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17-2

 
「茜!早く洗濯と掃除も済ましなさいよ!」
「は、はい……わかりました!」

罵倒ともとれるような叔母たちの茜に対する扱いは、日を経つごとにエスカレートしていった。
必要以上に早朝に起床させ、学校以外の時間は家事などをすべてさせられ、気に入らなければやり直しまでさせられる。
叔父・叔母・そこの大学生の長男の分の家事をこなしながらの慣れない環境での労働生活は、まだ15歳の彼女にとってしのぎを削るものだった。

高校受験を控える中学三年生として勉強もしなければならないところだが、もちろんそんな暇なども与えてくれるわけもなく-。



そしてその年の12月-

街はクリスマス雰囲気で彩られていく中でも、茜の生活は良くなっていくわけがなかった。

「ちょっと茜ちゃん!ちゃんとトイレは綺麗に使ってよね!こびりついてるじゃないか!」
長男が茜に言い寄ってきた。
「えっ?私知りません」
茜が言い返すと、長男はキッと顔を引き攣らせる。

「お母さーん!茜ちゃんが便器汚したくせにちゃんと掃除しないんだよ~」
「ちょっ……」
茜が言い止めようとすると、叔母はすぐにその場にやってきた。

「何よ茜、トイレ汚してたくせにちゃんと洗わないってどうゆうこと?」
「叔母さん聞いて下さい、それは私じゃなく-」
「言い訳をするなっ!!」
叔母は茜に怒鳴り付ける。

「ウチの子が嘘をついてると言うの?!居候のくせに生意気に口答えするんじゃないよっ!」
「まったく、星羽会の人はこれだから困るね……母さん」
「ホントよ。星羽会の人間を家に置いとくだけでハラハラなのに……。それにしても身体だけはいっちょ前に成長してんのねぇ~役立たずのくせに」

茜は言いたい放題言われても、唇を噛みながらずっと堪えた。
言い返したい気持ちはあっても言い返せない歯痒さが、強く噛んだ唇から一滴の血を垂らさせていた。



『いつかまた弟に逢うため-』



それだけを胸に、弱冠15歳の茜は涙を飲んで耐え忍ぶことを続けた。









そして時は流れ、12月24日のクリスマス・イブのことだった。

「ただいま」

午後4時半…中学校から帰った茜は、家の中がいつもと雰囲気が違うことを察していた。



『なに……この臭い』



玄関まで漂うアルコール臭が、それに慣れていない茜の嗅覚を襲っていた。
ただ事ではないと感じ取った彼女は、直ぐさまリビングルームへと足を運んだ。

「えっ?」


そこには、仕事でその時間に家にいるはずのない会社員である叔父が、ネクタイを緩めたスーツ姿のまま、だらけるように座っていた。
彼の手にはロックグラスがあり、周りにはウイスキーや焼酎のボトルが散乱していた。
やってきた茜の存在に気付いたのか、酔って頬を赤らめていた叔父はギョロリとその視線を彼女に向けた。

「なんだぁ……茜、いつ帰った」
「叔父さん、こんな時間に何してるんですか……!?」
「何だっていいだろうがぁっ!!」
叔父は怒鳴り付けながら、今にも割れそうな勢いでロックグラスをテーブルにたたき付ける。
茜は「ヒッ」と言いながら目を閉じる。

「おい茜ぇ……」
「は、はい」
「つまみ作れぇ」
「あ、わかりました。じゃあ、鞄を部屋に置いてきたらすぐに戻って作ります」
茜は緊張した面持ちでそう言うと、自分の部屋へとそそくさと歩いていった。


「ふぅ……。叔父さん、どうしたんだろう……」
部屋の机に鞄を置いてそう呟いていたその時だった。

突然彼女がいる部屋のドアが、勢いよく「バン」と開いた。
「えっ!?」
茜が振り返ると、そこにはリビングにいるはずの叔父が立ちすくんでいた。
同時に、アルコールの臭いが部屋へと充満していく。

「お、叔父さん……?」
「……トラ」
「えっ……??」
「リストラされちゃったんだよーん!!ギャハハハハ!!」
すでに自暴自棄状態の叔父は、強引に物を振り回すように声を上げた。

「リストラ??」
「そう、クビだよクビ!会社クビになっちゃったよ~♪」
空回りな明るさが、目の前にいる茜には不気味にしか感じられなかった。

「叔父さん……」
すると、叔父はピタリと止まり、目の前にいる制服姿の茜を下から上まで舐めるように凝視する。
そして恐ろしいほどに目付きを鋭く変え、茜に歩み寄った。

「おっ、叔父さん!?」
「おい茜っ!何だこの短いスカートは!!」
叔父は茜のスカートを右手でギュッとわしづかみにし、そこから見える脚を見つめた。

「キャッ!叔父さん、何をっ!」
「中学生のくせにこんないやらしい身体に育ちやがって」
「イヤッ!やめて!!」
茜の制止も効かず、叔父はそのまま彼女を部屋のベッドへと押し倒した。
紺色のスカートが捲くれ、細くて白い脚があらわになる。
それを叔父はハイエナのような目付きで眺めては、酒雑じりの吐息を茜に吹きかける。

「うっ……!」
むせ返りそうな臭いが、茜の顔を背けさせる。
そんな彼女を見て、叔父はニンマリと不気味に微笑み始めた。

「よく見ればいい女だなぁ……お前の母親そっくりだ……」
叔父は舌なめずりをすると、異常なほどの強い力で茜の白いブラウスに手をかける。

「イヤァアァ!!」
裂けるような茜の悲鳴とともに、彼女の白いブラウスはビリビリと音をたてて破れていった。
そのすき間から、白いブラジャーに覆われた透き通る白い肌が姿を見せる。

「うまそうな身体だ」
「やめて!!やめて叔父さん!!イヤァ!!」
「黙れ!!!」
叔父はそう言って茜の頬を「バシッ」と叩く。

「キャアアアァ!!」
「大人しくしろ!」
叔父は、泣きながら暴れようとする茜のブラジャーを強引に剥ぎ取った。
プルンと膨らみつつも幼さを残す乳房が叔父の視界の中に現れると、彼の理性を壊すのに、そう時間は要らなかった。




