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lost wing~傷ついた愛の羽根~(Ⅰ)・・・《第1~11章》

⇒⇒http://p.booklog.jp/book/50676


Intoroduction

-登場人物紹介-


翼(24)
…本編の主人公。一見冷淡な性格で人付き合いが苦手だが、基本的に素直。ある事情で、自分自身を証明するためにホストへの道を歩み始める。元会社員。

羽月(19)
…もう一人の主人公。明るく元気で、誰とでも仲良くなれる。186センチの高い身長と金髪・京都訛りが特徴。ある人物との再開を目的で上京を決意。

愛菜(25)
…美と品性を兼ね備えたカリスマキャバクラ嬢。天馬とは独立前からの付き合いで、【Club Pegasus】の常連。翼とある人物の面影を重ねている。

天馬(27)
…カリスマ性溢れる【Club Pegasus】代表取締役社長。厳しいが従業員思いで、翼や羽月の成長を見守る。

翔悟(22)
…【Club Pegasus】のNo.1ホスト。容姿端麗で、何でも自分が一番でないと気が済まない性格。

光星(25)
…【Club Pegasus】No.2ホスト。黒い長髪が特徴。非常に攻撃的で傲慢な性格。後輩や新人に高圧的。

由宇(20)
…【Club Pegasus】No.3ホスト。明るい短髪が特徴。冷静で非常にドライな性格。

佐伯(28)
…【Club Pegasus】の店長。翼たち新人ホストを厳しく指導する。

 

美空(19)

…母親とともに小料理屋で働く心優しい少女。とあることが原因で声が出ない。


梨麻(22)
…【Club Pegasus】の新規の客。服装は派手だが、性格はおとなしめ。風俗で働く。


12-1


翼と羽月の二人が入店してから三ヶ月余り-


暦は四月・季節はすっかり春となり、【Club Pegasus】も新人が次々と入るなどして、また新たな盛り上がりを見せていた。
翼・羽月の両方とも、ホストとして板についてきたのか確実な成長を遂げ、見た目も以前とは全く違うくらいのオーラのある雰囲気を漂わせていた。
そんな中、無事に当月の締日営業を終え、店ではミーティングによるランキングの発表の時となっていた。

翼達ホストは、息を呑むように緊張感を抱きながら、静寂するその場に留まっていた。


「それじゃあ、上位5人の発表をしていく!」
天馬の言葉に、ホスト全員が耳を澄ます。
「No.1……翔悟!」
その瞬間、「おぉ~!」という大きなざわめきとともに多大な拍手が巻き起こった。
「翔悟、今回もよくやったな」
天馬がそう言うと、翔悟はフッと笑いながら無言で頭を下げる。
「さっすが翔悟さんだよな…!」
「あぁ…今うちの店であの人に勝てるのなんていねぇよ」
ホスト達がそう囁く中、ナンバー発表は次に差し掛かっていた。
天馬は再び口を開く。

「続いてNo.2……由宇!」
「おぉ~由宇さん!」
No.2として名前を発表されたのは、普段なら確実に入っているであろう光星ではなく、由宇の方だった。
「なっ…!?」
本人が最も意外だったのか、光星は眉間にシワを寄せながら絶句する。
「由宇、頑張ったな!」
「ありがとうございます、社長」
自分を褒める天馬に対し、由宇は深く頭を下げる。

「続いてNo.3……光星!」
続けて名前を挙げられたのは光星だった。
今までNo.2として君臨してきた彼の今の表情は、明らかに不満に充ちたものだった。
しかし、その場で何かを言うことはせず、にわか嬉しそうする由宇に横目で視線を送っていた。
天馬は発表を続けた。

「よし、続いてNo.4は……」
天馬は成績表に目をやると、口元をニヤリと動かしその該当するホストに視線を注いだ。

『一体誰が??』
誰もがそう思う中、考える時間もないうちに、そのホストの名前が彼の口から発表された。


「お前だ……翼!」
周囲が一瞬のうちに沈黙した。

『ありえない』

そこにいるほとんどの人間がそう思った。
あの翼が、仕事もできず失態を繰り返していたあの翼が、と。
しかし、現に翼は愛菜を最初の指名客とした二ヶ月前から、少しずつではあるが確実に指名客を増やしていき、売上を上げていっていた。
今や十人を軽く超える指名を持っている彼のことを、誰もが認めざるを得ない現実であったが、何より翼自身驚きつつも心のどこかで今回の営業に手応えを感じていた。

