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27.lost-羽月のカタチ-

27-1


「羽月!しっかりしろ、羽月!!」

自らの腕の中で瞳を閉じた羽月を、翼は何度となく揺さぶった。
しかし、その声もむなしく、彼が起き上がり元気な顔を見せるはずもなかった。

それは、羽月の背中に深々と突き刺さった凶刃と、その根元から溢れ出る血液の量が何より証明していた。


「羽月……何で、何で俺をかばって……」
動かない羽月にささやきかける翼を、ベッドの上の愛菜は口を手で覆い隠しながら涙を流していた。

「羽月くん……あなた……」
愛菜の虫の息のような言葉は、血の臭いをちらつかせるその重苦しすぎる空間には届いてるはずもなく-

一方の光星は、思わず羽月を刺してしまった衝撃からか、ペタリと床にへたりこんだまま動かなかった。


「あ……お、おぉ……おれは……」

震えた声でつぶやきながら、光星はその血にまみれた手の指先を翼と羽月に向けた。
そして、ガク然としながらガタガタと震えを増し始めていく。


その時だった。

部屋の入り口のドアが、「ドン」強い音を鳴らし、「バタバタ」と複数の人間が駆ける足音が翼たちのいる床を伝った。


「翼っ!」
部屋のドアが開ききると同時に、翼たちの視界にはスーツ姿をした三人の人影が浮かび上がる。

息を切れ切れに駆け付けたのは、天馬・翔悟・由宇の三人だった。



「なっ……」

その薄暗い部屋の中でさえ、その悪魔の宴とも言わんばかりの光景と、むせ返る血の臭いは、天馬たちから一瞬でその先の言葉を奪っていた。

明らかに現実とは理解しがたいその惨事場に、まず何を言って良いのか-

何をすれば良いのか-

さすがの天馬ですら、それには多少の時間を要するに至った。


しかし、それも光星が次の行動に出るまでの話だった。


「……しゃちょ……う」

おぼつかない子供のような口調で、光星はつぶやいた。

「光星……おまえ……何で……」
怒りなのか、それとも悲しみなのか……
両方が入り交じったような天馬の声が、部屋にひっそりと響いた。


「光星……お前どうしたって言うんだ……。何でこんなことに……」
天馬がそう語りかけると、光星はその鼻血にまみれた顔を横に背けた。

「光星……」
「光星さん……」
天馬の後ろにいる翔悟と由宇も、力無い声でささやきかけた。
しかし、彼は顔を背けたまま何も発しようとはしなかった。

「うっ」

「?」

「うっ」

「光星??」

「うわぁぁあ!」



一瞬の出来事だった。

気付いたときには、光星はドアもとで茫然と立ちすくむ天馬たちを掻き分けるように跳ね退けていた。


「うわっ!」
「光星ぇっ!」


「うぉあぁぁあぁ!!」
床に夥しい血痕を残しながら、光星は部屋から飛び出す獣ように走りだしていった。


「光星……あいつ!」
翔悟が追いかけようとしたその時だった。

「待つんだ翔悟っ!」
後を追うように部屋を飛び出そうとした翔悟を天馬が止めた。


「社長……でもあいつ-」
「気持ちはわかるが……今は部屋を見ろ」

天馬と由宇、そして翔悟はあらためて惨劇の舞台と化した部屋の中を見渡した。


「今は……あの三人を助けなきゃだろ……!お前と由宇は翼たちを頼む」

天馬は自らのジャケットを脱ぎながら、愛菜のもとへと歩み寄った。


「愛菜、大丈夫か?」
天馬はそう言いながら愛菜の肩にジャケットをかける。
「うっ……えっ……、天馬……わたし…」
「今は何も言わなくていい。とにかく、みんな病院へ行くんだ。特に-」

