目次
序文
序文
連載
第三回 「その「声」は「誰」の声?」 東町健太 オパーリン
第五回 『生き恥を、晒して足掻く、私かな』 オパーリン
ルポ
「第十四回文学フリマ」 オパーリン
「昆虫食のひるべ」 オパーリン
「ゆるカフェ(byレインボー・アクション)」 オパーリン
論評
「「差別」このややこしき言葉―ホーキング青山『差別をしよう!』から考える―」 オパーリン
特別企画
第一回「このままじゃ終われない文学賞」(企画説明)
応募作① 『Nウェイの森 プラトニック・ラブ編』
応募作② 『それでも物語は終わらない、そして無数に始まっていく』
応募作③ 『カンバセーション』
結果発表
「総評、選評、祝辞と花束贈呈」 Grasshouse
「受賞のことば」 戸田環紀、弦楽器イルカ、オパーリン
エッセイ
「だるまさんが転んだ」 東町健太
「世界が廻り過ぎることへの危惧」 オパーリン
オパーリン一ヶ月(日記より)
「オパーリン一ヶ月(日記より)」
読了リスト、感想文
「読了リスト、感想文」(本)
「読了リスト、感想文」(パブー)
「読了リスト、感想文」(映画)
「読了リスト、感想文」(AV)
「読了リスト、感想文」(漫画)
執筆者略歴
「執筆者略歴」
編集後記
「編集後記」
奥付
奥付

閉じる


序文

 さーて、さてさて、遅れに遅れてしまいまして、遂に月刊という約束を果たすこともできず、5・6月合併号として本号をお届けする次第と相成りました。これでは月刊ではなく、隔月刊ですね。となると、今まで使っていた「月オパ」という略称もそのまま使うには違和感が生じてくる。かといって、「隔月オパ」なんていうのもなんかしっくりきませんね。ま、しっかり毎月作りなさいということでしょう。申し訳ありませんでした。

 近況報告といたしましては、詳しくは「オパーリン一ヶ月」のコーナーに記載してありますがね、就職活動、長引いておりますよ。河出書房新社という素晴らしき本を沢山出している出版社の選考が最終面接まで進んだんですが、失格。地味にショックでしたね。それを期にマスコミ関連企業を受験するのは辞めにしまして、今はまあ出来る限り「暇で楽な」仕事を探して頑張っております。忙しいと月オパ出せなくなっちゃうからね。

 次に、今月の記事のラインナップを少し紹介しましょうか。先月号に予告していた書き換え文学賞企画、「このままじゃ終われない文学賞」の第一回が無事掲載となりました。この企画は、パブーの作家さん達にご協力いただいた企画で、本号の発効日が遅れてしまって、多大なるご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。記念すべき第一回はおそらくは日本一くらいに有名な、あの作家の小説を書き換えたので、原作を知っている人は楽しめるんじゃないかと思いますね。原作を知らない人は、本屋さんで買って読んでみてくださいな。そうした方が楽しめると思いますよ。

 あと、個人的に一押しなのが「ルポ」の虫食った記事。苦しんだからね、その分読み甲斐のある記事になったんじゃないかと自負しておる次第であります。

 それとねえ、これを読んでいる人がどこの部分を読んでくれているのか分からないんだけれども、個人的に「読んで欲しいな」と思っているのは「読了リスト、感想文」のところかな。意外に読み飛ばしがちだと思うんだよね。いやね、僕の感想自体は全然読み飛ばしてもらって構わないのさ。重要なのはそのラインナップね、タイトルぐらいは頭の片隅にとどめてもらって、今度本屋さんに行く時に、少しでも参考になればな、と思うわけです。「くそ」って書いた本意外はどれも自信を持ってお勧めできるものだから。

 とまあ、こんな感じかな。でもまあ、あくまで自由なんだよ、読み方なんて。最悪一文字も読まずにゴミ箱にポイしても、本はそれを甘んじて受ける、そういう存在なんだよ。健気だね、本は。

 それでは、本号をご自由にお楽しみください。

(2012年6月15日)


第三回 「その「声」は「誰」の声?」 東町健太 オパーリン

第三回「その「声」は「誰」の声?」

 

執筆者 東町健太、オパーリン

 

・企画趣旨

 とある大新聞に日がな寄せられる読者の「声」。その声は一体誰の声なのか?何を代弁しているのか?国民、労働者、女性、弱者、子供、はたまた単に「我々」という曖昧な共同体意識か?気になって読んでみれば、これまたびっくり、とんでもない・・・、いやいや思わず溜息がこぼれるほどのすばらしき投稿ばかり。

 ということで我々オパーリン王国では東町健太氏を委員長にすえ、「『その「声」は「誰」の声?』委員会」を結成した。当委員会では毎月、これらの投稿の中から特に秀でた投稿について勝手に表彰し、講評を行うこととする。

 

・『その「声」は「誰」の声?』委員会 メンバー紹介

 選考委員長 東町健太

 選考副委員長 オパーリン

 

・2012年5月度 結果発表

〈大賞〉  

「早朝の町内回りでカラス撃退」

(無職 男性 64才)

 

 日の出の早い季節になり、早朝からカラスの鳴き声で起こされる方が多いのではないでしょうか。カラスも産卵、繁殖の季節で街に繰り出すことが多くなりそうです。私の住む町ではゴミ収集の有料化と各戸収集が成功して、しばらくカラスの被害は忘れておりましたが、最近になり復活してきました。

