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 けい子ちゃんはほろ酔い気分のまま、あはっ、と笑い、私の肩を軽く叩いた。

「大した用事でもなかったの。あとで行ちゃんに電話でも入れるわ」

 そう言って彼女は、ふらつきながらラーメン屋をあとにした。

 

 その夜、私は今日の彼女たちのことを考えてみた。

 彼女たちの目は、どこを見ているのだろうか。

 どの家の庭先を見ても、どれもこれも、それが雑草だったとしても、すべてが青い芝生に見えてしまっているようだ。しかし、私はここで彼女たちに、ふた言、み言、言いたいことがある。それは、「その芝生は本物だったか」と言いたいのだ。

「プラスチックで出来た芝生を見て、青くていいなぁ、なんて思っているのではないか。そんな目では駄目だぞ」

 と、言いたいのである。

 

 昔、私は、北関東の山に建つ大きな別荘の掃除をしたことがある。それは、友人が請け負った仕事の手伝いであったのだが、大変にしびれた仕事となった。その建物の中に入る前は、

「こんな広い芝生の庭のついた別荘を持てるくらいの、金持ちになってみたいなあ」

 などのことを言って、友人とその建物のオーナー様を羨ましく思ったものである。

 しかし、いざ玄関の扉を開けてみると、私も友人も咄嗟に首にかけていたタオルで口元を塞いだのを覚えている。家の中は酷い湿気とカビの匂い、そして室内はネズミの糞まみれ状態だった。数分前迄は、こんな別荘を持てるくらいの金持ちになりたいなあ、と言っていた私と友人だったが、気が付けば、

「どれほどの数のネズミがこの天井裏に住みついているんだべ、たまったもんじゃねえな」

 と、いう会話に変っていた。そう言っているあいだにも上から糞が落ちてきた。 

 その別荘は外周りだけは近所の人が管理してあげていたようで、庭の芝生は見事に青々としていたが、建物の中は、体の具合が悪くなるほど酷い状態だった。


 それでも、その別荘の仕事が終えたあとに、私と友人はこのような学びを得ることが出来たのである。

『庭の芝生だけでは、家の中の状態は判断できないものだ、まして、家庭の状態などわからないものである』

 

 そして、その二日後・・・。

 また私の元に仕事の依頼がやってきた。同じ友人からである。今度の仕事は、築五十年ほどの小さな家に暮らす、地元のじいちゃんばあちゃんちの雨漏り修理工事だった。その家を訪ねてみると、狭い庭に沢山の花が咲いていた。

 そこのじいちゃんはホームセンターで売られている見切り品の花を買ってきては、適当な場所に植えている。だから花の統一性はなかったが、それでもストレスのないような花の咲き方に、見ているほうも安堵感を覚えたものである。

 そこのじいちゃんが見切り品の花を買い求めることには、安い、ということだけが理由ではなく、誰もが萎れかけた苗を見て、いくら安くたってこんなの駄目だ、と見向きもしない苗を買ってきては、自宅の庭に植えて見事に花を咲かせることが、じいちゃんの喜びなのだ。家の中にも鉢植えの花が沢山飾られていて、手塩にかけて世話をしている愛情が肌で感じられた。二日前の別荘掃除に比べたらまさに天国だった。

 そのじいちゃんばあちゃんちの仕事が終えたあとに、私と友人はまたこのような学びを得ることが出来たのである。

『天国とは、まず、地獄を見ないと気付かないものだ』

 

 昔の別荘掃除の仕事を思い浮かべ、私は、

(だけどな、本当の天国とは・・・天国だ、地獄だ、と考えることなく、普段からその真ん中に身を置ける状態のことをいうのかもしれないな)

 と、他人の家の青い芝生を見て落ち込んでいく彼女たちを想い、そのようなことを考えていた。

 すると、その時だった、私の家の電話のベルが鳴った。相手は、数時間前にラーメン屋で別れたけい子ちゃんだった。

 私が受話器を取ると開口一番、彼女はこう言った。

「行ちゃん、今から、行ちゃんのマイ棒を立ててくれない」

「マイ棒?」


 マイ棒って、俺の股間のこと? と、私は思ったが、

「八卦占いをして、ということよ」

 今の私の心情は簡単に見透かされてしまったのか、けい子ちゃんの口調は何とも冷ややかだった。

 

 けい子ちゃんは私の大切にしている八卦占いに欠かせない筮竹を、マイ棒、と勝手に呼んで、時にトボケたようなことを言う。だが、この彼女、人並み外れた変な能力を持っているのである。

 そんな彼女の相談ごととは・・・。

「七色の芝生」②へ続く。

 


奥付

 

七色の芝生

http://p.booklog.jp/book/52059


著者 : 日向光行
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/zerorun/profile


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