天馬はそう言いながら後ろを振り返った。


「おい、羽月!大丈夫か!?」
「こりゃひどい……早く病院に連れてかなきゃ!」

翔悟と由宇は、背中にナイフが突き刺さった羽月の姿を見ては、驚きたいのを必死で抑えていた。



「羽月……羽月……!」
気を失うような左肩の激痛と精神的ショックに身体をよろめかせながら、翼はピクリとも動こうとしない羽月の名前をただ呼び続けていた。



2時間後-

天馬たちの冷静な機転により、翼・愛菜・羽月の三人は救急車によって西総合病院へと搬送された。

特に、背中をひと突きにされた羽月の重傷は相当なもので、即救急隊員による応急処置が施された後、彼は病院到着と同時に集中治療室へと運ばれていった。



「羽月……」

幸い奇跡的に傷が浅く、早くに治療処置を終えることができた翼は、ひとり包帯で左腕を吊っている姿で集中治療室の外で俯きながら座り込んでいた。


「翼」
そんな彼に、天馬は普段より優しい口調で歩み寄る。

「社長……俺は……」
「……お前は何も悪くないだろう」
天馬は、落ち込む翼の肩をポンと叩きながら、彼の隣に腰をおろした。

「翼、お前こそ大丈夫か?傷もそうだが、仕事で少しは酒を飲んでもいたんだぞ?」
「俺は……大丈夫です」
「そうか」
「愛菜は?」
「精神的なショックが強すぎたみたいでな。今は薬飲んで眠ってるそうだ……」
「そうですか……。光星さんは?」
「……さぁな。あいつのことで先に帰した翔悟と由宇からは何も連絡ないからな……」
「そうっすか……」


それっきり、翼と天馬は深夜の病院の重苦しい雰囲気に流されるように、しばらく一言も発さなかった。

しかし、それも羽月がいる集中治療室のドアが開くまでのことだった。

それを気付くと、翼と天馬は同時と言っていいほどのタイミングで立ち上がった。



「羽月……羽月……!」

翼は、医師たちとともに中からタンカーで運ばれてきた羽月に慌てて駆け寄った。

「先生、羽月……彼はどうなんですか!?」
翼が医師に尋ねると、青い手術着姿の医師は軽いため息をつきながら答えた。


「幸い奇跡的に心臓には負傷はありませんでしたが……出血とその他の外傷も酷く、それらのショックなどの影響で心拍数が安定していません。今夜が、峠だと思って下さい」

医師が翼と天馬にそう告げると同時に、羽月はすぐに病室へと運ばれていった。


「そんな……」

翼はガクリと床に崩れ落ちた。
同じナイフで突き刺された自分の左肩の痛みが遠い昔の思い出になるくらい、彼の心を凄まじいまでのショックが襲っていた。


翼と天馬は、そのまま眠ることなく、会話をすることもなく、ただひたすら重く長い時間の流れに身を任せていた。






………………











………………










………………










ただ黙って俯く翼と天馬の瞳にも、病室のブラインドのすき間からの朝日が差し込んでいた。


「翼、起きてるか?」
「はい」
「お前も軽くとはいえ刺されてるんだ、少し休め」
「社長こそ……ずっと寝てないんじゃないですか?」


機械と点滴にに繋がれたベッドの上の羽月をじっと見つめながら、二人はそんな会話を繰り返した。

羽月がすぐにでも起き出して、いつもの元気な姿を見せるんじゃないか-
心の中でわずかにあふれるそんな期待が、二人の目をずっと彼から放さなかった。

そして、ずっと長い時間口を閉ざしていた翼がついにその重い口を開いた。



「俺が悪いんだ……」
翼はまず、その一言をつぶやいた。

「どうしたんだ、翼?」
同じく口を閉ざしていた天馬がすぐに言葉を返す。


「俺が愛菜や羽月の異変にすぐに気付いて対応してれば……あの時美空ちゃんのところから愛菜を一人にしなきゃ、こんなことには……」
「翼よ、そんなに自分を責めるな。お前は何も悪いことをしてないじゃないか」
「でも……」
「しっかりしろ、翼!」

