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25-2

 
「ガシャーン」という激しい音が、店内のどこかからか響き渡った。
それと同時に、女性の悲鳴らしき声が雑じっている。
「何だ!?」
何事かと反応した翼は、すぐに立ち上がり音のした方へと向かった。


「翼くん」
小走りで移動する翼に、由宇が声をかける。
「由宇さん、この音は一体?」
「多分奥の方の卓だね」
その時だった。



「キャー!!」
女性客の悲鳴が、さらに店内にいるすべての人間を凍り付かせようとしていた。
「行こう」
由宇に促され、翼は足速にその悲鳴とざわめきのたっているところへと向かっていった。



「なっ!?」
足を止め絶句した翼が目にしたのは、ひっくり返ったヘルプ椅子やテーブル・散乱したアイスや割れたグラスだけではなかった。
倒れたテーブルや椅子を尻目に、光星がヘルプのホスト一人の襟首を締め上げていた。

「こっ、光星さん……やめてください……」
「うるせぇんだよてめぇ」
光星はヘルプホストをものすごい形相で睨みながら、ドスの効いた声を放った。

「キャーッ!!」
「な、何なのよぉコレェ!」
その周囲にいる女性客たちが、怖々と光星達の方を見つめている。
その中には、光星の指名客である果穂の姿もあった。

「ちょっと光星、どうしちゃったのよぉ!」
果穂がそう言うと、光星は彼女の方を振り返りギョロリと睨みつけた。

「うるせぇっ!!」
「ちょ……光星……!?」
荒れた光星の態度に、果穂の瞳にうっすらと涙が浮かび上がる。
すると、そこに佐伯と翔悟も駆け付ける。


「お客様、大丈夫でしょうか!?光星、お前何をやってるんだ!!」
佐伯がそう言いながら近づくと、その瞬間、光星は彼の腹部に強烈な足蹴りを入れる。

「ぐぁっ!」
佐伯は腹を抑えながら床へと倒れてしまった。


「キャーーー!!」
「イヤアァァ!!」
果穂をはじめ、その周囲にいる女性客たちの悲鳴が再び上がる。
そこへ、たまりかねた翼と翔悟が割って入る。

「光星さん、あなた何を!」
「光星、お前何てことしてんだよ!!」
翼と翔悟が同時に叫ぶと、光星は二人を交互に睨みゆっくりと口を開いた。


「翼ぁぁぁ!てか、翔悟さん……あんたもこいつの片を持つってかぁぁぁ」
「!?何言ってんだよお前。どうしちまったんだよ光星お前!」
「うるせぇぇぇ!!」
すると、光星は目の前で訴えかけるように翔悟を突き飛ばした。

「うわぁぁあっ!」
翔悟は左肩から床へと激しく激突するように倒れ込む。
「翔悟さんっ!」
由宇が倒れ込む翔悟を抱き起こす。

「痛っ……!!」
翔悟は激しく生じた痛みを堪えるように左肩を右手で抑えた。

「翔悟さん、まさか……!」
「あの野郎、本気でやりやがって。どうゆうつもりだ!」
翔悟は苦渋の表情を浮かべながら、まるで突然現れた悪魔のように豹変した光星を睨んだ。
その光星は、その悪魔のような視線を目の前に立ちはだかる翼へと向けていた。

「光星さん、あんたどうしてしまったんだ!ここはホストクラブ、お客様の女性たちが楽しく過ごす場所だろう!」
周囲が騒然唖然とする中翼が鋭い目付きでそう言い放つと、光星はニヤリと不敵な笑いを浮かべた。

「何がおかしいんだ?」
「翼ァァァ…お前も偉くなったよなぁ」
「?」
「あの失態ばっかり繰り返してたクズホストのお前がよォォォ……今やNo.1だもんなぁオイオイオイ」
「……光星さん、あんたどうしちゃったんだ……?」
「うるせぇよ」
「あんたは確かに嫌な性格だけど、ホストの仕事はちゃんとこなしていた!なのに、果穂さんたちがいる前で、突然どうゆうつもりなんだ!!」
「果穂ォォォ?」
すると、光星はソファから自分のことを恐る恐る見ている果穂の方に目をやった。

「光星……」
果穂は涙声でつぶやいた。

「果穂ちゃん……!」
その光景を、離れたフロアから騒ぎを聞き付けやってきたやってきた梨麻達他の女性客やホスト達も息を呑みながら見ていた。


するとその時だった。

光星は突然果穂に飛び掛かり、彼女の首を締めにかかった。

「キャアアァー!!」
周囲が再び悲鳴を上げる中、光星の手はみるみるうちに果穂の首にめり込んでいく。

「あっ……」
「一々うるせぇんだよこの風俗嬢がよォォォ」


「やめるんだ!!」
翼は、果穂の首を絞める光星を背後から羽交い締めにした。
途端に、光星の絡み付いた手は彼女の首から思ったより軽い力でスッと離れた。

「かはっ……ゲホッ……」
苦しげに激しく咳込む果穂。
そこにたまり兼ねた梨麻が駆け寄る。

「果穂ちゃん!」
「ゲホッ……梨麻……」
「果穂ちゃん、大丈夫…?」
「梨麻……あたしぃ……」
いがみ合っていたはずの果穂と梨麻は、お互い涙を浮かべながら抱き合った。


「ちくしょォォォ話せェェェ!」
獣のように暴れ狂う光星により、羽交い締めしていた翼は吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
翼は仰向けに倒れるが、すぐに上体を起こす。

「翼くん、大丈夫か?」
「由宇さん……えぇ俺は何とか。だけど翔悟さんや佐伯さんは…」
翼と由宇は、床に膝をついて苦しんでいる翔悟と佐伯を交互に見つめた。
二人とも回復しつつあるものの、未だ復活は望めていない状態なのは誰の目から見ても明らかだった。


「んっ?」
その時、翼は光星のジャケットからひらひらと落ちていく一枚の何かを目にする。



『これは……』



翼は、床に落ちたそれをすぐに手に取った。
それを目にした光星は、その表情をギョッとさせる。
翼は、光星を睨みながらゆっくりとその場に立ち上がった。


「光星さん、何であんたがコレを持ってるんだ!?」
「……うっ」
翼がそう問いつめるも、光星は突然黙り込み何も答えようとはしなかった。
するとその瞬間、光星は床に転がっている円柱状のヘルプ椅子を翼へと目掛けて投げ付けた。


「うわっ!」
椅子はガードした翼の腕へと直撃する。
その瞬間、光星はエントランスの方へと凄まじい勢いで駆けていった。

「しまった!」
翼はそうつぶやくと、右手に持ったそれを見つめた。

「翼くん、その写真は?」
由宇がふと翼に尋ねる。
「これ、羽月が大切にしていた写真なんです。あいつが絶対肌身離さずずっと持っていたこれを何故これをあの人が」
その時、翼の中にある一つの恐ろしい予感が沸き上がった。



『今日は羽月も音信不通で来ていない……。まさか!』



「どうしたんだ、翼くん!?」
「由宇さん、どうゆうわけかは知りませんが、羽月は今光星さんのところにいるかもしれない!ずっと肌身離さず大切に持っていたこの写真を、あいつが手放すはずがないんだ!」
すると、翼は写真をジャケットの内ポケットに入れる。


