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29-1


『ドウシタノ?』
美空の手話による問い掛けにも、翼は反応できずに、光星の死亡を伝えるテレビ画面へとくぎづけになっていた。


「そんな…
!まさかあの人が
翼はそうつぶやきながら、放送されているニュース内容を一言一句聞き漏らさないよう努めていた。



『まさか、アリスの子!?』
翼の脳裏を、まずその名前がよぎった。

光星の"St.Alice"の使用がバレ、口封じのために彼を殺害した…

翼は恐怖を感じつつも、そんなもっともらしい推測を頭の中で浮かべていた。

そんな彼の肩に、美空は不安げな表情で手を置いていた。
我にかえったように、翼は彼女の方を見る。

「ゴメン、急にこんなニュースが流れたもんだからさ」
『コノ人私モ見タコトアル。確カ、同ジオ店ノ人デショウ?』
「あぁ」


翼は、【Pegasus】に入店してまだ間もない頃からの光星とのことを思い返していた。

ヘルプのときに無理に飲まされたこと…

店の外で殴られたこと…

ナンバー争いをしたこと…
そして、二日前のあの事件のこと…


今までに起きたことのすべてが、このニュースにより飽和した夢か何かのようになる感覚さえ覚えていた。




休日が明けた、次の日の夕方-

翼は、包帯で吊った腕を引きずるかのように、【Pegasus】へと向かっていた。

例のニュースが流れた昨日の昼間、翼は天馬のケータイへと電話をしたが、無論社長である彼の耳にその情報が入っていないはずはなかった。


翼は焦る気持ちを必死でおさえながら、店のあるビルのエレベーターで4Fへと上がっていった。

「社長!」
エントランスを通り、突然そう言いながら登場した翼の姿に、ミーティングをしていた【Pegasus】の一同は、一斉に驚きの表情を示していた。

「翼!」
「翼さん、その腕…
!?」
ざわめくその言葉の中を掻き分けながら、翼は天馬のもとへと近づいていった。

「翼、お前はまだ休んでなきゃだめだろう!」
天馬の心配をよそに、翼は彼に問いただした。

「社長、今はそんなことより、あのニュースは」
「光星のこと…
だな」
「えぇ」
「今、ミーティングでそのことについて話してたところだ。ニュースでウチの名前まで出た以上、正直芳しい状況ではないのは確かだ
…」

天馬は、タバコを手にとりすぐに火を燈す。
山盛りになっている吸い殻だらけの灰皿が、今の彼の心境を切実に語っているようにすら思えた。


「社長、もしかして客足にまで?」
翼がそう聞くと、天馬は煙を吐きながら答える。

「この間の光星が店で起こした暴動。そして今回の事件……俺のところにも、すごいほどの連絡がよこされた。掲示板サイトの書き込みも、炎上している状態になっちまってるらしいからな」
「そんな!お客さんの反応は
…!?」
「……」

天馬はそれ以上は語らなかった。


「翼」
代わりに答えるかのように、翔悟が口を開いた。

「翔悟さん」
「別に社長もお前に店に来るなと言ってるわけじゃないんだ。今のお前はとにもかくにも休むべきだ」
「でも」
「とにかく、影響があるかは今日の営業を見てからだ。お前は一日も早く包帯が取れるようになれ」

翔悟の言葉に、翼はしばらく考え込んだ末にコクリと頷いた。


「翼くん」
今度は由宇が翼に話し掛ける。

「店を心配している君の気持ちは十分にわかる。だが、今はこらえて怪我の回復に専念するんだ。お客さんや羽月くんのためにも」
「由宇さん」
「僕だって正直なところは不安でいっぱいさ。No.1ホストである君が不在の上に、光星さんがあんな風に刺し殺されてしまったんだからな
…」
「……わかりました」


「翼っ」
天馬が再び重い口を開いた。

「社長?」
「すまないな、怪我で療養しなければいけないお前にわざわざ心配させてしまって」
「いえ」
「とにかく、店の営業がどうかは後日お前のところにもちゃんと連絡する。それと
…」
「はい」
「わかってると思うが、羽月や愛菜には今は店のことは絶対に言うな。精神的に不安定な今は、二人には何も知らずゆっくりしてもらった方がいい」
「わかりました。じゃあ、俺は失礼します」


