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 おう、ひろくんか。久し振りやなァ。ちょっと見ん間にいい兄ちゃんになってきたやんか。まァ、元気そうでなによりや。咲子は元気にしてるか? そうか、そりゃよかった。咲子はわしより3つ年下の妹やが、だんなを早う亡くして、女手一つでひろくんをここまで大きゅうしてきたんや。我が妹ながらよう頑張ってんなァ思うわ。
 わしか? わしは浪花県を退職してから5年になるけど、まだまだ、ほれこの通り元気やで。今は何をしてるんかって? そうやなァ。家ん中では濡れ落ち葉もええとこやけど、これでも結構毎日忙しいんや。
 平日の月曜日から木曜日までは午後3時間ほど高山市役所で働いてるし、金曜日は北大阪なにわ川柳会で下手な川柳をひねらんとあかんし、土日は、ほら、老人ホームの慰問団に加わって、物まねを披露してる。
 ひろくんは知らんやろけど、これでも結構「物まねの河童」といやァ、その筋では知られた存在なんや。最近は釣りバカ日記のハマちゃんの物まねがハマリ役でな。
 「おおっ! スーさん、かかってる、かかってる。これはでかいぞ。そうそう、それそれ、その調子。あかん、あかん、そんなに強うリールを巻いたらあかん! 何してんの、スーさん! さっきから強う巻いたらあかん言うてるやろ! それじゃバレてまうで。あ~あ、言わんこっちゃない。やられてもうた。もう~、スーさんはこれやからダメなんや。お師匠さんとして恥ずかしいわ」
 てな具合や。え? ハマちゃんが大阪弁でしゃべるんは変やて? そこはわしの腕の見せどころやないか。西田敏行言うたら探偵ナイトスクープの探偵局長もしてて、なんとのう関西人っぽいキャラしてるやろ。そんで、ハマちゃんに大阪弁をしゃべらしたら、これがまた皆に受けるんや。
 ところで、咲子から聞いてびっくりしたんやけど、ひろくんはこの4月から公営住宅課に配属されるそうやないか。しかも滞納整理班いうから2度びっくりや。ひろくんは市に入ってから何年になるねん? ほう、10年か。そりゃまた、3度びっくりやな。
実はな、何を隠そう、このわしも、市に採用されてから10年目に公営住宅課の滞納整理班に配属されたんや。今から遡ること30数年前、昭和48年のことや。懐かしいなァ。市には40年近う勤めたけど、今、思い出してもあの頃が1番懐かしい。
 今日は時間があるんやろ? そうか、それやったらちょうどいい機会や。年寄りの繰言も、ひょっとすると何かの参考になるかもしれん。あの頃の思い出話をビールでも飲みながらちょっとしよか。え?肝臓が悪かったんやないんかって。かまへん、かまへん。まだちょっと早いけど、わしももういつお迎えがきてもいい年頃になってきたからな。ま、かあさんに叱られんように、ちょびちょびやりながら話をしようやないか。
 お~い、かあさん、ひろくんにビール持ってきてんか。コップは1つやないで、2つやで。

                  
 