もう止まらなかった。











肉食動物に食い散らかされた小動物のように、










茜は、あまりの恐怖で無抵抗なまま華奢なその身体を、多量な唾液を浴びながらむさぼりつくされ、











初めての『男』を無理矢理に刻まれた証として、










ベッドの白いシーツを、紅い鮮血で生々しく染め上げた。










気が付くと、











果てた叔父はすでにそこからいなくなり、










部屋には、乱れた制服姿のまま、仰向けで虚ろに部屋の天井を見上げる










惨殺死体のような茜だけが残った。










泣いているのか、笑っているのか、わからないほど










彼女の表情は、すでに息絶えたように動かなかった。









ただ…涙だけが、限りなく溢れていた。

それから一ヶ月以上にわたり、



叔母からの目を盗んでは、叔父からの茜に対する行為は毎日のように続いた。



いつの間にか、それに途中から気付いた長男をも加えた二人からの慰み物となり



次第に抜け殻のようになっていった茜の表情には



もう、生きる力は僅かしか残っていなかった。





「うっ……ううっ」

「ほらほら茜ちゃん、ちゃんと触らないと……」

「はぁ……はぁ……。やっぱり若い女の身体はいいもんだななぁ」

「本当だねお父さん、僕一度こんなかわいい女の子とこうゆうことしてみたかったんだぁ……。あれっ。何だこの背中の下にある羽根みたいなアザみたいなやつ」

「あぁ……よくわからんが何か、マザー何とか……って星羽会の人間特有のものらしい。まぁ、危ない星羽会の人間なんか、こうなるくらいがちょうどいいんだ」

「うわっ、茜ちゃんのスカートお父さんの痕が付きまくってるじゃ~ん。きたね~」

「母さんには内緒だぞ」

「わかってるよ~ハハハッ」

「茜、お前も他言するなよ。もし他言したらお前はここで生活できなくなって弟とは一生逢えなくなるんだからな」

「まっ、仮にここを出ても星羽会の人間を生活させてくれる人なんていないだろうけどね~ハハハッ」



"狂ってる"
茜は二人の男の手にむさ苦しく触られ、乱されながら思った。



悔しかった。



何もできない自分が、茜は悔しくてたまらなかった。

そんな茜の思いをよそに、二人の行動は、縄で縛りつける・物をくわえさせるなど、日に日にエスカレートしていき…



叔母からのしごきも重なってか、



茜の心と身体はすでに限界にきていた。



『助ケテ……直人……助ケテ……』



悲しさとつらさに顔を歪ませた茜は、心の中で弱々しくそう叫び続けていた。





そして、年明けの一月末……
ついにその時がやってきた。

「茜~、早く掃除済ませてしまいなさい!」
叔母の罵声が、よろめきながら動く痩せきった茜の耳に響く。

「あっ、はい……すいま-」
茜の言葉が不自然にそこで途切れたとき、家の中に「バタン」と倒れる音が響き渡る。

「ん?あ……茜?茜っ!?」

そのまま床に倒れた茜は、意識を失ったまま、目を覚ますことないまま病院へと運ばれていった。





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18-1

 
「……」

墓碑を前に動かずに語る愛菜を前に、翼はただ黙り込み彼女の話を聞き続ける。

愛菜は一旦「ふぅ」と一息つくと、再び"十年前"を話し始めた。











十年前・年が明けた一月末日-

家の中でバタリと倒れた茜は、その表情を青白くしながら病院へと運ばれていった。


「茜!しっかりなさい!茜っ!!」
叔母の怒号も、未だ病室のベッドの上で意識を失っている彼女には届いているはずもなく。

「あっ、先生、茜は一体どうしちゃったんですか!?」
叔母が一人の男性医師に尋ねると、彼は冷静に答えた。

「まだ検査もすべて終わっていませんので、詳しいことは言い兼ねます。ですが、想像以上に疲労が蓄積しているのか、もうしばらくの間は目を覚まさないでしょう」
「目を覚まさないですって…?」
「えぇ。この歳の女の子が何故こんな昏睡状態なのか不思議でなりませんが……。とにかく今は安静にしてあげて下さい。とにかく、検査次第によっては、今夜だけでなくしばらくの入院が必要かもしれませんから」

医師がそう言ってその場を後にすると、叔母は口をあんぐりと開けながら愕然とする。


「入院……ですって?うちの人が会社リストラされてお金苦しいってときに……」

叔母は、病室の中で同室の患者に聞こえない程度の小さい声で愚痴のように呟いていくと、茜の入院手続きをしてはさっさと帰っていった。
その様子を、同室の別の患者の子供を見舞いに来ていた一人の老婆が神妙な表情で見ていた。

その夜、茜はまるで死んだように眠りこけ、全く起きる気配を見せなかった。
まるで、今まで溜まっていたものをわずかながらでも洗い流すかのように……





翌朝を通りこし午後3時-

「ん……」
茜はうっすらと目を覚ました。

「……??」
目が覚めた場所が、いつも生活している自分の部屋でなく白を基調とした病室であることに気付くまで、彼女自身わずかながら時間がかかった。
自分が寝ていたところ以外にも点在しているベッドや、それの上にいる人間…、そして白衣を来ている医師に、点滴で繋がれている自分の左腕や着慣れない現在の患者衣。

茜は、それらの事実を認識して今自分が病室にいるということをやっと自覚していた。
キョロキョロ見回していると、それに気付いた老婆が嬉しそうに彼女に歩み寄った。


「こんにちは。あなた、やっと目を覚ましたのね。昨日の夜からずっと倒れたままだったのよ」
「えっ、私が……?ここってもしかして」
「そう、病院ですよ。あっ、私はあそこにいる男の子のお見舞いに来ていてねぇ。いきなり話しかけてびっくりしたかしらねぇ」
老婆が指さす方には、おとなしげな男の子がベッドで本を読んでいた。
茜はその子を見ながら心の中で呟く。



『直人と、同じくらいかな』



表情が少し緩む茜を見て、老婆はにこりと笑顔を見せる。
「顔色も少しよくなったみたいね。じゃあ、先生か看護婦さん呼ばなきゃね」
老婆は、そっと茜のベッドのナースコールを押した。
「あ、すみません」
「いいのよ。それにしても、あなた可愛いわねぇ。お名前は?」
「あ、茜です。星宮……茜」
「あかねちゃんね。お名前も可愛いのね。私は菜津、よろしくねぇ」
"菜津(ナツ)"と名乗った老婆は、茜の手を優しく握り満面の笑みを見せた。
茜は、どこかとまどいながらも、心の内でどこか懐かしいものを感じていた。