翼は、大勢のホスト達が見送る中【Club Pegasus】を後にした。


「……」

翼の帰り道を辿る足は遅かった。
怪我をしてるからでも、疲れがまだ残っているからでもない。

ただ、例のニュースや店のことが気掛かりで仕方なかった。
そんな彼が、一人でいるのを拒み美空のもとへ訪れるのは、そう不思議なことではなかった。



『オカエリナサイッ』

"楓"の扉を開けて、まだ客足のない店内から翼を迎えたのは、かわいらしい笑顔の美空が描く手話だった。

いらっしゃいませではなく、"お帰りなさい"
その言葉の変化が、今の彼には妙に心地よいものだった。

今まで孤独感に浸るのが普通に等しかった翼には、まるで温かいもう一つの家族ができたような感覚を与えていた。

そんな人間として何気ない日常のような空間が、ホスト『翼』のプレッシャーや苦悩から彼を解放するには十分だった。


そう、彼は美空という名の少女と一緒にいるだけで、元の『浅川一也』という名前の素直な青年の素顔を、少しずつだが確実に取り戻していたのだった。


人の心からの優しさと温もり…

それが、今の彼に唯一の安らぐ時間を与えていた。






それから数日の間-

気がつくと、翼は半ば同棲のように美空と寄り添っていた。

怪我を理由に店を休むように義務づけられていた彼には、過去に疲れていた心を解きほぐすような時間だった。


また、美空も自分の空気のような『声』と孤独な心を理解してくれる翼に、日がたつにつれ、さらに惹かれていった。


そんな二人が今まで見せたことのないような笑顔をさらけ出すのは、もはや時間の問題だった。


「よし…

翼は、左腕に巻かれていた包帯をくるくるっと解いていた。

「何とかいけるかな」
翼は左腕を肩を支点にゆっくり動かしていく。

「うん」
『ドウデスカ?』
「無理には動かせないけど…


翼は最後にそう言うと、ほほ笑みながら美空にウインクをする。
美空もそれを見てか、心配そうにしながらもホッとため息をついた。


「今日から仕事に行ける!」
『大丈夫?ホントニ』
「あぁ」
『……』
それ以降、美空は手話をすることもなく押し黙る。


「どうしたんだい?」
翼がそう問い掛けると、美空は何でもないと言うように首を横に振った。


「とにかく店に行ってくるな。社長に呼ばれたんだ」
翼は自分を見送る美空にそう告げ、小走りで【Pegasus】のある方へと向かっていった。




翼が今日【Pegasus】に来るよう頼まれたのは、この一日前の夜にかかってきた佐伯からの電話だった。



例の光星の殺傷事件に加え、翼と羽月の欠勤を原因としてか、【Club Pegasus】への客足が半分以下に途絶えてしまっているとのことだった。


今や常時稼動している翔悟や由宇の指名客すら店へのコンタクトを拒み始め、今までにない閑古鳥がなく状態に、今まさに店全体が危機を感じずにはいられなかった。


「わかりました、必ず行きます」
これまでにはなかった【Pegasus】のピンチに、翼はいてもたってもいられなかった。


そんな翼が、多少の痛みをかかえつつ【Pegasus】に近づいたときには、店のあるビルの前にひしめくカメラやマイクを持つマスコミの団体の姿があった。

そんな彼らが、店に近づいていた翼の存在に気付くのには、そう時間はいらないことだった。


「あっ、あなた…
【Club Pegasus】のNo.1の方ですよね!?」
一人の男性記者が大きい声でそう言うと、十数人ほどのマスコミ団体が一斉にマイクやカメラを翼へとめがけた。
それと同時に、凄まじいまでのフラッシュが翼の姿を照らす。


「どうなんですかNo.1として、この事件をどう思ってるんですか!?」
記者たちが詰め寄りながらも、翼は一切それらに応じることなくエレベーターの方へと向かっていった。


「……」

4Fにあるエレベーターが1Fへと戻ってくるまでのフラッシュをたかれるこの僅かな時間すら、今の翼にはとても永く感じられていた。

チーンという音とともにドアが開いたエレベーターにすぐに乗り込み、そそくさとそれを閉じるまで質問とフラッシュの嵐は止まることはなかった。



『ここまでマスコミが騒いでるなんて』

翼は、上のフロアに向かい上昇するエレベーターの中で、並々ならぬ【Pegasus】の現状に気付かざるを得なかった。

そしてそれは、店に到着した瞬間さらなる確信へと変わっていくこととなる。

「おはようございます-」

翼が【Pegasus】のエントランスを通りホールに入っていくと、そこからは言い合いの怒声が響いてきた。
しかし、その怒声は翼のあいさつをきっかけに一旦止まっていく。


「翼
…」
「翼さん…
!」

店中のホストたちが、一斉に包帯の無い翼の姿に目を注ぐ。


「翼、お前怪我は?」
翔悟が問い掛けると、翼は「大丈夫です」と言わんばかりに大きくうなずく。

しかし、翼がもっと気にしていたのは、ホストたちのいる真ん中で怒鳴る天馬と言い争っていた一人の人物だった。
その人物は、翼の方を振り向くやニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「よう、翼クン!」
「聖さん、でしたよね」
「何だ、俺のことをちゃんと覚えてくれてたなんて嬉しいねぇ」

淡いグレーのスーツに身を包んでいる聖は、楽しげに翼へと話し掛ける。
そんな彼に、翼は逆に問い掛けていった。


「聖さん、何故あなたがここに?それに-」
翼は、聖のすぐ横にいる天馬に視線を移した。

「社長に何を言ったんです?」
翼の問いに、聖は軽くフゥとため息をつきながら答えた。


「何をって人聞き悪いなー。単刀直入に言うとね、前にも天馬に話した通りさ。俺の予測通り、この店は"St.Alice"絡みの騒動で客足がパッタリ減ってしまったから、俺が何とかしてやろうって言ってたんだよ」
「何とか?」
翼は苛立ちを覚え始めた。

「そう、君がいなかったこの数日の間は、常に毎日満卓であるこの店が茶を引いてる状態になってしまってるわけさ。それを俺がどうにかしてやろうと、"とある条件"を言ったら、天馬に思いきり怒られてね」

聖のどこか見下すような口調に周りが抱く苛立ちを感じながらも、翼は冷静に彼の言葉を聞き続けた。


「ある条件とは何です?」
「ヘッヘー、それはね-」
天馬や翔悟たちの眉間に寄せたシワが、さらにその苛立ちを深く形作る。


29-2

 
「【Pegasus】の経営を俺に任せてくれないか……ってね、そう言ったんだ」
「なっ、何ですって!?」

聖のシンプルなまでの要点を絞った発言で、翼はそのまま言葉を失った。
そんな彼の表情を見てか、聖はニヤリとしながら続けた。


「あぁ、一つ言っておくけど今すぐってわけじゃないよ?あと1ヶ月、様子を見るつもりさ。ある条件付きでね」
「条件?」
「あぁ」

すると、聖はおもむろにタバコに火をつける。
そして煙をふくと同時に、その先の言葉を発した。


「俺が、ここのNo.1になったら……つまり、君に売上で勝ったらってことさ」
「売上で?」
「あぁ。待ってる俺の客にいっちょ声をかければ、暇になってるこの店もちょっとは潤うだろうしな。実際売上はこの店にもプラスになるんだ。いや……プラスどころか、俺の売上を超える奴が他にいるかどうか」

聖はそう言いながら、周囲のホスト達を見回す。
翔悟をはじめ、ホスト達は苦渋の色をその顔に浮かべながらも、押し黙っていた。

「ま、他のホストは置いといて……翼クン。俺と勝負してみる気はないか?他の奴らはともかく、天馬に続きあの愛菜さんを射止めたホストだ。それなりの勝負をできると思うんだが?」
「……」
「別に俺はここにいなくてもいいんだぜ?俺を欲しがってるホストクラブは、他に腐るほどあるからな。……まぁ、そうなったら、ここは経営的にやばいだろうがな…」
「……」
「そして、翼クン……君に俺と勝負する度胸と力があればの話だが?」
「……」

