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31.父の告白

31-1

 
翼と父は、今にも火花が激しく飛び散りそうなその鋭い視線を再びぶつけ合った。

「では聞かせてもらえますか?アサカワカンパニーと星羽会のことを」
翼がそう言うと、にわか俯く父は何かを覚悟したように語り始めた。


「どこから話せばいいか……。まず……我がアサカワカンパニーは、30年前に薬品事業に手を出し始めていた。高度経済成長を過ぎ、バブルと呼ばれていたあの頃、アサカワの当時の社長は新たに薬品事業を展開することを思い付いていたんだ」
「当時の社長って」
「私の父……もう亡くなったお前のおじいさんだ。あの方は、当時には斬新なその経営理念により、日本には無い新しい薬品開発のプロジェクトを施行していたんだ。彼は、その際に一人の天才科学者を海外から招いた。それが、ルペス・クレイアード博士だ」

父の言葉に、翼はただ息を呑みながら聞き入っていた。
父は続けた。


「当時、前社長は正体を知らずルペスを薬品部開発プロジェクトの責任者へと任命した。彼はアメリカでの実績もさながら、どこの会社や研究所もが欲しがる奇跡の人材だったからだ」
「……」
「だが…それこそが、ルペス…星羽会の狙いだった。当時目立っていなかったにせよ、星羽会信徒である素性を隠せたルペスにとっては、我が社の開発や研究における全ての資産が利用できる好都合なものに過ぎなかったのだ。彼は製品開発の合間に、ひそかに"St.Alice"の研究と開発…流通に至るまでの全てを計画していた……」

「ルペスは開発をする場所と予算のためにそんな?てか、ルペスのその計画に一体誰が気付いたんです?」
翼が問い掛けると、父は軽く咳き込みながら再び続けた。

「あの時、何も気付かずにいた私達にルペスの企みを教えてくれた一人の女性がいたんだ。彼女は自らの危険も省みずに、当時恋人として交際していた私にそのことを伝えてくれたんだ」
「恋人って……?」
「もう今や私とは30年以上になる家内……つまりお前のお母さんのことだ」
「な、何だって!?」

思わぬ言葉に、それまで冷静さを保っていた翼は次第にその表情を驚きへと変えていった。


「どうゆうことなんですか!?どうして……あの人が……!」
「お前や圭介には黙ってはいたが……母さんは、星羽会信徒の家系の人間だったのだ」
「なっ!?」

翼が言葉を失う中、父はさらに続けた。


「当然私も驚きはしたがな。だが肝心なのはそこじゃないんだ。母さんは、自分の父親……ようするにお前のもう一人のおじいさんが幹部信徒だったこともあり、ある恐ろしい計画のことを耳にしていたのだ」
「まさか……【Mother-Project<マザー・プロジェクト>】!?」

翼が聞き返すと、父はうなずきながら続けた。


「表は善のはずだった星羽会とアリスの計画に恐ろしさを感じ始めていた母さんは、そのマザー・プロジェクトの全容を私達に教えてくれたのだ。いや、それ以上に助けを求めてきていたんだ」
「助けを?」
「星羽会代表アリスは、一部の信徒を使って"St.Alice"の実験をしようとしていたんだ」
「何だってそんなこと……!」
「そのとおりだ。当時若く信教に馴染みの比較的少なかった母さんは、"St.Alice"を自ら服用することなく私のところへとやってきたのだ。もうすでに……家族が全員死亡した深い悲しみを背負ってな」
「自ら服用?家族が??」
「アリスは、マザー・プロジェクトの第一段階と称した『実験』して、"St.Alice"の服用を一部の信徒に課したんだ。もちろん母さんの家族にも……人の狂気を呼び覚まし、命を縮める、あの殺戮兵器をな!!」

話が進むたびに、父の声が強さと切なさを増していった。
翼は、それをそのまま聞き続けた。

「聞いた話だけだが……母さんの家族は、母さんが見ている前で狂ったような地獄絵図の中で殺し合って死んでいったそうだ……」
「……!」
「私は"St.Alice"の開発と流通を食い止めるべく、社長とルペス……そして共に開発に携わっていたKK社に掛け合った」
「KKだって!?俺があの時勤めていたあの会社も"St.Alice"に関わっていたなんて!」
「うむ。しかし、時は遅かった。星羽会は、時間をかけて日本を中心にマザー・プロジェクトを展開し、その名の通り世界を"母"に帰すように破滅に導こうとしていた」