数分後、医師と看護士が茜のもとに駆け付ける。
「茜ちゃん、目が覚めたのか。おばあちゃん、知らせてくれてありがとうございます」
「いえいえ。じゃあ、私はこれにて。茜ちゃん、またね」
医師との会話を終えた菜津は茜に一言言うと、向かいのベッドの男の子にも何やら言って病室を後にしていった。
茜は不思議そうにゆっくり歩く彼女の後ろ姿を見ていた。


「あの……」
茜は、自らの点滴を外す看護士に問い掛ける。
「なに?」
「あのおばあさんは?」
「あぁ、菜津さんのことね。あの方は、あなたの向かいにいる裕二くんって男の子のお見舞いに来てるのよ。いきなり話しかけてきて驚いたかもだけど、いい人だから大丈夫よ」
「あの男の子、お孫さんですか?」
「詳しくは言えないけど、そんなとこね。さっ、それより気分はどう?あなた、昨夜から全然目を覚まさないから、心配していたのよ」
「……すいません」

茜は小声でペコリと謝った。
すると看護士の後ろにいた男性医師が、真面目な面持ちで茜に話し掛ける。

「茜さん、具合の方はどうですか?どこか痛かったり、気持ち悪かったりするところは?」
「えっ?いや、今は特に何とも」
「……そうですか。無事目覚めたのは何よりですが、あらためて今から検査をしましょう」
「検査を?」
「えぇ。特に疲労以外これといった病状は見当たらないと思いますが、念のために……ね」
医師に促されるまま、茜は検査を一度受けることにした。



数時間後-

外もすっかり暗くなった頃、茜は病室のベッドへと戻ってきていた。

「ふぅ」
ため息をついていると、茜は病室には"裕二"と呼ばれる男の子しかいないことに気がついた。
本を読んでいる裕二は、茜からの視線に気づくと、本を読む手をピタリと止める。

「なに?」
裕二は茜にそう問いかけた。
「あ……うぅん。ちょっと、弟に似てたから」
「ふぅん」
裕二は素っ気なく言うと、再び本に目を移した。
それから特に会話をすることもなく、茜は再び横になった。
いつも家の仕事を奴隷のようにやらされていた毎日が嘘のように、彼女に久々に訪れたのんびりとした時間は、病院とはいえとても新鮮なものだった。



『ここなら……何もされずに済む……』



茜はここ一ヶ月の性的虐待とも言える日々を思い出しては、ベッドの中で肩を震わせた。
そんな彼女を、向かいのベッドの裕二はじっと見つめていた。



翌日-

時刻は昼になり、茜は目の前にある食事を苦い顔で見つめていた。

「茜ちゃん、食欲ないの?ダメよ、少しでも食べて栄養つけないと。あなた朝もろくに食べてないじゃないの」
看護士にそう言われても、茜は置いてある箸を手で持とうとすらしなかった。

「食欲が……気分が良くないんです」
茜は小さい声で呟いた。
「どうしたのかしらねぇ。昨日のお昼は普通に食べていたのに」
看護士がそう言ったときだった。


「うっ!」
茜は突然口を両手で覆った。
傍にいた看護士も、すぐにそれに気付く。
「茜ちゃん、どうしたの!?」
茜は何も言わず、病室のすぐ前にあるトイレへと駆け込んでいった。
看護士も急いでその後を追うと、通路を歩いていた何人かが何事かとそれを見ていた。

「ケホッ!ケホッ!」
茜は洗面所の水道の水をフルに出し、そこに苦しそうな表情で臥せていた。
その左手は、苦しみを抑えるように胸を支えている。
すぐに駆け付けた看護士は、そんな彼女の背中を優しく摩った。

「茜ちゃん、大丈夫!?」
「ハァ……ハァ……。はい」
一旦落ち着いた茜は、弱々しく返事をしながら呼吸を調えた。



『突然気持ち悪くなった……』



茜は鏡に映る自分を見つめながら、突然の不調に不安を募らせた。

「茜ちゃん、ベッドで休みましょう」
「はい……」
看護士に導かれるまま、茜はおとなしく病室へと戻っていった。
そんな彼女を、裕二は神妙な表情で見ていた。



数時間後-

医師は、看護士とともに複雑そうな表情でドアかげから茜のことを見ていた。


「まさか、何てことだ……」
医師は顔をしかめながらそう呟いた。
「先生、やはりあの子には……」
「あぁ、とても酷なことだが本当のことを言わざるを得ないだろう。家の方は来ていないのか?」
「それが、手続き以来どなたもいらしてないんですよ。先程同じ学校のお友達が何人かお見舞いには見えてましたけど」
「そうか」
医師と看護士が会話を終えると、二人は意を決して茜のもとに向かって歩いていった。

「茜ちゃん」
医師が話し掛けると、茜はゆっくりとやつれた顔を見上げた。
「はい」
「ちょっと大切な話があるんだが……いいかな?家の人も一緒にいてほしいんだが」
「仕方ありません。今家のほうはドタバタしてますから……今は私一人でお話を聞きます」
「いや、そうゆうわけにはいかない。家の人には連絡したから、いらしたらその時にゆっくりとでいいから、落ち着いて冷静に答えてくれ」
医師は、茜がゆっくりウンと頷くのを確認する。



………………………。



その後、渋々とした態度の叔母が病院に到着すると、診察室にて医師は話を切り出し始めた。

「えっ……」
医師の言葉に、茜と叔母は絶句した。
しかし、次の言葉を発するのにそう時間はかからなかった。

「あの、私」
「言った通りだ。君が入院したとき、看護士が見たらしいんだが」
茜は自分の身体を覆い隠すように、ハンカチを抱きしめる。

「茜ちゃん、君の身体じゅうのアザや切り傷に栄養失調……普通に生活を毎日送っていたらまずできないものだ。もし君が、家庭で虐待的行為を受けているのだとしたら……」
医師はチラリと叔母の顔に視線をやった。
叔母は、引き攣った表情を見せる。

