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16-1


愛菜との電話を交わしてから一週間が経過-



翼は愛菜に呼ばれ、とある墓地・"聖ミカエル霊園"へと来ていた。

「愛菜、一体何でこんなところに俺を?」
翼は辺りを見回した。
所々ステンドグラスに彩られた、白を基調にした入口からすぐの小綺麗な教会・そして見渡す限りの十字架の墓標は、神話のような神々しさを醸し出している。
大地に無数に突き刺さるように広がる白き十字架たちは、翼に不思議な緊張感を与えていた。

「一体ここは?」
敷地内に足を踏み入れた翼がそう呟きながら歩いていると、教会の扉から一人の外国人神父が姿を現す。
すると神父は翼のもとへとゆっくり歩いてくる。
翼も神父の存在に気付き、彼に聞いてみることにした。

「えっと……Japanese speaking OK?」
翼が慣れない英語で問い掛けると、神父はにこりと微笑み口を開く。

「ツバサさん、ですネ?」
神父が片言の日本語を口にしたことで、翼の中の妙な緊張がするりと解ける。

「はい、僕が翼ですが……ここで女の子と待ち合わせなんですが」
「彼女でしたラ、アチラの教会の礼拝堂にいまス。さぁドウゾ」
神父は、翼を警戒することなく簡単に教会の中へと招き入れる。
翼は神父に一礼すると、彼の後についていった。


入っていった教会の中の礼拝堂は、ステンドグラスから差し込む光と、ユラユラと動く陽炎のような蝋燭の炎が薄暗い中を照らしていた。
その幻想的な中を、響き渡るパイプオルガンの音が切なく儚いメロディを奏でている。



『何なんだここは……』



ゆっくり、ゆっくりと奥行きのある道を神父の後に沿って歩く翼は、アロマキャンドルの匂いが鼻を突く別世界のようなその空間に胸が締め付けられるような感覚を覚える。

「アチラです」
ピタリと立ち止まった神父は、礼拝堂の奥の方へ手をかざした。


そこには、祭壇前で膝をついて祈っている一人の女性の華奢な後ろ姿があった。
握った両手を合わせている彼女の向いている方には、子供をその手に抱く聖母の像の存在があった。

「愛菜?」
翼が声をかけた瞬間、オルガンのメロディがピタッと止まる。
すると、彼女はスッと後ろを振り向いた。

「翼、来てくれたのね」
「愛菜、ここは一体?」
「お祈りも済んだから……場所を移して、そこで話しましょう。神父さま、ありがとう」

愛菜は一礼すると、神父はにこやかに頷く。
そして、彼女は翼の手を取り入口へとゆっくり歩き始めた。

「……」
翼は、ただ無言で自らの手を取る愛菜についていった。
教会の外の日差しがが、二人を暖かく包み込む。


「ビックリしたでしょう?いきなりこんなところに呼び出して」
「まあ。でも、どうしたんだ?」
「うん」
愛菜は、ゆっくり歩いていた足をピタリと止めた。
翼もそれにならう。
すると、彼女は白い十字架に埋め尽くされた墓地をまっすぐ見つめていた。

「今日はね、翼に見せたい場所があるの」
「俺に?」
「そう。前から一度、あなたを連れてきたかった場所よ。さぁ、行きましょう」
「あ、あぁ」
愛菜は再び翼の手を取り、歩いていく。


「愛菜」
「なぁに?」
「大丈夫なのか?おばあさんのこと……」
愛菜は歩きながら数秒ほど黙ったが、翼の瞳を見つめながら口を開いた。

「うん、もう何とか大丈夫。ありがとう、心配してくれて」
にこやかさを見せるものの、やつれた感を漂わせる彼女の表情に、翼はどこか違和感を覚えていた。


さかのぼること一週間前の夜-



「愛菜、どうした?」
「……」
翼はケータイごしに、愛菜と話していた。



ただ黙って、彼女の言葉に耳を傾け、頷いていた。



「わかった……」



翼は、直ぐさま部屋を飛び出し、愛菜に告げられたある場所へと向かっていった。





1時間後-

タクシーをおりた翼は、外観が白黒の旗で被われた一軒家の目の前にいた。
所々には、きれいにまとめられた菊の花たちがスタンドで飾られている。
それらを目にした翼は、そこのあまりにも静かな雰囲気に息を呑んだ。

「行くか」
翼はそう呟きながら、ゆっくりとその中へと足を運んでいく。
飾られた外観からはわからなかったせいか、そこは木造の古い一階建ての一軒家だった。
辺りを見回すと、ドアが一つ翼の前に現れる。
インターフォンがないその木造のドアを、彼はノックすることにした。

「愛菜?いるのか?」
ノックしながらドアごしに声をかける翼。
すると、意外にも早くそのドアは開かれた。

「翼……」
中から現れたのは、黒い喪服に身を包んだ愛菜だった。
髪の毛もストレートにおろしているせいか、いつものきらびやかな雰囲気を感じさせている彼女とは明らかに違っていることに、翼も違和感を覚えていた。

「愛菜……」
「ありがとう……仕事後で疲れてるのに来てくれて」
その時、愛菜はその場でフラッと身体をよろけさせる。
「愛菜っ!」
翼は彼女の身体を両手で支えた。
「大丈夫か?」
「うん大丈夫、ちょっと疲れたのかな」
「とにかく、中へ入ろう……って、俺が入ってもいいのかな?」
「うん、入って翼……」
いつもとも、半ば元気な今朝とも違う彼女の言葉は、とても弱々しかった。
「では、失礼します……っと」
翼は彼女を心配しながらも、家の中へと入ることにした。



中へ歩いて奥の部屋に着くと、そこには木魚や火のついた蝋燭・棺など通夜の形跡を残していた。
中央には、あの時病院で亡くなった老婆の遺影が飾られている。

「他の人は?」
翼が問い掛けると、愛菜は首を横に振った。
「おばあちゃん、基本的に他に身寄りがなかったから。明日には遠い親戚の人が来てくれるらしいんだけどね。だから、今日は施設の人やおばあちゃんのお友達とお通夜あげたの」
愛菜は俯きながら言った。

「そうか」
線香の煙が昇るそこには、優しい笑顔の老婆の遺影があった。
どこと無く、愛菜と翼を見つめているかのようなその雰囲気は、重苦しい中に不思議な柔らかさを感じさせている。