 そこで私は一念発起してカラスの第一声とともに起きて、町内を一周して深夜に出されたゴミを一カ所に集めてブルーシートなどで覆うなどの対策を講じ、マンションなどにもブルーシートなどで見えなくするように依頼しました。これを三日間続けたところ、カラスも他に行ってしまいました。行政に働きかけなくても、地域にそのような意識の人がいれば、悪賢いカラスにも勝利できます。

 

〈講評〉

・東町健太(選考委員長)

 もう何年前になろうか、確か世田谷のあたりだった気がしたが、そこにはオウム真理教の施設があった。住民たちはこの施設に対して退去を要求、途中いろいろなことがあったが、オウム施設は無事に他の場所に行った。行政に頼ることなく、住民たちは自らの力でオウム施設を退去させたのだ。すばらしいことである。自分たちにとって目ざわりなものは当然どこか他へどかすべきだし、臭いものにはふたをしなければならないのだ。筆者の町のカラスがいなくなってさぞ筆者は喜んだことであろう。カラスが他所へ行ったことへのお祝いのような意味も込めて、今月の大賞とさせていただいた。心からおめでとう、と言いたい。

 ちなみに余談だが、世田谷から追い出されたオウムは私の家の目と鼻の先に新たに施設をつくった。悲しい。

 

・オパーリン(選考副委員長)

 中学生の頃、社会の授業で「何かテーマを決めてレポートを書く」という授業があった。毎学期一本のレポートの提出が義務付けられていて、分量としては400字詰めの原稿用紙3枚以上とか、そんなもんだったと思う。僕はその授業で「都心部におけるカラス被害」について調べてレポートを書いた記憶がある。

 カラスに限らず、猿だとかネズミだとかゴキブリだとか、何でもいいけどさ、野生動物による「被害」はよくニュースでも取り上げられられる。彼らは「被害」って当然のように言うけどもさ、奴らからしてみれば人間による「被害」なわけで、「カラス=悪」と決め付けて何の疑問も感じない人間の神経が私には理解できない。「もののけ姫」を見たことがないとしか思えない。

 本コーナー(「その「声」は「誰」の声?」)の選考を担当し始めてからというもの、常々思うのだが、本コーナーで表彰された作家の方達は真の天才である。彼らには「迷い」が無い。一切無い。自分の考えを信じて疑わない。常に迷っている僕のような人間には、彼らはとても眩しい。眩しすぎる。眼がチカチカする。うっとおしい…、おっと、ここまで。よく「キチガイと天才は紙一重」などと言ったりするが、彼らは間違いなくキチガ…、おっと、ではなく天才である。

 筆者もその錚々たる天才の面子の中の一人であることに一点の疑いもあるまい。私も筆者のみなぎる正義感に習い、追い出されたカラスは一体どこに行き着くのだろうか…、などと気になってしまっているうちはまだ半人前だと肝に銘じなければ。

 

〈佳作〉 

「若者自殺対策に本腰入れよ」

(無職 男性 62才)

 

 内閣府の意識調査によると「本気で自殺したいと思ったことがある」という人は23.4%に上がり、前回(2008年)調査より4.3%増加した。ショックを感じるのは、年齢別で見ると20台では28.4%に上がり、実際に自殺者が多い40~50台よりも高い事実が明らかになったことだ。

 私の知り合いにも、大手コピー機メーカーに入社しながら、自ら命を絶った若者がいる。動機は明らかではない。だが彼は期間契約社員で、正社員との格差を感じていたようだ。まじめに働いていても将来に希望が持てない状況に失望したのではないか。

 内閣府は調査だけでなく、若者の自殺対策に本腰を入れてほしい。まじめに働いていれば、結婚ができ、小さなマイホームくらいもてる社会にすべきだ。それには正社員の増加と終身雇用制が不可欠だ。わかものこそが、社会や経済全体に希望をもたらす原動力になると信じる。

 

〈講評〉

・東町健太(選考委員長)

 この文書で筆者が批判しているのは「死に様」という考え方をわたしたち現代人がいつのまにかどこかへ忘れてきてしまった点だ。日本人というのは古来よりその死に様を重要視した。主君への忠義のために、親への孝のために、そして仁義のために日本人は命を懸けてきた。しかし現代人の死に方はどうか。自殺する若者も、「結婚ができマイホームくらいもてる」ようになればどうせ自殺する人間なんかいなくなるだろう、とうそぶく筆者のシニカルな皮肉に自分の生き方を考えさせられた。おそらくはたいしてよく知りもしないであろう「知り合い」の自殺の動機も、「正社員との格差」のようにつまらないものだろうと推測する筆者の文章には一種の諦観さえただよう。仕事さえあれば、「将来に希望がある」などと短絡的に考えてしまうようなおろかな人間が増えてしまったこの国を憂う筆者の文章は悲しみに満ちている。

 

・オパーリン(選考副委員長)

 「化石」というものは過去の時代の有り様を知るための貴重な資料である。かつて、この国には「まじめに働いて、結婚ができ、小さなマイホームくらいもてる」こと「だけ」が人間の幸せだ、と考え、それ以外の一切の価値観を排除するような風潮があったのかもしれない、と筆者の文章は教えてくれる。

 その歴史的資料としての重要性を鑑みて佳作に推す。

 

〈佳作〉

「竜巻被害にカンパを募ろう」

(介護福祉士 男性 52才)

 

