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24-1


握手を交わした翼と聖は、数秒ほど互いに見合っていた。
不敵に笑みを見せる聖に反し、翼はただ黙って彼の様子を伺っていた。


『この人、
ただ者じゃない』

翼はホストとしての本能でそう直感した。
しかし、そんな中先に口を開いたのは翼の方だった。


「聖さん、ですね。翼です、よろしくお願いします」
「よろしくっ、翼クン。へぇ、思ってたより礼儀正しいんだね」
「どうも。あの-」
翼がそう言いかけた時だった。


「聖っ!」
そこに天馬が大きい声で割って入ってきた。

「お前、どうゆうつもりだ?何をしに来たんだ!」
「まぁそういきり立つなよ天馬。別に俺は嫌がらせや妨害とかで来たんじゃない。噂の翼クンとやらに会いに来ただけさ。それに-」
聖は、翼の横で驚きながら自分を見ている翔悟達に視線を向けた。

「久しぶりに可愛い後輩にも会いたかったしな」
聖がそう言うと、翔悟は驚きを隠すように口を開いた。

「聖さん……お久しぶりです」
「久しぶりだな、翔悟。【Unicornis】を離れて天馬にくっついてってからは、けっこう目立ってるみてーじゃん」
「いえ、そんな」
その時、聖は優しげだった表情を一瞬で鋭くさせる。

「だが翔悟よ……俺や天馬がプレイヤーとしていないからこそ、ここでNo.1を張れてたお前が……今やホスト歴半年に満たない彼に負けてNo.2か」
「ぐっ……」
聖の突き刺さるような口調に、翔悟は何も言わず顔を伏せた。
しかし、執拗に言い訳をしようとしない彼に、聖はそれ以上何を言うこともなかった。
そして、その鋭い視線は由宇と光星に向けられた。

「由宇、相変わらず元気そうだな」
「聖さんも相変わらずで」
「No.3か。こっちに来てからもがんばってるようだな」
「えぇ」
聖と由宇は、特に何があると言うわけではなく、淡々と言葉を交わす。
そして、次には横にいる光星に話し掛ける……と思いきや、彼はすぐに目をそらした。


『なっ……』


豆鉄砲を喰らったような光星は、そのまま立ちすくむ。
「聖さん……?」
光星は振り絞るように聖に声をかけるが、彼はふぅとため息をつく。

「光星……お前は俺に何と言って欲しいんだ?」
「えっ」
「まぁいい。どの道お前に今以上の伸びなんて誰も期待しないだろうからな。それに-」
聖は再び翼の方へと視線を向ける。

「今俺が最も興味があるのは君だよ、翼クン。天馬以外に唯一あの愛菜さんからの指名を勝ち取ったホストと言うからには会えるのを楽しみにしていたが-」
聖は一本の煙草に火を燈した。

「しかしまぁ何だ、【Pegasus】のレベルもたかが知れてるな、天馬よ」
聖は煙をふきながら、呆れたように言い捨てる。

「どうゆう意味だ、聖」
天馬が冷静に聞き返すと、聖はもう一度煙をふきだしながら答える。

「あの女一人が客につけばすぐにでもNo.1になれちまうような程度のレベルかって聞いてるんだよ。天馬、お前がいたときの【Unicornis】みたいにな」
「聖」
「俺は別にその翼クンに愛菜さんが指名客になろうがかまわんのさ。ホストの世界は結果と現状が全てだからな。ただな-」
聖は、その鋭い視線を翔悟や光星に向けた。

「仮にも一度は名店【Unicornis】を出てる奴が、ぽっと出半年そこらの奴にあっさり抜かれてるのが我慢ならねぇんだよ。自分でそうは思わねぇか?なぁ、翔悟」
「くっ……」
翔悟は、聖の鋭すぎるまでの眼光からただうつむくだけだった。
そして、その眼光は光星に向けられる。

「光星よ」
「……何スか、聖さん」
「翔悟を抜いたその翼クンだけならともかく、由宇にまで抜かれてるとはな。どうだ?自分がいびっていたかもしれない後輩たちに抜かれてる気分は」
「聖さん、俺は」
聖は煙をふきながら見下ろすように光星に言い捨てた。

「そのうちそこのNo.5の背の高い金髪クンにも抜かれるんじゃないのか?一体お前は【Pegasus】で何をやっていたんだ?」
「……」
次々と鋭い言葉を浴びせる聖に、普段饒舌なあの光星が何も言い返すことができず歯を食いしばりながら黙っている。
それを横で見ていた羽月は、内心のハラハラがおさまらなかった。


「聖!いい加減にしろ!お前は一体何がしたいんだ!?」
天馬がそこに割って入る。
「天馬、俺はここの現状をストレートに言ったまでだ。このままじゃ【Pegasus】はさらに上に伸びない……内心お前もそう感じてはいるんじゃないのか?」
「……」

「まぁ無駄話はこれくらいでな。今日はお前にちょっと相談があって来たんだ」
聖はそう言うと、スッとソファに腰をおろした。

「俺に相談?」
「あぁ。これは【Pegasus】にとってもいいと思ってな」
脚を組んでソファにもたれかけた聖は、改まったように口を開いた。

「単刀直入に言うわな。天馬、俺をここに置いてくれないか?」
「なっ!?」
思いもよらない聖の発言に、天馬を初めとする【Pegasus】の一同が驚きのあまりざわめきたつ。
しかし、天馬や翔悟でさえも驚きを隠さない中、翼だけは冷静に彼の次の言葉を待っていた。


「聖、どうゆうことだ?詳しく聞かせろ」
天馬が聞き返すと、聖はすぐに答えた。

「天馬もわかっているだろうが、今【Unicornis】はガサが入って営業停止を食らっている。どうなるかはわからんが、俺は恐らくもう営業するのは難しいと考えてるんだ。しかし、俺が最も心配なのはそんなことじゃない。さっきお前が話しかけていた"アリスの子"とやらのことだ。この店から妙なモノを流した奴がいたせいで、俺はホストとして動けないんでな!」

聖は天馬を鋭い目で睨みながら言い放った。

「おかげで、店はおろか俺の客足にまで影響が出てるんだよ。だったら、俺をここで仕事させてくれることぐらいななきゃ割に合わねぇよな?天馬よ」
「聖……」


「"アリスの子"のことだって手を貸すし、それに俺がここに客を呼べば売上にもなるんだ。悪い話じゃねぇと思うが?」

自信満々に話す聖は、光星に視線を向けた。

「まぁ、後輩いびりにのさばって売上が伸びないどっかのホストよりは俺がいた方がいいだろ」
「……!」
聖の嫌味がかった言葉に、光星は眉を引き攣らせた。

「どうだ天馬、もちつもたれつ……俺をここに置いてみろよ。何より、俺のホストとしての実力はお前が一番わかってるはずだ」
そう言うと、聖はスッとソファから立ち上がった。