翼は立ち上がると、ボーナス袋を手に持って待つ天馬のところにゆっくりと歩いていった。
「翼、よくやったな!」
天馬は、まるで我が子を誇らしく褒めたたえるように翼に囁いた。

「ありがとうございます」
翼は天馬からボーナス袋を受け取ると、深く頭を下げる。
その手にあるボーナス袋をクシャッと握る彼の手は、僅かに震えていた。
「これからもがんばれよ」
「はい」
力強い天馬の眼差しをその瞳で受け取ると、翼はすぐに座っていた席に戻っていく。

「翼、おめでとう!」
翼の隣に座る一人のホストが、彼に声をかけた。
「えっ?」
突然のことに、翼はキョトンとする。
「翼、お前すげぇな!まさかトップ5の仲間入りをするなんてさ!」
「翼さん、やりましたね!」
「4位をまさかお前がなぁ……」
周りにいるホスト達が、次々と翼に祝いがてらの言葉をかけていく。

「あ、いや……。ありがとう」
翼は冷静に振る舞いながらも、彼らに礼を返した。
しかし、心の中で今まで感じたことのない高揚感が満ち始めていた。

「次!No.5……羽月お前だ!!」
翼の次のランクに名前を挙げられたのは、羽月だった。
「うぉっ」と驚きの声を上げながら立ち上がると、そそくさと天馬のもとへと駆け寄った。

「羽月、走らなくてもいいぞ」
天馬が笑いながら羽月をたしなめる。
「あぁっ、すんません!」
「相変わらず元気だなお前は。とにかく初のトップ5入りおめでとう!!」
「あ、おおきに……ありがとうございます社長!」
ボーナス袋を受け取った羽月は、深々と3回も頭を下げた。



「よしっお疲れぃ!!」
「お疲れッス!!」
天馬の声に、ホスト全員が元気に応える。

「みんな今回はよく頑張った!この数ヶ月で、店はどんどん盛り上がってるし、みんなの力もさらに上がってきた!来月はさらにもっともり立てていってくれ!俺からは以上だ!!」
「ハイッ!!」
「じゃあ解散っ!」
「お疲れ様っしたぁ!!」

挨拶も早々に、【Club Pegasus】の面々は、その月の締日をそれをもって無事に終えていった。

「さてと……」
翼は疲れた体を鞭打って起こすように立ち上がると、直ぐさまエントランスの方へと歩いていった。

「翼くんっ!」
羽月が翼のもとに笑顔で駆け寄ってきた。
「翼くん、お疲れ様ぁ!あとお互いに、おめでとうやなぁ!」
「あぁ、おめでとう」
「なぁ、早速これから楓さんとこに飲みに行くんやろ?」
「あぁ、よくわかったな?」
「だって先月の締日の後も行ったやん!なぁ、今日も二人で打ち上げしようや」
「あぁ、そうだな」
「もう!翼くん何でそんなテンションやねん!」
相変わらずテンションの合わない会話をしつつも、翼と羽月はこの後の行動を共にすることにした。

「よっしゃ行こう!」
二人がエントランスのエレベーターに向かおうとすると、その前に突然のように険しい形相で睨み付けてくる光星が立ちはだかった。
彼の背後には取り巻きのようなホストが二人ほどついて、同じように翼を睨んでいる。
翼はそんな表情の彼を無言で見つめる。

「何です、光星さん?」
翼がポツリとそう言うと、光星はキッと噛み締めた歯を剥き出しにした。
隣にいる羽月は、オロオロしながら二人を交互に見回す。

「ケッ、行くぞ」
光星はそう吐き捨てると、自分の背後にいる二人を連れてエレベーターの中に入っていった。

「翼くん……」
「ん?」
「何や光星さんめっちゃ機嫌悪かったなぁ。俺、また何かあるかってドキドキしたわぁ」
「大丈夫だろう。いくらあの人だってさ」
「……そうかな」
「行こう、気にしてたってしょうがないさ」
【Pegasus】の中で一際気性の激しい光星のさっきのあの行動が内心気になりつつも、翼は気に止めまいと羽月に振る舞った。

