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Intoroduction

-登場人物紹介-


翼(24)
…本編の主人公。一見冷淡な性格で人付き合いが苦手だが、基本的に素直。ある事情で、自分自身を証明するためにホストへの道を歩み始める。元会社員。

羽月(19)
…もう一人の主人公。明るく元気で、誰とでも仲良くなれる。186センチの高い身長と金髪・京都訛りが特徴。ある人物との再開を目的で上京を決意。

愛菜(25)
…美と品性を兼ね備えたカリスマキャバクラ嬢。天馬とは独立前からの付き合いで、【Club Pegasus】の常連。翼とある人物の面影を重ねている。

天馬(27)
…カリスマ性溢れる【Club Pegasus】代表取締役社長。厳しいが従業員思いで、翼や羽月の成長を見守る。

翔悟(22)
…【Club Pegasus】のNo.1ホスト。容姿端麗で、何でも自分が一番でないと気が済まない性格。

光星(25)
…【Club Pegasus】No.2ホスト。黒い長髪が特徴。非常に攻撃的で傲慢な性格。後輩や新人に高圧的。

由宇(20)
…【Club Pegasus】No.3ホスト。明るい短髪が特徴。冷静で非常にドライな性格。

佐伯(28)
…【Club Pegasus】の店長。翼たち新人ホストを厳しく指導する。

 

美空(19)

…母親とともに小料理屋で働く心優しい少女。とあることが原因で声が出ない。


梨麻(22)
…【Club Pegasus】の新規の客。服装は派手だが、性格はおとなしめ。風俗で働く。

 

紗恵(25)

…かつての翼の恋人。かつてのOLとしての面影はなく、風俗嬢に転身している。

 

聖(28)

…歌舞伎町ホストクラブ【Club Unicornis】のNo.1プレイヤー。かつての天馬のライバルで、その人脈とカリスマ性は彼以上ともいわれるほど。

 

 


23-1

 
翌朝、翼は目覚めた。

ジャケットすらまだ羽織り、壁に寄り掛かり座ったまま寝ていたことに薄々と気付き始めていた彼には、真っ白な一枚の毛布がかけられていた。


『そうか、俺はあのまんまここで……』


泣き付く美空をあやしてる内にいつの間にか寝ていたことをようやく意識した翼は、今いる部屋に美空の姿がないことに気が付く。

「美空ちゃん、どこに?」
翼はまだ眠気の残る目を擦り、重く感じる身体をゆっくりと立ち上がらせた。
周りを見渡すとが人の気配は無く、カーテンの隙間から零れる日の光だけが部屋の中をわずかに照らしている。

「ん?」

その時、彼の嗅覚を温かみのある香ばしさがふんわりと刺激する。

「一階の方からか」
翼はそのほのかな匂いを辿るように、ゆっくりと一階への階段をおりていった。



「あっ」
階段をおりきると、翼はハッとした。
そこには、昨日とは違う私服に着替え、その上にエプロンを纏っていた美空の姿があった。
彼女は、キッチンを目の前にテキパキと調理をしていたのだった。


「美空ちゃん」
翼が声をかけると、美空は彼の姿に気付きペコリと頭を下げる。

『オハヨウゴザイマス、翼サン。狭イ所デスガ、眠レマシタカ?』
美空が手話でそう言うと、翼はコクリとうなずく。

「気付いたらすっかり寝ちゃってたよ。毛布、かけてくれたんだね、ありがとう」
『イイエ』
「こんな朝早く、料理作ってるのかい?」
『朝ゴハンデス。タイシタモノハナイデスケド、ヨカッタラ翼サンニ食ベテ欲シクテ』
「朝ごはん、俺に?」

美空は顔をほんのり赤らめながらうなずくと、それ以上は何も言わなかった。

「じゃあ…いただいちゃおうかな。よく考えたら、昨夜何も食べてないからお腹減ったし!」
翼が笑いながらそう言うと、美空はそのつぶらな瞳を大きくしながらペコペコと頭を下げる。

『ゴメンナサイ!私ノセイデ翼サンニマデ迷惑カケチャッテ』
「いいってそんな、俺だって昨夜はそれどこじゃなかったし……美空ちゃんが今元気なら、それでいいよ」
『翼サン……』
「さっ、美空ちゃんも一緒に食べよ。二階まで味噌汁のいい匂いがしてきたから楽しみだよ」

翼がそう言うと、美空は泣きそうな顔を柔らかい笑顔へと変える。
そんな彼女の表情が、今の翼にどこか懐かしい感覚を与えていた。


「いただきますっ」
翼は手を合わせながらそう言うと、早速お椀の中の味噌汁を口に運んだ。

「はぁ~……」
翼のため息に近い声に、テーブルの向かいにいる美空は緊張の面持ちを示す。

『ドウカ、シマシタカ?』
「あーいや…すっごい落ち着くなぁと思って、美空ちゃんが作った味噌汁」
『……??』
「すっごい美味しいよ」
翼がそう言うと、美空は満面の笑みを零した。

『嬉シイ、翼サンニソウ言ッテモラッテ』
「いや、美空ちゃんホントに上手だよ料理」
熱々の豆腐の味噌汁に、焼鮭・おひたしなどのオーソドックスな和朝食を、翼は美味しそうに頬張っていった。
そんな彼の姿が、美空には嬉しくてたまらなかった。

『!』
その時美空は、突然店のキッチンへと向かっていった。
すると、彼女は何かの料理を乗せた一皿を持ってすぐに戻ってきた。

「美空ちゃん、どうした?」
『コレ、ヨカッタラ味見シテミテ下サイ』
美空が持ってきた小皿には、一つの小さなロールキャベツの姿があった。

「ロールキャベツ……これも、美空ちゃんが?」
『オ母サン程上手クナイケド…ゼヒ翼サンニ食ベテ欲シクテ』
美空の手話を一通り見終わると、翼は小皿にあるそれをじっと見つめた。