 6日、茨城県つくば市や栃木県真岡市、益子町などで竜巻が発生した。家が全壊、半壊した住民の方々の早期復興に、微力ながら、私の考えを聞いて頂きたい。

 被害にあった家の修理、建て直しには膨大な費用がかかるだろう。保険でカバーできる部分もあるかもしれないが、自腹を切らざるを得ないと察する。そこで、東日本大震災のように、被害地域を除く全国のコンビニやスーパーを中心に早急にカンパを募ってほしい。

 本来なら政府が主導権を握り国民をリードするものだが、7日の朝現在で対策会議が行われたとか、野田佳彦首相の緊急記者会見が開かれたという話を少なくとも私は聞いていない。

 だから私たち庶民がうごかなくてはいけない。不安にかられる住民に「全国からの応援がある」との確信を抱いていただくことがまず肝要だ。

 また家や道路の片付け、お年寄りのケアなどにたくさんの人手も必要だろう。ボランティアも地元とよく話し合って、募集を始めてほしい。

 ただ、これは混乱を防ぐためにも行政が音頭を取ることを望みたい。さあ、行動を開始しよう。

 

〈講評〉

・東町健太(選考委員長)

 鋭い舌鋒の日本人論である。たとえどのような災害が起きても、自分は関係ないという態を装う日本人の姿を鮮やかに浮かび上がらせた筆者の文章力に感嘆した。「さあ、行動を開始しよう」といいながら、「私たち庶民が動かなくてはならない」といいながら、実際に動くのはコンビニやスーパー、おそらく自分では行くつもりのないボランティアだけ、というなんとも異常なことが今この国でおきているのだ。筆者はこの文章を通してそんな現状に警鐘をならす。日本人の事なかれ主義はここまできたか、と背筋の凍る思いであった。

 

・オパーリン(選考副委員長)

 自然災害とは残酷なものである。被害にあった人には何の非も無い。が、それと同時に被害にあわなかった人間にも非は無い。それは政府もまた然りだろう。つまり、自然災害は誰のせいでもないのである。そして、起こってしまった以上、「その後どうするか」こそが重要なのである。

 さて、今回の場合はその後、誰が、どう動くべきなのであろうか?私などは地方自治代レベルで対処すればいいのではないかと思う。で、金が足りないようなら政府がその自治体に必要分を渡せばいいと思う。全国の出来事を統括する立場の政府が出張ってきては逆にワッチャカとして解決が遅くなるのではないかと思う。

 何でもかんでも「野田憎し」では芸がない。ただ悪口を言うだけなら誰にでも出来る。そのことを気づかせてくれる秀逸な作品であったため、佳作にふさわしいと思われる。

 

 


第五回 『生き恥を、晒して足掻く、私かな』 オパーリン

第五回 『生き恥を、晒して足掻く、私かな』

 

執筆者 オパーリン 

 

・8、「水子、水子たる所以」

 

第6章『焦燥、乱痴気』、第7章『仮面の国』、この2作が僕が途中で書くのを辞めて放り出してしまった水子たちである。可哀想なことをしてしまったとは思うけれども、「あ、こりゃダメだな」と思い、もうそれ以上書き進めなくなってしまったのだから仕方が無い。

 これらの水子達が何故、途中で書かれることを放棄されてしまったのか、本章に書くことでこれらの水子達を弔ってやりたいと思う。

 私小説的要素とフィクション的要素を絶妙にマッチさせた力作と自負していた『灰色ネオン』を滅多打ちにされ、その自負が文字通り自負でしかなかったことに気づいた僕は、「やはり物語を作らなきゃダメなんだ。」と私小説を見限り、物語(フィクション)に傾倒しようとしていた。そんな気分の中で執筆が試みられたのが上記の二作なのである。

 『焦燥、乱痴気』は「カルト」をテーマに書こうと思って書き始めた。人里離れた森の奥、文明から隔離されたカルト教団の狂気を書く予定であった。また、フィクションであるということを意識して、主人公の認証を「彼」にするという三人称の手法にも挑戦した。書き出しは上々であった。教団に洗脳されそこない、違和感に苛まれて悶々と苦悩する彼。中々上手く書けたと思った。

 しかしながら、書いている途中でムクムクと湧き上がってくるわけ、疑問が。「これ、書く意味あるか?」と。一連のオウム真理教の事件があったこの国の言葉で、この国の人に向かって、俺はこの小説で何を提示できるわけ?と。森達也が『A』を撮った後で、俺は何を言えるの?って。そう思ったらもうダメだよね。パソコン画面の前に座ってるんだけども、何にも打ち込めない。放棄したよ。

 でもさ、本章を書くにあたって読み返してみたんだけども、なんか続き書けるかもねこれなら。今なら。やっぱり時間を置くっていうことが必要なときもあるのかもしれないね。まあ、機会があればやってみようと思う。

 『仮面の国』は「管理社会」の恐怖をテーマに書こうと思ったんだったなあ。でも書き始めたらさ、全然イメージが湧いてこない、つまり、文章の中に「具体」が何も無いんだな。そして、ただただ巨大過ぎるテーマを前に唖然と立ち尽くしていたね。こっちの方は、ここで止めといて良かったのかもしれない。後にジョージ・オーウェルを読んでそう思った。

 と、こんな感じで僕はテーマを決めてフィクションを作り出していくことに挫折した。結局何がダメだったんだろう、と考えると、その時の僕には真っ更な空間に「虚」を打ち込んでそれを「実」に変えていく力が無かったんだと思う。別に今も無いのだろうけれども。自分に全く何の関係も無いもの、自分が体験してきていないものに対して想像して書く、って事を何となく拒絶しているのかもしれない。