「翼くん、どうするつもりだ?」
「由宇さん、俺は光星さんを追います。お客様が楽しんでる空間を壊したあいつを、俺は絶対に許せない。それに-」
「それに?」
「あいつを連れ戻さなきゃ」
翼はそうささやくと、寄り添い合っている梨麻と果穂のところへと歩み寄った。

「梨麻ちゃん……果穂さん、大丈夫ですか?」
「翼くん……」
翼が優しく声を掛けると、二人はゆっくりと頷いた。

「よかった……。こんなことになってしまって、本当に申し訳ありません。ホストの代表としてお詫びします。梨麻ちゃん、果穂さんと一緒にいてあげて」


すると翼は、すぐに立ち上がり周囲に向かい、

「お客様方、大変騒がせてしまいまして、誠に申し訳ありませんでした」
と言い、深々と頭を下げた。
それを見てか、翔悟や由宇達他のホスト達も頭を下げ、謝罪の言葉を女性客へと発していった。


「佐伯さん、大丈夫ですか?」
「翼……。何とか大丈夫だ」
「社長は今は?」
「天城さんに呼ばれて今はタイミング悪く出てるんだ。どうした?」
「光星さんの自宅住所を教えて下さい。そこに今羽月もいるかもしれないんです!」
「……事情はよくわからんが、今さっき用意しておいた」
佐伯は一枚のメモ用紙を翼へと手渡した。

「それが光星の住所だ。お客様には言っておくから、みんなの代わりに行ってこい!社長にも連絡しておく」
「佐伯さん、ありがとうございます」
翼はメモを受け取り、エントランスへと走っていった。


「翼っ!」
エントランスに行こうとする翼に翔悟が声をかける。

「翔悟さん」
「何か事情はよくわからんけどよ……あいつのこと、一発くらいぶん殴ってこいよな」
「翔悟さん……その分店とお客様を由宇さん達と一緒に頼みます」
「へっ、えらそーに言いやがって」
翼と翔悟はフッと笑い合った。

「じゃあ、ちょっと行ってきます!」
去っていく翼の背中を、翔悟はじっと見つめていた。



『あいつ……ほんとに最初とは比べものにならんほど成長したんだな……』

そんな思いを抱き、翔悟は去っていく翼の背中を見守っていた。



翼は走った。



光星の逃げる先へ。



羽月と愛菜が囚われている一つの場所へ。



自分が長い間ひた隠しにしていた心の中の熱いものが



彼をひたすら前へと動かしていた。



しかし、この時翼は気付いていなかった。



これら一連の騒動こそが、"アリスの子"が仕組んだものだということに。










そして、この後待ち受ける先で起こる凄惨な結末を










コノ時、誰モガ予測スルコトハナカッタ。





                                                  第26章へ

26-1

 
「はぁ……はぁ……」

【Pegasus】を出た翼は走り続けていた。


暴れた光星の逃げる先へ。


そこに、姿をくらました愛菜と羽月がいると信じて。


ただ心の奥底にある何かを求めながら、翼は必死で走り続けた。





『愛菜……羽月……』





二人のことを考えているその時、翼のスーツのポケットの中のケータイが振動し始めた。

「はいっ」

翼は着信元を確認することなく、その電話に応答する。


◆「翼か?俺だ、天馬だ!」

スピーカーから聞こえてくる着信元の声の主は天馬だった。
それを確認してか、翼の心の中が少しずつ落ち着いていくかのようにホッとしていく。

◇「社長、
実は-」
◆「佐伯や翔悟たちから事情は聞いた。店に帰ったら、中があんなに荒れてたから何事かと思ったが……まさか光星のやつがな」
◇「えぇ」
◆「翼、お前今どこにいる?」
◇「職安通りを渡ったところです。光星さんの自宅の大久保のマンションまではもう少しかと」
◆「そうか。翼、お前まさか一人で行くつもりか?」
◇「……はい」
◆「俺も聞いてる限りの推測だが、今の光星が何でああゆう状態になったか……お前もわかっ-」
◇「"St.Alice"…ですよね」
◆「そうだ。恐らく、あそこまで店を荒らすような破壊衝動に駆り立てるのも、その薬の作用の一つだろう。お前はそんな状態の光星を相手にする気なのか!?」
◇「行って無事で済むとは思っていません……。ただ、彼は羽月の大切な写真を持っていた」
◆「羽月のため……か?」
◇「……」


翼はここでしばらく沈黙を続ける。

◇「……わかりません。ですが、もし光星さんが"St.Alice"を服用したのは、俺にも何か原因があるような気がしたんです。だから-」
◆「わかった。こっちは何とか持ち直したから、もう少ししたら後で俺も向かう」
◇「わかりました。社長、警察への連絡は?」
◆「とにかく、光星と話して全てが決着してからだ」
◇「はいっ!」


翼と天馬は、通話を切った。


すると、大久保の中を走っている翼の目の前に一際高いマンションが立ちはだかる。

「グラファーレ大久保……ここだっ!」
するとその時、マンションのエントランスでヨタヨタと歩いている一人の長髪の男らしき黒い影の存在を翼は捉えた。

「あれは!」
身体をよろめかせながらオートロックを解錠しているのは、先程【Pegasus】の店内で暴れ狂っていた光星だった。
動揺しているのか、手をブルブル震わせながらオートロック解錠のボタンを押している。

「おっ」
パスワードが一致したのか、エントランスの自動ドアはゆっくりと左右に開いた。
光星に気付かれないようそれを陰から確認した翼は、彼が自動ドアの奥に入っていくのを確認すると、直ぐさまその後を追跡した。


「よしっ……ん?」
ゆっくりと気付かれないように忍び足でエントランスに入った翼は、自動ドアが早くも閉まり始めていることに気付く。

「待てっ!閉まるの早過ぎる!」
翼はその忍び足を急激に加速させ、間もなく閉まりかける自動ドアの奥に向かって全力疾走をしていった。



『間に合えっ!』



頭の中をそれ一色にして、翼は閉ざされる扉にホームベースに入る野球選手のように前から滑り込むように飛び込んでいった。



くるりと前方回転しながら翼は自動ドアの境を越え、バタンと床に転げるように着地した。

「イテテテ」
尻もちをついた臀部を軽く撫でながら、翼はゆっくりと立ち上がる。
「エレベーター、エレベーターは?」
辺りを確認すると、エレベーターの階層サインの表示は、すでに2Fから3Fに上がっているところだった。

「光星さんの自宅は9F……早く行かなきゃ!」
翼は焦る気持ちを何とか抑えるようにエレベーターが再び1Fへと戻ってくるのを待つことにした。
本当は非常階段で駆け登ってすぐにでも近づきたい気持ちが強かったが、9Fまでの距離と体力の消耗を考え、唇を噛みながらじっと冷静さを保つように努めた。

何より、この後何が起こるかわからないことを想像するだけで、無駄な体力消費はしてはいけない-
翼は本能的にそう思っていた。

 

 

 

 


