目次
目次
目次
プロローグ
プロローグ
1.現状を知る
Ⅰ.現状を知る
Ⅰ-1 カマスの実験
Ⅰ-2 自分はどこに向かっているのか
Ⅰ-3 時間管理のマトリックス
Ⅰ-4 豊かな人生を送るための3つの健康
Ⅰ-5 自分の夢を思い出す
Ⅰ-6 ライフプランニング
Ⅰ-7 一生にかかる必要経費
Ⅰ-8 人生のルールと時代背景の落とし穴
Ⅰ-9 セカンドライフの生存費
2.日本という国を知る
Ⅱ.日本という国を知る
Ⅱ-1 人口問題
Ⅱ-2 年金問題
Ⅱ-3 国債問題
Ⅱ-4 増税問題
Ⅱ-5 収入は増える?
Ⅱ-6 「与える側」 と 「与えられる側」
Ⅱ-7 マスメディア
3.お金を知る
Ⅲ.お金を知る
Ⅲ-1 お金の教養
Ⅲ-2 お金の役割
Ⅲ-3 お金との接し方
Ⅲ-4 浪費と消費と投資
Ⅲ-5 資産と負債
4.収入を知る
Ⅳ.収入を知る
Ⅳ-1 時給の限界
Ⅳ-2 ”複業” のススメ
Ⅳ-3 副収入の落とし穴
Ⅳ-4 不労所得という考え方
Ⅳ-5 働くことは義務ではない
Ⅳ-6 資産形成の基本的な考え方
Ⅳ-7 資産形成に失敗しないための4つの基本
Ⅳ-8 投資がギャンブルにならないために
5.成幸者のエッセンス
Ⅴ.”成幸者”のエッセンス
Ⅴ-1 ”シアワセ”を科学する
Ⅴ-2 個人がコントロールできるもの
Ⅴ-3 ”今までの自分”で判断しない
Ⅴ-4 自分の選択に責任を持つ
Ⅴ-5 ”素直”ということ
Ⅴ-6 人に言う
Ⅴ-7 それは本当に”できない”のか?
Ⅴ-8 ”知覚動考”
Ⅴ-9 ”成功に近づいていく”ということ
Ⅴ-10 代償の先払い
Ⅴ-11 ドリームキラー
Ⅴ-12 他人の成功に惑わされない
Ⅴ-13 3つの生き方と2つの選択肢
Ⅴ-14 ”なんも無い”
Ⅴ-15 洗脳された象
巻末付録
Ⅵ.夢が見つからない人へ
エピローグ
エピローグ

閉じる


試し読みできます

目次

プロローグ

Ⅰ.現状を知る
  10・・・・・Ⅰ-1 カマスの実験
  13・・・・・Ⅰ-2 自分はどこに向かっているのか
  17・・・・・Ⅰ-3 時間管理のマトリックス
  21・・・・・Ⅰ-4 豊かな人生を送るための3つの健康
  23・・・・・Ⅰ-5 自分の夢を思い出す
  25・・・・・Ⅰ-6 ライフプランニング
  26・・・・・Ⅰ-7 一生にかかる必要経費
  28・・・・・Ⅰ-8 人生のルールと時代背景の落とし穴
  32・・・・・Ⅰ-9 セカンドライフの生存費

Ⅱ.日本という国を知る
  33・・・・・Ⅱ-1 日本という国
  34・・・・・-2 人口問題
  35・・・・・-3 年金問題
  38・・・・・-4 国債問題
  39・・・・・-5 増税問題
  41・・・・・-6 収入は増える?
  42・・・・・-7 「与える側」と「与えられる側」
  44・・・・・-8 マスメディア

Ⅲ.お金を知る
  46・・・・・Ⅲ-1 お金に対するイメージ
  48・・・・・-2 お金の教養
  51・・・・・-3 お金の役割
  52・・・・・-4 お金との接し方
  54・・・・・-5 浪費と消費と投資
  55・・・・・-6 資産と負債

Ⅳ.収入を知る
  56・・・・・Ⅳ-1 収入の種類
  61・・・・・-2 時給の限界
  62・・・・・-3 ”複業” のススメ
  64・・・・・-4 副収入の落とし穴
  66・・・・・-5 不労所得という考え方
  68・・・・・-6 働くことは義務ではない
  69・・・・・-7 資産形成の基本的な考え方
  70・・・・・-8 資産形成に失敗しないための4つの基本
  74・・・・・-9 投資がギャンブルにならないために