「お線香、つけてあげて」
「あぁ」
愛菜に促され、翼は遺影の前の座布団に座り、一本の線香に火を燈した。
その線香を添えると、彼は静かに揃えた掌を合わせる。

数秒間ほど閉じた瞳を開けると、翼は改めて遺影を見つめた。
病院で見た老婆が亡くなる瞬間の記憶が、頭の中で甦っていく。

「優しそうなおばあさんだな…」
翼は突然そう呟いた。

「うん…」
愛菜は、静かにそれに相槌を打つ。
そして、彼女は手で隠すように顔を覆った。

「愛菜」
「うん大丈夫……大丈夫だから……」
「気張るなよ」
翼は顔を隠し背けたままの愛菜の肩に軽く手を置いた。

「うん……翼、やっぱりあたし……!」
愛菜は翼に抱き着つくと、泣いた顔を見せないように胸に顔を埋めた。

「うぅ……えっ……」
ホテルの部屋にいたときと同じように、愛菜は甘える子供ように泣いていた。
必死で泣き声を抑えながらも、その頬を伝う涙は次々と限りなく溢れ出していく。
翼は何も言わず、ただ泣きじゃくる愛菜の頭を撫でながら彼女の肩を抱いていた。


「翼ゴメン。あたし、もう絶対泣かないって決めたのにさぁ……」
「いいじゃないか泣いたってさ」
「うん……でも、でもさ……」
「愛菜」
「うん、わかってるよ、今は無理しちゃいけないってのはさ。でも-」
「でも?」
「……」

愛菜はそれ以上は何も言わなかった。
それ以上何も言えず、ただ啜り泣くだけで精一杯だった。


"弱いところを見せたくない"
きっと彼女の中にそんなプライドがあるんだということを、翼はどこと無く気付いていた。


しかし彼は何も言わず、力無く自分に寄り添う愛菜を、その重い沈黙の闇夜の中で支えるように抱きしめていた。


1時間か2時間か、二人にはわからないくらい、翼と愛菜はじっとそのまま動かなかった。
気がつくと、ずっと流れ続くと思われた愛菜の涙も止まり、彼女の頬には流しただろう溢れた涙の痕がくっきりと残っている。
今はじっと瞳を閉じている愛菜は、眠ったようにピクリとも動くことはなかった。

「……」

自分に寄り添うそんな彼女を、翼は子供をあやすように撫でていた。


「翼」
「ん?」
「疲れたでしょ……」
「いや、大丈夫だよ」
「ゴメンね……疲れてるのにたかが一人の客の事情に巻き込んじゃって」
愛菜は目を虚ろにしながら呟いた。

「気にしなくていいっていったろ?」
翼はそう言いながら、愛菜の肩をポンと叩いた。

「うん、ありがとう」
すると愛菜はスッと立ち上がり、老婆の遺影の前にヨロヨロと歩み寄る。

「おばあちゃんね」
「えっ?」
「すっごい優しかったんだよ、こんな汚れたあたしにも」
遺影を前に話し出す愛菜の横に、翼も座り疲れた体を起こすように立つ。

「おばあちゃん、優しかったな……。ホントに優しかった……」
「……愛菜」
「ねぇ翼」
「何だ?」
「人の命ってさ、ホントに意外と呆気ないんだよね。ついこないだまで元気だったかもしれない人がさ、もうしゃべらないし、自分のことを気にかけてくれることもないんだよ」
「……そうだな」

愛菜の瞳が再び潤み始める。

「あたしもね、昔は誰も人を信じてなかったからさ。誰が生きようが死のうが別に関係ないって思ってた……。でも-」
「でも?」
翼が聞き返すと、愛菜は息をスウッと吸い込んで再び口を開いた。

「やっぱりさ……自分に優しくしてくれたり、愛情を注いでくれた人が突然いなくなるってさ。やっぱり……こたえるもんね……」
「……」
「状況は違うけど、翼があの時泣きながら話してくれた自分の過去の辛さが、今は身に染みてわかるわ」
愛菜は取り出したハンカチで、スッと自分の目を拭った。
翼は、常に愛菜の視線の先にある老婆の遺影を黙って見つめる。

「おばあちゃんね、もう体も弱ってたのに、最後まで一生懸命生きてた。痴呆も少し進んでたから、あたし時間あるときはずっと病院行っておばあちゃんのこと看てた。でも……」
愛菜は一旦言葉を止めひと呼吸おくと、すぐに続けた。

「あたし、おばあちゃんのために何もできなかった……あんなに助けられたのにさ……痴呆になっても、亡くなるときまであたしのことは忘れないでいてくれたのに……」



『愛菜……』



翼は、ただ黙って愛菜の横顔を見つめていた。


「ごめんね、おばあちゃん……ごめんなさい……」


遺影に向かって謝る愛菜の瞳からは、


その夜涙は止まることはなかった。





………………………。



時は戻り、翼と愛菜は白い十字架だらけの霊園の中の通り道を歩いていた。


翼は時折愛菜の顔を横目で見てみるが、あの通夜のときからは想像できないほど、彼女の表情はスッキリとしていた。

「なぁに翼、さっきから見つめちゃって」
翼からの視線に、愛菜は気付いていた。
「あ、いや……思ったより元気だなぁと思ってさ」
「そりゃあれだけ泣けばね」
愛菜が軽く笑いながらウインクしてみせると、翼はどこかホッと胸を撫で下ろしたようだった。


「愛菜、これから行くのって誰かの墓参りかい?」
「そうよ」
「おばあさん……の?」
「まさか。こんな場所はおばあちゃん好まないし」
「じゃあ、誰の?」

翼が最後にそう問い掛けると、愛菜はピタリと立ち止まった。
「ついてくればわかるわ。どうしてもあなたに逢わせたいの」
そう口にすると、愛菜は再び歩きだした。
翼はどういうことか理解しがたかったものの、それ以上は何も言わず彼女についていくことにした。

16-2

 
また少し歩いていくと、愛菜はとある一角にある墓碑の前で立ち止まった。
「ここよっ」

翼と愛菜が立つ前には、一つの墓碑の姿があった。
「愛菜、ここが俺を連れてきたかった場所なの?」
「えぇ……」
すると愛菜は、墓碑の前に近づいて腰をおろし、持っていた花をその前にそっと差し出す。

「あなたのところに来るのも久しぶりね」
愛菜は墓碑に向かって語りだした。
すると、翼の方を振り向き彼にも傍にくるように手で招く。
翼は、無言で愛菜の真横に揃うように立ち、墓碑を見つめた。

そこには、とある女性らしき人物の名前が筆記体のローマ字で刻まれていた。
彼はそれを、ゆっくりと心の中で音読みした。



『…Mei……Fujisaki……』




翼が"彼女"の名前を読み終えると、横にいる愛菜がタイミングを計ったように口を開いた。
「翼は、この人物が誰か気になる?」
「そりゃあ……ね。誰なんだい?この名前の人は」
愛菜は視線を翼から再び墓碑に移すと、再び口を開いた。