「な、なんなんですか!わ、私達が茜をちゃんと育ててないって言うの!?ちゃんと食事を与えてたのを、この子は食べなかったのよ!」
「ですが、その原因は何なのかを考えられてはいなかったんですか?」
「えっ?」
「先程も言いましたが見てください」
医師はそう言うと、茜の患者衣の袖を捲くった。

「なっ……」
叔母の目に映っていたのは、まるで凶器で殴られた痕のような赤く生々しいアザや切り傷だった。

「茜これ、どうしたの!」
「どうしたのではないでしょう!」
叔母に対し、医師の怒りの雑じった言葉が飛ぶ。

「外傷からして、これはここ最近でできたばかりではないものもあります。年頃の娘さんがこんな酷い目になっているのに、保護者のあなたがたは一体何を見ていらしたんですか!」
「あ、茜……あんた」

よろめく叔母にを、茜は見ようともせず顔を臥せる。
そんな彼女の瞳には、大きな涙の粒が溢れていた。

医師はさらに続けた。


「それだけではありません。ここ最近の彼女は生理が全くきていないことがわかり……先程、突然の吐き気に襲われました。これは、つわりの症状です」
医師の言葉に、茜と叔母は目を見開いた。

「な、何ですって?茜がつわり?それって……」
「そうです」
医師は、顔をしかめながら答えた。







「検査の結果……茜さんは、現在妊娠しています」










その場が一瞬にして蒼白へと化した。



叔母は顎が外れたかのように口を塞がず、



茜は、死んだかのように動かなかった。





「妊……娠?茜が??茜はまだ中学生よ?なのに……」
叔母は目付きを鋭く変え、茫然自失の茜をギョロリと睨みつけては掴みかかった。

「茜ぇ!!あんた子供のくせに何ふしだらなことをしてくれてるのよぉ!!えぇ!?」
「ちょっと!やめなさい!」
看護士が、叔母を羽交い締めにしておさえる。
しかし、息を荒げる叔母の恐ろしい視線の先は茜を突き刺していた。
しかし、一方の茜は、何が何だかわからないのか、虚ろに医師を見つめていた。

「先生あたし、あたし……」
茜はそう言いながら自らの腹部に手をあてた。
その弱々しい瞳には涙がじんわりと溢れ、大粒となって頬を伝っていった。

「茜ちゃん、秘密は厳守するから本当のことを話すんだ。もし、学校のクラスの男の子との間にできた子だとしたら、それは話し合わなければならないんだよ」
医師が優しい口調でそう告げると、茜は俯きながらゆっくりと首を横に振った。

「茜ちゃん?」
「違うんです……」
「違うって、何がかな?」

茜は顔を臥せたまま、何か気味の悪いな塊のようなものを吐き出し始めるかのように、事実を語り出した。

18-2

 
叔父がリストラされた12月24日のクリスマスイヴ、初めて強姦されたこと。

それ以降一ヶ月以上に渡り、弟に逢わせることを盾に毎日のように息子とともに性的虐待を繰り返されてきたこと。

日がたつにつれ、その行為は傷やアザができるほどさらに過激になっていったこと。


茜は泣きながら、胸の内に溜まっていた思いをその場でぶちまけた。
それをすべて話し終えたときには、すでに30分の時間が流れていた。





「そ、そんな……。ウチの人が……」
叔母はガクリと膝から崩れ落ちた。
空いた口が塞がらず、焦点の定まらない視線は、不規則に宙を泳いでいた。

そして、それと同時に深い深い沈黙が訪れた。
壊れそうな心の内を振り絞って泣き崩れている茜の声を除いて-


そして、その空間を医師が破った。
「とにかく……一度ご主人にも事実を話されて確認していただかないといけませんね」
その言葉にビクついた叔母は、医師に突然しがみつきだす。

「わっ、何ですか!」
「そんな、そんなわけありませんよ……私の夫ですよ?この子の叔父ですよ?ましてや中学生の。何かの間違いだわ。きっとこの子が嘘ついてるんだわ、きっとそうよ!」
「嘘かどうかは、DNA鑑定などの検査をしてみればわかります。それに-」

医師は一旦一息つくと、再び口を開いた。


「こんなか弱い女の子が現にこんなに辛い事になっているのに、何てことを言うんですか!それでも保護者ですか!」
医師の怒声が鳴り響き、叔母はペタリと崩れていった。

そんな中、茜は何も言わず、ただじっと啜り泣きを続けていった。





後日-

婦女暴行及び・虐待などの容疑で、叔父と長男は逮捕・未成年に対する最低限の生活の保護を無視し、過重労働を半年間に渡って強制してきた叔母は書類送検された。



叔父と長男の部屋に閉まってあった茜の下着数点・そして彼女の衣服に付着していた二人の体液が検出され、それらが決定的な証拠となった。



そしてそれにより、茜の身体に宿った胎児の中絶手術が、彼女自身の辛すぎるまでの決心をもとに行われることとなった。


初めての体験を親族に理不尽に奪われ、それによってできた初めての子供を堕胎しなければならない-



手術当日、様々な痛い思いが巡る茜の心と身体には、さらなる痛烈な傷痕だけが刻まれた。










しかし……若すぎる茜には心身ともに負担が大きすぎたのか、










子宮や肉体……そして心への想像以上のダメージが重なり










茜ハ、一生子供ヲ産メナイ身体ニナッタ。

 

 

 


それから三日後-

ショックの連続のあまり茫然自失となった茜は、病室のベッドからピクリとも動かなかった。
その一方で、向かいのベッドの裕二を見舞いに菜津が訪れていた。

菜津は、ずっと寝たきりの茜に視線を向けると、彼女のもとに歩み寄った。


「こんにちは、茜ちゃん」
「……」
菜津が声をかけても、茜は一言も反応しなかった。

「無駄だよ菜津ばあちゃん。僕が何言っても、何も言わないんだ」
裕二がそう言うと、菜津は心配そうに茜を見つめる。

すると、菜津は裕二のためにと剥いていた林檎を、皿ごと茜の方へと持って行った。

「ちょっと、おばあちゃん!僕の林檎……!」
「また今から剥いてあげるから。茜ちゃん、林檎をここに置いておくから……少しでも食べなきゃダメよ」
菜津は林檎を茜のベッドの横に置くと、裕二のもとへとよたよた戻っていった。