言葉を失い続ける翼を前に、父の言葉から出る事実はまだ終わらなかった。


「その後、ルペスの所業をを追求した前社長と私だったが、気付いたときには彼の姿は無かった。警察でも彼の行方を追うこともかなわずな。しかし、その後ルペスは長い年月をかけ"St.Alice"をさらに完全なものとし、10年ほど前……それをその先駆けとして新宿の歌舞伎町に流出させた。"St.Alice"は、街の一部に流出し、高額な取引にさえも使われるような、狂気の薬物として世に出ることになってしまったのだ。それがお前もニュースなどで知っているであう、あの-」
「"星羽会事件"ですね?」
父はゆっくりうなずいた。

「そうだ。街に流出させるだけでなく、信教の行動自体に不信を抱いていた当時の信徒らを実験台とし、虐殺をしていたのだ」



『そうか……愛菜と羽月の家族はそれで……!』




翼は、以前愛菜から聞いていた家族のいきさつと、目の前にいる父からの話を照らし合わせていた。

父はさらに続けた。


「世間に恐ろしい計画が『神代』という名の人物の手によって漏れ、アリスもろとも星羽会は殲滅されたはずだった。が……まさか、こんな事態が起きてようとはな。しかも……こんなときに!」
「こんなとき?どうゆうことですか?」

突然苦渋の表情を浮かべた父に、翼はストレートに問い掛ける。




すると、父は右手で顔をおさえながら答えた。


「よく聞け、一也……」
「何だよ急に」
「現在母さんが病気なのは知っているな?」
「えぇ」
「急に病気になったことも、病状の進行が著しいのも知っているな?」
「えぇ」
「あの時……お前が紗恵さんを家に連れてきたときに、母さんが不可解なほどの行動をとったことは覚えているな??」
「えぇ。それが何か……?」

そう口にしたとき、翼はハッとしながら目を大きく見開いた。


「それって……まさか??」
そう口にした翼の頭の中で、恐ろしいイメージが電光石火のごとく走った。

しかし、父はすぐにイエスともノーとも答えなかったが、わずかな沈黙の後に苦しげに再び口を開いた。

「母さんは……"St.Alice"に冒されている」

「えっ……?」



二人の間の時間が止まったかのように、再び重い沈黙が訪れた。

しかし、それも長くは続かなかった。



「あの人が……"St.Alice"に?そんな、30年前の"実験"のときは、服用しなかったはずでは!?」
翼がそう声を上げると、父は半ば顔を臥せながら重い口を開いた。

「私もいつどのようにして使用されたのかまではわからん。ただ、母さんは何らかのタイミングで"St.Alice"を服用していたんだ……」
「……そんな……」

冷静さを失い、言葉さえも翼は失っていった。
しかし、父の口から語られる事実は、まだ終わってはいなかった。


「一也……今でもお前は母さんを憎いだろうが、母さんも星羽会と"St.Alice"に運命を狂わされた被害者なんだ。そこだけは理解してくれ」
「……」
「それに-」
「?」
「家族が無くなった母さんには、10年前まで当時離れて住んでいた、たった一人の肉親……兄がいたんだ」
「兄……?初めて聞きましたが、それがどうしたんです」
「……」


父は突然黙ってしまった。
それを不振に思った翼は、追求するように父のことを問いただした。

「どうしたんです、急に」
「……これは"St.Alice"製造に加担した私の因果応報とも言えることなのかもしれないが……」
「??」
「母さんを匿った私と彼女への報復だろうか。星羽会は……アリスは……」


父は息を呑んだ後、額から汗を垂らしながら次の言葉を放った。


「裏切り者の親族として……『みせしめ』という形で、母さんの兄夫婦を虐殺したのだ」
「虐殺!?」
「そうだ。表向きは強盗事件などとして処理されてはいるが、あれはどう見てもアリスが手を下したこととして間違いないだろう。彼らには、まだ年端もいかない子供たちもいたというのに……」
「子供たち?」
「母さんの兄夫婦には、その当時15歳の娘さんと10歳の息子がいたらしい。何故か奇跡的にその子たちは無事だったらしいが………」

翼は思わず目を見開いた。
父から出たキーワードにより、彼は以前酔った羽月がふと漏らした言葉を思い出していた。







『10年前……15歳の娘と10歳の息子……事故に見せかけた両親の虐殺……』










"翼くん、俺の両親はアサカワカンパニーの浅川って男に殺されたんや……!"












