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31-2

 
「そんな……そんな……!」

翼は小さくつぶやきながらゆっくり歩き続けた。





『オフクロが元星羽会の信徒で……愛菜たちの父親が兄弟だったなんて……』





予想外の事実に、翼はぼんやりとしながら道を歩き続けていた。

ポツポツと降り注ぎ始める小雨にも気付かないほど、翼はただ一点のみを見つめてフラリと自らの身体を移動していた。



「♪♪~♪♪♪~」

その時、翼のケータイがメールの着信を知らせる。
それにハッとした翼は、久しぶりに我に返ったようにケータイを右手に取り出した。

「誰からだ?」
翼は受信メールフォルダの未読覧を確認する。
すると、その差出人名には現在入院しているはずの愛菜の名前が表示されていた。


「愛菜っ!」

翼はケータイの液晶にくぎづけになる。
彼はすぐに本分に目を通すと、すぐにケータイを折りたたみ、それまでゆっくりだった足の動きを徐々に早めていった。


『愛菜……!』



翼は、何かに引き付けられるようにある場所へと向けて走りだしていた。





約1時間後-

翼は、愛菜と羽月が現在も入院している西総合病院へとやってきた。

タクシーから急いでおりた翼は、一目散に愛菜のいる病室へと向かっていった。


「ちょっと!病院内は走らないで下さい!」
自らを注意する看護士の言葉が耳に入らないほど、翼は急いでいた。

父から聞いた信じがたい真実……そして、突然自分を呼び出した愛菜の意図……

それだけ、彼の心を様々な思いが駆り立てていた。





【星宮茜】と表記されたとある一室の前に立ち、翼は「コンコン」とドアをノックした。
「愛菜、翼だけど……入るよ」

すると、閉ざされたドアの向こうからは「ウン」と小さくか細い声が聞こえてくる。
翼はひと呼吸おくと、ゆっくりと横開きのその扉を右から左へと開けていった。

「翼……」

翼が病室に入ると、どこかやつれた感のある愛菜が小さい声で彼のことを迎えた。

時間がたち落ち着いてきたのか、ベッドを起こし上体をそこへよっ掛からせている彼女は、やつれていても独特の美しい雰囲気は漂わせていた。
いつも巻いて盛り上げていた髪の毛は、左側にスッと寄せるように下ろしている。

それが、翼には妙に新鮮なものでもあった。


「愛菜、大丈夫なのか?」
「えぇ。今は少しずつだけど、落ち着いてきてるわ」
「食事、ちゃんと摂ってるの?ちょっとだけ痩せた感じがしたからさ」
「昨日あたりからは……ね。心配させちゃって、ごめんなさい」


想像以上にはきはきとした口調で話す彼女の様子に、翼はどこかホッと胸を撫で下ろしていた。


「翼ごめんね、お昼から急に呼び出してしまって」
「いや、いいさ。俺もちょっと用事で外出していたし、愛菜のこと気になってたから。コレ、途中で愛菜が好きなクッキー買ってきたから」
「うん、ありがとう。傷……大丈夫?それに、聖とのこともあってお店も大変なんでしょ?」
「うん。でも、何とかやってるよ」


愛菜は湯呑みの中を一度口にすると、ゆっくりとニコリと笑った。
しかし、それが今の彼女にとっては精一杯の笑顔であることを、翼はひしひしと感じずにはいられなかった。

「愛菜」
翼が話を切り出した。


「話したいことって?」
「……翼」
「うん?」
「単刀直入に聞いてもいい?ちゃんと、答えてくれる?」
「あぁ」


すると、愛菜は途端に顔をうつむいた。


「メールでも言ったように、翼に聞きたかったのは……羽月くんのこと……」
「羽月……?」
翼は、自分の心拍数が少しずつ上がっていることを覚え始めていた。

「この間、光星に襲われて部屋に閉じ込められてたときね……。羽月くんが翼をかばって背中を思いきり刺されたとき……」
「……」
「私見たの…あの子の背中に、私と同じ"模様"があるのを-」
「……」
「私の見間違いかと思ったけど、やっぱりそうは思えなかった。あれは、うちの家系の……」

