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32.宣戦布告

32-1


「じゃあ、俺はそろそろ行くから」
「うん」

重い腰を持ち上げるように立ち上がった翼は、愛菜に一言そう告げて病室のドアに手をかける。


「翼っ」
「うん?」
「ありがとうね」

小さい声で礼を言う愛菜に、翼は無言で首を振った。


「じゃあ」
翼はドアを閉めた病室をそっとあとにした。




「……」

長く続く廊下を、翼はぼんやりとしながら歩いた。
そのまま歩いていけば、自然と離れたところにある羽月の病室に着くものの、彼の足どりは遅かった。


愛菜は羽月の正体を知った-


互いを探し続けていた姉弟の片方だけが未だ事実を知らない-


翼は、羽月に愛菜のことを伝えるべきかおおいに悩んでいた。





そして……


何より、自分が彼らと少なからず同じ血が流れていた従兄弟だったことに、動揺を隠せずにいた。


しかし、何故だろうか?
翼は、先程話していた愛菜から不思議な違和感を感じずにはいられなかった。


「あっ……」

気がつくと、翼はいつの間にか羽月のいる病室の前にいた。

「とにかく、あいつにも会っていかなきゃだな」
翼は、どこか躊躇しながらも病室のドアへと手をかけた。

「あっ、翼くんっ!」
「よぉっ」
病室に入ると、ベッドで横になっている羽月が元気に翼のことを迎えた。
そんな彼の姿を見て、翼の気分もどこか和らいでいく。


「わざわざ来てくれたんやなぁ!忙しいのに、ホンマありがとう」
「いいってそんなの。羽月、それから具合の方はどうだ?」
「あぁ、まだちょっと痛いけど、何とか回復しとるみたいやでぇ!」
「そっか」

翼は先程までと違い、どこか胸を撫で下ろすような感覚を覚えていた。
しかし、姉である愛菜の存在のことと、自分の両親が関わっていた10年前の事件について話すべきかを、彼は心の奥底から拒んでいた。

今事実を羽月に話せば、せっかく立ち直りつつある彼の心を再び乱すばかりか、自分との確執をも生じさせてしまう……
翼は、何よりそれらを恐れていた。

自分を犠牲にしてまで守ってくれた羽月がいなくなるのが、今の翼にはとても怖かった。



「どないしたん、翼くん?ぼーっとしてんでぇ?」
羽月の一言で、翼はハッと我に返る。

「あっ」
「どないしたんや?」
「あ、いや……」
「?」
「な、何でもないよ。ちょっと疲れてるかな」
「……そっかぁ!今、聖さんとの勝負もあって大変なんやもんなぁ。怪我人の俺が言うのもなんやけど、翼くん身体大事にせなあかんでぇ」
「あ、あぁ。そうだな……ゴメンな、せっかく羽月のとこ来たのに疲れた顔見せて」
「えぇって!俺の前では遠慮なんかせんで。あ、いや……も久しぶりやしな」

翼と羽月は、いつものように笑い合った。



「なぁ、翼くん」
「うん?」
「社長やみんな、元気にしてん?」
「あぁ」
「愛菜さんは?別の部屋で入院してんやろ?」
「あぁ」
「元気……なんかな。俺、愛菜さんにも、その……ひどいことしてもうたから」
「どうだろうな。愛菜まだ落ち着いてなくて、面会謝絶みたいな感じだからな。何とかパソコンのメールには送れてるけど」

翼はとっさに愛菜に会ったことは羽月には伏せることにした。
今羽月に愛菜のことを話せば、彼は姉に会いに行き、そして互いを混乱させてしまう恐れがあったからだった。

しかし、自分が彼を騙してるのではないかという罪悪感が、翼の心から消え去ることはなかった。

10年前に彼らの両親を虐殺した原因が自分達の両親にあったと知ったら、羽月はどんなに深いショックを受けるかを、翼は想像するだけで恐怖を感じていた。



『これ以上、この姉弟を傷つけるわけにはいかない』



翼はそれを思い、これ以上羽月に事実を話すことを避けることにした。
そして、いつまでも元気に笑う羽月に呼応するかのように、翼は本当かもわからない笑顔を見せていた。

「じゃあ、俺はそろそろ」
「そっかぁ。翼くん、ホンマにおおきにな」
「あぁ。早く、傷治して店出てこいよ」
「うんっ!」

翼は、そのように会話を交わすと、羽月の病室からそっと出ていった。



『羽月……』



病院のエントランスへと向かう翼の足は、やはりどこか重かった。


「とにかく、今月の勝負に勝たなきゃいけないんだよな!」
翼は、気を取り直すように帰りのタクシーへと乗り込んでいった。





1時間後-

自宅へと一旦戻った翼は、シャワーを浴び直し、仕事への準備を勤しんでいた。

「さてと」

高級スーツに身を包み、ヘアーメイクも所持品も万全として部屋を出ようとした……その時だった。


「♪♪♪~♪♪~」

テーブルの上に置いておいた翼のケータイが、一つの着信を知らせる。


「社長からだ。はい、もしもし」
翼はすぐにその着信に応答する。


「社長おはようございます。はい……はい……わかりました、すぐに店に向かいます」
天馬からの電話でただごとじゃないと確信した翼は、ジャケットを羽織らず手持ちで部屋を飛び出していった。