Ⅴ.成幸者のエッセンス
  76・・・・・Ⅴ-1 ”成幸者”
  79・・・・・-1 ”シアワセ” を科学する
  80・・・・・-1 個人がコントロールできるもの
  81・・・・・-1 ”今までの自分” で判断しない
  82・・・・・-1 自分の選択に責任を持つ
  84・・・・・-1 ”素直” ということ
  85・・・・・-1 人に言う
  86・・・・・-1 それは本当に ”できない” のか
  87・・・・・-1 ”知覚動考”
  88・・・・・-1 ”成功に近付いていく”ということ
  89・・・・・-1 代償の先払い
  90・・・・・-1 ドリームキラー
  92・・・・・-1 他人の成功に惑わされない
  93・・・・・-1 3つの生き方と2つの選択肢
  94・・・・・-1 ”なんも無い”
  95・・・・・-1 洗脳された象

Ⅵ.巻末付録
  96・・・・・夢が見つからない人へ

エピローグ

試し読みできます

プロローグ

これまで良しとされてきた一般的なライフプランは、



一生懸命勉強して、

良い大学に入って、

良い会社に入って、

一生懸命働いて、

余ったお金は貯金する



というものでした。

僕は特に疑問も持たずこれに従って、



大学は出た。

大企業にも入った。

TOP営業マンにもなった。

出世もした。


 

でも、ちっとも楽しくならなかった。

そして、思ったほど豊かにはならなかった。

 


学生時代。

絶滅危惧種、天然危険物、「ギャル男」だった僕。

完全に人生をナメきっていた僕も、年貢の納め時というやつが訪れ、大学卒業を期に嫌々就活しました。

目的無く「響きのかっこ良さで取った資格」は僕の意向とは裏腹に、自分と面接官を迷わせただけでした。

特にやりたいことも無かった僕は、 周囲に流されるように就活して、某大手不動産関連企業に、営業職として就職しました。消去法で。


こんな怠惰極まりない状態でスタートした社会人1年目、思考回路がミジンコ並に単純だったことが幸いして(?)、ただ負けたくない一心で休日出勤、サービス残業上等でとにかく契約を取りまくり、入社5ヶ月でエリアTOPまで上り詰め、全国から優秀社員だけが招待される表彰パーティに招待されたりもしました。

人としての器もミジンコだった僕は、チヤホヤされてすっかり気を良くして、TOP営業マンであることを誇りに思っていましたが、この時の年収はわずか290万円でした。



外の世界を知らなかったことも手伝って、この待遇にあまり疑問を持ってはいませんでした。

仕事にも慣れて余裕が出てきた頃、ふとあることに気付きました。

エリアでTOPクラスの成績を収めていた僕と、ランキングにまったく載らない同僚の給料が不思議と同じくらいだったのです。ここで初めて、「もしかしたら割に合ってないかもしれない」という感覚を持ちました。





周りを見渡すと、

「子供がいるから」という理由で手当。 

「家が遠いから」という理由で手当。 

「勤続年数長いから」という理由で手当。


営業なのに成果や評価とは関係の無いところでお金が払われているという驚愕の事実(笑)

さすがはミジンコ、基本的に単細胞だったので、ここに疑問を持つのに2年半を要しました。

幸い同僚には恵まれていたので仕事が嫌いだと思ったことはあまりありませんでしたが、一生懸命頑張っても報われないと気付いてからはそう長くは続きませんでした。

今思えば、一体何と戦って一番を目指していたのか、本当に謎です。



結局、どんなに頑張っても収入が増えなかったどころか、保険料の値上がりなどで手取りは下がる一方。

収入の低さを解消すべく、転職を決意しました。

営業しかしたことが無かったので、自分には営業職しか無いと思って次の仕事を探しました。

新卒の時にあれだけ苦労した就活でしたが、この時は7社から内定をいただき、無事転職。


結果、転職しただけで年収が200万円ちょっと上がりました。

給与の基準ってなんて曖昧なんだと思ったのを良く覚えています。

前職での成果が認められてのことだったようですが、まだ新しい会社では何の成果も上げてないうちから、いきなり200万円も上がるって、基準はあって無いようなものじゃないですか。