 あと、極端にフィクションに振れ過ぎたってのもあるのかもしれない。自分の身近な体験から初めて、そっから段々と虚(創作)を織り込んでいく、みたいな感じにすれば上手く最後まで書けたのかもしれない。

 例えば、人が誰も歩いていない大学の構内の道でタバコを吸ってたら、遠くからオジサンが何か叫びながら近づいてきたことがあってさ、何かと思えばそのオッサンは俺の歩きタバコにマジギレしてたんだよ。「い、今すぐに、消せえぇぇぇぇーーーー!!!」みたいな感じで怒鳴られてさ。俺はあまりに予想外の出来事にビックリして、その時はオッサンの命令に従っちゃったんだけどさ。そこからちょっと変えて、抵抗して、怒鳴り合いの喧嘩になって、あくまでレジスタンスを貫く、みたいにしてさ。その出来事を契機に主人公が嫌煙家と戦うみたいなストーリーにしていくとかさ、そういう風にすればうまくいったのかもしれない。

 まあ、何でか分かってたら解決しているわけで、分かんないんだけれどもね。

 

・9、「現在と過去、時制の取り扱い。『存在と記憶の距離感』について」

 

 さっき言った2作の水子の失敗があってさ、「やっぱ俺にはフィクションは書けん、私小説で行くしかない!」って気分になったわけ。でもさ、私小説で「今起こってること」を書くと、主人公が何もしないで延々とグタグタしている描写しか書けなくなるわけで、それじゃあちっとも面白くない。ということで、過去の自分の「何かした」経験を書くことになる。で、具体的には「よし、俺の童貞喪失ネタを棚卸ししよう」と決めた。

 でも、この頃には「起きたことをただそのまま書く」だけじゃマジで日記だということも認識するようになっいて、「そこはどうにか工夫しなきゃなあ」と思った。「でも、どうしようかなあ。」と思いながら、当時の事を記憶の引き出しから引っ張り出して、脳内で再生させ始めていた。

 思い出してみると、それはとんでもなくとんでもない思い出であった。かいつまんで話すと、僕が筆下ろしをした相手は真性の淫乱で、図書館、カラオケ、映画館、どこでも僕にペッティングを要求した。当時、16歳だった僕は年相応に青臭い砂利ガキで、薄っぺらい恋愛青春小説に出てくる様な、そんな恋愛がしたい、とそう思っていた。人生とか、愛とか、尾崎豊とか、村上春樹とか、そんなことを彼女とおしゃべりしたいと思っていた。しかし、彼女が欲しかったのはチンコ、「ただそれだけ」であり、僕が彼女と共有したかった「何か切ない甘酸っぱい、淡い恋心」的なものは彼女にとって「無用なもの、全く理解できない、する必要を感じないもの」、つまりは雑音でしかなかった。だから、僕がそういう「何か抽象的っぽいこと」を話し始めても、彼女は一切反応しなかった。拒否したのではない、そういう話をしているとき、彼女はただ虚ろだった。彼女はただ肉棒が欲しかっただけ、肉棒と僕の話に何の関係があるのか一切分らなかったのだ、きっと。

 で、その彼女と出会ったのは女友達の紹介だった。彼女はその女友達の従姉妹だった。その女友達は中学生だったのに援交をし、家出をし、学校には行っていない女の子だった。両親は離婚し、母親からは暴力を振るわれているということだった。

 と、そんな風に当時のことを思い出していたら、その事実のあまりのこと具合に、「これ、本当に自分の身に起こった出来事なのかな?俺が脳内で捏造した出来事じゃないのかなあ?」と疑問が湧いた。そして、彼女達は今どうしているんだろう?と思った。そんなことを考えていたら、自分の記憶全体が疑わしくなってきた。世界でただ一人、俺だけしか再生できない俺の記憶、そんなものが果たして「事実」だと、だったと言えるのだろうか。

 そんなこんなで、思考の堂々巡り(結構いつもやっているんだけれど)をしている途中で、「あ、この悶々している「今」を、この「この記憶本物?」っていうモヤモヤ感自体を小説にしちまおうか」と思いついた。つまり、「時間」とか「記憶の存在の不確かさ」というものを小説に織り込んでしまおうと考えたわけ。そうなると「現在」も書かなきゃな、とか考え、現在から書き始めて、「過去」を回想させて、また現在に戻ってきて、主人公が記憶の曖昧さに紋々して・・・、とどんどんとイメージが湧き上がってきた。

 そこで、タイトルを『存在と記憶の距離感』に決めて、書き始めた。書いている途中で、「彼女の「現在」も書いてみようかな」と思いついた。その彼女とは16歳の時に数回セックスしたきり音信普通なので、彼女の現在を書くにあたっては当然「フィクション」を書くことになる。でも、この小説を書いている時は、なんだか書ける様な気がして、勢いに任せて書き始めたら、何とか書けてしまった。彼女は今、企画単体もののAV女優になっているという設定にした。

 がしかし、事はそうスムーズには行かなかった。自身初の女性視点、彼女の現在の章を書き終えた後、筆が止まった。終わらせ方が分らなかったのである。書いているこの時点では、「存在と記憶の距離感」について、僕は何の答えも出せていなかったのである。まあ、考えてみれば当然のことなのではあるが。何故かというと、「今、自分が何者で、どこにいて、どこに向かおうとしているかが分らない。それを知りたい。」という思いが、僕にとって小説・文章を書く大きなモーチブの一つとなっているからである。だから、私小説が現実の僕の「今」に追いついたときに、筆は止まってしまうのである。