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 わしが浪速市に採用されたんは昭和38年のことや。それから2、3の職場を経験してから公営住宅課に配属されたんが、市に採用されてから10年後、昭和48年のことやった。
 世間では石油ショックが起こって、スーパーからトイレットペーパーがのうなってしもてな。そりゃァ、みんな大変やった。スーパーの前にトイレットペーパー買いに長蛇の列ができたもんや。
 小松左京の日本沈没がベストセラーになったんもこの年やったな。それまでの高度経済成長にいろんなとこで陰りが見え始めて、まァ、一言で言うたら爛熟の時代やった。
 思い起こしたら、映画では仁義なき戦いやポセイドンアドベンチャーなんてのがヒットして、人は刺激の強いもんばっかり求めて、どこかに退廃の臭いを嗅ぎつけ始めてた言う気がする。世間全体が熟れ切ってたんやろなァ。まァ、そんな時代やった。
 わしはこの年、公営住宅課の滞納整理班に配属されたんやが、この班はわしが配属される2年前に新しゅう組織された部署やった。
 その頃の市営住宅の家賃いうたら、木造住宅が1月7~8千円、鉄筋でも1月2~3万円と安かったんやが、そんでも滞納があとを絶たんかった。なんぼ景気がいい言うてもその恩恵はなかなか末端まで届かんからな。
 けど、その当時の家賃督促いうたら、督促葉書を月に1回住宅に投函するぐらいで、あとは野放し状態やったから、100ヶ月から150ヶ月も滞納してる入居者が何10人もいた。世間は景気がようて税収も右肩上がりやったから、滞納家賃ぐらいほっといても、別に市の財政に何の影響もなかったんや。
 けど、これをほっといたら入居者間に不公平を招くことになる。そこを市議会に指摘されてな。いかに公営住宅いうても、100ヵ月からその上も家賃を滞納してる居住者を放置するんは行政の怠慢以外の何物でもない言う訳やな。
 議会から指摘を受けたら行政は現金なもんでな。特に浪速市の役人は昔から議会の先生には弱い。すぐに長期家賃滞納者の対策チームが組織された。それが滞納整理班や。班長以下5人。その仕事は、言わずと知れたこと、家賃の支払に応じない長期滞納者を強制的に退去させることやった。
 今は随分変わってしもてるやろけど、当時の強制執行のやりかたはだいたいこんな風やった。
 まず長期滞納者を相手に家賃支払い住宅明渡訴訟を裁判所に提起する。家賃を滞納してる事実を争う滞納者はほとんどいてへんから、裁判所は1~2回の口頭弁論で簡単に判決を出す。その判決を債務名義にして、債務名義言うんは判決に強制執行をしてもええ言う裁判所のお墨付きのついたんを言うんやが、そんでもって裁判所に強制執行を申し立てる。裁判所はこの申立てを受けて強制執行を開始するんや。
 そんで、まずは家財道具の差押や。執行官が滞納者の家に強制的に入って、家財道具に差押の札を貼りつける。その昔は赤紙やったらしいけど、わしらんときはあんまり目立たんように家財道具の裏側に小さな張紙を執行官が貼り付けてたな。
 そんで、滞納者が執行期日までに家賃を支払わなんだら、執行期日に強制的に家財道具を家から持ち出して住宅を空っぽにするんや。そしてその場で差し押さえた家財道具一切を即時競売して、その代金を滞納家賃の一部に充当する訳やな。
 そりゃァ、安いで。買うときには何10万円もしてた家財道具やテレビなんかの電化製品も、その場で競売したら二束三文やからな。家財と電化製品全部合わせて、ええとこ5万から6万円ぐらいやったな。
 まァ、執行官はお飾りで、差押の段取りから競売まですべてを仕切る強制執行専門の業者がいてな、事実上の強制執行はこの業者がやってた。浪速市の場合は有池商事株式会社がその強制執行の業者やったな。
 有池商事は、高校を卒業して大阪府警に10数年勤めた後にこの世界に新天地を求めた有池社長がすべてをしきる個人会社やった。わしが滞納整理班に配属されたとき、社長は60歳代半ばでな、この道30年のベテランとして大阪のこの業界では押しも押されぬ存在やった。
 警察時代には、柔道で大阪代表として国体にも出場したほどの猛者やったけど、この世界に入ってからというもの、毎晩毎晩、キタやミナミのネオン街で乱痴気騒ぎを繰り返して、わしと知り合った頃には、その鍛え上げた体がブヨブヨの贅肉に変わり果ててたなァ。酒を飲みすぎてアル中状態でな、酒が切れたら手がブルブル震えて字も書かれへんのや。わしは、よう社長に頼まれて領収書なんかに社長のサインをしたもんやった。
 けど、いったん強制執行の現場に出たら、どこからそんな体力と気力が湧き上がるんか不思議に思えるほどでな。すべてを差配して独楽鼠のようにあちこちを走り回りはるんや。こればっかりは見たもんしかわからんけど、そりゃァ、すごかったで。
 社長は、飲むと「ギハハッ」言うて笑いながら下ネタ話ばっかりを連発し、よう人の顰蹙を買うてはったが、興に乗ると、好々爺然とした顔に金歯を覗かせてな、これまでの経歴をわしらに話してくれたもんやった。
 そうやなァ、社長役は誰がいいかなァ。スーさんこと三國連太郎じゃ、ちょっとインテリっぽすぎるよなァ。もうちょっと崩れた感じがいいな。そうや、もう死んでもうたけど、勝新太郎なんかがぴったしや。わしも昔は、よう勝新の座頭市の物まねをしたもんやった。
「俺たちやくざァな、ご法度の裏街道をいく渡世だぜ。いわば天下の嫌われ者だ。それだけに何事も渡世の筋目を通さにゃならねえ。だが、そんな奴がお天道様に大きな面ァ向けて大手を振って歩いてやがる。それでやくざの道がたつんかい!」
 どや、似てるやろ。えっ、座頭市を観たことないって? そうか、ひろくんはそんな歳やないもんなァ。わしは座頭市の映画は観てよう研究したで。
 「座頭市物語」「座頭市兇状旅」「座頭市喧嘩旅」「座頭市千両首」「座頭市あばれ旅」「座頭市血笑旅」「座頭市二段斬り」
 ホンマ、どれをとってもおもろかった。懐かしいなァ。