この辺りから、”どうも給料というやつは努力や能力とは正比例しないっぽい”

ということに気付き始めます。



2社目でも成績は良かったのですが、紆余曲折あって、僕は更に転職します。

理由は簡単で、「営業」自体を辞めたかったから。

普通に考えて、こんな磨り減るような毎日を、あと何十年も続けられる気はしませんでした。

年配の先輩社員を見て思ったことと言えば、「絶対こうはなりたくない」

今の延長線上で仕事をしていったら、絶対避けたい未来が手招きして待っているような気がして、危機感を覚えていました。なんとか営業の世界から脱出しなければ。



そんな中。

運良く取引先の1社からヘッドハンティングされ、無事営業の世界から足を洗い、管理部門に転身します。

”営業はキツいけどその分給料がいい”なんて言われていますが、ココでもそんな既成概念は見事にぶっ壊れました。入社の仕方がヘッドハンティングだったこともあって、営業時代と給料は同額だったのです。

あのキツさは一体何だったんだという感じですが、結果オーライです。

自分を擦り減らしていた営業時代に比べ、会社を創っていく仕事にはとてもやり甲斐を覚えました。






更に時は流れ、これを書いている現在も続いている、マネージャー時代。

ここでも自分の頑張りと報酬は無関係でした。


「部下がどれくらい頑張ったか」

「会社がどれくらい儲かったか」


という基準で、不透明な良くわからない過程を経て給料が決まっていました。

誰が見ても正しいようなことでも、それを主張すれば目の上のたんこぶのように扱われました(笑)

我慢や努力とは比例せずに、自分がいくら成果を上げても、会社が儲かっていなければ給料は上がりませんでした。

周りには血眼になりながら頑張っている人もいましたが、段々それにも疑問を持つようになりました。

頑張っても頑張らなくても同じくらいの給料。

であれば、頑張っていない方が仕事量が少ない分、価値が高いことになります。

なのに、会社が傾けばそこに属している自分の給料にも影響し、会社と一緒に生活が傾く。


サラリーマンとして突っ走ってきた20代。

ある時ふと立ち止まって考えました。



「このままでいいのか・・・?」



思い返すと色々な自分に気付きました。

仕事は楽しい時もあったけど、いつもどこかで我慢している自分がいた。

いつも何かに遠慮して、いつも他人の評価を気にしている自分がいた。

けれどもずっと、それが生きる術だと思って、見ないフリをしてきた。

「これは仕事だから」「仕方ない」と、本当の自分にフタをしてきた。

会社に勤めて成果を出して、出世することがリア充で、何かに勝つことだと思ってきた。


でもなんとなく、時間を潰すように淡々と生きている自分にも気付いていた。

生活の安定は大事だけど、それだけのために何十年も働ける気はしなかった。

そればかりか、今の生活の延長線上に「安定」とか「安全」があるのかすらわからなかった。


いつからか自分の夢なんて考えることもしなくなって、

ただ生きるために仕事をする毎日。


 

すべての会社がとは言わないまでも、頑張っても頑張らなくても、「会社」とか「市況」とか「経済」という大きなうねりの中では、あまりに些細で儚いものなんだな、ということがわかってきました。

「サラリーマンなんだからそんなことは当たり前」とどこか他人事のように思っていましたが、頑張っても頑張っても報われないのでは、どこかで気持ちに限界がくることは容易に想像できました。

「しゃーない」「こんなもんだ」と思うのは簡単ですが、それはただの思考停止に過ぎないんじゃないかと考えるようになりました。




どんなに会社に忠義を尽くしたとしても、会社が潰れた後の生活は結局自己責任で、会社は助けてはくれません。

自分一人が路頭に迷うくらいなら構いませんが、巻き添えを受ける家族はたまったもんじゃありません。

少し引いて自分の人生を俯瞰してみた時に、会社という括りの中に自分の人生があるような気がしました。

「気がした」とは言っていますが、実際の関係は運命共同体そのものです。


多くの人が日常のほとんどの時間を仕事に費やしているのに、ちょっと何かのバランスが崩れればあっという間に死活問題になるという状態に不思議と危機感を覚えず、明日も同じ1日が繰り返されるかのように錯覚しています。