「……」
その間、ベッドの中の茜は、何もせず、ただじっとしたまま動かなかった。

そして、その後のことだった。


「裕二くん、診察室に来て下さい」
「はーい。いやだな~」
裕二は言われるまま、看護士とともに診察室に移動していった。



………………………。



外は雨が降りつつも、どこか静まり返る病室-

「……」
茜はむくりと起き上がると、向かいにある裕二のベッドにキラリと光る物を目にした。
彼女は、それに吸い込まれるように引き寄せられ、そのまま、病室を出ていった。










ゆっくり……ゆっくりと、
どこへ向かうかもわからず、歩いていった。










「あれっ?茜ちゃん??」

看護士の一人が、病室にいるはずの茜の姿がないことに気がついた。

「茜ちゃん、どこ行ったのかしら」
看護士がそう呟いていると、そこに菜津が通り掛かった。

「あら、どうしたの?」
「菜津さん、茜ちゃんがどこかにいなくなっちゃって。すぐそこのトイレにはいませんし、急にいなくなる子じゃないから……」
「まぁ。裕ちゃんはまだ診察室だし、じゃあちょっと私も捜すわね」
菜津はそう言うと、いなくなった茜を捜しに病院の中を歩き回り始めた。


「しかしこの広い病院のどこに行ったのかしら」
そう言いながらキョロキョロする菜津。
すると、近くから話し声が彼女の耳に入る。

「さっき、患者さんらしき女の子がよろよろ上の方に向かって歩いてたわねぇ」
「あぁ~、すごく可愛い顔をしてたから気になってたけど、どうしたのかしら?何か思い詰めた顔してたわねぇ」
菜津はそれを聞いて、上の階の方へと向かった。



『茜ちゃん……』



一方の茜は-

薄暗い夕刻の激しい雨が降り注ぐ中、彼女は病院の屋上を歩いていた。
ゆっくり歩く足をピタリと止めると、立ちすくみペタリとしゃがみ込む。
暗黒の空から降り続ける雨は、容赦なく彼女の華奢な身体を打ちのめしていた。

「……」

言葉を発することなく、茜はただ雨に打ちひしがれていた。
すると、彼女の右手に持つ何かが漆黒の中ギラリと鋭い輝きを放つ。





「おかしいです、茜ちゃん帰ってきてません!」
「どうしたんだ……」
医師と看護士が話していると、そこに裕二がやってきた。

「ねぇ、おばあちゃんが林檎剥くのに使ってたナイフがないんだけど、どこ行ったのかなぁ?」
「えっ?」
一同に、一瞬の緊張と悪い予感がが走る。




「……うっ……えっ……」

雨でずぶ濡れになる茜は、一人右手に光る果物ナイフを逆手に構えていた。

「もう……いや……。星母様も……直人も……助けてくれない……」

そして、ナイフの刃の切っ先を自らの腹部に向けた。

「もう赤ちゃんを作れないお腹なんて……こんなお腹なんて……」

頬を流れる雨の粒は、まるで茜から溢れ出す全ての涙の量を表すかのように-



そして、光る刃は茜の腹部目掛けて振り下ろされていく。










「もういらない!」










ブシュッという鈍い音とともに、屋上のコンクリートに赤い血がポタポタと流れ落ちた。


振り下ろされたナイフは、不自然にも茜の腹部に突き刺さる直前で止まっていた。



いや、止めていた。



何者かの手が、茜を刺そうとしていたナイフの刃をギュッと強くにぎりしめていた。



それに気付くまで、茜は僅かな時間を要した。



「あっ……あ……」

茜が震えながら見つめる目の前には、悲しげな優しい顔で彼女を見つめる菜津の姿があった。
その老いた手は、自分を刺そうとしたナイフの刃を強く握りこんでいるために、どす黒い血が溢れだしている。

「あ……えっ……何で……」
茜がそう言いながらナイフから手を放すと、菜津はニッコリしながら握ったそれを下に置いた。

「茜ちゃん」
「えっ……」
茜はビクッとした。
しかし菜津がかけた言葉は、彼女が思いもしないものだった。

「大丈夫?風邪、ひいちゃうわ。中に戻りましょう」
菜津は痛い顔一つせず、雨に打たれながらも笑顔を崩さず茜を見つめた。


「なんで」
「?」
「何で死なせてくれなかったのよ!私なんか死んだ方がいいのに……何で私のためにそこまでになるのよ!何で……!何で……!」
言葉が詰まってか、茜はそれ以上は何も言えなかった。

すると何も言わず、菜津は泣きじゃくる茜の身体をそっと抱きしめた。
茜の服には、まだ止まらない血がじんわりと滲みだしていった。

「茜ちゃん!菜津さん!」
医師と看護士が駆け付け、茜は病室に、菜津は切った手を治療に診察室に行くこととなった。



数日後-

茜は身元を引き取ってくれる養護施設に入るために、退院となった。

「茜ちゃん」
身の回りを整理していると、そこに菜津が姿を現した。
その両手には、包帯が厚めに巻かれている。

「元気そうね」
「あの……」
「?」
「この間は……すいませんでした」
「茜ちゃん」
「私のせいで……こんなことになっちゃって……」

茜は何度も菜津に頭を下げた。
すると菜津はニコリとしながら、口を開く。

「茜ちゃん、行きますよ」
菜津に促されるまま、茜は彼女の後についていくことになった。

「お世話になりました」
茜は医師達にそう言って病院を後にした。



1時間後-

茜と菜津は、とある古びた一軒家に到着した。


「さっ、どうぞ茜ちゃん」
「お邪魔します。ここ、おばあちさんのおうち?」
「そうよ。あっ、コタツつけたから座ってて」
菜津はそう言うと、台所の方へとよたよた歩いていった。
茜は少しそわそわしつつも、コタツにゆっくりと足を入れていった。



『あったかい……』



久しく味わっていなかったコタツの暖かみが、茜の足から伝っていく。

「はい、茜ちゃん」
菜津は、トレイに乗せてお茶が注がれた湯呑みとクッキーを持ってきた。
包帯の巻かれているそんな彼女の手を見て、茜は顔をしかめた。

「あの……」
「?」
「ホントに、ごめんなさい……」
「いいのよ茜ちゃん」
「でも、私のせいでおばあさんの手が」
「大丈夫よこれくらい。さぁ、クッキーも食べて、形は悪いけど私が作ってみたのよ」
「これ、おばあさんが?」