一方的に言い放つ聖に対し、翼は冷静さを保ちながら黙っていた。
そして、横にいる天馬に視線を向け、口を開く。


「社長」
「何だ、翼?」
「社長はどうゆう風にお考えなんですか?聖さんの意見を」
「……経営を譲る気はさらさらないが、経営者としては聖の案を飲まざるを得ない。今の【Pegasus】を救うには、それしかないだろうからな」

天馬も冷静にそう言った。
聖は口をニヤリとさせるも、翼はさらに続けた。


「社長、ならば店を存続させるためにも、聖さんのことを受け入れましょう。俺が彼と戦います」
「なっ!?」
翼の言葉に翔悟が割って入る。

「翼っ!お前自分が何を言っているか、わかってるのか!?この人はなぁ、【Unicornis】の不動のNo.1を張る歌舞伎町でもトップの実力者だぞ!?社長と張り合うまでのような人なんだぞ!?」
「翔悟さん、そんなのやってみなけりゃ-」
「確かにお前はNo.1だ……愛菜さんや他の客の指名もとって、俺なんかをとっくに追い越しちまうくらいにな。でも、今回ばかりはいくらお前でも相手が悪すぎる!」
「翔悟さん……俺は-」
「これはお前一人のことで済む問題じゃあ-」
翔悟が翼にそう言いかけた時だった。


「翔悟ぉっ!!」
翔悟はビクリと肩をひそめた。
彼を思いきり一喝したのは、天馬だった。

「社長ぉ?!」
「今のNo.1は翼だ。決めさせてやれ」
「で、でも!」


そこに聖がさらに割って入る。
「翔悟よぉ……俺もNo.2に下がったお前のつまらない意見なんか聞く気がないんだよな?俺が自分のこの耳を傾けてやる資格があるのは、その翼クンと天馬の言葉だけだ。お前がでしゃばる場所じゃねぇんだよ、な?」
「ぐっ……」
「だからお前は【Unicornis】でNo.1になれず、楽なここに逃げたんだろうがな」
聖に鋭く言い捨てられ、翔悟はそれ以上口を開くことはできなかった。


「で、天馬よぉ。俺をここのホストとして雇うんだよなぁ?そして、俺が彼に勝ったらこの店譲ってくれんだよなぁ??」
「いいも何も、俺は店の衰退より翼に賭けるさ。あとはコイツの気持ち次第だが。翼、お前はあらためてどうなんだ?」


天馬からの問い掛けに、翼は首を縦に振りながら答える。
「やります俺、聖さんと勝負して……勝ってみせます」

翼のその言葉を聞いて、天馬はフッと笑みをこぼした。

「No.1のお前がハッキリそう断言したんだ、俺はその言葉信じるぞ」
翼と天馬はその視線を合わせた。



『違う……今までの翼と、瞳の色や輝きがどこか違う!』



天馬は、翼のそんな変化に薄々感づき始めていた。

「ハハッ!じゃあ決まりだな天馬、翼クン。これでようやく俺の客にも顔向けができるってもんだぜ。じゃあ、来月……7月いっぱいの売上の総額で勝負を決める。それでいいな?」
「あぁ」
「はい」

翼と天馬が了承したのを確認すると、聖は不敵な笑いをこぼしながら翼に手を差し延べる。

「あらためて、よろしく翼クン。勝負にならんかもしれないが……まぁ正々堂々と戦ってくれ。また明日な」
最後に「フン」と鼻を鳴らし、聖は【Pegasus】を後にしていった。





「社長、いいんですか?」
「何だ佐伯」
「いくら翼が今No.1だと言っても、相手があの天才ホストと言われた天城聖じゃあまりにもハードルが高いと思うんですが……」
「確かにな。だが、さっきの翼の目を見たか?」
「翼の目?」
「あぁ。今までにないような、輝きみたいなものが宿っていやがった」
「社長」
「はっ……何からしくない発言してるのはわかってるんだが……何でかな、今はあいつのことを信じてみたくなったのかもな」

天馬はどこか嬉しそうにタバコを口にくわえていた。

ミーティングが終わり、ホスト達は営業までの少ない時間をそれぞれに過ごしていた。

「翼」
「翼くん」
翔悟と由宇が翼に声をかける。

「翔悟さん、由宇さん」
「お前、マジで聖さんに挑むつもりか?」
「えぇ」
「あの人がどんだけすごいホストか、お前わかってて勝負受けたのか?あの人は、俺なんかとは比べもんにならんくらいすごい実力者だ。愛菜さんが入院してる今、勝算はあるのか?」
「正直、勝てるかどうかなんてわかりません。ただ-」
「ただ?」
「ホストとして俺を育ててくれたこの店を、潰すようなことはしたくないんです。それに……」



『ここは、俺と羽月を出会わせてくれた場所だから-』

翔悟と話す中で、翼はいつも元気でここで接客していた羽月とのことを思い返していた。


「そっか」
由宇がそう言いながら、翼の右肩にポンと手を置く。

「No.1の君がそう言うなら、僕は何も言わない。力になれるかわからないが、陰ながら応援するよ」
「由宇さん」
「で、いいでしょ、翔悟さん?光星さんのこともあって辛いけどさ、今は翼くんを支えていこうよ」
由宇がそう言うと、翔悟は口を尖らしながら顔を背ける。

「……だけだぞ」
「えっ?」
「今回だけだぞ。納得はしてないけど社長の判断でもあるし、店が潰れるのも聖さんの下にまたつくのも嫌なだけだからな」
視線は合わせなかったものの、翔悟の遠回しな言葉は、その場にいる翼と由宇にはしっかりと伝わっていた。

「まったく、素直じゃないなぁ」
由宇がため息をつきながらそう呟くも、翼の内心はどこか軽くなっていく感覚を覚えていた。



『【Club Pegasus】は、絶対に俺が守らなきゃ』



新たな決意をそれぞれ胸に、翼vs聖の
店の命運をかけたNo.1ホスト同士の熾烈な勝負の幕が、今明けようとしていた。





                                                   第30章へ

30-1


聖との店の存続をかけた勝負を宣言してからの翌日、翼が完全復帰を果たした【Club Pegasus】は、にわかながら雰囲気を盛り返し始めていた。
しかし、以前のように満卓の様子は見られず、ちらほらと空席が目立つことも事実だった。

