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12.新たな季節

12-1


翼と羽月の二人が入店してから三ヶ月余り-


暦は四月・季節はすっかり春となり、【Club Pegasus】も新人が次々と入るなどして、また新たな盛り上がりを見せていた。
翼・羽月の両方とも、ホストとして板についてきたのか確実な成長を遂げ、見た目も以前とは全く違うくらいのオーラのある雰囲気を漂わせていた。
そんな中、無事に当月の締日営業を終え、店ではミーティングによるランキングの発表の時となっていた。

翼達ホストは、息を呑むように緊張感を抱きながら、静寂するその場に留まっていた。


「それじゃあ、上位5人の発表をしていく!」
天馬の言葉に、ホスト全員が耳を澄ます。
「No.1……翔悟!」
その瞬間、「おぉ~!」という大きなざわめきとともに多大な拍手が巻き起こった。
「翔悟、今回もよくやったな」
天馬がそう言うと、翔悟はフッと笑いながら無言で頭を下げる。
「さっすが翔悟さんだよな…!」
「あぁ…今うちの店であの人に勝てるのなんていねぇよ」
ホスト達がそう囁く中、ナンバー発表は次に差し掛かっていた。
天馬は再び口を開く。

「続いてNo.2……由宇!」
「おぉ~由宇さん!」
No.2として名前を発表されたのは、普段なら確実に入っているであろう光星ではなく、由宇の方だった。
「なっ…!?」
本人が最も意外だったのか、光星は眉間にシワを寄せながら絶句する。
「由宇、頑張ったな!」
「ありがとうございます、社長」
自分を褒める天馬に対し、由宇は深く頭を下げる。

「続いてNo.3……光星!」
続けて名前を挙げられたのは光星だった。
今までNo.2として君臨してきた彼の今の表情は、明らかに不満に充ちたものだった。
しかし、その場で何かを言うことはせず、にわか嬉しそうする由宇に横目で視線を送っていた。
天馬は発表を続けた。

「よし、続いてNo.4は……」
天馬は成績表に目をやると、口元をニヤリと動かしその該当するホストに視線を注いだ。

『一体誰が??』
誰もがそう思う中、考える時間もないうちに、そのホストの名前が彼の口から発表された。


「お前だ……翼!」
周囲が一瞬のうちに沈黙した。

『ありえない』

そこにいるほとんどの人間がそう思った。
あの翼が、仕事もできず失態を繰り返していたあの翼が、と。
しかし、現に翼は愛菜を最初の指名客とした二ヶ月前から、少しずつではあるが確実に指名客を増やしていき、売上を上げていっていた。
今や十人を軽く超える指名を持っている彼のことを、誰もが認めざるを得ない現実であったが、何より翼自身驚きつつも心のどこかで今回の営業に手応えを感じていた。

翼は立ち上がると、ボーナス袋を手に持って待つ天馬のところにゆっくりと歩いていった。
「翼、よくやったな!」
天馬は、まるで我が子を誇らしく褒めたたえるように翼に囁いた。

「ありがとうございます」
翼は天馬からボーナス袋を受け取ると、深く頭を下げる。
その手にあるボーナス袋をクシャッと握る彼の手は、僅かに震えていた。
「これからもがんばれよ」
「はい」
力強い天馬の眼差しをその瞳で受け取ると、翼はすぐに座っていた席に戻っていく。

「翼、おめでとう!」
翼の隣に座る一人のホストが、彼に声をかけた。
「えっ?」
突然のことに、翼はキョトンとする。
「翼、お前すげぇな!まさかトップ5の仲間入りをするなんてさ!」
「翼さん、やりましたね!」
「4位をまさかお前がなぁ……」
周りにいるホスト達が、次々と翼に祝いがてらの言葉をかけていく。

「あ、いや……。ありがとう」
翼は冷静に振る舞いながらも、彼らに礼を返した。
しかし、心の中で今まで感じたことのない高揚感が満ち始めていた。

「次!No.5……羽月お前だ!!」
翼の次のランクに名前を挙げられたのは、羽月だった。
「うぉっ」と驚きの声を上げながら立ち上がると、そそくさと天馬のもとへと駆け寄った。