「この子の名前は"藤崎明衣"。亡くなった私の後輩なの」
「??」
「意味わからないのは当たり前よね、翼とは全く面識のない子なんだから」
「あぁ。でも、その人と俺が一体何で?」



「あなたには全てを話すね」



愛菜は翼の手をギュッと握ると、語り始めた。



「私がホストに行き始めたこと、私があなたを指名したのも、全てはこの子とのことから始まったの」


「この人との?」


「えぇ……。3年も前に、彼女は私と同じ店のキャストとして働いてたの。飛び抜けて容姿も良くて、女なら誰もが羨むくらいの子だった……私も含めてね」


「……」


「彼女には、大きな心の傷痕があった。愛した人たちに裏切られて大切なものも奪われて」


「……」


「そんな彼女をねじふせて支配したのは"お金"の存在だった。それらのせいで、優しかった彼女は……自分自身とお金しか信じられない人間になったの」


「……!」


その時吹き抜けた風のせいもあるのか、翼は身に覚えのある事実に、身体を僅かに震わせた。
愛菜は続けた。


「でも彼女には、新しい愛する存在ができたの。もう傷つきたくないからって理由で愛することを恐れて拒否していた彼女は、もう一度愛することに素直に向き合おうとしたわ……」


「……」


「でも-」


「……」


ひと息落ち着けると、愛菜はさらに続けた。


「その愛する存在を、お金や力ではどうにもならない"死"というカタチで失った彼女にやってきたのは……」



そこから先の部分はどうしても言いたくなかったのか、愛菜は言葉を詰まらせていた。



「愛菜、無理するなよ」



「……彼女は……自分の無力感や愛するものを再び失った極度の恐怖や絶望に耐え切れなくなって……」



愛菜は顔を背けたまま、それ以上は話さなかった。
手を握る彼女の力が翼の手を圧迫し、つけ爪の先がそれにグッと突き刺さる。





それからわずか約1分の間だが、二人の間に恐ろしく永く感じるような沈黙の時が流れた。



しかし、その沈黙が終わる頃には、愛菜は再び意を決したように話し始めた。

「彼女は最期に、天使のように微笑んで消えていったわ……。まるで、魂のひとかけらになるまで生き抜いたみたいに」


愛菜は遠くを見つめていた。
緩やかになった風が、彼女の髪の毛をふんわりと揺らしていく。
今も愛菜の中では、3年前の雪の舞い落ちる中に消えた"彼女"の姿が、鮮明に映し出されていた。


「そんな人がいたのか……」
翼は、その"明衣"という人物のことを心の中で思い描いていた。
愛菜は翼に対し頷くと、さらに続けた。


「それから変な喪失感にかられた私は、寂しさもあってかそれまで絶対に行かないと思っていたホストクラブに行ってみたの。その時行った【Unicornis(ユニコーン)】ってお店のとあるホストに心を救われたの」
「あるホスト?」
「そうよ。翼も知ってる人だけど」



『まさか』
翼はハッとしながら愛菜の顔を見た。

「その通り。当時まだ【Unicornis】で、あなたと同じく新人ホストだった当時24歳の天馬のことよ。前も言ったと思うけど、天馬も昔は新人の頃の翼みたいにダサくて貧相なホストだったわ」
「ダサくて貧相で悪かったね」
「フフッ、ごめんね。天馬は当時持ち前のガッツやら気合いやらで、不器用だけど少しずつホストとして成長していったわ。私はあの時、天馬のそんながむしゃらな姿にどれだけ元気をもらったかわからない」
すると愛菜は、翼の肩にピタリと頭をくっつける。

「それに天馬はただカッコつけてるだけのチャラい男じゃない。きっとたくさんの女の人を元気付けるホストになるって思った。だから私は、天馬のことをNo.1にしようと思ったの」
「そうだったのか……社長と愛菜の関係にはそんな。それが今は-」
「そう、翼のことよ。ただ-」
「ただ?」
「翼には天馬とは決定的に違っていたものが一つあった」
愛菜は再び墓碑の方に視線を向けた。

「あの子……初めて会ったころの明衣とあなたの瞳の雰囲気がすごい似てたってこと」
「俺と明衣さんの瞳が?」
愛菜はコクリと頷いた。

「この世の何も信じていない……金と力に理不尽にねじふせられて、憎しみでしか自分の心を支えきれない。初めて翼と会ったとき、見事なほどにあなたとあの子がオーバーラップしたわ。だから私思ったの、天馬と似てるようで実は全く異なるタイプのホストを育ててみようって。それに-」
「それに?」
「あの子と同じ瞳をした人間が、必ずしもあんな結末になるんじゃないってことを証明したいの。不器用に傷ついてく人間がバカじゃないってことを証明したいの……!」

そう強く囁く愛菜の瞳は、翼から見たいつもの彼女のそれとは違っていた。
それを感じ取った翼は、愛菜に一つの質問をしてみることにした。

「愛菜、一つ聞いてもいいかな?」
「なに?」
「俺にはよくわからないけど、俺とその人にあるその接点にやたらこだわってるけど、何でなんだ?」
「それは……」

愛菜は一瞬回答をためらったが、すぐに答えた。

「私も……昔おばあちゃんに出会うまで同じだったからよ」
「えっ?」
「おばあちゃんと出会うあの時までは、同じ瞳だったと思う……」
その瞬間、翼は愛菜の瞳が恐ろしいほどに黒く濁っていったのを見てしまった。
それは、いつもの彼女ではなく全くの『別人』のような。

「愛菜……?」
「私も昔は翼や明衣と同じだった……すべては、あんな事件があったせいで!」



『あんな……事件……?』



不思議に徐々に強く変わっていく愛菜の口調が、翼の中に戦慄すら覚えさせた。

「どうゆうことだ?」
翼は愛菜の手を握りながら尋ねた。
すると、愛菜はすぐに答えた。

「もう十年も前の話だけど。私にはね、家族がいたの」
「家族が?」
「えぇ。仲良い家族だった……」

愛菜は言葉を詰まらせるも、すぐに続きを話し始めた。
その際に、彼女の頬を涙が伝う。



「たった一人生き別れた弟を残して、みんな死んじゃったの……」


「そんな……。でも、弟さんが?」


「うん。今はどこにいるか、生きてるかすらわからないけど……」



その時、愛菜は一枚の写真をバッグから取り出した。










しかし、

何気なく覗いたその写真を見て、翼は驚愕した。



『羽月が持っていたのと同じ……!?』



翼が以前見たように、愛菜の手にあるそれには羽月が持っていたあの写真同様の仲よさ気な幼い姉弟の姿がほほ笑みながら写っていた。
その時、翼は羽月の言葉を思い出していた。