「さ、行こう」
「そやな。じゃあ早く楓さんとこ行こう!」
二人は、先程のことを忘れんとせんばかりにエレベーターに乗り込んでいった。


「よっ、お疲れ様っ!」
翼と羽月の二人がエレベーターをおりると、ビルの前に立っていた一人の女性が声をかけてきた。
「愛菜」
「愛菜さんっ!」
二人の前に現れたのは、愛菜だった。
ピンクのスプリングコートにデニムのミニスカート・白いブーツを身に纏った彼女は、いつもの大人っぽい雰囲気とはまた違うかわいらしさを煌めくように放っていた。

「どうしたんだい?愛菜」
翼がそう言うと、愛菜はニッコリしながら答えた。
「どうしたんだはないでしょう?トップ5に入ったんでしょ、翼。天馬に聞いたわ、よくやったわね!それに羽月くんも!」
嬉しそうな愛菜の笑顔に、羽月は照れを見せる。

「いや~光栄やなぁ、愛菜さんにほめてもらえるなんて!」
「フフッ☆あれ?翼は嬉しくないのぉ?」
「えっ?いや、嬉しいよ」
「そうかしら?何か浮かない顔してるわね」
「あ……いや、そんなことは無いんだ。ただ、まだ実感がなくてさ」
嬉しそうに照れる羽月をよそに、翼は実感のないせいかその嬉しさをうまく出せずにいた。

「そうゆうところ、翼らしいって言えばらしいわね。あ、ちょっと聞きたかったんだけど、これから空いてる?ちょっとお祝いしてあげようと思ってさ」
「えっ?」
「アフター、そういえば私一度も翼にしてもらったことないんだけどなぁ」
どことなく甘えるような愛菜の言葉に、翼は口ごもりながら羽月の顔を見た。

「あっ、翼くん、俺とのことなら今日はえぇよ。また後の日でもえぇし、今日は愛菜さんについたってや」
「だ、だけど」
「えぇって翼くん、お客様は大切にせなあかんでぇ!」
明るく話す羽月を見て、愛菜は首を傾げた。

「翼、もしかしてこれから二人で予定してたの?」

「あ……いや、まぁ-」
「えぇて、愛菜さん今日は翼くんを祝ったって下さい!」
翼と羽月の言葉に、愛菜は口をつぐんだ。
すると、すぐに口を開く。
「ねぇ、よかったらこの後のあなたたちに私も付き合ってもいい?」
「えっ?」
「別に二人の飲みの邪魔はしないし、あなたたちがここ最近よく行ってるって行きつけのお店、私も行ってみたいのよ。ダメ?」
そう話す愛菜に、翼と羽月は一瞬顔を見合わせた。

「俺はいいけど、どうなんだ?」
翼が羽月に問い掛けると、羽月は笑顔で首を縦に振った。
「俺はえぇよ!愛菜さん、じゃあ一緒に打ち上げしょ!」
「そっか。じゃあ、愛菜も一緒においでよ」
二人の言葉で、愛菜は嬉しそうに微笑んだ。

「やったぁ!一度男の子が行くようなところに行ってみたかったんだぁ!」
愛菜は、まるで外食を嬉しがる子供のように手をパチンと打ち鳴らした。
そんな彼女を見てか、翼もどこか仕方ないなとばかりに軽くため息をつく。
そして、「いつまでも子供なんだから」とばかりに、翼たち三人は、ワイワイと歩きながら小料理屋"楓"に向かうことにした。
 



歩いて5分後-

「へぇ~ここなんだぁ。小さいけど綺麗なお店ね!」
愛菜は"楓"の桧をベースにした小綺麗な外観に関心を示していた。

「キャン、キャン」
翼と羽月に気付いてか、店の前で首輪を鎖に繋がれている一匹の柴犬が、彼らを迎えるように尻尾を振っていた。
「おっ、チョコ元気そうやな!」
羽月は腰を下ろし、チョコと言う名前のその犬の頭を幾度となく撫でた。
「へぇ~、チョコちゃんて言うんだ、すっごい可愛いわね!」
愛菜も羽月に続くように、チョコの頭を優しく摩るように撫でる。
そんな初めて見るようなあどけない笑顔でチョコに接する愛菜の横顔に、羽月はどこか高鳴るようなものを覚えていた。

すると、店のドアがガラガラと開き、これから帰る客らしき男女が二人出てくる。
その二人の後ろから、女将である楓が見送りに現れ「ありがとうございました」と挨拶がてら頭を下げる。
それと同時に、楓は翼たちの存在にも気付いていた。