「羽月、走らなくてもいいぞ」
天馬が笑いながら羽月をたしなめる。
「あぁっ、すんません!」
「相変わらず元気だなお前は。とにかく初のトップ5入りおめでとう!!」
「あ、おおきに……ありがとうございます社長!」
ボーナス袋を受け取った羽月は、深々と3回も頭を下げた。



「よしっお疲れぃ!!」
「お疲れッス!!」
天馬の声に、ホスト全員が元気に応える。

「みんな今回はよく頑張った!この数ヶ月で、店はどんどん盛り上がってるし、みんなの力もさらに上がってきた!来月はさらにもっともり立てていってくれ!俺からは以上だ!!」
「ハイッ!!」
「じゃあ解散っ!」
「お疲れ様っしたぁ!!」

挨拶も早々に、【Club Pegasus】の面々は、その月の締日をそれをもって無事に終えていった。

「さてと……」
翼は疲れた体を鞭打って起こすように立ち上がると、直ぐさまエントランスの方へと歩いていった。

「翼くんっ!」
羽月が翼のもとに笑顔で駆け寄ってきた。
「翼くん、お疲れ様ぁ!あとお互いに、おめでとうやなぁ!」
「あぁ、おめでとう」
「なぁ、早速これから楓さんとこに飲みに行くんやろ?」
「あぁ、よくわかったな?」
「だって先月の締日の後も行ったやん!なぁ、今日も二人で打ち上げしようや」
「あぁ、そうだな」
「もう!翼くん何でそんなテンションやねん!」
相変わらずテンションの合わない会話をしつつも、翼と羽月はこの後の行動を共にすることにした。

「よっしゃ行こう!」
二人がエントランスのエレベーターに向かおうとすると、その前に突然のように険しい形相で睨み付けてくる光星が立ちはだかった。
彼の背後には取り巻きのようなホストが二人ほどついて、同じように翼を睨んでいる。
翼はそんな表情の彼を無言で見つめる。

「何です、光星さん?」
翼がポツリとそう言うと、光星はキッと噛み締めた歯を剥き出しにした。
隣にいる羽月は、オロオロしながら二人を交互に見回す。

「ケッ、行くぞ」
光星はそう吐き捨てると、自分の背後にいる二人を連れてエレベーターの中に入っていった。

「翼くん……」
「ん?」
「何や光星さんめっちゃ機嫌悪かったなぁ。俺、また何かあるかってドキドキしたわぁ」
「大丈夫だろう。いくらあの人だってさ」
「……そうかな」
「行こう、気にしてたってしょうがないさ」
【Pegasus】の中で一際気性の激しい光星のさっきのあの行動が内心気になりつつも、翼は気に止めまいと羽月に振る舞った。

「さ、行こう」
「そやな。じゃあ早く楓さんとこ行こう!」
二人は、先程のことを忘れんとせんばかりにエレベーターに乗り込んでいった。


「よっ、お疲れ様っ!」
翼と羽月の二人がエレベーターをおりると、ビルの前に立っていた一人の女性が声をかけてきた。
「愛菜」
「愛菜さんっ!」
二人の前に現れたのは、愛菜だった。
ピンクのスプリングコートにデニムのミニスカート・白いブーツを身に纏った彼女は、いつもの大人っぽい雰囲気とはまた違うかわいらしさを煌めくように放っていた。

「どうしたんだい?愛菜」
翼がそう言うと、愛菜はニッコリしながら答えた。
「どうしたんだはないでしょう?トップ5に入ったんでしょ、翼。天馬に聞いたわ、よくやったわね!それに羽月くんも!」
嬉しそうな愛菜の笑顔に、羽月は照れを見せる。

「いや~光栄やなぁ、愛菜さんにほめてもらえるなんて!」
「フフッ☆あれ?翼は嬉しくないのぉ?」
「えっ?いや、嬉しいよ」
「そうかしら?何か浮かない顔してるわね」
「あ……いや、そんなことは無いんだ。ただ、まだ実感がなくてさ」
嬉しそうに照れる羽月をよそに、翼は実感のないせいかその嬉しさをうまく出せずにいた。

