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まえがき

この物語には、ベンジーこと浅井健一氏の作品をはじめ、自分が愛してやまないたくさんの曲、映画、本の一部を引用しています。
自分をかたちづくっているそれらに、ありったけの敬意を込めて、この物語を贈ります。

ムラヤマタクミ








第一話 シャロンとルカ ―ムーランルージュ―


シャロンはルカに連れられて、ムーランルージュに来ていました。今夜は、ルカの大好きなラブリーリタがショウに出演するものですから。

チケットを持っていない二人は、受付のヘルタースケルターにそっとハッシシを渡しました。

受付を通るとき、ヘルタースケルターは人差し指を立てて小さな声で言いました。

「シャロン、もしギャルソンにチケットのことを聞かれたら、《空飛ぶベッドに置いてきました》って答えるんだぜ。それじゃあ楽しんでおいで」

 

扉を開けると、アルコールと甘いムスクの匂いがあふれ出し、大音量の〈ペイント・イット・ブラック〉が聴こえてきました。

シャロンがテーブルの上にあったテキーラをラッパ飲みし始めたので、周りのお客はびっくりして二人を見ました。当のシャロンは何かが喉につかえて咳き込んでいました。

「トカゲが入ったままだったぜ」ルカが笑いました。

ステージでは、ドラアグクイーンが毛糸みたいにやわらかく踊っています。

ルカの話では、女の人みたいだけど全員男だよ、ということでした。

テキーラを飲み干したシャロンがウォッカを飲み始め、ルカが骨付き肉を食べ始めたとき、観客から深いため息がもれました。

ラブリーリタが登場したのです。

リタは真っ赤なドレスを着ていました。それは、膝の下あたりで花びらみたいにふわりと広がっているのでした。

「きれいだよなあ……。なあシャロン、きれいだよなあ……」

ルカはため息をつきました。

「ルカ、ショーが終わったら話しかけてごらんよ」

シャロンはルカに言いました。

 

そこへ、こわもてのギャルソン二人がつかつかと近づいて来たではありませんか。

ギャルソンは低い声で言いました。

「お客様、大変申し訳ありませんがチケットを拝見させていただいてよろしいでしょうか?」

ルカは片目でギャルソンを見ながら、シャロンにささやきました。

ほら、ヘルタースケルターが言っていたの、何だっけ?

シャロンはウォッカのビンを高々と掲げ、元気に答えました。

 「《片足ダチョウに盗まれました》!」

 

二人は部屋の外に連れていかれて、二、三回顔を殴られた上、外に放り出されました。

 

すっかり朝日が昇っていました。前の晩に降りた霜に日の光が反射して、街がきらきらとかがやくようでした。

学校に向かう子どもたちが、地面に降りた氷の柱を楽しそうにつぶしています。

「シャロン、俺は帰って寝るよ。まったく、合言葉くらいきちんと覚えておいてくれよな」

「……氷の柱に光が当たってシャンデリアがたくさんあるみたい……」

「うん。そうだね、じゃあ、さよなら」

 

シャロンの目の前を黒猫が走り抜けていきました。

それはまるで物語の始まりのようでした。

シャロンは口に出してそう言ってみました。

「黒猫が、道をかけていきました」

 シャロンはくすくすと笑っています。







第二話 小さな街のほんの小さな夜の出来事


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