「あら翼さんたち、こんばんは」
楓の優しい口調が、翼たちを温かく迎える。
「こんばんは。楓さん、今大丈夫ですか?」
翼が問い掛けると、楓は快く頷く。
「えぇ、ちょうど今落ち着いたところだから大丈夫ですよ。あら、今日はお連れさまもご一緒?」
「えぇ、今日は三名でお願いします」
楓は、翼のやや斜め後ろに立っていた愛菜に目をやると、ニッコリ微笑んだ。

「とてもお綺麗な方ね!さっ、春でも夜は冷えますから中の方へどうぞっ」
楓は気さくな口調で、翼たちを店内へと招き入れた。

三人は店に入ると、カウンターの奥から羽月・愛菜・翼の順に腰をおろす。
「へぇ~!中も落ち着いてていいわね。あなたたち、こんないいところでいつも食事してたのね」
「いや、別にいつもってわけじゃないけど」
たしなめるような愛菜に対し、翼はどこかごまかすように答える。
「まぁ翼くん、そんな照れんでもえぇやん♪」
三人が話していると、カウンターごしの美空が静かに手に持ったおしぼりを差し出す。

「こんばんは、美空さん」
「こんばんは美空ちゃん!」
翼と羽月がそう言うと、美空は笑顔で頭を下げる。
その際におしぼりを受け取った愛菜も、微笑みながらもどこか不思議そうに彼女を見つめた。

12-2

 
「みなさん、何を飲まれます?」
楓がそう言うと、翼と羽月はビール・愛菜はライムサワーと、それぞれのオーダーを答えた。

「今日はおいしい鰆が入っていますよ」
「じゃあ、それで!後はママさんのオススメでお願いしますでぇ!」
一通りの注文を終えると、翼たちはそれぞれジョッキやグラスを手に持った。

「じゃあ、翼と羽月くんの今日の成長とこれからの飛躍を願って……」
愛菜に促されるように、三人は「カンパイッ」と声を揃えた。

「あー!今日は生きてきた中で一番うまいわぁ!」
羽月はカウンター上にジョッキをドンと置きながら、何かを吐き出すように声を漏らした。

「フフッ」
愛菜はクスッと笑った。
「えっ、何ですか愛菜さん?」
「羽月くん…あなたホントにおもしろい子ねぇ。翼もちょっとは見習えばいいのに」
そう言いながら、愛菜は自分の右隣にいる翼を横目で見る。
「……すいませんねぇ」
「フフッ、冗談よ!翼は翼だもんね。でも、あなたたちよくここには来てるのよね?」
「まぁ、よくってほどではないけど…週一くらいで来てるかな?」
するとそこに、美空が小鉢に入ったお通しを持ってきた。
そして気付いた翼に対し、手話を軽くしてみせる。

「……。そっか、これ美空さんが」
翼は美空の手話に言葉で返答する。
その光景を、彼の隣にいる愛菜が不思議そうに見ていた。
「……そっか、じゃあいただきます」
翼はお通しの小鉢の中に整えられた竹ノ子の煮付けをパクリと口に移した。
ゴリゴリと小さな音を口の中で鳴らしながら、彼は無言で二度首を縦に振る。

「美味しいよっ」
翼は笑いながらそう言うと、美空は顔を赤らめながらニコリとほほ笑む。


「ねぇ翼、彼女もしかして……?」
美空の手話のことに半ば気付いていた愛菜が唐突に尋ねると、翼は一旦無言で頷いた後に静かに答えた。
「彼女……美空さんは声が出せないんだ」
「そう……」
愛菜はあらためて美空の横顔を見つめた。
すると、小鉢の煮物を一口パクリと口に運ぶ。
左手を当てながらゆっくり、ゆっくりと口に噛みほぐすと、愛菜は美空に話し掛ける。

「これ、とっても美味しいです」
突然の愛菜の言葉に、美空は目をパチクリさせつつも笑顔で軽く頭を下げた。
「いつも二人でいらっしゃる翼さんたちが、こんな綺麗な人を連れてくるなんて。どうぞゆっくりなさっていって下さいね」
楓は落ち着きのある口調で翼たちに言った。

