間があり、贅沢な旅というイメージがあるようだ)

 

僕はあまり話をすることもなく、気を使わせては申し訳ないと思い、食事を終え、「Thank you for talking」と言って席を後にし、そのまま展望車に向かった。

 

展望車は空席が少なく、どこに座ろうかと迷っていると、傍の女性が「ここが空いているわ」と隣の席を勧めてくれた。彼女と簡単な会話を交わし、風景の写真を撮っていると、彼女が話しかけて来た。

 

  彼女  「あなたの写真を撮ってあげる」

   僕    「Thank you」

彼女にカメラを渡し、一枚撮って貰った。

   僕    「写真撮ってもいい?」

  彼女  「撮らないで。彼と一緒だから」

    と隣の男性を見た。

  彼女  「face bookに載せられたら困る」

    と笑った。

僕は「そうか。そういうことか」と納得した。 

 

「今、高度6225フィート(1898)だ」と後ろに座って高度計(i phone)を見ている男性が話しているのが聞こえ、シェラネバダ山脈を越えようとしていることを知った。窓の景色も雪景色に変わってきた。(この路線の最高地点は2,613m)

 

携帯に日記を付けていたら、突然、素晴らしい湖が目に入った(写真下)。 あまりに美しいので彼女に湖の名前を訊くと「ドナー湖と言ってとても有名よ」と教えてくれた。湖のほとりには百軒くらい戸建てのペンションが建っている。

 

 

(ドナー湖はカルフォルニア州の東部に位置する湖。かつて西部開拓史時代にドナー隊という開拓民のグループの多くの人々が雪の中で餓死するという悲劇があったという)

 

 しばらくして、車内にアナウンスが流れると、「今、ネバダ州に入ったわ」と、彼女が僕の腕をつついて教えてくれた。 

 

そろそろ夕食なので一度部屋に戻った。部屋のドアを開けると荷物がない。「参った」「でも、まさかそんなことはないだろう」と思いながら探したが、見つからない。向かいの部屋は荷物はあるが誰もいない。仕方なく、食堂車に行き食堂の責任者に話して、一緒に部屋に戻った。

 

すると荷物があるではないか。そう、隣の車両の同じ番号の部屋と間違えたのだ。やってしまった。「Very sorry」と繰り返し謝ったが、果たして気持ちが伝わっただろうか? 少なくとも、今日は食後のチップを多めに渡さなきゃいけないだろうなあ。 

 

夕食を食べに食堂車に行った。今度案内された席には、60代のご夫婦(と思われる)が座っていた。「Hellow!」と言って向かいの席に座わり、メニューを見ているとすぐにオーダーを取りに来たので、サーロインテーキとマッシュポテトとを頼んだ。

 

まもなく、4人目のお客が僕の隣に座った。彼は太目で良くしゃべる40代の白人男性だった。

彼は向かいのご夫婦と一通り喋った後、僕に話しかけて来た。

 

彼 「君は展望車に居たよね。僕も居たんだ。君は中国から?」

僕 「日本から」

彼 「そう。実は僕の兄弟が何年か日本で勉強して…」

 

彼は暫くしゃべったが、良く聞き取れず、あまり会話が弾まなかった。後で思い出したのだが、彼は展望室で高度計を見ていた男性だった。

 

周りを見ると、みんなサーロインステーキをコーラや水を飲みながら食べているので、

日本人はコーラで食事はしませんね」

と言うと、向かいのご夫人に

「私はサキ(酒)を飲みながら食事はしないわ」

と笑顔で返された。

しかし、その後、アメリカで食事をしているうちに、僕もコーラで食事をするようになった。

 

窓からはネバダ州の広大な砂漠のような、無人の荒野が広がっている。確かに夕陽は綺麗なのだが、誰もいない荒野を見渡すと、逆に不気味とも言える光景だった(写真:下)

 

 

 僕 「誰もここに住まないのは気候のせい?」

  夫人 「そう気候だと思う。ここは冬は寒く、夏暑く、水が無いから」

 

食事を終え、チップを普段より多く5ドル置いて部屋に戻った。

(以前、向かいの部屋の夫人にチップの額を尋ねたところ、朝食とランチは2ドルで夕食は2ドル以上との回答だった) 

 

部屋に戻り、携帯電話を充電器にセットすると疲れと睡眠不足とで急に眠気に襲われ、座ったまま眠りに落ちた。                      

 



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