一方、追われていることを知らずにマンションへと帰ってきた光星は-

自宅のドアを開け、慌てながらそのまま中へと入っていった。


「はぁ、はぁ……ちきしょう翼の野郎がぁぁぁ」
激しく息を切らせながら、彼はよたよたと部屋の中へと入っていった。
そして、すぐに別室へと入っていく。

「はぁ……はぁ……」
ガチャリとドアを開け入ってきた疲れ果てている光星の姿に、部屋の中で拘束されている全裸の愛菜と羽月は気付いた。

「光星さん、どないしたんや……?」
羽月が小さい声で尋ねると、光星はギロリと彼を睨みつける。
「な……」
「……?」
「ななななな」
「……!?」
「なななななんでもねぇよ」
すでに呂律の回っていない光星を、羽月と愛菜は険しい表情で見つめた。

「光星あなた-」
愛菜が余力を振り絞るように口を開く。
「"St.Alice"を、どれだけ服用したの……?」
「ふ、ふ、ふ、ふざけんな」
愛菜が問い掛けても、光星は震えながら強がった答えをするだけだった。


「と、と、と、とにかくよぉ、【Pegasus】の奴らにばれちまったらしくてよぉぉぉ」
「な、何やて?」
「お、お、お、俺ももう終わりだぁぁぁ。だから-」

すると、光星はズボンのポケットからスッとキラリと光る何かを取り出した。
それを目にした瞬間、弱りきった羽月と愛菜の表情はさらに蒼白へと化した。


「口封じがてら、おまえらにゃここで死んでもらうぜぇぇぇ」
思ったより冷静に話す光星のその右手には、鋭利な形をした一本のナイフが握られていた。




「ちょ、ちょっと待ってや光星さん!何でそうなんねん!」
羽月がそう訴えかけるも、光星はニヤリとしながら黙々と動けない二人の方へと、一歩一歩ゆっくりと近づいていく。

ギシッ……ギシッ……っと軋むフローリング床の音が、ありえないほどの恐怖に襲われる二人にとって、死へのカウントダウンのように迫っていた。


「光星やめて……」
「光星さん、冗談やろ!?」
愛菜と羽月が声を震わせながらそう言うと、光星は再びニヤリとしながら足を止める。


「冗談なんかじゃねぇよぉぉぉ。俺はお前ら星羽会のクズどもをおもちゃみてぇになぶった後に、ぶっ殺してやってみたかったんだよぉぉ」
顔は笑っていても全く笑っていないそのどす黒い彼の瞳に、羽月と愛菜は彼が本気であることを察知せずにはいられなかった。


「何でや、何で俺らにこんな酷いことすんねん!俺らが何かあんたにしたんか!?」
「お前らに直接の私怨はねぇぇぇ。だがなぁぁぁ、俺は星羽会の奴らが憎くてたまんねんだよぉぉ」
「何て……星羽会とあんたの間に何があったんや」
「お前に答える筋合いなんかねぇんだよぉぉ!」
「うわぁっ!」
すると、光星は羽月顔を踏み付けるように足蹴にした。
羽月の顔に、苦渋の色が浮かぶ。

「やめて!こんなことはもう-」
愛菜がそう言うと、光星は今度は愛菜に対してその視線を向けた。
そして、露になっている彼女の乳房をわしづかみする。

「キャァァア!」
「この女……いい味だったがぁぁぁ……殺す前に切り取っちまうか」
光星は、愛菜の胸を悪魔のような目付きで見下ろしながら、もはや人間とは思えない恐ろしい言葉をつぶやく。

「や、やめ……て……」
もはや抵抗する気力も体力もないのか、愛菜はただ恐怖に怯えながら涙を流すことしかできなかった。

「やめてや光星さん!もうやめてぇや!」
「うるせぇぇぇ!すぐに一緒のとこに送ってやるからよぉぉぉ、天国で二人で好き放題やりまくれやぁぁぁ!!」
光星は、逆手に持ったギラリと光るナイフの鋭い刃の矛先を、ついに愛菜の身体に向ける。
薄暗い部屋の中でもわかる刃の輝きは、恐怖におののく彼女の白く華奢な身体を今に貫こうとしていた。












「やめろぉぉぉおーーー!!!」











羽月が心からの絶望を叫んだ。











その時だった。











振り下ろされるはずだったナイフは、振り上げたところで動かずに止まっていた。

羽月と愛菜はもちろん、それはナイフを持つ光星すらも不思議さを隠せなかった。


「なっ?」

光星はナイフを持つ右手の手首の違和感と背後の人の気配に気付き、そこを振り返った。



「なっ……!」

手に持ったナイフが振り下ろされないのは当然だった。
何故なら、スーツ姿の一人の人物が光星の手首を掴んでいたからだった。
手首を握るその力は不思議と強かったのか、凶暴な光星が動かないほど強固なものだった。


「うぉっ!」
気付いたときには光星は突き飛ばされ、床に「バタン」と転がり込んでいた。
「なぁぁぁっ!」
光星はすぐにムクリと起き上がると、自分を突き飛ばした人物を睨み据えた。

一方、羽月と愛菜は涙を流しながらその人物のことを見つめていた。










「翼……くん……」

弱々しい羽月の声に、どこか僅かな明るさが戻る。


「ツバサァァ!」
一方突き飛ばされた光星は、すぐに後ろを振り返りギロリと睨みつけながら、猛獣のような唸り声を発した。


そんな部屋の中の光景を、駆け付けた翼は冷静に見渡した。



『……』



転がっている家具や酒瓶、

散乱している衣服、


そして、ベッドの上で拘束されている全裸の愛菜と羽月。



その常識とは一切言い難い、まるで地獄絵図のようなそこは、冷静さを必死で保つ翼の心を恐ろしい衝動で揺さぶっていた。

「翼……イヤァっ……」
愛菜は、今の自分の姿を目にされ、涙を流すその顔を背ける。


「……」
翼は何も言わず、下をうつむきながら愛菜たちのいるところに近づいていった。
すると、おもむろに床に落ちてあるタオルを拾い上げ、自らのジャケットを脱ぐ。
タオルを羽月にかけ、ジャケットを愛菜にかけた。


「翼ぁ……」
「翼くん……」
愛菜と羽月は、泣き声でつぶやく二人を見た。


「二人とも、大丈夫か?」
翼がそう言うと二人はゆっくりとうなずいたが、裸体に見える傷やアザがそうではないことを物語っていた。

「おいツバサァァ!」

翼の背後から光星が怒鳴り散らすと、翼はスッと立ち上がり彼の方を見る。
そして、ゆっくりと彼の方へと足を運びながら語りかける。



「光星さん……これは一体どうゆうことだ?」
「あぁ!?てめぇ、誰に向かってんな口を-」
「どうゆうことかって聞いてんだ!!」

翼の激しい感情を込めた一言が、部屋の中を支配する。



『翼くんが、怒っとる……』



初めて見る翼の激しい怒りに、羽月……そして愛菜は目をまるくしていた。



「答えろ、何で二人にこんなことをした!」
翼がそう問いただすと、光星はその口をニヤリとしながら答えた。

「そいつらが俺の大嫌いな星羽会の人間だからさ」
「星羽会の?」
「そうさ。以前に東京を中心に日本を破滅させようとした、アブネェ宗教の生き残りだ!!」
「……。だから何だ?じゃあこんな惨いことをしてるあんたは何なんだ!!愛菜と羽月があんたに一体何をした!?」
「うるせぇ!!ポッと出の糞ホストがよぉぉぉ」
「俺のことは何を言っても憎んでもかまわない、だけど、どうしてだ!特に羽月はあんたにも他のみんなにも素直にしていたはずだ!」