「言いたいことはそんだけだ、邪魔したな。まぁ、お互いのためにも…ちゃんと考えといてくれよな」

そう言って、聖は【Pegasus】一同の前から颯爽と姿を消していった。



「何なんだよ、あの人」
「社長の元ライバルか知らないけど、あんな横暴な人がこの店に来るなんて」
「でも、"アリスの子"って……?」


「みんな、聞いてくれ」

ホスト達がざわめく中、天馬は意を決したように口を開いた。
ホスト達も一瞬で静まり返り、その耳を彼に傾ける。
「今から俺が話すことは、みんなのホスト生命や店の存続にも関わることだ。お客はもちろん絶対に関係のない人間に他言するな」
ホスト達がうなずいたのを確認すると、天馬は一息ついてから事の顛末を話し始めた……



約10分後-

天馬から語られたことを耳にしたその場にいた全員が、驚きを隠せなかった。

「そんなものが……」
天馬の横にいる普段冷静な佐伯も、今思っていることをうまく言葉にできずにいた。
事情を知る翼を除き、翔悟を初めとするホスト達全員も何一つ言葉を発することはなかった。
しかし、そんな重苦しい雰囲気を必死で破ったのは翔悟だった。

「社長、聞いてもいいですか?」
「何だ翔悟?」
「その……星羽会って宗教の生き残りってのが、本当に俺達の中にいるんですか?」
「正直なところ、俺にもわからない。ただ、その"St.Alice"ってやつの存在で【Unicornis】がやられたって事実がある以上、俺達もみんなに話して知ってもらうしかない……そう思ったんだ。そして-」

天馬は一度呼吸を調えるために息を呑んだ。

「何より、お前ら一人ひとり全員がこの【Pegasus】の大切なキャストだ。この中に"アリスの子"って奴がいると、俺は信じたくない」

経営者として事実を話さなければならない辛さを必死で噛み締めるような天馬の口調が、事情を深く知る翼にはとても痛いほど滲みていた。
いずれ知ることになったとはいえ、少なからず従業員同士の間に生じ始めている疑心暗鬼が、天馬と翼には重々しく見えてならなかった。

その中で、羽月の正体を唯一知る翼は、気付かれないように彼の様子を伺っていた。

他のホストと同じように、羽月は驚きながらおろおろとしていた。


『俺への態度の変化もだが……あの驚きは演技しているのか?それともみんなと同じように本当に驚いてるのか……??』

翼の中では、星羽会信徒の生き残りという意味での羽月への疑心暗鬼が、ますます深まっていった。

しかし、生き残りとはいえ本当に羽月が"St.Alice"を流している"アリスの子"なのだろうか…?
天馬と同様、翼の中では信じたい相手に対して理不尽な疑いを向けてしまっていることに、苦悩を感じずにはいられなかった。

ミーティングが終わり一同が解散した後、翼は一人天馬がいる店の奥の事務所へと足を運んでいだ。

「社長、翼です」
「おう、入れ」
「失礼します」
翼はドアを開け、事務所の中へと入っていく。

「お疲れ様です」
「今回ばっかりは、俺も頭を悩ませたよ。店の責任者として、あれは正しかったのかってな」
「えぇ。あ、美空ちゃんのこと伏せてくれて、ありがとうございました」
「なぁに言ってんだ。あの子は何も悪くないし、女性のプライバシーを守るのは尚更当然のことだろう」

疲れていても、女性への気遣いは絶対に忘れない……天馬のそういったところに、翼はあらためて感心をしていた。
しかし、それにより翼が天馬に今話そうか迷っていた羽月の正体を留める結果となった。
羽月の正体を言えば、愛菜の正体から彼女の辛い生い立ちまでをもいずれ口にしてしまうことになる。

彼女のプライバシーを考えてか、翼はそれらのことを胸の内に留めておこうと考えていた。


『それにしても……愛菜は一体どうしたんだろう?』
美空のところで別れて以来音信不通になっている愛菜への気掛かりが、翼の中での一抹の不安を時間とともに膨らませていった。



一方-

羽月はひとり大久保にある、とあるマンションの一室の前にいた。

「……」
羽月は無表情のまま、その一室のインターフォンのボタンを押す。
鳴り響く電子音とともに、その部屋のドアはすぐに開いた。

「よう」
部屋のドアから顔を出したのは光星だった。

「光星さん、お疲れ様です……」
「入れや、羽月」
「はい……失礼しますぅ」
羽月は、小さな声でそうつぶやきながら光星が導くその部屋の中へと入っていった。



「ちきしょぉぉおっ!!」
光星は異常なほど荒れた口調で声を上げながら、床にあるごみ箱を蹴り飛ばした。

「ちきしょぉちきしょぉちきしょぉ~何で俺がこんな惨めな思いしなくちゃなんねんだ~!!」
「光星さん、落ち着いて」
「おい羽月!」
「はい……」
「これが落ち着いていられっと思うかぁ!?翼の野郎に抜かれただけでなく由宇にまで抜かれて……そのうえお前にまで抜かれるって、全員のいる前であそこまではっきり聖さんに言われたんだぞゴラァ……」
光星は、右手に持つウィスキーのボトルの注ぎ口を度々口に運んでは、呂律の回らない口調で言い散らした。

24-2

 
すると光星は、別室のドアをギョロリと横目で睨み据える。

「こんなときは……ウサ晴らししねぇとなぁ」

フーフー息を荒げながら、光星は別室のある方へとズカズカ歩いていく。
その様子を見ている羽月は、目をつむりながら苦しそうに顔を背けた。


『もうやめたってくれ……』

羽月は心の中で力なくそうつぶやいた。
しかしその願いは届かないのか、彼の中で悪夢とも言えるその光景は、別室の中で再び再現されようとしていた。



「イヤ……やめて……」

僅かに開いた別室のドアの向こうから、か細いまでの一人の女性の声が力無く羽月の耳に突き刺さる。

「イヤ……」
「イヤじゃねぇんだよ、黙れこのホスト狂いが。おい羽月聞こえるか!?お前も来い!」
光星の言われるがまま、羽月は声のする別室へと向かってゆっくり足を運んだ。

一歩……また一歩が、今の彼にはあまりにも重く感じられた。


「……」
無言でその部屋の中へと入る羽月の視界に映ったのは-



羽月は再び顔を背けた。

常夜灯で薄暗く照らされた部屋の中、セミダブルサイズのベッドの上では一人の全裸の女性が既に半裸になった光星の身体に覆いかぶられていた。

彼女の両腕はロープで拘束され、衣服や下着は部屋中に散乱するように無残なまでに落ちていた。

ぐしゃぐしゃに乱された巻き髪・色白く華奢なまでも豊満さを見せる抜群のスタイル……
そして、涙を流しながら虚ろにどこかを見つめるその女性は、数日前に突然音信不通となっていた愛菜だった。