 ラストに思い悩む内に、僕の中で絶好調であった創作意欲がしぼんでいった。僕の創作意欲はまるで躁鬱病の躁状態のように、突如としてやってきては急にしぼむ、というパターンを繰り返している。その躁状態が終わってしまったのだ。そして、この小説は未完のまま長らく放置されることとなった。

 僕は勢いだけで小説を書いていて、書いている途中でその勢い(創作意欲)が萎えてしまうと、その小説は大体が完成することなく葬られ、つまり水子になってしまう、ことは書いた。しかし、この小説『存在と記憶の距離感』は違った。

 長らく放置された後、ある日突然、僕の頭の中にラストシーンのイメージが鮮明に浮かび上がった。そう、あれはまるで降ってきたみたいだった。イメージが逃げてしまう前に書かなくてはと思い、その晩、部屋に引きこもって一気に書き上げた。かくして『存在と記憶の距離感』は完結し、水子化を免れたのである。

 何故だろう。何故、この小説は完結したのだろう。それは当然、僕が書いたからなのであるが、書かれなかった小説(水子達)もあったわけで、そんな中でなぜこの小説は書かれることが出来たのだろうか。それは、分らない。いやね、後付で色々と理由を並べ立てることは出来るのかもしれないけれどもね、結局のところ、本当の理由なんて、僕にはわからない。この小説は書かれることを他の水子達よりも強く欲していたからなのかもしれない。

 まあ、何はともあれ『存在と記憶の距離感』は僕の小説第5作として完結し、書き上げてみれば自身最長(原稿用紙約95枚)の小説となった。まあ、長けりゃいいってもんではないのは重々承知しているけれどもね、でもやっぱり書いている側としては長いのが書けると嬉しい。それだけ自分の構築した空想空間が豊穣な気がして。で、次はもっと長いのを、って気分になる。

 

・10、「夢と現実。『夢風船の君、現実のママン』について」

 

 前章で『存在と記憶の距離感』が第5作だって書いたけど、ここでは第4作について言及していく。第三作『灰色ネオン』の後、二作の水子、『存在と記憶の距離感』の完結目前での頓挫ときて、第4作の『夢風船の君、現実のママン』は第5作の頓挫期間中に書かれた。

 例の学生文芸賞に二年連続で落選して、三度目の正直とばかりにこの小説を書いた。この頃僕は『空気人形』っていう映画を見てえらく影響を受けてさ、ちょうど金も無かったし、風俗通いもただ虚しいだけだから辞めたいって思っててさ、買っちゃったんだよ、ダッチワイフを。だけども安物だったから股間部分のオナホを入れる穴が小さくてさ、オナホが中々入らないんだ。でも何とかしてオナホを装着して、いざ結合!って、入れてみたらチンコに激痛が走った。で、結局ミユキ(そのダッチワイフの名前)との初夜は失敗に終わった。

 僕はその出来事に酷く落ち込んだ、「ああ、おれはダッチワイフにさえ拒まれるのか」ってさ。で、自己嫌悪に悶えながら思ったんだ「この苦しみをこそ小説にしなければ」と。『空気人形』はダッチワイフの視点で進行する物語だったんだけども、僕はその持ち主の最低でどうしようもない男(映画内では板尾創路。名演だった。)の物語を書かなきゃ、って思った。

 それで一気に書き上げたのが第一章「夢風船の君」の部分。

 現実がしょうもなく思えるのは自分がしょうもないから。そんなしょうもない「僕」は現実が嫌だから、ユートピアを創り出そうとし、そこに逃げ込もうとする。でも、チャチな幻想は崩れ去る、正確に言えば「僕」は自らもってそれを投げ捨てる。やっぱりそれはどこまで言ってもイミテーションに過ぎないから。

 で、僕はここまで書き終えて、第二章「現実のママン」の部分に着手する。イミテーションの夢を放り捨てたら、そこにあるのはやはりただのしょうもない現実、以前と全く変わらず。僕はまだ幻想としての夢に名残惜しさを感じ、また夢を見る。初恋の女の子の夢。それはそれは幸せな夢を見ようとする。でも、現実は夢を侵食する。どんなに理屈をこねくり回したところで、夢は夢でしかなく、僕が「いる」、この悲惨な所こそが、あくまで現実なのだ。僕は目覚め、街に出て、年老いて体の崩れた異国からきた娼婦を買う。

 という話だ。いつになく憑かれたようになって一気に書いた。完成後に読み返して、この小説は物語になったと、日記ではなく物語になったと、僕は自負した。それでいて、嘘っぱちではなく、その物語の中に本当の僕がいる、と思った。たまらなく嬉しかった。気持ちよかった。僕は勝ったんだ!!と思った。このクソッタレな世界に、勝ったと思った。

 矢も盾もたまらず、印刷して親友に渡した。親友は「あれ、良いわ」と言った。その顔に偽りはなかった。他人の気持ちなんて理解することは出来ないんだけど、あの顔は、本当の顔だった。

 彼の「あれ、良いわ」という声は、今でも精確に僕の脳内に響かせることが出来る。その時の彼の声は、その一瞬で無くなり、この現実には今はもう存在しない。でも、俺の脳の中には、今でもはっきりとそれは「ある」んだ。で、それは、俺がこの世界に存在し続ける限り、彼の声は「あり」続けるということなんだ。