翼が叫ぶようにそう言うと、光星はその恐ろしい視線をベッドの愛菜と羽月に移した。

26-2

 
「あぁ、確かにその二人は俺と直接の私怨があるわけじゃない」
「じゃあ何でだ!?」
光星は右手に握ったナイフの切っ先を、二人へとゆっくりと向けた。


「俺の親や兄弟が……星羽会の人間に皆殺しにされたからだ!」

思わず飛び出た光星の一言に、翼・愛菜・羽月の3人は驚きを隠せなかった。


「何だって!?」
「よく聞けよ糞ども。俺はな、ガキのときに星羽会の奴らに家族を殺され、一人死ぬような思いで生きてきたんだ。消滅しても今も能々と生き残ってるっていう僅かな星羽会の奴らに復讐してやるためにな!!」
「復讐だと……!?」

その際、光星は徐々に翼との距離を縮めていた。


「そうだ……今も歌舞伎町に生きてるかもしれない生き残りをいたぶってやるためだ……こんな風にな!」


その一瞬で、光星は素早く翼につかみ掛かった。
「うわっ!」
猛獣の如く突進してくる光星に、翼は床に組み敷かれた。
そして、すぐにナイフを握った右の拳で翼の顔を殴打した。

何度も、何度も、光星は翼の顔から腹部までを激しく殴り続けた。

「ぐぁっ!」
「翼ァっ!」
愛菜の悲鳴にも似た声が上がる。

「どうだ翼ァァァ!いてぇか?いてぇだろぉよぉぉ!」
「ふざけるな!」
すると、翼は光星の右腕を掴み、左横へと投げ飛ばした。

「いでぇ!」
光星が床に転がると、翼はすぐに立ち上がり彼の胸倉をつかみ掛かった。

「ただ星羽会……それだけでこんな虐待みたいな行為を繰り返したってのか!?」
「あぁ、そうだ!そして国は、親戚は、いや人間は誰も俺を助けようとはしなかった!!だから、俺一人がやらなきゃいけない。生き残りが歌舞伎町にいる以上、歌舞伎町でホストをしてりゃいつか生き残りとも遭うかもしれねぇ……俺にとってホストってのは、そいつらゴミを見つけるための手段だったんだ!!」
「だから誰にも心を許さず、他人に高圧的に出てたのかよ」
「ああそうだ!!俺以外のもんは敵と思わなきゃな、俺は生きていけなかったんだ!!」
光星は再び翼の左頬を殴った。
しかし、翼はびくともしなかったように、すぐに光星を睨みつける。

「でもだからって……店や、一緒にやってきた社長や翔悟さんたちまで裏切るのかっ!!」
今度は翼が光星の顔に握った拳をぶつけた。

「ぐぁぁっ!」
光星はナイフを落とし、両手で顔面を覆った。
顔を隠す指の隙間から、ポタポタと鼻血が流れ落ちる。

「どんな理由や生い立ちがあろうと……」
翼は、痛がる光星の胸倉をつかみ、激しく鋭い視線を彼にぶつける。
「あんたみたいな理不尽に人を傷つける奴は、俺は絶対に許さない!!」
怒りの限りの叫びを発しながら、翼は光星の顔を殴り続けた。


2発、3発、4発……10発……
翼はまるで理性をなくしたかのように、鼻血が溢れ出す彼の顔面を捉える拳は止まることをしなかった。

翼の拳と光星の歪んだ顔が激突する「ゴッ」という鈍い音が、同じ部屋にいる愛菜たちにもいやがおうでも聞こえていた。

「翼、もうやめてぇ!」
「翼くん、もうえぇ!光星さん死んでまう!」

二人の振り絞ったような叫びが届いたのか、翼は殴り続けるその血まみれの手をピタリと止めた。


「ハァ……ハァ……」
激しく息を切らす翼は、半ばのびている光星を床へと放り投げるようにたたき付けた。
そして、ゆっくりと愛菜たちのいるベッドへと足を向ける。


「今、解いてやるからな」
翼は落ちていたタオルで拳に付着した血を拭き取ると、まずは愛菜の身体を腕を縛り付けているロープをゆっくりと解いた。


固く縛られたロープが外れた途端、愛菜はガクリとしながら翼にもたれかけた。

「愛菜、大丈夫かい?」
「翼ぁ……!」
愛菜は抱き着いた翼の胸で子供のように泣きじゃくった。

「怖かった……すごい怖かった……」
「もう大丈夫だ……早く帰ろう、他のみんなも心配してる」
翼は愛菜をなだめると、その視線をとなりにいる羽月に移した。

「羽月、君も解かなきゃな」
そう言って、翼は羽月の腕を拘束するロープを解き始めた。

「翼くん……俺……」
「話は後だ、今はここを出るぞ」
「そやけど……」
「話は後でゆっくりできるだろ?だから-」


不思議と翼の言葉はそこで途切れた。
すると彼の身体は、ゆっくりと横へと倒れていった。

「翼くん?」
羽月が声をかけた翼は、頭からうっすらと血を流していた。

「キャアァァ!!」
愛菜の悲鳴の矛先は、その彼の背後へと向けられていた。


「この野郎ぉぉぉ!」
そこには、ガラス製の分厚い灰皿を手に持った顔面血まみれの光星が、鬼に等しい形相で立ちはだかっていた。

「光星さん……」
羽月は声をつまらせながらつぶやいた。

「お前ら……全員皆殺しにしてやるぅぅあ!!」


しかし、光星が灰皿を振りかざしたとき、倒れたはずの翼が起き上がり彼につかみ掛かった。

「やめろっ!もういい加減にするんだっ!!」
翼は額から血を流しながらも、必死で光星に抗った。
しかし、痛みとダメージのせいでか、先程の力の半分も出せず、光星を突き飛ばすにも至ることはできなかった。
それでも翼は必死で光星に食らいついた。


「どけぇ翼ァァァ!!」
「どくのは、あんたの方だ!」
翼は、最後の力を振り絞るように、光星に体ごと突進していった。


「ぐぉあぁあぉ!!」
光星は鈍い狂声とともに、床へと転がっていった。

「はぁ……はぁ……!」
怪我をしながら無理に突っ込んだ翼も、体力の激しい消耗により著しく息を切らす。

しかしその時だった。
転がったところにたまたま落ちていたナイフを拾った光星は、そのまま翼へと向かって突撃してきた。


「なっ!?」
ギラリと光るナイフの切っ先は、容赦なく翼を目掛けてくる。


「死ねや翼ァァァ!!」
光星の凶刃が、「グチャ」という音とともに一瞬で翼を捉える。








「うわぁあぁ!!」













「ちィィィっ…!」
光星の右手に持ったナイフの先は、翼の左肩を一直線に突き刺していた。
翼の白いシャツが、真っ赤な鮮血でジワリジワリと織物のように染まっていく。

「翼ぁっ!!」
「翼くんっっ!!」
愛菜と羽月が悲鳴にも似た声で彼の名を呼んだ。



「もう少しで殺せるとこだったのによぉぉ……」
「光星……あんた……」
「何だ、ついに呼び捨てか!?」
光星は、突き刺さったままの横向きの刃を、無理矢理縦向きになるように捩り始めた。