翼の中で恐ろしいまでの不安とともに、いくつもの絡みあった糸が解け、一本になろうとしていた。

そして、翼はあらたまったように父に問い掛ける。



「あの……旧姓……あの人の……オフクロの旧姓は、何て?」
「母さんの旧姓??……確か-」

父の言葉言葉に、翼は息を止めたまま聞き入っていた。

そして-



「確か『星宮』だな」





『……星宮……!』





翼はガクリと膝をついた。

「一也、どうしたんだ!?」
父が手を差し延べると、翼は「大丈夫」とばかりに、ゆっくりと片足ずつ立ち上がり身体を起こしていった。

「一也?」
「もう……いいです」
「いい?」
「もう、十分聞かせていただきました……忙しい中、貴重な時間をすみません」

翼は、力無く最後に父にそう告げて社長室から出るドアにゆっくりと歩いていった。

「おい、一也!」
父が翼を呼び止めた。


「はい」
「お前が何を考えているかはわからんし、何をしようがこれ以上文句は言わん。だが-」
「……何です?」
「星羽会のことには、お前に関わって欲しくないんだ……。親に……あまり心配をさせるな」


背中越しの最後の父の声が、どこか潤んでいたのは翼の耳にはハッキリと伝わっていた。


「では、失礼します」

翼は、そう言って社長室を後にした。
そして、直ぐさま人事部のある場所へと向かった。





「な、何ですかあなたは!」

社員の一人に咎められつつも、翼はある人物のところへと一直線に向かっていった。
ホスト風の翼の姿に、人事部内の職員たちが一斉に彼に注目する。


「あっ、き……貴様は!」
「その節はどうも、林さん」

すると、翼は持っていた社員IDを林の顔にたたき付けた。

「ぶっ!」
林は軽い奇声を上げると、自分を見下ろす翼をキッと睨みつける。
しかし、翼はさらに強い眼光で睨み返しながら、口を開いた。

「社員証にもらった名刺入れるまで風俗遊びが好きなのはともかく……ストレスで無銭飲食かますなんて言語道断なんだよ!!」
「な……き、貴様!何があってそんな!」

林がうろたえていると、周りの職員たちが慌てて彼を止める。

「林さん!こちら、社長の御子息の一也様ですよ」
職員の言葉に、林はしわを寄せていた眉間を一瞬で緩め、口をあんぐりと開けた。


「えっ……か、か、一也様……?」
「フン……。次あんなふざけた真似したら、承知しないからな。……みなさん、業務中失礼しました」
翼は人事部内すべてに頭を下げると、すぐにその場を後にした。

そして、受付嬢に来客証を返し、そのままアサカワカンパニー本社ビルを離れていった。

31-2

 
「そんな……そんな……!」

翼は小さくつぶやきながらゆっくり歩き続けた。





『オフクロが元星羽会の信徒で……愛菜たちの父親が兄弟だったなんて……』





予想外の事実に、翼はぼんやりとしながら道を歩き続けていた。

ポツポツと降り注ぎ始める小雨にも気付かないほど、翼はただ一点のみを見つめてフラリと自らの身体を移動していた。



「♪♪~♪♪♪~」

その時、翼のケータイがメールの着信を知らせる。
それにハッとした翼は、久しぶりに我に返ったようにケータイを右手に取り出した。

「誰からだ?」
翼は受信メールフォルダの未読覧を確認する。
すると、その差出人名には現在入院しているはずの愛菜の名前が表示されていた。


「愛菜っ!」

翼はケータイの液晶にくぎづけになる。
彼はすぐに本分に目を通すと、すぐにケータイを折りたたみ、それまでゆっくりだった足の動きを徐々に早めていった。


『愛菜……!』



翼は、何かに引き付けられるようにある場所へと向けて走りだしていた。





約1時間後-

翼は、愛菜と羽月が現在も入院している西総合病院へとやってきた。

タクシーから急いでおりた翼は、一目散に愛菜のいる病室へと向かっていった。


「ちょっと!病院内は走らないで下さい!」
自らを注意する看護士の言葉が耳に入らないほど、翼は急いでいた。

父から聞いた信じがたい真実……そして、突然自分を呼び出した愛菜の意図……

それだけ、彼の心を様々な思いが駆り立てていた。





【星宮茜】と表記されたとある一室の前に立ち、翼は「コンコン」とドアをノックした。
「愛菜、翼だけど……入るよ」

すると、閉ざされたドアの向こうからは「ウン」と小さくか細い声が聞こえてくる。
翼はひと呼吸おくと、ゆっくりと横開きのその扉を右から左へと開けていった。

「翼……」

翼が病室に入ると、どこかやつれた感のある愛菜が小さい声で彼のことを迎えた。

時間がたち落ち着いてきたのか、ベッドを起こし上体をそこへよっ掛からせている彼女は、やつれていても独特の美しい雰囲気は漂わせていた。
いつも巻いて盛り上げていた髪の毛は、左側にスッと寄せるように下ろしている。

それが、翼には妙に新鮮なものでもあった。


「愛菜、大丈夫なのか?」
「えぇ。今は少しずつだけど、落ち着いてきてるわ」
「食事、ちゃんと摂ってるの?ちょっとだけ痩せた感じがしたからさ」
「昨日あたりからは……ね。心配させちゃって、ごめんなさい」