天馬は突然立ち上がり、激しい瞳で翼を見つめた。


「社長……」
「お前は羽月や他のホストたちがめざすウチのNo.1で、カリスマキャバ嬢愛菜の担当なんだぞ!もっとしゃんとしてろ!じゃなきゃ……二人が目を覚ました時に、どの面下げるつもりだ!?」
「社長……」
「お前も、俺達も、どんなに辛くても……あいつら二人が戻ってきたときには笑顔で元気に迎えてやるんだ。それがホストってもんだろうが!」
「……はい」
「俺達は、今はどんと構えている……それしかできないんだ」


突き刺さるような天馬の言葉に刺激され、翼は再び羽月のことを見つめた。


『羽月……必ず、必ず戻ってこい……』










それからさらに時間は流れ、時刻は16時を回ろうとしていた。


その間、翼と天馬は一睡もせず食事もとらず、ただずっと寝たままの羽月を看取っていた。

いつか心拍計のカウントが『0』になるんではないかという恐れを抱いたまま、二人は日の傾き始めた昼下がりを過ごしていた。


「羽月……」

翼と天馬は、事あるごとに彼のその名を口にしていた。











しかし、その時だった。











「うっ……」










「っ!?」

翼と天馬はほぼ同時に立ち上がった。

二人が見つめるその先には、わずかに声を漏らす羽月の姿がしっかりとあった。


「うぅ……」

「羽月?羽月……!?」
うめき声のようなものが羽月の口から漏れるたびに、翼は彼の名を呼び続けた。
すると、次第に彼のまぶたは、ゆっくり……ゆっくりと眩しさに堪えながら開き始めた。


「羽月……お前……」
天馬もため息を零しながら声をかける。
それに応じて、羽月はその視線をゆっくりと翼たちへと向けていた。


「翼くん……社長……」
「羽月…大丈夫か?」

翼が羽月の右手を軽くにぎりしめた。

「俺……確か光星さんに……」
「ここは病院だ。お前はもう助かったんだぞ」
「助かったん……俺?」
「そうだ」


すると、羽月は天井を見上げ、すぐにもその瞳を潤ませ始めていた。


「羽月、どうした?」
翼がそう問い掛けると、羽月は涙をひとつ流しながら口を開いた。

「ゴメンな……翼くん……俺のせいや……」
「えっ?どうしたんだよ、急に」
「俺が弱っちいせいや……俺が弱いから、翼くんも愛菜さんも……社長やみんなにも迷惑ばっかかけてもうた……」
「羽月」
「俺、怖かったんや……めっちゃ怖かったんや。俺が……その……星羽会の……生き残りやから、昔みたいな目にあうのが、めっちゃ怖かったんや……」
「昔みたいに?」

羽月は鼻水をすすりながら続けた。


「俺、家族がいなくなったあの事件の後も、施設でも『凶悪信者の生き残り』ってことで虐められながら過ごしてきたんや……。何でや何でやって、辛くて何度死のうと思ったかわからんかった……」
「羽月……」

翼と天馬は、そのまま羽月の言葉に対して耳を澄ました。


「中学のときな……学校でも施設でも虐めがすごいエスカレートしてな……。俺、何もか嫌になって施設も飛び出していったんや……」










遡ること6年前-



星羽会の信徒の生き残りである星宮直人は、当時"仕方なく"引き取られていた京都のある児童養護施設の中でも迫害されながら生活していた。

そして、中学校のクラスにても、差別的な虐めを繰り返し強いられていた。

それは日に日に内容もエスカレートしていき、ついに彼の運命を決定づける事件が起こった。



「もう、やめて……やめてぇや……」
「やかましいわ、この凶悪信者がっ!」
直人を放課後の薄暗い理科室で取り囲む十人のうちの一人が、彼の腹部を蹴りながら言い捨てた。