「やめて光星……」
「あぁ!?気安く呼び捨てすんじゃねぇ!!」
光星は、涙で濡れる愛菜の頬を強く叩いた。
それに伴い、「バシッ」という強い音が部屋に響く。

「何で、何でこんなことするの……」
力無く言葉を漏らす全裸の愛菜を見て、光星はニヤリとしながら答える。

「愛菜さんよぉ……あんたがそんなことを聞く必要はないんだよォ!」
光星はそう叫びながら、露になっている愛菜の乳房を右手で強く掴んだ。
「痛いっ!やめてお願い……」
愛菜の言葉も虚しく、光星はその手を彼女の下半身の方へと移した。

「はっ……何だよこのアマ。やっぱり相手が翼の野郎じゃねぇとあんまし濡れねぇってかよ」
光星のまさぐる手の強さは、次第に強くなっていった。

「やめて……やめてぇ……」
「まぁしかしよぉ……性格はともかく、さすがカリスマキャバ嬢……いい身体だぜ」
光星は揺れる愛菜の乳房をベロリと舐め上げると、直ぐさま自らの下半身を彼女のそれへと沈めた。

「ヤッ……イヤぁぁぁ……!」
「いい声だな愛菜よぉ~!」
酒で酔ってままならない動きの光星が相手でも、腕を拘束され身動きがとれない愛菜は、なされるがまま貪りつくされていった。

そんな鬼畜のような残虐極まりない光景を、羽月はうつむきながら黙っていた。










数分後-

愛菜を相手に行為を終えた光星は、ベッドに座り込みながら煙草を吸っていた。
その脇で、光星の唾液などの液体にまみれた全裸の愛菜は、バンザイをしているかのような仰向け姿で虚ろな瞳を天井へと向けていた。

「……」

愛菜は、何も言うことなく微動だにすることもなかった。
ただ、弱々しく息を切らせ、無理矢理ほてらされた身体の熱を冷ませるのに努めていた。


「はぁ~今日もいい味だったぜ。オイ羽月!てめーちゃんといるのかよ!」
「……はい」
下品に言い散らすように声を上げる光星に、羽月は小さく返事をする。

「あー気持ちいいぜ。この女の身体は病み付きだなオイ」
「……」
「羽月聞いてんのか!?」
「聞いてます……」
「おい、お前もイケよ」
「……はっ?」

羽月は自分の耳を疑った。
しかし、光星はすぐに口を開いた。

「お前もそのアマでイケっつったんだよ」
「な、何やて……」
「お前、この女好きなんだろ?だったら今のうちにヤッとけよ」
「そっ、光星さん……!」

意識が朦朧としながらも二人の会話を耳にしていた愛菜は、チラリと羽月のことを見た。


『羽月くんが……あたしを……?』

愛菜のそんな思いをよそに、彼らの会話は続いた。


「これは俺からの絶対命令ってやつだ。やれ羽月」
「そ、そんな」
羽月はチラリとベッドの上の愛菜に視線を向けると、彼女と目が合った瞬間すぐ背けた。

「で……」
「あっ?何だ?」
「できへんそんなこと……」
「あぁ!?」
「光星さん、もうやめてやこんなこと」
羽月は、普段の明るさを全て押し殺したような声で光星に言った。
だが、起き上がった光星はその言葉を受け入れるどころか、恐ろしく歪んだ表情で羽月のもとに近づいた。
そして、羽月の襟首を掴み、ギロリと彼の顔を睨んだ。


「羽月よぉ……俺ぁ言ったよなぁ?逆らったらばらすってよ、お前の正体が-」
「光星さんっ!」
「星羽会の生き残りだってなぁ!!」
光星がそう言い放ったとき、愛菜は目を大きく見開いた。

「羽月くんが星羽会の……?…本当に……??」
愛菜がそうつぶやいた瞬間、光星はニヤリとしながら愛菜に言った。

「そうさ、こいつ……羽月は今"アリス"騒動で有名な星羽会ってあぶねー宗教の生き残りなんだよ!愛菜さん、あんたと同じでな!」

光星のその言葉を聞いた瞬間、羽月は目を円くして二人を見比べた。

「何やて?愛菜さんが……星羽会の……!?」
「そうさ羽月!あの女にもそうゆう生い立ちがあんのさ!」
「光星さん……何で、何でそのことを知ってるんや?」
「それはな……これよ」
光星は、透明な液体が入った一つの小ビンを取り出した。

「何やそれ?」
羽月が問いかけると、光星は狂ったような笑みを浮かべながら答えた。


「今流行りの……"St.Alice"ってやつさ!」
「なっ!」
「……!」
それを聞いた羽月と愛菜は、一瞬で表情を蒼白色へと変えた。

「光星さんそれは!」
「ちょっといただいたのさ……"アリスの子"て謎の人物に。おかげでいい気分だぜ」
「そ、そんな……」
羽月は、恐ろしい悪魔でも見るような目で光星を見た。
彼の口調や目付きが普段と比べて尋常ではないことは薄々と気付いていたものの、彼の心はありえないような恐怖に徐々に襲われ始めていた。


「羽月、あの女をヤれ!」
「い、嫌や……。やっぱりこんなの-」
その時、光星の拳は直ぐさま羽月の顔面を鈍い音とともに捉えていた。


「うがっ!」
声を上げると同時に、羽月は部屋の床にバタンと倒れ込む。

「羽月くんっ!やめて光星……!」
愛菜は小さい声で叫ぶも、もはや狂い始めた光星の耳には届いていなかった。


「羽月、ヤれ」
ドスを効かせた光星の声の前に、羽月はゆっくりと立ち上がった。

「嫌や……」
「あっ?」
「俺、自分のことばらされんのが怖くて怖くて、ずっと光星さんの言うこと聞いとったけど……それだけは嫌や」
「羽月」
「愛菜さんが目の前でこんなになっとるのに何もせんと見とった俺が今更言うことちゃうけど……俺、やっぱり愛菜さんも翼くんも大切やから、それは……」

羽月がそう言うと、うっすら目付きを細めた光星が彼にゆっくり……ゆっくり歩み寄る。

「うがぁっ!」
光星が羽月のみぞおちや顔を踏み蹴り始める。
その度に、羽月の痛みに充ちた悲鳴が部屋中に響き渡る。

「俺に逆らう気か羽月よぉ!星羽会の生き残りのくせによぉ!」
光星は止まることなく、倒れる羽月を蹴り続けた。

しかしその時だった。



「やめてっ!」



愛菜が最後の力を振り絞ったかのように、悲痛な叫びをぶつけた。

「お願い……やめて。私ならいいから……羽月くんともするから……お願い、彼をいたぶるのは、もうやめて……!」
愛菜は涙を流しながら光星に訴えかけた。
光星も蹴る足を止め、長い髪の毛を掻き分けながら細い目で彼女を見ている。

「ゲホッ……ゲホッ……」
口から少量の吐血をしながら、羽月はよろりと倒れた身体の上体のみを起こした。

「愛菜……さん」
「羽月くん、私を抱きなさい……」
「でも……」
「光星、言うこと聞くから……これ以上彼をいたぶるのはやめて……」
力無い愛菜の言葉に、光星はニヤリと笑った。
「じゃあわかったな、ヤれ羽月!」