そんな危うい状態は何年頑張っても解消しないということは、先輩上司を見れば明らかでした。

自分は特別頭がキレるタイプではなかったので、「そういったリスクを解消するには会社勤めとはまったく違う種類の努力や準備が必要だ」と気付くまでに、かなりの時間を要しました。


例えば会社が潰れず、順調に出世して、それなりに給料も上がっていったとして、どれくらい自分の人生は豊かになるのかなと考えた時に、なんとなくサラリーマンとして得られる収入の上限のようなものが見えると思います。

年収3000万のサラリーマンなんてそういるものではありません。

そう考えると、今の延長線上で現実的な収入から、できること、行ける場所、体験できること、買える物なんかを逆算すると、なんとなくこの先の人生で手の届く範囲が見えてきました。


「頑張った自分へのご褒美」にと、ちょっと贅沢すればあっという間にお金が無くなる。

多分この先、「3ヶ月間海外旅行に行く」なんてことは無いでしょう。

普通に結婚して、子供が産まれて、車を買って。

「念願の」マイホームと同時に、35年越しのローンという名の借金を背負う。


その先は家族を養うためと、マイホームのローンのために働いて、仕事を全うして退職。

そうなって初めて、自分の人生を考える時間ができた時、ぷっつりと生きてきた意味を見失って、親が体を壊して・・・実際にそんな話は枚挙に暇がありません。


現実に目を戻すと、会社にいる先輩上司たちは、みんな例外無く時間に追われ、朝早くから夜遅くまで本当に良く働いています。かといって、決して生活に余裕があるわけでもありません。

蛇足ですが、日本の労働時間はメキシコに次いで世界2位だそうです。(20115月、経済協力開発機構調べ)


通勤電車は行きも帰りも死んだように眠るサラリーマンばかり。

ちょっと気持ちが滅入っている時に見る満員電車の風景は、さながら奴隷船でも見ているような錯覚すら覚えます。

むしろ、一人あたりのスペースで見たら奴隷船の方が広かったんじゃないかとすら思えてきます。

そんな姿に将来の自分を重ねた時は、背筋が凍るような想いでした。

 

 

「何かを、それも、根本的な何かを変えなければ、この流れはきっと、ずっと変わらない」

 

 

明日も。

明後日も。

来月も。




何も変わらない1日を7回繰り返すと1週間経って、

それを4,5回繰り返すと1ヶ月が経って、

更にそれを12回繰り返すと1年が経つ。

今の無限ループのような毎日の延長線上に、望むような人生は多分待っていない。



何かを、何かを変えないと。


 

そんなぼんやりとした嫌な予感だけは確かに存在していました。

このままサラリーマンとして出世しても自分の生活が豊かにならない感覚。

やってもやっても報われないような、ザルで水をすくっているような感覚。

将来がまったく見えず、希望が持てない感覚。

限られた時間とお金に支配されているような感覚。

 

 

・・・たった一度の人生、本当にこれでいいのか?

 

 

そう思って一度は奮起しましたが、すぐに壁にぶち当たりました。

「じゃあどうすれば良いのか」という方法論が一向にわからなかったのです。

本を読んでも、インターネットを検索しても、見つかるのはどれも再現性の無さそうな怪しい手法ばかり。

挑戦してみよう!と思えるような何かを見つけることはできませんでした。

そうしている間にもどんどん時間は過ぎていきます。

何の行動も起こしていないので、何かが変わるはずもありません。

今日もまた、繰り返すような一日が始まり、そして終わっていく。


周囲に打ち明けてみても、「それなら起業すればいいじゃん」と言われるばかり。

お恥ずかしい話ですが、僕には起業するような知恵も、勇気も、ましてや志もありませんでした。

仮にそれらがあったとしても、多分会社を作るような普通の起業はしなかったと思います。

実際に身の回りで起業した人を何人も見てきましたが、起業した先に僕の望むようなライフスタイルは無いということを良く知っていたからです。

自分の人生を考える時間も無いほど、家族との幸せを噛み締める余裕も無いほど、仕事に埋め尽くされた人生はゴメンでした。


 

でも、「自分のようなどこにでもいる普通のサラリーマンに、目も覚めるような転機だとか、運命のいたずらのような特別なことなんか起きるわけがない」と、どこか冷めた感じでそう思っていました。