「痛いわ……もうかんにんしてや……。お願いや……」

「なぁなぁ、コイツ"危険物"のくせにまだ何か言っとるでぇ?」
「気に入らんなぁ」
「いい加減、俺らで"退治"した方がえぇんちゃうん?」
「そやなぁ~」

直人を取り囲む生徒たちは、ニヤニヤしながら一斉に彼につかみ掛かった。

「な、何すんねん!」
直人の言葉も虚しく、生徒たちは彼の学生服をすべて剥ぎ取り始めた。
「やめて!お願いだからやめてやぁ!」
懇願する直人の悲鳴のような言葉も、彼らにはうすら笑いのネタにしかなっていなかった。

下着だけにされた直人は、身動きがとれないように腕や足をおさえられていた。

27-2

 
「何で……何でこんなことばっかすんねん……」
「うるさいわ、アホっ」
主格である生徒の一人が、言い捨てながら直人の左頬を殴打する。

「ぐっ……」
「こうでもせんと、また何かやらかすかわからんからなぁ。なぁみんな?」
「そうやそうや!何でお前みたいのが、平気で学校来れるんや!」

すると生徒たちは次々と直人の顔や腹部、手足に至るあらゆる箇所を蹴りだした。

「痛い……もうやめてぇや……」
「黙らんかい!このクズっ!」
生徒の一人が直人の腹部に強烈な蹴りを入れる。

「ぶぇぇっ……」
すると、直人の口から少量の嘔吐物が出される。

「何や、きったないわぁ!」
「臭いんじゃボケェ」
床で倒れる直人を見下ろしながら、生徒たちは彼の手足をもぎるように踏み付け続けた。
あまりの苦痛に堪える直人の目からは、次々と涙が零れだしていた。

「ん、何やコレ?」
主格の生徒が、直人の背中に何かを見つける。
「何やコイツ、背中に羽根みたいな形したアザがあるでぇ」
「うわっ、何やねんコレ。気持ち悪いわぁ」


直人の背中に浮き出ている、羽根の形をしたもの-
それこそが、星羽会幹部信徒の血を引く何よりの証である『マザー・エレメント』であった。
生徒たちは、全員それを気味の悪いものを見る目で凝視していた。

「なぁ、俺えぇこと思い付いたわ」
「何なん?」

そう言って、主格の生徒はポケットからあるものを取り出した。
「これ、コイツに試さへん?」
「何や、その茶色い瓶?」
「硫酸や。ホンマに人の肌が焼けるんか、コイツで理科の実験しようや」
「おっ、えぇなそれ。だから今日の『ゲーム』は理科室やったんやな」
「そやそや。コイツに人権なんかないんやし。そうや、この変なアザみたいのにかけてみるわ」

生徒たちは、ゲラゲラと笑い出すと、氷のように冷たく細い目を倒れる直人に一斉に注いだ。
それに恐ろしいまでの悪意を感じ取った直人は、目を大きく開きながら後ずさった。


「ひっ……」
「オイオイ、逃げるなよ星宮クン。せっかく君の存在価値価値の無い体を使って理科の勉強をしようとしてるんだからさぁ」
「や、やめてや……頼むからもうやめてやぁ……!」
命ごいをするかのように、下着姿の直人は涙と鼻水で顔を濡らしながら彼らに訴えた。
それと同時に、彼の身体を唯一覆う下着が、異臭とともにじんわりと水気を帯び始めていた。

「何やコイツ、ションベンもらしとんでぇ!きったないわぁ」
「最悪やな」
「こら、実験早めるしかないな」
「はよ硫酸かけてまえ」
直人を囲む彼らの口から飛び出る一言一言が、一人床で失禁する彼にとっては、まるで漫画やテレビゲームに出てくるような悪魔の儀式と等しく思えた。