『ロールキャベツ……。オフクロも得意げによく作ってたっけな』


翼は箸を止めながら、神妙な顔つきでそれをただ見続けていた。

『翼サン……?』
「あっ……」
『ロールキャベツ、嫌イデシタカ?』
「あ、うぅん。いただきます」
翼は気を取り直して、ロールキャベツに箸をつけた。
箸で摘んで簡単にふわりと割れたそれからは、優しいコンソメの香りがふんわりと舞う。
翼は箸でかけらをひと摘みすると、それを口へと運んだ。


『オフクロのに……似てる』


翼は心の中でそうつぶやいた。

「美味しい。美味しいよ美空ちゃん」
翼が顔を上げ美空を見ながらそう言うと、彼女はニッコリとほほ笑んでいた。

 
 

30分後-

朝食を終えた翼と美空は、食後がてらの茶をたしなんでいた。


「ごちそうさまでした。ありがとう美空ちゃん」
『イイエ、コチラコソ。翼サン、昨日ハ……』
「んっ?」
『昨日ハ、ホントスイマセンデシタ。愛菜サンモ一緒ダッタノニ』
「いや、気にしないでいいよ。愛菜もそこんとこはわかってくれるさ」
『マタ来テクダサイネ。今度ハ羽月サンモ一緒ニ』
「あ、あぁ。じゃあ、俺はそろそろ行くね」


翼が腰を上げて立ち上がると、美空はスッと彼の腕をつかんだ。


「美空ちゃん?」
華奢な手で翼の腕をつかむ彼女の表情は、不安さに充ちていた。

『……』

何も言わず、ただキュッと自分の腕を両手で握る彼女を見て、翼は口を開いた。

「美空ちゃん、何かあったらすぐに俺のケータイに連絡するんだ。仕事で出れないかもしれないけど、何かあったらすぐに知らせてくれよ」
『ソンナ……。私、翼サンノタメニ指名モデキナイノニ』
「そんなこといいから。とにかく、何かあったらすぐに言うんだ。いいね」

美空がうなずいたことを確認すると、翼はどこか安心したように彼女のもとを離れていった。


『アリガトウ、翼サン』


美空は手を振りながら去っていく翼の姿を、切なそうな表情で見送っていた。
そんな彼女の姿を、すぐそばにいたチョコは不思議そうに見つめていた。


『美空ちゃん……か。ごはん、おいしかったなぁ』


翼は心の中でふと彼女のことをつぶやいていた。


朝になってすっかり明るくなった歌舞伎町を翼は歩いていく。


そんな彼の目の届かないところに一足のヒールが落ちていることなど、もちろん眠気もある彼自身気付くはずもなかった-。





数日後-

翼は、美空とメールで連絡を取り合いながらも、【Club Pegasus】での仕事の毎日を順調に続けていた。
美空自身も少しずつ立ち直っていることに、彼自身もどこか安堵感に胸を撫で下ろしていた。


『美空ちゃんは、もう大丈夫だな。後でまた、お店に食事でも行ってみよう』


翼は店に向かう途中、ケータイを見ながら安心のため息をつく。
しかし彼には気掛かりなことが一つあった。


「愛菜……一体どうしたんだろう?」
翼は不思議そうに思わずつぶやいた。
先日の美空の家での件で先に帰っていってから、愛菜にいくら連絡をとっても、彼女からの連絡はそれ以降パッタリと途絶えていた。
愛菜の性格上、彼女が子供じみた嫉妬などで連絡を絶っているとは、翼はどうしても思えなかった。


『こんなに長く連絡が無いのは初めてだ』


翼はどこか妙な胸騒ぎを覚え始めていた。
そう考えているときに、彼の目の前にはもうすでに【Pegasus】のビルがあった。
エレベーターの前には、ドアが開くのを待っている一人の長身で金髪のホストの姿があった。


「羽月?」
翼は後ろ姿のそのホストに声をかける。
ホストはわずかに肩をビクッとさせながら、離れた後方にいるを翼のことをゆっくりと振り返った。

「翼くん……」
「やっぱり羽月だったか、おはよう」
「お……おはよう」
翼の挨拶に対して、羽月は今日もどこかよそよそしく応じる。
昨日今日で始まったことでないにしろ、翼にとって彼の急な態度の変化はやっぱり気になるものだった。
二人はそんな噛み合わない状態でエレベーターの中へと入っていく。


ドアが閉じて、店のある4Fへとたどり着くまでが、今の翼と羽月には妙に長く感じられた。

「……」
「……」

二人とも特に言葉を発しようとはしなかった。
羽月はもちろん、翼も相手が何らかの理由で今の自分をどこか拒否しているだろうことは、わかっていた。
気がつくとエレベーターのドアは開き、【Pegasus】の白を基調に彩られた綺麗なデザインのドアが姿を現す。


「羽月っ」
翼がとっとと店の中に入ろうとする羽月に声をかけた。
「……何や?」
羽月も振り向かずとも小声で反応する。

「君が最近俺に対して何でそんな感じなのか気になるけど、それが君の意思なら俺は何も言わない。ただ、一つ聞いてもいいか?」
翼がそう言うと、羽月はピタリと止まりながらもゆっくりとうなずく。