 


10分後-

光星に服を剥ぎ取られた羽月は、涙を流しながらその裸の長身の正面をベッドの上の愛菜へと向けていた。


向かい合う裸の愛菜も、その瞳から涙を溢れさせながら彼のことを受け入れた。



ただ無言で互いの身体を絡め合う二人は、



互いが十年前に生き別れた肉親だとは知ることもなく



虚しく傷つけ合うだけの行為を、その身体で繰り返した。



その光景を、光星は酒を浴びながら、心行くまでの醜い笑いを上げながら観賞に浸り続けた。



そんなあまりにも狂いすぎた夜の宴は、



互いの涙で身体を濡らす、果てた裸の姉弟の倒れた姿で終焉を迎えた。










『愛菜サン、翼クン……ホンマニ……ゴメンナサイ……』





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25-1

 
翌日の午後-

翼は、手に持った自らのケータイをただじっと見つめていた。


『愛菜、
何かあったんだろうか』
あれから何度となく連絡しても彼女からの応答が無いことに、翼は不安と疑問を抱き始めていた。

「いくら何でも、おかしいよな。そうだ」
次第に愛菜の音信不通を怪しくさえ思い始めていた翼は、一つの考えを思いついた。
すると、すぐにケータイを操作し通話へと入っていく。


「あっ、社長ですか?おはようございます、翼です。今日の出勤を少し遅らせていただきたいんですが、いいでしょうか?実はちょっと……」
翼は、電話にて天馬にあることを頼み始めた。





一方-

悪夢のような夜が明けた光星の自宅マンションでは、ベッドの手摺りに腕を繋がれた全裸の愛菜と羽月が、弱りながら横たえていた。
そんな二人を嘲り笑いながら、光星は出勤の準備へと勤しんでいた。

「たくよぉ、昨日は派手に遊びすぎたから頭痛いぜ」
ブツブツとそう言いながら、長い黒髪を掻き分ける。

「光星さん……」
羽月が力無いかすれた声で言った。

「あぁん?何だよてめぇよぉ」
光星が面倒臭そうに羽月を睨むと、彼は鉛のように重たく感じるその身体を何とか起こした。

「何で……何でこんなことすんねん。俺、光星さんの言うことちゃんと聞いてきたやんか……」
羽月がそう言うと、光星は「ハァ」とため息をつきながら答える。

「俺はな、お前らみたいな星羽会の奴らが嫌いなんだ」
「えっ??」
「聞こえねえのか?俺はおまえら糞信教の人間が嫌いだっつったんだよ」
光星は、鋭い目付きで睨みながら羽月に言い放った。

「何で、何でやねん。何でそこまで星羽会を憎むんや?それに……何で"St.Alice"を??」
「……」」
羽月が声からがらに問いただしても、光星はそれ以上何も答えなかった。


「ん?」
その時、光星は自分の足元に一枚の写真が落ちていることに気がついた。

「何だ、この古そうな写真は?ガキが二人写ってるけどよ」
光星は写真を拾い、それを不思議そうに見つめた。

そのことに気付いた羽月は、ハッと目を大きく開いた。

「光星さん、それは……!」
羽月が慌てながら言うと、光星は、その写真が彼のものだということにニヤリとしながら気付いた。

「何だ、コレお前のか。こんなボロい写真を何で持ってんだぁ?」
「お願いや、それだけは返して欲しいんや!」
「ふーん」
光星は写真をあらためてじっと見つめた。
しかし、その最中に意識を失っていると思われた愛菜も、二人のやり取りをひそかに見ていた。



『あの写真!何で?何で羽月くんが……??』



愛菜が心の中でそう呟く中、光星は写真をジャケットの内ポケットにしまい込んだ。
「なっ、光星さんそれ返してやっ!」
「うるせんだよ星羽会の生き残りがっ!へっへ……面白そうだから俺が預かっとくぜ。じゃあ、俺は店に行くからな。変なマネするんじゃねぇぞ、わかったな」

光星はそう言い捨てると、拘束された羽月たちのいる部屋の中から姿を消していった。


「くそっ……何でや、何であんなことするんや」
羽月は目に涙を溜め、その悔しさやもどかしさを重くのしかかる沈黙へとぶつけた。
そんな彼を、となりにいる愛菜は、視線を悟られないように静かに見つめていた。



一方-

午後7時をまわった頃、翼は歌舞伎町のとあるビルの前にいた。

「たしか、ここの7Fだな」
翼は、直ぐさまそのビルのエレベーターへと乗り込み、目的である7Fへと上がっていった。


到着すると、翼は黒と白を貴重とした気品に充ちた扉を目の前にしていた。

「【Club Mirror】……ここか」
すると、扉は自動的に右へとゆっくりと開いていった。

「いらっしゃいませ、お客様」
開いたドアの奥から、すかさず黒服らしき男が出て、翼を迎える。

「あの……一人なんですが、今は大丈夫ですか?」
「はい、ただいま席の方がまだ空いておりますので、すぐにご案内致します」
翼は直ぐさま愛菜のことを黒服に尋ねようと思ったが、それだけでは失礼と思いまずは客として【Mirror】の店内へと入ることにした。


黒服に席を案内されると、翼は黒色のソファへと腰をおろした。


『久しぶりのキャバクラだな。会社の接待以来か』

翼はそんなことを考えながら、渡されたおしぼりを手にしつつ辺りを軽く見渡した。
そこは、【Club Mirror】という名前の通り、壁が一面鏡ばりにされた、【Pegasus】とは違う意味で現実とは掛け離れたような不思議な空気間を漂わせていた。

一見会社の経営者や重役とも思われるような客層には、見事なまでにドレスアップしたキャスト達が笑顔とスタイルを武器に接客に勤しんでいる。
それらの雰囲気からとれる完璧さが、同じ水商売に携わる翼には、そのレベルやクオリティの高さが肌で感じられていた。


『愛菜、ここでNo.1を張っているの…』

翼はひっそりとそう思った。
すると、黒服の男がアイスやマドラーなどをせっせとテーブルにセットする。

「お客様、本日キャストの御指名などはありますでしょうか?」
黒服が翼に尋ねる。

「えっと、愛菜さんて人に会いたくてきたんですが、今日は出勤されてますか?」
翼がそう答えると、黒服は一瞬険しそうな顔を見せる。

「申し訳ありません。愛菜さんは、本日こちらに出勤されていません。他のキャストもおりますので、そちらで-」
「お休みなんですか?」
翼が黒服の言葉を遮ると、彼は翼の全身をサッと見渡す。
翼の容姿を見て明らかに「ホストである」と半ば認識した黒服は、あらためて口を開いた。

「お客様、大変失礼ですが愛菜さんとはお知り合いか何かで?」

「はい、昔からの友人で。あの、愛菜さんと何日も連絡が途絶えているので、それで心配に思ってお伺いしました。あの、彼女は今こちらには?」
「……少々お待ち下さいますか」
翼の言葉を聞き、黒服はその場からスタスタと去っていった。


