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29.聖の企み・翼の決意

29-1


『ドウシタノ?』
美空の手話による問い掛けにも、翼は反応できずに、光星の死亡を伝えるテレビ画面へとくぎづけになっていた。


「そんな…
!まさかあの人が
翼はそうつぶやきながら、放送されているニュース内容を一言一句聞き漏らさないよう努めていた。



『まさか、アリスの子!?』
翼の脳裏を、まずその名前がよぎった。

光星の"St.Alice"の使用がバレ、口封じのために彼を殺害した…

翼は恐怖を感じつつも、そんなもっともらしい推測を頭の中で浮かべていた。

そんな彼の肩に、美空は不安げな表情で手を置いていた。
我にかえったように、翼は彼女の方を見る。

「ゴメン、急にこんなニュースが流れたもんだからさ」
『コノ人私モ見タコトアル。確カ、同ジオ店ノ人デショウ?』
「あぁ」


翼は、【Pegasus】に入店してまだ間もない頃からの光星とのことを思い返していた。

ヘルプのときに無理に飲まされたこと…

店の外で殴られたこと…

ナンバー争いをしたこと…
そして、二日前のあの事件のこと…


今までに起きたことのすべてが、このニュースにより飽和した夢か何かのようになる感覚さえ覚えていた。




休日が明けた、次の日の夕方-

翼は、包帯で吊った腕を引きずるかのように、【Pegasus】へと向かっていた。

例のニュースが流れた昨日の昼間、翼は天馬のケータイへと電話をしたが、無論社長である彼の耳にその情報が入っていないはずはなかった。


翼は焦る気持ちを必死でおさえながら、店のあるビルのエレベーターで4Fへと上がっていった。

「社長!」
エントランスを通り、突然そう言いながら登場した翼の姿に、ミーティングをしていた【Pegasus】の一同は、一斉に驚きの表情を示していた。

「翼!」
「翼さん、その腕…
!?」
ざわめくその言葉の中を掻き分けながら、翼は天馬のもとへと近づいていった。

「翼、お前はまだ休んでなきゃだめだろう!」
天馬の心配をよそに、翼は彼に問いただした。

「社長、今はそんなことより、あのニュースは」
「光星のこと…
だな」
「えぇ」
「今、ミーティングでそのことについて話してたところだ。ニュースでウチの名前まで出た以上、正直芳しい状況ではないのは確かだ
…」

天馬は、タバコを手にとりすぐに火を燈す。
山盛りになっている吸い殻だらけの灰皿が、今の彼の心境を切実に語っているようにすら思えた。


「社長、もしかして客足にまで?」
翼がそう聞くと、天馬は煙を吐きながら答える。

「この間の光星が店で起こした暴動。そして今回の事件……俺のところにも、すごいほどの連絡がよこされた。掲示板サイトの書き込みも、炎上している状態になっちまってるらしいからな」
「そんな!お客さんの反応は
…!?」
「……」

天馬はそれ以上は語らなかった。


「翼」
代わりに答えるかのように、翔悟が口を開いた。

「翔悟さん」
「別に社長もお前に店に来るなと言ってるわけじゃないんだ。今のお前はとにもかくにも休むべきだ」
「でも」
「とにかく、影響があるかは今日の営業を見てからだ。お前は一日も早く包帯が取れるようになれ」

翔悟の言葉に、翼はしばらく考え込んだ末にコクリと頷いた。


「翼くん」
今度は由宇が翼に話し掛ける。

「店を心配している君の気持ちは十分にわかる。だが、今はこらえて怪我の回復に専念するんだ。お客さんや羽月くんのためにも」
「由宇さん」
「僕だって正直なところは不安でいっぱいさ。No.1ホストである君が不在の上に、光星さんがあんな風に刺し殺されてしまったんだからな
…」
「……わかりました」


「翼っ」
天馬が再び重い口を開いた。

「社長?」
「すまないな、怪我で療養しなければいけないお前にわざわざ心配させてしまって」
「いえ」
「とにかく、店の営業がどうかは後日お前のところにもちゃんと連絡する。それと
…」
「はい」
「わかってると思うが、羽月や愛菜には今は店のことは絶対に言うな。精神的に不安定な今は、二人には何も知らずゆっくりしてもらった方がいい」
「わかりました。じゃあ、俺は失礼します」