翼をはじめ、【Pegasus】の一同はこの状態を何とか回復しようと努めてはいたが、『謎の薬物』と『殺人』のキーワードが絡んでか、店への客足は芳しいものではなかった。


「くそっ、こっちもダメか」
ケータイを睨みながら翔悟がつぶやく。

「翔悟さん、どう?」
「難しいな、こりゃ」
翔悟と由宇は深くため息をつく。


「何とか翼くんが復帰してくれたから入ってるけど、彼のお客さんだって躊躇してる人もいるはずだしね……」
「あぁ。だが由宇よ」
「えっ?」
「何であんなことしちまったんだろうな……あいつ」
「翔悟さん」
「俺、許せねぇよ。あいつをあんな風にしちまった"Alice"ってもんがよ」
「……」


由宇の目に映る悩ましげな翔悟が思うのは、先日事件の当事者となった光星のことだった。
翔悟と光星は、【Unicornis】時代から共に切磋琢磨してきた間柄だけに、その間柄を知る由宇は何も言うことはなかった。

「翔悟さん、光星さんのことは僕も悔しいよ。でも、今はお店のことを考えようよ。一番つらいのは社長なんだし」
「あぁ、そうだな」
「それに、今日からでしょ?聖さんが出勤してくるのって」
「あぁ」

時間は午後7時を過ぎていたが、あれだけ大口を叩いていた聖が出勤してくる様子は未だなかった。
翔悟と由宇は、それにも目をやっていた。


『このまま来なければいい』

翔悟たちの頭の中では、そんな言葉すら浮かんでいた。



一方、フロアで接客している翼はというと-


「もう、心配したよ~。翼が怪我したとか聞いたからさぁ、あたしてっきり光星と同じ事件に巻き込まれたのかって……」
「あぁ、心配かけてゴメン。事件があったときにタイミング悪くなった感じで、俺は自分のドジで転んだだけだからさ!」
「それならいいけどさ……ってよくもないか。でも、ホント翼が何事もなくてよかった」
「ありがとう、千春ちゃん」
「でもさこの店、やっぱりお客さん減っちゃったんだね」
「うん……まぁ、あんだけマスコミとかもたきつけてきたしね。でも大丈夫、【Pegasus】はこれからもいつも通~り楽しいトコだから!」
「だよね!てか、あたしは【Pegasus】ってよりも、翼に会えればいいんだよね☆」


翼はとにかく女性客の不安を取り除きつつ普段通り楽しんでもらうことに……
そして自分がNo.1なんだという責任感が、他のホスト達への見本ともなるように必死で接客に努めていた。

とにかく、やるしかない-
そんな姿勢が、窮地に陥っていた【Club Pegasus】全体の調子を、少しずつではあるが元に戻そうとしていた。

しかし、そんな中一組の新規の女性客が来店することとなる。



「いらっしゃいませぇ!!」

ホストたちが元気よく迎える中、エントランスから入ってきたのは、自信満々な聖に連れられた一人の白いドレスを身に包んだ美しいホステス風の女性だった。
そこへ、佐伯が早速駆け付ける。


「いらっしゃいませお客様。当店は初めてでございますか?」

佐伯がそう言うと、その女性客はニコリとしながら答える。

「えぇ。私、彼に連れられてここに来ました」
彼女は、聖に腕を組みながらにこやかに店内を見渡す。

「へぇ~。いいお店ね。【Unicornis】より綺麗なんじゃない?」
「かな?まぁ、近々俺のものになるからな…。あ、佐伯さん……電話で話しといた席にご案内しますね」

そう言うと、聖と女性客はフロアの方へと優雅に歩いていった。



「聖の奴め、いきなり彼女を連れてきたか」
佐伯一人となったエントランスに、天馬が現れる。

「彼女?社長、聖さんがお連れになったあの人は?」
「歌舞伎町の人間でも、お水の世界じゃ知ってる人間は知ってる、六本木の大物だ」
「六本木??では彼女は」
「あぁ」

天馬は、ひと呼吸置きながら答えた。
「彼女の名前は【華月 結奈<カツキ ユウナ>】。六本木のある店で最高のカリスマホステスと呼ばれる人物だ」


天馬がそう言う中、聖は結奈とともにソファへと腰をおろす。

「おーい、そこの」
聖はおもむろに、フロアに立っている一人のホストをヘルプとして呼んだ。

「は、はい」
ホストが聖と結奈の座る前に駆け付けると、聖はパチンと指を鳴らしながら彼に言った。


「とりあえず、ゴールドな」
「えっ?」
「ゴールドだよゴールド、ドンペリの。在庫がないわけじゃないよな?それともお前、天馬からそんなことも教えてもらってないのか?」
「あ、わかりました。すぐに-」
「コールもすぐによこせ。他の指名がないホスト全部よこしてな」

聖の見下すような言葉が、少しずつ店内をどよめきに導いていった。


「い、いきなり最初からゴールドかよ……。相変わらず派手にやらかしてくれるぜ」
翔悟がその光景を見つめながらつぶやいた。
そして、聖の隣で優雅な笑みを浮かべる結奈の方に目を向ける。


『結奈……』

彼女を見つめながら心の中でつぶやく翔悟の表情は、次第に切なさを帯び始めていた。


「翔悟」
「しゃ、社長」
「見ると辛いか、彼女を」
「いえ、もう昔のことですから」

翔悟は小さい声でそう言いながら、天馬のもとから離れていった。


「翔悟……」
天馬は、いつになく小さい翔悟の背中を、ただ見守るように見つめていた。



一方-

翼は、何組も訪れた指名客のいるテーブルを回りに回っていた。


「翼よかったよぉ。何もなくて……」
梨麻は、泣きながら翼の肩へと抱き着いた。

「梨麻」
「ホントにね、心配したんだよ……。翼あの時光星さん追ってったのわかるし、あのニュース見てからもう二度と戻らないんじゃないかって思ったの」
「心配かけてゴメン。でも、俺は転んで肩を打っただけだから」
「ホントに?刺されたりしてない??」
「あぁ、転んだ"打撲"はまだ痛むけど、もうお店では支障はない程度だし、俺は全っ然大丈夫だよ!」
「よかった……ホントによかった……」