2-2

 よし、今日は久し振りに勝新の物まねで、社長のしゃべりを再現してみよか。よう聞きいや、こんな具合や。
「国体に出るぐらいに実力があるうちは、皆にチヤホヤもされてよかったんやが、後輩連中に追い抜かれ出したらもうただの人になってしもてさっぱりや。このままやったら一生交番回りのおまわりで終わってまう思て転身を考えた。蛇の道は蛇でな。警察の先輩がこの世界で派ぶりようやってはるいう噂を聞いて雇うてもらうことにした。最初はきつかったで。血の出る思いで先輩について行ったもんや。先輩は結構あくどい商売してて、その上、元警察官やいう慢心があった。そんでやくざに引っかかって、ある日、行方不明になってしもた。今でも所在はわからん。失踪いうことになってるけど、多分今頃はどっかの海の底やろ。
 先輩には悪いけど、それがわしに運を呼んだ。先輩の地盤をそっくり手にしたんや。そりゃァ、苦労したで。墓に持っていくしかあらへん話も仰山ある。企業の倒産関係で儲けてな。それからは順風満帆やった。金が金を産んだ。よう遊んだで。北新地では夜の帝王って呼ばれた時期もある。えっ、1晩になんぼぐらい使うたことがあるかって? そうやなァ。100万円ぐらい使うた夜も何晩かあったなァ。自分で儲けた金には違いあらへんけど、その金で何か事業をしたろいう気はせなんだなァ。これは殺された先輩のもんやいう気持ちもあって、なんかあぶく銭のような気がしてたんやな。
 ようしたもんで、そのうち商売に陰りが出てきた。坂は転げだすと早い早い。ちょっとやばいな思たらもう遅かった。そこで無理をしてヤーさんのかんでる話に乗ってそのままどぼんや。危うくわしも命をとられるとこやった。もうこんなんはこりごりや、そう思てな。ほんで地道に市の仕事をさしてもらうようにしたんや。
 ほんでも、今でも有池いうたら、この業界で知らん者はおらんやろ。知らんいう奴がおったらそいつは間違いのうもぐりやで。ギハハッ」
 どや、似てるか。え、ようわからんて? そうやな、ひろくんは、さっき勝新の座頭市のこと、知らんいうてたもんなァ。
まあ、それはとにかく、社長には確かにやくざな面はあったけど、頼まれたことは断れへんたちで、ホンマに面倒見のいい人やった。
 元警察の同僚で、西警察の副署長を最後に退職して、自動車免許場の教官をしてはった吉田さんいう人が、よせばええのにバーのホステスに入れあげてしもて借金を重ねてな。そのことが嫁さんにバレてにっちもさっちもいかへんようになったとき、「あいつはウブやからなァ」いうてつぶやきながら、自分のことのように親身に事後処理に走り回ってはったし、梅田の知り合いのスナックのママから頼まれてな、借金を踏み倒してトンズラしてしもたなじみ客を探し回ったり、サラ金とヤーさんに追われてた博徒くずれを、西成のドヤ街にかくまったりしてはった。まァ、この世界のちょっとしたゴッドファーザーやったんや。
 滞納者に対してもそうやった。差押をしてしもたら、執行期日まで滞納者とおざなりな接触しか持たへん執行業者も多いんやが、社長は、連日のように滞納者の家を回って、自主的に出て行くことを説得したり、出て行ったあとに住むとこがない言うたら、安い借家を斡旋したり、サラ金なんかに金を借りまくってる多重債務者の場合には夜逃げの手引きまでもしてはったからな。
                      