想像以上にはきはきとした口調で話す彼女の様子に、翼はどこかホッと胸を撫で下ろしていた。


「翼ごめんね、お昼から急に呼び出してしまって」
「いや、いいさ。俺もちょっと用事で外出していたし、愛菜のこと気になってたから。コレ、途中で愛菜が好きなクッキー買ってきたから」
「うん、ありがとう。傷……大丈夫?それに、聖とのこともあってお店も大変なんでしょ?」
「うん。でも、何とかやってるよ」


愛菜は湯呑みの中を一度口にすると、ゆっくりとニコリと笑った。
しかし、それが今の彼女にとっては精一杯の笑顔であることを、翼はひしひしと感じずにはいられなかった。

「愛菜」
翼が話を切り出した。


「話したいことって?」
「……翼」
「うん?」
「単刀直入に聞いてもいい?ちゃんと、答えてくれる?」
「あぁ」


すると、愛菜は途端に顔をうつむいた。


「メールでも言ったように、翼に聞きたかったのは……羽月くんのこと……」
「羽月……?」
翼は、自分の心拍数が少しずつ上がっていることを覚え始めていた。

「この間、光星に襲われて部屋に閉じ込められてたときね……。羽月くんが翼をかばって背中を思いきり刺されたとき……」
「……」
「私見たの…あの子の背中に、私と同じ"模様"があるのを-」
「……」
「私の見間違いかと思ったけど、やっぱりそうは思えなかった。あれは、うちの家系の……」

愛菜は言葉を一瞬詰まらせた。
その先にある言葉を翼に対し口にするのを躊躇していた。
だが、ゆっくりと…何か重たく硬い物をこじ開けるように、彼女の言葉は続いた。


「……星羽会の信徒のある家系の証として刻まれたもの。私の背中にある同じものが……あの子の背中には存在していたわ。そして、何より私と直人しか持っていないはずのあの写真を持っていた」
「……」
「ねぇ、翼、正直に答えて」
「うん……」
「あの子は……羽月くんは……」

愛菜の話し声は、次第に潤みを帯びていた。
そして、ついにその先の言葉を発した。

「私の……弟なんでしょ?あの子は……ずっと離ればなれになっていた、直人なんでしょ……??」



愛菜のその言葉が投げ掛けられると、翼はしばらくしてから首を縦に振り、口を開いた。


「……そうだよ。俺を命懸けでかばって傷ついた、あいつ……羽月は……愛菜が10年間再会を夢見てた、弟さんなんだ……」
翼がそう言い切った瞬間、二人がいる病室には不思議なほど不気味な静寂が支配した。


1秒が1分に感じられるような……


また、1分が1秒にも感じられるような……


時の流れさえ狂わすような空間が、二人だけの間には存在していた。


しかし、それも愛菜が多量の涙をその瞳から流しながら、啜り泣くまでのことだった。
 

「うっ……うぅっ……」
「……」
「うぅ……直人が……まさか、あの子が直人だったなんて……」
「愛菜……」
「翼は……知っていたんでしょ……?」
「うん……」
「いつから……??」
「あの教会で、愛菜に写真を見せてもらったとき。そのちょっと前に、あいつに同じ写真を見せてもらったんだ」
「そうなんだ……」
「愛菜、ごめん。隠すつもりはなかったけど、結局隠していた形になってしまって……」


翼は、啜り泣く愛菜に対してスッと頭を下げた。
しかし、そんな彼のことを愛菜は怒ることなく、穏やかに首を横に振った。


「翼は何も悪くないわ……。あなたは、お客や他のホストのプライバシーを絶対に他言しないっていうホストとしてのルールを守っていただけだもの」
「愛菜……」
「それよりも-」

愛菜は、両手で涙で濡れたその顔を覆い隠した。


「うっ……えっ……。あの子が……直人が、元気に生きていてくれた……。それだけで私は……あぁっ……」
「うん……」
「しかも、あの時はあんなにちっちゃくて泣き虫だったあの子が……今はあんなに明るく、大きくなっていてくれたなんて……!」



長い間捜し求めていた最愛の弟の存在を確信してか、愛菜は抑え切れないくらいの大きな感情を、瞳から流す無数のその涙に乗せていった。


そんな彼女を見つめる翼の胸の内は、憂いと切なさに満ち溢れていた。





自分の両親に秘められた過去が、まだ幼かった愛菜たちの運命をバラバラにしてきたことなど-

今の翼には、とても彼女に告げることはできなかった。




ただ……

唯一の肉親の存在のために、その胸を10年もの間傷めてきた愛菜(=茜)という人間の、狂おしく儚い想いを乗せた"声"や"涙"が……



翼の瞳から、一筋の涙を零していた。





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