「おい、動くなや!」
「はよ実験せなあなぁ♪」
主格の生徒は、硫酸の瓶の蓋を開け、それを持った右手をついに直人に向け始めた。

「ホンマ……ホンマにやめてぇ!!」
直人は、涙の限り叫びながら手足をバタバタと動かした。
「おいコラ、勝手に暴れ-」


その時だった。
暴れた直人の足が、硫酸を持った主格の生徒の足に強く当たり、彼はバランスを崩していった。

「わっ」

一瞬驚きながらよろめいたときには、すでに彼の手に硫酸の瓶がないことに気がついた。

「あれっ」
「あっ」

硫酸の瓶の在りか-
それは、左大腿を押さえながら必死で悶えている直人の姿が、それを目にした全員の目にハッキリと映っていた。










「うぎゃぁぁあぁーーー!!!」










断末魔のような叫びが、理科室の中を一瞬で駆け巡った。


「うっ……うぎっ……!」
硫酸の零れた左大腿を、直人は必死で素手でおさえながら呻いていた。

「やばっ!マジかかってもうたで!」
「みんな、逃げるでぇ!」
その場にゲーム感覚でいた生徒たちは、何も見なかったかのように直人ひとりを残して理科室から走り去っていった。

たったひとり激しい苦痛とともに残された直人は、異臭に囲まれながら、止まることのない涙とともにその場でもがき続けていた。



その翌朝-

理科室に巡回に来た教職員によって気絶した直人は発見され、直ぐさま病院へと運ばれた。

『理科室の薬品が何故使われたのか』
という議題で職員会議にかけられたが、星羽会の生き残りである直人のことが大々的に外に漏れることを恐れた学校は、この事実を隠蔽するかの如く校外への露呈を禁止した。


学校も施設側犯人を探すことはせず、


もちろん、犯人である生徒たちも自らの罪を告白することなく


事実は闇の中へと葬られた。


唯一理不尽な暴力を受け、心と左大腿に大きな傷痕を残した直人のことを察する人間は、誰一人としていなかった。



「うっ……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

直人は、冷たい病院のベッドで孤独に堪えながらやり場のない涙を流し続けていた。


しかし、見舞いにすら来ることのない学校や施設のその杜撰な対応に不信感を抱いた病院側は、直人の状態を含めて児童相談所へと連絡をした。


事情を聞き付けた児童相談所の人間は、傷ついた直人を助けるために、学校と施設を徹底的に糾弾した。


直人の素性は伏せられたものの、苛烈かつ残酷な虐めを隠蔽したとして、学校とはマスコミにも糾弾され、

犯人の生徒たちは、全員警察にて取り調べを受けることとなった。



「もう、施設に戻りたくない」という直人の意見を尊重し、彼の身柄は施設から児童相談所を介して、里子を募るある一人の老人のもとへと預けられることになった。


病院を退院し、学校には行かず一人老人の家で新しい生活を始めた直人だったが、心に刻まれた傷はとても深く、ふさぎ込んだ毎日を送っていた。


「直人、直人」
老人が、畳の上で寝そべる直人に声をかける。

「……何や?」
「学校、いかへんのか?」
「……もうあんなとこ行きとうないわ……」
「そうか。じゃあわしの仕事手伝わんかい」
「仕事?」
「そや、畑の芋掘りや。中学生が何もせんで、身体なまるで?」
老人は、半分無理矢理に渋る直人のことを庭の畑へと連れ出していった。





「なぁ、じいちゃん」
「何や?」
「何で、俺のこと引き取ったんや?」
「……何でそんなこと聞くんや?」
「だって……」
直人は、すぐに口をつぐんだ。
しかし、老人はすぐに笑顔で答えた。


「新しい家族が欲しかった……。それじゃあかんか?」
「新しい……家族?」
「そや。ほれ、見てみぃ」老人は、手に持った大きなじゃがいもを直人に見せた。

「お前が星羽会だかか何かはわしにとってはどうでもえぇ。ただ、わしと一緒に元気に暮らしていけたらそれでえぇやないか。さっ、いくぞ」
「あっ……」
老人はそう言うと、すぐにじゃがいもを積んだ籠を持って家へと戻っていった。