翼は、大勢のホスト達が見送る中【Club Pegasus】を後にした。


「……」

翼の帰り道を辿る足は遅かった。
怪我をしてるからでも、疲れがまだ残っているからでもない。

ただ、例のニュースや店のことが気掛かりで仕方なかった。
そんな彼が、一人でいるのを拒み美空のもとへ訪れるのは、そう不思議なことではなかった。



『オカエリナサイッ』

"楓"の扉を開けて、まだ客足のない店内から翼を迎えたのは、かわいらしい笑顔の美空が描く手話だった。

いらっしゃいませではなく、"お帰りなさい"
その言葉の変化が、今の彼には妙に心地よいものだった。

今まで孤独感に浸るのが普通に等しかった翼には、まるで温かいもう一つの家族ができたような感覚を与えていた。

そんな人間として何気ない日常のような空間が、ホスト『翼』のプレッシャーや苦悩から彼を解放するには十分だった。


そう、彼は美空という名の少女と一緒にいるだけで、元の『浅川一也』という名前の素直な青年の素顔を、少しずつだが確実に取り戻していたのだった。


人の心からの優しさと温もり…

それが、今の彼に唯一の安らぐ時間を与えていた。






それから数日の間-

気がつくと、翼は半ば同棲のように美空と寄り添っていた。

怪我を理由に店を休むように義務づけられていた彼には、過去に疲れていた心を解きほぐすような時間だった。


また、美空も自分の空気のような『声』と孤独な心を理解してくれる翼に、日がたつにつれ、さらに惹かれていった。


そんな二人が今まで見せたことのないような笑顔をさらけ出すのは、もはや時間の問題だった。


「よし…

翼は、左腕に巻かれていた包帯をくるくるっと解いていた。

「何とかいけるかな」
翼は左腕を肩を支点にゆっくり動かしていく。

「うん」
『ドウデスカ?』
「無理には動かせないけど…


翼は最後にそう言うと、ほほ笑みながら美空にウインクをする。
美空もそれを見てか、心配そうにしながらもホッとため息をついた。


「今日から仕事に行ける!」
『大丈夫?ホントニ』
「あぁ」
『……』
それ以降、美空は手話をすることもなく押し黙る。


「どうしたんだい?」
翼がそう問い掛けると、美空は何でもないと言うように首を横に振った。


「とにかく店に行ってくるな。社長に呼ばれたんだ」
翼は自分を見送る美空にそう告げ、小走りで【Pegasus】のある方へと向かっていった。




翼が今日【Pegasus】に来るよう頼まれたのは、この一日前の夜にかかってきた佐伯からの電話だった。



例の光星の殺傷事件に加え、翼と羽月の欠勤を原因としてか、【Club Pegasus】への客足が半分以下に途絶えてしまっているとのことだった。


今や常時稼動している翔悟や由宇の指名客すら店へのコンタクトを拒み始め、今までにない閑古鳥がなく状態に、今まさに店全体が危機を感じずにはいられなかった。


「わかりました、必ず行きます」
これまでにはなかった【Pegasus】のピンチに、翼はいてもたってもいられなかった。


そんな翼が、多少の痛みをかかえつつ【Pegasus】に近づいたときには、店のあるビルの前にひしめくカメラやマイクを持つマスコミの団体の姿があった。

そんな彼らが、店に近づいていた翼の存在に気付くのには、そう時間はいらないことだった。


「あっ、あなた…
【Club Pegasus】のNo.1の方ですよね!?」
一人の男性記者が大きい声でそう言うと、十数人ほどのマスコミ団体が一斉にマイクやカメラを翼へとめがけた。
それと同時に、凄まじいまでのフラッシュが翼の姿を照らす。


「どうなんですかNo.1として、この事件をどう思ってるんですか!?」
記者たちが詰め寄りながらも、翼は一切それらに応じることなくエレベーターの方へと向かっていった。


「……」

4Fにあるエレベーターが1Fへと戻ってくるまでのフラッシュをたかれるこの僅かな時間すら、今の翼にはとても永く感じられていた。

チーンという音とともにドアが開いたエレベーターにすぐに乗り込み、そそくさとそれを閉じるまで質問とフラッシュの嵐は止まることはなかった。



『ここまでマスコミが騒いでるなんて』

翼は、上のフロアに向かい上昇するエレベーターの中で、並々ならぬ【Pegasus】の現状に気付かざるを得なかった。

そしてそれは、店に到着した瞬間さらなる確信へと変わっていくこととなる。

「おはようございます-」

翼が【Pegasus】のエントランスを通りホールに入っていくと、そこからは言い合いの怒声が響いてきた。
しかし、その怒声は翼のあいさつをきっかけに一旦止まっていく。