「ぐわぁぁあぁあ!!!」
翼の痛々しいまでの悲痛な声が部屋を支配する。


「痛てぇか!痛ぇよなぁハハハハハー!!!」
光星は、翼の腹部に蹴りを入れながらも突き刺さった刃をさらにグリグリと掻き回していく。


「あ……ぐっぁぁ……」
刃の突き刺さる傷口からは、夥しい赤い絵の具が流れ出していく。


「翼よぉぉぉ……お前さえ現れなきゃよ……俺は唯一成り上がれたホストとしてもこんなに惨めな思いをすることはなかったんだ!!」
「ハァ……ハァ……何だって……」
「星羽会のせいで散々ガキの頃から惨めに生きてきて、唯一ホストが俺の温床だったのによ……それをてめぇがぶち壊したんだァァァ!!」
「へっ……」
「何がおかしいィィィ!?」
「その辛さに耐え切れなくなって……"St.Alice"に手を染めたってのかよあんた……」
「気付いてたのかよ……あぁそうだ。俺は"St.Alice"ってやつを使った!!おかげでそこらのシャブなんかよりいい気分だぜェェェ」

「ハァ……ハァ……あんた……アリスの子から……!?」
「そうさ……星羽会の奴の言うことなんざ聞く気になれなかったが、そいつに言われたんだ……。『言うことを聞いてくれれば、最高の快楽と百億の金はあなたのものだ』ってなァァァ」
「何だ……と……?」

翼は、痛みを忘れたかのように言葉を失った。

「なに……それ……」
愛菜もガクリと肩を落とす。


しかし、光星の暴走は止まってはくれるはずもなかった。
翼の肩から「グシャリ」とナイフを抜いた光星は、彼を蹴飛ばし床に仰向けにさせた。

「ぐァァァっ!!」
痛がる翼に、ゆっくり…ゆっくりと血まみれの凶刃を手にした悪魔の影が忍び寄る。



『くっ……くそっ!』



体力を消耗し激しい左肩の痛みに堪える翼には、もはや逃げる余力は残っていなかった。


「イヤ……やめて光星!」
愛菜の叫びも、もはや虚しく空を切るだけだった。。


「まずはお前が死ねや……翼ァァァァァァ!!!」










光星のナイフがついに翼の心臓にめがけて振り下ろされた。










その時だった。








『えっ……?』










不思議と翼にそれ以上の痛みはなかった。
何故ならその瞬間、何者かが彼をかばうように四つん這いになり覆っていたからだった。



「翼くん、大丈夫かいな?」
ひょろりと長い身長に金髪、そして訛り……
一瞬でダラリと翼の身体にもたれかけてきたその人物は、羽月だった。

「羽月……?」
ズルリともたれてきた彼の背中には、光星が振るいに振るっていた刃の切っ先が、刀身の見えないほど深々と突き刺さっていた。

「羽月……!」
翼はそう言いながら、彼を腕で抱えた。

愛菜は口を抑えながら言葉を失い固まっている。

光星は、突然の出来事で茫然としたのかナイフを手放し、床でペタリとすくんでいる。

「ハァ……ぁ……」
羽月は苦しそうに声を切らした。
「羽月、しっかりしろ!」
翼は抱えている羽月に語りかけた。



「ハァ……ハァ……翼くん」
「何だ?」
「ゴメンなホンマ……」
「えっ?」
「俺……翼くん裏切ってもうた……。光星さんが、悪いことしてんに……正体ばらす言われんの怖くて怖くて……愛菜さんがひどいめあっても……何もできんかったんや……」
「羽月……」
「最低やろ俺……そればかりか……」
「しゃべるな!」
「愛菜さんにまで……。俺、ホストとしても人としても最低や……」

羽月は涙を流しながら、悲痛な思いを翼にぶつけた。
それを翼はうなずきながら受け止める。

「翼くん……」
「何だ?」
「俺……翼くんに許してもらえるなんて思えへんけど……」
「……」
「こんな俺でも……大好きな友達守ること……できたんやから……お姉ちゃん……『強くなったね』って……いつか褒めてくれるやろか……」
「あぁ、もちろんだ……!」