茜は、そっとクッキーを一枚手に取り、口にゆっくり運んだ。

18-3

 
ポロリと崩れながらも、懐かしく優しい甘さが彼女の口の中に広がっていく。
一口一口クッキーを頬張る度に、茜の中では遠い昔の家庭の温もりと思い出が蘇っていた。

「うっ……えっ……」
茜はクッキーを食べながら泣いていた。
涙と鼻水が溢れて止まらなかった。
そんな彼女を、菜津はそっと抱きしめた。


「聞いたわよ。前のおうちじゃ酷い目に合わされてたんだって」
「うん……」
「お菓子も、食べさせてもらえなかったのよね」
「う……ん……」
「つらかったね……。こんなに可愛い子が……本当につらかったねぇ……茜ちゃん」
菜津は、包帯の巻かれたその手でさらに強く茜を抱きしめた。

「おばあちゃん、手が……」
「いいのよこれくらい。あなたの心の痛みやつらさに比べたら何でもないわ」
「おばあちゃん……」
「つらかったよね。でも、もう大丈夫だからね……おばあちゃんが、守ってあげるから」
優しく囁く菜津の瞳からも、一筋の涙が零れていた。

「おばあちゃん、いいの……?あたし、星羽会の人間の子だよ……それでもいいの……?おばあちゃんまで迫害されちゃうかもしれないんだよ……」
「いいに決まってるじゃない」
「あたし……生きていいの……?」
「何度も言わせないの。生きなさい……いつか、弟の直人くんに逢うんだから」


溢れる涙を抑えられず、茜は菜津の胸に抱き着き顔を埋めた。
「おばあちゃん、ごめんなさい!死ぬなんて言って、ごめんなさい…!本当は……誰かにずっと助けてほしくて。うっ……えぇっ……うっ」
まるで小さい子供のように泣き続ける茜を、菜津は優しく暖かく、その手で抱きしめ、撫でていった。


家族が離散してから、つらい日々を送ってきた茜に、やっと平穏の日々が戻ってきたのだった。





それから数日間菜津の元で生活していた茜は、あらゆる理由で家族と暮らしていない子供が入る養護施設"緑の家"に預けられることとなった。

それと同時に学校生活も復帰し、公立高校の残りの募集への応募を決意した。



「やっ、ここにきたんだね」
茜に一人の男の子が声をかけてきた。
「裕二くん。退院したの?」
「うん、まだ一時退院だけどね。まぁ、同じ事情を持つ者同士よろしく」
「えっ?」
「俺も同じ、星羽会の信者の子なんだ。ここは、宗教上や部落差別などを受けた人の子も集まるからね。……じゃっ」
「あっ」

ふと寂しげな表情を浮かべた裕二に、茜は不思議な感覚を覚えていた。


それからの茜は、残った僅かな時間を受験勉強に使った。
元々優れた学力を持っていた茜は、一本に絞った公立高校に見事合格し、晴れて高校生としての春を迎えた。



「おばあちゃん!」
入学式帰りの茜は、真っ先に菜津の元へと寄った。
「あらアッちゃん!」
「無事、高校生になりましたぁ!」
「よかったわ本当に。新しい制服似合ってて可愛いわよ」
「ありがとうっ!でもそのアッちゃんて呼び名、変じゃない?」
茜と菜津はほほ笑みながら見つめ合った。





それから時は流れ…

高校を難無く卒業した茜は、養護施設"緑の家"を出て働いて生活していこうと決めていた。


同時に弟を捜す時間とお金が欲しい……
子供はもう産めないけれど、女として輝きたい……
でも、星羽会の素性がばれたら-

それを思った彼女は、水商売の世界で働こうと決心した。


そして、日本トップの歓楽街・新宿歌舞伎町に堂々と名を馳せる【Club Mirror】で働くこととなった。


溢れる"愛情"の大切さを菜津から学んだ茜は、彼女の名前から一文字もらい、


自らに"愛菜(マナ)"という源氏名を名付け、


夜の世界へと、羽ばたいていった。


どこかで生きている弟・直人と、いつか逢える日を信じて-





「すごいよ愛菜ちゃん!ついにNo.1だね!」
「ありがとうございます!」
すっかり容姿がキャストらしくなった愛菜がそう盛り上がる中、飛びぬけて美しい一人の少女がやってきた。

「みんな、今日からうちに新しく入る女の子だ。さっ、挨拶して」



「明衣です、藤崎明衣。よろしくお願いします」
明衣と名乗ったその少女は、愛菜に負けず劣らずの恵まれた容姿の持ち主だった。
しかし、愛菜は彼女の薄暗い瞳を見て何かを感じていた。



『この子もまさか』



ドレス姿の愛菜はスッと明衣に歩み寄った。

「あたし愛菜よ。よろしくね、明衣ちゃん」
「よろしくお願いします」


ついに出会った愛菜と明衣-

この二人の出会いが、一つの物語を紡いでいくパズルのピースとなるなど、この時は誰も思ってもいなかった。










「こんなとこかな」
話し終えた愛菜は、涙を浮かべつつもどこかスッキリしていた。

「愛菜……」
「ありがとうね、翼」
「えっ?」
「最後まで聞いてくれて。なんか全部話したらスカッとしちゃった」

ケロッと開き直ったような彼女を見て、翼はそれ以上何も言わなかった。


「飲み、行こう。【Pegasus】に」
「あぁ」
「私、決めたよ」
「何を?」
「翼を、あの店のNo.1にする」
「愛菜」
「私がここまで選んだ男だもん。なってほしいの……女としての機能を一つもう失ってる私が好きな男にできるなんて、こんなことしかないから……」

愛菜は揺るがないその決心を、どこか寂しそうに翼に囁いた。

そして翼も、何も言わず…ただ黙ってその首を縦に振った。





                                                  第19章へ

19-1

 
翼と愛菜が、ミカエル霊園を後にしたその日の夕方-
【Club Pegasus】は、いつものように"一部"の時間での営業を開始しようとしていた。

「社長、さっき翼から連絡がありまして、今日は愛菜さんと同伴だそうです」
「そうか。わかった、ありがとう」
事務所のデスクに座っていた天馬は、佐伯からの報告を受けると、くわえた一本の煙草に火をつけた。