梨麻が泣きじゃくる中でも、店の中では連続したシャンパンコールが次々ととどまることなく巻き起こっていた。


「あの人、今までお店では見たことないけど、だれ?」
今の今まで泣いていた梨麻も、連続するシャンパンコールにはさすがに気にせざるを得なかった。

「あぁ、今日からこの店に入った聖って人だよ。【Unicornis】から移籍になった人でね」
「【Unicornis】って、前に一斉摘発になった、あの!?」
「あぁ、実は俺が休んでていない間にも警察がここに来たらしいんだけどね。事情聴取だけで何とか大丈夫だったらしいけど」



『ん-?』



翼はここで、一つの疑問を抱いた。



『まてよ……【Unicornis】をあんな簡単に摘発に追いやった"St.Alice"の騒動に絡んでるのに、そもそも何で今普通に営業ができて-』

その時、翼はあるコトを思い出した。



『まだ噂の段階にしろ、"St.Alice"を仕込んだアリスの使徒は、この店の中にいる……。ちょっと待て』

翼は店の中をこっそり見回した。

一見日常のように落ち着いているこの中に、『アリスの使徒』と名乗る凶悪な人物がいる……

翼は不本意ながらも、ある人物へ徐々に疑惑の目を向け始めていた。



『いや、そんなはずない……あの人が-』



「どうしたの翼?ぼーっとしちゃって」
梨麻の言葉で、翼はハッと我に返る。

「あっ、ゴメンゴメン。ちょっと頭も打っちゃったかな~なんて」
「もーう」
翼と梨麻は、クスクスと笑い合った。

「さぁ、今日は翼の復帰祝いであたしもシャンパン開けるよぉ~!」
梨麻は、それまでの悲しい表情を無理矢理ふっ切るかのように、声を上げた。

他愛のない話もあり、光星の事件で果穂が悲しみ落ち込んでいることまで、翼はいつものように親身になり接客していった。


しかし、彼の頭の片すみには、先程の一つの疑問が常にこびりつくように残っていた。










アリスの子の正体-



謎に包まれたこの存在を、翼は気にせずにはいられなかった。





そんな中、【Club Pegasus】は何とか盛り上げをキープしつつ、この日の営業を終えていった。



「お疲れっす!!」
「お疲れ様っす!!」

【Pegasus】の一同は営業終了後の最後のミーティングを終え、各々に解散していった。


「よぉ翼クン、お疲れぃ」
聖が翼へと話し掛ける。

「お疲れ様です、聖さん」
翼も冷静な口調で、それに返す。


「しかしさすがたな、翼クンは」
「えっ?」
「今日一日見てたけど、わずか半年でここまで来ただけのことはあるよ。天馬のやつが認めるだけはあるなーと」
「どうも」
「まっ、7月いっぱいの締めまで、お互いにがんばろうや」

聖は翼の左肩を軽くポンと叩くと、すでに営業終了後の店から出るためにエントランスの方へと歩いていった。



『天城……聖』

翼の視線は、その視界からいなくなるまで、聖の堂々とした後ろ姿を捉えていた。



「翼、ちょっといいか」
天馬が翼へと声をかける。

「社長?」
「どうだ、今日の聖を見て?」
天馬と翼は、同時に軽く息を呑んだ。

「まだ初日なのでまだ詳しくは何を言っていいのかですが、実力はとてもある人ですね」
「そうか。実際に、お前には自信はあるか?」
「それは何とも言えませんが……ただ-」
「ただ?」
「絶対に、負けられません」
「そうか、それを聞いて俺も心強いぞ。それに……」

天馬は、一本のくわえた煙草に火をつけた。

「今月は荒れるぞ、うちは」
「えっ?どういうことですか?」
翼は慌てて聞き返した。

「今月、翼は誕生日だよな」
「え、えぇ。28日ですが?」
「だったら勝機はそこだ。バースデーイベントだ」
「バースデーイベント……!」
「お前はうちのNo.1だ。もちろんバースデーは開催するし、そうすればお前の売上もさらに跳ね上がるだろう」
「そ、そうか!それなら!」
翼が意気揚々とそう言ったが、天馬は冷静な表情を保ったままだった。

「社長?」
「だがな翼……幸か不幸か、偶然にもその日の三日前……25日は聖の誕生日だ」
「なっ…!?てことは」
「あぁ。荒れるってのはそうゆうことだ。光星の件が重なって弱ってる現在のうちの店を、自分のバースデーを利用して乗っとる気だ。今日いきなり、六本木から太客の一人を連れてきたのも、あいつなりの宣戦布告だろう」
眉間に皺を寄せた天馬は、煙をふきながらつぶやいた。


「翼……現役のときの俺は、愛菜や他のお客の力があったのもあり、何とか聖には勝てたが……今のあいつはあの時以上の売上を出すホストに成長しているかもしれん。それでも-」
「それでも俺はあの人に勝って、この店を守ってみせます」

翼は、鋭い眼差しを向けながら天馬に言い放った。



『やっぱりだ。やっぱり今までの翼と何かが違う』



翼に対する違和感にどこか気付いていたものの、天馬はそれ以上は何も言わなかった。
何より、今の【Pegasus】を救う唯一の勝機は、翼のバースデーイベントだということを天馬自身も理解していたからだった。


「とにかく……俺は今月のあの人との勝負、全力で挑んで勝ってみせます」

翼はそう宣言し、納得した天馬に見送られるように【Pegasus】を出た。

30-2

 
店からの帰り道、翼は歩きながら考え込んでいた。


『突き止めた方がいいだろうな』

何かを思い立つと、翼はそのまま美空のもとへと向かっていった。





『オカエリナサイ☆』

"楓"に戻ると、美空が明るい笑顔で翼を迎えた。


「……」
『ドウシタノ?』
「あ……いや」

翼は、考え込んだ末に美空に問い掛けた。


「なぁ、あの時ここで無銭飲食しようとした酔っ払いいたよな。あいつの社員証、あるかな?」
『ウン。取リニ来ルンジャナイカト思ッテ、トッテオイタケド……ドウシタノ?』
「明日、昼間にそいつの会社に行ってくる」
『ソノ人ノ会社ヘ?ドウシテ?』
「ちょっとね、確かめたいことがあるんだ。そこの社長さんとは、顔見知りなもんでね」