 この事実は、文章を書くという事とも大いに関係していると思う。俺の脳にあるもの、もっと言えば俺の脳の中にしかないもの、それを文章にした瞬間、それは俺以外の誰かの(つまりあなたの)脳内で再生されることが可能になる。で、俺の書いた文章があなたに読まれ、あなたの脳内に再生され、あなたの脳内にも「ある」ようになる。

 ここで僕が気になるのは、そのプロセスを経てあなたの脳内に「ある」ようになったものと、その元となった僕の脳内にあったものは、果たして同じか、ということである。それが同じだと確かめる術はない。だから、親友が『夢風船の君、現実のママン』を読んで「良いわ」と言ったとしても、僕と親友が同じ光景を見て、同じ感性で感じ、「良いわ」と言ったかどうかは分からない。いや、確かめられない。

 けど、確かめられないけれど。僕には分かる。僕が脳内でみた光景と、彼が僕の小説を読んで脳内に再生させて見た光景とは違うものだ。似たような光景、であっても、それは確実に違うものだ。で、その違い、言ってしまえば「必然としての誤読」を、僕は歓迎しようと思う。何の問題も無い、そう言い切ろうと思う。僕達は誰しもが「すれ違い続ける」のだ。それで何の問題も無い。

 余談だが、三度目の正直で投稿したかの学生文芸賞は初の予選落ちという結果で終わった。俺は外面では悔しがっていたが、内心は「バカが!!」と思っていた。そう、俺は人の話を聞かない人間なのだ。そう、俺の辞書には「反省」という文字など無いのだ。

つづく

 


「第十四回文学フリマ」 オパーリン

「第十四回文学フリマ」

 

執筆者 オパーリン

 

 2012年5月3日、つくばにあるオパーリン宅にて、僕と東町健太は酒を飲みながら文学フリマ用のポップの文句を考えていた。如何に人目を引くキャッチコピーを作ることが出来るか、文学フリマで売れるかどうかはそれにかかっている。僕達は思いつくままにノートに書き付けていった。

 その時、僕達は絶好調であった。一つのアイディアがいくつもの新しいアイディアを生む、まさにそんな状態であった。自分達は天才コピーライターだと思った。テンションはマックスだった。でもそれは全部お酒が見せた幻に過ぎなかったのだ、と全てが終わった今になって思う。

 その時思いついた「キャッチコピー」のいくつかを紹介しよう。本当は全て紹介したいところだが、今そのノートを見返して、あまりの悲惨さに気が滅入っている。これを全て紹介してしまうと、僕の中の大切な何かが失われてしまう気がする。いやしかし、あらゆる情報を開示し判断は読者に任せる、それこそがジャーナリズムの基本理念である。読者の方にこの様なものを見せなければならないなんて、僕も心苦しいが、仕方ない。全て後悔しよう。

 

[キャッチコピー案]

・一番悲惨なプレゼント

・大好きだよ、お母さん・・・ビンビンだぜ!

・お母さんと・・・俺のガマン汁

・父に欲情して

・自己紹介 好物:ゲロ、ゴキブリ

      趣味:チン毛抜き、スカトロ

・アナルシズム

・働きたくないから本作りました

・一揆!

・I Love 無毛地帯

・ジョニーはちょんの間へ行った。

・僕は蛆虫

・はばからない!

・呼吸やめます!

・息するのやめます!

・呼吸、やーめた!

・憂鬱なメシア

・そうだ、天国へ行こう。

・ダライ・マラ

・梅毒天国

・せんずりに夢中

・耕やらん

・あかんかった

・頭に梅毒が回りました。

・こんにちは、絶望

・要約:マンコ、おまんこ

・チンコが勃ちません

・ヴァギナ中毒

・まんこ!~僕達は覚えたての中学生

・老いたウェルテルの朝勃ち

 

 ふう、キャッチコピー案は以上である。改めて見返してみると、「ゴミだな、俺」とつくづく思う。酒の力とは本当に恐ろしいものである。こんな酷いキャッチコピーを考えては爆笑し、

「俺達いけるよ!」

と興奮していたのである。

 結果として、

・一番悲惨なプレゼント

・大好きだよ、お母さん・・・ビンビンだぜ!

の二つが採用された。

 しかし、実はノートに書かれているのはこれだけではないのだ。その時の僕達はキャッチコピーを考えているうちに、ある問題に直面したのである。「差別語」というヤツである。「体が不自由な方」とか、とても回りくどい言い方に変えなきゃいけない、みたいなやつである。

 あの差別的表現への規制というヤツは「言葉狩り」ではないのか、と思った。そこで、なんかもう文フリ用のキャッチコピーとかはどうでも良くなって、僕達は考えうる限りの差別語をノートに書き付けたのだった。だが、これについて書き出すと話が長くなるので、差別についてはまた別の機会に触れることにして、文フリの話を続けよう。

 

 文学フリマの説明をしてなかったね。文学フリマは簡単に言うと「自分が文学と信じるものを売る会」である。まあ、趣味で書いた小説を売るフリーマーケットである。大学の文芸サークルとかも参加している。

 で、その文学フリマの第十四回に僕も「オパーリン」名義で参加したわけさ、小説集『アダバナ』と月オパ各種引っさげてさ、東町健太氏のエッセイ集『バカが吼える!』も引っさげてさ

 で、文フリ当日(5月6日)、会場(東京流通センター)にて。僕は猛烈に後悔していたね、各本20冊づつも印刷してきてしまったことを。だってさ、売れ残ったらもって帰らなきゃいけないんだよ、キャリーバック一杯にして持ってきたあの本の山を。

 僕はげんなりしていた。女性達がポップを一瞥した後、僕達に注がれるあの侮蔑の目。けっこう辛い。そして、何を思ったか野郎まで「ふん、バカが」みたいな目で見てくるのだから驚く。あいつらだって頭の中はこのポップと大差ないだろうに、偉そうに見下しやがって!