『俺、十年前に生き別れたアネキを捜しとるんや-』



翼は、横にいる愛菜のことを目を大きく開けて見つめた。
そして、愛菜は呟いた。


「もし生きているなら……元気にしているのかな、直人……」





その瞬間、翼は気付いてしまった。





今、自分の目の前にいる愛菜こそが





羽月が捜しているという





十年前に生き別れになった《彼》の実の姉だということを-





そしてその後、愛菜から語られたのは……





一人ノ少女ガ歩ムニハ堪エガタイ





凄惨ナ道程ダッタ。







                                                 第17章へ

17-1


今から十年前の199X年6月。
東京某所のとある住宅街-



そこに平和に暮らしていたと思われる一家4人の姿があった。

一家の名は"星宮家"。
そこに暮らす15歳の長女・茜は、両親と10歳の弟・直人とともに、明るく健やかに育っていた。



「ただいまっ!」
午後5時過ぎ-
学校から帰ってきた制服姿の茜は、元気よく靴を脱ぎ家の中へと上がる。

「茜っ、中学三年生の女の子なんだから、もうちょっとおしとやかにしなさいっ!」
そんな彼女に、母が注意するように声をかける。

「はぁ~い。あ、お母さん、今日の晩御飯はぁ?」
「カレーよ。早く着替えて茜も手伝ってちょうだい」
「はーい」
茜はそう言って、着替えるために2Fにある自分の部屋に行くことにした。

「あっ、それと茜」
「お母さん今度はなぁにー?」
「あんた制服のスカートちょっと短いわよ?」
「えーっ?だって学校のみんなもっと短い女の子いるもん」
「変な男でもついてきたらどうするのよ」
「こんくらいいいでしょー?彼氏いる子なんて、もっと短いんだから」
「彼氏っ?茜あんた今いるの?」
「いーなーい!じゃあ着替えるね」

茜はため息をつきながら、部屋へと上がる。


「はぁ」
部屋の中の茜は、スタンドミラーに映る自分の姿を見つめる。
「もう中三なんだし、あたしだって彼氏の一人くらい欲しいわよ」
茜は、ふくれながら制服からミニスカートの私服に着替えた。

すでにこの時点で167センチという高い身長と抜群のスタイルを持っていた茜。
中学三年とは思えない大人びた体型とかわいらしいルックスは、クラスでも近所でも評判だった。
しかし、男勝りなところもあるテキパキした性格のせいか、今のところ男子との付き合いなどは無いというのが現状だった。
だからせめて服装だけでも…と言った具合で、思春期真っ只中の彼女は、自分の中の女らしさを出そうと半ば必死になっていた。

「さて、母上様を手伝うかな」
茜はそう言うと、再び1Fのリビングへと戻ることにした。

階段を降りると、リビングの方から一人の子供の泣き声が聞こえてきた。


「あれっ?また直人かな」
リビングのドアを開けると、部屋の中のソファには背の小さい一人の男の子が座って泣いていた。

「えっ……うぇ……」
それを見た茜は、スタスタと歩いて近づき男の子の隣に腰をおろす。
「直人っ、どうしたの?」
「おねえちゃん」
直人は、弱々しい声を出しながら姉の顔を見上げた。
顔中は涙で濡れ、腫れ上がったように真っ赤になっている。
服や顔に付いた砂や埃が、彼に何があったのか茜には察しがついていた。

「また誰かにいじめられたの?」
「うん、みんな僕がチビだからって……うぅっ」
「直人、背が小さいのはしょうがないけど、直人がそうやっておどおどするから、そうゆう子達はいじめるんだよ」
「うん……でも、ケンカするの悪いことだしこわい……」
ヒックヒックと声を漏らしながら俯く直人。
すると茜は、スッと直人の頭を抱いた。

「そうだよね。直人は優しい子だもんね」
「お姉ちゃん……」
「でもね直人、ケンカは嫌いでも、どんなに泣きたくても、男の子はどんなにつらいことがあっても負けちゃダメなんだよ」
「負けちゃダメなの?」
「そうよ。ケンカに勝つとか強いとかじゃなくてね、絶対に負けないぞってずっと思うことが大事なんだよ」
茜はそう言いながら、直人の頭を優しく撫でていた。
すると、次第に直人も泣き止み、顔も綻んでいく。


「お姉ちゃん、大好き!」
直人はそう言いながら、茜の胸にギュッと抱き着いた。
「もう、直人のエッチ!」
茜は、恥ずかしがりながら笑った。


「茜ー、ちょっと手伝ってー」
キッチンからの母の声が茜たちのところに届く。

「はーい!直人、今日カレーだって!お姉ちゃんも手伝ってくるから、たくさん食べようね」
「うん!僕、カレー大好き!」

茜はピンク色のエプロンを取り出し、ササッと身につけた。

「茜あんた、またそんなミニスカート履いて!」
「別にいいでしょ、家の中なんだから!」



何事もない平和な一日の終わりが星宮家にも訪れる。


しかし、










その日の夜を境に、










茜たちの人生は一変することになる。










そんなことを、茜と直人の姉弟は知るよしもなく-。


そして、その深夜0時-



喉が渇いた茜は、飲み物を取りに1Fのリビングへと降りようとしていた。

「あれっ?」
階段を降りかけていた茜は、リビングで両親が何かを話していることに気付く。
彼女はそこで立ち止まり、耳を澄ませることにした。

「本当なの、あなた……?」
「あぁ。大変なことになってしまった」
「そんな……」
「"星羽会(セイバカイ)"をアサカワカンパニーが潰しにかかろうとしていたのは聞いていたが……まさかここまで…」



『アサカワカンパニー?何のこと……?』


隠れてその会話を聞いていた茜には、全くと言って良いほど理解できない内容だった。
しかし、両親の深刻に話している様子に、15の彼女でもただ事ではないのは読めていた。
すると、茜はたまらずその場に飛び出していった。


「お父さん!」
「茜、お前」
「今の話、何?アサカワカンパニーとか、それが星羽会を潰そうとしてるとか」
「いや、何でもないんだ……」
「何でもないわけないでしょ!?何かお父さんとお母さん変よ!私たちに何を隠してるの!?今の星羽会に何があるの!?」