「はいっ♪ここいいお店ね、翼」
愛菜は嬉しそうに言った。
「さぁ、明日は休みやし、今日は飲むでぇ~!」
はしゃぎながら声を上げる羽月のその一言を皮ぎりに、翼たち三人の打ち上げで盛り上がる夜は更けていった。

ただその最中、愛菜を隣に楽しげに食事をする翼のことを、美空はどこか切なそうに見ていた。



3時間後-

「あぁもう、羽月くん調子に乗って飲み過ぎよっ!」
「う~……」
愛菜に注意されながら、羽月は"楓"の外で座り込んでいた。
「羽月さん、大丈夫かしら」
楓と美空が心配そうにその光景を見つめる。
すると、美空が翼の肩をトントンと軽く叩き、手話の手ぶりををしてみせる。

『羽月サン、大丈夫カナ』
翼はそれを読み取ると、大丈夫と言わんばかりにゆっくりと頷いた。
「じゃあ、僕ら帰ります。楓さん美空さん、ごちそうさまでした」
翼はふらつく羽月に肩を貸しながら、楓と美空に軽く頭を下げた。

「ありがとうございましたぁ。羽月さん、帰ったらゆっくりなさってね」
「はぁ~いおおきに~……」
「愛菜さんも、またいらして下さいね」
「はい。とても美味しかったです、ごちそうさまでした!あっ美空ちゃん、竹の子の煮物、すっごく美味しかったよ!また作ってね」
愛菜のその言葉に、美空は手話で『アリガトウゴザイマシタ』と言って、ペコリと頭を下げる。
そうやって別れの挨拶を交わしながら、翼たちは"楓"を後にした。


「すぐにタクシー乗せた方がいいわね……。羽月くん、一人で帰れる?大丈夫?」
「う~……。あ、はい……俺は大丈夫やでぇ……ちゃんとタクッて帰るさかい……」
そばで心配する愛菜の顔を直視できないものの、羽月はふらふらとしながら、その細長い身体を引きずるように歩いた。

「大丈夫か?今タクシー止めるからな」
「あぁ……ありがとう翼くん……。もう靖国通りやし、俺はもうここで大丈夫やから……愛菜さんを送ったって……」
今にも崩れそうな羽月をよそに、翼の挙げた左手を目印に一台のタクシーが止まり、後部座席のドアを開ける。

「さっ、早く帰って休めよ」
「羽月くん、じゃあね」
「おおきに、翼くん愛菜さん……お疲れさまぁ……」
いつもの元気な面影が全く見えないような羽月を乗せたタクシーは、ドアをバタンと閉め、少しずつ翼たちのもとから離れていった。

「大丈夫かしら、あの子」
「大丈夫だよ、元気があいつの取り柄だし」
「フフッ、それもそうね。さて、私たちも行きましょ」
翼と愛菜はクスッと笑い合った。


「ん?」
翼はいつの間にか自分の足元に落ちている、一枚の古い写真の存在に気が付いた。



『これ、あいつのかな?』



それをひょいと拾いあげると、翼はそれに目をやる。
そこには、小学生くらいの少女とさらにいくつか小さい男の子の二人が笑顔で手を繋いで写っていた。

写真の後ろには、

  "茜(アカネ)10歳"
  "直人(ナオト)5歳"

とサインペンによる直筆で書かれていた。



『あいつ……何でこんなものを』



翼がそう考え込んでいると、愛菜が彼の背中を指で突いた。

「おっ」
「ちょっと翼、どうしたのぼんやりしちゃって」
翼はその写真をサッとジャケットのポケットに隠した。
「あ……いや、ちょっと俺も酔ったかな」
「そうなの~?大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ」
翼は、これが羽月の写真だとしたら彼にとって必要以上に見られたくないものだろうと考えてか、そのことがバレないようにと愛菜に対してはさりげなく振る舞った。

「じゃあ、私も帰るね」
「あぁ、今日はわざわざありがとう」
「うん、次は光星の奴も抜いちゃおうね。……それとさ」
「なに?」
「……今日みたいな家庭的なお料理、久々だったから何か嬉しかった。また連れてってね」
「あぁ」
その時、翼は愛菜の表情に悲しげな影がフッと浮かんだのを感じた。