愛菜は言葉を一瞬詰まらせた。
その先にある言葉を翼に対し口にするのを躊躇していた。
だが、ゆっくりと…何か重たく硬い物をこじ開けるように、彼女の言葉は続いた。


「……星羽会の信徒のある家系の証として刻まれたもの。私の背中にある同じものが……あの子の背中には存在していたわ。そして、何より私と直人しか持っていないはずのあの写真を持っていた」
「……」
「ねぇ、翼、正直に答えて」
「うん……」
「あの子は……羽月くんは……」

愛菜の話し声は、次第に潤みを帯びていた。
そして、ついにその先の言葉を発した。

「私の……弟なんでしょ?あの子は……ずっと離ればなれになっていた、直人なんでしょ……??」



愛菜のその言葉が投げ掛けられると、翼はしばらくしてから首を縦に振り、口を開いた。


「……そうだよ。俺を命懸けでかばって傷ついた、あいつ……羽月は……愛菜が10年間再会を夢見てた、弟さんなんだ……」
翼がそう言い切った瞬間、二人がいる病室には不思議なほど不気味な静寂が支配した。


1秒が1分に感じられるような……


また、1分が1秒にも感じられるような……


時の流れさえ狂わすような空間が、二人だけの間には存在していた。


しかし、それも愛菜が多量の涙をその瞳から流しながら、啜り泣くまでのことだった。
 

「うっ……うぅっ……」
「……」
「うぅ……直人が……まさか、あの子が直人だったなんて……」
「愛菜……」
「翼は……知っていたんでしょ……?」
「うん……」
「いつから……??」
「あの教会で、愛菜に写真を見せてもらったとき。そのちょっと前に、あいつに同じ写真を見せてもらったんだ」
「そうなんだ……」
「愛菜、ごめん。隠すつもりはなかったけど、結局隠していた形になってしまって……」


翼は、啜り泣く愛菜に対してスッと頭を下げた。
しかし、そんな彼のことを愛菜は怒ることなく、穏やかに首を横に振った。


「翼は何も悪くないわ……。あなたは、お客や他のホストのプライバシーを絶対に他言しないっていうホストとしてのルールを守っていただけだもの」
「愛菜……」
「それよりも-」

愛菜は、両手で涙で濡れたその顔を覆い隠した。


「うっ……えっ……。あの子が……直人が、元気に生きていてくれた……。それだけで私は……あぁっ……」
「うん……」
「しかも、あの時はあんなにちっちゃくて泣き虫だったあの子が……今はあんなに明るく、大きくなっていてくれたなんて……!」