『翼のやつ、愛菜を立ち直らせたのか……』
心の中でそう囁きながら、天馬はフーッと煙を吹いた。

「佐伯っ」
「はい?」
「いよいよ、うちの店もまた一つ変わるかもな」
「愛菜さんと翼のことですか?」
「あぁ。あいつは俺を除いて唯一愛菜からの指名を取ったホストだ。昔から店に来るのもたまにで気まぐれ
だった愛菜が、突然の同伴ってことの意味がわかるか?」
「……社長、もしかすると」

佐伯は笑みを浮かべる天馬を見つめた。

「近々、【Pegasus】に何かが起こるかもな」

 

 


そして、【Club Pegasus】は開店前のミーティングとなった。

「お疲れッス!!」
「お疲れ様ッス!!」
天馬とホスト達の声がいつにも勝るとも劣らない元気さでぶつかる。
その際に、天馬はその場にいるホスト達全員を見渡していた。

「よしっ。佐伯、今日の同伴は?」
「えぇ、今日の同伴組は……翔悟と早紀さん・由宇とアユミさん・翼と愛菜さん・流輝(リュウキ)とルミさん……ですね」
「同伴は4組か」

すると天馬は、ミーティング席に座っている光星に視線を向けた。

「光星」
「はい、何スか?」
「最近のお前、精彩を欠いてるぞ。今日指名の予定は入ってるのか?」
「……いいえ」
光星が、視線を逸らしながらポソリと呟くと、天馬は再び口を開く。

「まぁ今日じゃなきゃダメとは言わないが、どうにかしないとならないのはお前自身がよくわかってるはずだよな?このままだと翼や羽月にまで抜かれるぞ」

天馬がそう告げると、光星は黙ったまま俯いた。
そんな光星に、天馬はそれ以上何も言おうとせずミーティングの先を続けていった。



『くっ……』



その間、光星は歯を食いしばりながら床を睨んでいた。
そんな彼を、羽月は少し離れた席から複雑な気持ちで見つめていた。



「今日も一日やるぞ!!」
天馬のその一言で、【Club Pegasus】は今日の営業を開始した。

「おい、羽月!」
「?」
光星が羽月に強い口調で話し掛ける。
「な、何です光星さん」
「翼の奴もそうだけどよ…」
「??」
「売れてきたからって調子こいてやがったら、お前も承知しねぇからな」
「光星さん」
「新人ときから俺がお前を可愛がってきたこと、忘れてねぇよな?」
「も、もちろんや」
「だったらよぉ、あんまり翼の野郎なんかとつるんでんじゃねぇよ。俺ぁ知ってんだぞ?お前と翼がよくメシ食いに行ったりしてんのをよ?」
「そんな……」
「何だ羽月、お前俺に逆らう気か?だってお前は-」
 
光星は、何かを羽月に耳打った。
 

「……」
「わかったな?俺だってお前にんなこと言いたくねぇしよ。とにかく、翼の奴とは切るんだ。わかったな?」
光星は一方的に羽月にそう言うと、その場からスタスタと足速に去っていった。
羽月は突然の言い付けに、何も言うことができず、ただ目を震えるように泳がせていた。



「いらっしゃいませぇ!!」
営業を開始して1時間ほどが経過し、翔悟や由宇たち同伴組が次々と入店してきた。


「いらっしゃいませ、早紀さん」
「佐伯さんこんばんは。ちょっと今日はお祝い事なの、すぐにシャンパン持ってきてちょうだいね」
「わかりました、では御席の方にてお待ち下さいませ。いつもありがとうございます」
佐伯が深々と頭を下げると、早紀は嬉しそうに翔悟と腕を組みテーブル席へと向かっていった。

「やっぱり今日はご機嫌だね、早紀ちゃん」
「まぁね、仕事が順調だからこうゆう日はちょっと遊びたいし」
翔悟と早紀は、ソファに着いて見合っては笑っていた。

「いらっしゃいませぇ!!」
店内のホスト達が再び元気に迎える先のエントランスには、もう一件の同伴組の姿があった。
完璧なまでのきらびやかさを放つまでに身なりを整えられた、翼と愛菜の二人だった。

「おはようございます」
「こんばんは☆」
翼と愛菜がほぼ同時にそう言うと、彼らの目の前にいる佐伯は目を円くしながらキョトンとしていた。

「あ、いらっしゃいませ、愛菜さん。今日はまた一段と磨きがかかった美しさで」
「ありがとう佐伯さん!」

そう話している彼らの所に、天馬がやってきた。
「よう、愛菜」
「天馬!」
「珍しいな。愛菜が同伴で来るなんて」
「フフッ」
愛菜と天馬はニコリと笑い合った。

「愛菜、ちょっとだけ翼を借りていいか?佐伯に席まで案内させるから」
「うん、わかったわ」
天馬は佐伯に愛菜を席まで案内させたのを見送ると、そこに残った翼に目を向けた。
そして、彼の肩を強めにポンと叩く。

「翼、やったな。愛菜に同伴させるなんて、お前ホントにやるじゃないか!」
「いえ」
「俺の目に狂いはなかったのが証明されて嬉しいぜ」
天馬は嬉しそうに笑いながら言った。
そして、今度はまじめな表情で翼の肩に軽くポンと手をおく。

「社長」
「翼、愛菜のこと、ご苦労だったな」
「社長は、知っていたんですか?彼女のことを」
天馬はすぐにその質問に答えた。

「あぁ。まぁ、詳しいところまで全てを聞いたわけじゃないけどな。先日のおばあさんのことや、弟を探してるってのは聞いたぐらいか。お前も聞いたんだろ?」
「……えぇ」
「……?まぁ、愛菜はかなり辛い生い立ちをくぐり抜けてきたんだ。ホストクラブにいるときくらい楽しんでもらわないとな」
「はい」
「それが今できるのは、お前だ翼。行ってこい!」