 結果として、意匠を凝らして考え出したポップは完全に裏目に出ていた。人が皆、僕達のブースを避けて通るのである。冷静に考えれば、当然なのかも知らんがな。

 売れないと、自信がなくなってくる。最初は「300円」とか調子に乗っていたのだが、時間が経つにつれて200円、100円、と値崩れし、最後は「無料、取り放題。というか、持って帰るの重いんで、貰って下さい。」という状態になっていた。上野にいる婆の立ちんぼと同じ心理状態である。

 が、値引きの努力も虚しく、僕は大量に余った冊子を持って帰るハメになったのであった。

 

↑開始直後、まだ売れないと知らずにはしゃぐバカ。


「昆虫食のひるべ」 オパーリン

「昆虫食のひるべ」

 

執筆者 オパーリン

 

 「ヒロトさん(僕の本名)、実は明日、阿佐ヶ谷で「虫を食べる会」っていうのがあるみたいなんですけど、行きませんか?」

 そんな電話がかかってきたのは5月19日の夜である。電話の主はもちろん東町健太氏である。僕はこの電話の話を聞いて、絶望した。僕は虫が苦手である、どちらかというと大嫌いである。それも、食う食わないという次元ではなく、見るのが嫌いである。僕は絶望しながら即答した。

「行きます。」

 そう、物書きを自称している以上、たとえアマチュアであろうと、そんな面白そうなイベントを知って「行かない」と言うわけにはいかないのである。僕の前には選択肢など無いのである。

 虫とは、本来は食べ物ではないはずである。いや、一部の地域では伝統的に蜂の子とかイナゴとかを食べる、というのは知っている。知ってはいる。しかしそれはあくまで珍味的な感じで食べるのであって、とんかつとか生姜焼きとか焼き鳥とかハンバーグとか、そういうオカズと言われるものと同列ではないはずである。と、僕は思っているが、虫を食べる地域ではオカズ並みに虫を食べるのかもしれない。分らない、何しろ今まで僕は一度たりとも「虫を食べよう」と思ったことは無かったのだから。

 と、そんなこんなを考えていて、結局よく眠れないまま当日がやってきてしまった。昼前に御徒町で東町健太氏と落ち合い、阿佐ヶ谷に向かう。

 電車の中、二人ともいつも以上に饒舌である。

オパ「いや、案外美味いと思いますよ。なんか海老みたいな味がするんじゃなかったでしたっけ?」

東町「海老かあ、だったら全然ご馳走じゃないの。」

オパ「そうですよ、ご馳走ですよ。世界には虫を食べている人も沢山いるわけですし。第一、イベントとして成立している以上は、そこまで不味いものを食わされるはずは無いじゃないですか。逆に美味くてハマっちゃった場合を心配した方がいいかもしれませんね。」

東町「そうだよね。人前で「あー、ゴキブリ食いてえ」とか口走るようになっちゃったら、むしろその方がやばいもんね。」

 とまあ、こんな感じで僕達は途切れることなく話し続けた。会話が途切れると、必死に押さえつけてきた不安が噴出してしまうような、そんな気がしたからである。

 そんなこんなで阿佐ヶ谷駅に到着。ホームを下りると、ゴミ箱の前でゴミ袋に囲まれて座り込んでいるオジサンがいた。改札を出て駅前ロータリーを歩いていると、警備員のオジサンがガードレールに腰掛けて、暇そうに足をブラブラさせながら呆けていた。健太さんと「警備しろよ!」と突っ込みを入れて笑った。二人とも阿佐ヶ谷に下りたのは初めてであるが、どうやら結構面白い街のようである。

 「昆虫食のひるべ」の会場である「夜の午睡(よるのひるね)」は駅から程近いところ(徒歩2、3分くらいかな)にあるなかなかにお洒落なバーである。店内にはサブカル系の漫画や本が沢山置かれていて、根本敬の本も沢山あった。今度は虫とは関係なく行ってみたいなあ、と思った。

 店に着くともう何人も人が集まっていて、店の外に机を出したりコンロや鍋を用意したりしていた。どうやら屋外で調理するらしい。店に入り、店主の方に参加費2000円を支払い、その日の料理のレシピを書いた紙を貰い、いざイベント参加である。

 当然の事なのであるが、用意される鍋やコンロ、ハサミ等と一緒に食材である虫が調理台に置かれている。蟻の子とかイナゴとか、カイコのさなぎとかである。中でも一番「うわっ」となったのがマダガスカルオオゴキブリである。この食材は生きていたのだ。この会の企画者(?)である内山さんという方が、その生きているマダゴキを手に取ってみんなに説明している。

 準備も終わり、調理に取り掛かった。調理はね、基本的には普通の料理とそう変わらない。ただ、今まで嗅いだことの無い独特な臭い(別に嫌な臭いではない)がするのと、昆虫を茹でると大量の灰汁が出るということが特徴的である。

 揚げたり茹でたりの下ごしらえは屋外で行ったのだが、その後の本格的な調理は店内で行った。といっても、僕と東町はやり方も分らないのでただ眺めているだけであった。

 料理、完成。そしていよいよ実食である。この日のメニューとその感想を紹介していく。

・「トマトとアリノコのナムル カマキリベビーチラシ」

 基本的にはサラダ。アリノコは特に味は無い、その分香りとかも無い。問題なく食べられた。カマキリベビーは素揚げしてあり、ジャコみたいだった。これも臭みは無く、問題なし。この料理は普通に美味しく食べられた。