長い間捜し求めていた最愛の弟の存在を確信してか、愛菜は抑え切れないくらいの大きな感情を、瞳から流す無数のその涙に乗せていった。


そんな彼女を見つめる翼の胸の内は、憂いと切なさに満ち溢れていた。





自分の両親に秘められた過去が、まだ幼かった愛菜たちの運命をバラバラにしてきたことなど-

今の翼には、とても彼女に告げることはできなかった。




ただ……

唯一の肉親の存在のために、その胸を10年もの間傷めてきた愛菜(=茜)という人間の、狂おしく儚い想いを乗せた"声"や"涙"が……



翼の瞳から、一筋の涙を零していた。





                                                   第32章へ

32-1


「じゃあ、俺はそろそろ行くから」
「うん」

重い腰を持ち上げるように立ち上がった翼は、愛菜に一言そう告げて病室のドアに手をかける。


「翼っ」
「うん?」
「ありがとうね」

小さい声で礼を言う愛菜に、翼は無言で首を振った。


「じゃあ」
翼はドアを閉めた病室をそっとあとにした。




「……」

長く続く廊下を、翼はぼんやりとしながら歩いた。
そのまま歩いていけば、自然と離れたところにある羽月の病室に着くものの、彼の足どりは遅かった。


愛菜は羽月の正体を知った-


互いを探し続けていた姉弟の片方だけが未だ事実を知らない-


翼は、羽月に愛菜のことを伝えるべきかおおいに悩んでいた。





そして……


何より、自分が彼らと少なからず同じ血が流れていた従兄弟だったことに、動揺を隠せずにいた。


しかし、何故だろうか?
翼は、先程話していた愛菜から不思議な違和感を感じずにはいられなかった。


「あっ……」

気がつくと、翼はいつの間にか羽月のいる病室の前にいた。

「とにかく、あいつにも会っていかなきゃだな」
翼は、どこか躊躇しながらも病室のドアへと手をかけた。

「あっ、翼くんっ!」
「よぉっ」
病室に入ると、ベッドで横になっている羽月が元気に翼のことを迎えた。
そんな彼の姿を見て、翼の気分もどこか和らいでいく。


「わざわざ来てくれたんやなぁ!忙しいのに、ホンマありがとう」
「いいってそんなの。羽月、それから具合の方はどうだ?」
「あぁ、まだちょっと痛いけど、何とか回復しとるみたいやでぇ!」
「そっか」

翼は先程までと違い、どこか胸を撫で下ろすような感覚を覚えていた。
しかし、姉である愛菜の存在のことと、自分の両親が関わっていた10年前の事件について話すべきかを、彼は心の奥底から拒んでいた。

今事実を羽月に話せば、せっかく立ち直りつつある彼の心を再び乱すばかりか、自分との確執をも生じさせてしまう……
翼は、何よりそれらを恐れていた。

自分を犠牲にしてまで守ってくれた羽月がいなくなるのが、今の翼にはとても怖かった。



「どないしたん、翼くん?ぼーっとしてんでぇ?」
羽月の一言で、翼はハッと我に返る。

「あっ」
「どないしたんや?」
「あ、いや……」
「?」
「な、何でもないよ。ちょっと疲れてるかな」
「……そっかぁ!今、聖さんとの勝負もあって大変なんやもんなぁ。怪我人の俺が言うのもなんやけど、翼くん身体大事にせなあかんでぇ」
「あ、あぁ。そうだな……ゴメンな、せっかく羽月のとこ来たのに疲れた顔見せて」
「えぇって!俺の前では遠慮なんかせんで。あ、いや……も久しぶりやしな」

翼と羽月は、いつものように笑い合った。



「なぁ、翼くん」
「うん?」
「社長やみんな、元気にしてん?」
「あぁ」
「愛菜さんは?別の部屋で入院してんやろ?」
「あぁ」
「元気……なんかな。俺、愛菜さんにも、その……ひどいことしてもうたから」
「どうだろうな。愛菜まだ落ち着いてなくて、面会謝絶みたいな感じだからな。何とかパソコンのメールには送れてるけど」