「翼
…」
「翼さん…
!」

店中のホストたちが、一斉に包帯の無い翼の姿に目を注ぐ。


「翼、お前怪我は?」
翔悟が問い掛けると、翼は「大丈夫です」と言わんばかりに大きくうなずく。

しかし、翼がもっと気にしていたのは、ホストたちのいる真ん中で怒鳴る天馬と言い争っていた一人の人物だった。
その人物は、翼の方を振り向くやニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「よう、翼クン!」
「聖さん、でしたよね」
「何だ、俺のことをちゃんと覚えてくれてたなんて嬉しいねぇ」

淡いグレーのスーツに身を包んでいる聖は、楽しげに翼へと話し掛ける。
そんな彼に、翼は逆に問い掛けていった。


「聖さん、何故あなたがここに?それに-」
翼は、聖のすぐ横にいる天馬に視線を移した。

「社長に何を言ったんです?」
翼の問いに、聖は軽くフゥとため息をつきながら答えた。


「何をって人聞き悪いなー。単刀直入に言うとね、前にも天馬に話した通りさ。俺の予測通り、この店は"St.Alice"絡みの騒動で客足がパッタリ減ってしまったから、俺が何とかしてやろうって言ってたんだよ」
「何とか?」
翼は苛立ちを覚え始めた。

「そう、君がいなかったこの数日の間は、常に毎日満卓であるこの店が茶を引いてる状態になってしまってるわけさ。それを俺がどうにかしてやろうと、"とある条件"を言ったら、天馬に思いきり怒られてね」

聖のどこか見下すような口調に周りが抱く苛立ちを感じながらも、翼は冷静に彼の言葉を聞き続けた。


「ある条件とは何です?」
「ヘッヘー、それはね-」
天馬や翔悟たちの眉間に寄せたシワが、さらにその苛立ちを深く形作る。


29-2

 
「【Pegasus】の経営を俺に任せてくれないか……ってね、そう言ったんだ」
「なっ、何ですって!?」

聖のシンプルなまでの要点を絞った発言で、翼はそのまま言葉を失った。
そんな彼の表情を見てか、聖はニヤリとしながら続けた。


「あぁ、一つ言っておくけど今すぐってわけじゃないよ?あと1ヶ月、様子を見るつもりさ。ある条件付きでね」
「条件?」
「あぁ」

すると、聖はおもむろにタバコに火をつける。
そして煙をふくと同時に、その先の言葉を発した。


「俺が、ここのNo.1になったら……つまり、君に売上で勝ったらってことさ」
「売上で?」
「あぁ。待ってる俺の客にいっちょ声をかければ、暇になってるこの店もちょっとは潤うだろうしな。実際売上はこの店にもプラスになるんだ。いや……プラスどころか、俺の売上を超える奴が他にいるかどうか」

聖はそう言いながら、周囲のホスト達を見回す。
翔悟をはじめ、ホスト達は苦渋の色をその顔に浮かべながらも、押し黙っていた。

「ま、他のホストは置いといて……翼クン。俺と勝負してみる気はないか?他の奴らはともかく、天馬に続きあの愛菜さんを射止めたホストだ。それなりの勝負をできると思うんだが?」
「……」
「別に俺はここにいなくてもいいんだぜ?俺を欲しがってるホストクラブは、他に腐るほどあるからな。……まぁ、そうなったら、ここは経営的にやばいだろうがな…」
「……」
「そして、翼クン……君に俺と勝負する度胸と力があればの話だが?」
「……」

一方的に言い放つ聖に対し、翼は冷静さを保ちながら黙っていた。
そして、横にいる天馬に視線を向け、口を開く。


「社長」
「何だ、翼?」
「社長はどうゆう風にお考えなんですか?聖さんの意見を」
「……経営を譲る気はさらさらないが、経営者としては聖の案を飲まざるを得ない。今の【Pegasus】を救うには、それしかないだろうからな」

天馬も冷静にそう言った。
聖は口をニヤリとさせるも、翼はさらに続けた。


「社長、ならば店を存続させるためにも、聖さんのことを受け入れましょう。俺が彼と戦います」
「なっ!?」
翼の言葉に翔悟が割って入る。

「翼っ!お前自分が何を言っているか、わかってるのか!?この人はなぁ、【Unicornis】の不動のNo.1を張る歌舞伎町でもトップの実力者だぞ!?社長と張り合うまでのような人なんだぞ!?」
「翔悟さん、そんなのやってみなけりゃ-」
「確かにお前はNo.1だ……愛菜さんや他の客の指名もとって、俺なんかをとっくに追い越しちまうくらいにな。でも、今回ばかりはいくらお前でも相手が悪すぎる!」
「翔悟さん……俺は-」
「これはお前一人のことで済む問題じゃあ-」
翔悟が翼にそう言いかけた時だった。