「どうしたんや、一体」
「こんなこと君に聞くこと自体違うんだろうが……愛菜のこと知らないか?」
「……」

翼がそう尋ねると、羽月は数秒ほど無言になった後に答えた。
「……知らんよ、俺は。てか何やねん、自分のお客ちゃうの?」
「あぁ。そうなんだけど、最近連絡が不自然なほどパッタリ途絶えてな。何かおかしいと思って。もしかしたら親しい羽月か社長なら知ってるんじゃないかって思ったんだけど」
「そんなん、水商売しとうたら珍しいことでも何でもないやん。何か愛菜さんに切られるようなことでもしてしまったんちゃうの!?」
羽月は、まるで言い捨てるかのようなきつい口調を翼にぶつけた。
そんな彼の態度に、翼は目をまるくして驚く。

「羽月……」
「自分がしでかしたミスを人のせいにするなんて、男として最低やで!てかな、こんなんがウチのNo.1やと思うと恥ずかしゅうてかなわんわ!お客の管理くらい、自分でちゃんとしいや!」
羽月はそう言い放つと、ドアを強引に開け店の中へとツカツカ入っていった。


『あいつ、一体どうしちゃったんだ……』


翼は店の奥に足速に消えていく羽月の後ろ姿を、ただ茫然と見つめていた。

「よう、No.1の翼クン」
「??」
立ちすくむ翼の後ろから、どこか謀ったように光星が姿を現した。

「光星さん」
「どうしたんだよ、こんな入り口の前でボーーーッとして?」
「別に、何でも」
「ふーんそうかぁ。何でもないならいいけど、No.1なんだからもっとしゃんとしてくださいよねぇ」
ニヤニヤしながら言い放つ光星に対し、翼はムッとするのを表情に出さないように努める。
しかし、翼もそれでは終わらなかった。

「そうですね……気をつけますよ。あ、でも光星さん」
「あっ??」
「人の心配したり後輩いびりに精を出すくらいなら、伸び悩んでるご自分の心配されたらどうですか?」
翼が冷静かつ鋭く言い放つと、光星は眉毛をピクリと吊り上げた。

「な、何だと……?」
「自分のこともままならない人に、余計なお世話はされたくないのでね。それじゃ」
翼は光星にそう言い放つと、プイッとその場から店の中へと入っていった。


『翼の野郎め……今に見てやがれ!』


光星は、彼の後ろ姿を目で追いながら、不敵な笑みを浮かべていた。

23-2

 
「今日も一日やるぞっ!!」
天馬のひと声で、今日も【Club Pegasus】の営業の狼煙は上がった。
ホスト達が各々散らばる中、翼は一人事務所へ向かう天馬のところへと足を運んだ。


「おう翼、どうした?」

「社長、変なことをお伺いしますが……」
「何だ、あらたまって?」
「社長のところに、愛菜から何か連絡はありませんか?」
「愛菜からの連絡?無いぞそんなのは。何かあったのか?」
「いえ、これといって。ただ、何日も応答がないのは珍しかったので」

翼が俯きながら答えると、天馬は彼の背中を軽く叩く。

「社長?」
「翼、お前は今うちのNo.1なんだ。ハッキリ言うが、それは自己管理の範囲だぞ?それはしっかりとやらないと、他の奴に示しがつかないだろう」
「はい、すみません。……でもそうなんですが-」
「愛菜は人気キャバクラ店のカリスマって言われ続けてるキャバ嬢だ。いつもお前やうちのことに構ってるほど暇でもないんだぞ。しばらく、様子を見てみろ」
「……はい。失礼します」
翼は、そう言いながら一礼すると天馬のもとから去っていった。


『愛菜からの連絡がない……??』


あのように翼に言い返したものの、天馬の中でも不思議と巻き起こる妙な胸騒ぎは止まることはなかった。
そんな時だった。

「♪♪♪♪♪~」

天馬のすぐ手元にある固定電話が、ひとつの着信を知らせる。

「もしもし、【Club Pegasus】ですが-」



一方-

翼たちホストは、今日も来客した女性たちに楽しく接していた。


「ねぇ~、翼くんは彼女いるのぉ?」
「いや、いませんよ。どうしてですか?」
「だってぇ、そんな綺麗な顔してて、しかもNo.1だったら女の子が放っておかないでしょぉ?」
「いえいえ、これがモテないんですよねぇ」
「嘘ばっかー。でも、好きな子くらいいるんでしょぉ?」
「好きな子ねぇ……さぁどうでしょっ!」
「何それ~気になるぅ~。最近の翼くん何かいぢわるだよぉ」
「あれ、美優ちゃんまだ飲み足りないねぇ」
「もぉーう☆」


No.1としての自覚も少しずつ出てきたのもあるのか、翼の接客もいつの間にかしっとりとした落ち着きを持つようになっていた。


「翼、ちょっと」
「はい。ごめん美優ちゃん、ちょっと出てくるね」
「ぶぅ~」
翼は美優に「ゴメン」と目で合図しながら、佐伯の指示通り席を立った。

「翼、あちらだ」
「はいっ」
「こないだ新規でいらした人みたいだが、今日はお一人でのご来店だ」
指示されたテーブルにいそいそと向かうと、そこには先日と負けず劣らずに肌を露出した紗恵の姿があった。

「紗恵……!」
「一也……ゴメンね、あの-」
紗恵がそう言うと、翼は改まったようにペコリと頭を下げる。

「御指名下さってありがとうございます。お隣り失礼します」
翼は冷静にそう言うと、ソファに座る紗恵の隣に腰をおろした。

「お飲みものは?」
「ウーロン割りで……」
「わかりました」

翼は、至って冷静に紗恵のドリンクを作っていく。
そんな中、紗恵はただ切なそうにうつむくだけだった。


「乾杯っ!」

翼の合図で、二人はドリンクの入ったグラスを交わす。
お互い一度ずつ口にすると、すぐにテーブルにグラスを置く。

「一也、あのねっ」
「お煙草、失礼してもいいですか?」
「煙草って……あなた、一本も吸えないって……」
「失礼します」
そう言って翼は、自らくわえた煙草にそっと火を燈した。