翼は、『株式会社アサカワカンパニー』と表記された社員証を鋭い目付きで凝視していた。



翌日-

午前10時差し掛かろうとしていた晴れた日の朝、翼は『アサカワカンパニー』の壮観なる本社ビルの前へと来ていた。


「……久しぶりだな、ここに来るのも」

スーツをビシッと纏った翼は、大きいエントランスをくぐり抜け、受付のところまでゆっくりと何かを噛み締めるように歩いていった。
カツン……カツンと鳴る自らの足音がいつも以上に耳に響くのは、久しぶりに対面する社長である父親への緊張感だけではなかった。


「あの」
インフォメーションに座る受付嬢二人に話し掛けると、彼女達は数秒翼のことを見つめた。

明らかに営業にも来たわけではないその風貌に、彼女達はただただ戸惑うばかりだった。

「あの……恐れ入りますが、アポイントか何かは?どういった御用件でしょうか?」
一人の受付嬢がそう言うと、翼は再び口を開く。

「社長に一言お伝えください。"一也"が来た……と」
「そ、そう申されましても、ただそれだけでは社長のところにお通しするわけには-」
受付嬢がそう答えると、隣にいる翼から見て右側のもう一人が何かに気付いたようにそこへ割って入る。

「あの……もしかして、一也様ですか?社長の息子様の」
彼女の言葉に、翼はゆっくりと首を縦に振った。

「えぇ、そうです。以前と雰囲気は変わっているかもしれませんが、僕は"浅川一也"です。社長につないでいただけますか?ちょっと急な用事なんです」
「は、はい。すぐにおつなぎします」

受付嬢たちは、翼の正体に気がついた途端に態度を変え、社長室へのコールを開始した。

すると、すぐに通話は終わり、彼女たちは「どうぞ」と言いながら翼をエレベーターの方へと導いていった。


「ありがとうございます。突然のことで驚かせてしまってすみません」
翼は、受付嬢二人にそう言って頭を下げると、一人社長室へと向かっていった。


「一也さん、あんなにホストっぽくなって……。今までどこで何をしていたのかしら」
受付嬢たちは、そうつぶやきながら、翼の後ろ姿を見つめていた。

翼は上昇していくエレベーターの中で、不思議なほどの懐かしさと緊張を同時に感じていた。

あの時以来、亀裂の未だ入ったままの状態の父親と対面することは、彼の心拍を著しくしていた。



エレベーターをおり、翼は【社長室】と表示されているドアの前へと立った。
胸の鼓動がさらに激しさを増していく中、彼は優雅な雰囲気さえ漂うドアに二回ほど握りこぶしを「コンコン」と当てる。

「どうぞ」
閉ざされたドアの奥から、過去の悔やみと懐かしさを同時に彷彿させる声が翼の耳へと届いた。

「失礼します」
翼は、【一也】とは名乗らず、そのままドアをゆっくり開け、社長室の中へと足を踏み入れていった。


「……」

中には、窓から外を眺めているのか、ドアにいる翼に背を向けている背広姿の男性が立っていた。

翼は、ドアをガチャリと閉めると、その彼の方へとゆっくりと足を進めていった。
十歩ほど歩いてソファへと差し掛かったところで、翼はその足を止める。

その後、二人の間には重い沈黙が数分ほど流れた。

お互いどう切り出すかを探り合うかのように、翼はめの前に立つ父の背中を見つめ、父はわずかに肩ごしに翼を見る。

しかし、そんな重苦しく…長く感じられた沈黙は、父の言葉によって破られた。


「久しぶりだな、一也……」
「えぇ」
翼も一言のみで反応する。

「元気だったか」
「えぇ…」
「ちゃんと、飯は食ってるのか」
「じゃなきゃ死んでます」

二人の背を向けたままの会話は、再びそこで一旦途切れる。
しかし、沈黙はそう長くは続かなかった。


「一也、こんな会話をするためにわざわざお前が来たわけじゃないんだろう?」
何かを読み取ったように、父は翼へ問い掛ける。

「えぇ。ホントは顔も見たくもないし、話したくもない」
翼も冷静な口調で返す。

「なら単刀直入に話の要件を切り出せ。私もそんなにヒマではないんだ」
「なら話が早い。じゃあお聞きします」

翼は緊張を抑えるようにひと呼吸おくと、改まったように再び口を開いた。


「単刀直入に聞かせていただきます。この会社、【アサカワカンパニー】と星羽会のことについてです」

翼がそう言い切った瞬間、父は何かにとても驚いたのか、翼の方を振り向いては、まるで心臓が止まったかのように固まった。


「?どうしたんです?」
「一也お前、どうしてそんなことを!?」
「??」
「どうしてお前が星羽会のことを!?」

意味もわからず声を荒げる父に、翼はキッと鋭い視線を送った。


「関係あったんだ、ホントに?」
「一也……お前何を」
「俺は今、歌舞伎町の一部で騒動の発端になってる"星羽会"と"St.Alice"のことを探ってるんだ。調べてたら、この【アサカワカンパニー】の名前にたどりついたんだ」
「!」
「どういうことなんです?この会社を含め数社が、"St.Alice"に関与していた事実って?」
「……」
「この薬物の件には、俺の友人も絡んで酷いめにあわされたんだ。黙らずに教えてくれますよね?」
「……」

父は、息子である翼の前で、しばらくの間黙秘を続けたが、もはや言い逃れすらできない状態であることは、自らが一番よくわかっていた。

そして、父は翼の方へと身体の正面を向けた。


「私も噂で都内の一部にアリスの子が出没し『アレ』を再び流出させているなどと耳にしたが……まさかそれが事実で、しかもお前が絡んでいるとはな。皮肉なものだ」
「教えて下さい。"St.Alice"と……星羽会とこの会社に、昔一体何があったんですか?星羽会とは、そしてアリスの子とは一体何なんですか!?」