茜が大きい声で問いただすが、父は何も言わず彼女の肩に手をかける。

「茜、ホントに何でもないんだ。決してお前たちや私たちに何かあるわけじゃない。仮にそうだとしても、必ず星母様が守って下さる」
父にそう言われてか、茜は落ち着きを取り戻し、ゆっくりと頷いた。

「わかったわ……私は星母様を信じる」
茜は、すんなりと納得した態度を見せると、再び自らの部屋へと戻っていった。



『星母様が私たちを守ってくれる』



茜は、ずっとそう信じていた。


星の母"マザー・ミカエル"の教えを仰ぐ信教"星羽会"-

茜たち星宮の家系は、生来その教えを請う直系の信徒として生きていた。
しかし、正体の知れない謎の信教という世間での偏見や差別を受けてきたため、彼らは公では正体を隠しつつも、信徒としての信仰をひそやかに続けていたのだった。


当時、世間で"宗教テロ"が騒がれた中か、茜たち星羽会も一般人からの差別的迫害を少なからず受けていたが、何とかごく日常の生活を送っていた。










しかし、茜が一抹の不安を抱いて過ごしたその翌日-









事件は起こった。

「♪♪♪~♪♪♪~」

午後6時過ぎ-
家の電話が鳴ったことに気付き、 茜はすぐに受話器を手に取った。

「もしもし、星宮ですが」


………………………。



「えっ」

受話器の向こうから聞こえた一言に、茜は絶句した。
すると、すぐにその場に力が抜けたように座り込む。


「茜、どうしたの?」
様子を見に来た母が話し掛けるも、茜は茫然としながら動かなかった。

「茜?」
受話器を持ったまま動かない茜は、次第に小刻みに震え始め、ゆっくりと母の顔を見上げた。


「お父さんが……事故で亡くなったって……。病院から……」


「えっ……?」


それを聞いた母も、時が止まったかのように固まった。


「もしもし、もしもし」と受話器の向こうから応答を求める声が聞こえるも、二人とも反応できる余裕すら失っていた。
突然耳にした現実を、直ぐさま受け入れるには時間がかかっていた。











約1時間後-


病院に着いた茜達三人を待っていたのは、病室のベッドで永眠している父の姿だった。

「お父さん……?」
茜が声をかけるも、もちろん白い布に覆われ横になる父がピクリとも反応するわけもないのはわかっていたことだった。

「あなた……」
「お父さん……どうして……?」

母と直人が声をかけても、床に臥せる父から言葉が返ってくることはなく、静寂だけがその場を包んでいた。
そこにしずかに響く三人の啜り泣く声が、徐々に大きくなっていく。

「何で、どうしてよお父さん……」
茜がそう囁いたとき、後ろにいた一人の医師が彼らに話し掛けた。

「死因は、自動車整備不良による事故死だそうです。発見された現場で、自動車のタイヤが外れているのが警察に確認されたそうです…」


「そんな……お父さんが……今朝まであんなに元気だったのに」
「お父さぁぁん!!いやだぁぁあ!!」

泣きじゃくる直人の泣き声が響き始めたのが示す通り、茜たち家族の悲しみは、その夜とどまることを知らなかった。

茜は、もう永久に起きることのない父の遺体に顔を伏せ、弟の前で大声を出したいのを我慢しながら涙を流していた。




しかし




それだけでは終わらなかった。


事故死した夫の葬儀の翌日に、





今度は母が自宅で首を吊って死んでいるのを発見された。





怪死事件のように立て続けに両親が亡くなっていった現実を目の前に、





泣き崩れる直人をなだめていた茜は、死んだ魚のように動かず憔悴しきっていた。





そして、両親を亡くし孤児となった茜と直人は、





わけのわからないまま、それぞれが別の親戚に引き取られ、離ればなれに暮らしていくことを余儀なくされた。



「お姉ちゃん……」
泣き顔の直人は乗り込んだ車から、茜のことをじっと見つめた。
瞳から流れる多量の涙が、姉の彼女には見るにたえないほど愛しく、辛かった。

「直人……ちゃんとみんなの言うこと聞くんだよ。元気でね……直人」
「お姉ちゃん……お姉ちゃ~ん!!」
直人の叫びも虚しく、彼を乗せた自動車は無情にも茜のもとから走り去っていった。

「直人……」
茜は涙を流しながら、走り去る自動車から手を振る直人の姿が見えなくなるまで見続けた。



『さようなら、直人……。どんなつらいことがあっても負けちゃダメだよ…』



茜は、涙を零しながら心の中で呟いた。



「茜、何してんだい!さっさと行くよ」
「あっ、はい、すいません」
自分を引き取る叔母に促され、茜はその場から離れることにした。
15年間暮らしていた、その家の前から……





それから半年間の茜に待っていたのは、





叔母たち一家に過剰にこき使われていく、奴隷のような日々だった。

17-2

 
「茜!早く洗濯と掃除も済ましなさいよ!」
「は、はい……わかりました!」

罵倒ともとれるような叔母たちの茜に対する扱いは、日を経つごとにエスカレートしていった。
必要以上に早朝に起床させ、学校以外の時間は家事などをすべてさせられ、気に入らなければやり直しまでさせられる。
叔父・叔母・そこの大学生の長男の分の家事をこなしながらの慣れない環境での労働生活は、まだ15歳の彼女にとってしのぎを削るものだった。

高校受験を控える中学三年生として勉強もしなければならないところだが、もちろんそんな暇なども与えてくれるわけもなく-。



そしてその年の12月-

街はクリスマス雰囲気で彩られていく中でも、茜の生活は良くなっていくわけがなかった。

「ちょっと茜ちゃん!ちゃんとトイレは綺麗に使ってよね!こびりついてるじゃないか!」
長男が茜に言い寄ってきた。
「えっ?私知りません」
茜が言い返すと、長男はキッと顔を引き攣らせる。

「お母さーん!茜ちゃんが便器汚したくせにちゃんと掃除しないんだよ~」
「ちょっ……」
茜が言い止めようとすると、叔母はすぐにその場にやってきた。

「何よ茜、トイレ汚してたくせにちゃんと洗わないってどうゆうこと?」
「叔母さん聞いて下さい、それは私じゃなく-」
「言い訳をするなっ!!」
叔母は茜に怒鳴り付ける。

「ウチの子が嘘をついてると言うの?!居候のくせに生意気に口答えするんじゃないよっ!」
「まったく、星羽会の人はこれだから困るね……母さん」
「ホントよ。星羽会の人間を家に置いとくだけでハラハラなのに……。それにしても身体だけはいっちょ前に成長してんのねぇ~役立たずのくせに」