天馬の言葉に頷くと、翼は颯爽と愛菜の待つテーブルへと向かっていった。

「愛菜、待たしてゴメン」
「うぅん、天馬と話してたんでしょ?」
「あぁ。社長もとても心配してたよ」
「そう」
愛菜はふと寂しげな笑顔を見せる。

「愛菜?」
「うぅん、何でもない。さぁ、今日は飲もうね翼!早速ドンペリいっちゃおっかな!」
「よし、今夜は飲もう!」
どこかまだ無理をしているように見えたのは気のせいだったのか……翼はそう思いながらも、今は仕事として愛菜と接することに専念した。
しかし翼には、ある意味それ以上に気にしていることがあった。


「あ~い!もちろん今日も飲もな!」
斜め向かいのテーブルで、いつもと変わらず元気に女性客に接している羽月の姿が翼の視界から中々離れることはなかった。



『羽月が、愛菜の弟……』

翼は心の中でそう呟く。

十年もの長い間を離ればなれになっていた姉と弟が、互いの正体に気付かずこんな近くに居合わせている事実に、翼はどこかいたたまれない感情を覚えていた。


「どうしたの、何か変よ翼?」
愛菜が尋ねてくると、翼は思わずハッとする。
「あっ、いや……何でもないよ」
「そう、それならいいんだけど。私が色々と連れ回したから疲れさせちゃったかと思ったの」
「いや、何でもないだホントに。さっ、もうすぐお酒来るだろうから、とことん飲もう」
翼は、羽月への視線を愛菜に悟られぬよう冷静さを保つことに努めた。



数十分後-

「愛菜さん、本日3本目ありがとうございまーす!!!」
ドンペリが入るたびに、店内のホストたちからの盛大なコールが沸き起こった。
短時間で次々と行われるシャンパンコールに、店内にいるホストや女性客全てが、翼と愛菜のテーブルに視線を注いでいた。

「すげぇ……。さっきピンク2本開けたばっかしだろ?それでもうかよ」
「今日のペース、いつもと違くねぇ?」
「あぁ。いつもはコールは断る愛菜さんが、今日はコールさせてるしな」
店内のホスト達は、次々と盛り上がりを見せる翼と愛菜のいるテーブルを見ては驚きの声を漏らしていた。
もちろんその光景は、トップホストである翔悟や由宇・その客達の目にも見事なまでに留まっていた。


「ねぇ翔悟、あの席のホストってさぁ、何ヶ月か前に私がダメ出しした新人くんよね?」
「あぁ。早紀、どうしたんだ急に?」
「いいえ。ただ、ちょっとうるさくて生意気だと思ってね」
翔悟の横にいる早紀の鋭い横目は、数ヶ月前とは見違えるように変貌した翼を捉えていた。

「……」
同じく翔悟も翼たちのテーブルを見つめていた。
今までと違う新鮮な形で盛り上がっているその光景に、彼は苛立ちを感じていた。

「翼!C3テーブルに梨麻さんがいらっしゃったぞ!」
「わかりました」
佐伯の指示により、翼はテーブルから立ち上がる。
「ゴメン愛菜、ちょっと行ってくる」
「いいわ、私はヘルプの子に相手してもらうから行ってきて」
「あぁ。じゃ頼むな」
翼はどこか申し訳なさげにヘルプに愛菜の相手を託してテーブルから離れていった。


「翼っ!」
「梨麻いらっしゃい!ゴメン、ちょっと待たせちゃって」
「いいよぉ別に。それにしても盛り上がってるねぇ!」
「うん、今日はナンバーの人けっこう同伴とかも多かったし」
「へ~!でも、この盛り上がりは翼のお客さんのおかげでしょ?たしか愛菜さんて。いいね、あたしなんかより太いお客さんもついてて」
「さぁ~どうなのかな」
意地悪な口調の梨麻に、翼は冷静にごまかしながら答えた。
すると、梨麻はクスッと笑う。

「ゴメンね意地悪言って。ちょっとだけヤキモチ妬いちゃったの。でも、今あたしといるときだけはあたしだけを見ててよね☆」
「わかってるって、そんなの当たり前だよ」
「それを聞いて安心したっ!でも気をつけてね。あたしはそうじゃないし、みんながみんなじゃないけど、女はヤキモチ妬く生き物だからさ。さっ、飲もう☆」
梨麻はそう言うと、笑顔で翼の腕にしがみつく。



『ヤキモチ……か。ホスト始めた頃は、そんなこと考えもしなかったな』



その際に、翼はそれが頭に残って離れなかった。
売れてきたと同時にホストが背負う宿命……彼はそれを実感し始めていた。



一方-

愛菜のいるテーブルには、二人のヘルプが必死で盛り上げようと相手をしていた。
「いや~、やっぱり愛菜さんのお相手できて光栄っすよ!」
「えぇ、なんか他のお客さんと違うっていうか!」
向かいに座る二人のホストの言葉を片耳に、愛菜は吸った煙草の煙を吹いた。

「フー……いいわよ、そんな無理に上げなくても」
愛菜は二人を窘めるように呟いた。

「いやっ、でもやっぱり盛り上がるのがホストクラブじゃないっすかぁ!それに-」
「?」
「愛菜さんは、どうして翼さんを指名してるんですかぁ?何で翔悟さんとかじゃないんですかぁ?」
ヘルプホストのその言葉を聞いたとき、愛菜はキッと目を鋭くさせた。
それを見てか、二人の顔にも緊張の色が走る。

「あのっ……愛菜さん?」
手に持った煙草を灰皿で揉み消すと、すぐに愛菜は口を開いた。

「私がこのお店でどう楽しもうと私の勝手でしょ!?他の人がどう盛り上がって楽しんでるかは知らないけど、何であなたにそんなこと言われなきゃいけないのよ!」
愛菜はテーブルをドンと叩きながら、怒りを込めた口調で言い放った。
そのことで、ヘルプについていた二人はおろか、他のホストや女性客までもがその状況に目を向け始めていた。
愛菜は続けた。

「それにね、ここの店では"普通はこのホストを指名しなけりゃいけない"なんて決まりでもあるの!?ましてや、翼はあなたたちの先輩でしょ!?新人とはいえホストなんだから言葉を考えなさいよ!!」

愛菜の激昂に、そのテーブルを中心に周囲はシーンと沈黙が流れた。


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