『お前の姉さんは、すぐそこに……!!』



今にも喉の奥から飛び出そうなその言葉を、翼は必死で自らの胸に押さえ込んだ。


すると、涙顔の羽月はニッコリといつもの明るい笑顔を見せた。



「翼くん……」
「何だ、羽月?」








「おおきに、大好きやでぇ……」











その時、「ゲホッ」と多量の血液を口から吐きながら、羽月は翼の腕の中にゆっくりと自らの頭を沈めていった。


「羽月?おい、羽月!?」



翼は必死で彼の名前を呼んだ。



しかし、



彼は動くことなく、目を閉じたまま、そのつぶらな瞳を見せようとはしなかった。



「おい、羽月!目を覚ませ!」









「羽月ィィィィィィーー!!!」













翼の狂おしいまでの叫びが、虚しく……そして儚く、深夜の静寂な部屋の中を支配した。










羽月の背中では、



突き刺さる刃の根元から溢れ出る多量の鮮血が、



ぼんやりと浮かぶ"マザー・エレメント"を覆い隠すように



優しく……優しく、流れていった。





                                                  第27章へ

27-1


「羽月!しっかりしろ、羽月!!」

自らの腕の中で瞳を閉じた羽月を、翼は何度となく揺さぶった。
しかし、その声もむなしく、彼が起き上がり元気な顔を見せるはずもなかった。

それは、羽月の背中に深々と突き刺さった凶刃と、その根元から溢れ出る血液の量が何より証明していた。


「羽月……何で、何で俺をかばって……」
動かない羽月にささやきかける翼を、ベッドの上の愛菜は口を手で覆い隠しながら涙を流していた。

「羽月くん……あなた……」
愛菜の虫の息のような言葉は、血の臭いをちらつかせるその重苦しすぎる空間には届いてるはずもなく-

一方の光星は、思わず羽月を刺してしまった衝撃からか、ペタリと床にへたりこんだまま動かなかった。


「あ……お、おぉ……おれは……」

震えた声でつぶやきながら、光星はその血にまみれた手の指先を翼と羽月に向けた。
そして、ガク然としながらガタガタと震えを増し始めていく。


その時だった。

部屋の入り口のドアが、「ドン」強い音を鳴らし、「バタバタ」と複数の人間が駆ける足音が翼たちのいる床を伝った。


「翼っ!」
部屋のドアが開ききると同時に、翼たちの視界にはスーツ姿をした三人の人影が浮かび上がる。

息を切れ切れに駆け付けたのは、天馬・翔悟・由宇の三人だった。



「なっ……」

その薄暗い部屋の中でさえ、その悪魔の宴とも言わんばかりの光景と、むせ返る血の臭いは、天馬たちから一瞬でその先の言葉を奪っていた。

明らかに現実とは理解しがたいその惨事場に、まず何を言って良いのか-

何をすれば良いのか-

さすがの天馬ですら、それには多少の時間を要するに至った。


しかし、それも光星が次の行動に出るまでの話だった。


「……しゃちょ……う」

おぼつかない子供のような口調で、光星はつぶやいた。

「光星……おまえ……何で……」
怒りなのか、それとも悲しみなのか……
両方が入り交じったような天馬の声が、部屋にひっそりと響いた。


「光星……お前どうしたって言うんだ……。何でこんなことに……」
天馬がそう語りかけると、光星はその鼻血にまみれた顔を横に背けた。

「光星……」
「光星さん……」
天馬の後ろにいる翔悟と由宇も、力無い声でささやきかけた。
しかし、彼は顔を背けたまま何も発しようとはしなかった。

「うっ」

「?」

「うっ」

「光星??」

「うわぁぁあ!」



一瞬の出来事だった。

気付いたときには、光星はドアもとで茫然と立ちすくむ天馬たちを掻き分けるように跳ね退けていた。


「うわっ!」
「光星ぇっ!」


「うぉあぁぁあぁ!!」
床に夥しい血痕を残しながら、光星は部屋から飛び出す獣ように走りだしていった。


「光星……あいつ!」
翔悟が追いかけようとしたその時だった。

「待つんだ翔悟っ!」
後を追うように部屋を飛び出そうとした翔悟を天馬が止めた。


「社長……でもあいつ-」
「気持ちはわかるが……今は部屋を見ろ」

天馬と由宇、そして翔悟はあらためて惨劇の舞台と化した部屋の中を見渡した。


「今は……あの三人を助けなきゃだろ……!お前と由宇は翼たちを頼む」

天馬は自らのジャケットを脱ぎながら、愛菜のもとへと歩み寄った。


「愛菜、大丈夫か?」
天馬はそう言いながら愛菜の肩にジャケットをかける。
「うっ……えっ……、天馬……わたし…」
「今は何も言わなくていい。とにかく、みんな病院へ行くんだ。特に-」

天馬はそう言いながら後ろを振り返った。


「おい、羽月!大丈夫か!?」
「こりゃひどい……早く病院に連れてかなきゃ!」

翔悟と由宇は、背中にナイフが突き刺さった羽月の姿を見ては、驚きたいのを必死で抑えていた。



「羽月……羽月……!」
気を失うような左肩の激痛と精神的ショックに身体をよろめかせながら、翼はピクリとも動こうとしない羽月の名前をただ呼び続けていた。



2時間後-

天馬たちの冷静な機転により、翼・愛菜・羽月の三人は救急車によって西総合病院へと搬送された。

特に、背中をひと突きにされた羽月の重傷は相当なもので、即救急隊員による応急処置が施された後、彼は病院到着と同時に集中治療室へと運ばれていった。



「羽月……」

幸い奇跡的に傷が浅く、早くに治療処置を終えることができた翼は、ひとり包帯で左腕を吊っている姿で集中治療室の外で俯きながら座り込んでいた。


「翼」
そんな彼に、天馬は普段より優しい口調で歩み寄る。

「社長……俺は……」
「……お前は何も悪くないだろう」
天馬は、落ち込む翼の肩をポンと叩きながら、彼の隣に腰をおろした。

「翼、お前こそ大丈夫か?傷もそうだが、仕事で少しは酒を飲んでもいたんだぞ?」
「俺は……大丈夫です」
「そうか」
「愛菜は?」
「精神的なショックが強すぎたみたいでな。今は薬飲んで眠ってるそうだ……」
「そうですか……。光星さんは?」
「……さぁな。あいつのことで先に帰した翔悟と由宇からは何も連絡ないからな……」
「そうっすか……」


それっきり、翼と天馬は深夜の病院の重苦しい雰囲気に流されるように、しばらく一言も発さなかった。

しかし、それも羽月がいる集中治療室のドアが開くまでのことだった。

それを気付くと、翼と天馬は同時と言っていいほどのタイミングで立ち上がった。



「羽月……羽月……!」

翼は、医師たちとともに中からタンカーで運ばれてきた羽月に慌てて駆け寄った。

「先生、羽月……彼はどうなんですか!?」
翼が医師に尋ねると、青い手術着姿の医師は軽いため息をつきながら答えた。


「幸い奇跡的に心臓には負傷はありませんでしたが……出血とその他の外傷も酷く、それらのショックなどの影響で心拍数が安定していません。今夜が、峠だと思って下さい」

医師が翼と天馬にそう告げると同時に、羽月はすぐに病室へと運ばれていった。


「そんな……」

翼はガクリと床に崩れ落ちた。
同じナイフで突き刺された自分の左肩の痛みが遠い昔の思い出になるくらい、彼の心を凄まじいまでのショックが襲っていた。


翼と天馬は、そのまま眠ることなく、会話をすることもなく、ただひたすら重く長い時間の流れに身を任せていた。






………………











………………










………………










ただ黙って俯く翼と天馬の瞳にも、病室のブラインドのすき間からの朝日が差し込んでいた。


「翼、起きてるか?」
「はい」
「お前も軽くとはいえ刺されてるんだ、少し休め」
「社長こそ……ずっと寝てないんじゃないですか?」


機械と点滴にに繋がれたベッドの上の羽月をじっと見つめながら、二人はそんな会話を繰り返した。

羽月がすぐにでも起き出して、いつもの元気な姿を見せるんじゃないか-
心の中でわずかにあふれるそんな期待が、二人の目をずっと彼から放さなかった。

そして、ずっと長い時間口を閉ざしていた翼がついにその重い口を開いた。



「俺が悪いんだ……」
翼はまず、その一言をつぶやいた。

「どうしたんだ、翼?」
同じく口を閉ざしていた天馬がすぐに言葉を返す。


「俺が愛菜や羽月の異変にすぐに気付いて対応してれば……あの時美空ちゃんのところから愛菜を一人にしなきゃ、こんなことには……」
「翼よ、そんなに自分を責めるな。お前は何も悪いことをしてないじゃないか」
「でも……」
「しっかりしろ、翼!」

天馬は突然立ち上がり、激しい瞳で翼を見つめた。


「社長……」
「お前は羽月や他のホストたちがめざすウチのNo.1で、カリスマキャバ嬢愛菜の担当なんだぞ!もっとしゃんとしてろ!じゃなきゃ……二人が目を覚ました時に、どの面下げるつもりだ!?」
「社長……」
「お前も、俺達も、どんなに辛くても……あいつら二人が戻ってきたときには笑顔で元気に迎えてやるんだ。それがホストってもんだろうが!」
「……はい」
「俺達は、今はどんと構えている……それしかできないんだ」


突き刺さるような天馬の言葉に刺激され、翼は再び羽月のことを見つめた。


『羽月……必ず、必ず戻ってこい……』










それからさらに時間は流れ、時刻は16時を回ろうとしていた。


その間、翼と天馬は一睡もせず食事もとらず、ただずっと寝たままの羽月を看取っていた。

いつか心拍計のカウントが『0』になるんではないかという恐れを抱いたまま、二人は日の傾き始めた昼下がりを過ごしていた。


「羽月……」

翼と天馬は、事あるごとに彼のその名を口にしていた。











しかし、その時だった。











「うっ……」










「っ!?」

翼と天馬はほぼ同時に立ち上がった。

二人が見つめるその先には、わずかに声を漏らす羽月の姿がしっかりとあった。


「うぅ……」

「羽月?羽月……!?」
うめき声のようなものが羽月の口から漏れるたびに、翼は彼の名を呼び続けた。
すると、次第に彼のまぶたは、ゆっくり……ゆっくりと眩しさに堪えながら開き始めた。