・イナゴとカイコガのチヂミ

 見た目はイナゴの入ったチヂミ。味はチヂミそのもの。が触感は、イナゴの脚とかが口の中に刺さり痛い。また、ずっと食べていると独特の臭いが気になってくる。

・マダゴキとサクサン(たぶんカイコのこと)とキムチのチーズ焼き

 これはこの日のメインディッシュであろう。せっかくなので、貰ったレシピに書かれているつくり方を紹介しよう。

[作り方]

1、マダゴキは熱湯で殺し、開き、オスは臭腺をピンセットで抜く。

2、サクサンはゆでて半分にカットする。

3、熱したフライパンにサラダ油をひき、マダゴキとサクサンを炒め、コショウを振り、キムチとカットしたタマネギを加えてさらに炒める

4、チーズをのせ、フタをしてチーズを溶かす。

※食べ方の注意

 マダゴキの殻は硬いので、歯でしごくようにして中身だけを食べる。サクサンの殻も気になる人は同様に中身を食べて殻は残す。

 

 という感じである。ここで、レシピの手順1の「臭腺」という言葉に注目していただきたい。臭腺というのはホルモンを分泌する腺の事で強烈なワキガの臭いがするらしい。内山さんが説明してくれていた。そして、実際に下準備の際にピンセットで除去していた。

 お客さんの中に一人、僕達と同年代位の男の子がいたのだが、この人はマダゴキを2匹つがいで貰っていた。昆虫好きなのだろうか、家で飼うらしい。で、この人はマダゴキの臭腺にも興味心身で、切除された臭腺を「食べたい!」と自ら志願して食し、悶絶していた。

 まあ、なにはともあれ完成したこの料理、見た目はゴキブリとカイコのサナギの炒め物といった感じだ。そのままじゃん!と言われてしまいそうだが、僕には例えるべき類似の料理が思い浮かばないので、こう書くよりほか仕方あるまい。

 で、いよいよ実食である。が、僕がチヂミに時間をとられていたためか、いざ食べようと思ったらもうマダゴキが残っていないのである。カイコばかりが残っている。先に食べていた東町に聞くと、「カイコよりマダゴキのほうが食いやすい」との事。

 せっかく来たのだから一通りは食べて帰りたいと思うのが人情であろう。隣のテーブルに行き、余ったいたマダゴキをおすそ分けしてもらった。そしていざ実食である。

 マダゴキを箸で持ち口に運ぼうとする。が、中々踏ん切りがつかない。やっぱり一気に食うのは難易度が高い。レシピの冒頭にも昆虫を初めて食べる際の注意として「まれにアレルギー症状が起こる場合があります。初めての方は少量からお試しください」と書いてあった。

 僕は一気食いを諦め、少量を取るためにマダゴキの白い身に箸を入れた。中々上手く取れない、何か灰色の物が出てきた。

 次の瞬間、激臭が僕を襲った。暴力的なワキガ臭である。完全に戦意を喪失してしまった僕は、箸を置き、内山さんにマダゴキを見せて「これ、臭腺ですかね」と尋ねた。内山さんは「ああ、本当だね。取り忘れちゃったんだね。」と言ってニッコリとした。

 そのマダゴキを食べることを断念した僕は、健太さんが食ったマダゴキの残骸に少し残っていた身を貰い、食べた。少量だったからか、特に味はしなかった。カイコは、少し粉っぽいクリーム?みたいな感じだった。

 

 以上が昆虫を食べてみての報告である。帰り際、内山さんの著書『昆虫食入門』を買い、サインを貰った。「bag eat内山」と書かれていた。なんか、バクシーシ山下と響きが似ているなあ、と思った。

 虫を食べてみて思ったことを簡単に書こうか。まず思ったのは、昆虫食の世界は僕が想像していたよりも遥かに奥が深いものだったということだ。一回だけちょこっと食べたぐらいでは、とてもその真価は分らない。

 そもそも、僕はこのイベントを知って「何ですき好んで虫を食べるんだろう?」と不思議に思い、それを知りたいと思った。理由があると思っていた。だが、その疑問の設定の仕方自体が適切ではなかったのかもしれない。美味いから食う、それだけなのかもしれない。まだ読んでないが、内山氏の著書にはその虫を食う理由が書かれているのかもしれない。

 少なくとも僕にとって昆虫はそんなに美味しい食べ物ではなかった。ただ、初めて食べたから慣れていないだけで、これから食べ続ければ好きになるのかもしれない。あくまで現時点においてはという意味でだ。帰りに、健太氏と中華料理屋に入って餃子定食を食べた。とてもとても美味しかった。

 僕は昆虫と餃子を比べれば餃子の方が好きだ。だから餃子を食べる。昆虫と餃子、という様に、自分が食べるものを選択できるうちは昆虫を選ばないのではないかと思う。だがそれはあくまで僕個人の好みであって、昆虫を好きな人の趣向を否定するものではないことを断っておきたい。

 むしろ、昆虫を食べるということに限らずに、あらゆる選択肢は可能性として担保されるべきだと思う。それこそが多様性のある社会というものであろうから。

 

↑会場となった阿佐ヶ谷にあるカフェバー

↑腹を開いたマダガスカルオオゴキブリ。

↑完成!

 

 



読者登録

オパーリンさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について