「翔悟ぉっ!!」
翔悟はビクリと肩をひそめた。
彼を思いきり一喝したのは、天馬だった。

「社長ぉ?!」
「今のNo.1は翼だ。決めさせてやれ」
「で、でも!」


そこに聖がさらに割って入る。
「翔悟よぉ……俺もNo.2に下がったお前のつまらない意見なんか聞く気がないんだよな?俺が自分のこの耳を傾けてやる資格があるのは、その翼クンと天馬の言葉だけだ。お前がでしゃばる場所じゃねぇんだよ、な?」
「ぐっ……」
「だからお前は【Unicornis】でNo.1になれず、楽なここに逃げたんだろうがな」
聖に鋭く言い捨てられ、翔悟はそれ以上口を開くことはできなかった。


「で、天馬よぉ。俺をここのホストとして雇うんだよなぁ?そして、俺が彼に勝ったらこの店譲ってくれんだよなぁ??」
「いいも何も、俺は店の衰退より翼に賭けるさ。あとはコイツの気持ち次第だが。翼、お前はあらためてどうなんだ?」


天馬からの問い掛けに、翼は首を縦に振りながら答える。
「やります俺、聖さんと勝負して……勝ってみせます」

翼のその言葉を聞いて、天馬はフッと笑みをこぼした。

「No.1のお前がハッキリそう断言したんだ、俺はその言葉信じるぞ」
翼と天馬はその視線を合わせた。



『違う……今までの翼と、瞳の色や輝きがどこか違う!』



天馬は、翼のそんな変化に薄々感づき始めていた。

「ハハッ!じゃあ決まりだな天馬、翼クン。これでようやく俺の客にも顔向けができるってもんだぜ。じゃあ、来月……7月いっぱいの売上の総額で勝負を決める。それでいいな?」
「あぁ」
「はい」

翼と天馬が了承したのを確認すると、聖は不敵な笑いをこぼしながら翼に手を差し延べる。

「あらためて、よろしく翼クン。勝負にならんかもしれないが……まぁ正々堂々と戦ってくれ。また明日な」
最後に「フン」と鼻を鳴らし、聖は【Pegasus】を後にしていった。





「社長、いいんですか?」
「何だ佐伯」
「いくら翼が今No.1だと言っても、相手があの天才ホストと言われた天城聖じゃあまりにもハードルが高いと思うんですが……」
「確かにな。だが、さっきの翼の目を見たか?」
「翼の目?」
「あぁ。今までにないような、輝きみたいなものが宿っていやがった」
「社長」
「はっ……何からしくない発言してるのはわかってるんだが……何でかな、今はあいつのことを信じてみたくなったのかもな」

天馬はどこか嬉しそうにタバコを口にくわえていた。

ミーティングが終わり、ホスト達は営業までの少ない時間をそれぞれに過ごしていた。

「翼」
「翼くん」
翔悟と由宇が翼に声をかける。

「翔悟さん、由宇さん」
「お前、マジで聖さんに挑むつもりか?」
「えぇ」
「あの人がどんだけすごいホストか、お前わかってて勝負受けたのか?あの人は、俺なんかとは比べもんにならんくらいすごい実力者だ。愛菜さんが入院してる今、勝算はあるのか?」
「正直、勝てるかどうかなんてわかりません。ただ-」
「ただ?」
「ホストとして俺を育ててくれたこの店を、潰すようなことはしたくないんです。それに……」



『ここは、俺と羽月を出会わせてくれた場所だから-』

翔悟と話す中で、翼はいつも元気でここで接客していた羽月とのことを思い返していた。


「そっか」
由宇がそう言いながら、翼の右肩にポンと手を置く。

「No.1の君がそう言うなら、僕は何も言わない。力になれるかわからないが、陰ながら応援するよ」
「由宇さん」
「で、いいでしょ、翔悟さん?光星さんのこともあって辛いけどさ、今は翼くんを支えていこうよ」
由宇がそう言うと、翔悟は口を尖らしながら顔を背ける。

「……だけだぞ」
「えっ?」
「今回だけだぞ。納得はしてないけど社長の判断でもあるし、店が潰れるのも聖さんの下にまたつくのも嫌なだけだからな」
視線は合わせなかったものの、翔悟の遠回しな言葉は、その場にいる翼と由宇にはしっかりと伝わっていた。

「まったく、素直じゃないなぁ」
由宇がため息をつきながらそう呟くも、翼の内心はどこか軽くなっていく感覚を覚えていた。



『【Club Pegasus】は、絶対に俺が守らなきゃ』



新たな決意をそれぞれ胸に、翼vs聖の
店の命運をかけたNo.1ホスト同士の熾烈な勝負の幕が、今明けようとしていた。





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