『愛菜……』
そう考えながら俯いている翼を、黒服は離れたところから店長と彼のことを見ていた。

「店長、あのお客様ホストですよね」
「あぁ、そこまで派手ではないが間違いないだろうな」
「営業かもしれませんし、帰っていただきましょうか?」
「うーむ……」
二人がそう話していると、そこにスラリと背の高い、ホワイトのドレスに身を包んだ一人のキャストがやってくる。

「店長、あたしをあの人の所につけてくれませんか?」
「凜(リン)が?」
凜と呼ばれた一人のキャストは、まっすぐ翼を見つめた。

「店長、いいですよね?」
「うんわかった。凜、頼むな。どうやら愛菜指名みたいなんだが」
「はい」


凜は、フワッとしたその巻き髪をなびかせながら、黒服に連れられ翼のもとへと向かった。
彼女が自分のところに近づいていることに、翼も気付く。


「ご紹介します、凜さんです」
黒服が翼に対して紹介をすると、凜はニコリとほほ笑んだ。

「はじめまして、凜です。お隣り失礼してもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
「じゃあ、失礼しますね」
翼が凜を隣に促すと、彼女はゆっくりとソファに腰をおろした。
そして、黒服が去ったのを確認すると、凜は翼に話し掛けた。

「はじめまして。【Pegasus】の翼さんですよね」
「はい。何で僕のことを?」
翼が聞き返すと、凜は小声で再び話し始めた。

「愛菜さんのことで、ここにいらしたんですよね?私もって言うかお店もですが、ここ数日間愛菜さんが行方不明なのをとても心配していたんです。家電はもちろん、ケータイに連絡しても出ないし……」
「愛菜、こちらへの出勤にも出てないんですか?」
「はい。あの仕事にプロ意識の高い愛菜さんが無断欠勤するなんて、私達には考えられないことなんです。ましてや愛菜さん、うちのNo.1だし」
凜は一変して、不安げそうに翼に言った。

「そうだったんですか」
翼はため息と同時にそうつぶやく。
そんな彼を見てか、凜は再び口を開いた。

「やっぱり、聞いていた通りの人ですね」
「えっ?」
「翼さんは忙しくて気付いてなかったかもだけど、あたし【Pegasus】では羽月くんの指名客なんです」
「羽月の……?」
翼は、思いもよらない話に驚く。
凜は続けた。

「はい。あたし人見知りだから、初めて【Pegasus】に遊びに行ったとき、ホスト初めてのあたしに、とっても優しく気さくに接してくれたのが羽月くんでしたぁ。あの子、ちょっとおっちょこちょいだけど、根はとても純粋で」
凜はどこか切なそうに笑うと、再び続けた。

「羽月くん、ついこないだも言ってましたよ。翼くんはとってもいい人や~って。だから、あたしも愛菜さんが指名してるあなたには、興味があったんです。あの人や羽月くんが認める人だってことが、今は何となくわかる気がします」
「そうですか、羽月のやつが……」
その時翼は、最近の羽月の態度の異変について思い出していた。
羽月の自分への直接の態度と第三者へ話している自分のことの話の内容で明らかな差異があることに、翼は沸き上がる違和感を抑えられなかった。



「すみません、せっかく来てくれたのに力になれなくて」
凜は、【Mirror】店内から帰ろうとする翼に申し訳なさそうに言った。

「いえ、こちらこそありがとうございました。羽月のこと、これからもよろしくお願いします」
そう言って店を出ようとした翼の視界に、壁にかけられた一枚の写真が映る。



『これは……』




飾られたその写真を見ると、そこには漆黒のドレスに身を纏った、愛菜にも勝るとも劣らぬほどの美しい一人のキャストの姿が写っていた。
微塵も笑うことなく、一切の漆黒に充ちた瞳のその彼女に、翼はいつしか吸い込まれるように見入っていた。


「凜さん、この人は?」
翼が尋ねると、凜はふと切なげな表情をして答えた。

「前にうちのお店で愛菜さんに負けないくらいすごい人気だった女の子です。もう亡くなってしまったんですが、"明衣"さんっていうんです。ファンだったお客さんの希望もあって、ここに写真だけ飾ってるんです」
「そうだったんですか」
翼は、あらためて"明衣"という名前の少女の写真を見つめた。



『この人が明衣さん……愛菜が教会で言っていた』



どこまでも続くような"彼女"の瞳の深い闇に、翼はまるで自らを映す本当の"鏡"でも見ているかのような不思議な感覚を覚えていた。










時間は20時半過ぎ-

【Mirror】を後にした翼は、【Pegasus】へと遅れての出勤をしていた。

「社長、おはようございます。すみません、お時間いただいてしまって」
「おう、お客さんが待ってるぞ。【Mirror】の方はどうだった?」
「いえ、愛菜は店にも出てないらしいです」
「そうか……。それと翼、お前羽月のこと知らないか?あいつ今日無断欠勤で、連絡しても音信不通なんだ」
「いえ、俺は何も聞いてませんが……??」
「一体あいつにも何があったんだ。とにかく、お前はフロアの接客に行け。俺はもうちょっとあたってみる」
天馬にそう促され、翼は指名客の待つテーブルへと足速に向かった。


「翼おそーい!」
少し待ちくたびれた感の梨麻が、頬を膨らましながら翼に詰め寄る。
「ゴメン梨麻、ちょっと用事が長引いちゃって!」
翼が申し訳なさげに言うと、梨麻は表情をニカッと笑顔に変える。

「じゃあ、今日も飲もうっ!」
翼と梨麻は、互いのグラスを交わし笑顔で酒を口に運んでいった。
しかし、愛菜に続き羽月までが音信不通になった今、彼の心中は穏やかなものではなかった。





そして、それから15分たってのことだった。

25-2

 
「ガシャーン」という激しい音が、店内のどこかからか響き渡った。
それと同時に、女性の悲鳴らしき声が雑じっている。
「何だ!?」
何事かと反応した翼は、すぐに立ち上がり音のした方へと向かった。


「翼くん」
小走りで移動する翼に、由宇が声をかける。
「由宇さん、この音は一体?」
「多分奥の方の卓だね」
その時だった。



「キャー!!」
女性客の悲鳴が、さらに店内にいるすべての人間を凍り付かせようとしていた。
「行こう」
由宇に促され、翼は足速にその悲鳴とざわめきのたっているところへと向かっていった。



「なっ!?」
足を止め絶句した翼が目にしたのは、ひっくり返ったヘルプ椅子やテーブル・散乱したアイスや割れたグラスだけではなかった。
倒れたテーブルや椅子を尻目に、光星がヘルプのホスト一人の襟首を締め上げていた。