翼はとっさに愛菜に会ったことは羽月には伏せることにした。
今羽月に愛菜のことを話せば、彼は姉に会いに行き、そして互いを混乱させてしまう恐れがあったからだった。

しかし、自分が彼を騙してるのではないかという罪悪感が、翼の心から消え去ることはなかった。

10年前に彼らの両親を虐殺した原因が自分達の両親にあったと知ったら、羽月はどんなに深いショックを受けるかを、翼は想像するだけで恐怖を感じていた。



『これ以上、この姉弟を傷つけるわけにはいかない』



翼はそれを思い、これ以上羽月に事実を話すことを避けることにした。
そして、いつまでも元気に笑う羽月に呼応するかのように、翼は本当かもわからない笑顔を見せていた。

「じゃあ、俺はそろそろ」
「そっかぁ。翼くん、ホンマにおおきにな」
「あぁ。早く、傷治して店出てこいよ」
「うんっ!」

翼は、そのように会話を交わすと、羽月の病室からそっと出ていった。



『羽月……』



病院のエントランスへと向かう翼の足は、やはりどこか重かった。


「とにかく、今月の勝負に勝たなきゃいけないんだよな!」
翼は、気を取り直すように帰りのタクシーへと乗り込んでいった。





1時間後-

自宅へと一旦戻った翼は、シャワーを浴び直し、仕事への準備を勤しんでいた。

「さてと」

高級スーツに身を包み、ヘアーメイクも所持品も万全として部屋を出ようとした……その時だった。


「♪♪♪~♪♪~」

テーブルの上に置いておいた翼のケータイが、一つの着信を知らせる。


「社長からだ。はい、もしもし」
翼はすぐにその着信に応答する。


「社長おはようございます。はい……はい……わかりました、すぐに店に向かいます」
天馬からの電話でただごとじゃないと確信した翼は、ジャケットを羽織らず手持ちで部屋を飛び出していった。


「まったく何なんだ、アリスの子ってのは!」
翼はすぐさま再びタクシーを拾い、歌舞伎町にある【Club Pegasus】の店舗へと急いで向かっていった。


約30分後-

【Pegasus】の店に着いた翼は、エントランスから事務所へと一直線にかけていった。


「社長!」
「おぉ、翼」

翼が社長室へと入ると、そこには天馬以外にも佐伯と聖の姿もあった。
翼はなるべく聖と目を合わせないように天馬のもとへと近づく。


「社長、アリスの子から電話があったって……一体どういうことなんですか?」
「あぁ。単刀直入に言うと、奴は俺たちがひそかに探りを入れてることにも、どうやら気付いているらしい。『あいつのようになりたくなければ、余計なことはするな』……とのことだ。ボイスチェンジャーを使って正体がわからないようにもしていた」


あいつ-

それを聞いて、翼は真っ先に死体としての発見をニュースで報道された光星のことを思い浮かべた。



「ちっ!」
聖が口を鳴らした。

「たくよぉ……。【Unicornis】がダメになってこっちが大丈夫かと思いきや、今度はココも狙われてるってか。アリスの子ってのは、どんだけ頭イカレてんのかねぇ。なぁ天馬」
「聖」
「おっと、いけねぇ。アリスがこの店にいる以上、下手なことは口にしねー方がいいよな」

聖の発言で、その場にいる他の三人の表情がピクリと吊り上がった。


「聖さん、それはどうゆうことですか?」
「まぁそういきり立つなよ翼クン。そいつの正体がハッキリしない以上、この店の中の全員が容疑者ってことさ。もちろん天馬、お前もな」
「なっ、何を言い出すんですか!社長がそんなことするはずがないじゃないですか!今このことで最も悩んでるのは社長なんですよ?それを-」
「何も断定はしていないさ。ただ、犯人の星がハッキリしない以上、アリスの子の可能性は誰にでもあるってことさ。もちろん、この俺にもね」
「……」
「気分を害したなら謝る」

聖は、翼・天馬・佐伯に対して軽く頭を下げた。
 

「だが、俺もこのまんま引き下がるわけじゃない。【Unicornis】に妨害を加えたアリスの子とやらの顔は拝んでみたいからな。とにかく……俺のバースデーだけは邪魔してほしくないもんだぜ」

聖はそう言い捨てると、そこからツカツカと去っていった。



「まるで、自分だけは違うみたいな言い方でしたね」
佐伯がポソリとつぶやく。

「そうだろうな。あいつはあんなやつだが、誰よりホストって仕事にプライドを持ってる奴だ。こうゆう進展のないハッキリしない事態に、イラついてるんだろう……昔からそうだった」
天馬がため息まじりに答えると、そこに翼が質問を投げ掛ける。

「社長、いいですか」
「どうした、翼?」
「俺と聖さんの勝負はともかく、どうなるんでしょうか、この件は。俺達が何もせず黙っていても、アリスがこのまんま何もしないとは考えられません」
「そうだな……。まず、奴の真の狙いが一体何なのかがわかればな」



翼はそこでピンときた。

アリスの子は一体何のためにこんなことをするのだろうか?