「愛菜?」
「じゃあ、またね翼!」
愛菜は止まっていたタクシーにそそくさと乗り込むと、社内から翼に軽く手を振ってその場から去っていった。



『どうしたんだろう、愛菜』



翼はそう思いながら、自らの帰路へとつくことにした。





翌日-

昼に起きた翼は、自宅にて例の写真をその手に取って見ていた。
「どこと無く面影があるよな……。まぁとにかく、店で会ったら渡そうっと」
そう呟いていたその時、部屋のインターフォンが鳴り響いた。

「誰だろう?」
翼はインターフォン用の受話器を取った。
「はい」
すると相手は受話器の向こうからこう囁いた。

「一也……俺だ、圭介だ」
翼の表情は一瞬にして強張った。
「……兄さん」
「一也、突然ですまないんだが、母さんのことでとても大切な話があるんだ。ちょっとここを開けてくれないか。頼む」


翼(=一也)の兄・浅川圭介の突然の訪問だった。





                                                  第13章へ

13-1


【Pegasus】の締日営業が明けた日曜日-

その昼下がり、翼は実の兄・圭介が運転する自動車の助手席へと腰をおろしていた。
久しい再会にも関わらず、兄弟同士何も会話をすることもないまま、深い沈黙とともに時間は一刻一刻と流れる。
しかし、彼らの実家のある横浜との距離は確実にそれとともに縮まっていく。
それに比例するように、翼はその瞳の形を少しずつ…少しずつ無意識の内に変えていた。





1時間前-

自らの部屋のドア一枚の向こうにいる兄・圭介に対し、翼は僅かながらの躊躇を感じていた。
"あの事件"の当事者ではないとはいえ、兄はきっと浅川家から何かを言いつかってきた……彼は確信したようにそう直感していた。
何にしても、応答してしまった以上、そのまま居留守で帰ってくれまいと悟った翼は、二人を隔てているそのドアの手摺りにそっ手を近づける。

『ガチャリ』と音をたてたドアは呆気なく開き、久しい兄弟の対面へと導いた。


「一也……」
会社員らしきグレーのストライプのスーツ姿の圭介は、扉の奥に姿を現した弟の姿を見ては、そのまま絶句した。
久しく見ないうちに、以前の面影が無いほど変貌してしまったことに、大きいショックを受けていた。

所々ハネて盛られた茶色い髪の毛も然り、
左耳につけられた銀色に輝くピアスも然り、
しかし、それ以上に以前の優しい表情が垣間見れない程の瞳に宿る闇が、圭介自身が知っている"一也"でないことを物語っていた。
そんな弟を見てか、圭介はしばらく開いた口を塞げずにいた。

しかし、翼は至って冷静に兄に対峙していた。
「兄さん、
いきなり何しに来たんだ」
翼のその一言で、圭介は我に返ったのか改めるように口を開いた。

「一也……連絡も一切無しに、一体今までどうしていたんだ!みんな心配していたんだぞ!」
圭介は声を大きくして言いたい気持ちを堪えながら、翼に言い放った。
しかし、その言葉も虚しく、彼には届いてはなく。

「兄さんさぁ、そんなことを言うために、わざわざここに来たの?」
「質問に答えろ一也!今までどうしてたんだ……その髪の毛は何だ!?」
「それを答えて欲しいなら、まずはこっちの質問に答えろよ」
「なに?」
翼は一度深いため息をつくと、再び口を開き始めた。

「ここに何しに来たんだ?親父のくだらないパシリかい?」
「……!さっきも言ったように、母さんのことで話があるんだ」
「……あの女の?一体何なんだ、用件ならメールで一本送ればいいじゃないか」
言い捨てるような翼の一言一言に対し、圭介は自分の中に溜まる何かを必死で抑えながら答える。

「一也、ここ数ヶ月、今まで家からお前宛に封筒が送られたきたはずだ」
「封筒?」
すると翼は、今いるドアもとから部屋の中のある一部分を振り返ってみる。

「あぁ、あれのこと?」
そっけなく答える翼が指差す先には、何十枚という数の封筒が山積みになっていた。
「あれがどうかしたのかよ?」
「ちょっとどけっ!」
圭介は翼を押しのけるように部屋の中へと入っていった。
「おい!何勝手に土足で上がってんだ!」
怒鳴る翼をよそに、圭介は床に棄てられたように重なった封筒をじっと見下ろした。
そうしている彼の拳は、今にも飛び出しそうな衝動を抑えるかのようにプルプルと震えていた。