「こっ、光星さん……やめてください……」
「うるせぇんだよてめぇ」
光星はヘルプホストをものすごい形相で睨みながら、ドスの効いた声を放った。

「キャーッ!!」
「な、何なのよぉコレェ!」
その周囲にいる女性客たちが、怖々と光星達の方を見つめている。
その中には、光星の指名客である果穂の姿もあった。

「ちょっと光星、どうしちゃったのよぉ!」
果穂がそう言うと、光星は彼女の方を振り返りギョロリと睨みつけた。

「うるせぇっ!!」
「ちょ……光星……!?」
荒れた光星の態度に、果穂の瞳にうっすらと涙が浮かび上がる。
すると、そこに佐伯と翔悟も駆け付ける。


「お客様、大丈夫でしょうか!?光星、お前何をやってるんだ!!」
佐伯がそう言いながら近づくと、その瞬間、光星は彼の腹部に強烈な足蹴りを入れる。

「ぐぁっ!」
佐伯は腹を抑えながら床へと倒れてしまった。


「キャーーー!!」
「イヤアァァ!!」
果穂をはじめ、その周囲にいる女性客たちの悲鳴が再び上がる。
そこへ、たまりかねた翼と翔悟が割って入る。

「光星さん、あなた何を!」
「光星、お前何てことしてんだよ!!」
翼と翔悟が同時に叫ぶと、光星は二人を交互に睨みゆっくりと口を開いた。


「翼ぁぁぁ!てか、翔悟さん……あんたもこいつの片を持つってかぁぁぁ」
「!?何言ってんだよお前。どうしちまったんだよ光星お前!」
「うるせぇぇぇ!!」
すると、光星は目の前で訴えかけるように翔悟を突き飛ばした。

「うわぁぁあっ!」
翔悟は左肩から床へと激しく激突するように倒れ込む。
「翔悟さんっ!」
由宇が倒れ込む翔悟を抱き起こす。

「痛っ……!!」
翔悟は激しく生じた痛みを堪えるように左肩を右手で抑えた。

「翔悟さん、まさか……!」
「あの野郎、本気でやりやがって。どうゆうつもりだ!」
翔悟は苦渋の表情を浮かべながら、まるで突然現れた悪魔のように豹変した光星を睨んだ。
その光星は、その悪魔のような視線を目の前に立ちはだかる翼へと向けていた。

「光星さん、あんたどうしてしまったんだ!ここはホストクラブ、お客様の女性たちが楽しく過ごす場所だろう!」
周囲が騒然唖然とする中翼が鋭い目付きでそう言い放つと、光星はニヤリと不敵な笑いを浮かべた。

「何がおかしいんだ?」
「翼ァァァ…お前も偉くなったよなぁ」
「?」
「あの失態ばっかり繰り返してたクズホストのお前がよォォォ……今やNo.1だもんなぁオイオイオイ」
「……光星さん、あんたどうしちゃったんだ……?」
「うるせぇよ」
「あんたは確かに嫌な性格だけど、ホストの仕事はちゃんとこなしていた!なのに、果穂さんたちがいる前で、突然どうゆうつもりなんだ!!」
「果穂ォォォ?」
すると、光星はソファから自分のことを恐る恐る見ている果穂の方に目をやった。

「光星……」
果穂は涙声でつぶやいた。

「果穂ちゃん……!」
その光景を、離れたフロアから騒ぎを聞き付けやってきたやってきた梨麻達他の女性客やホスト達も息を呑みながら見ていた。


するとその時だった。

光星は突然果穂に飛び掛かり、彼女の首を締めにかかった。

「キャアアァー!!」
周囲が再び悲鳴を上げる中、光星の手はみるみるうちに果穂の首にめり込んでいく。

「あっ……」
「一々うるせぇんだよこの風俗嬢がよォォォ」


「やめるんだ!!」
翼は、果穂の首を絞める光星を背後から羽交い締めにした。
途端に、光星の絡み付いた手は彼女の首から思ったより軽い力でスッと離れた。

「かはっ……ゲホッ……」
苦しげに激しく咳込む果穂。
そこにたまり兼ねた梨麻が駆け寄る。

「果穂ちゃん!」
「ゲホッ……梨麻……」
「果穂ちゃん、大丈夫…?」
「梨麻……あたしぃ……」
いがみ合っていたはずの果穂と梨麻は、お互い涙を浮かべながら抱き合った。


「ちくしょォォォ話せェェェ!」
獣のように暴れ狂う光星により、羽交い締めしていた翼は吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
翼は仰向けに倒れるが、すぐに上体を起こす。

「翼くん、大丈夫か?」
「由宇さん……えぇ俺は何とか。だけど翔悟さんや佐伯さんは…」
翼と由宇は、床に膝をついて苦しんでいる翔悟と佐伯を交互に見つめた。
二人とも回復しつつあるものの、未だ復活は望めていない状態なのは誰の目から見ても明らかだった。


「んっ?」
その時、翼は光星のジャケットからひらひらと落ちていく一枚の何かを目にする。



『これは……』



翼は、床に落ちたそれをすぐに手に取った。
それを目にした光星は、その表情をギョッとさせる。
翼は、光星を睨みながらゆっくりとその場に立ち上がった。


「光星さん、何であんたがコレを持ってるんだ!?」
「……うっ」
翼がそう問いつめるも、光星は突然黙り込み何も答えようとはしなかった。
するとその瞬間、光星は床に転がっている円柱状のヘルプ椅子を翼へと目掛けて投げ付けた。


「うわっ!」
椅子はガードした翼の腕へと直撃する。
その瞬間、光星はエントランスの方へと凄まじい勢いで駆けていった。

「しまった!」
翼はそうつぶやくと、右手に持ったそれを見つめた。

「翼くん、その写真は?」
由宇がふと翼に尋ねる。
「これ、羽月が大切にしていた写真なんです。あいつが絶対肌身離さずずっと持っていたこれを何故これをあの人が」
その時、翼の中にある一つの恐ろしい予感が沸き上がった。



『今日は羽月も音信不通で来ていない……。まさか!』



「どうしたんだ、翼くん!?」
「由宇さん、どうゆうわけかは知りませんが、羽月は今光星さんのところにいるかもしれない!ずっと肌身離さず大切に持っていたこの写真を、あいつが手放すはずがないんだ!」
すると、翼は写真をジャケットの内ポケットに入れる。


「翼くん、どうするつもりだ?」
「由宇さん、俺は光星さんを追います。お客様が楽しんでる空間を壊したあいつを、俺は絶対に許せない。それに-」
「それに?」
「あいつを連れ戻さなきゃ」
翼はそうささやくと、寄り添い合っている梨麻と果穂のところへと歩み寄った。

「梨麻ちゃん……果穂さん、大丈夫ですか?」
「翼くん……」
翼が優しく声を掛けると、二人はゆっくりと頷いた。

「よかった……。こんなことになってしまって、本当に申し訳ありません。ホストの代表としてお詫びします。梨麻ちゃん、果穂さんと一緒にいてあげて」


すると翼は、すぐに立ち上がり周囲に向かい、

「お客様方、大変騒がせてしまいまして、誠に申し訳ありませんでした」
と言い、深々と頭を下げた。
それを見てか、翔悟や由宇達他のホスト達も頭を下げ、謝罪の言葉を女性客へと発していった。