「明菜さん、でしたよね?この間から僕にこだわっているみたいですが?」
「今は二人だけなんだから、それはやめて」
「……」
翼はもう一度煙草をくわえ煙をふくと、改まったように脚を組み替えた。


「どうしたんだよ。こんなところまで」
「あのね……私、あなたに謝りたくて-」
「もういいよ、すでに終わったことだし……」
「一也……」
「それより、あれからどうしてたんだ?今は風俗か何かで働いているみたいだが」
「気付いてたのね…」
「今の君と、こないだのお連れさんの様子や会話を見てればだいたいわかるさ。それに-」

翼は胸ポケットからあるものを取り出した。

「これ……前に俺の知り合いのとこで拾ったんだが」
翼は、一枚の社員IDらしきものを紗恵に見せた。
そこには"㈱アサカワカンパニー総務人事部・林"と書かれていた。

「……!」
「それとな」
社員IDケースからは、

"ソープランド・Pink-Princess明菜"

と書かれた一枚のピンク色の名刺が顔をのぞかせていた。

「それ……!」
紗恵は顔を真っ青にした。

「まさか今紗恵が風俗の仕事をして、その客がまさかあの会社の社員……とはな。あのオヤジ、どこかで見覚えがある顔だと思ったんだ」
「……」
「紗恵も……変わったんだな」
翼は、冷静ながらもどこか寂しそうにつぶやいた。

「そうよ、私も変わった。一也も変わった。みんな変わった。お金や権力が、色んなものを変えちゃったのよね」
「……」
切なそうにつぶやく紗恵に対し、翼は押し黙っていた。


「翼さん、そろそろ」
「あぁ、わかった。……じゃあ、俺行かなきゃ」
「うん……。私もすぐに帰るよ」
「悪いな、来てくれたのに」
「ううん。あ、一也」
「何だ?」
「ホスト、いつまで続けるの?」
「……さぁな」
翼は背中越しにそう言うと、すぐに紗恵の元から歩き去っていった。


『あたしがこんなになっちゃったように……あの時の素直で元気な一也は、もういないんだね』

紗恵の頬を伝う一筋の涙が、去っていく翼の背中を陽炎のように滲ませていた。
 
 


「お疲れ様っしたぁ!!!」

【Club Pegasus】は、盛況のまま今日の営業を終えた。
しかし、店中のホスト達の中心に立つ天馬の表情は、いつになく険しいものだった。


「社長、何かあったのか?」
「さぁ。でも、何かすげーキレてる感じだよな」

ホスト達がざわつく中、そこに佐伯もやってくる。


「みんな静かに。今から社長から大事な話がある。社長、ではお願いします」

佐伯に促され、天馬はひと呼吸おいた後、意を決したように口を開いた。


「こんなことは、俺の口からはみんなに言いたくないんだが……あえて言わせてもらう。知ってる奴もいるかもしれんが、今歌舞伎町の一部で、ある恐ろしい薬が流れている。それが原因で、俺や翔悟が前にいた【Unicornis】は摘発された」

天馬の言葉に、店のホストたちはざわめき始める。


『"St.Alice"のことだ……!』


翼がそう確信する中、天馬は続けた。

「何で今この話をみんなの前でするかと言うとな……」
天馬は一度ため息をつき先を続けた。

「今日……流輝のポケットから、ソレが見つかったからだ」
「なっ!?そういえば、流輝のやついねぇや」
「まさか流輝が……。そうなんですか社長!?」
「落ち着けっ!!流輝は今のところ謹慎をさせているが、薬物をやった形跡はない。以前一度噂に持ち上がったこともあることだが……」
天馬は抑えた怒りをその瞳に表してはさらに続けた。

「流輝の件でハッキリした。この店の人間の中に、薬を流している犯人がいるってことだ」

「何だって!?社長……それって」
翔悟が驚愕した表情で言葉を漏らした。

「マジかよ……!?」
「そんな……」
光星に由宇も、その事実に対して驚きを隠せずにいた。


「こんな風にみんなを疑うようなことは言いたくなかった。だが、流輝のロッカーにあった服にそれを出来るのは、俺達の中の誰かしかいない」
苦渋に充ちた天馬の表情に、事情を深く知る翼の胸の内は、こらえきれない想いで押し潰されそうだった。

しかし、その時だった。

「ようっ」

エントランスの方から、一人の聞き慣れない男の声がする。
全員がそこを振り返ると、そこには高級スーツを見事なまでに綺麗に着こなしている一人のホストの姿があった。


「聖!」
「聖さん……??」
天馬と翔悟、そして光星・由宇までもが、聖と呼ばれたその人物の姿を見て驚きの表情を見せる。

「取り込み中に悪いな、天馬」
「聖、お前何しに来た?」
「何しにって、そんな恐い顔すんなよ天馬。さて」
"聖"と呼ばれた男は、周りを見渡し、その視界の焦点をNo.1の席に座る翼にあてた。
そして、ゆっくりと翼のもとへと近づいていく。
翼も、そして違う角度から見ている羽月も、その彼がただ者ではないことは雰囲気で感じ取っていた。


「なぁ、あの人って誰だ?社長にタメ口だけど」
「バカ、知らないのか?あの人は【Unicornis】の"天城 聖<テンジョウ ヒジリ>"。【Unicornis】の不動のNo.1で、現役時代の天馬さんと唯一No.1を張り合ってた天才ホストだよ!」
「社長と張り合ってた!?そんな人がどうして……」