「一也……」
「何だよ」
「お前……この封筒、封を開けてないところを見ると一切見てないのか?」
歯を噛み締めながら呟く圭介に対し、翼は冷静に答えた。
「見ての通りさ。あの女の書いたものを一々俺が見る必要がどこにあるんだ?しつこすぎて捨てるのも忘れてたさ」
それを聞いた圭介は、目をカッと開きながら翼の襟元につかみ掛かった。

「ぐっ!」
つかまれたと同時に壁にたたき付けられた翼は、一瞬にして苦悶の表情を示す。
「何するんだっ!!」
「何じゃない」
「えぇ!?」
「お前、こんな時にこんな頭して何やってんだ!!」
「こんな時?何のことだ!!」
翼は怒る圭介の言葉にわけもわからず、彼を突き飛ばした。

「ハァ……ハァ……。兄さん、俺が何であんなもんを見る必要があるんだ。あんな女からのものなんか見れるか!!」
怒鳴り散らす翼に対し、圭介はただギロリと睨み付けた。

「何なんだよ一体。ただ喧嘩したいだけなら、ここから出ていけよ!!」
「一也!!」
圭介は振り絞るように、声を上げると、一旦冷静さを取り戻すように話を続けた。

「よく聞け、母さんはな……」










高速道路を走る車内は、着々と横浜へと近づいていた。
その間、翼と圭介は何も言葉を口にすることはなく、ただ、エンジンの静かな音だけが二人の間を支配していた。

「一也」
運転席でハンドルを圭介が、重い口を開いた。
「お前の気持ちもわからなくはないが…わかってるよな?」
「……」
「俺がさっき部屋で話した通り、母さんはあれからずっとお前のことで苦しんだんだ」
「……」
翼は何も答えなかった。
ただ、早々と通り過ぎて切り替わっていく車内からの光景を、じっと見つめていた。
圭介もそれ以上は何も言わず、フロントガラスごしに映る景色を追いかけ追い越していった。





数十分後-

自動車を降りた二人は、横浜某区にある豪邸のような大きな建物の前に対面していた。
それと同時に、翼の中には言いようのない感情が噴火寸前のマグマのように込み上げていた。
それを必死でこらえながらも目の前にある建物を睨みつける彼の横顔を、兄である圭介は心配で仕方なかった。

すると、開いたエントランスから一人の長い栗色の髪を後ろで束ねた女性が翼達のもとに近づいてきた。

「おかえりなさい。……一也さん、お久しぶりです」
女性は、翼の容姿に一旦目を丸くしていたものの、すぐに平静になり彼に話しかけた。

「……どうも、和美(カズミ)さん。さっき兄から聞きました。今は兄とここに住んでいるんですね」
「えぇ。一也さん、あなた、お父様たちがお待ちよ」

和美と呼ばれた女性はそう言うと、一也に「どうぞ」と言わんばかりにエントランスのドアをスッと支えた。
「……」
翼は躊躇していた。
一歩一歩、中に近づくたびに、あの時の記憶が徐々に鮮明になって甦っていくのを感じていた。


ふがいない自分、

情けない自分、

自らの存在意義すら否定されたような自分、

様々な思いが、彼の心の中を独り歩きしていた。


「一也、入れ」
圭介が後ろからふと翼の背中を押す。
家の中にとうとう足を踏み入れた彼の鼻に、どこか嗅ぎ慣れた匂いが漂う。
見慣れた光景が視界に広がる。
苦しく、懐かしく、そして何か切なく腹立たしいものが一気に混じり合っていく。

「一也、何をぼーっと突っ立ってるんだ。お前の実家なんだ、早く上がれ」
圭介は家の中に上がることをためらっている翼に促していく。

「さっきも話しただろう。とにかく、上がってくれ……なっ?」
「……」
すると翼は、履いていたブーツをゆっくりと片方ずつ脱ぎ、家の床へと足を乗せていく。

「お父様たちは、リビングで待っているわ。さぁ、どうぞ……」
和美に導かれるまま、翼はリビングへと一歩一歩と何かを噛み締めるように足を運んだ。


リビングのドアは開けられた。


奥のソファに腰をおろす父とニットキャップを頭に被る母が、ドアのそばに立つ翼の姿を捉える。

「一也!」
母はその瞳に涙を浮かべ、翼のもとへとよろけながら駆け寄った。
「一也……一也……」
母が翼の腕に触れようとしたその時だった。

「気安く呼ぶな、触るな」
どこから出しているのか不思議なくらい重く低い声が、翼の口から溢れ出る。
その際、母の頭を覆う灰色のニットキャップが逸らそうとする彼の視線を引き付けた。