「そうゆうところ、翼らしいって言えばらしいわね。あ、ちょっと聞きたかったんだけど、これから空いてる?ちょっとお祝いしてあげようと思ってさ」
「えっ?」
「アフター、そういえば私一度も翼にしてもらったことないんだけどなぁ」
どことなく甘えるような愛菜の言葉に、翼は口ごもりながら羽月の顔を見た。

「あっ、翼くん、俺とのことなら今日はえぇよ。また後の日でもえぇし、今日は愛菜さんについたってや」
「だ、だけど」
「えぇって翼くん、お客様は大切にせなあかんでぇ!」
明るく話す羽月を見て、愛菜は首を傾げた。

「翼、もしかしてこれから二人で予定してたの?」

「あ……いや、まぁ-」
「えぇて、愛菜さん今日は翼くんを祝ったって下さい!」
翼と羽月の言葉に、愛菜は口をつぐんだ。
すると、すぐに口を開く。
「ねぇ、よかったらこの後のあなたたちに私も付き合ってもいい?」
「えっ?」
「別に二人の飲みの邪魔はしないし、あなたたちがここ最近よく行ってるって行きつけのお店、私も行ってみたいのよ。ダメ?」
そう話す愛菜に、翼と羽月は一瞬顔を見合わせた。

「俺はいいけど、どうなんだ?」
翼が羽月に問い掛けると、羽月は笑顔で首を縦に振った。
「俺はえぇよ!愛菜さん、じゃあ一緒に打ち上げしょ!」
「そっか。じゃあ、愛菜も一緒においでよ」
二人の言葉で、愛菜は嬉しそうに微笑んだ。

「やったぁ!一度男の子が行くようなところに行ってみたかったんだぁ!」
愛菜は、まるで外食を嬉しがる子供のように手をパチンと打ち鳴らした。
そんな彼女を見てか、翼もどこか仕方ないなとばかりに軽くため息をつく。
そして、「いつまでも子供なんだから」とばかりに、翼たち三人は、ワイワイと歩きながら小料理屋"楓"に向かうことにした。
 



歩いて5分後-

「へぇ~ここなんだぁ。小さいけど綺麗なお店ね!」
愛菜は"楓"の桧をベースにした小綺麗な外観に関心を示していた。

「キャン、キャン」
翼と羽月に気付いてか、店の前で首輪を鎖に繋がれている一匹の柴犬が、彼らを迎えるように尻尾を振っていた。
「おっ、チョコ元気そうやな!」
羽月は腰を下ろし、チョコと言う名前のその犬の頭を幾度となく撫でた。
「へぇ~、チョコちゃんて言うんだ、すっごい可愛いわね!」
愛菜も羽月に続くように、チョコの頭を優しく摩るように撫でる。
そんな初めて見るようなあどけない笑顔でチョコに接する愛菜の横顔に、羽月はどこか高鳴るようなものを覚えていた。

すると、店のドアがガラガラと開き、これから帰る客らしき男女が二人出てくる。
その二人の後ろから、女将である楓が見送りに現れ「ありがとうございました」と挨拶がてら頭を下げる。
それと同時に、楓は翼たちの存在にも気付いていた。

「あら翼さんたち、こんばんは」
楓の優しい口調が、翼たちを温かく迎える。
「こんばんは。楓さん、今大丈夫ですか?」
翼が問い掛けると、楓は快く頷く。
「えぇ、ちょうど今落ち着いたところだから大丈夫ですよ。あら、今日はお連れさまもご一緒?」
「えぇ、今日は三名でお願いします」
楓は、翼のやや斜め後ろに立っていた愛菜に目をやると、ニッコリ微笑んだ。

「とてもお綺麗な方ね!さっ、春でも夜は冷えますから中の方へどうぞっ」
楓は気さくな口調で、翼たちを店内へと招き入れた。

三人は店に入ると、カウンターの奥から羽月・愛菜・翼の順に腰をおろす。
「へぇ~!中も落ち着いてていいわね。あなたたち、こんないいところでいつも食事してたのね」
「いや、別にいつもってわけじゃないけど」
たしなめるような愛菜に対し、翼はどこかごまかすように答える。
「まぁ翼くん、そんな照れんでもえぇやん♪」
三人が話していると、カウンターごしの美空が静かに手に持ったおしぼりを差し出す。