「まったく何なんだ、アリスの子ってのは!」
翼はすぐさま再びタクシーを拾い、歌舞伎町にある【Club Pegasus】の店舗へと急いで向かっていった。


約30分後-

【Pegasus】の店に着いた翼は、エントランスから事務所へと一直線にかけていった。


「社長!」
「おぉ、翼」

翼が社長室へと入ると、そこには天馬以外にも佐伯と聖の姿もあった。
翼はなるべく聖と目を合わせないように天馬のもとへと近づく。


「社長、アリスの子から電話があったって……一体どういうことなんですか?」
「あぁ。単刀直入に言うと、奴は俺たちがひそかに探りを入れてることにも、どうやら気付いているらしい。『あいつのようになりたくなければ、余計なことはするな』……とのことだ。ボイスチェンジャーを使って正体がわからないようにもしていた」


あいつ-

それを聞いて、翼は真っ先に死体としての発見をニュースで報道された光星のことを思い浮かべた。



「ちっ!」
聖が口を鳴らした。

「たくよぉ……。【Unicornis】がダメになってこっちが大丈夫かと思いきや、今度はココも狙われてるってか。アリスの子ってのは、どんだけ頭イカレてんのかねぇ。なぁ天馬」
「聖」
「おっと、いけねぇ。アリスがこの店にいる以上、下手なことは口にしねー方がいいよな」

聖の発言で、その場にいる他の三人の表情がピクリと吊り上がった。


「聖さん、それはどうゆうことですか?」
「まぁそういきり立つなよ翼クン。そいつの正体がハッキリしない以上、この店の中の全員が容疑者ってことさ。もちろん天馬、お前もな」
「なっ、何を言い出すんですか!社長がそんなことするはずがないじゃないですか!今このことで最も悩んでるのは社長なんですよ?それを-」
「何も断定はしていないさ。ただ、犯人の星がハッキリしない以上、アリスの子の可能性は誰にでもあるってことさ。もちろん、この俺にもね」
「……」
「気分を害したなら謝る」

聖は、翼・天馬・佐伯に対して軽く頭を下げた。
 

「だが、俺もこのまんま引き下がるわけじゃない。【Unicornis】に妨害を加えたアリスの子とやらの顔は拝んでみたいからな。とにかく……俺のバースデーだけは邪魔してほしくないもんだぜ」

聖はそう言い捨てると、そこからツカツカと去っていった。



「まるで、自分だけは違うみたいな言い方でしたね」
佐伯がポソリとつぶやく。

「そうだろうな。あいつはあんなやつだが、誰よりホストって仕事にプライドを持ってる奴だ。こうゆう進展のないハッキリしない事態に、イラついてるんだろう……昔からそうだった」
天馬がため息まじりに答えると、そこに翼が質問を投げ掛ける。

「社長、いいですか」
「どうした、翼?」
「俺と聖さんの勝負はともかく、どうなるんでしょうか、この件は。俺達が何もせず黙っていても、アリスがこのまんま何もしないとは考えられません」
「そうだな……。まず、奴の真の狙いが一体何なのかがわかればな」



翼はそこでピンときた。

アリスの子は一体何のためにこんなことをするのだろうか?


アリス・クレイアードと星羽会そのものが存在しない今、『アリスの子
』とはアリスの『意志を受け継いだ人物』ということになる。


一体だれが?


何のために?