「佐伯さん、大丈夫ですか?」
「翼……。何とか大丈夫だ」
「社長は今は?」
「天城さんに呼ばれて今はタイミング悪く出てるんだ。どうした?」
「光星さんの自宅住所を教えて下さい。そこに今羽月もいるかもしれないんです!」
「……事情はよくわからんが、今さっき用意しておいた」
佐伯は一枚のメモ用紙を翼へと手渡した。

「それが光星の住所だ。お客様には言っておくから、みんなの代わりに行ってこい!社長にも連絡しておく」
「佐伯さん、ありがとうございます」
翼はメモを受け取り、エントランスへと走っていった。


「翼っ!」
エントランスに行こうとする翼に翔悟が声をかける。

「翔悟さん」
「何か事情はよくわからんけどよ……あいつのこと、一発くらいぶん殴ってこいよな」
「翔悟さん……その分店とお客様を由宇さん達と一緒に頼みます」
「へっ、えらそーに言いやがって」
翼と翔悟はフッと笑い合った。

「じゃあ、ちょっと行ってきます!」
去っていく翼の背中を、翔悟はじっと見つめていた。



『あいつ……ほんとに最初とは比べものにならんほど成長したんだな……』

そんな思いを抱き、翔悟は去っていく翼の背中を見守っていた。



翼は走った。



光星の逃げる先へ。



羽月と愛菜が囚われている一つの場所へ。



自分が長い間ひた隠しにしていた心の中の熱いものが



彼をひたすら前へと動かしていた。



しかし、この時翼は気付いていなかった。



これら一連の騒動こそが、"アリスの子"が仕組んだものだということに。










そして、この後待ち受ける先で起こる凄惨な結末を










コノ時、誰モガ予測スルコトハナカッタ。





                                                  第26章へ

26-1

 
「はぁ……はぁ……」

【Pegasus】を出た翼は走り続けていた。


暴れた光星の逃げる先へ。


そこに、姿をくらました愛菜と羽月がいると信じて。


ただ心の奥底にある何かを求めながら、翼は必死で走り続けた。





『愛菜……羽月……』





二人のことを考えているその時、翼のスーツのポケットの中のケータイが振動し始めた。

「はいっ」

翼は着信元を確認することなく、その電話に応答する。


◆「翼か?俺だ、天馬だ!」

スピーカーから聞こえてくる着信元の声の主は天馬だった。
それを確認してか、翼の心の中が少しずつ落ち着いていくかのようにホッとしていく。

◇「社長、
実は-」
◆「佐伯や翔悟たちから事情は聞いた。店に帰ったら、中があんなに荒れてたから何事かと思ったが……まさか光星のやつがな」
◇「えぇ」
◆「翼、お前今どこにいる?」
◇「職安通りを渡ったところです。光星さんの自宅の大久保のマンションまではもう少しかと」
◆「そうか。翼、お前まさか一人で行くつもりか?」
◇「……はい」
◆「俺も聞いてる限りの推測だが、今の光星が何でああゆう状態になったか……お前もわかっ-」
◇「"St.Alice"…ですよね」
◆「そうだ。恐らく、あそこまで店を荒らすような破壊衝動に駆り立てるのも、その薬の作用の一つだろう。お前はそんな状態の光星を相手にする気なのか!?」
◇「行って無事で済むとは思っていません……。ただ、彼は羽月の大切な写真を持っていた」
◆「羽月のため……か?」
◇「……」


翼はここでしばらく沈黙を続ける。

◇「……わかりません。ですが、もし光星さんが"St.Alice"を服用したのは、俺にも何か原因があるような気がしたんです。だから-」
◆「わかった。こっちは何とか持ち直したから、もう少ししたら後で俺も向かう」
◇「わかりました。社長、警察への連絡は?」
◆「とにかく、光星と話して全てが決着してからだ」
◇「はいっ!」


翼と天馬は、通話を切った。


すると、大久保の中を走っている翼の目の前に一際高いマンションが立ちはだかる。

「グラファーレ大久保……ここだっ!」
するとその時、マンションのエントランスでヨタヨタと歩いている一人の長髪の男らしき黒い影の存在を翼は捉えた。

「あれは!」
身体をよろめかせながらオートロックを解錠しているのは、先程【Pegasus】の店内で暴れ狂っていた光星だった。
動揺しているのか、手をブルブル震わせながらオートロック解錠のボタンを押している。

「おっ」
パスワードが一致したのか、エントランスの自動ドアはゆっくりと左右に開いた。
光星に気付かれないようそれを陰から確認した翼は、彼が自動ドアの奥に入っていくのを確認すると、直ぐさまその後を追跡した。


「よしっ……ん?」
ゆっくりと気付かれないように忍び足でエントランスに入った翼は、自動ドアが早くも閉まり始めていることに気付く。

「待てっ!閉まるの早過ぎる!」
翼はその忍び足を急激に加速させ、間もなく閉まりかける自動ドアの奥に向かって全力疾走をしていった。



『間に合えっ!』



頭の中をそれ一色にして、翼は閉ざされる扉にホームベースに入る野球選手のように前から滑り込むように飛び込んでいった。



くるりと前方回転しながら翼は自動ドアの境を越え、バタンと床に転げるように着地した。

「イテテテ」
尻もちをついた臀部を軽く撫でながら、翼はゆっくりと立ち上がる。
「エレベーター、エレベーターは?」
辺りを確認すると、エレベーターの階層サインの表示は、すでに2Fから3Fに上がっているところだった。

「光星さんの自宅は9F……早く行かなきゃ!」
翼は焦る気持ちを何とか抑えるようにエレベーターが再び1Fへと戻ってくるのを待つことにした。
本当は非常階段で駆け登ってすぐにでも近づきたい気持ちが強かったが、9Fまでの距離と体力の消耗を考え、唇を噛みながらじっと冷静さを保つように努めた。

何より、この後何が起こるかわからないことを想像するだけで、無駄な体力消費はしてはいけない-
翼は本能的にそう思っていた。

 

 

 

 


一方、追われていることを知らずにマンションへと帰ってきた光星は-

自宅のドアを開け、慌てながらそのまま中へと入っていった。


「はぁ、はぁ……ちきしょう翼の野郎がぁぁぁ」
激しく息を切らせながら、彼はよたよたと部屋の中へと入っていった。
そして、すぐに別室へと入っていく。

「はぁ……はぁ……」
ガチャリとドアを開け入ってきた疲れ果てている光星の姿に、部屋の中で拘束されている全裸の愛菜と羽月は気付いた。

「光星さん、どないしたんや……?」
羽月が小さい声で尋ねると、光星はギロリと彼を睨みつける。
「な……」
「……?」
「ななななな」
「……!?」
「なななななんでもねぇよ」
すでに呂律の回っていない光星を、羽月と愛菜は険しい表情で見つめた。