アリス・クレイアードと星羽会そのものが存在しない今、『アリスの子
』とはアリスの『意志を受け継いだ人物』ということになる。


一体だれが?


何のために?


翼は頭をひねったが、それ以上何か答えが返ってくるということはなかった。



「とにかく、今日俺達にできることを精一杯やるしかない」

翼も佐伯も、今天馬が言った一言にウンとうなずくしかできなかった。

もちろん、天馬本人も……。

そして、【Club Pegasus】は今日も通常どおりの営業を開始することにした。



「今日も一日やるぞっ!!」

天馬のその力強い始まりの声が、事件でテンションの沈んでいるホスト達の背中を押すのには十分だった。

とにかくやるしかない-
天馬は、まず自分の不安げな面を従業員に出さないことに全力を注いでいた。
それが、内情を深く知る翼には、発奮となると同時に苦しさすら覚えた。





「翼くん、ちょっといいかな」
由宇が翼へと話し掛ける。

「由宇さん?」
「アリスの子のこともあるだろうけど、売上の方は……聖さんとの勝負のことは大丈夫なのかい?」
「えぇ、今のところは何とか」
「あぁ、僕もさっき佐伯さんから聞いてみたけど、今のところは翼くんに分があるみたいだね。でも気をつけてくれ」
「もちろん、油断なんてするつもりはありませんよ」
「そうじゃない。油断とかじゃなくて、あの聖さんのことだ。今はまだ本気を出していないだろうし、バースデーあたりにまた一つ何かかましてくるに決まってるんだ」
「太客をまだ隠してるってことですか?」
「うん。こないだ聖さんは、華月結奈ってお客さんを連れてきただろう?あの人は、あのクラスのすごい太客をあと二人は持っている。もちろんそれ以外にも太客と言えるようなお客さんも多数抱えてる。翼くんも今やたくさんのお客さんを抱えてるけど、あの人と真っ向から勝負する以上は微塵の油断もしてほしくないんだ」
「肝に命じておきます」
「ごめん、僕がこんなこと言ってもって感じなんだけどね。……ちなみに、愛菜さんの方はどうなんだい?」
「今のところは退院できる状態ではないみたいですね」
「そうか」

由宇はふと肩を落とした。

「売上のため……という言い方はしたくないけど、今は愛菜さんの力を何とか借りたいところだね」
「……」

由宇の言葉に対し、翼は何も言わなかった。
彼の言葉が現実的にもっともな意見だったとしても、今の余裕のない精神状態の愛菜に売上の話を持ち込むことなど、翼にはとてもできなかった。

32-2

 
そして、そんな由宇の予感は的中することとなる。



数時間が経過し、盛況のうちに終わった営業終了後の【Pegasus】では-


聖の提案により、緊急のミーティングが開かれようとしていた。
翼たちナンバー上位を含むホスト全員が、フロアに集結する。

営業後ということもあり疲れを見せる者が多数だったが、ミーティングを始める際に聖から漂うただならぬ緊張感が、それらを強引に掻き消した。



「お疲れッス!!」
「お疲れッス!」
「みんな、仕事後で疲れてるところ悪いな」

聖は、そう言うとホスト全員に対し軽く頭を下げる。


「聖、一体ミーティングだなんて突然どうしたというんだ?」
天馬が問い掛けると、聖はフッと不敵に笑いながら再び口を開いた。


「みんなも知ってる通り、今月下旬…ってもあと半月くらいだが、No.1の翼クンと俺のバースデーがある」
「……」
「俺が25日、その3日後に翼クンの28日だ」
「それが、どうかしたのか?」
「まぁな天馬。ここで、いきなりの俺からの提案なんだが……」