「こんばんは、美空さん」
「こんばんは美空ちゃん!」
翼と羽月がそう言うと、美空は笑顔で頭を下げる。
その際におしぼりを受け取った愛菜も、微笑みながらもどこか不思議そうに彼女を見つめた。

12-2

 
「みなさん、何を飲まれます?」
楓がそう言うと、翼と羽月はビール・愛菜はライムサワーと、それぞれのオーダーを答えた。

「今日はおいしい鰆が入っていますよ」
「じゃあ、それで!後はママさんのオススメでお願いしますでぇ!」
一通りの注文を終えると、翼たちはそれぞれジョッキやグラスを手に持った。

「じゃあ、翼と羽月くんの今日の成長とこれからの飛躍を願って……」
愛菜に促されるように、三人は「カンパイッ」と声を揃えた。

「あー!今日は生きてきた中で一番うまいわぁ!」
羽月はカウンター上にジョッキをドンと置きながら、何かを吐き出すように声を漏らした。

「フフッ」
愛菜はクスッと笑った。
「えっ、何ですか愛菜さん?」
「羽月くん…あなたホントにおもしろい子ねぇ。翼もちょっとは見習えばいいのに」
そう言いながら、愛菜は自分の右隣にいる翼を横目で見る。
「……すいませんねぇ」
「フフッ、冗談よ!翼は翼だもんね。でも、あなたたちよくここには来てるのよね?」
「まぁ、よくってほどではないけど…週一くらいで来てるかな?」
するとそこに、美空が小鉢に入ったお通しを持ってきた。
そして気付いた翼に対し、手話を軽くしてみせる。

「……。そっか、これ美空さんが」
翼は美空の手話に言葉で返答する。
その光景を、彼の隣にいる愛菜が不思議そうに見ていた。
「……そっか、じゃあいただきます」
翼はお通しの小鉢の中に整えられた竹ノ子の煮付けをパクリと口に移した。
ゴリゴリと小さな音を口の中で鳴らしながら、彼は無言で二度首を縦に振る。

「美味しいよっ」
翼は笑いながらそう言うと、美空は顔を赤らめながらニコリとほほ笑む。


「ねぇ翼、彼女もしかして……?」
美空の手話のことに半ば気付いていた愛菜が唐突に尋ねると、翼は一旦無言で頷いた後に静かに答えた。
「彼女……美空さんは声が出せないんだ」
「そう……」
愛菜はあらためて美空の横顔を見つめた。
すると、小鉢の煮物を一口パクリと口に運ぶ。
左手を当てながらゆっくり、ゆっくりと口に噛みほぐすと、愛菜は美空に話し掛ける。

「これ、とっても美味しいです」
突然の愛菜の言葉に、美空は目をパチクリさせつつも笑顔で軽く頭を下げた。
「いつも二人でいらっしゃる翼さんたちが、こんな綺麗な人を連れてくるなんて。どうぞゆっくりなさっていって下さいね」
楓は落ち着きのある口調で翼たちに言った。

「はいっ♪ここいいお店ね、翼」
愛菜は嬉しそうに言った。
「さぁ、明日は休みやし、今日は飲むでぇ~!」
はしゃぎながら声を上げる羽月のその一言を皮ぎりに、翼たち三人の打ち上げで盛り上がる夜は更けていった。

ただその最中、愛菜を隣に楽しげに食事をする翼のことを、美空はどこか切なそうに見ていた。



3時間後-

「あぁもう、羽月くん調子に乗って飲み過ぎよっ!」
「う~……」
愛菜に注意されながら、羽月は"楓"の外で座り込んでいた。
「羽月さん、大丈夫かしら」
楓と美空が心配そうにその光景を見つめる。
すると、美空が翼の肩をトントンと軽く叩き、手話の手ぶりををしてみせる。

『羽月サン、大丈夫カナ』
翼はそれを読み取ると、大丈夫と言わんばかりにゆっくりと頷いた。
「じゃあ、僕ら帰ります。楓さん美空さん、ごちそうさまでした」
翼はふらつく羽月に肩を貸しながら、楓と美空に軽く頭を下げた。