そんな中、聖はピタリと翼の前で足を止める。
すると、ニヤリと笑いながら口を開いた。

「君がNo.1の翼クンかい?」
「はい。あなたは?」
「俺は【Unicornis】の聖……天城 聖だ。よろしく」
そう言って、聖は翼に右手を差し出した。


「翼です、よろしくお願いします」
それに応えるように、翼も立ち上がって右手を差し出すと、二人は握手を交わしながら視線をぶつけ合った。










翼と聖……



No.1ホスト同士がついに対峙したこの瞬間が、



今から始まる激しい戦いの末のあの悲しい結末に続く入り口だとは、この時誰も思わなかった。





                                                   第24章へ

24-1


握手を交わした翼と聖は、数秒ほど互いに見合っていた。
不敵に笑みを見せる聖に反し、翼はただ黙って彼の様子を伺っていた。


『この人、
ただ者じゃない』

翼はホストとしての本能でそう直感した。
しかし、そんな中先に口を開いたのは翼の方だった。


「聖さん、ですね。翼です、よろしくお願いします」
「よろしくっ、翼クン。へぇ、思ってたより礼儀正しいんだね」
「どうも。あの-」
翼がそう言いかけた時だった。


「聖っ!」
そこに天馬が大きい声で割って入ってきた。

「お前、どうゆうつもりだ?何をしに来たんだ!」
「まぁそういきり立つなよ天馬。別に俺は嫌がらせや妨害とかで来たんじゃない。噂の翼クンとやらに会いに来ただけさ。それに-」
聖は、翼の横で驚きながら自分を見ている翔悟達に視線を向けた。

「久しぶりに可愛い後輩にも会いたかったしな」
聖がそう言うと、翔悟は驚きを隠すように口を開いた。

「聖さん……お久しぶりです」
「久しぶりだな、翔悟。【Unicornis】を離れて天馬にくっついてってからは、けっこう目立ってるみてーじゃん」
「いえ、そんな」
その時、聖は優しげだった表情を一瞬で鋭くさせる。

「だが翔悟よ……俺や天馬がプレイヤーとしていないからこそ、ここでNo.1を張れてたお前が……今やホスト歴半年に満たない彼に負けてNo.2か」
「ぐっ……」
聖の突き刺さるような口調に、翔悟は何も言わず顔を伏せた。
しかし、執拗に言い訳をしようとしない彼に、聖はそれ以上何を言うこともなかった。
そして、その鋭い視線は由宇と光星に向けられた。

「由宇、相変わらず元気そうだな」
「聖さんも相変わらずで」
「No.3か。こっちに来てからもがんばってるようだな」
「えぇ」
聖と由宇は、特に何があると言うわけではなく、淡々と言葉を交わす。
そして、次には横にいる光星に話し掛ける……と思いきや、彼はすぐに目をそらした。


『なっ……』


豆鉄砲を喰らったような光星は、そのまま立ちすくむ。
「聖さん……?」
光星は振り絞るように聖に声をかけるが、彼はふぅとため息をつく。

「光星……お前は俺に何と言って欲しいんだ?」
「えっ」
「まぁいい。どの道お前に今以上の伸びなんて誰も期待しないだろうからな。それに-」
聖は再び翼の方へと視線を向ける。

「今俺が最も興味があるのは君だよ、翼クン。天馬以外に唯一あの愛菜さんからの指名を勝ち取ったホストと言うからには会えるのを楽しみにしていたが-」
聖は一本の煙草に火を燈した。

「しかしまぁ何だ、【Pegasus】のレベルもたかが知れてるな、天馬よ」
聖は煙をふきながら、呆れたように言い捨てる。

「どうゆう意味だ、聖」
天馬が冷静に聞き返すと、聖はもう一度煙をふきだしながら答える。

「あの女一人が客につけばすぐにでもNo.1になれちまうような程度のレベルかって聞いてるんだよ。天馬、お前がいたときの【Unicornis】みたいにな」
「聖」
「俺は別にその翼クンに愛菜さんが指名客になろうがかまわんのさ。ホストの世界は結果と現状が全てだからな。ただな-」
聖は、その鋭い視線を翔悟や光星に向けた。

「仮にも一度は名店【Unicornis】を出てる奴が、ぽっと出半年そこらの奴にあっさり抜かれてるのが我慢ならねぇんだよ。自分でそうは思わねぇか?なぁ、翔悟」
「くっ……」
翔悟は、聖の鋭すぎるまでの眼光からただうつむくだけだった。
そして、その眼光は光星に向けられる。

「光星よ」
「……何スか、聖さん」
「翔悟を抜いたその翼クンだけならともかく、由宇にまで抜かれてるとはな。どうだ?自分がいびっていたかもしれない後輩たちに抜かれてる気分は」
「聖さん、俺は」
聖は煙をふきながら見下ろすように光星に言い捨てた。

「そのうちそこのNo.5の背の高い金髪クンにも抜かれるんじゃないのか?一体お前は【Pegasus】で何をやっていたんだ?」
「……」
次々と鋭い言葉を浴びせる聖に、普段饒舌なあの光星が何も言い返すことができず歯を食いしばりながら黙っている。
それを横で見ていた羽月は、内心のハラハラがおさまらなかった。


「聖!いい加減にしろ!お前は一体何がしたいんだ!?」
天馬がそこに割って入る。
「天馬、俺はここの現状をストレートに言ったまでだ。このままじゃ【Pegasus】はさらに上に伸びない……内心お前もそう感じてはいるんじゃないのか?」
「……」