何とかしないと、でも、どうすれば良いかわからないというジレンマ。

幸か不幸か仕事はうまくいっていましたが、結局前に進まないまま、何年もの時間が過ぎていきました。

まるでゆっくり窒息するかのように、いつしか「こんな人生にしたい!」と望むことをやめ、努力することを最初から放棄して、「自分には無理」と、そもそも考えることもしなくなり、ただ生活費を稼ぐために惰性で仕事をしていたように思います。

 


そんな僕にも転機が訪れます。

いよいよ現状への不満と将来への不安が限界に来て、改めて現状を脱出する方法を本気で探し始めました。

結局、表向きはこれまで通りサラリーマンですが、仕事以外の時間のほとんどを、自由になるための勉強に費やすようになりました。これが「仮面サラリーマン」の名前の由来でもあります。

 

サラリーマンという最大の不自由を脱出する方法を探していく中で、多くの失敗も経験しました。

今思えば明らかに怪しい情報商材を買って損したこともありました。

株に挑戦して、必死に貯めた身銭をふっ飛ばしたこともありました(笑)

それでも「何かしなきゃ未来は変わらない!」と思い、手探りで動き続けました。

 


そうこうしている最中、運良く僕の悲願を実現した人たちに出会いました。

宝くじに当たるような運任せではなく、再現性の無い瞬間最大風速的な方法でもなく、コツコツと地道な努力を積み重ねて、望むライフスタイルを掴み取った人たち。

こう言ったら失礼ですが、何か特別な能力や運に恵まれたというわけではないごく普通のサラリーマンが、現在365連休。言ってる意味がわからないくらい、衝撃的でした。


「しがないサラリーマンでも本気で望めば現状を変えられる」という、聞いただけではにわかに信じがたいようなことをこの目で見て知りました。人生まだまだ捨てたもんじゃない。

やっぱりまだ諦めるには早かった、と心から思いました。

すべてがうまく行くわけではないし、決して楽して実現できるものではないけど、努力の対価が365連休というものであるなら、これからするであろう苦労に臆する理由はありませんでした。


掴み取れるかどうかは自分次第。

仮にうまくいかなかったとしても、それは誰かに決められた人生ではなく、少なくとも自分で納得の行く人生は送って行けそうな、そんな手応えを感じました。


 

大企業、TOP営業マン、マネージャー。

一般的に見れば人生そこそこうまくいっているように見えたかも知れませんが、その実は毎日腕時計を見ながら残業代を計算しながら仕事をしていましたし、早く終わることだけを願って行きたくもない接待や、社内営業の飲み会に行っていました。


「仕事だから」とわけのわからない理由をつけて、好きでも無い人に頭を下げて、付き従って、我慢に我慢を重ねました。睡眠時間を削って、大事な人間関係を削って何か大切なものと引き換えに成果を出しては、その代償には見合わない報酬を受け取って、摩耗するような毎日でした。


誤解の無いように言っておきますが、決してサラリーマンでいることのすべてを否定するつもりはありません。

実際にサラリーマンとして立派な志を持って自己実現している方も大勢いらっしゃいます。

サラリーマンという生き方に生き甲斐を見出せなかった自分からすると、そういう方々は尊敬に値しますし、ある種の負い目のようなものすら感じることがあります。

また、サラリーマンとして生きてきた中で得たものは途方もなく大きかったし、それがあってこその今であることは疑いようがありません。感謝こそすれ、後悔は何一つしていません。



ただ、この先を考えた時に、一生こんな感じの人生が続くのかと思うと、それはあまりに狭い経験で終わってしまうのではないかという結論に至ったということです。

 


サラリーマンとして仕事のことだけを考えて、脇目もふらず突っ走ってきた数年間。

家族を持つというターニングポイントがキッカケとなって、ほんの少しだけ立ち止まって考えた自分の未来。

仕事とはあまり関係が無いからという理由で避けてきた様々な事柄。

忙しいなりに時間を作ってそれらを改めて突き詰めてみると、普通に生活していたのではなかなか知りえない様々なことがわかってきました。

僕にとってそこで見聞きしたものは、仕事がどうのという目先のこととはまったく別に、「生きる上で必要な知識」だと思いましたし、同時に学校や会社では決して習わないことだということも知りました。

 