翼は頭をひねったが、それ以上何か答えが返ってくるということはなかった。



「とにかく、今日俺達にできることを精一杯やるしかない」

翼も佐伯も、今天馬が言った一言にウンとうなずくしかできなかった。

もちろん、天馬本人も……。

そして、【Club Pegasus】は今日も通常どおりの営業を開始することにした。



「今日も一日やるぞっ!!」

天馬のその力強い始まりの声が、事件でテンションの沈んでいるホスト達の背中を押すのには十分だった。

とにかくやるしかない-
天馬は、まず自分の不安げな面を従業員に出さないことに全力を注いでいた。
それが、内情を深く知る翼には、発奮となると同時に苦しさすら覚えた。





「翼くん、ちょっといいかな」
由宇が翼へと話し掛ける。

「由宇さん?」
「アリスの子のこともあるだろうけど、売上の方は……聖さんとの勝負のことは大丈夫なのかい?」
「えぇ、今のところは何とか」
「あぁ、僕もさっき佐伯さんから聞いてみたけど、今のところは翼くんに分があるみたいだね。でも気をつけてくれ」
「もちろん、油断なんてするつもりはありませんよ」
「そうじゃない。油断とかじゃなくて、あの聖さんのことだ。今はまだ本気を出していないだろうし、バースデーあたりにまた一つ何かかましてくるに決まってるんだ」
「太客をまだ隠してるってことですか?」
「うん。こないだ聖さんは、華月結奈ってお客さんを連れてきただろう?あの人は、あのクラスのすごい太客をあと二人は持っている。もちろんそれ以外にも太客と言えるようなお客さんも多数抱えてる。翼くんも今やたくさんのお客さんを抱えてるけど、あの人と真っ向から勝負する以上は微塵の油断もしてほしくないんだ」
「肝に命じておきます」
「ごめん、僕がこんなこと言ってもって感じなんだけどね。……ちなみに、愛菜さんの方はどうなんだい?」
「今のところは退院できる状態ではないみたいですね」
「そうか」

由宇はふと肩を落とした。

「売上のため……という言い方はしたくないけど、今は愛菜さんの力を何とか借りたいところだね」
「……」

由宇の言葉に対し、翼は何も言わなかった。
彼の言葉が現実的にもっともな意見だったとしても、今の余裕のない精神状態の愛菜に売上の話を持ち込むことなど、翼にはとてもできなかった。

32-2

 
そして、そんな由宇の予感は的中することとなる。



数時間が経過し、盛況のうちに終わった営業終了後の【Pegasus】では-


聖の提案により、緊急のミーティングが開かれようとしていた。
翼たちナンバー上位を含むホスト全員が、フロアに集結する。

営業後ということもあり疲れを見せる者が多数だったが、ミーティングを始める際に聖から漂うただならぬ緊張感が、それらを強引に掻き消した。



「お疲れッス!!」
「お疲れッス!」
「みんな、仕事後で疲れてるところ悪いな」

聖は、そう言うとホスト全員に対し軽く頭を下げる。


「聖、一体ミーティングだなんて突然どうしたというんだ?」
天馬が問い掛けると、聖はフッと不敵に笑いながら再び口を開いた。


「みんなも知ってる通り、今月下旬…ってもあと半月くらいだが、No.1の翼クンと俺のバースデーがある」
「……」
「俺が25日、その3日後に翼クンの28日だ」
「それが、どうかしたのか?」
「まぁな天馬。ここで、いきなりの俺からの提案なんだが……」

聖は、咳をきって再び口を開いた。


「翼クンと俺のバースデーイベントを、一緒の日にするってのはどうかと思うんだ!」
「な、何??」

突然の予想外とも言える発言に、フロア内はざわめき始める。
すぐ横でそれを聞いていた翼や天馬も、さすがに驚きの表情を隠せなかった。


「聖、突然の意見だが……詳しく聞かせてくれ」
天馬が彼に話の先を促す。

「へっ……。まぁ、特に深い意味はないんだけどな。せっかく、この俺と翼クンの誕生日がこんなに近いんだ。三日間隔でいちいちイベント開くより、いっぺんにやった方が楽だろうと思ったのさ!それに……」
「それに?」
「俺と翼クンが真っ向から勝負をキメるにゃ、まさしく絶好の舞台だと思ってな。二人のホストのバースデー頂上対決なんて、お客さんにとっても燃えるコトだろう?」
「バースデー対決か」
「あぁ。でも、もちろん翼クンがよかったらの話だぜ?日にちだって、俺が翼クンの希望する日に合わせてもいい。どうだい天馬、佐伯さん?」

聖の言葉に、天馬と佐伯は黙りながら顔を見合わせる。


「俺はかまわん。それでお客さんたちが盛り上がってくれるならな」
「私も、社長に同意です」
そう言うと、二人は翼の方に目を向ける。
翔悟たち他のホストたち全員の視線……そして、聖の挑戦的とも言うような鋭い眼差しが、翼にすべて降り注いだ。