「羽月……お前……」
天馬もため息を零しながら声をかける。
それに応じて、羽月はその視線をゆっくりと翼たちへと向けていた。


「翼くん……社長……」
「羽月…大丈夫か?」

翼が羽月の右手を軽くにぎりしめた。

「俺……確か光星さんに……」
「ここは病院だ。お前はもう助かったんだぞ」
「助かったん……俺?」
「そうだ」


すると、羽月は天井を見上げ、すぐにもその瞳を潤ませ始めていた。


「羽月、どうした?」
翼がそう問い掛けると、羽月は涙をひとつ流しながら口を開いた。

「ゴメンな……翼くん……俺のせいや……」
「えっ?どうしたんだよ、急に」
「俺が弱っちいせいや……俺が弱いから、翼くんも愛菜さんも……社長やみんなにも迷惑ばっかかけてもうた……」
「羽月」
「俺、怖かったんや……めっちゃ怖かったんや。俺が……その……星羽会の……生き残りやから、昔みたいな目にあうのが、めっちゃ怖かったんや……」
「昔みたいに?」

羽月は鼻水をすすりながら続けた。


「俺、家族がいなくなったあの事件の後も、施設でも『凶悪信者の生き残り』ってことで虐められながら過ごしてきたんや……。何でや何でやって、辛くて何度死のうと思ったかわからんかった……」
「羽月……」

翼と天馬は、そのまま羽月の言葉に対して耳を澄ました。


「中学のときな……学校でも施設でも虐めがすごいエスカレートしてな……。俺、何もか嫌になって施設も飛び出していったんや……」










遡ること6年前-



星羽会の信徒の生き残りである星宮直人は、当時"仕方なく"引き取られていた京都のある児童養護施設の中でも迫害されながら生活していた。

そして、中学校のクラスにても、差別的な虐めを繰り返し強いられていた。

それは日に日に内容もエスカレートしていき、ついに彼の運命を決定づける事件が起こった。



「もう、やめて……やめてぇや……」
「やかましいわ、この凶悪信者がっ!」
直人を放課後の薄暗い理科室で取り囲む十人のうちの一人が、彼の腹部を蹴りながら言い捨てた。

「痛いわ……もうかんにんしてや……。お願いや……」

「なぁなぁ、コイツ"危険物"のくせにまだ何か言っとるでぇ?」
「気に入らんなぁ」
「いい加減、俺らで"退治"した方がえぇんちゃうん?」
「そやなぁ~」

直人を取り囲む生徒たちは、ニヤニヤしながら一斉に彼につかみ掛かった。

「な、何すんねん!」
直人の言葉も虚しく、生徒たちは彼の学生服をすべて剥ぎ取り始めた。
「やめて!お願いだからやめてやぁ!」
懇願する直人の悲鳴のような言葉も、彼らにはうすら笑いのネタにしかなっていなかった。

下着だけにされた直人は、身動きがとれないように腕や足をおさえられていた。

27-2

 
「何で……何でこんなことばっかすんねん……」
「うるさいわ、アホっ」
主格である生徒の一人が、言い捨てながら直人の左頬を殴打する。

「ぐっ……」
「こうでもせんと、また何かやらかすかわからんからなぁ。なぁみんな?」
「そうやそうや!何でお前みたいのが、平気で学校来れるんや!」

すると生徒たちは次々と直人の顔や腹部、手足に至るあらゆる箇所を蹴りだした。

「痛い……もうやめてぇや……」
「黙らんかい!このクズっ!」
生徒の一人が直人の腹部に強烈な蹴りを入れる。

「ぶぇぇっ……」
すると、直人の口から少量の嘔吐物が出される。

「何や、きったないわぁ!」
「臭いんじゃボケェ」
床で倒れる直人を見下ろしながら、生徒たちは彼の手足をもぎるように踏み付け続けた。
あまりの苦痛に堪える直人の目からは、次々と涙が零れだしていた。

「ん、何やコレ?」
主格の生徒が、直人の背中に何かを見つける。
「何やコイツ、背中に羽根みたいな形したアザがあるでぇ」
「うわっ、何やねんコレ。気持ち悪いわぁ」


直人の背中に浮き出ている、羽根の形をしたもの-
それこそが、星羽会幹部信徒の血を引く何よりの証である『マザー・エレメント』であった。
生徒たちは、全員それを気味の悪いものを見る目で凝視していた。

「なぁ、俺えぇこと思い付いたわ」
「何なん?」

そう言って、主格の生徒はポケットからあるものを取り出した。
「これ、コイツに試さへん?」
「何や、その茶色い瓶?」
「硫酸や。ホンマに人の肌が焼けるんか、コイツで理科の実験しようや」
「おっ、えぇなそれ。だから今日の『ゲーム』は理科室やったんやな」
「そやそや。コイツに人権なんかないんやし。そうや、この変なアザみたいのにかけてみるわ」

生徒たちは、ゲラゲラと笑い出すと、氷のように冷たく細い目を倒れる直人に一斉に注いだ。
それに恐ろしいまでの悪意を感じ取った直人は、目を大きく開きながら後ずさった。


「ひっ……」
「オイオイ、逃げるなよ星宮クン。せっかく君の存在価値価値の無い体を使って理科の勉強をしようとしてるんだからさぁ」
「や、やめてや……頼むからもうやめてやぁ……!」
命ごいをするかのように、下着姿の直人は涙と鼻水で顔を濡らしながら彼らに訴えた。
それと同時に、彼の身体を唯一覆う下着が、異臭とともにじんわりと水気を帯び始めていた。

「何やコイツ、ションベンもらしとんでぇ!きったないわぁ」
「最悪やな」
「こら、実験早めるしかないな」
「はよ硫酸かけてまえ」
直人を囲む彼らの口から飛び出る一言一言が、一人床で失禁する彼にとっては、まるで漫画やテレビゲームに出てくるような悪魔の儀式と等しく思えた。


「おい、動くなや!」
「はよ実験せなあなぁ♪」
主格の生徒は、硫酸の瓶の蓋を開け、それを持った右手をついに直人に向け始めた。

「ホンマ……ホンマにやめてぇ!!」
直人は、涙の限り叫びながら手足をバタバタと動かした。
「おいコラ、勝手に暴れ-」


その時だった。
暴れた直人の足が、硫酸を持った主格の生徒の足に強く当たり、彼はバランスを崩していった。

「わっ」

一瞬驚きながらよろめいたときには、すでに彼の手に硫酸の瓶がないことに気がついた。

「あれっ」
「あっ」

硫酸の瓶の在りか-
それは、左大腿を押さえながら必死で悶えている直人の姿が、それを目にした全員の目にハッキリと映っていた。










「うぎゃぁぁあぁーーー!!!」










断末魔のような叫びが、理科室の中を一瞬で駆け巡った。


「うっ……うぎっ……!」
硫酸の零れた左大腿を、直人は必死で素手でおさえながら呻いていた。

「やばっ!マジかかってもうたで!」
「みんな、逃げるでぇ!」
その場にゲーム感覚でいた生徒たちは、何も見なかったかのように直人ひとりを残して理科室から走り去っていった。