聖は、咳をきって再び口を開いた。


「翼クンと俺のバースデーイベントを、一緒の日にするってのはどうかと思うんだ!」
「な、何??」

突然の予想外とも言える発言に、フロア内はざわめき始める。
すぐ横でそれを聞いていた翼や天馬も、さすがに驚きの表情を隠せなかった。


「聖、突然の意見だが……詳しく聞かせてくれ」
天馬が彼に話の先を促す。

「へっ……。まぁ、特に深い意味はないんだけどな。せっかく、この俺と翼クンの誕生日がこんなに近いんだ。三日間隔でいちいちイベント開くより、いっぺんにやった方が楽だろうと思ったのさ!それに……」
「それに?」
「俺と翼クンが真っ向から勝負をキメるにゃ、まさしく絶好の舞台だと思ってな。二人のホストのバースデー頂上対決なんて、お客さんにとっても燃えるコトだろう?」
「バースデー対決か」
「あぁ。でも、もちろん翼クンがよかったらの話だぜ?日にちだって、俺が翼クンの希望する日に合わせてもいい。どうだい天馬、佐伯さん?」

聖の言葉に、天馬と佐伯は黙りながら顔を見合わせる。


「俺はかまわん。それでお客さんたちが盛り上がってくれるならな」
「私も、社長に同意です」
そう言うと、二人は翼の方に目を向ける。
翔悟たち他のホストたち全員の視線……そして、聖の挑戦的とも言うような鋭い眼差しが、翼にすべて降り注いだ。

それらを、翼はただ冷静に受け止める。


「翼、あとはお前の答えひとつだ。聖からのこの話を、お前は受けるのか?」
天馬が問い掛けると、翼は数秒沈黙した後、コクリと首を縦に振った。

「やらせてください社長、聖さんとの合同バースデー」
翼は、何事もなかったかのように冷静に言い切った。
それを見て、聖はニヤリと笑みを浮かべる。


「さすが翼クンだ!ありがとう、俺の話にノッてくれて。正々堂々、俺らホストもお客さんも燃え尽きるような勝負をしよう!」


翼と聖の合意のもと、合同でのバースデーイベントを開催することが決定し、ミーティングに参加していたホストたちは、驚きのあまりその時の疲れをすべて忘れてしまったかのようにざわめき続けていた。

その後、ホストたちが解散した【Pegasus】の事務所には、翼・天馬・聖の3人が残っていた。


「あらためて……ありがとうな翼クン、俺の提案を受け入れてくれてさ」
「いえ。そのほうが盛り上がるし、物事が一度に済ませていいのは俺も同じですから。それに-」

翼は言葉を一旦止めると、聖を強い視線で見つめる。

「もし聖さんのバースデーに先に"変な事件"でも起こられたら困りますからね」
「はっ?どうゆう意味かなそれは」
笑っていた聖の表情が、一瞬で強張る。


「仮にあなたとアリスの使徒が繋がっていた場合、わざと"事件"を起こされて営業そのものが危うくされたら、俺のバースデーイベント自体も消えて勝負をうやむやにすることもできますからね」
「何が言いたいのかな、翼クン」
「別に、特に深い意味は。ただ、あなたに言いたいように言われっぱなしなのもシャクだっただけです」

翼は横目で聖をとらえながら冷静に言い放った。

「……言ってくれんじゃんよ、俺を疑うなんてさ!」
「あなたが俺達に感じてた疑心暗鬼を、そのまま俺もそっくり発言したまでです」
それまでどこかうすら笑いすら浮かべていた聖の表情もいつの間にか真剣になり、二人は凄まじいまでの視線をぶつけ合った。