 

2-3

 お、もうグラスが空いてるやんか。ひろくんもかなりいける口やな。まァ、もう1杯いき。お、そうか、わしにも1杯注いでくれるか。お、お、ありがとう。体に悪いんはわかってるんやけど、こればっかりは止められん。ビールでいいか? ほうか、お~い、かあさん、もう1本ビールもってきてんか。それにわしには焼酎や。え、もうそれぐらいにしときって? そんな冷たいこといいな。今日はひろくんがきてくれてんやから特別や。

 さあ、話の続きをしよか。
 強制執行は、朝の7時頃から午後3時過ぎにかけて、何件かを集中的に行うことが多てな。ざらやないけど、多いときには1日に10件を越えることもあった。
 今でこそ執行官の収入は一定限度に抑えられてるけど、当時は上限がのうて、件数を上げれば上げるほどどんどん収入が増えたんや。それに集中的にやるほうが業者にとっても好都合やからな。
 そんためには1件1件の強制執行をできるだけ短時間で終わらせる必要がある。強制執行が始まって1時間以内には、家ん中にあるすべての物を住宅の外に運び出して、家の中をもぬけの殻にせんとあかんのや。それに有効なんはなんというても人海戦術や。社長はそんために西成のあいりん地区から強制執行当日に必要な人足を確保する独自のシステムを作ってはった。
 貫太郎さんいう人足頭がいてて、その人が社長の命令を受けて人足を調達してたな。社長に言われたら、前日にその日の強制執行に必要な人足を手配して、西成の職業安定所の前で社長が手配するワゴン車を待つんや。
 貫太郎さんは、栃木かどこか関東地方の富裕な商家の次男坊で、若い頃悪い遊びをおぼえて家出し、ある暴力団の準構成員になったいう経歴の持ち主やった。けど女のことで組員との間で悶着を起こし、あとは流れ流れて西成に住み着いた言うてたな。
 60歳をいくつか越えた年格好やったけど、本当のとこは誰にもわからんかった。小さな体してたけど全身これ鋼の如しで、強制執行となったら人足にあれこれ指示を飛ばして、社長についてまるで猿のように現場を走り回るんや。右腕に龍の刺青があって、もうええ歳やけど、人足には「若」言うて親しまれてたなァ。日稼ぎでまとまった金が入ったら、女と酒に使い果たすいうその日暮らしを送ってはった。
 貫太郎さんは人足に対しては多弁やったけど、わしには無口やった。と言うんも社長から行政の人間とはあまりしゃべるな言うて硬うくぎを刺されてたんや。けどそれでも何かの拍子に、ちょっとしたつまらんシャレを言うてわしに笑いかけてきはることがあって、その笑顔がなんとも愛くるしかったんを今でもよう覚えてる。
 そうやなァ、貫太郎さんの役やったら、「武士の一分」で木村拓也の下男役をやってた笹野高史がピッタシやな。名脇役や。それにいかにもちょこまかはしこそうやないか。
 貫太郎さんは、有池商事の簡単な事務補助みたいなこともしてて、わしが事務所に執行関係の書類をもって行ったりしたときに出会うことがたまにあってな。そんときの社長とのやり取りを、社長が勝新で、貫太郎さん役が笹野高史でやってみよか。
 こんな具合や。
 「あ、河童さん、いらっしゃい。おい、貫太郎、河童さんにコーヒー注文してくれるか。そんで貫太郎、さっきの件やけど、明日は何人確保できたんや」
 「今んとこ、ヤッさんにケンにそれからボンとよしの四人ですわ。もうあと3人は今日の夕方には決めまっさ」
 「ケンいうたらあの背の高いひょろっとした奴か。あいつのほかにはいてへんのか。見てたら、あいつ、作業中にうまいこと手え抜いてんで」
「社長、よう見てまんなァ。けど、あいつもちょっとかわいそうな奴ですねん。子どもが3人もいてまんねん。わてからもよう言うて聞かせますよって、明日はあいつも連れて行ってよろしいやろ?」
 「しゃあないなァ、まあ、おまえに任すわ。先週の酒屋の強制執行にきてたあのずんぐりした若いのんはどうやねん。あいつ、よう働いてたで」
 「おととい、どっかに消えてしまいましてん。なんか親父に見つかってしもたから山谷にいくとか言うてたみたいですわ」
 「明日の執行は大掛かりやから、大奮発したるよって、元気なんを頼むぜ、のう、貫太郎」
 「わかってまんがな、社長。任しとくんなはれ。で、明日の待ち合わせ場所はいつもんとこでええんでっか」
 「おう、安定所の近くのあっこに車を回しとく。貫太郎、ほなら悪いけど、この書類、裁判所の受付に届けといてくれるか」
 「社長、いつもいうてまっしゃろ。裁判所は嫌でっせ。あんなとこわしに行け言うんは酷や。ちょうど府の人がきてはるんやから頼みはったらよろしいがな」
 「アホか、おまえは。嫁さんががちょうど出かけてるから、おまえに頼んでるんやんけ。しゃァないな、ほなら、ほれ、そこの位牌、帰りに天王寺の一心寺さんに持って行ってくれ。ほら、ここが供養代や」
 「昨日の仏さんのでっか。やっぱり無縁さんでしたんか」
 「無縁やないが、持ち主はもうどっかに行ってわからん。骨と位牌はこればっかりはほかす訳にはいかんからな。ようよう住職さんに頼むんやで」
 「へえ、それやったらわしにもできますわ。ほんじゃ、早々に行ってきま。では市の偉いさんにはごきげんよう」
 「ごちゃごちゃいわんとはよいけ!」                                                                       
 