「ありがとうございましたぁ。羽月さん、帰ったらゆっくりなさってね」
「はぁ~いおおきに~……」
「愛菜さんも、またいらして下さいね」
「はい。とても美味しかったです、ごちそうさまでした!あっ美空ちゃん、竹の子の煮物、すっごく美味しかったよ!また作ってね」
愛菜のその言葉に、美空は手話で『アリガトウゴザイマシタ』と言って、ペコリと頭を下げる。
そうやって別れの挨拶を交わしながら、翼たちは"楓"を後にした。


「すぐにタクシー乗せた方がいいわね……。羽月くん、一人で帰れる?大丈夫?」
「う~……。あ、はい……俺は大丈夫やでぇ……ちゃんとタクッて帰るさかい……」
そばで心配する愛菜の顔を直視できないものの、羽月はふらふらとしながら、その細長い身体を引きずるように歩いた。

「大丈夫か?今タクシー止めるからな」
「あぁ……ありがとう翼くん……。もう靖国通りやし、俺はもうここで大丈夫やから……愛菜さんを送ったって……」
今にも崩れそうな羽月をよそに、翼の挙げた左手を目印に一台のタクシーが止まり、後部座席のドアを開ける。

「さっ、早く帰って休めよ」
「羽月くん、じゃあね」
「おおきに、翼くん愛菜さん……お疲れさまぁ……」
いつもの元気な面影が全く見えないような羽月を乗せたタクシーは、ドアをバタンと閉め、少しずつ翼たちのもとから離れていった。

「大丈夫かしら、あの子」
「大丈夫だよ、元気があいつの取り柄だし」
「フフッ、それもそうね。さて、私たちも行きましょ」
翼と愛菜はクスッと笑い合った。


「ん?」
翼はいつの間にか自分の足元に落ちている、一枚の古い写真の存在に気が付いた。



『これ、あいつのかな?』



それをひょいと拾いあげると、翼はそれに目をやる。
そこには、小学生くらいの少女とさらにいくつか小さい男の子の二人が笑顔で手を繋いで写っていた。

写真の後ろには、

  "茜(アカネ)10歳"
  "直人(ナオト)5歳"

とサインペンによる直筆で書かれていた。



『あいつ……何でこんなものを』



翼がそう考え込んでいると、愛菜が彼の背中を指で突いた。

「おっ」
「ちょっと翼、どうしたのぼんやりしちゃって」
翼はその写真をサッとジャケットのポケットに隠した。
「あ……いや、ちょっと俺も酔ったかな」
「そうなの~?大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ」
翼は、これが羽月の写真だとしたら彼にとって必要以上に見られたくないものだろうと考えてか、そのことがバレないようにと愛菜に対してはさりげなく振る舞った。

「じゃあ、私も帰るね」
「あぁ、今日はわざわざありがとう」
「うん、次は光星の奴も抜いちゃおうね。……それとさ」
「なに?」
「……今日みたいな家庭的なお料理、久々だったから何か嬉しかった。また連れてってね」
「あぁ」
その時、翼は愛菜の表情に悲しげな影がフッと浮かんだのを感じた。

「愛菜?」
「じゃあ、またね翼!」
愛菜は止まっていたタクシーにそそくさと乗り込むと、社内から翼に軽く手を振ってその場から去っていった。



『どうしたんだろう、愛菜』



翼はそう思いながら、自らの帰路へとつくことにした。





翌日-

昼に起きた翼は、自宅にて例の写真をその手に取って見ていた。
「どこと無く面影があるよな……。まぁとにかく、店で会ったら渡そうっと」
そう呟いていたその時、部屋のインターフォンが鳴り響いた。

「誰だろう?」
翼はインターフォン用の受話器を取った。
「はい」
すると相手は受話器の向こうからこう囁いた。

「一也……俺だ、圭介だ」
翼の表情は一瞬にして強張った。
「……兄さん」
「一也、突然ですまないんだが、母さんのことでとても大切な話があるんだ。ちょっとここを開けてくれないか。頼む」


翼(=一也)の兄・浅川圭介の突然の訪問だった。





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