知るにつれて限りなく広がった未知の世界、考えてもみなかった自分の可能性。

同時に、このまま仕事に没頭しているだけでは、先々首が締まる時が来るかもしれないという危機感。

今日に至るまでの道中で見聞きしたことは、僕にとってはどれも知って良かったと思うことばかりでした。

そして、知ることで初めて、どうするかを「自ら選ぶ」という選択が可能になりました。

 

 

―――しかし、僕がこれからお話ししようとすることが、

誰にとっても「知って良かった」と思えるものかどうかは僕にはわかりません。

 

1999年の映画「マトリックス」をご存知でしょうか。

キアヌ・リーブス演じるプログラマー「トーマス・A・アンダーソン」は、裏稼業で「ネオ」という名の凄腕のハッカーでもありました。

ある日突然、トーマスはトリニティと名乗る美女に導かれてモーフィアスという人物と出会います。彼が言うには、トーマスが生きているこの世界は、実はコンピューターが創りだした仮想世界で、実生活だと思っている毎日は、彼らが創りだした巣の中で見せられている夢だという、にわかには信じ難いような、恐るべき事実を告げられます。


ここでモーフィアスはトーマスに、赤と青の2つのカプセルを差し出して選択を迫ります。


「赤いカプセルを飲めば仮想空間の夢から覚醒し、現実を見ることができる。

青いカプセルを飲めば、ベッドで目覚めて今まで通り仮想世界での生活に戻る。」と。

結局トーマスは赤いカプセルを飲むことを選び、仮想世界での「トーマス・A・アンダーソン」という偽りの個性から真の自分に目覚めて、「ネオ」として人類開放の戦いに身を投じていくことになります。

 

 

マトリックスと比べるとスケールの上ではまったく及ばないかもしれない本書ですが、本書を読むということはこの「赤いカプセル」を飲むということに近いかもしれません。

僕たちの住むこの世界には、テレビでは決して報道されないこと、インターネット上にも決して出てこないような事実が確かに存在しています。場合によっては意図的に、巧妙に隠されていることや、メディアを通じて大衆を誘導していることも決して少なくありません。




仕掛ける側が巧妙に隠してきたきな臭さは、近年のソーシャルメディアの発達と、皮肉にも東日本大震災を通じてようやく明らかになってきました。報道内容とタイムラインに流れる情報の乖離。

どちらが事実に近かったかは言うまでもありません。


ともかく。

もしも、日常で正体のわからないモヤモヤを感じているとしたら。

「よくわからないけど、でも何かが間違っている気がする」と感じているとしたら。

「何かを変えなければならない気はするけどハッキリわからない」と感じているとしたら。

それはもしかすると仮想空間マトリックスで夢を見ているように、何か生きる上でとても大切なことを忘れてしまっているからかもしれません。

 

あなたの知っている現実が、必ずしも真実とは限らないのです。


もし初めて聞く話が多いようであれば、本書を読むことによって「ライフプラン」を大きく修正したり、改めて考え直すキッカケになるかもしれません。 

良し悪しは人それぞれ個人差があると思います。

それでも、何も知らされずに流されるよりも、多くを知って自ら選択する人生であった方が、納得感や幸福感、充実感といった、「生きている心地」は得られるのではないかと、僕はそう思っています。


真実と向き合うのは得てして良いことばかりではありません。

それこそ映画マトリックスのように、現実とは時として残酷なものかもしれません。

世に言う「こんなことなら知らない方が良かった」と言われる類の話かもしれません。



もしも今、


・現在多くのことをガマンしている

・毎日同じことの繰り返しのような生活に疑問を感じている

・現状には不満はあるものの、何から手をつければ良いかわからない

・将来に何かしらの不安を抱えている

・なんとなく今のままではいけないような気がしている

・このままでは終わりたくないと思っている


という想いをどこかに持っているとしたら。

それでも胸のつかえを取りたいと思うなら、真実を知りたいと思うなら、

まだ見ぬ自分の人生の可能性にアクセスしてみたいと思うなら、

本書が「赤いカプセル」になり得るかもしれません。


あなたにとってより良い世界の幕開けとなることを切に願っています。



2012.7 仮面サラリーマン


試し読みはここまでです。続きは購入後にお読みいただけます。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格980円(税込)

読者登録

kamensalarymanさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について