「まぁ無駄話はこれくらいでな。今日はお前にちょっと相談があって来たんだ」
聖はそう言うと、スッとソファに腰をおろした。

「俺に相談?」
「あぁ。これは【Pegasus】にとってもいいと思ってな」
脚を組んでソファにもたれかけた聖は、改まったように口を開いた。

「単刀直入に言うわな。天馬、俺をここに置いてくれないか?」
「なっ!?」
思いもよらない聖の発言に、天馬を初めとする【Pegasus】の一同が驚きのあまりざわめきたつ。
しかし、天馬や翔悟でさえも驚きを隠さない中、翼だけは冷静に彼の次の言葉を待っていた。


「聖、どうゆうことだ?詳しく聞かせろ」
天馬が聞き返すと、聖はすぐに答えた。

「天馬もわかっているだろうが、今【Unicornis】はガサが入って営業停止を食らっている。どうなるかはわからんが、俺は恐らくもう営業するのは難しいと考えてるんだ。しかし、俺が最も心配なのはそんなことじゃない。さっきお前が話しかけていた"アリスの子"とやらのことだ。この店から妙なモノを流した奴がいたせいで、俺はホストとして動けないんでな!」

聖は天馬を鋭い目で睨みながら言い放った。

「おかげで、店はおろか俺の客足にまで影響が出てるんだよ。だったら、俺をここで仕事させてくれることぐらいななきゃ割に合わねぇよな?天馬よ」
「聖……」


「"アリスの子"のことだって手を貸すし、それに俺がここに客を呼べば売上にもなるんだ。悪い話じゃねぇと思うが?」

自信満々に話す聖は、光星に視線を向けた。

「まぁ、後輩いびりにのさばって売上が伸びないどっかのホストよりは俺がいた方がいいだろ」
「……!」
聖の嫌味がかった言葉に、光星は眉を引き攣らせた。

「どうだ天馬、もちつもたれつ……俺をここに置いてみろよ。何より、俺のホストとしての実力はお前が一番わかってるはずだ」
そう言うと、聖はスッとソファから立ち上がった。

「言いたいことはそんだけだ、邪魔したな。まぁ、お互いのためにも…ちゃんと考えといてくれよな」

そう言って、聖は【Pegasus】一同の前から颯爽と姿を消していった。



「何なんだよ、あの人」
「社長の元ライバルか知らないけど、あんな横暴な人がこの店に来るなんて」
「でも、"アリスの子"って……?」


「みんな、聞いてくれ」

ホスト達がざわめく中、天馬は意を決したように口を開いた。
ホスト達も一瞬で静まり返り、その耳を彼に傾ける。
「今から俺が話すことは、みんなのホスト生命や店の存続にも関わることだ。お客はもちろん絶対に関係のない人間に他言するな」
ホスト達がうなずいたのを確認すると、天馬は一息ついてから事の顛末を話し始めた……



約10分後-

天馬から語られたことを耳にしたその場にいた全員が、驚きを隠せなかった。

「そんなものが……」
天馬の横にいる普段冷静な佐伯も、今思っていることをうまく言葉にできずにいた。
事情を知る翼を除き、翔悟を初めとするホスト達全員も何一つ言葉を発することはなかった。
しかし、そんな重苦しい雰囲気を必死で破ったのは翔悟だった。

「社長、聞いてもいいですか?」
「何だ翔悟?」
「その……星羽会って宗教の生き残りってのが、本当に俺達の中にいるんですか?」
「正直なところ、俺にもわからない。ただ、その"St.Alice"ってやつの存在で【Unicornis】がやられたって事実がある以上、俺達もみんなに話して知ってもらうしかない……そう思ったんだ。そして-」

天馬は一度呼吸を調えるために息を呑んだ。

「何より、お前ら一人ひとり全員がこの【Pegasus】の大切なキャストだ。この中に"アリスの子"って奴がいると、俺は信じたくない」

経営者として事実を話さなければならない辛さを必死で噛み締めるような天馬の口調が、事情を深く知る翼にはとても痛いほど滲みていた。
いずれ知ることになったとはいえ、少なからず従業員同士の間に生じ始めている疑心暗鬼が、天馬と翼には重々しく見えてならなかった。

その中で、羽月の正体を唯一知る翼は、気付かれないように彼の様子を伺っていた。

他のホストと同じように、羽月は驚きながらおろおろとしていた。


『俺への態度の変化もだが……あの驚きは演技しているのか?それともみんなと同じように本当に驚いてるのか……??』

翼の中では、星羽会信徒の生き残りという意味での羽月への疑心暗鬼が、ますます深まっていった。

しかし、生き残りとはいえ本当に羽月が"St.Alice"を流している"アリスの子"なのだろうか…?
天馬と同様、翼の中では信じたい相手に対して理不尽な疑いを向けてしまっていることに、苦悩を感じずにはいられなかった。

ミーティングが終わり一同が解散した後、翼は一人天馬がいる店の奥の事務所へと足を運んでいだ。

「社長、翼です」
「おう、入れ」
「失礼します」
翼はドアを開け、事務所の中へと入っていく。

「お疲れ様です」
「今回ばっかりは、俺も頭を悩ませたよ。店の責任者として、あれは正しかったのかってな」
「えぇ。あ、美空ちゃんのこと伏せてくれて、ありがとうございました」
「なぁに言ってんだ。あの子は何も悪くないし、女性のプライバシーを守るのは尚更当然のことだろう」

疲れていても、女性への気遣いは絶対に忘れない……天馬のそういったところに、翼はあらためて感心をしていた。
しかし、それにより翼が天馬に今話そうか迷っていた羽月の正体を留める結果となった。
羽月の正体を言えば、愛菜の正体から彼女の辛い生い立ちまでをもいずれ口にしてしまうことになる。