茜は言いたい放題言われても、唇を噛みながらずっと堪えた。
言い返したい気持ちはあっても言い返せない歯痒さが、強く噛んだ唇から一滴の血を垂らさせていた。



『いつかまた弟に逢うため-』



それだけを胸に、弱冠15歳の茜は涙を飲んで耐え忍ぶことを続けた。









そして時は流れ、12月24日のクリスマス・イブのことだった。

「ただいま」

午後4時半…中学校から帰った茜は、家の中がいつもと雰囲気が違うことを察していた。



『なに……この臭い』



玄関まで漂うアルコール臭が、それに慣れていない茜の嗅覚を襲っていた。
ただ事ではないと感じ取った彼女は、直ぐさまリビングルームへと足を運んだ。

「えっ?」


そこには、仕事でその時間に家にいるはずのない会社員である叔父が、ネクタイを緩めたスーツ姿のまま、だらけるように座っていた。
彼の手にはロックグラスがあり、周りにはウイスキーや焼酎のボトルが散乱していた。
やってきた茜の存在に気付いたのか、酔って頬を赤らめていた叔父はギョロリとその視線を彼女に向けた。

「なんだぁ……茜、いつ帰った」
「叔父さん、こんな時間に何してるんですか……!?」
「何だっていいだろうがぁっ!!」
叔父は怒鳴り付けながら、今にも割れそうな勢いでロックグラスをテーブルにたたき付ける。
茜は「ヒッ」と言いながら目を閉じる。

「おい茜ぇ……」
「は、はい」
「つまみ作れぇ」
「あ、わかりました。じゃあ、鞄を部屋に置いてきたらすぐに戻って作ります」
茜は緊張した面持ちでそう言うと、自分の部屋へとそそくさと歩いていった。


「ふぅ……。叔父さん、どうしたんだろう……」
部屋の机に鞄を置いてそう呟いていたその時だった。

突然彼女がいる部屋のドアが、勢いよく「バン」と開いた。
「えっ!?」
茜が振り返ると、そこにはリビングにいるはずの叔父が立ちすくんでいた。
同時に、アルコールの臭いが部屋へと充満していく。

「お、叔父さん……?」
「……トラ」
「えっ……??」
「リストラされちゃったんだよーん!!ギャハハハハ!!」
すでに自暴自棄状態の叔父は、強引に物を振り回すように声を上げた。

「リストラ??」
「そう、クビだよクビ!会社クビになっちゃったよ~♪」
空回りな明るさが、目の前にいる茜には不気味にしか感じられなかった。

「叔父さん……」
すると、叔父はピタリと止まり、目の前にいる制服姿の茜を下から上まで舐めるように凝視する。
そして恐ろしいほどに目付きを鋭く変え、茜に歩み寄った。

「おっ、叔父さん!?」
「おい茜っ!何だこの短いスカートは!!」
叔父は茜のスカートを右手でギュッとわしづかみにし、そこから見える脚を見つめた。

「キャッ!叔父さん、何をっ!」
「中学生のくせにこんないやらしい身体に育ちやがって」
「イヤッ!やめて!!」
茜の制止も効かず、叔父はそのまま彼女を部屋のベッドへと押し倒した。
紺色のスカートが捲くれ、細くて白い脚があらわになる。
それを叔父はハイエナのような目付きで眺めては、酒雑じりの吐息を茜に吹きかける。

「うっ……!」
むせ返りそうな臭いが、茜の顔を背けさせる。
そんな彼女を見て、叔父はニンマリと不気味に微笑み始めた。

「よく見ればいい女だなぁ……お前の母親そっくりだ……」
叔父は舌なめずりをすると、異常なほどの強い力で茜の白いブラウスに手をかける。

「イヤァアァ!!」
裂けるような茜の悲鳴とともに、彼女の白いブラウスはビリビリと音をたてて破れていった。
そのすき間から、白いブラジャーに覆われた透き通る白い肌が姿を見せる。

「うまそうな身体だ」
「やめて!!やめて叔父さん!!イヤァ!!」
「黙れ!!!」
叔父はそう言って茜の頬を「バシッ」と叩く。

「キャアアアァ!!」
「大人しくしろ!」
叔父は、泣きながら暴れようとする茜のブラジャーを強引に剥ぎ取った。
プルンと膨らみつつも幼さを残す乳房が叔父の視界の中に現れると、彼の理性を壊すのに、そう時間は要らなかった。