「ほうっ、今年のじゃがいもはいい出来やな」
老人は喜びながら、皿に盛ったホイルの中身をつついていた。

「食ってみぃ」
老人は、バターをつけた蒸したじゃがいもを直人に差し出した。

「……うまい……」
「うまいか?」
「めっちゃうまいわ……!」
「何や、そんなえぇ顔で笑えるんやないか直人」
「じいちゃん……」
「お前の生い立ちがどうとか、わしにはそんなん関係あらへん。いつか、別れたお姉さんにも、このジャガバター食べさしたれや。それまで、わしが責任持って守ったるからな」

老人は、優しい笑顔で直人にそう囁いた。


「……うん。おおきに、ありがとう……」

直人は、涙と鼻水をこぼしながら、熱々のじゃがいもを頬張っていった。



いつか必ず、生き別れたたった一人の姉・茜に再会できる日を夢見て-










話を聞き終えた翼と天馬は、ただずっと羽月を見つめていた。
すると、すぐに羽月は口を開いた。

「俺、ずっと誰かに認めてもらいたくて……でも、星羽会の経歴あるから普通に人と接するのが怖くてしゃあなかった……。だから-」
「ホストを始めた……そうだな?」
羽月の言葉を天馬がつないだ。

「そうや……。俺みたいなのでも、実力主義のホストの世界なら名前や経歴も隠して生きていける……。ましてや、姉ちゃんが歌舞伎町にいるって聞いたときは……もう行くしかないと思ったんや」
「そうだったのか……」
翼は、羽月の言葉に納得したかのようにうなずいた。

「でも……ついには【Pegasus】までが星羽会の騒動に巻き込まれてもうて……そしたら何故か光星さんに正体ばれて脅されて……もう、どうしようもなかったんや……」
羽月は涙を流しながら、その悲痛な胸の内を打ち明けた。


「社長……」
「何だ、羽月?」
「俺……もう店にはいれませんよね?」
「お前……」
「星羽会のことがあったら店にも迷惑かけてまうし……もう、ホストすることできへんよねぇ……」

羽月が泣きながらそうつぶやいた時、天馬は真っすぐに彼を見つめ、再び口を開いた。

「羽月、お前今本気でそう思ってんのか?本気でそうしたいのか?」
「えっ」
「自分を試したくて、姉さんに会いたくて、だからホストになりに歌舞伎町まで出てきたんじゃないのか?」
「社長……」
「俺が知ってるのは……信じているのは、星羽会とか何かでクヨクヨしている"直人"じゃない。いつも元気でお客さんたちを楽しませている【Pegasus】の大切なホスト・羽月なんだ!」
「社長……俺、店にいてもいいんですか?こんなやつがいても……俺……」

羽月が泣きじゃくりながらそう言うと、天馬は微かに笑いながら首を縦に振った。


「社長として俺からの命令だ。とっとと傷を治して、一日も早く店に戻ってこい!俺も、翼も、翔悟たちも、そしてお前を慕ってるお客さんたちも、みんなお前を待ってるからな」

天馬がそう言うと、羽月は泣き虫な子供のように顔を真っ赤にしながら涙を流していた。

「ありがとうございます……。おおきに……ありがとうございますぅ……うっ……えっ……」

「羽月」
翼が口を開いた。

「何や、翼くん……」
「いや、何て言うか……その……」
「えっ?」
「……めんな」
「えっ??」


「俺のために、こんなになってしまって……ごめんな……」
翼が頭を下げながらそう言うと、羽月はニッコリと満面の笑みをのぞかせる。

「気にせんでえぇって、翼くん。俺ら、友達やん」
「羽月……」
「大好きな友達を守るんは、男として当然やでぇ」
羽月はニカッとしながら、翼に優しくそう言った。
元気な中にどこか淋しさを隠した、いつもの笑顔で。

「羽月……」
「んっ?」
「ありがとう……な……」
翼は、どこか恥ずかしそうにフッと笑顔を見せながら言った。


「初めて見たわ……翼くんのそんな顔」


翼と羽月は見つめ合いながら、互いに見せたことのないどこか清々しい素直な表情を見せていた。



病室へと差し込む沈みかけの夕日が、傷ついた心をついに通わせた二人のホストを、優しく……優しく照らしていた。





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