彼女のプライバシーを考えてか、翼はそれらのことを胸の内に留めておこうと考えていた。


『それにしても……愛菜は一体どうしたんだろう?』
美空のところで別れて以来音信不通になっている愛菜への気掛かりが、翼の中での一抹の不安を時間とともに膨らませていった。



一方-

羽月はひとり大久保にある、とあるマンションの一室の前にいた。

「……」
羽月は無表情のまま、その一室のインターフォンのボタンを押す。
鳴り響く電子音とともに、その部屋のドアはすぐに開いた。

「よう」
部屋のドアから顔を出したのは光星だった。

「光星さん、お疲れ様です……」
「入れや、羽月」
「はい……失礼しますぅ」
羽月は、小さな声でそうつぶやきながら光星が導くその部屋の中へと入っていった。



「ちきしょぉぉおっ!!」
光星は異常なほど荒れた口調で声を上げながら、床にあるごみ箱を蹴り飛ばした。

「ちきしょぉちきしょぉちきしょぉ~何で俺がこんな惨めな思いしなくちゃなんねんだ~!!」
「光星さん、落ち着いて」
「おい羽月!」
「はい……」
「これが落ち着いていられっと思うかぁ!?翼の野郎に抜かれただけでなく由宇にまで抜かれて……そのうえお前にまで抜かれるって、全員のいる前であそこまではっきり聖さんに言われたんだぞゴラァ……」
光星は、右手に持つウィスキーのボトルの注ぎ口を度々口に運んでは、呂律の回らない口調で言い散らした。

24-2

 
すると光星は、別室のドアをギョロリと横目で睨み据える。

「こんなときは……ウサ晴らししねぇとなぁ」

フーフー息を荒げながら、光星は別室のある方へとズカズカ歩いていく。
その様子を見ている羽月は、目をつむりながら苦しそうに顔を背けた。


『もうやめたってくれ……』

羽月は心の中で力なくそうつぶやいた。
しかしその願いは届かないのか、彼の中で悪夢とも言えるその光景は、別室の中で再び再現されようとしていた。



「イヤ……やめて……」

僅かに開いた別室のドアの向こうから、か細いまでの一人の女性の声が力無く羽月の耳に突き刺さる。

「イヤ……」
「イヤじゃねぇんだよ、黙れこのホスト狂いが。おい羽月聞こえるか!?お前も来い!」
光星の言われるがまま、羽月は声のする別室へと向かってゆっくり足を運んだ。

一歩……また一歩が、今の彼にはあまりにも重く感じられた。


「……」
無言でその部屋の中へと入る羽月の視界に映ったのは-



羽月は再び顔を背けた。

常夜灯で薄暗く照らされた部屋の中、セミダブルサイズのベッドの上では一人の全裸の女性が既に半裸になった光星の身体に覆いかぶられていた。

彼女の両腕はロープで拘束され、衣服や下着は部屋中に散乱するように無残なまでに落ちていた。

ぐしゃぐしゃに乱された巻き髪・色白く華奢なまでも豊満さを見せる抜群のスタイル……
そして、涙を流しながら虚ろにどこかを見つめるその女性は、数日前に突然音信不通となっていた愛菜だった。



「やめて光星……」
「あぁ!?気安く呼び捨てすんじゃねぇ!!」
光星は、涙で濡れる愛菜の頬を強く叩いた。
それに伴い、「バシッ」という強い音が部屋に響く。

「何で、何でこんなことするの……」
力無く言葉を漏らす全裸の愛菜を見て、光星はニヤリとしながら答える。

「愛菜さんよぉ……あんたがそんなことを聞く必要はないんだよォ!」
光星はそう叫びながら、露になっている愛菜の乳房を右手で強く掴んだ。
「痛いっ!やめてお願い……」
愛菜の言葉も虚しく、光星はその手を彼女の下半身の方へと移した。

「はっ……何だよこのアマ。やっぱり相手が翼の野郎じゃねぇとあんまし濡れねぇってかよ」
光星のまさぐる手の強さは、次第に強くなっていった。

「やめて……やめてぇ……」
「まぁしかしよぉ……性格はともかく、さすがカリスマキャバ嬢……いい身体だぜ」
光星は揺れる愛菜の乳房をベロリと舐め上げると、直ぐさま自らの下半身を彼女のそれへと沈めた。

「ヤッ……イヤぁぁぁ……!」
「いい声だな愛菜よぉ~!」
酒で酔ってままならない動きの光星が相手でも、腕を拘束され身動きがとれない愛菜は、なされるがまま貪りつくされていった。

そんな鬼畜のような残虐極まりない光景を、羽月はうつむきながら黙っていた。










数分後-

愛菜を相手に行為を終えた光星は、ベッドに座り込みながら煙草を吸っていた。
その脇で、光星の唾液などの液体にまみれた全裸の愛菜は、バンザイをしているかのような仰向け姿で虚ろな瞳を天井へと向けていた。