もう止まらなかった。











肉食動物に食い散らかされた小動物のように、










茜は、あまりの恐怖で無抵抗なまま華奢なその身体を、多量な唾液を浴びながらむさぼりつくされ、











初めての『男』を無理矢理に刻まれた証として、










ベッドの白いシーツを、紅い鮮血で生々しく染め上げた。










気が付くと、











果てた叔父はすでにそこからいなくなり、










部屋には、乱れた制服姿のまま、仰向けで虚ろに部屋の天井を見上げる










惨殺死体のような茜だけが残った。










泣いているのか、笑っているのか、わからないほど










彼女の表情は、すでに息絶えたように動かなかった。









ただ…涙だけが、限りなく溢れていた。

それから一ヶ月以上にわたり、



叔母からの目を盗んでは、叔父からの茜に対する行為は毎日のように続いた。



いつの間にか、それに途中から気付いた長男をも加えた二人からの慰み物となり



次第に抜け殻のようになっていった茜の表情には



もう、生きる力は僅かしか残っていなかった。





「うっ……ううっ」

「ほらほら茜ちゃん、ちゃんと触らないと……」

「はぁ……はぁ……。やっぱり若い女の身体はいいもんだななぁ」

「本当だねお父さん、僕一度こんなかわいい女の子とこうゆうことしてみたかったんだぁ……。あれっ。何だこの背中の下にある羽根みたいなアザみたいなやつ」

「あぁ……よくわからんが何か、マザー何とか……って星羽会の人間特有のものらしい。まぁ、危ない星羽会の人間なんか、こうなるくらいがちょうどいいんだ」

「うわっ、茜ちゃんのスカートお父さんの痕が付きまくってるじゃ~ん。きたね~」

「母さんには内緒だぞ」

「わかってるよ~ハハハッ」

「茜、お前も他言するなよ。もし他言したらお前はここで生活できなくなって弟とは一生逢えなくなるんだからな」

「まっ、仮にここを出ても星羽会の人間を生活させてくれる人なんていないだろうけどね~ハハハッ」



"狂ってる"
茜は二人の男の手にむさ苦しく触られ、乱されながら思った。



悔しかった。



何もできない自分が、茜は悔しくてたまらなかった。

そんな茜の思いをよそに、二人の行動は、縄で縛りつける・物をくわえさせるなど、日に日にエスカレートしていき…



叔母からのしごきも重なってか、



茜の心と身体はすでに限界にきていた。



『助ケテ……直人……助ケテ……』



悲しさとつらさに顔を歪ませた茜は、心の中で弱々しくそう叫び続けていた。





そして、年明けの一月末……
ついにその時がやってきた。

「茜~、早く掃除済ませてしまいなさい!」
叔母の罵声が、よろめきながら動く痩せきった茜の耳に響く。

「あっ、はい……すいま-」
茜の言葉が不自然にそこで途切れたとき、家の中に「バタン」と倒れる音が響き渡る。

「ん?あ……茜?茜っ!?」

そのまま床に倒れた茜は、意識を失ったまま、目を覚ますことないまま病院へと運ばれていった。





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18-1

 
「……」

墓碑を前に動かずに語る愛菜を前に、翼はただ黙り込み彼女の話を聞き続ける。

愛菜は一旦「ふぅ」と一息つくと、再び"十年前"を話し始めた。











十年前・年が明けた一月末日-

家の中でバタリと倒れた茜は、その表情を青白くしながら病院へと運ばれていった。


「茜!しっかりなさい!茜っ!!」
叔母の怒号も、未だ病室のベッドの上で意識を失っている彼女には届いているはずもなく。

「あっ、先生、茜は一体どうしちゃったんですか!?」
叔母が一人の男性医師に尋ねると、彼は冷静に答えた。

「まだ検査もすべて終わっていませんので、詳しいことは言い兼ねます。ですが、想像以上に疲労が蓄積しているのか、もうしばらくの間は目を覚まさないでしょう」
「目を覚まさないですって…?」
「えぇ。この歳の女の子が何故こんな昏睡状態なのか不思議でなりませんが……。とにかく今は安静にしてあげて下さい。とにかく、検査次第によっては、今夜だけでなくしばらくの入院が必要かもしれませんから」

医師がそう言ってその場を後にすると、叔母は口をあんぐりと開けながら愕然とする。


「入院……ですって?うちの人が会社リストラされてお金苦しいってときに……」

叔母は、病室の中で同室の患者に聞こえない程度の小さい声で愚痴のように呟いていくと、茜の入院手続きをしてはさっさと帰っていった。
その様子を、同室の別の患者の子供を見舞いに来ていた一人の老婆が神妙な表情で見ていた。

その夜、茜はまるで死んだように眠りこけ、全く起きる気配を見せなかった。
まるで、今まで溜まっていたものをわずかながらでも洗い流すかのように……





翌朝を通りこし午後3時-

「ん……」
茜はうっすらと目を覚ました。

「……??」
目が覚めた場所が、いつも生活している自分の部屋でなく白を基調とした病室であることに気付くまで、彼女自身わずかながら時間がかかった。
自分が寝ていたところ以外にも点在しているベッドや、それの上にいる人間…、そして白衣を来ている医師に、点滴で繋がれている自分の左腕や着慣れない現在の患者衣。

茜は、それらの事実を認識して今自分が病室にいるということをやっと自覚していた。
キョロキョロ見回していると、それに気付いた老婆が嬉しそうに彼女に歩み寄った。


「こんにちは。あなた、やっと目を覚ましたのね。昨日の夜からずっと倒れたままだったのよ」
「えっ、私が……?ここってもしかして」
「そう、病院ですよ。あっ、私はあそこにいる男の子のお見舞いに来ていてねぇ。いきなり話しかけてびっくりしたかしらねぇ」
老婆が指さす方には、おとなしげな男の子がベッドで本を読んでいた。
茜はその子を見ながら心の中で呟く。



『直人と、同じくらいかな』



表情が少し緩む茜を見て、老婆はにこりと笑顔を見せる。
「顔色も少しよくなったみたいね。じゃあ、先生か看護婦さん呼ばなきゃね」
老婆は、そっと茜のベッドのナースコールを押した。
「あ、すみません」
「いいのよ。それにしても、あなた可愛いわねぇ。お名前は?」
「あ、茜です。星宮……茜」
「あかねちゃんね。お名前も可愛いのね。私は菜津、よろしくねぇ」
"菜津(ナツ)"と名乗った老婆は、茜の手を優しく握り満面の笑みを見せた。
茜は、どこかとまどいながらも、心の内でどこか懐かしいものを感じていた。



数分後、医師と看護士が茜のもとに駆け付ける。
「茜ちゃん、目が覚めたのか。おばあちゃん、知らせてくれてありがとうございます」
「いえいえ。じゃあ、私はこれにて。茜ちゃん、またね」
医師との会話を終えた菜津は茜に一言言うと、向かいのベッドの男の子にも何やら言って病室を後にしていった。
茜は不思議そうにゆっくり歩く彼女の後ろ姿を見ていた。


「あの……」
茜は、自らの点滴を外す看護士に問い掛ける。
「なに?」
「あのおばあさんは?」
「あぁ、菜津さんのことね。あの方は、あなたの向かいにいる裕二くんって男の子のお見舞いに来てるのよ。いきなり話しかけてきて驚いたかもだけど、いい人だから大丈夫よ」
「あの男の子、お孫さんですか?」
「詳しくは言えないけど、そんなとこね。さっ、それより気分はどう?あなた、昨夜から全然目を覚まさないから、心配していたのよ」
「……すいません」

茜は小声でペコリと謝った。
すると看護士の後ろにいた男性医師が、真面目な面持ちで茜に話し掛ける。

「茜さん、具合の方はどうですか?どこか痛かったり、気持ち悪かったりするところは?」
「えっ?いや、今は特に何とも」
「……そうですか。無事目覚めたのは何よりですが、あらためて今から検査をしましょう」
「検査を?」
「えぇ。特に疲労以外これといった病状は見当たらないと思いますが、念のために……ね」
医師に促されるまま、茜は検査を一度受けることにした。



数時間後-

外もすっかり暗くなった頃、茜は病室のベッドへと戻ってきていた。

「ふぅ」
ため息をついていると、茜は病室には"裕二"と呼ばれる男の子しかいないことに気がついた。
本を読んでいる裕二は、茜からの視線に気づくと、本を読む手をピタリと止める。

「なに?」
裕二は茜にそう問いかけた。
「あ……うぅん。ちょっと、弟に似てたから」
「ふぅん」
裕二は素っ気なく言うと、再び本に目を移した。
それから特に会話をすることもなく、茜は再び横になった。
いつも家の仕事を奴隷のようにやらされていた毎日が嘘のように、彼女に久々に訪れたのんびりとした時間は、病院とはいえとても新鮮なものだった。