たったひとり激しい苦痛とともに残された直人は、異臭に囲まれながら、止まることのない涙とともにその場でもがき続けていた。



その翌朝-

理科室に巡回に来た教職員によって気絶した直人は発見され、直ぐさま病院へと運ばれた。

『理科室の薬品が何故使われたのか』
という議題で職員会議にかけられたが、星羽会の生き残りである直人のことが大々的に外に漏れることを恐れた学校は、この事実を隠蔽するかの如く校外への露呈を禁止した。


学校も施設側犯人を探すことはせず、


もちろん、犯人である生徒たちも自らの罪を告白することなく


事実は闇の中へと葬られた。


唯一理不尽な暴力を受け、心と左大腿に大きな傷痕を残した直人のことを察する人間は、誰一人としていなかった。



「うっ……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

直人は、冷たい病院のベッドで孤独に堪えながらやり場のない涙を流し続けていた。


しかし、見舞いにすら来ることのない学校や施設のその杜撰な対応に不信感を抱いた病院側は、直人の状態を含めて児童相談所へと連絡をした。


事情を聞き付けた児童相談所の人間は、傷ついた直人を助けるために、学校と施設を徹底的に糾弾した。


直人の素性は伏せられたものの、苛烈かつ残酷な虐めを隠蔽したとして、学校とはマスコミにも糾弾され、

犯人の生徒たちは、全員警察にて取り調べを受けることとなった。



「もう、施設に戻りたくない」という直人の意見を尊重し、彼の身柄は施設から児童相談所を介して、里子を募るある一人の老人のもとへと預けられることになった。


病院を退院し、学校には行かず一人老人の家で新しい生活を始めた直人だったが、心に刻まれた傷はとても深く、ふさぎ込んだ毎日を送っていた。


「直人、直人」
老人が、畳の上で寝そべる直人に声をかける。

「……何や?」
「学校、いかへんのか?」
「……もうあんなとこ行きとうないわ……」
「そうか。じゃあわしの仕事手伝わんかい」
「仕事?」
「そや、畑の芋掘りや。中学生が何もせんで、身体なまるで?」
老人は、半分無理矢理に渋る直人のことを庭の畑へと連れ出していった。





「なぁ、じいちゃん」
「何や?」
「何で、俺のこと引き取ったんや?」
「……何でそんなこと聞くんや?」
「だって……」
直人は、すぐに口をつぐんだ。
しかし、老人はすぐに笑顔で答えた。


「新しい家族が欲しかった……。それじゃあかんか?」
「新しい……家族?」
「そや。ほれ、見てみぃ」老人は、手に持った大きなじゃがいもを直人に見せた。

「お前が星羽会だかか何かはわしにとってはどうでもえぇ。ただ、わしと一緒に元気に暮らしていけたらそれでえぇやないか。さっ、いくぞ」
「あっ……」
老人はそう言うと、すぐにじゃがいもを積んだ籠を持って家へと戻っていった。




「ほうっ、今年のじゃがいもはいい出来やな」
老人は喜びながら、皿に盛ったホイルの中身をつついていた。

「食ってみぃ」
老人は、バターをつけた蒸したじゃがいもを直人に差し出した。

「……うまい……」
「うまいか?」
「めっちゃうまいわ……!」
「何や、そんなえぇ顔で笑えるんやないか直人」
「じいちゃん……」
「お前の生い立ちがどうとか、わしにはそんなん関係あらへん。いつか、別れたお姉さんにも、このジャガバター食べさしたれや。それまで、わしが責任持って守ったるからな」

老人は、優しい笑顔で直人にそう囁いた。


「……うん。おおきに、ありがとう……」

直人は、涙と鼻水をこぼしながら、熱々のじゃがいもを頬張っていった。



いつか必ず、生き別れたたった一人の姉・茜に再会できる日を夢見て-










話を聞き終えた翼と天馬は、ただずっと羽月を見つめていた。
すると、すぐに羽月は口を開いた。

「俺、ずっと誰かに認めてもらいたくて……でも、星羽会の経歴あるから普通に人と接するのが怖くてしゃあなかった……。だから-」
「ホストを始めた……そうだな?」
羽月の言葉を天馬がつないだ。

「そうや……。俺みたいなのでも、実力主義のホストの世界なら名前や経歴も隠して生きていける……。ましてや、姉ちゃんが歌舞伎町にいるって聞いたときは……もう行くしかないと思ったんや」
「そうだったのか……」
翼は、羽月の言葉に納得したかのようにうなずいた。

「でも……ついには【Pegasus】までが星羽会の騒動に巻き込まれてもうて……そしたら何故か光星さんに正体ばれて脅されて……もう、どうしようもなかったんや……」
羽月は涙を流しながら、その悲痛な胸の内を打ち明けた。


「社長……」
「何だ、羽月?」
「俺……もう店にはいれませんよね?」
「お前……」
「星羽会のことがあったら店にも迷惑かけてまうし……もう、ホストすることできへんよねぇ……」

羽月が泣きながらそうつぶやいた時、天馬は真っすぐに彼を見つめ、再び口を開いた。

「羽月、お前今本気でそう思ってんのか?本気でそうしたいのか?」
「えっ」
「自分を試したくて、姉さんに会いたくて、だからホストになりに歌舞伎町まで出てきたんじゃないのか?」
「社長……」
「俺が知ってるのは……信じているのは、星羽会とか何かでクヨクヨしている"直人"じゃない。いつも元気でお客さんたちを楽しませている【Pegasus】の大切なホスト・羽月なんだ!」
「社長……俺、店にいてもいいんですか?こんなやつがいても……俺……」

羽月が泣きじゃくりながらそう言うと、天馬は微かに笑いながら首を縦に振った。


「社長として俺からの命令だ。とっとと傷を治して、一日も早く店に戻ってこい!俺も、翼も、翔悟たちも、そしてお前を慕ってるお客さんたちも、みんなお前を待ってるからな」

天馬がそう言うと、羽月は泣き虫な子供のように顔を真っ赤にしながら涙を流していた。

「ありがとうございます……。おおきに……ありがとうございますぅ……うっ……えっ……」

「羽月」
翼が口を開いた。

「何や、翼くん……」
「いや、何て言うか……その……」
「えっ?」
「……めんな」
「えっ??」


「俺のために、こんなになってしまって……ごめんな……」
翼が頭を下げながらそう言うと、羽月はニッコリと満面の笑みをのぞかせる。

「気にせんでえぇって、翼くん。俺ら、友達やん」
「羽月……」
「大好きな友達を守るんは、男として当然やでぇ」
羽月はニカッとしながら、翼に優しくそう言った。
元気な中にどこか淋しさを隠した、いつもの笑顔で。

「羽月……」
「んっ?」
「ありがとう……な……」
翼は、どこか恥ずかしそうにフッと笑顔を見せながら言った。


「初めて見たわ……翼くんのそんな顔」


翼と羽月は見つめ合いながら、互いに見せたことのないどこか清々しい素直な表情を見せていた。



病室へと差し込む沈みかけの夕日が、傷ついた心をついに通わせた二人のホストを、優しく……優しく照らしていた。





                                                   第28章へ


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