「……」

愛菜は、何も言うことなく微動だにすることもなかった。
ただ、弱々しく息を切らせ、無理矢理ほてらされた身体の熱を冷ませるのに努めていた。


「はぁ~今日もいい味だったぜ。オイ羽月!てめーちゃんといるのかよ!」
「……はい」
下品に言い散らすように声を上げる光星に、羽月は小さく返事をする。

「あー気持ちいいぜ。この女の身体は病み付きだなオイ」
「……」
「羽月聞いてんのか!?」
「聞いてます……」
「おい、お前もイケよ」
「……はっ?」

羽月は自分の耳を疑った。
しかし、光星はすぐに口を開いた。

「お前もそのアマでイケっつったんだよ」
「な、何やて……」
「お前、この女好きなんだろ?だったら今のうちにヤッとけよ」
「そっ、光星さん……!」

意識が朦朧としながらも二人の会話を耳にしていた愛菜は、チラリと羽月のことを見た。


『羽月くんが……あたしを……?』

愛菜のそんな思いをよそに、彼らの会話は続いた。


「これは俺からの絶対命令ってやつだ。やれ羽月」
「そ、そんな」
羽月はチラリとベッドの上の愛菜に視線を向けると、彼女と目が合った瞬間すぐ背けた。

「で……」
「あっ?何だ?」
「できへんそんなこと……」
「あぁ!?」
「光星さん、もうやめてやこんなこと」
羽月は、普段の明るさを全て押し殺したような声で光星に言った。
だが、起き上がった光星はその言葉を受け入れるどころか、恐ろしく歪んだ表情で羽月のもとに近づいた。
そして、羽月の襟首を掴み、ギロリと彼の顔を睨んだ。


「羽月よぉ……俺ぁ言ったよなぁ?逆らったらばらすってよ、お前の正体が-」
「光星さんっ!」
「星羽会の生き残りだってなぁ!!」
光星がそう言い放ったとき、愛菜は目を大きく見開いた。

「羽月くんが星羽会の……?…本当に……??」
愛菜がそうつぶやいた瞬間、光星はニヤリとしながら愛菜に言った。

「そうさ、こいつ……羽月は今"アリス"騒動で有名な星羽会ってあぶねー宗教の生き残りなんだよ!愛菜さん、あんたと同じでな!」

光星のその言葉を聞いた瞬間、羽月は目を円くして二人を見比べた。

「何やて?愛菜さんが……星羽会の……!?」
「そうさ羽月!あの女にもそうゆう生い立ちがあんのさ!」
「光星さん……何で、何でそのことを知ってるんや?」
「それはな……これよ」
光星は、透明な液体が入った一つの小ビンを取り出した。

「何やそれ?」
羽月が問いかけると、光星は狂ったような笑みを浮かべながら答えた。


「今流行りの……"St.Alice"ってやつさ!」
「なっ!」
「……!」
それを聞いた羽月と愛菜は、一瞬で表情を蒼白色へと変えた。

「光星さんそれは!」
「ちょっといただいたのさ……"アリスの子"て謎の人物に。おかげでいい気分だぜ」
「そ、そんな……」
羽月は、恐ろしい悪魔でも見るような目で光星を見た。
彼の口調や目付きが普段と比べて尋常ではないことは薄々と気付いていたものの、彼の心はありえないような恐怖に徐々に襲われ始めていた。


「羽月、あの女をヤれ!」
「い、嫌や……。やっぱりこんなの-」
その時、光星の拳は直ぐさま羽月の顔面を鈍い音とともに捉えていた。


「うがっ!」
声を上げると同時に、羽月は部屋の床にバタンと倒れ込む。

「羽月くんっ!やめて光星……!」
愛菜は小さい声で叫ぶも、もはや狂い始めた光星の耳には届いていなかった。


「羽月、ヤれ」
ドスを効かせた光星の声の前に、羽月はゆっくりと立ち上がった。

「嫌や……」
「あっ?」
「俺、自分のことばらされんのが怖くて怖くて、ずっと光星さんの言うこと聞いとったけど……それだけは嫌や」
「羽月」
「愛菜さんが目の前でこんなになっとるのに何もせんと見とった俺が今更言うことちゃうけど……俺、やっぱり愛菜さんも翼くんも大切やから、それは……」

羽月がそう言うと、うっすら目付きを細めた光星が彼にゆっくり……ゆっくり歩み寄る。

「うがぁっ!」
光星が羽月のみぞおちや顔を踏み蹴り始める。
その度に、羽月の痛みに充ちた悲鳴が部屋中に響き渡る。

「俺に逆らう気か羽月よぉ!星羽会の生き残りのくせによぉ!」
光星は止まることなく、倒れる羽月を蹴り続けた。

しかしその時だった。



「やめてっ!」



愛菜が最後の力を振り絞ったかのように、悲痛な叫びをぶつけた。

「お願い……やめて。私ならいいから……羽月くんともするから……お願い、彼をいたぶるのは、もうやめて……!」
愛菜は涙を流しながら光星に訴えかけた。
光星も蹴る足を止め、長い髪の毛を掻き分けながら細い目で彼女を見ている。

「ゲホッ……ゲホッ……」
口から少量の吐血をしながら、羽月はよろりと倒れた身体の上体のみを起こした。

「愛菜……さん」
「羽月くん、私を抱きなさい……」
「でも……」
「光星、言うこと聞くから……これ以上彼をいたぶるのはやめて……」
力無い愛菜の言葉に、光星はニヤリと笑った。
「じゃあわかったな、ヤれ羽月!」

 


10分後-

光星に服を剥ぎ取られた羽月は、涙を流しながらその裸の長身の正面をベッドの上の愛菜へと向けていた。


向かい合う裸の愛菜も、その瞳から涙を溢れさせながら彼のことを受け入れた。



ただ無言で互いの身体を絡め合う二人は、



互いが十年前に生き別れた肉親だとは知ることもなく



虚しく傷つけ合うだけの行為を、その身体で繰り返した。



その光景を、光星は酒を浴びながら、心行くまでの醜い笑いを上げながら観賞に浸り続けた。



そんなあまりにも狂いすぎた夜の宴は、



互いの涙で身体を濡らす、果てた裸の姉弟の倒れた姿で終焉を迎えた。










『愛菜サン、翼クン……ホンマニ……ゴメンナサイ……』





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