それらを、翼はただ冷静に受け止める。


「翼、あとはお前の答えひとつだ。聖からのこの話を、お前は受けるのか?」
天馬が問い掛けると、翼は数秒沈黙した後、コクリと首を縦に振った。

「やらせてください社長、聖さんとの合同バースデー」
翼は、何事もなかったかのように冷静に言い切った。
それを見て、聖はニヤリと笑みを浮かべる。


「さすが翼クンだ!ありがとう、俺の話にノッてくれて。正々堂々、俺らホストもお客さんも燃え尽きるような勝負をしよう!」


翼と聖の合意のもと、合同でのバースデーイベントを開催することが決定し、ミーティングに参加していたホストたちは、驚きのあまりその時の疲れをすべて忘れてしまったかのようにざわめき続けていた。

その後、ホストたちが解散した【Pegasus】の事務所には、翼・天馬・聖の3人が残っていた。


「あらためて……ありがとうな翼クン、俺の提案を受け入れてくれてさ」
「いえ。そのほうが盛り上がるし、物事が一度に済ませていいのは俺も同じですから。それに-」

翼は言葉を一旦止めると、聖を強い視線で見つめる。

「もし聖さんのバースデーに先に"変な事件"でも起こられたら困りますからね」
「はっ?どうゆう意味かなそれは」
笑っていた聖の表情が、一瞬で強張る。


「仮にあなたとアリスの使徒が繋がっていた場合、わざと"事件"を起こされて営業そのものが危うくされたら、俺のバースデーイベント自体も消えて勝負をうやむやにすることもできますからね」
「何が言いたいのかな、翼クン」
「別に、特に深い意味は。ただ、あなたに言いたいように言われっぱなしなのもシャクだっただけです」

翼は横目で聖をとらえながら冷静に言い放った。

「……言ってくれんじゃんよ、俺を疑うなんてさ!」
「あなたが俺達に感じてた疑心暗鬼を、そのまま俺もそっくり発言したまでです」
それまでどこかうすら笑いすら浮かべていた聖の表情もいつの間にか真剣になり、二人は凄まじいまでの視線をぶつけ合った。

「……」
その二人のやり取りを、天馬は何も横槍を入れることなくただじっと見つめる。

「まぁいいや。とりあえずさー翼クン、天馬-」
「はい?」
「この際に何だ、聖」


「28日の合同バースデーで、俺はあんたらを完膚なきまでに叩き潰して、この【Pegasus】をいただくからな!」
まるで今まで隠していたような恐ろしい野獣のような眼光を見せつつ、聖は二人に強く言い放った。


「フッ、まぁ健闘を祈るよ」
そう言い残し事務所を出ていった聖の気配が完全になくなると、翼と天馬はフッと苦笑いを零した。


「翼、お前も言うようになったな」
「言われっぱなしってのはけっこう嫌いなんです」
「聖のあんなマジな顔、久しぶりに見たな」
「俺もあんな風に疑うようにハッパかけましたが、どうやらあの人のホストの仕事にかける意気込みってのは、本気みたいですね。あの目付き、正直ゾクリとしました」
「あんだけ宣戦布告したんだ、勝算はあるのか?」
「さぁ、そればっかりはわかりません」

翼と天馬は、同時に煙草の火をつけながら再び苦笑いを零した。


「まぁ、とにかく頼んだぞ……翼」
「はいっ」

決戦の前祝いとでもいうかのように、翼と天馬はビールを注いだ互いのグラスを「カチン」と交わした。



翌日-

翼は、西総合病院に入院している羽月のもとを訪れていた。


「翼くん、いよいよもうすぐバースデーやなぁ」
「あぁ」
「何や、緊張してん?」
「聖さんや社長の手前、かなり強気でいったけど……実はな」
「そっかぁ。でもな、俺うれしいわ、そうやって俺にだけは弱音見せてくれんのが」
「羽月」
「相手は社長と五分を争ったほどの人やし、店の命運がかかってんやもん。だから、プレッシャーきついときは俺のトコ来て愚痴ってくれてえぇからな」
「……サンキュ」

患者着でも元気に笑う羽月は、見えない重圧がかかっている今の翼にとってはとても心強く思えていた。


「翼くん」
「ん?」
「何もしてあげることはできへんけど……俺は、ずっと翼くんの味方やからな!」


ずっと味方-

愛菜のことや星羽会事件のことを彼に隠している翼にとって、うれしいと同時に胸が痛む言葉だった。



「ありがとうな、羽月」
「そや!がんばれ翼くん!」

店が残るように-
早く退院できるように-

互いにエールを送るように、翼と羽月は笑い合った。



そしてどんどん日にちと時間は経過し-



運命の7月28日


翼は、聖との決戦のバースデーをついに迎えた。










そして、この日に



翼たちの運命を決定づける事件が起こるなど、



この時はまだ、誰も知る由もなかった。





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