「……」
翼は目の前にいる母に目を合わせようとしなかった。

ただ、異常なまでの拒否反応が彼から出ているのが、その場にいる全員が確信していた。


「一也……それに母さんも、とにかく座りなさい」
どこか肩を落としたような父が、力無い口調で言った。
翼は「フン」と鼻を鳴らすも、父に向かい合うように渋々とソファに腰掛けることにした。
それに次いで、圭介も彼の横に腰をおろす。



しんと静まり返った空間が5分ほど過ぎると、それを破るように父が口を開いた。

「一也」
「何だよ」
翼が目を合わさず聞き返すと、父は徐々に表情を強張らせた。
「お前……あれから電話もろくに出ずに何をしていたんだ」
「兄さんと同じ質問か」
「質問に答えろ、一也。何をしていた?」
「見ての通り、さ。新宿で働いてる」
翼はそう言って、セットされた自らの茶色い髪の毛を右手の指先で揺らした。
その指には、以前は全くすることのなかったリングが銀色の輝きを放つ。
それを横目で見ては顔をしかめる圭介の表情を見てか、父は次男である彼の現状を察し始めていた。

「新宿……。まさかお前」
「そっ、ホストやってんの」


『ホスト』


母と、たまたまその時飲み物を運んでいた和美は、その名前を聞いて目を大きく見開いた。


「ホスト、ホストだと?」
「あぁ」
淡々と返事をする翼に対し、父は一気に表情の激しさを変え、テーブルに両手を勢いよく振り下ろした。
『ドン』という強い衝撃音に、翼以外の全員がビクリと反応する。

「一也……!KKさんの会社であんな事件を起こし、連絡も無しに何をやっていたかと思えば……ホストだと!?」
「悪いのか?」
「悪い?悪いかだと!?貴様、そんな女をたぶらかして金儲けをする仕事をしていたのか!!えぇ!?」
「あぁ。あんたらがやってるめんどい仕事なんかより、楽しく金も稼げるんでね」
「何だと!?お前、自分が何をふざけたことを言っているのかわかってるのか!?」
父は翼を睨みつけた。
しかし、当の彼はさらに恐ろしい眼光を父に向けた。

「ふざけたことだと?ふざけてんのはどっちだ!!」
「一也、落ち着け!」
口調を荒げた翼を、横にいる圭介が諌める。
しかし、すっかり以前の優しい面影の無い弟の表情に、兄である彼は僅かな恐怖すら抱き始めていた。

そして睨み合う翼と父の会話は続いていった。


「あの時……あんたらが俺に……いや、俺達にしたことを俺は絶対に忘れない」
「紗恵さんのことか」
「それ以外に何があるって言うんだ?糞ジジイ」
翼の口調はさらに鋭さを増し、次に父の横で押し黙っている母にその標的を向けた。

「おい、ちゃんと聞いてるのか?」
母はビクッとしながら、自分を鋭く睨む翼に視線を合わす。
「あんたも、よくもメチャクチャにしてくれたよな」
「一也……お母さんね……その……ごめんなさい……」
「白々しく母親面するな。今更謝っても遅いんだよ」
「ごめんね一也……ごめんなさい、ごめんなさい……」

母は、ポロポロと涙を流しながら何度も、何度も謝った。
息子に対する自分自身の過剰な行為で起こしてしまった"あの時"のあの過ちを悔い改めてきたのか、当時のような過熱した雰囲気は全くと言っていいほど影を潜めていた。
しかし、翼がそれを許しているはずはなく-。

「ごめんなさいで事が済めば」
「えっ?」
「警察なんかはいらないんだよ!!」
この日最も張り上げた彼の怒声が、浅川家の中を重く包み込んだ。

「一也、母さんに何てことを!!」
「あんたは黙ってろ」
割り込んできた父を制すると、翼はそのどす黒く鋭い眼光をその場の全員に向けた。

「わかるか?俺があの夜から、どんな惨めな思いで生きてきたか。どんなに引き裂かれるような辛さを味わったか……」
「……」


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