翼が問いただすと、父は何かを覚悟したかのように、ゆっくりと語りだした。


「星羽会のことだが……そのことに触れるには、我々がしてきたことを先に話さなければならないだろうな」
「してきたこと?」
「そうだ。一也、お前も知っているだろう。我が社の製造・流通における部門では、薬物を取り扱っていることを」
「あぁ」
「そこに、薬物開発に携わっていたある一人の人物がいたのだ。彼は、天才的なその技術と海外の知識を融合させ、ひそかに我が社の中である実験を進めていた」
「実験……?まさか-」
「そうだ。"St.Alice"の前身ともなる、薬物兵器の実験だ。そして-」

父はひと呼吸おいた。

「彼の名前はルペス・クレイアード。星羽会のマザーと呼ばれたアリス・クレイアードの実弟だ」

翼は目を疑った。


「ルペス・クレイアード……!あの"手紙"に載っていたルペスがアサカワカンパニーにいただって!?じゃあ、"St.Alice"を造って流通させたのは……!」
翼の言葉に父は目を背けながら答えた。


「そうだ。あの薬物兵器"St.Alice"は、我がアサカワカンパニーの手によって造られたのだ」


父が自分の前で語り明かし始めた衝撃的事実-

しかし、さらなる事実が息子である翼(一也)を襲おうとしていた。





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31-1

 
翼と父は、今にも火花が激しく飛び散りそうなその鋭い視線を再びぶつけ合った。

「では聞かせてもらえますか?アサカワカンパニーと星羽会のことを」
翼がそう言うと、にわか俯く父は何かを覚悟したように語り始めた。


「どこから話せばいいか……。まず……我がアサカワカンパニーは、30年前に薬品事業に手を出し始めていた。高度経済成長を過ぎ、バブルと呼ばれていたあの頃、アサカワの当時の社長は新たに薬品事業を展開することを思い付いていたんだ」
「当時の社長って」
「私の父……もう亡くなったお前のおじいさんだ。あの方は、当時には斬新なその経営理念により、日本には無い新しい薬品開発のプロジェクトを施行していたんだ。彼は、その際に一人の天才科学者を海外から招いた。それが、ルペス・クレイアード博士だ」

父の言葉に、翼はただ息を呑みながら聞き入っていた。
父は続けた。


「当時、前社長は正体を知らずルペスを薬品部開発プロジェクトの責任者へと任命した。彼はアメリカでの実績もさながら、どこの会社や研究所もが欲しがる奇跡の人材だったからだ」
「……」
「だが…それこそが、ルペス…星羽会の狙いだった。当時目立っていなかったにせよ、星羽会信徒である素性を隠せたルペスにとっては、我が社の開発や研究における全ての資産が利用できる好都合なものに過ぎなかったのだ。彼は製品開発の合間に、ひそかに"St.Alice"の研究と開発…流通に至るまでの全てを計画していた……」

「ルペスは開発をする場所と予算のためにそんな?てか、ルペスのその計画に一体誰が気付いたんです?」
翼が問い掛けると、父は軽く咳き込みながら再び続けた。

「あの時、何も気付かずにいた私達にルペスの企みを教えてくれた一人の女性がいたんだ。彼女は自らの危険も省みずに、当時恋人として交際していた私にそのことを伝えてくれたんだ」
「恋人って……?」
「もう今や私とは30年以上になる家内……つまりお前のお母さんのことだ」
「な、何だって!?」

思わぬ言葉に、それまで冷静さを保っていた翼は次第にその表情を驚きへと変えていった。


「どうゆうことなんですか!?どうして……あの人が……!」
「お前や圭介には黙ってはいたが……母さんは、星羽会信徒の家系の人間だったのだ」
「なっ!?」

翼が言葉を失う中、父はさらに続けた。


「当然私も驚きはしたがな。だが肝心なのはそこじゃないんだ。母さんは、自分の父親……ようするにお前のもう一人のおじいさんが幹部信徒だったこともあり、ある恐ろしい計画のことを耳にしていたのだ」
「まさか……【Mother-Project<マザー・プロジェクト>】!?」

翼が聞き返すと、父はうなずきながら続けた。


「表は善のはずだった星羽会とアリスの計画に恐ろしさを感じ始めていた母さんは、そのマザー・プロジェクトの全容を私達に教えてくれたのだ。いや、それ以上に助けを求めてきていたんだ」
「助けを?」
「星羽会代表アリスは、一部の信徒を使って"St.Alice"の実験をしようとしていたんだ」
「何だってそんなこと……!」
「そのとおりだ。当時若く信教に馴染みの比較的少なかった母さんは、"St.Alice"を自ら服用することなく私のところへとやってきたのだ。もうすでに……家族が全員死亡した深い悲しみを背負ってな」
「自ら服用?家族が??」
「アリスは、マザー・プロジェクトの第一段階と称した『実験』して、"St.Alice"の服用を一部の信徒に課したんだ。もちろん母さんの家族にも……人の狂気を呼び覚まし、命を縮める、あの殺戮兵器をな!!」

話が進むたびに、父の声が強さと切なさを増していった。
翼は、それをそのまま聞き続けた。

「聞いた話だけだが……母さんの家族は、母さんが見ている前で狂ったような地獄絵図の中で殺し合って死んでいったそうだ……」
「……!」
「私は"St.Alice"の開発と流通を食い止めるべく、社長とルペス……そして共に開発に携わっていたKK社に掛け合った」
「KKだって!?俺があの時勤めていたあの会社も"St.Alice"に関わっていたなんて!」
「うむ。しかし、時は遅かった。星羽会は、時間をかけて日本を中心にマザー・プロジェクトを展開し、その名の通り世界を"母"に帰すように破滅に導こうとしていた」

言葉を失い続ける翼を前に、父の言葉から出る事実はまだ終わらなかった。


「その後、ルペスの所業をを追求した前社長と私だったが、気付いたときには彼の姿は無かった。警察でも彼の行方を追うこともかなわずな。しかし、その後ルペスは長い年月をかけ"St.Alice"をさらに完全なものとし、10年ほど前……それをその先駆けとして新宿の歌舞伎町に流出させた。"St.Alice"は、街の一部に流出し、高額な取引にさえも使われるような、狂気の薬物として世に出ることになってしまったのだ。それがお前もニュースなどで知っているであう、あの-」
「"星羽会事件"ですね?」
父はゆっくりうなずいた。