2-4

 どや、今度は似てるか? 何、笑てるねん。そんなおかしかったか? 笹野高史は、今、練習中やから、まだ十分にものにはできてへんけど、個性が強いからなァ。特徴つかんだらこっちのもんなんや。
 話が、社長と貫太郎さんのことに移ってしもたけど、さあ、強制執行のことや。
 強制執行は、朝7時過ぎに、最初の執行現場の滞納者の家のドアを叩くことから始まる。滞納者が住んでたらその滞納者に執行官が執行宣言をして、誰も住んでへんかったら鍵をこじ開けて家ん中に入り、家財道具一切を外に運び出すんや。
 強制執行はこちらの思惑どおりにはなかなか進まん。滞納者が既にどこかに消えてたり、住んでても社長の事前の説得に納得してればスムーズに事が運ぶけど、執行当日になってもまだその家に住み続けて抵抗する滞納者も少なくないんや。
 生活に困って家賃を支払おうにも支払うことができん場合から、資力はあんのに意図的に支払いをサボる場合まで、家賃を滞納する理由もさまざまや。
 多かったんは、団地の主婦が団地内の主婦同士への見得から、収入不相応の家具を取り揃えたり、派手な生活に走って生活費をそっちにつぎ込んでしもて家賃を滞納するいうケースやな。
 まだ3ヶ月の滞納やもん、ちょっと切り詰めたらなんとかなるわ。 10ヶ月になってしもた。けど計画的に返せば大丈夫よ。 え! もう20ヶ月で50万円! どないしょ。こんなこと旦那には絶対言われへん。 いやァ、いつの間にか80万円! けど市営住宅やもん。行政の人が強制的に出て行けなんて無体なことする訳ないやん。旦那に相談せえってうるそう言うてはったけど、そんなことできる訳ないし。それに市営住宅が強制執行されたなんて話、今まで聞いたことない。きっとどうにかなるわよ。 
 まあ、こんな調子やな。
 強制執行の現場を思い起こしながら、嫁さんが滞納の事実をひたすらだんなに隠してて、だんなが執行当日までそのことを知らなんだときの様子を再現してみよか。
 そうやなァ、社長が勝新で、亭主役がわしの得意な橋爪功でいこか。市の担当者であるわし自身は火野正平や。え、火野正平みたいに女泣かせやったんかって? いや、これはわしのあこがれ、あこがれ。
 ナレーションは若山弦蔵。え、若山弦蔵って誰やて? そうか、ひろくんは若山弦蔵を知らんか。やっぱ若いなァ。007のショーンコネリー役の声優いうたらわかるやろ。そうそう、あの低音の魅力や。
 007の始まりの音楽はこうや。チャンチャカチャチャチャチャン チャンチャカチャチャチャチャン チャチャーチャチャチャン、バキューン。「悪いやつらはやっつけた。お楽しみはこれから、これから」てな具合や。
 さあ、キャストはそろた。開演、開演。
 


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