『ここなら……何もされずに済む……』



茜はここ一ヶ月の性的虐待とも言える日々を思い出しては、ベッドの中で肩を震わせた。
そんな彼女を、向かいのベッドの裕二はじっと見つめていた。



翌日-

時刻は昼になり、茜は目の前にある食事を苦い顔で見つめていた。

「茜ちゃん、食欲ないの?ダメよ、少しでも食べて栄養つけないと。あなた朝もろくに食べてないじゃないの」
看護士にそう言われても、茜は置いてある箸を手で持とうとすらしなかった。

「食欲が……気分が良くないんです」
茜は小さい声で呟いた。
「どうしたのかしらねぇ。昨日のお昼は普通に食べていたのに」
看護士がそう言ったときだった。


「うっ!」
茜は突然口を両手で覆った。
傍にいた看護士も、すぐにそれに気付く。
「茜ちゃん、どうしたの!?」
茜は何も言わず、病室のすぐ前にあるトイレへと駆け込んでいった。
看護士も急いでその後を追うと、通路を歩いていた何人かが何事かとそれを見ていた。

「ケホッ!ケホッ!」
茜は洗面所の水道の水をフルに出し、そこに苦しそうな表情で臥せていた。
その左手は、苦しみを抑えるように胸を支えている。
すぐに駆け付けた看護士は、そんな彼女の背中を優しく摩った。

「茜ちゃん、大丈夫!?」
「ハァ……ハァ……。はい」
一旦落ち着いた茜は、弱々しく返事をしながら呼吸を調えた。



『突然気持ち悪くなった……』



茜は鏡に映る自分を見つめながら、突然の不調に不安を募らせた。

「茜ちゃん、ベッドで休みましょう」
「はい……」
看護士に導かれるまま、茜はおとなしく病室へと戻っていった。
そんな彼女を、裕二は神妙な表情で見ていた。



数時間後-

医師は、看護士とともに複雑そうな表情でドアかげから茜のことを見ていた。


「まさか、何てことだ……」
医師は顔をしかめながらそう呟いた。
「先生、やはりあの子には……」
「あぁ、とても酷なことだが本当のことを言わざるを得ないだろう。家の方は来ていないのか?」
「それが、手続き以来どなたもいらしてないんですよ。先程同じ学校のお友達が何人かお見舞いには見えてましたけど」
「そうか」
医師と看護士が会話を終えると、二人は意を決して茜のもとに向かって歩いていった。

「茜ちゃん」
医師が話し掛けると、茜はゆっくりとやつれた顔を見上げた。
「はい」
「ちょっと大切な話があるんだが……いいかな?家の人も一緒にいてほしいんだが」
「仕方ありません。今家のほうはドタバタしてますから……今は私一人でお話を聞きます」
「いや、そうゆうわけにはいかない。家の人には連絡したから、いらしたらその時にゆっくりとでいいから、落ち着いて冷静に答えてくれ」
医師は、茜がゆっくりウンと頷くのを確認する。



………………………。



その後、渋々とした態度の叔母が病院に到着すると、診察室にて医師は話を切り出し始めた。

「えっ……」
医師の言葉に、茜と叔母は絶句した。
しかし、次の言葉を発するのにそう時間はかからなかった。

「あの、私」
「言った通りだ。君が入院したとき、看護士が見たらしいんだが」
茜は自分の身体を覆い隠すように、ハンカチを抱きしめる。

「茜ちゃん、君の身体じゅうのアザや切り傷に栄養失調……普通に生活を毎日送っていたらまずできないものだ。もし君が、家庭で虐待的行為を受けているのだとしたら……」
医師はチラリと叔母の顔に視線をやった。
叔母は、引き攣った表情を見せる。

「な、なんなんですか!わ、私達が茜をちゃんと育ててないって言うの!?ちゃんと食事を与えてたのを、この子は食べなかったのよ!」
「ですが、その原因は何なのかを考えられてはいなかったんですか?」
「えっ?」
「先程も言いましたが見てください」
医師はそう言うと、茜の患者衣の袖を捲くった。

「なっ……」
叔母の目に映っていたのは、まるで凶器で殴られた痕のような赤く生々しいアザや切り傷だった。

「茜これ、どうしたの!」
「どうしたのではないでしょう!」
叔母に対し、医師の怒りの雑じった言葉が飛ぶ。

「外傷からして、これはここ最近でできたばかりではないものもあります。年頃の娘さんがこんな酷い目になっているのに、保護者のあなたがたは一体何を見ていらしたんですか!」
「あ、茜……あんた」

よろめく叔母にを、茜は見ようともせず顔を臥せる。
そんな彼女の瞳には、大きな涙の粒が溢れていた。

医師はさらに続けた。


「それだけではありません。ここ最近の彼女は生理が全くきていないことがわかり……先程、突然の吐き気に襲われました。これは、つわりの症状です」
医師の言葉に、茜と叔母は目を見開いた。

「な、何ですって?茜がつわり?それって……」
「そうです」
医師は、顔をしかめながら答えた。







「検査の結果……茜さんは、現在妊娠しています」










その場が一瞬にして蒼白へと化した。



叔母は顎が外れたかのように口を塞がず、



茜は、死んだかのように動かなかった。





「妊……娠?茜が??茜はまだ中学生よ?なのに……」
叔母は目付きを鋭く変え、茫然自失の茜をギョロリと睨みつけては掴みかかった。

「茜ぇ!!あんた子供のくせに何ふしだらなことをしてくれてるのよぉ!!えぇ!?」
「ちょっと!やめなさい!」
看護士が、叔母を羽交い締めにしておさえる。
しかし、息を荒げる叔母の恐ろしい視線の先は茜を突き刺していた。
しかし、一方の茜は、何が何だかわからないのか、虚ろに医師を見つめていた。

「先生あたし、あたし……」
茜はそう言いながら自らの腹部に手をあてた。
その弱々しい瞳には涙がじんわりと溢れ、大粒となって頬を伝っていった。

「茜ちゃん、秘密は厳守するから本当のことを話すんだ。もし、学校のクラスの男の子との間にできた子だとしたら、それは話し合わなければならないんだよ」
医師が優しい口調でそう告げると、茜は俯きながらゆっくりと首を横に振った。

「茜ちゃん?」
「違うんです……」
「違うって、何がかな?」

茜は顔を臥せたまま、何か気味の悪いな塊のようなものを吐き出し始めるかのように、事実を語り出した。


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