「……」
その二人のやり取りを、天馬は何も横槍を入れることなくただじっと見つめる。

「まぁいいや。とりあえずさー翼クン、天馬-」
「はい?」
「この際に何だ、聖」


「28日の合同バースデーで、俺はあんたらを完膚なきまでに叩き潰して、この【Pegasus】をいただくからな!」
まるで今まで隠していたような恐ろしい野獣のような眼光を見せつつ、聖は二人に強く言い放った。


「フッ、まぁ健闘を祈るよ」
そう言い残し事務所を出ていった聖の気配が完全になくなると、翼と天馬はフッと苦笑いを零した。


「翼、お前も言うようになったな」
「言われっぱなしってのはけっこう嫌いなんです」
「聖のあんなマジな顔、久しぶりに見たな」
「俺もあんな風に疑うようにハッパかけましたが、どうやらあの人のホストの仕事にかける意気込みってのは、本気みたいですね。あの目付き、正直ゾクリとしました」
「あんだけ宣戦布告したんだ、勝算はあるのか?」
「さぁ、そればっかりはわかりません」

翼と天馬は、同時に煙草の火をつけながら再び苦笑いを零した。


「まぁ、とにかく頼んだぞ……翼」
「はいっ」

決戦の前祝いとでもいうかのように、翼と天馬はビールを注いだ互いのグラスを「カチン」と交わした。



翌日-

翼は、西総合病院に入院している羽月のもとを訪れていた。


「翼くん、いよいよもうすぐバースデーやなぁ」
「あぁ」
「何や、緊張してん?」
「聖さんや社長の手前、かなり強気でいったけど……実はな」
「そっかぁ。でもな、俺うれしいわ、そうやって俺にだけは弱音見せてくれんのが」
「羽月」
「相手は社長と五分を争ったほどの人やし、店の命運がかかってんやもん。だから、プレッシャーきついときは俺のトコ来て愚痴ってくれてえぇからな」
「……サンキュ」

患者着でも元気に笑う羽月は、見えない重圧がかかっている今の翼にとってはとても心強く思えていた。


「翼くん」
「ん?」
「何もしてあげることはできへんけど……俺は、ずっと翼くんの味方やからな!」


ずっと味方-

愛菜のことや星羽会事件のことを彼に隠している翼にとって、うれしいと同時に胸が痛む言葉だった。



「ありがとうな、羽月」
「そや!がんばれ翼くん!」

店が残るように-
早く退院できるように-

互いにエールを送るように、翼と羽月は笑い合った。



そしてどんどん日にちと時間は経過し-



運命の7月28日


翼は、聖との決戦のバースデーをついに迎えた。










そして、この日に



翼たちの運命を決定づける事件が起こるなど、



この時はまだ、誰も知る由もなかった。





                                                  第33章へ

 

 

続きはこちらから⇒http://p.booklog.jp/book/53358



 

いつも当作品をご愛読いただきまして、ありがとうございます!

 

第32章まで無料で掲載させていただきました本作ですが、第33章よりのvol.4から有料となります。

(既存掲載分は、これまで通り無料です。)

 

ストーリーのクライマックスにさしかかり大変恐縮ですが、自分の大切な作品の著作権保護のためでもあります。

そして何より、本当に自分の作品を必要としてくださる人たちへ感動を届けたい思いひとつでございます。

 

有料にする分だけ価値があるくらい、ここからは怒涛の展開が待っています。

数々の謎も解け、すべてが明かされます。

 

わたくしが渾身で書き上げたこの物語の最後まで、どうぞ見守っていただければと思います。

最後は、温かな感動の涙をお約束いたします。

 

近日中に、第33~35章までを一挙公開にさせていただきます。(第34章まで試し読み設定致します。)

 

 

どうぞ、よろしくお願い致します!

 

 

 

                                                                                                                                                  Kai Asakura

 

 


奥付



lost wing~傷ついた愛の羽根~(Ⅲ)

 

著者 : Kai
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/kaiweblg/profile


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