「光星あなた-」
愛菜が余力を振り絞るように口を開く。
「"St.Alice"を、どれだけ服用したの……?」
「ふ、ふ、ふ、ふざけんな」
愛菜が問い掛けても、光星は震えながら強がった答えをするだけだった。


「と、と、と、とにかくよぉ、【Pegasus】の奴らにばれちまったらしくてよぉぉぉ」
「な、何やて?」
「お、お、お、俺ももう終わりだぁぁぁ。だから-」

すると、光星はズボンのポケットからスッとキラリと光る何かを取り出した。
それを目にした瞬間、弱りきった羽月と愛菜の表情はさらに蒼白へと化した。


「口封じがてら、おまえらにゃここで死んでもらうぜぇぇぇ」
思ったより冷静に話す光星のその右手には、鋭利な形をした一本のナイフが握られていた。




「ちょ、ちょっと待ってや光星さん!何でそうなんねん!」
羽月がそう訴えかけるも、光星はニヤリとしながら黙々と動けない二人の方へと、一歩一歩ゆっくりと近づいていく。

ギシッ……ギシッ……っと軋むフローリング床の音が、ありえないほどの恐怖に襲われる二人にとって、死へのカウントダウンのように迫っていた。


「光星やめて……」
「光星さん、冗談やろ!?」
愛菜と羽月が声を震わせながらそう言うと、光星は再びニヤリとしながら足を止める。


「冗談なんかじゃねぇよぉぉぉ。俺はお前ら星羽会のクズどもをおもちゃみてぇになぶった後に、ぶっ殺してやってみたかったんだよぉぉ」
顔は笑っていても全く笑っていないそのどす黒い彼の瞳に、羽月と愛菜は彼が本気であることを察知せずにはいられなかった。


「何でや、何で俺らにこんな酷いことすんねん!俺らが何かあんたにしたんか!?」
「お前らに直接の私怨はねぇぇぇ。だがなぁぁぁ、俺は星羽会の奴らが憎くてたまんねんだよぉぉ」
「何て……星羽会とあんたの間に何があったんや」
「お前に答える筋合いなんかねぇんだよぉぉ!」
「うわぁっ!」
すると、光星は羽月顔を踏み付けるように足蹴にした。
羽月の顔に、苦渋の色が浮かぶ。

「やめて!こんなことはもう-」
愛菜がそう言うと、光星は今度は愛菜に対してその視線を向けた。
そして、露になっている彼女の乳房をわしづかみする。

「キャァァア!」
「この女……いい味だったがぁぁぁ……殺す前に切り取っちまうか」
光星は、愛菜の胸を悪魔のような目付きで見下ろしながら、もはや人間とは思えない恐ろしい言葉をつぶやく。

「や、やめ……て……」
もはや抵抗する気力も体力もないのか、愛菜はただ恐怖に怯えながら涙を流すことしかできなかった。

「やめてや光星さん!もうやめてぇや!」
「うるせぇぇぇ!すぐに一緒のとこに送ってやるからよぉぉぉ、天国で二人で好き放題やりまくれやぁぁぁ!!」
光星は、逆手に持ったギラリと光るナイフの鋭い刃の矛先を、ついに愛菜の身体に向ける。
薄暗い部屋の中でもわかる刃の輝きは、恐怖におののく彼女の白く華奢な身体を今に貫こうとしていた。












「やめろぉぉぉおーーー!!!」











羽月が心からの絶望を叫んだ。











その時だった。











振り下ろされるはずだったナイフは、振り上げたところで動かずに止まっていた。

羽月と愛菜はもちろん、それはナイフを持つ光星すらも不思議さを隠せなかった。


「なっ?」

光星はナイフを持つ右手の手首の違和感と背後の人の気配に気付き、そこを振り返った。



「なっ……!」

手に持ったナイフが振り下ろされないのは当然だった。
何故なら、スーツ姿の一人の人物が光星の手首を掴んでいたからだった。
手首を握るその力は不思議と強かったのか、凶暴な光星が動かないほど強固なものだった。


「うぉっ!」
気付いたときには光星は突き飛ばされ、床に「バタン」と転がり込んでいた。
「なぁぁぁっ!」
光星はすぐにムクリと起き上がると、自分を突き飛ばした人物を睨み据えた。

一方、羽月と愛菜は涙を流しながらその人物のことを見つめていた。










「翼……くん……」

弱々しい羽月の声に、どこか僅かな明るさが戻る。


「ツバサァァ!」
一方突き飛ばされた光星は、すぐに後ろを振り返りギロリと睨みつけながら、猛獣のような唸り声を発した。


そんな部屋の中の光景を、駆け付けた翼は冷静に見渡した。



『……』



転がっている家具や酒瓶、

散乱している衣服、


そして、ベッドの上で拘束されている全裸の愛菜と羽月。



その常識とは一切言い難い、まるで地獄絵図のようなそこは、冷静さを必死で保つ翼の心を恐ろしい衝動で揺さぶっていた。

「翼……イヤァっ……」
愛菜は、今の自分の姿を目にされ、涙を流すその顔を背ける。


「……」
翼は何も言わず、下をうつむきながら愛菜たちのいるところに近づいていった。
すると、おもむろに床に落ちてあるタオルを拾い上げ、自らのジャケットを脱ぐ。
タオルを羽月にかけ、ジャケットを愛菜にかけた。


「翼ぁ……」
「翼くん……」
愛菜と羽月は、泣き声でつぶやく二人を見た。


「二人とも、大丈夫か?」
翼がそう言うと二人はゆっくりとうなずいたが、裸体に見える傷やアザがそうではないことを物語っていた。

「おいツバサァァ!」

翼の背後から光星が怒鳴り散らすと、翼はスッと立ち上がり彼の方を見る。
そして、ゆっくりと彼の方へと足を運びながら語りかける。



「光星さん……これは一体どうゆうことだ?」
「あぁ!?てめぇ、誰に向かってんな口を-」
「どうゆうことかって聞いてんだ!!」

翼の激しい感情を込めた一言が、部屋の中を支配する。



『翼くんが、怒っとる……』



初めて見る翼の激しい怒りに、羽月……そして愛菜は目をまるくしていた。



「答えろ、何で二人にこんなことをした!」
翼がそう問いただすと、光星はその口をニヤリとしながら答えた。

「そいつらが俺の大嫌いな星羽会の人間だからさ」
「星羽会の?」
「そうさ。以前に東京を中心に日本を破滅させようとした、アブネェ宗教の生き残りだ!!」
「……。だから何だ?じゃあこんな惨いことをしてるあんたは何なんだ!!愛菜と羽月があんたに一体何をした!?」
「うるせぇ!!ポッと出の糞ホストがよぉぉぉ」
「俺のことは何を言っても憎んでもかまわない、だけど、どうしてだ!特に羽月はあんたにも他のみんなにも素直にしていたはずだ!」

翼が叫ぶようにそう言うと、光星はその恐ろしい視線をベッドの愛菜と羽月に移した。


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