「そうだ。街に流出させるだけでなく、信教の行動自体に不信を抱いていた当時の信徒らを実験台とし、虐殺をしていたのだ」



『そうか……愛菜と羽月の家族はそれで……!』




翼は、以前愛菜から聞いていた家族のいきさつと、目の前にいる父からの話を照らし合わせていた。

父はさらに続けた。


「世間に恐ろしい計画が『神代』という名の人物の手によって漏れ、アリスもろとも星羽会は殲滅されたはずだった。が……まさか、こんな事態が起きてようとはな。しかも……こんなときに!」
「こんなとき?どうゆうことですか?」

突然苦渋の表情を浮かべた父に、翼はストレートに問い掛ける。




すると、父は右手で顔をおさえながら答えた。


「よく聞け、一也……」
「何だよ急に」
「現在母さんが病気なのは知っているな?」
「えぇ」
「急に病気になったことも、病状の進行が著しいのも知っているな?」
「えぇ」
「あの時……お前が紗恵さんを家に連れてきたときに、母さんが不可解なほどの行動をとったことは覚えているな??」
「えぇ。それが何か……?」

そう口にしたとき、翼はハッとしながら目を大きく見開いた。


「それって……まさか??」
そう口にした翼の頭の中で、恐ろしいイメージが電光石火のごとく走った。

しかし、父はすぐにイエスともノーとも答えなかったが、わずかな沈黙の後に苦しげに再び口を開いた。

「母さんは……"St.Alice"に冒されている」

「えっ……?」



二人の間の時間が止まったかのように、再び重い沈黙が訪れた。

しかし、それも長くは続かなかった。



「あの人が……"St.Alice"に?そんな、30年前の"実験"のときは、服用しなかったはずでは!?」
翼がそう声を上げると、父は半ば顔を臥せながら重い口を開いた。

「私もいつどのようにして使用されたのかまではわからん。ただ、母さんは何らかのタイミングで"St.Alice"を服用していたんだ……」
「……そんな……」

冷静さを失い、言葉さえも翼は失っていった。
しかし、父の口から語られる事実は、まだ終わってはいなかった。


「一也……今でもお前は母さんを憎いだろうが、母さんも星羽会と"St.Alice"に運命を狂わされた被害者なんだ。そこだけは理解してくれ」
「……」
「それに-」
「?」
「家族が無くなった母さんには、10年前まで当時離れて住んでいた、たった一人の肉親……兄がいたんだ」
「兄……?初めて聞きましたが、それがどうしたんです」
「……」


父は突然黙ってしまった。
それを不振に思った翼は、追求するように父のことを問いただした。

「どうしたんです、急に」
「……これは"St.Alice"製造に加担した私の因果応報とも言えることなのかもしれないが……」
「??」
「母さんを匿った私と彼女への報復だろうか。星羽会は……アリスは……」


父は息を呑んだ後、額から汗を垂らしながら次の言葉を放った。


「裏切り者の親族として……『みせしめ』という形で、母さんの兄夫婦を虐殺したのだ」
「虐殺!?」
「そうだ。表向きは強盗事件などとして処理されてはいるが、あれはどう見てもアリスが手を下したこととして間違いないだろう。彼らには、まだ年端もいかない子供たちもいたというのに……」
「子供たち?」
「母さんの兄夫婦には、その当時15歳の娘さんと10歳の息子がいたらしい。何故か奇跡的にその子たちは無事だったらしいが………」

翼は思わず目を見開いた。
父から出たキーワードにより、彼は以前酔った羽月がふと漏らした言葉を思い出していた。







『10年前……15歳の娘と10歳の息子……事故に見せかけた両親の虐殺……』










"翼くん、俺の両親はアサカワカンパニーの浅川って男に殺されたんや……!"












翼の中で恐ろしいまでの不安とともに、いくつもの絡みあった糸が解け、一本になろうとしていた。

そして、翼はあらたまったように父に問い掛ける。



「あの……旧姓……あの人の……オフクロの旧姓は、何て?」
「母さんの旧姓??……確か-」

父の言葉言葉に、翼は息を止めたまま聞き入っていた。

そして-



「確か『星宮』だな」





『……星宮……!』





翼はガクリと膝をついた。

「一也、どうしたんだ!?」
父が手を差し延べると、翼は「大丈夫」とばかりに、ゆっくりと片足ずつ立ち上がり身体を起こしていった。

「一也?」
「もう……いいです」
「いい?」
「もう、十分聞かせていただきました……忙しい中、貴重な時間をすみません」

翼は、力無く最後に父にそう告げて社長室から出るドアにゆっくりと歩いていった。

「おい、一也!」
父が翼を呼び止めた。


「はい」
「お前が何を考えているかはわからんし、何をしようがこれ以上文句は言わん。だが-」
「……何です?」
「星羽会のことには、お前に関わって欲しくないんだ……。親に……あまり心配をさせるな」


背中越しの最後の父の声が、どこか潤んでいたのは翼の耳にはハッキリと伝わっていた。


「では、失礼します」

翼は、そう言って社長室を後にした。
そして、直ぐさま人事部のある場所へと向かった。





「な、何ですかあなたは!」

社員の一人に咎められつつも、翼はある人物のところへと一直線に向かっていった。
ホスト風の翼の姿に、人事部内の職員たちが一斉に彼に注目する。


「あっ、き……貴様は!」
「その節はどうも、林さん」

すると、翼は持っていた社員IDを林の顔にたたき付けた。

「ぶっ!」
林は軽い奇声を上げると、自分を見下ろす翼をキッと睨みつける。
しかし、翼はさらに強い眼光で睨み返しながら、口を開いた。

「社員証にもらった名刺入れるまで風俗遊びが好きなのはともかく……ストレスで無銭飲食かますなんて言語道断なんだよ!!」
「な……き、貴様!何があってそんな!」

林がうろたえていると、周りの職員たちが慌てて彼を止める。

「林さん!こちら、社長の御子息の一也様ですよ」
職員の言葉に、林はしわを寄せていた眉間を一瞬で緩め、口をあんぐりと開けた。


「えっ……か、か、一也様……?」
「フン……。次あんなふざけた真似したら、承知しないからな。……みなさん、業務中失礼しました」
翼は人事部内すべてに頭を下げると、すぐにその場を後にした。

そして、受付嬢に来客証を返し、そのままアサカワカンパニー本社ビルを離れていった。


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